六王連合   作:帯刀 撫臼

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55話 ~2章~ まばら森の悪霊

 イライジャたちビット村落愚連隊(そんらくぐれんたい)の面々から冒険者ギルドの話を聞かせてもらう。

 

 付近の魔物、割のいい依頼、時期によって大量発生する角狼(かくろう)の群れには気を付けた方がいいこと。街の美味い飯屋、腕のいい鍛冶師、宵月(よいづき)の子猫という娼館(しょうかん)のブルーナ嬢を一度は抱いた方がいい、といったことまで語ってくれた。

 

 期待通り中々の情報通だ。

 ビット村落愚連隊はこの付近でもう十年も冒険者をやっているベテランらしく、第一印象はともかくとして、この巡り合わせの良さには感謝したい。

 

「それじゃあ娼館のブルーナ嬢のことを詳しく聞かせてもガッァ――」

 

 ノータイムで殴られた。クロエに、それもグーで。

 ごめんごめん。ほんの冗談だよ。何も本気で言っちゃいない。

 

 それにしても中々の拳速だった。俺じゃなかったら暫く立てないくらいの一撃だぞ。

 

「それで、ヴィゴの親分は何の依頼を受けるんで?」

 

「んー……そうだな。とりあえず、どんなもんか流れを掴みたいし、今日中に達成できそうな物がいいな。あんまり歯ごたえのない相手も嫌だから、そこそこ強めの魔物退治とか?」

 

「討伐系っすね。まー正味な話、親分くらい強ぇ人なら何を受けたって歯ごたえないでしょうが。えーと……なんか良い依頼なかったっけぇな……」

 

 イライジャが荷物の中から紙を取り出す。討伐系依頼で発行された依頼書を一枚出して渡して来る。

 

「どうぞ、これですぜ! すいやせんが俺ら字が読めねえもんで、親分に読んでもらっていいですか? 前々からずっと張り出されてたクエストなんですが、相手が強すぎて誰も達成できないんでさあ! 詳しい場所は忘れちまいましたが、書いてると思うんで!」

 

 荒くれ者ともなると生まれや育ちで字が読めない者も居るだろう。覚えれば便利なのは知っているが、一年後の読み書きより今日の飯にありつく方が大事というのが人の性質なので仕方がない。

 

「え~と……まばら森の洞窟に巣食う悪霊の討伐、か。報酬は金貨二〇枚、凄いな! 依頼の難易度はAランク……あれ? 六王連合のランクじゃ受けられないよな?」

 

「へい! 受けずに達成することは出来ますぜ!」

 

 なんでもランク条件外や資格外の冒険者でも達成してしまえば報酬を受け取れるらしい。ギルド側から多めに仲介料をとられるというデメリットはある。

 

 その他、依頼が他パーティとブッキングされていないか。

 

 各パーティ間で結託し不正なランク昇級を画策していないか等の調査が入る。

 

 事実確認をして問題がなかった場合、達成報酬が支払われる運びらしい。

 

 依頼をギルドで見た後に依頼主へ個人的に交渉するのはもちろんご法度、冒険者資格の永久剥奪がされてしまうのだと。

 

「ほー……ちゃんとしてんだな。けど聞いてると何かけっこう手間じゃないか?」

 

「報酬が支払われるまでたしかにちょいと時間がかかりますが、親分が悪いことしてねえなら何日か待つだけでちゃんと支払われますぜ? それにですね、こういう系の依頼は箔が付くんすよ。誰も出来なかった事をやっちまうわけなんでね」

 

 イライジャがこの依頼について話し始める。

 

「ただまあ、依頼難度Aってのは相当ですぜ。俺らはこのギルドで三番目に強いんですが、一番強いとこのAランクと二番目のBランクがそれぞれ討伐に向かったんですが逃げ帰ってきたんです。幸い誰も死んじゃいねえですが、それ聞いて俺らは行くのやめたんすわ」

 

 ほぉ、Aランクの上級冒険者が失敗するほどか。

 

「それで隣の商人連国からも上級冒険者が何人か来たんすがそれも無理で、んで……こっからは噂なんすがそろそろ騎王国(きおうこく)正騎士(せいきし)を呼んで来るんじゃねえか? とか言われてますぜ」

 

 これは耳寄りな情報なんですが、と言われても騎王国(きおうこく)も正騎士《せいきし》も知らないのだ。ともかくこの依頼が手強いことは分かった。

 

「実のところ、この依頼の”強さ”の難易度はAより上にあるかも知れないっす。Aランクの上級者って言や、ギルドでも相当に名の売れた有名人で、国の兵士に抱えたいってところも出てくるくらいスからね。なぜかその強ぇ悪霊が洞窟から一歩も出てこないんで周囲への脅威を考えてAのランクに収まってますが、悪霊がふらっと散歩でも始めたらすぐにSランクの依頼になるはずですぜ」

 

「さぁて、どうするかな。腕を試してみたい気もするが、クロエはどう思う?」

 

「んー……そだねぇ。まばら森って教国の近くの森だっけ?」

 

「へい! そうですぜ、クロエ姉さん」

 

