「ほう! まさか噂の悪霊退治を成したのがあなた達だったとは!」
着飾った貴族の男が大袈裟なリアクションでお世辞を言う。
目が笑っていないので少し怖いな。
俺の子分となったイライジャたち、ビット
「まだお若いのに大変な武勇をお持ちだ。この会に参列なさるほどに顔も広い。良ければワタクシ共とも親密な関係を築いて頂ければ……」
カトレアが失礼にならないよう愛想のいい事を言う。
しばらくすると貴族の男が挨拶をして離れていった。
次から次へと誰かが話しかけてくるのだ。
正直もう疲れた。
この場所に集ったのは誰もかれも地位や権力のある人たちだ。
旅の冒険者である俺達なら大して見向きされないだろうと思っていたのだが、噂の悪霊退治のパーティだと知られれば目の色が変わる。少しでも繋がりを持うと貴族たちは躍起になる。
「……ひとまず、一段落ですね」
「……ああ、カトレアが居て本当に良かった。品よく追い払うのも大変だろう……」
「……ええ、正直これだけ相手にすると疲れます。
ですがまぁ、この辺のことは私がやった方がいいでしょうし、構いませんよ」
後でしっかりカトレアを労ってやらないとな。
「ね、少し外で風に当たろうよ。あっちは人少ないよ?」
クロエがニコニコしたまま言う。
愛想笑いの笑顔が固まってしまったのか、ずっとその顔なのだ。
可愛いのだがちょっと不気味だ。
「そうだな。少し休もうか」
俺のその言葉でバルコニーまで出て三人で大きく息を吐く。
これはちょっとした旅より疲れるな。
冒険者がこの会に参加することはそうないようで、しかもそれが噂の者たちだと知れば興味を引いてしかるべし。
そして俺達は目立つ。特にクロエとカトレアだ。
貴族の男たちは二人を褒めそやした。地上の星だと、いいや天女だと。
クロエの銀の髪を新雪の清らかさに例え、カトレアの柔らかな笑顔を花が笑うようだと称えるのだ。
始めの方は喜びもあったろうが、今のクロエなんかは笑顔を張り付けて聞くのがやっとだ。
「とんでもない」「恐れ多い」「滅相もない」
これが今日二人の最も口にした語群である。
「しっかし、豪華なパーティだな」
「この会ってさ、エドナ=ミリアの祭事の側面もあるんだったよな?
それにしちゃ余りにも豪華だ。
「声が大きいですよヴィゴくん? 誰が聞いているか分からないんですから」
俺は手をプラプラと振って「大丈夫だよ」と返す。
この人の多さだ。すぐに搔き消される。
「わたし飲み物とってくるよ。まだ何も口にしてないし、ちょっとここで座ってゆっくりしよ?」
「あー待てクロエ。俺が行ったほうがいい。二人は休んでてくれ」
「え、ありがと……なんでヴィゴの方がいいの?」
「
立てば
我ながら随分と洒落たことを言えたものだな。
貴族たちの言葉遣いが移ったのかもな。
大テーブルの上に大皿で盛られた食事と飲み物を瓶ごと拝借していく。
隠密の技はこういうところでも生きるのだ。
気配を薄めた俺は話し相手を求める貴族たちをかわしてするすると進んでいく。
チラと上段を見る。
一段上がったところには教皇と主教八家のお歴々が別に席を設けられて集まっていた。
教国の上流階級が一堂に会するこの場においても、横並びはなく上下に線があることを知らしめている。
ペリゴール家のラルフは当然、お目当てのマーキル教皇もちゃんとご列席だ。
食事と飲み物を持って二人が待つバルコニーへ戻る。
俺は位置取りを考えクロエとカトレアを呼び寄せた。
ここからでも教皇の姿を常に目に入れておきたいからだ。
「ありがと~ヴィゴ~!」
クロエに飲み物を注いでやるとグラスを一気に空にした。
そりゃ喉も乾くよな。
「んんっ! これっ……ヴィゴくん! これお酒ですよ!」
カトレアが一口飲んで嬉しそうに慌てている。
こういう改まった場なので悪癖を気にして酒を控えていたのだ。
「もういいんじゃないか? 教皇の顔も確認できたし、後は俺の仕事だろう」
「なるほど」とカトレアは納得し「それでは!」と中身を一気に飲み干した。
「後はここで適当に飲み食いして、
頃合いになったら二人は帰ってもらってもいい。
俺は教皇の後をつけてねぐらを探るよ」
「ねぐらってそんな、野盗じゃないんですから~」
言いながらカトレアが三杯目を空にした。
いやペースが速すぎるだろ!
