ディエゴから馬を借りたのだがティントアが乗れるのは意外だった。うちの他の面子はどうだろうか? フーディが乗れないのは知っている。乗合馬車の御者さんから手綱の引き方を教わったくらいだ。
カトレアは乗れそうな気もするが、高所恐怖症という思わぬ弱点もあるし「実は馬もダメなんです……」というのも有りえるか。クロエはどうだろうな、卒なく乗りこなせそうな気もするし逆もまたイメージできる。
視点の高さが違えば流れる景色も新鮮だ。
ふわりと風を抜けていく気持ちの良さは馬ならではだな。
アッシュを蘇生した後、教国を発つかどうかは特に決めていないが、次の長い移動では自分たちで馬を持ってもいいかも知れない。
左から、俺、ティントア、ディエゴの三人横並びで走っていると、ディエゴが大聖堂で口にしたティントアに聞きたいこと、というのを口に出した。
「ティントアさん、つかぬ事を伺いますが……」
どこか深刻そうな声が含まれている。
「我らエドナ教の
神聖エドナ=ベルム教のアジトとなっていた屋敷を攻撃した後、事後処理の
ティントアは勿体つけず肯定した。
「ええ、そうですよ」
大した感慨も無く、死霊術師はそう答えた。
ディエゴは天を仰ぐ。何とも複雑な表情だ。
「……差し出がましい事を申しますが……出来ることなら、なるべくエドナ教の目につかないところでサリ様を呼び出すようにして頂けないでしょうか? 私としては、召喚や降霊の術もいくらか詳しいので分かります。ティントアさんが絶大な力を持つ術者であるため、そうなったのだと」
ですが、と続ける。
「他の者は、私ほど事情を汲むことは出来ないでしょう。強者が、ただ強者であらんとした。つまるところそれだけの話だと思っております。皆様がどれほどお強いのか、それを感じ取る事ができない者は、思った以上に多い」
俺もティントアも承知した。
エドナ教における高僧六聖は本にも書き残されるほどの英霊だ。
それを一介の冒険者が使役しているとなれば方々からあらぬ疑いをかけられる。ディエゴ本人の思うところとは別に、立場がそれを許せるわけはないのだ。
頭ごなしに叱責されなくて良かった。
話す順番も上手いのですんなり聞くことが出来る。
「サリを召喚したの、ディエゴさんですよね?」
ティントアが不意に聞いた。
少しの空白が流れ、ディエゴが気持ちよさそうに声をあげて笑い出す。
「驚きました! まさか……ええ! 本当にまさか、そんな事まで分かってしまうとは。それで、どこまでご存知なのでしょうか?」
「召喚されたサリはほとんど、自我なかったので、他はあまり、分からないです。
「御見それしました! 全くもって、あなた方の器を測り違えていたのは他でもない私自身だ!」
ひとしきり笑った後でディエゴがサリを召喚した理由を説明してくれる。
「防備の増強と力試しが理由にございます。
これでも私はエドナ教の中では一番の実力を持っておりまして、体術も信仰秘術も、次席の者とは大きく差がつくほどに離れております。
神聖エドナ=ベルム教と宗教戦争が起きた時のことを考え、高僧六聖の召喚に挑戦したのです。
成功例と失敗例がありますが、サリ様の召喚は失敗です。呼び出すまでには至ったのですが、こちらの願いを聞き入れてくれることはなく、どこかへ彷徨い出てしまわれた……紆余曲折あり、ティントア様の元へ行かれたのですね」
なるほどね。それで亡霊状態のサリはあんな何もない洞窟の中でぼーっとしていたのか。
もうしばらく走れば虫食い山脈の裾、洞窟街道の入り口に着いた。
馬で来れば意外とすぐだな。
騎乗するのもそれなりに体力は使うが、それでもこの距離を徒歩でいくよりよっぽど楽だ。
馬を木に繋ぎ止め、すぐに洞窟へ入るディエゴへついて歩く。
ずんずんと奥に進んでいくので念のため声をかけた。
まあ彼なら問題ない気もするが一応だ。