「うん、まーいいんじゃない? 近いし、洞窟から出てこないなら危なくなっても逃げればいいし、てかさぁヴィゴ。わたしに一応きいてるけど行きたいんでしょ? 別にヴィゴの好きにしていいのに」

 

 お見通しだったか、思わず笑みが漏れる。

 いい子、いい子とクロエの頭を撫でてから席を立つ。

 

「行こうか。せっかく冒険者やってんだ。これでやらないってのは嘘だよな」

 

 応! と、ビット村落愚連隊の野太い声とクロエの高い声が重なり冒険者ギルドの中に響いた。

 

 冒険者ギルドを出て目抜き通りを行き教国の大門へ向かう。馬でも借りるか? と聞いたが本当にすぐ近くにまばら森はあるそうで徒歩で十分だそうな。

 

 通行証の確認待ちの時にふと聞いてみた。

 

「イライジャ、お前なんで親切なんだ? もしかして腹いせに強いのと戦わせようとしてる?」

 

 イライジャは腹いせと聞いて、ガハハハと笑った。

 

「違います親分、もっとガキみたいな理由ですぜ。俺は強ぇやつが好きなんです。強いやつが偉いと思ってる。だからヴィゴの親分には親切にします。……それに、親分は育ちが良さそうなんで、つるませて貰えるならおこぼれに預かれやしねえかって思いやして!」

 

 正直な奴だな。そういう裏表のないところは好ましい。

 だんだんこのムキムキ黒光り上裸男イライジャ子分が可愛く見てきたな。さすがにクロエみたいに頭を撫でるほどじゃないが。

 

 門を抜けた後、東に見えた森を指さすイライジャ、俺とクロエはその指の方向へ釘付けだった。

 まばら森の名の通り、ポツポツと間隔を空けて木が生える森を見ていたわけではない。

 

「ね、あれカトレアたちじゃない?」

 

 そのずっと手前の街道沿いに居たのだ。我らの仲間が。

 外で何をしているんだろうか? 今日は街の図書館や本屋を巡るのかと思っていた。

 

 思わぬタイミングで知り合いに会うとやたらとテンションが上がる。その現象が起きてフーディがダッと走り出して飛びついてくる。勢い凄いな! わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でるとハフハフ言って喜んでいた。ほぼ犬である。

 

「ヴィゴなんで居るの?」

 

 こっちの台詞……いや、まあお互いそんな気持ちか。

 

「俺らはこれから洞窟で悪霊退治だ」

 

「えー! なにその面白そうなの!?」

 

「フーディも来るか?」

 

「行っ……きたいけどダメ! 今日は炎の日だからね! じゃあね!」

 

 凄い勢いで回れ右して帰っていった。忙しい子だ。

 そんな走って戻らなくても俺たちだって今そっちへ行くつもりだ。

 

「ティントア、クロエ、奇遇だな。外で会うとは」

 

「こんにちはヴィゴくん。そちらの人たちは?」

 

「子分たちだ」

 

「なんです? アッシュくんみたいなこと言って……あ、本当に?」

 

 軽く経緯を説明すると複雑そうな顔をしてこめかみを掻くカトレアだった。

 

「大丈夫ですか? Aランクの依頼なんて……何でしたら全員で行きますか?」

 

「いや、いいよ。正式に受注したわけじゃない。危なそうなら引き返すつもりだ。それにフーディがあんなにやる気だし、俺のほうに付き合わせるのも悪いだろ?」

 

「それもそうですね。では、くれぐれも気を付けて下さいよ?」

 

「ああ。そっちは何やってたんだ?」

 

 カトレアはイライジャ達をチラと見た後で俺を見る。作った笑顔で微笑むので、これは後で聞いたほうがいいタイプのやつだな。魔術的な何かのテストなんだろうが、人目につくこんなところでやっていて良いのだろうか、と思ったがカトレアがそこに気を回していないわけがない。

 

「じゃ、後で」

「はい。吉報をお届け致します」

 

 そりゃ楽しみだ。

 

 ちっとも会話に参加しないティントアを見ると棒を持って地面に何かを書いている。魔術文字? とでも言えばいいのだろうか。俺の知る文字ではなかった。物凄く集中しているようなのでそっとしておこう。うかつに近づいてあの文字を踏み消すのも怖い。

 

 魔術師組は各々忙しそうだったのでこの辺で離れることにする。

 はてさて、フーディの炎術は習得なるだろうか?

 

「親分! 凄い美人揃いですね! クロエの姉さんもお綺麗ですが、他の四人も負けねてねぇや。これじゃハーレムじゃないすか! いやぁ~あやかりてぇ物ですぜ」

 

 ふふふ、ありがとうイライジャ。

 俺はティントアが女だと思っている奴に男だと告げる時が大好きなのだ。

 

 少し趣向を凝らそうか。

 

「誰が一番好みだった?」

 

 俺が放ったその言葉が男たちを駆り立てる。

 

 ワイワイがやがや。みんな可愛い、みんな綺麗だ。

 

 そんなの決められない、と始まり、クロエの珍しい銀の髪が美しい。カトレアの柔らかい微笑みがいい。ティントアの神秘的な空気がたまらない。フーディの将来性も捨てがたい、と喧々諤々(けんけんがくがく)、意見が飛び交う。

 

 では、誰が一番? という話に持っていってせーので発表してもらう。

 

 結果は、クロエ一票、カトレア一票、フーディ一票。

 ということで勝者は三票を獲得したティントア!