「こらこら、そんなにパカパカ飲むな。ほんとに酒に目がないな……」
「大丈夫れぇすよ。クロエも居ますしね」
もう呂律が! 甚だ不安である。
カトレアの酒量を管理しながら料理をつまんでしばしゆっくりした。
さすが煌びやかなパーティに出てくる料理は一味違うな。
気疲れした後でないならもっと美味しかった事だろう。
こっそり包んで持って帰ろう。ティントアとフーディにも食わせてやりたい思ったが、飲食なしの会だと伝えたのでそれも出来ないか。
あ……じゃあなんでカトレアが酔っぱらっているんだ?
という事になる。……まあ、何とか誤魔化すか。
「ちょっと~、飲みすぎだよカトレア。もうダメだからね」
クロエがグラスと瓶を取り上げる。
「やっ! クロエ……それ返して下さい~……」
酒を求める亡者が乾きに喘いで手を伸ばす。
「ダメだってば。ほら、ヴィゴにも怒られちゃうよ?」
「怒らないでください! お酒もください!」
「だーからダメだって。ほら、これ食べなよ」
フォークで突き刺したでっかい肉の塊をカトレアの小さな口にぐいっと突っ込もうとするクロエ。
いやそんなデカいのカトレアの口に入るわけないだろう。
ちょっと可哀想だなと思ったが「美味しいですぅ」と口の周りをベタベタにしながら喜んでいるからまぁいいか。
二人のイチャイチャを肴にして俺はチビチビと酒をやる。
この後も仕事があるのだから俺が酔うわけにはいかない。
元は教皇の姿を確認できれば直で紹介状を渡しにいくつもりだったのだが、どうもあの一段上がった場所へ気軽に上がってはならないようなのだ。
上の者が下に降りるのは良い、だが逆はご法度。
様子を見ていると人の動きからそれが分かった。
カトレアが何でもかんでも「美味しいですぅ」と言って食べるのが可愛いのでクロエと二人で食事をひたすら与えていると見知った顔がやってきた。ラルフだ。
瞬間的にカトレアが席を立ち、俺達にもそうするよう促す。
良かった、まだそこまで酔っていなかったらしい。
「やあ、ここに居たんだね」
声の調子は軽いが、表情にはどこか険があった。
心に決めたことを、絞り出すようにラルフは言う。
「ヴィゴ、はた迷惑で卑怯な方法しか取ることのできない僕を、恨んでくれていい」
展開の読めない言葉に俺は黙していると手を引かれ連れられる。
おいおいおい、何をしでかす気だ。
パーティのど真ん中、いつの間にか人で輪が出来上がり、場が設けられたその場の中へ、そして俺とラルフは向かい合った。
横合いの給仕人から剣が差し出されれば、もう次に何と言われるのかは分かった。
「ヴィゴ、君に決闘を申し込む」
どういう流れでこんな事になったのか……。
四季麗人会ではこんな物が催しあるのかと思って周りを見渡すが、一同の顔は熱狂と困惑で揃っている。
ラルフの顔にだけ覚悟があった。
こんな騒ぎを引き起こせばただでは済まないだろうし、この後が分からないラルフでもないだろうに。
それでも止まれないところまで想いを募らせていたのだな。
「決闘の理由は、言わずとも分かるだろう。どうか受けてくれないか?」
仕方がない……踊ってやるか。
俺は景気づけにグラスを煽り、空いたグラスを給仕人の剣と交換し、抜き放つ。
「いざ尋常に……始め!」
開始の合図を出す役目まで買って出る始末だ。
貴族たちの遊び心にも困ったものだな。
この場で困惑をしている者はもう少ない。突如の見物に熱中している。
ラルフは強かった。
三度も打ち合えば彼がまともに剣を振って来た人だということが分かった。
