六王連合   作:帯刀 撫臼

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56話 ~2章~ 無垢魔炎術

 洞窟の闇に浮かぶ銀の甲冑。

 

 全身を包む板金に僅かながら開いた隙間の中は闇より深く黒々としている。

 

 容赦なくやる、そう決めてクロエに伝える。

 

「……十投剣(じっとうけん)で殺る。手数で押し殺そう」

 

「了解」

 

 いつも軽い調子で話すクロエの声が平坦で、冷静だった。

 既に心の切り替えを終えてているのがよく分かった。

  

 両手に黒弾逆巻(こくだんさかまき)を作り、手裏剣を包む。

 投げつけた手裏剣を黒弾で手元に返し呼吸が続く限り投げ続ける。

 これが黒弾逆巻十投剣(こくだんさかまきじっとうけん)だ。

 

 一投目、放たれた黒塗りの刃が音もなく相手へ向かう。

 右方から曲線を描く軌道、左方からはクロエの髪が銀の鉈のように振り下ろされた。

 悪霊は双剣でもってそれを捌く。金属同士のぶつかる高い音が洞窟に響きこだまする。

 

 構わない。次手は無限にあるのだから。

 

 二投、三投と投げ続け、十投目を終えればまた一投目に戻ってくる。

 俺の手裏剣とクロエの髪は常に挟撃を与え続けた。

 

 四方八方、数の暴力。全方位から攻撃の雨が敵を打つ。

 

 一瞬のうちにいったい何十発を見舞っているか自分でも数えていられない。剣で弾かれた手裏剣と銀の髪が洞窟の中で何度も火花を散らす。だが、剣の二本で受けきるには限りがあった。

 

 徐々に冴え、研ぎ澄まされていく俺とクロエの攻撃が相手の防御を上回る。

 

 悪霊が一歩、後退する。態勢を整えるためのたったの一歩だったろうが見逃しはしない。

 二歩目も下がろうとして足を出した鉄靴(てっか)は不自然な位置で止まる。クロエの髪が引っ掛けるように張られていたのだ。

 

 膝、腰、と動きの違和を順番に流し体が傾ぐ、上体までもが流れ出せば銀の一本槍と化した髪が残る軸足を突き崩した。体が浮く。この瞬きの間に交わされた攻撃と防御の応酬において、その時間はあくびをして余りあるほどに長い。

 

 先んじて駆けていた俺は完全に距離を詰め切っていた。落ちるとも言えぬほどの落下の中、だが確かに宙を浮く相手の首へ、上段から縦一文字、真っ向切りを放つ。

 

 愛刀、薄葉灰影(うすばはいかげ)は降り抜かれ、斬られたことを忘れていたのか、数瞬あって兜が落ちたのだった。

 

 俺はすぐに後ろへ飛び退いた。

 相手は亡霊の類だ。首を切った刃の感覚から手応えはあったが、完全に倒し切った保証はない。

 

 クロエもまだ警戒は緩めず様々な方位に髪を張り巡らして備えているようだった。

 

「……結界に反応なし、終わったかなと思うけど、ヴィゴはどう?」

 

「……俺の方も、気配で感知するものは無いな」

 

 もうしばらくだけ緊張の糸を張り詰めて辺りを観察していたら、首と胴の離れた悪霊がボロボロと姿を崩していくのが見えた。

 

 燃やし切った炭が灰になって崩れるような終わり方だった。

 

 消え去った悪霊の居た場所を見ると本当に灰のようなものが残っていた。燃やして出来た灰と違うのは、キラキラと光る物が混じっていることか。ちょうど川の砂に砂金が混じっていた時のようにも見える。

 

「よし、流石にこれで終わっただろうな」

 

「そだね。一応、ここ出るまでは結界張っておくね」

 

「ああ、頼む」

 

 堰き止めてたまっていた感情が限界を迎えどっと溢れた。

 ビット村落愚連隊の六人が一斉に吠えたのだ。

 

「……びっくりしたぁ」

 

 クロエが目をまん丸にして驚いている。

 うん、俺もかなり心臓が跳ねた。

 

「すげぇ!! 本当にすげぇ……!