「ディエゴさん、もう少し奥へ行くと見張り役が居るはずです。俺が様子を見てきましょうか?」
「いえ、問題ありません。ヴィゴさんほどではないですが、そういった事に長けた者たちを既に派遣しております。何か問題が起きない限りは街道をそのまま進むことになっておりますので」
おお、仕事が早い。
俺が本を見せて神聖エドナ=ベルム教の本拠地について話をした時にディエゴが席を外したが、その時に手を回していたのだろう。
言われた通り街道を進む。
確かに話の通り、見張り役の男が見当たらなかった。
その代わりに俺達を取り囲んで動く者たちの気配がある。
街道に沿っていくつも枝分かれする穴の中、少なく見積もっても五十人、壁越しに並走しているようだ。
「……ティントアさんにも驚かされましたが、ヴィゴさんも本当によく気付かれますね。ご安心ください。味方ですよ、審問会の祓魔師です。」
ディエゴが俺の様子を見て、気配を察知した事を悟ったようだ。
「精鋭揃いですね。壁越しとはいえ、この距離まで来られてようやく気付けました」
「フフ、何を仰います。こちらとしては誰にも気取られずついてくるようにと命令していたのです。こうも簡単に感づかれてしまうとは、また鍛え直さないといけませんね」
何となく、ディエゴが部下をしごく様子が想像がつく。
仕事はきっちりこなすタイプだろうから鬼教官みたいな扱いを受けてそうだな。
「目的地までまだ歩きますので、少し私の昔話をしてもよろしいでしょうか?」
どうぞ、と促せばディエゴは人差し指と中指を立て、空中でいくつか印を切った。
その術なら俺も知っている。音の拡散を抑える隠遁術の一つだ。声が響くので配慮したのだろう。自分の周りで音が籠り相手に届きにくくなるのだが、逆に言うと少し離れたところの音も聞こえづらくなる。
今は周りにディエゴの部下が居るので心配ないだろう。
「さて、どこから話したものやら……」
ディエゴがくすんだ赤毛を後ろで縛り直し、口を開いた。
「私は、教国エドナの貧民街で生まれました。比較的は裕福な国であるエドナですが、貧しい場所と人々はどこにでも存在します。
どこにでもある貧民の吹き溜まりは、やはり同じように貧しく、道の端に掃き寄せられるパンのクズを拾い集めて食う、そんな日が続くのが、私の最も古い記憶です」
かつてのひもじさを、もう思い出せないような顔でディエゴは続ける。
「いくらかの偶然が重なり、私はエドナ教に拾われました。初めて食べた真っ当な白いパンの味は忘れもしません。何も持たぬ私にパンが与えられたこと、それがエドナ教の信者としての始まりでした。
運よく、私には信仰秘術の才能があった。小さな祓魔師となり、審問会の預かりとなり、数年して部屋を持つに至ります。その頃にマーキルとヘルメルとも出会い、仲を深めました。
二人は今や教皇、私も審問会の長官を任され、枢機卿相当の権限が与えられるまでになりました。
エドナ神への信仰、信心であれば、マーキル教皇にも、ヘルメル教皇にも負けないと自負しております」
パン! と、ディエゴが急に手を打った。
音を拡散させる術が解かれ、俺の感覚が、何千人もの気配を察知する。
その全ての意識が、俺たちに向けられている事が分かった。
「……ディエゴさん、これは、どういう状況でしょうか?」
俺の声が低くなり、そして愛刀の
「マーキルはエドナ=ミリアの教皇になり、ヘルメルはエドナ=ファドラの教皇になった。では、私は?」
「……ティントア!」
俺の声に応じ、ティントアは小瓶からサリを呼び出す。
どんな展開なんだ、これは、一体なぜこんな事態になっている。
「改めまして、ヴィゴさん、ティントアさん。
神聖エドナ=ベルム教の教皇をしております。ディエゴ・ダニア・ウィスルと申します」
横合いから現れた祓魔師がディエゴにローブを渡す。