これだけ使えるなら一端の兵士くらいでは相手にならないだろうな。
主教八家の身であれば剣は嗜みか、それとも捨て置く事柄の一つかは知らないが、一般的に見てラルフは強かった。
到底、その程度で俺に敵うわけはない。
無手でも勝てるし、剣を左手に持ち替えても勝てる。
だが、俺は早々に相手を打ち倒したりしない。
踊ってやると決めたからだ。
百、いや二百は打ち合った。
平凡な剣の打ち合いではなかった。
剣閃は絶えず急所を掠めている……ようにコントロールした。
俺の剣は寸でのところで相手に当たらず、俺もまたラルフの剣をすれすれでかわす。
今か、次か、そのまた次でどちらかが死ぬかも知れない。
観客からはそういう風に見えたことだろう。
そうしてようやく、ラルフの剣を俺が辛うじて打ち落とした。
勝敗は決した。
肩で息をするラルフに詰めかけ、膝をついて許しを請う。
「ラルフ様! 手心に感謝致します!」
ラルフは荒い息のまま目を見開く。
「何を」と返された言葉を大声で塗りつぶす。
「ラルフ様の腕前に、私が勝てるはずもございません! 彼女を連れていく許しを……まさかこのような形で……まさかお許し頂けるとは……!」
俺の目には涙が溢れていた。
口を開かずに何度もあくびをすれば涙を出すことくらい簡単なのだ。
俺はラルフの目を見て頷く。
ラルフにだけ分かるように。
乗ってこい。
お前が始めたことだ。
お前が治めるんだ。
宴会で騒ぎを起こした不届き物はきっと後で罰せられる。
だが理由があったのならいくらか罪も軽くなるだろう。
使用人が何か不義を働き、色々あったがラルフは一芝居打って許してやった。
わざわざ剣の腕を落として勝ちを譲るほどに、ラルフは俺を想った行動を取ったのだと、周りは何となくそんなストーリーを思い浮かべているはずだ。
クロエはやれない。俺の仲間だ。
だがお前の今までの全てを台無しにしなくても良いだろう。
だから乗って来い! 再起しろ!
空中で視線が確かに結ばれ、何か質量を得たような感覚あった。
手応え、あり。
「……ヴィゴ。色々とあったが、君たちの門出を祝福する気持ちに変わりはない。
……決闘に手加減をして臨んだことは謝罪しよう……こうでもしなければ果たせなかったのだ、許せ」
俺は泣き叫びながら額を床につく。
周りも熱狂し何か口々に叫んでいる。
大丈夫だ、何とかなったようだな。
しばらく観客から取り囲まれ口々に祝福や驚嘆の感想を投げかけられるが、強引にラルフに連れられ輪の外に出た。彼が小さな声で言う。
「……負けたよ。完膚なきまでにね。
僕が必死で女性のために剣を振るう間、
君はずっと僕の立場のことを考えていただなんて……本当に完敗だ」
「いえ……上手く行って良かったですよ。
ラルフ様が合わせてくれなかったら誤魔化しも効かなかったでしょう」
「ラルフでいい。いや、ラルフと呼んで欲しい。
僕はただペリゴール家に生まれただけだ。真に強い者から敬称で呼ばれるほど立派な人物じゃない」
「……分かった」
「本当に助かった。何と礼を尽くせばよいものか……命を拾われたも同義だ。
少し待っていてくれ、僕からマーキル教皇に紹介させて欲しい」
おお!
さすがは主教八家のペリゴール家が嫡子だ!
なにも全て失うことはない、と可哀想になって助けたのだがこんな展開を迎えようとは思わなかった。
一波乱あった四季麗人会も無事に終わりを迎える。
宴会場の奥にある小部屋で、ついに教皇と面会することになったのだった。