 ヴィゴの親分もクロエの姉さんも、どっちもすげえ!!

 なんてったって本当に悪霊を倒しちまうんだから!

 すげえもんが見れやした。二人がなにやってるのかほとんど分かりやせんでした!

 マジで化け物じみた強さでした!」

 

 イライジャが興奮して一気まくしたてた後、少し涙声で「本当にすげぇ……」としみじみ言った。

 

 そんなに感動してくれたなら戦った甲斐もあったいうものだ。

 

「それにしても強かったな、今の亡霊。久々に焦った」

 

「うんうん、こんなとこに何で居るんだろうね?」

 

 そこが不思議だ。

 

 こんなに街からすぐ近い洞窟なら子供が探検と称してやってくることもあるだろう。

 

 洞窟の外も人の手が入った森で、強力な亡霊はもっと人気のない空気の淀んだ場所に湧く。

 

 洞窟に居続けた理由も謎だ。

 奥にある宝を守るのなら話も分かるが、何の変哲もないただの穴ぐらだった。

 

 死霊術師のティントアなら何か分かるかも知れないな。

 

 亡霊の残した灰のような物を瓶に入れて持っていこうとするとクロエが露骨に嫌そうな顔をする。

 

「うぇ~ヴィゴぉ……それさわれるの? 呪われたりしない?」

 

「……大丈夫だろ、たぶん。もし何かあってもティントアもいるしな」

 

「え~? だいじょぶかなぁ……急に豹変して襲ってこないでよ?」

 

「それならクロエも喜びそうだし丁度いいな」

 

「えーなんで?」と言った後で”襲う”の意味を変換して納得したようだった。

 

「どうヴィゴ? むらむらしてきた? いっ、いつでもいいからね?」

 

 変換し過ぎだよ。お前がムラムラしてんじゃねえか。

 

 ――

 ――――

 何事もなく洞窟を抜けられてホッとする。

 

 まばら森を抜けて帰るとうちの魔術師組はまだ同じ場所に居た。

 

 おや、さっきとは違う分かりやすい物が増えている。焚火だ。

 もしや成功したのだろうか? それとも自分たちで火を起こしたのだろうか?

 

 結果を聞こうにも魔術の話はなるべく大っぴらにしない方が良いだろうしビット村落愚連隊の面々とお別れする。

 

「ヴィゴの親分! またギルドの方でお会いしやしょう!」

 後ろ手に組んで深々と頭を下げる六人。

 

 随分と慕われたものだ。

 強さを基準に物を考える人種であるならこういう関係性も築けるわけか。

 

 情報収集などで協力してもらえるかも知れないし、今後とも仲良く出来るならこれ幸いだ。

 

 火を囲んで座る三人の元へ行くとフーディの満足げな顔で回答を得た。

 

「ヴィゴ! 今日からあたしは燃え盛る業火(ごうか)(ほむら)の火と名乗ることに決めた!」

 

 燃やし過ぎだよ。頭痛が痛くなりそうな異名だな。

 

「ということは成功?」

 

 ビッ! と勢いよくピースサインで答えてくれる。

 しかもそのピース、人差し指と中指の先には火が灯っているのだ。

 

「凄いな! たった一日で覚えるなんて」

 

 ビッ! ピっ! と今度はダブルピースだ。

 

 そしてやっぱり指の先には火が灯っている。

 ドヤ顔ファイヤーダブルピースサインだ。

 

「流石はフーディちゃんでした。飲み込みも応用も恐ろしく早いです。ヴィゴくんとクロエの方はどうでした? ……おや?」

 

 俺の顔を見てカトレアがすっと立ち上がる。頬の傷に気付いたのだろう。もう血も止まっているしすぐに治るようなかすり傷だが、目立つところに付けられてしまったものだ。

 

