トランセンドとの幼馴染という設定のオリキャラ(ヒトミミ)が出ます。また独自設定を含みます点をご了承ください。
※pixivにも同じ内容で投稿しています。
トランセンドの様子を不審に思ったエスポワールシチー達はトランセンドを尾行してとある工場町に辿り着き……。
ある休日。トランセンドは一人電車に揺られていた。
「お、T社の新作ガジェットもうすぐ発売じゃん。チェックチェック〜っと」
スマホをイジりながら気になる情報に目を通す。
この前併走したウマ娘達から「休みに買い物に行かないか?」と誘われたが、トランセンドは断った。その日、つまり今日は用事があったし、目的が練習用のシューズだったからだ。その用事のために、トランセンドは電車に揺られている。
そんなトランセンドを、少し離れた場所からチラチラと覗き見る一団がいた。
「〜♪ 〜♪」
府中駅から電車に乗ること約1時間。2度の乗り換えを経て都心から少し離れた片田舎の駅でトランセンドは降りた。最近シャッターが目立ちだした駅前の商店街を抜け町工場が並ぶ一角へ。トランセンドは鼻歌交じりに少し舗装の悪い道を歩いていく。
「トランセンドのヤツ。こんな所にどんな用があるっつうんだ?」
電信柱の陰からトランセンドの様子を伺うウマ耳の影が4つ。その内の一人が、サイドテテールの娘がコロッケをぱくつきながら疑問を浮かべる。
「どこかお気に入りのお店でもあるんですかね?」
白のベレー帽を被った少女もコロッケをぱくり。
「しかし、ここは工場町。船橋ならともかく、ここにトランセンドさんが行くようなお店があるのでしょうか」
ポニーテールの少女も、コロッケ片手に眉をひそめる。
「何だか懐かしい感じがするねぇ」
くすんだ亜麻色の髪の少女もコロッケをあむあむと摘みながら町の様子を伺っている。
「あーしらの誘いを断ったんだ。これで面白くなかったらタダじゃおかねーし」
「シチーさん、それ完全に八つ当たりですよ」
サイドテールのウマ娘、エスポワールシチーが脂のついた指を舐めながらトランセンドに獰猛な視線を送り、それをベレー帽のウマ娘ホッコータルマエが窘める。
「しかし、やはりトランセンドさんの動向は気になります。彼女が私たちに秘密にしてまで行きたい場所はどこなのでしょうか。船橋ではないことは確かですが」
「フリオーソちゃんは本当に船橋が好きだねぇ」
ポニーテールのウマ娘フリオーソと亜麻色の髪のウマ娘ワンダーアキュートが少し場違いな会話をしていると、トランセンドは十字路を曲がり、その先にあるとある店に入った。4人も慌ててその店の前に移動する。
「有間……なんて読むんだ?」
「装具、ですよシチーさん」
店の軒先に掲げられた古い看板には『有間装具店』と店名が記されていた。
「装具、とは何ですか?」
「確か……骨折や捻挫した時に着ける補助具だったと思いますけど……」
「トランちゃん、捻挫でもしたのかねぇ」
ワンダーアキュートが頬に手を当てて首を傾げていると、
「皆、入らないの?」
店の中から当のトランセンドが顔を出した。
「「「わぁっ!」」」
「あれまー。トランちゃん、よく分かったねぇ」
「いや、バレバレだったよアキュさん」
よくアレでバレないと思ったね、とトランセンドは呆れていた。
「ま、ついて来たんなら仕方ないか。取り敢えず入ってよ」
トランセンドは昭和の匂いのするガラス戸を開け、皆を店の中に案内する。
4人がゾロゾロと入っていくと、そこには壁の棚にウマ娘用のシューズ並べられていた。
「ここは?」
「ウマ娘専用のスポーツシューズ専門店だよん」
トランセンドが棚からシューズのひとつをホッコータルマエに渡す。タルマエがマジマジと観察すると、靴の裏に蹄鉄を填める用の溝が掘ってある。ウマ娘用のスポーツシューズであることは間違いない。
「あれ? メーカーの名前がないですね?」
メーカー品ならシューズのインソール部分か靴底にそのメーカー名が書かれているが、タルマエの見ているシューズにはメーカー名がどこにも書かれていない。
「そりゃぁここのオリジナルだからね〜」
「え!? ここって販売店じゃないんですか?」
「うん。ここはシューズの製造と販売のお店だから」
「まぁまぁ。ここはオーダーメイド専門なんだねぇ」
「なんと! 船橋にもそんなお店は数えるほどしか」
「アンタはいっぺん船橋から離れな。つーか船橋にもあんのかよ」
トランセンド達が和気あいあいと騒いでいると、
「いらっしゃい。随分とにぎやかだねぇ」
