六王連合   作:帯刀 撫臼

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74話 ~2章~ 黒鉄の空の王

 教国へ向かう兵の行進が見えた。

 

 思った以上に距離が離されている。

 洞窟街道を抜けるのに手間取ったためか、いや、全軍を山の中に隠していたわけではないか。

 

 平原に集められた軍勢をパッと見た感じでは、祓魔師と、それから傭兵や山賊のような成りをした者たちも入り混じっており、統一された感じが薄かった。

 

 先頭を走る集団は、騎馬兵と祓魔師。この前列はおそらくディエゴが直で指揮する一団だろう。中列と後列の者たちは服も武器もバラバラの寄せ集め感がある。

 

 仮にも国を襲うのだ。見た目だけでも数を揃える必要はあるだろう。もし、水増しの数で心理的な圧力を与える事が目的だったなら、中列と後列の兵は士気が低い可能性もある。

 

 ディエゴが居ると思わしき最前列だけ上手く叩ければ軍団を瓦解させられる……かも知れない。

 

 何にせよ急がなければならない。

 

 洞窟街道へ入る前に馬をつないでいた木の前まで戻る。教国へいち早く戻るには馬を飛ばす他ない。だが、またしても先手を打たれていた。繋いでいた三頭の馬は二頭になり、そして殺されていたのだ。

 

「くそ……足を奪われた。……走るぞ! ティントア!」

 

 俺が本気で走れば一時的には馬くらいのスピードは出せるだろう。だが、教国についた時にどれほどの体力が残っているか……。

 

「俺たちが走ってどうする? 走るのは、馬にやってもらう」

 

 どうやって走らせるんだ、死んだ馬に……と、そこまで考え、俺は自分が思った以上に焦っていたことに気付かされる。

 

「落ち着いてヴィゴ。俺が馬を操る。馬には悪いけど、死んでる方が、今は都合がいい、乗って!」

 

 会話のうちにも死霊術を施し終えたようで、馬はすっくと立ち上がる。

 

「本気で飛ばす。振り落とされないよう、気を付けて」

 

 ティントアが(あぶみ)に足をかけ馬に乗って走り出す。異常なほどの速度で弾かれたように跳んでいく。ややあって俺も騎乗すれば、手綱を掴んだ瞬間に馬が爆発的に走り出す。

 

 手綱が無ければ俺は後ろに置き去りだった、そのくらい速い。

 

 ティントアの死霊術で走る馬の速度は、今まで体験したことがない走りを見せてくれた。

 

 馬の歩法は常歩(なみあし)速歩(はやあし)駈歩(かけあし)襲歩(しゅうほ)の順で早くなるが、これは襲歩以上の何かだ。

 

 暴れ狂うように、まるで空を飛ぶように、馬の体が壊れても構わないような指示で滅茶苦茶に走らせているのだろう。

 

 これなら集団に追いつける。

 先に教国へ入り、マーキル教皇へ敵襲の伝令を行える。

 

 往路と復路でまるきり状況が変わってしまった。

 

 なだれ込むように教国の大門へ。

「止まれ! 通行証を見せろ!」そう迫る門兵を文字通り飛び越して都市へ入った。

 

 この速度ならすぐにもリスルッタ大聖堂へ着く。

 

「ティントア! 大聖堂へ着いたら手分けしよう。俺は白槍に登ってマーキル教皇に会う。アッシュの蘇生が出来るなら今すぐやって貰うよう頼んでくる。ティントアは他の皆と合流、もしティントアの側でマーキル教皇が見つかったら何か分かるような合図をくれ!」

 

「分かった!」

 

 手筈通り、大聖堂に馬で駆けこんだ後、二手に別れた。

 

 マーキル教皇が白槍に居る可能性は高い。

 

 ずっと掛かり切りで蘇生術の準備をしてくれていた。そして、もし既に軍勢に気付いているのなら高い所に登って全体像を確認したがる筈だ。そうなれば階段を行くのは俺の方がいい。もし読み違えて別のところに居たとしても、フーディの魔炎砲を空中に放ってくれれば直ぐに気付くことが出来る。

 

 大聖堂の中にもディエゴの放った刺客は居るだろう。

 いつ攻撃を受けるか分からない。

 

 天を貫くような白槍を見上げ、勢いよく入口へ飛び込む。

 

 空へ続く不揃いな螺旋階段。

 とにかく早く登り切ることだけを考えて走った。

 

 一番あってはならないのがマーキル教皇が殺害されていることだ。そうなれば全てはご破算。

 

 だが、思慮遠望(しりょえんぼう)たるディエゴの事だ。

 

 開戦前に殺すのは惜しむような気がする。

 

 エドナ=ミリア教の教皇が振るう力は絶大だ。

 生かしたまま操る選択肢を簡単に捨てられる手合いではない気がするのだ。

 

 階段を登り、走り、時には壁を蹴って上へ、上へ! 

