北朝鮮召喚   作:コンギョ1

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北朝鮮召喚

**北朝鮮召喚**

 

── 異世界に降り立つ主体の旗 ──

 

全面改稿版

 

**序章 裂け目**

 

**ガイア神聖国・大神殿**

 

アルカディア大陸中央南部、ガイア神聖国の首都アルタリア。

 

夕陽が地平線を噛み、空は赤銅色から暗紫へと変容していた。大理石の円柱が林立する大神殿の奥、床一面に刻まれた魔法陣が、差し込む残光を受けて赤黒い脈動のように浮かび上がっていた。香木の煙が低く這い、神官たちの詠唱準備の息遣いと溶け合う。

 

大神官オラクルス・マキシマスは、痩せ細った指で古代羊皮紙を握りしめていた。三日三晩の不眠が彫り込んだ隈と、こけた頬。だがその眼窩の奥には、疲労を焼き尽くすほどの炎が宿っていた。

 

「大神官様──これ以上の儀式続行は危険です」

 

神託巫女セレスティア・ディヴィナが進み出た。白い巫女装束の下で、彼女の手は止まらない震えを刻んでいる。額に浮いた汗の一滴が、青い瞳の脇を伝って顎から落ちた。

 

オラクルスは振り返った。充血した目に、かつての威厳の残滓はない。

 

「黙れ、セレスティア」

 

枯れた声が石壁に吸い込まれる。

 

「ロムニア帝国の軍勢は既に国境を越えた。明後日にはこの都に達する。──我々に残された手段は、これしかない」

 

羊皮紙が軋んだ。古い獣皮と希少な触媒草の匂いが、握りしめた指の間から立ち上る。

 

「伝説の『理想の軍事国家』を召喚する。それ以外に、神聖国を救う道はない」

 

セレスティアは唇を噛んだ。師への敬意と、予言者としての直感が、胸の底で刃を交えている。

 

「古文書には明記されています。『次元の壁を破る者は、世界の均衡を崩し、予期せぬ災厄を招く』と──」

 

「予言ごときで国が救えるか!」

 

怒号が天井に反響した。周囲の高位神官たちが一斉に首をすくめる。反論する者は、一人もいなかった。

 

「──始める」

 

円陣を組んだ神官たちが詠唱を開始した。最初はばらばらだった声が、やがて一本の太い糸に紡がれ、床の魔法陣が青白い光を放ち始める。

 

セレスティアは後ずさりながら、古代予言の一節を心の中で繰り返していた。

 

*──均衡が崩れれば、世界は闇に包まれる。*

 

光が強さを増した。神殿全体が非現実的な色に染まり、空気が粘度を帯びる。肺が焼けるような圧迫感。詠唱の下に、別の音が混じり始めた──遠い世界からの、千もの声が折り重なる囁き。

 

突然、魔法陣の中心から光の柱が天を穿った。

 

神殿が揺れ、大理石の床に亀裂が走る。詠唱が崩れ、神官たちの顔が恐怖に歪んだ。

 

「制御を維持しろ! 止めるな!」

 

オラクルスの絶叫も虚しく、光は壁を透過し、アルタリアの空を覆い尽くした。空間が波打ち、セレスティアは水底に沈む感覚に襲われる。

 

「止めなければ──!」

 

彼女が魔法陣へ駆け出した瞬間、

 

次元の壁が裂けた。

 

雷鳴を超えた轟音。物理的な音ではない。現実の織物そのものが引き裂かれる、世界の悲鳴だった。

 

セレスティアの視界が白に呑まれる。最後に残った思念は、たった一つ。

 

*──私たちは、何をしてしまったのか。*

 

* * *

 

**ロムニア帝国・軍最高司令部**

 

同刻。アルカディア大陸東部、帝都ロムニアグラード。

 

軍最高司令部の会議室で、情報部長アルフレッド・ヴォルマーが報告を行っていた。

 

「ガイア神聖国の大神殿で、大規模な魔法儀式の兆候を確認しました。過去三日間、高位神官の出入りが急増、エーテル結晶の大量調達も確認されています」

 