「……どうしたんです、これ?」

 

 カトレアが細い指で俺のあごを支え、少し上に傾ける。

 近いな。意識していないんだろうが、と思っていたら至近距離で目が合う。

 

「……っと、すみません」

 

 思い出したようにぱっと離れ、ごまかしに咳払いをひとつ。

 この辺は本当にクロエと対極的だ。

 

「二刀流の鎧を着た亡霊で、かなり強い相手だった。

 十投剣(じっとうけん)とクロエの髪で滅多打ちにして倒したけど、

 斬り合うよりも手数の多さで、一方的に黙らせて殺す選択をしたくなるくらい危ない相手だった」

 

「もぅ……あんまり無茶しないで下さいね? そんなに強い相手ならあの時ついていけば良かったです。とにかく、ご無事で何よりでした」

 

 俺とクロエのペアで良かった。

 

 攻撃の数と初速がある俺たちだから出来たことだ。

 あの距離で戦闘が開始した場合、他の皆ならどうなっていたか分からない。

 

「あ、そうだ。ティントアこれ何か分かる?」

 

 瓶を渡して亡霊の灰のような物を見てもらう。

 ティントアは瓶を受け取ってすぐ喋り出した。

 

「ヴィゴ、火とは、なんだ?」

 

 あまりに唐突かつ意味深で俺の中に空白が生まれるほどだった。

 

「え、と。火?」

 

「そうだ。火とは何だ? 炎とは? なぜ燃え続ける?

 どうして炎術(えんじゅつ)は魔術の基礎なんだ? 

 四元素(しげんそ)の中で火の属性だけが大衆向きじゃないか。

 地水火風(ちすいかふう)四属性(しぞくせい)、そう括るくせにだ。何故だ?」 

 

 えぇ? なんなの? こわいよティントア……。

 

「火は四元素で括るにはあまりに種類が違う! 

 火はそこに無い! 大地も小川も空気も、すぐそこにあるに関わらず!

 火はこちらから働きかけることでしか存在を確認できない変化し続ける現象なんだ!」

 

 カトレアに助けを求める。

 

「ティントアくんは炎術の魔術式(まじゅつしき)をずっと地面に書いてたんです。

 魔術師ごとに合う合わないがありますからね。

 それで、フーディちゃんに合う式がなかなか書けなくて、

 試行錯誤するうちに急にキマってしまいました。

 何でも炎術の真理を得たそうです」

 

「ヴィゴのため、なるべく魔術知識を控えて説明しよう……。

 火が火であり続けるために必要な物は三つある。

 一つ、火打金(ひうちがね)のような熱の力、

 二つ、燃え続けるための燃料となる空気、

 三つ、燃え続けるための対象となる物体だ。

 そして、なんと……!

 フーディはこの三要素を全て魔力で実現させたのだッ!」

 

 ほぉ、なるほど。

 それは魔術に疎い俺でも凄そうなのが分かる気がする。

 と、思っていたらティントアに舌打ちされる。

 

「何なんだ? その薄い反応は? これだから素人は……」

 

 これ本当にティントアなの!? 

 

「炎の三要素である熱、空気、物体、

 この中で二つまでを魔力で肩代わりして炎術にする術師は居る。

 だが、三要素の全てを魔力で行える者など見たことがない。

 フーディは魔力で熱を発生させ、魔力を燃料として燃やし、魔力そのものを可燃物として炎術を成立させた。

 ……よって、俺はこの純粋なる魔力だけで編まれた炎術を、

 無垢魔炎術(むくまえんじゅつ)と呼ぶことにした」

 

 説明を受け終えた俺は「す、すごぉい!!」と言いながら必死で拍手をした。

 ティントアが怖かったからだ。

 

「ヴィゴ見て! 必殺技も考えたんだ!」

 

 おぉ~! 必殺技? なになに?

 凄いねぇ! 見せてみせて! 