 とかく一秒でも早く上を目指す。

 

 俺の息が切れる頃にようやく最上階へ辿り着く。

 

「居ますか!? マーキル教皇!!」

 

 少しだけ時間が空いて返事があった。

 良かった。無事の様子だ。

 

 この前と変わらず、祭壇が置かれた部屋にこもり切りで準備を進めている。

 外の軍勢を知っているような気配は無かった。

 

 無礼を承知で部屋のドアを乱暴に開けて中に入る。

 

「マーキル教皇、落ち着いて聞いて下さい。……ディエゴが裏切りました。ディエゴこそが新聖エドナ=ベルム教の長だったのです」

 

 マーキルが振りかえって俺の顔を見た。

 何を馬鹿な……そう言ったが、俺の真剣な様を見て少し沈黙し、それでもはやり信じられないと言葉を述べた。

 

「ディエゴだぞ? ……ディエゴは、私の友だ。いったい何年来の付き合いだと……。弟もだ。ヘルメルも含め、私たちは兄弟のような間柄で……」

 

「マーキル教皇、うろたえるのも最もですが……まずはこちらへお越しください。外を……西の平原を見て頂けませんか?」

 

 言われた通りにマーキルが寄ってくる。

 俺が指指す方へ視線を、固く強張った顔で見やり、眉間に刻まれた皺をどこまでも深く強めた。

 

「あれは……あの人の集まりは……?」

 

「ディエゴの指揮する兵です。今これから教国を襲う、そう話していました」

 

「……なぜ、あのような異変があって……私に今まで報告がなかったのだ……見張りは何を……」

 

「おそらくですが、それもディエゴの策略です。大聖堂の中にディエゴの手の物は何人も居ると言っていました。見張り役と伝令役、どちらか一人をディエゴの手下が担っているなら、情報は遮断されます」

 

 思い当たる節があったのか、マーキルは(ほぞ)を嚙んだ。

 

「俺とティントアも、洞窟街道で襲われました。千刃(せんじん)の型という戦法も受けました」

 

 俺の口から千刃(せんじん)の型という名前が出て、マーキル教皇は低く唸る。

 

「……分かった。ヴィゴよ……お前を信じよう。いまだ信じられぬが、今の話に破綻はなく筋も通っている。ディエゴを……敵として認識し、動く」

 

 絞り出すような苦しい声、だが、マーキルは頷いた。

 どうにか伝わった!

 

 俺は内心で胸を撫でおろす。

 状況だけを見て判断を下してくれる人で良かった。

 

 マーキル教皇がディエゴと完全に決別できたとまでは言わないが、事態を受け止めて動くことはしてくれるだろう。ディエゴとは兄弟のような仲だと語っていた。よくぞ私情を捨て置いて今だけを見てくれた物だ。

 

「ヴィゴよ、状況を教えてくれ……とは言ってもエドナ=ミリア教の戦闘信徒たち、祓魔師の長はディエゴだ。軍事の一切も預けてあった。私も兵法を全く知らないわけではないが……どう考えてもあれには劣るぞ?」

 

 それは……そうだろうな。

 

 この切り替えの柔軟さを見ればマーキル教皇が優秀な人物なのは分かるが、それでも戦事にまで長けているとは思えない。実際に審問会長官をディエゴに据えて分業していたのだから事実だろう。

 

 マーキル教皇が指揮を取って兵を動かした場合……一見した兵力の差はディエゴを簡単に上回るはずだ。だが、こちらの兵には必ずあちらの手の者が潜んでいる。

 

 この日のために準備して来たディエゴの事だ。今すでに伝令役か見張り役はスパイで間違いない。歩兵、弓兵、騎兵、どこに異物を混ぜられたのか、例えば各隊の隊長格に間者を配置されていたとしたら? 