店の奥から恰幅の良い女性が現れた。おそらく、店の人だろう。
「おばちゃん。こんちわ〜」
「あらトランちゃん。久しぶりねぇ」
トランセンドと女性が親しく挨拶を交わす。どうやら顔見知りのようだ。
「そっちのウマ娘ちゃん達はお友達?」
「そ。ウチとおんなじダートを走ってる娘だよ」
トランセンドは女性にエスポワールシチー達を紹介する。
「いらっしゃい。ゆっくり見ていってね。気になる靴があれば遠慮なく履いていいからね。なんなら採寸もするよ」
「ありがとうございます」
「ありがとねぇ」
女性の言葉にタルマエとアキュートは深々と頭を下げるが、シチーとフリオーソの興味は店とシューズに向いていた。
「ここがトランセンドのお気にの店、ね」
「変わったデザインの靴ですね」
「ウチはウマ娘ちゃん一人一人に合った靴を作ってるからねぇ」
どうぞ、と女性は麦茶の入ったコップを皆に配る。
「あ、すみません。お構いなく」
「いいよいいよ。ウチに来るお客さんは皆じっくり見ていくから、このくらいはサービスしないと」
棚並べらた見本兼商品でもあるシューズ。ここを訪れた客はそれらを試着しそのまま購入するか、オーダーしていくのだと言う。
「おばちゃん。おっちゃんとテっちゃんは?」
「いつも通り奥に居るよ」
麦茶を飲み終えたトランセンドがコップを返すと、女性にそう尋ねた。話の流れからすると、おっちゃんは店主のようだが、テっちゃんとは誰だろうか。
「ん。じゃぁ、皆はゆっくり見といてよ。ウチは奥に用があるから」
そう言って奥に引っ込もうとするトランセンドの肩を、
「待ちな」
エスポワールシチーが掴む。
「なに? エスぽん」
「エスぽんゆーなし。あーしらも連れてけ」
「えー?」
露骨にトランセンドは嫌そうな顔をする。
「やっぱし。あーしらの誘いを断った理由は奥にあるんだろ?」
「そんなことないよ〜」
トランセンドは断言するが、微妙に目線が合ってない。いつも飄々としているトランセンドにしては珍しい。
「シチーさん。あんまり無茶なことは……」
「タルマエも知りたいだろ? コイツが何を隠してるか」
「そりゃあ知りたいですけど」
「即答かい」
「私も知りたいです。打倒トランセンドさん。ひいては船橋の底力を見せ付けるためにも敵情視察は大事なので」
「フリオー。それを敵の前で言っちゃだめでしょ」
「私も知りたいねぇ」
「アキュさんまで……」
どうやら皆の関心はトランセンドの隠し事に移ったのうで、どうしたものかと頭を悩ませていると、
「おふくろ。頼まれた蹄鉄の納品数ってこれで合って――ってトランか?」
「や。テっちゃんこんちゃー」
奥から出てきた少年にトランセンドが手を振り、シチーたちと交互に2、3度見やり。
「テっちゃん!? 何でこのタイミングでっ!?」
「いや、俺はおふくろに用があったんだけど……」
トランセンドがテっちゃんと呼ぶ少年は、頭にバンダナようにタオルを巻き、ツナギの上半身部分を開けさせたタンクトップ姿。作業中だったのか、浅黒い肌には玉のような汗をかいている。
「てか、随分とお客が多いな」
「こら鉄男。お客様に失礼だろ。こちらのウマ娘ちゃん達はトランちゃんのお友達だよ」
「ふ〜ん」
テっちゃん、鉄男は最初興味なさげだったが、シチー達の顔を見て一変した。
「え? エスポワールシチーにホッコータルマエ? それにワンダーアキュートと、そっちは最近話題のフリオーソか?」
「なんだ? アンタ、あーしらのこと知ってんの?」
「そりゃ、有名だ――ですし」
「まぁ、スポーツ用品店の人ならそうですよね」
「嬉しいねぇ」
「でしたら船橋の事もご存知で?」
「いや、船橋はあんまり」
「何故だあー!?」
フリオーソが膝から崩れ落ち、皆の気がそちらに向いている隙に奥に引っ込もうとしたトランセンドを、
「だから待つし」
エスポワールシチーが捕らえた。
「離せー! 暴力はんたーい!」
「暴れるなし。てかアンタ、トランセンドとどういう関係?」
「どうって」
鉄男はタオルで汗を拭いながら答えた。
「幼馴染っすけど」
「幼馴染?」
「トランセンドさんってこの辺りの出身なんですか?」
包み隠さず答えた鉄男。トランセンドはため息を吐くと、観念して白状しだした。
「正確に言えばお婆ちゃんちが近くなんだ」
「なんでばーちゃんちなのに幼馴染なんだよ?」
「ほら、ウチの両親って仕事柄家を空けがちじゃん? だから物心ついた時にはお婆ちゃんと暮らしてたんだ」
「そう言えば、トランちゃんお婆ちゃんっ子だって言ってたねぇ」