 

 という調子でティントアから離れてフーディの元へ行く。

 

 フーディは拳を構え、木に向かって正拳突きをした。

 拳が当たった瞬間にボッ! と音がして光と熱が溢れ、爆発が硬い樹木に風穴を開けた。

 

「いまのが魔炎拳(まえんけん)! 蹴り技でやると魔炎脚(まえんきゃく)だよ!」

 

「そして……魔炎砲(まえんほう)!」

 

 フーディは両手を突き出し火球を前方に撃ち出した。

 岩壁に当たった火球が引くほどの爆発を引き起こして辺りが火の海に包まれている。

 

 え? これ俺たちもマズイんじゃないか? そういうレベルの大火災である。

 

 フフン、と笑ってフーディが空中を掴むように拳を握った。

 すると今まであった炎が一瞬にして消えたのだ。

 

「この炎はあたしの魔力だけで出来てるからね。魔力を閉じたらすぐに消せるんだよ~」

 

 良かった……。

 放火犯として追われるだろうから逃げる算段を考えていたところだった。

 

「いや本当に凄いな……」

 

 もう言葉もないほどに驚いていたらカトレアが更に驚かせてくれた。

 

「フーディちゃんの中で無垢魔炎術の魔術体系が出来上がりましたが、

 それもまだ一日目です。基礎体系(きそたいけい)の状態でこれですので、

 基本体系(きほんたいけい)応用体系(おうようたいけい)

 最終的な奥義体系(おうぎたいけい)になったらどうなるやら……。

 火球一つで国をまるごと吹き飛ばしても不思議はないと思います」

 

 もう開いた口が塞がらない。

 

 フーディは空にある太陽を指さして言った。

 

「奥義体系まで身に付いたらさ、太陽ぶっ壊せるかどうか試してみるよ!」

 

 試すなよ。

 

 壊れたらどうするつもりだ。魔人にでもなるつもりか。

 

 俺がひょんなことから言いだした火の魔術だが、まさかフーディがここまで仕上げてくると思わなかった。まあパーティの戦力が向上したのは間違いないし良い事だ。

 

 魔術素人の俺でもフーディの天才児っぷりを肌で感じたのでティントアとカトレアはもっと驚いているんだろうな。

 

 ちなみにちょっと様子のおかしかったティントアだが、知らない間にすぅすぅと寝息を立てて深く眠りこんでいた。フーディのために魔術式を書く作業で消耗したのだそうだ。

 

 おやすみティントア。

 きっと目が覚めたらいつものティントアに戻っているだろう。

 

 ……戻っていてくれ。

 

~~~ 以下、魔術用語集 ~~~

 

四元素(しげんそ)】万物を構成する4つの基本要素。地、水、火、風。

 

地水火風(ちすいかふう)】四元素の別の言い方。

 

四属性(しぞくせい)】地属性、水属性、火属性、風属性をまとめた呼び方。

 

魔術式(まじゅつしき)】魔術の発動に関わる仕組みを式に起こした物。

 読み書きと同じで覚えることは可能。

 魔術のセンスがあるものは初めから読めたりする。

 ※俺は読めなかった(別に悔しくはない!)

 

無垢魔炎術(むくまえんじゅつ)】フーディの習得した独自の炎術。

 ティントアが思わずキマるほどの代物。火球ひとつで家が吹っ飛ぶ。

 必殺技:魔炎拳(まえんけん)魔炎脚(まえんきゃく)魔炎砲(まえんほう)など。

 

■魔術体系の段階。

基礎体系(きそたいけい)】初級

基本体系(きほんたいけい)】中級

応用体系(おうようたいけい)】上級

奥義体系(おうぎたいけい)】特級

 ※ティントアとカトレアの魔術はどちらも奥義体系(おうぎたいけい)

  基礎体系(きそたいけい)だけで習熟が完了する魔術もある。

  奥義体系(おうぎたいけい)まである魔術は稀。

 

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