六王連合   作:帯刀 撫臼

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6話 空の覇者ジョーク

 俺は、ゆっくりと歩き出す。

 

 大鬼は待ち受けるつもりらしく、武器を構えたまま動かない。都合がいい。

 

 歩く、歩く、距離を詰める。

 

 歩幅に緩急を、体の中心にあるはずのバランスをわざとずらす。

 

 手の振り、腰の切り方、足の付け根から意識を持って、一歩を繰り出す。効果はすぐに出始めた。

 

「なんだか、ヴィゴくんの動き……変じゃないですか? なんていうか……ぼやけて……」

 

「……うん。あたしにも見えてる。なんか……姿が二重に……」

 

 さあ、お前に見切れるか。

 

 俺の本領は腕力にない。アッシュと組み合っても絶対に勝てないだろう。

 

 それはよく分かっている。

 

 他の奴らに得意な物があるように、そう、俺は――。

 

 姿がダブるような錯覚を覚えさせる歩行の技術、

 最後の仕上げ、膝の力を抜く。

 

 すると俺は。

 

「……消えた」

 

 誰かがそう呟くのが聞こえる。

 派手な一撃必殺は……俺には無理だ。

 

 だが、命を奪うのに派手さはいらない。

 

 大鬼の背後に回った俺は手早く首をかっ切った。

 

 これが俺の技。これこそ、我が本領(ほんりょう)

 

 大鬼はなにか呟いて崩れ落ちる。

 

 ひゅうひゅうと何度か息をして、僅かばかりにもがいた後、死を迎えた。

 

 刃で貫いた肌の感触が手に残っている。良いものじゃないな。

 

「なるほど、それがお前の適正ね。隠密(おんみつ)の技。たしか……瞬断一足(しゅんだんいっそく)ってやつだったか」

 

 驚いた。

 

 まさかアッシュが技の名前を知っていたとは。俺も使ってから名前を思い出したのだ。

 

 今まで忘れていたことを急にピントが合ったように思い出すのは奇妙な感覚だ。

 

「そう、瞬断一足(しゅんだんいっそく)

 

「どうやってんの!? 消えてたけど!? なんか気付いたら鬼の後ろ居たよね!」

 

 フーディが興奮気味に隣のティントアをゆすりまくる。

 ティントアは揺らされながら「うんうん」と器用に頷いた。

 

「俺の目にはギリ見えたぜ? ほぼ影だけだが、目の前のあいつにゃマジで見えなかっただろな」

 

「どうやってんの!? ねえ! どうやってんの?! それ! ねえって!」

 

 お子様うるさいな。いま説明するから待ってなさい。

 

「凄く簡単に言うと動きに緩急をつけるんだ。ゆっくり、早く、一時停止、急停止を織り交ぜて――」

 

「そんでだな。最後に膝を抜く。それも段階的に分けてな。消えたように見えるが目の錯覚だぜ?」

 

 いやなんでアッシュが言うんだよ!

 今って俺の時間だよな?

 

「えー! ちょ! やってみてほら! ヴィゴ! やってやって! はやくはやく!」

 

 わかったわかった、分かったから、近いなフーディ!

 

 瞬断一足(しゅんだんいっそく)を間近で見せる。

 

 俺は皆の視線から外れる……。はずだった。

 

 全員の死角となる真後ろに移動したのにだ。アッシュ、お前だけが俺の方へ顔を向けていた。目を見開き、何一つ見落とすまいと全神経を集中させ俺を捉えきってみせたのだ。

 

「……かなりの練度(れんど)だ。まぁ、分かってりゃ見切れるけどな!」

 

 こいつ……マジで化け物じみている。

 

 だが、今のはけっこう俺の矜持(きょうじ)に効いたぞ。

 

 心の中でなにかグツグツと音が立つような感じがした。

 

「アッシュ、俺は――」

 

 瞬時、完全脱力、手、腕、肩、両足、間接の全てにまで気を張って……。

 

 それから俺は完璧に、全員を置き去りにした。

 

「――こっちだよ」

 

 わざわざアッシュの真後ろを取ってやった。

 ここは、これだけは、俺の領域なんだよ。

 

「ほー……。ヴィゴ、おまえ中々やってくれるね。けっこうムカついたぜ?」

 

 ゆっくりと俺の方へ向き直る。

 

 上をいかれた怒りと、認めざる終えない技の切れに関心もあり、なにか一つ俺を認めるような視線だった。

 

「そういうことされると試したくなるなぁ。お前もそう思うよな? なあヴィゴ」

 

 アッシュの吐く息が重みを増したような気がする。

 

 瞳の奥でちらちらと火が爆ぜて、大きくなりつつあるような、どちらが、どれだけ、どこまでやれるか。

 

 こうまで真っすぐ見られると応えたくなる。

 