洞窟街道で見た魔術師風の男が着ていた物だ。濃い紫色で、背中に太陽と月と
「何でだ?……何が狙いなんだ? ディエゴさん……あんた三大宗教の最上位層の人間だろう、その地位まで登りつめても満足できなかったのか?」
「そういうことです。地位と名誉と金は、得れば得るほどに自由が効きます。
︎︎ですが、私という人間がまともな人生を送った場合の最高到達点は、審問会の長官が関の山でしょう。ですので、ただのステップアップですよ」
「……戦争するのか? エドナ教を相手に」
「ええ、兵も集めました。ヴィゴさんの感覚の鋭さなら、周りに取り囲む人間の数もおおよそ把握しているでしょう?」
「この人数で教国エドナが落ちると?」
「何事も創意工夫をすればこそ、でしょう? なんせ私はエドナ=ミリア教にもエドナ=ファドラ教にも顔が効きますからね。有事の際に誰が指揮をとるのか知っていますし、その人物をいつでも殺せる位置に私の手の者がおります。負け戦などしませんよ」
どこまで本当か、何がハッタリなのか、ここでそれを考えることは無意味だ。
俺は薄葉灰影を抜き、左手は黒いナイフを逆手に構え、戦闘の態勢を取った。
ティントアもサリを呼び出して準備万端だ。
簡単にやられるつもりはない。
「剣を納めて下さいませんか? エドナ教へ攻撃はしますが、私としては六王連合の面々と事を構えるつもりはございません」
俺は何も言わず、ディエゴの言葉を待つ。
「むしろ手を取り合いませんか? 神聖エドナ=ベルム教にあなた方が加わって頂ければ百人力だ。
十年かけて神聖エドナ=ベルム教がエドナ=ミリアとエドナ=ファドラを取り込む計画でしたが、半分の五年に縮められるでしょうね。
六王連合が参加せずとも、たまに協力し合う……そんな関係はいかがでしょうか?」
「アッシュの蘇生はどうなる?」
「……アッシュさんの蘇生だけは、我々の力ではどうにも出来ませんね。本日中に教国へ攻撃をしかける手筈となっております。色々と巡り合わせがございますので」
「じゃあ決裂だ。俺は、神聖エドナ=ベルム教も、エドナ=ミリアもエドナ=ファドラも、全部を敵に回してもいい。アッシュが生き返るならな」
ディエゴは、うっとりした顔で目を細めた。
「素晴らしい……。それでこそ自由だ。貴方が強いということの証明だ。
……どうにかして手を組んで頂きたいのですが、今日のところは引かせて頂きます。教国に進攻せねばなりませんのでね」
「アンタを無事に返すと思うか?」
俺は刀の切っ先をディエゴに向ける。
「いやはや、随分と嫌われたものだ」
「別に嫌いになったわけじゃないさ。野心家は好きだ。でも今はタイミングが悪い。アッシュが生き返った後なら、手を組むかどうかは置いといて、話くらいは聞いたさ」
「……もうあと数日、何かが違えば良かったのですが……嗚呼、残念でなりません」
ディエゴはどこから取り出したのか、手の中から剣の刃だけを出現させ、両手に構えた。
「
チリチリと、俺とディエゴの間で間合いを計る時間がやって来た。
まさかこの男と戦うことになろうとは思わなかった。
この穴ぐらは完全に俺達に不利だ。
何千人というディエゴの部下。俺の気配察知が遅れるほどの精鋭まで揃っている。
無事で返すと思うか?
そう息巻いたが、戦って勝つよりも生き延びることに注力した方がいいくらいにはマズい状況だ。
大聖堂に居る三人は無事だろうか?
ディエゴくらいの使い手が居るわけじゃないだろうが、不意を打たれればどうなるか分からない。
ともかく今は目の前に集中だ。
洞窟の土の匂い、空中で絡む両者の視線。姿を見せない何千人もの刺客。
久々の死線をくぐろうとしている。俺は歯を噛み締め、武器を握り直すのだった。
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