最高司令官ヘルムート・フォン・クラウゼンが眉を上げた。六十代の堂々たる体躯に、数々の戦場が刻んだ老獪な目。

 

「何を企んでいる。我々への攻撃か」

 

「不明です。ただ、専門家の分析では──次元を超えた大規模召喚の可能性が」

 

会議室に緊張が走った。次元召喚。古代魔法帝国を滅ぼしたとされる禁忌。

 

参謀長エーリヒ・フォン・マンシュタインが静かに言った。

 

「彼らは追い詰められた鼠だ。最後の賭けに出ようとしている」

 

「愚かな」

 

クラウゼンは吐き捨てた。

 

「進軍を急げ。儀式が完了する前にアルタリアを落とす」

 

「既に始まっていれば?」

 

マンシュタインの問いに、クラウゼンは窓の外を見た。

 

「──神々に祈るしかない」

 

その言葉が会議室に沈殿した数秒後、北の空に異変が起きた。地平線の彼方から、見たこともない青白い光の柱が天を突いていた。

 

* * *

 

**朝鮮民主主義人民共和国・平壌 党中央委員会庁舎**

 

冬の冷雨が窓を叩いていた。

 

党中央委員会庁舎の会議室で、政治局会議が続いている。窓の外、雨に煙る平壌の街並み──整然とした高層アパート、遠くに霞む主体思想塔。

 

「新型戦術兵器の試験は全て成功裏に終了しました。いかなる敵の挑発にも即座に対応可能です」

 

李永吉総参謀長の報告に、金正天は静かに頷いた。

 

突然、微かな震動が庁舎を揺らした。

 

最初は地震かと思った。だが震動は規則的な鼓動のように続き、空気が急速に変質した。重くなり、同時に希薄になるような、言語化できない感覚。

 

金正天は立ち上がり、窓に歩み寄った。長年の危機管理で研ぎ澄まされた神経が、一つの事実を告げていた。これは、知っているもののどれとも違う。

 

空が裂けた。

 

灰色の雨雲に巨大な亀裂が走り、青白い光が滝のように降り注ぐ。雨粒が光の中で虹色に砕け、平壌の街並みが歪み始めた。

 

「敵の攻撃か!」

 

李永吉が叫び、警護官たちが金正天を取り囲んだ。しかし金正天は動かなかった。

 

遠くの山々が消えた。代わりに、見たこともない険しい山脈が出現する。空の色が変わり、雨が止み──

 

二つの月が浮かんだ。

 

一つは見慣れた白い月。もう一つは淡い青を帯びた、地球に存在しなかった月。

 

金正天は窓枠を握りしめた。幼い頃に祖母から聞いた、異世界の扉が開くという古い伝説が脳裏をよぎる。迷信として退けてきたそれが、今、窓の外で現実になっていた。

 

地面が最後の激震を起こし、衝撃波が全国土を駆け抜けた。

 

次の瞬間──朝鮮民主主義人民共和国の国土全体が、地球から切り離された。

 

金正天はゆっくりと振り返った。会議室に集まった幹部たちを見渡す。誰もが言葉を失い、ただ最高指導者の次の声を待っていた。

 

彼は静かに、しかし揺るぎなく告げた。

 

「同志諸君。我々は、もはや地球にはいない」

 

窓の外では雨が止み、見知らぬ星々が瞬き始めていた。

 

* * *

 

**ヴェルダン公国・北境監視塔**

 

「隊長! 空に異変が!」

 

若い兵士の叫びに、マルクス・ヴァイスは塔の上に駆け上がった。三十代半ば、辺境警備隊で十年以上の経験を持つ精悍な男だ。

 

北の空が裂けていた。青白い光が天から大地へと滝のように降り注ぎ、その先に──信じがたい光景が広がった。

 

光の向こうに、見知らぬ都市が実体化しつつあった。整然と並ぶ四角い建造物。広い通りを走る鉄の箱。遠くにそびえる巨大な塔。彼の知るどの国のどの都市にも似ていなかった。

 

衝撃波が塔を襲い、マルクスは地面に叩きつけられた。

 

目を開けた時、世界は変わっていた。北の地平線に、異質な国が鎮座している。

 

「神々よ......」

 