 こいつはとんでもなく純粋だ。つい「そうだな」と言いそうになってクロエが口を挟んだ。

 

「わぁー……。なんかいいね。こういうの、その、男の子っぽい感じ? ちょっとヨダレ出そう。ヴィゴも服とか脱いじゃった方がいいんじゃない? 動きにくいよね? ほら、脱いじゃえ脱いじゃえ」

 

「ヨダレ出そうってか思いっきり出ちゃってんじゃねーか! もう口元べたべたじゃねーか!」

 

「い、いいから、いいから続けて?」

 

「良くねーよ! お前の見てる前じゃ絶対やんねー、帰れ!」

 

 え~……という不満の声と、力のやり場を失ったというか、根本からこそがれた感じのアッシュは大きなため息をついてみせた。

 

 危なかった……。

 つい乗せられるところだった。

 

 こんなところで俺とアッシュがやり合っても一切の特はない。今だけはクロエの変態性に感謝だ。

 

「クロエ、止めてくれてありがとう。……危うかった。そっちはそんなつもり無かったんだろうけど」

 

「え、じゃあ、お礼に二の腕さわってもいい?」

 

「…………まあ、腕くらいなら」

 

 さすがに腕を触るくらいなら何にもならないだろう。

 多少我慢すれば良い話だ。

 

「そんじゃ、塔に登るか。何が見えっかなー」

 

 見上げる塔はなかなかに高い。この辺りが一望出来るだろう。人のいる街が見えてくれればいいが……俺たちは今後の展望に期待を込めて監視塔を登るのだった。

 

「階段多くねーか? 鬼ぶっ飛ばすより疲れる気するわ」

 

 その感覚は分からないが、まあ中々の段数だ。ぐるぐるぐるぐると狭苦しい階段を登っていく。途中、空気窓が開いているが、いちいち下を覗くのも面倒になってきてひたすら登り続けていた。

 

 ただ登るのも退屈で、俺は戦利品を検めつつ足を動かすことにした。

 

 大鬼の死体から頂戴してきたナイフだ。

 

 雑な石の武器と違ってしっかりとした鉄製の武器。

 

 刃渡り十五センチほどのナイフだ。光を吸い込むような黒い刃の色は武器として一定の水準を十分に満たしているだろう。

 

 もしかしたらそこそこ値が張る逸品かも知れない。刃の真ん中に微細な文字が確認できるのも細やかな仕事ぶりで、見たことのない字で分からないが鍛冶師の名前でも刻まれているのだろうか。

 

「うん、いいね」

 

 黒いナイフを鞘に納め、また抜く。黒い革の巻かれた握りは手に吸い付くようだ。刃を納める鞘も同じように黒く、あつらえて作ったのだろう一体感があった。

 

「なにしてるのヴィゴ?」

 

 カチャカチャやっていると俺の前のクロエが振り向いて聞いてきた。

 

「あぁ、音、気になった?」

 

「別に、平気だよ? ずいぶん気に入ってるなーって」

 

「ああ、けっこう気に入ったかな。このナイフ、けっこう良い物っぽいけど、俺が貰ってよかったのか?」

 

 少し大きめの声で全員に聞いてみる。

 

 一番前を行くアッシュがデカイ声で返してくる。「俺は武器はいらねぇ!」

 

「ヴィゴくんが倒したんですから、貰ってしまっていいんじゃないですかね」

 

「あたしも別にいらなーい」

 

「俺も……別に大丈夫」

 

 良かった。まあ皆そう言うと思ったけど。念のためクロエの了承も伺う。

 

「クロエは?」

 

「わたしも特に……。いや! やっぱり欲しいかなー!」

 

 は? いや、おいおい。どういう……。

 

「じゃあ。俺も……実は、欲しかった」

 

「アタシも欲しいー!」

 

「ヴィゴくんが倒したからといって、ヴィゴくんの物とは限りませんよねぇ?」

 

「ヴィゴてめえ! 俺に武器をよこせ!!」

 

 嘘つけお前ら! これは俺のだ!

 そんなこんなでからかったり、からかわれたりするうちに一番上に着いた。

 

 高所は風が強い。階段を登り切ってすぐに強風が頬を叩いていくのが分かった。

 

 でも、いいもんだな。狭苦しい階段は埃の匂いが充満していた。それを吹き飛ばしてくれるようで気持ちがよかった。それに、なんといってもこの眺めの良さ。地平線が見えている。

 

「たっかー! すごっ! 見てすごくない? ティントア見てる? 高いよ!」

 

「見てる見てる」

 

 フーディじゃないがはしゃぎたくなる気持ちも分かる。これは絶景だ。

 

 一番はしゃぎそうな男が意外と静かで、何をしているのか見てみれば拳を天に掲げ不動のポーズをとっていた。

 

「アッシュ? なんのポーズしてんだ?」

 