それ故、おっとりとしていてお婆ちゃんみたいな雰囲気のワンダーアキュートと仲が良い。
「んでさ。小学校まではこの辺の学校に通ってたんだ」
「それで幼馴染、ですか」
「そそ。トレセンに入学してからは寮暮らしだけど、それまではよくここの工房を見学させてもらってたんだ」
今思えば、トランセンドのガジェット(機械)好きの原点はここかもしれない。
「昔は2人でよく一緒にいたねぇ。『ウチら2人でさいきょー』って」
女性、鉄男の母親はしみじみと回顧する。
「おばちゃん、それ昔の頃の話、若気の至りだから」
「トランちゃんは今も若いよ〜」
「最強は船橋です」
「アンタ少し黙んな」
「2人で最強って?」
「昔から2人してヤンチャしてねぇ。トランちゃんが考えて鉄男が作って、皆をおどろかせていたねぇ」
へぇ、とタルマエ達が生温かい目でトランセンドを見やる。トランセンドはよそを向いて口笛をから吹かせていた。
『鉄男ー! いつまでかかってんだーっ!』
「やべ! トラン。俺戻るわ」
奥からの怒鳴り声に鉄男が慌てて戻る。
「あ、待ってウチも行く!」
トランセンドも我が意を得たりと鉄男の後を追った。
「あ、トラン!」
「行っちゃったねぇ」
「相変わらずの逃げ足ですね」
奥は工房。部外者であるシチー達は流石に侵入を躊躇った。
「ふふふ。トランちゃんは相変わらずねぇ」
「なぁ、おばさん。トランとあの鉄男ってそんな仲良いの?」
「ええ。トランちゃんは鉄男の事を『ウチ専属のブラックスミス』だって言ってるわ」
「ブラックスミス?」
「鍛冶師、ですね」
「そう。まだまだひよっ子だけどね」
「なるほど」
専属鍛冶師。つまり、トランセンドがここに来た理由はそういうことだ。
「トランちゃんも隅に置けないねぇ」
ワンダーアキュートが孫を見る祖母のように呟いた。
「鉄男! いつまで油売ってんだ!」
「ごめん親父!」
「おっちゃんこんちわー」
「おうトランちゃん。いらっしゃい」
おっちゃん、鉄男の父親、有間装具店の親方は鉄男を見るなり怒鳴りつけ、トランセンドを見るなり微笑んだ。
「また靴の新調かい?」
「うん。今のがそろそろダメになりそうなんだ」
「わかったよ。――鉄男! 採寸!」
「あいよー」
鉄男は道具棚から採寸用のスポンジを取り出し、トランセンドの足元に置く。
「んじゃ、乗ってくれ」
「うん」
トランセンドは裸足になりスポンジの上に立つ。体重のかかったスポンジに足がズブズブと沈み型を取っていく。
「オーケー。これ使ってくれ」
「ありがと」
トランを丸椅子に座らせて濡れタオルを渡す。トランが足を拭いている間に、鉄男は型を親方に渡す。
「ふん……。トランちゃん、また少し足が大きくなったかい?」
「あ、わかります?」
「当たり前だよ。今のじゃキツイだろう?」
「うん」
「もうちょっと採寸しないとな。鉄男!」
「あい」
鉄男は今度は粘土製の足形を持って来た。
「トラン。触るぞ」
「オッケー」
鉄男はトランセンドの足横に足形を置くと、トランの足をつぶさに触る。
「ふんふん」
「テっちゃんくすぐったい」
「我慢しろ」
鉄男は一通りトランの足を触ると、今度は足形を捏ねていく。
触っては捏ね、捏ねては触りを繰り返し、だんだんと足形がトランセンドの足の形になっていく。
「親方。出来ました」
「おう」
親方はトランセンド達に近寄り、トランの足と鉄男の足形を交互に見る。
「トランちゃん少しごめんね」
「いいよー」
親方はトランの足を触り、次に足形を触る。
「ふむ」
親方は足形を少し捏ねる。
「鉄男!」
「はい」
「よくできている。が、まだ甘い」
「はい」
親方はそれだけ言うと、足型を持って作業台に移った。
「相変わらず厳しいね、おっちゃん」
「いや。俺がまだまだなだけだよ」
「おー。テっちゃんストイックー」
「茶化すなよ」
頭を撫でようとするトランセンドの手を鉄男が払う。
「それに、靴はウマ娘の生命線だ。その娘の実力があっても、靴がダメだと本当の力を発揮できない。妥協は許されないんだ」
「大袈裟なだなぁ」
「大袈裟じゃねえよ。皆命がけで走ってんだ。だから、俺達職人も命かけなきゃいけねぇんだ」
真面目くさった顔で呟く鉄男。その意思は、名の通り鋼鉄のように硬い。
「じゃあさ」
トランセンドは少し底意地の悪い顔で言う。
「早く蹄鉄だけじゃなくてウチの靴作ってよねー。このままだと、ウチ引退しちゃうよ?」
「……分かってるよ」
憮然とした顔で答える仕草だけは、一丁前の職人のようだった。
ご感想などお待ちしております。