次の日、俺達はリスルッタ大聖堂、
空へ伸びる白き槍は柄の部分が空洞になっており中の階段が遥か頭上まで続いている。
ディエゴの案内で後ろを歩き、二列縦隊でついていく。
「白槍の穂先まではいけませんが、その少し下までは行けますよ。この階段を登るのは骨が折れますが、眺めは言うまでもなく絶景です」
ディエゴの言ったその言葉で天辺の景色を見てみよう、ということになり長い長い階段を上がることになったのだ。ちなみに今日、俺たちに頼みたい仕事はないらしい。
登っていく階段の形は不揃いだ。足を置く位置を少し考えながら進まないといけないくらいだった。スイスイと登っていくディエゴについていける者は俺しかいない。ふと後ろを見るともはや列ではなく、誰も居なかった。
「さすがヴィゴさん、足捌きもお上手だ」
「それはどうも。少し遅れている仲間を見てきますね」
「ええ、ここでお待ちしております」
登り慣れたディエゴほどではないにせよこれくらいで疲れる俺ではない。
だが他の連中は違う。
少し降りる。
ほのかに暗い白槍の塔の中、銀色にぼんやりと光るクロエの髪が見えた。
「あ、ヴィゴ! 良かった~、もっと離れてるかと思ってた」
息は弾んでいるがクロエは割かし平気そうだな。
それでも顔は汗びっしょりだ。俺はタオルを取り出して首筋の汗を拭ってやる。
「ありがとう! 服の中に手を突っ込んで拭いてもいいよ?」
「ハイハイ、じゃあタオルあげるから自分でやりなさい」
「ケチ!」と言ってクロエは登るのを再開する。
拭いてあげただけ大盤振る舞いだと思うがな。
もう少し遅れてフーディがやって来た。ティントアだと思っていたが意外だ。小さい体で歩幅も不利だろうに、金髪をあちこち跳ねさせて頑張っている。かわいい。
「ヴィゴ! いまティントアと! 競争してるから! どいてどいて!」
ああ、そういうことね。
俺は並走してから平気かどうか聞く。
「たぶん大丈夫! 上の景色楽しみだね! じゃあね!」
ハフハフ言いながら登っていく金色の犬みたいで本当に可愛い。
お次はティントア。
見たところ疲労の度合いはクロエと同じくらいかな。
「ああ、ヴィゴ。フーディ、どうだった?」
「楽しそうに登ってた。勝たせてあげるなんて良いお姉ちゃ……お兄ちゃんだな」
「本当は一緒に登りたかったけどね」と、ティントアが苦笑する。
うわ本当に優しい姉にしか見えない。
「カトレアがへばってる、見てきてあげて」
あ、そう言えば高い所が苦手だったな。
すっかり忘れていたがカトレアには悪いことをしてしまった。
ずっと遅れてカトレアがよろよろとやってくる。
見なければいいのに所々に空いている明かり窓を覗いて「馬鹿な……高すぎる」と怯えている。
見なければいいのに……。
「カトレア、大丈夫……じゃないんだろうな」
「あぁ……ヴィゴくん……あ、あの、ここ、高いですよ……?」
知ってるよ。知能が下がってそうなカトレアだ。誰よりも汗だくで水浴びでもしてきたのか、というほどびっしょりだった。見るに見かねてタオルで顔中を拭いてやる。
無抵抗で俺に顔を拭かれるなど、いつもなら考えられないな。
よほど疲れているのか俺を気にせず服をめくり上げて体まで拭く始末だ。細い体の上、流れ落ちた汗の筋が幾本も見える。
「どうするカトレア? 降りるか?」
「……いえ、上からの景色、私も皆と見たいです。それにアッシュくんの事も……だから頑張りますよ……」
ただの移動距離で考えると大した距離を歩いているわけではない。教国に来るまでの道の方がよく歩いているはずだ。カトレアの体力に問題はないのだが、高所による心的な疲労が大きい。
「なら、おんぶでもするか? 俺が運ぶよ」
カトレアは自分の疲労と俺への負担、上までかかる時間を計算しているのか、非常に悩ましい顔をした後で「……お願いします」と言った。うむ、気にすることなど無いのだ。
背負って歩き出してからしばらくするとカトレアはしきりに腕を突っ張って体を離そうとする。
「カトレア、背負いにくい。ジッとしてくっついてくれ」
「あの……ヴィゴくん。私いま物凄く、その汗をかいてまして……なるべくヴィゴくんに迷惑をかけないようにと……あの、匂いとかも……気になりますし」
「別にいいよ。背中あったかくて気持ちいいし、汗臭いとも思わん。そんなに腕に力いれたら疲れるだろ? いいから楽にして休んでな」
観念したのかカトレアが静かに力を緩める。しっとりとした感触が背中にやってきた。クロエと比べて細いと思ったが、こうして密着するとカトレアも出るとこ出ているものだな。
塔の階段をしばらくグルグルと回っているとカトレアも落ち着いてきたようだ。
「……ありがとうございますヴィゴくん。たいぶ良くなりました」
「そりゃ何より。忘れてた俺も悪いが、登る前に言ってくれたら初めからこうしたのに」
「そんな、一番小さいフーディちゃんがよいしょこらしょと言いながら登ってますのに、私だけ楽は出来ませんよ」