「これは……王のポーズだ。俺はいま空の覇者になった」

 

 ウオオオオッ!! と空の覇者が叫ぶ。

 

 フーディも急に覇者になったらしく叫び始めた。

 その辺の感性は似ているらしい。まあ、放っておこう。

 

 俺は辺りをぐるりと回ってみる。

 

 周囲に何が広がっているのかが重要だ。太陽の位置から東西南北にあたりをつけて時計回りに、北はすぐ近くに森が広がっている。地平線まで緑一色。

 

 俺たちがいる廃墟の街はやはりかなり大きく。視界めいっぱい西の果てまで伸びている。よほどの大国だったのだろうか。

 

 南には山が立ちはだかっていた。進路としては最もまずい方向になるか。

 

 最後に東、見渡せるのは平原……よく目を凝らせば地平線のほんの少しだけ手前に線が引かれたような茶色が見える。あれは……街道か?

 

「クロエ、あれ見えるか? 道……街道っぽいと思うんだが」

 

「ん? んー……ちょっとわたしじゃ何とも言えない」

 

 カトレアにも聞こうと思ったが、そう言えば姿がない。この手の相談はやはり彼女にもしておきたいところだ。

 

 探してみると階段を登り切ってすぐの場所で仰向けになって寝ていた。汗を浮かべて目を瞑っている。

 

「……カトレア? 具合悪いのか?」

 

「あ……ヴィゴくん」

 

 薄目を開けて一瞬だけこちらを見てまたすぐ目を閉じた。普通とは言えない状態に俺が焦り始めているとアッシュが近寄ってくる。

 

「こいつ高所恐怖症だとよ。情けねーよなぁ!」

 

「登っている途中は平気だったんですが……。景色が見えたら腰が抜けてしまって……。寝てる体勢が一番落ち着くみたいです……」

 

 意外な弱点があったもんだ。

 

「なあ、カトレア。たかいたか~いって、してやろっか? 楽しいぞ」

 

「絶対にやめて下さい。たかいたか~いってしたら、私はアッシュくんに、殺す殺~すってします」

 

 なんだそれは怖い。

 

「カトレア、弱ってるところ悪いが相談させてくれ。進路は西に取ろうと思う」

 

 東西南北、周辺から見えるものを伝え、西へ向かう理由を説明した。

 

「いいと思います。わたしも目で見たいところですが、ちょっとこの状態じゃ無理そうです。それに、クロエが見えないなら私も同じかと思います。アッシュくんも西に街道が見えるか、確認してくれませんか?」

 

「いいぜ。その代わり、たかいたか~いって、していいよな?」

 

「ダメです……。意地悪しないでお願いしますよ。空の覇者の目ならもっと遠くまで見えるかも知れませんしね」

 

 しゃーねぇなーと空の覇者が西に目を光らせた。

 

「あー……まあ、ぎりっぎりなんか茶色の道っぽいの見えるぜ。街道かどうかの保証は出来ねぇがな。まっすぐ行けたら距離は三〇㎞くらいだ」

 

 俺もそのくらいの距離だと思ったことを伝える。

 

「さすが、二人とも距離感まで分かるんですね。さて、どうしますか……そろそろ食事も必要ですし、下でゆっくり考えませんか?」

 

「上でよくね!? なあ! 上でいいよな!? いや、上がいいよなぁ?!」

 

「も~……頼みますよアッシュくん。私いまけっこうキツいんですから……」

 

 カトレアの口から「も~」と出るとは。

 似合わない口ぶりに心底まいっているのが伺い知れた。

 

「へいへい、空の覇者ジョークだよ。じゃー降りるぞ! 者ども!」

 

 おー! とクロエとフーディが手を挙げて続く。

 あ、ティントアも小さく手を挙げていた。

 

 俺はカトレアに肩を貸しながら下りて行ったが、これは役得だった。

 半身に感じる体の柔らかさは何とも表現に困るところがある

 

「あぁ……愛しき大地……」

 

 荒れてボロボロの石畳に頬をつけて横たわるカトレア。

 ほっぺを怪我しないか少し心配だ。

 

 塔を下りきった俺たちはまず腹ごしらえをすることにした。

 

 幸い鬼の拠点には食えそうな物がいくつかあった。干してあるニンジンらしき赤い野菜が一番美味かった。かまどの火で炙って全員がバリボリバリボリやっている絵面は少し面白い。

 

 鬼たちはほとんど料理らしいことをしないのだろう。鍋の一つも見つからない。使わないにしても落ちていれば俺たちにとっては使い出があるのだが、無いのだから仕方がない。

 

 向かう先は見つけられたが、はたしてあの茶色は本当に街道だったのか。

 鬼の拠点を調べて得た僅かな食糧も、六人で食べれば一日と持たないだろう。

 

 先行きには未だ暗雲が立ち込めている。

 

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