 

 俺はひとしきり腹を抱えて地面を転げ回る。

 

「意地の悪いことをして、ごめん。ティントアはな、男なんだ」

 

 なーに言ってやがるんですか親分は、とイライジャ含む全員から、笑いが生まれる。

 

「信じられないよね、あんなに綺麗な顔してて男の子なんだよ、ティントアって」

 

 またまた~クロエの姉さんまで悪ノリしちゃって、とまだ笑っていたが、俺たち二人の様子を見て、ざわざわとし始める。

 

「え、マジなんですかい? ティントア姉さんはティントア兄さんなんですか?」

 

「そう、本当に男。俺も寝起きでボケてる時とかいまだに金髪の女に見間違うよ」

 

「えっ、え、いや、ちょっと待って下さい。俺、いけますよ? ティントア兄さんくらい綺麗なら抱けます! 全然いけますよ? いいですかい!? ヴィゴの親分!」

 

 何がいいんだよ、落ち着け、混乱するな。

 仮にいけたとしてもいこうとするな。

 

「あっ、ちょっと待って下さい! ……ってことは、カトレア姉さんも男ってことなんですか!? いや! そうか! だったらクロエの姉さんも男なんじゃ!?」

 

 何でだよ。いいから落ち着け。

 うちのパーティが女装癖の集まりみたいになるだろうが。

 いや、別にティントアは女装しているわけじゃないけどね。

 

「残念! なんとわたしも実は……女です! ティントアと同じで女、カトレアだけ男だね!」

 

「……えっ? ……なん……? ……ん? ……??」

 

「こらこらクロエ、もう混乱させるな。頭おかしくなった奴でてきてるから」

 

 さてもさても、子分たちが混乱の魔術に惑おうとも、まばら森に着けば正気を取り戻す。

 ここは林業による人の手も入っているようで、地面が踏み均されているのか歩きやすい森だった。木と木の間も開いているので視界も効く。噂の洞窟がすぐに見えてきた。

 

「ここですぜ」

 

「ああ、入ろうか」

 

 俺の進み方を無警戒に思ったのかイライジャが少し驚いていたが、別に舐めているわけではない。洞窟の岩壁に気になる点はないし、入口付近の土は新しい足跡もなかった。風向きは俺たちの背から吹いてくるので毒を撒かれる心配も薄い。ちゃんと見るとこは見ているのだ。まあ悪霊がその手の細工をしてくる可能性は薄そうだが、これは癖みたいなものだ。

 

 少し下って洞窟に入る。中は意外と広いな。これなら動きやすい。

 今のところは何も感じない。生き物の気配を察知することは敏感に出来る俺だが、霊の気配には気付けるのだろうか。

 

 左曲がりの洞窟を進み、角を曲がるとそれは簡単に見つかった。

 あれが悪霊か。

 

 銀の全身鎧に身を包み、腰の右と左に剣を佩いている。霊とすぐに分かったのは部分的透けているからだ。体の輪郭は黒とも紫とも言えぬ暗い色の霧靄(きりもや)がかかり、いかにもといった感じだ。

 

 弱くはないな。だがどれほど強いかも分からない。

 亡霊の類は生物と違って息遣いや体運びがない。生きていないおかげで無茶が出来るから読み取りづらいのだろう。

 

 悪霊の面がこちらを向いた。

 兜の奥は闇が満ちており目が合うことはなかった。

 

 俺が右手で刀の柄に手をかけ、左手は逆手で黒刃のナイフを持つ。

 お互いの抜刀は同時だった。

 薄闇の中で相手の刃が冷たく光りながら鞘を走り、俺の背筋が震えた事実に声を大にして叫ぶ。

 

「さがれッ!!」

 

 本物だ。久しぶりに肌が泡立つ。

 一瞬で距離を詰められ受太刀(うけだち)に回らされた。

 二本目の剣が横薙ぎに振るわれナイフで軌道を反らすが頬を僅かに掠められた。

 

 猫の爪で掻いた程度の傷だが、浅きも深きも手傷は手傷。

 

 膂力(りょりょく)はあちらが僅かに上だ。

 完全に受けきったと思った防御を見誤っているのだから、そう捉えた方がいい。

 

 瞬きの間だけクロエを逃がすか考え、銀の筋が幾本も閃けばすぐに悪霊が飛び退いた。

 

「援護する! わたしが合わせるからヴィゴは好きに動いて!」

 

 承知した。

 俺とクロエならその陣形が強いだろう。

 

 息を大きく吐き、深く吸い込む。

 少し調子に乗っていたな。

 舐めていたわけじゃないが殺す気でやるほど本気でもなかった。

 

 今はもう、違う。

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