「向き不向き、適材適所だろ? カトレアが自分でティントアに言ってたろ?」
「……今は大人しく背負われることにします。おんぶされてる姿で何言ったって恰好つきませんよね」
「そういうこった。カトレアは素直ないい子だね~」
子供をあやす口調で言ってあげるとカトレアは悔しそうに唸ったが反論まではして来ない。後が怖いが、俺は攻め時を見逃すほど甘くないのだ。
「……アッシュくんの蘇生の儀式、気になりますね」
背中のカトレアが少し後ろに体重を傾けた。
塔の上の方を見ているのだろう。
白槍の最上階には展望室があり、そして大掛かりな信仰秘術を行う時のために祭壇がある。白槍の天辺がこの国一番の
マーキル教皇は
金銭を要求する一芝居を打たれた時、思い切り睨みつけて恐怖を与えてしまったのだが、逆にそれがお気に召したようで俺達に協力的だ。この表現だと性的な倒錯をしているように聞こえるが、本物であるサリと違ってマーキル教皇はノーマルだ。単に俺達の腕を見込んで先行投資しているわけだな。
「まさか蘇生の準備を見せてくれるとは思わなかった。物凄い魔術なんだろ? エドナ教としては隠したいわけじゃないのかな?」
「普段は当然、隠しているんだと思います。我々が情報を掴んだのも王家からですし、対価が必要とは言え、だれかれ構わず話してはいないでしょうね」
「やっぱりそうだよな。図書館で見たどの書物にも死者蘇生の術なんて書いてなかった」
「そうでしたね。……儀式を私たちに見せてくれるのは信頼の証明と共に、特段見られても問題がないからなのだと思います」
四季麗人会でのマーキル教皇の口ぶりからして、一子相伝の秘術という印象を受けた。
「マーキル教皇としても過去にそう何度も蘇生術を行使したことは無さそうですよね」
「保存された死体と、強い魂、強制的な信用の返済、だったよな」
この非常に厳しい条件を揃えられる者は限られる。
俺たちはティントアが居るからたまたま達成できたのだ。
登り登ってようやく最上階へ、明かり窓から時折覗く眼下の景色にカトレアはいつしか子犬のようにブルブルと震えていた。あんまり小刻みに震えるものだから具合が悪くなっていないか聞いたが「ひたすらに怖いだけです」と答えていた。それもそれで可哀想である。
絶景とは正にこのこと。
ぐるりと一回転すれば世界の全てを目にしているような気分になる。
大地の端と空の端、地平線という名の境目がはっきりと見える。連なる山の端々、ここまで登ってきてもなお空は広く、いや登ってきたからこそか、天の広大さを知ることが出来た。
フーディが叫んだ。
「アッシュ~! 聞こえてる~!? また空の覇者になったよ~!! もうちょっと待っといてね~!!」
懐かしいなソレ。
ダフネス公国跡地、小鬼の大群を蹴散らした後で登った物見の塔でアッシュとフーディがはしゃいでいた時のやつだ。アッシュが帰ってきたらまた見せてくれるだろうな。
「なー! なんでカトレアおんぶしてんのヴィゴ! じゃあ降りる時わたしおんぶだよねコレぇ!?」
「いやいや、お前もカトレアが高いところ苦手なの知ってるだろ」
「……クロエ、ここを降りたらヴィゴくんを好きにしていいですから、今は頼みます……」
「えっ、あっ、良いよ良いよ! そういう事なら仕方ないね!」
勝手に俺を売るな。
とは言え否定するとクロエが面倒になるので降りるまでは黙っておこう。
ティントアが心配そうに俺の背中のカトレアを覗く。
「カトレア、目は開けられそうにない?」
おぉ、目すら閉じてるのか。
「……この高さの景色を見たら、おそらく私は死ぬでしょう。まだ死にたくありません」
「でも、せっかく登ったのに……俺も、カトレアに、この景色みてほしい……」
ティントアが寂しそうに言うのすっごい効く。
俺に言われてないのに俺が切なくなった程だ。
テンションの高いフーディが駆け寄ってきて俺に飛びついてよじ登る。なんだなんだと思ったらカトレアの顔に手をやった。
「え!? えっ!? ヴィゴくん何を!?」
「なんで俺なんだよ。おんぶしてるんだから無理だろ。フーディだよ」
「フーディちゃん!? なにしてるんです!? そんなに暴れたら塔が崩れますよ!?」
崩れてたまるか。
「カトレアの目、開かせてあげるね?」
子供の無邪気って怖いなあ。
「自分で!! 自分のタイミングでいくので!! 大丈夫ですので!!」
ゆっくりと深呼吸をして気を落ち着かせるカトレア。
皆が見守る中、静かに目を開いていく。
始めは床に視線を落とした。
吹きすさぶ風に瞼を閉じそうになりながら堪え、思い切って面を上げる。
「ああ……本当に、恐ろしい程に……綺麗な景色です」
放心したような台詞は実に情感的だった。
前の物見の塔の時は景色を見ることは出来なかった。
少しは克服できたのかも知れないな。
~~~ 魔術用語集 ~~~
【