 

 悪い想像ばかりが膨らんでいく。

 

 だが、確かなことが一つある。

 

「アッシュの蘇生は出来ますか?」

 

 今、俺が打てる最善の一手はこれしかない。

 たった一人で戦況を変えられるかは分からない。

 それでもアイツなら、何か別の方法で風穴をぶち開けてくれるような予感がする。

 

「ああ、いけるぞ! いつでも始められる! ……今すぐにでもか?」

 

「はい! 今すぐに! アッシュの蘇生を頼みます!」

 

 期せずして機は熟した。

 

 まさか生き返らせるこの日、この時、争乱が始まろうとするこの瞬間、お前を呼び戻すことになろうとはな。これではまるで戦神(せんじん)ではないか。

 

 マーキル教皇が祭壇の部屋に飛んで帰り、何度か柏手を打った後、両手を合わせ、祈りの姿勢で詠唱を開始する。

 

万物(ばんぶつ)流転(るてん)、エドナの神秘(しんぴ)秘匿(ひとく)、いま再びの奇跡(きせき)を、

 略式式典(りゃくしきしきてん)六章五節(ろくしょうごせつ)、王の葉セラスの朝露(あさつゆ)を我に、

 ()の者は逆式(さかさしき)を得た、燃える水をここへ、凍える炎をここへ、

 いと高き蒼天(そうてん)唾棄(だき)し、泡は連綿(れんめん)(のぼ)()す、(かな)え! 

 (まこと)()せば神威(かむい)をここへ! 今ここに奇跡を! 我が神の証明を!」

 

 蘇生の儀式、詠唱を終え、アッシュの遺体を中心に光が放たれる。

 

 俺は漠然と、これが神の光だと思った。

 

 合っているのかは知らない。だが、陽の光とは違う。

 

 反射した鏡がキラキラと照らす光でもない。

 

 温かく、まるで手で触れられるように光が重いのだ。

 光がたゆたっている。煙のように水のように、いつしか部屋中に濁流となった光が渦を巻く。

 

 知らずうちに涙が出た。

 こんな美しい物を俺は知らなかった。

 

 やがて光が徐々に収まり、アッシュの体に吸い込まれていく。

 

 成功したのか……? 

 マーキル教皇の言葉を思い出す。

 術が失敗したことは無いと言っていた。

 

 数秒が永遠のように感じられ、アッシュが静かに目を覚ます。

 そして懐かしい声でこう言った。

 

「……戦の音だ。響く軍靴(ぐんか)が目覚ましかよ? 気が利くねぇ、なあヴィゴ?」

 

 ああ、くそ。

 なんで俺がこんな問題児のために涙なんか流しているんだ。

 

「……手間かけさせがって、この馬鹿が……!」

 

 アッシュはガバッと体を起こし、上にかかってた布をとりあえず腰に巻き付ける。

 

「いや~、ほんとマジに生き返れるとはな。それで? ありゃ何だよ?」

 

 アッシュは展望室の方を睨み、迫力のある顔を晒している。

 いったいどこから説明するべきだろうか。ディエゴのこと、エドナ教のこと。正直言うとアッシュの蘇生が叶った今、戦火を逃れて国を出た方がいいのだろうが……。

 

「ま、何でもいいか! 要はアレをブッ倒せばいいんだろ? 俺がこのタイミングで起こされたのが証拠だぜ」

 

 それは勿論、間違ってはいないのだが……。

 

 ともかくアッシュの服や装備を持ってきて万全の状態にさせた方がいい。寝起き……ではないが、今この瞬間に戦いを始めるほど馬鹿ではないだろう。

 

 だが、アッシュの事を少し忘れていたようだった。

 コイツがどのくらい馬鹿かなんて、誰よりも俺が分かっていたはずだったのに。

 

「行くぜヴィゴ。合戦だ。一番槍(いちばんやり)は当然オレらだろ?」

 

 ガッと手を引かれ走り出すアッシュに連れられる。

 

 おい、おいおい。

 どこに行く。階段はそっちじゃ……。

 

 ドン! と跳躍し、展望室の窓からアッシュは飛び出した。

 俺も道ずれにして空の中に飛び出している。

 

 このボケ! 何を……!

 生き返ってすぐに死ぬつもりか!?

 

「ヴィゴ! 良く見てろ! 俺もあの世で暇してたわけじゃねえ! 今日から俺は黒鉄(くろがね)の空の王だ!!」

 

 落ちない。空から落ちていかない。

 浮いている。羽音を聞いて上を見上げれば、アッシュの背中に白い大きな翼が生えているのだ。

 

「お前……なんだソレ!? とっ、飛べるようになったのか!? つか先に言ってから飛べ! もう一回殺すぞボケ!!」

 

「ハーハッハッ!! すげぇだろ! この翼よお、大天使のやつからもぎ取って来たんだわ! まあずっと飛べるわけじゃねーんだけどな。地面に降りるくらいまでは任せろや」

 

 翼を持つ、燃えるような赤い髪をした男、服は白い腰布一枚。

 そんな奴が空から戦場に舞い降りた。

 

 きっと今日の出来事は百年後くらいに神話のような扱いをされるんだろう。

 俺は事態の急速さに心がついていかず、少しおっとりと俯瞰するのだった。

 

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