マルクスは呟いた。彼はまだ知らなかった。目の前に現れたのが、異世界から来た「朝鮮民主主義人民共和国」であることを。

 

**第一章 接触**

 

**一、転移三日目──前線基地・平壌北方80km**

 

雪混じりの風が吹き抜ける高台に、朝鮮人民軍第57偵察大隊の臨時指揮所が張られていた。

 

朴正浩大佐は双眼鏡を下ろし、白い息を吐いた。息は一瞬で凍り、風に散る。

 

「南西15キロ。騎馬と徒歩の集団。総勢およそ四十。武装は剣、弓、槍──中世レベルだ」

 

副官の金哲洙少佐がタブレットを見せた。ドローンの赤外線映像に映るのは、毛皮のマントに鉄の兜、馬に積んだ荷車を引く集団。時代劇のロケ現場がそのまま動いているようだった。

 

「進行方向は基地の直線上。接触は時間の問題です」

 

朴正浩は頷き、最高司令部へ暗号通信を送った。

 

【至急 金正天同志 異世界住民との初接触間近。敵意の有無不明。指示を求む】

 

返信は十秒で届いた。

 

【接触せよ。武力行使は最終手段。情報収集を最優先。我々は侵略者ではないことを示せ】

 

朴正浩は口の端を歪めた。侵略者ではない──だがこの世界の住人から見れば、突然現れた鉄の怪物と銃を持つ異邦人は、まさにそれだろう。

 

「白旗を用意しろ。それと──チョコレートと缶詰もだ」

 

* * *

 

**二、同じ頃──ヴェルダン公国・北境、森の縁**

 

「隊長、あの鉄の建造物がまた見えました」

 

マルクス・ヴァイスは木々の間から覗き込んだ。灰色の四角い建物が規則正しく並び、煙突状の構造物から白い煙が上がっている。その向こうで、動力を持たないはずの鉄の箱が高速で走っていた。

 

「魔法ではない......あの煙は石炭か? いや、匂いがしない」

 

若い魔法使いアデル・ライヒャルトが首を傾げた。

 

「魔力の流れが一切感じられません。あれは──完全に別の力で動いています」

 

マルクスは決断した。

 

「明日、接触する。白旗を掲げて近づく。公爵閣下の命令は明確だ──正体を探れ、可能なら友好関係を築け」

 

副官のエリクが尋ねた。

 

「敵対的だったら?」

 

「逃げる。俺たちはまだ、あの国の力が何なのかすら知らない」

 

* * *

 

**三、接触当日──雪原**

 

両者は、鏡写しのように同じ時刻に森と草原の境界に現れた。

 

北朝鮮側──朴正浩大佐以下十二名。自動小銃は布で覆い隠し、先頭に白い布を掲げた兵士。

 

ヴェルダン側──マルクス・ヴァイス以下八名。白旗を掲げ、剣は鞘に収めたまま。

 

距離百メートル。五十。二十。

 

両者が立ち止まった瞬間、雪が激しく降り始めた。

 

朴正浩が一歩前に出る。胸に手を当て、ゆっくりと名乗った。

 

「朴正浩。朝鮮民主主義人民共和国人民軍」

 

マルクスも一歩前に出る。同じ仕草で。

 

「マルクス・ヴァイス。ヴェルダン公国北境警備隊長」

 

沈黙。風だけが二人の間を吹き抜ける。

 

朴正浩はポケットから板チョコを取り出した。包装を剥がし、半分に割ってマルクスに差し出す。

 

「──食うか?」

 

マルクスは受け取った。口に入れる。甘い。

 

「......うまいな」

 

朴正浩が笑った。マルクスも笑った。

 

言語は通じない。だがこの瞬間、二つの世界の最初の「理解」が生まれた。

 

その後、言語学者の朴美京博士がノートを取り出し、簡単な絵を描き始めた。地球。矢印。二つの月。アデルも応じるように自分のノートを広げた。魔法陣。光の柱。突然現れた異国の地図。

 

両者は絵を見比べ、ゆっくりと頷いた。

 

*──召喚されたのだ──俺たちは。*

 

* * *

 

**四、その夜──前線基地**

 

朴正浩は報告書を打った。

 

「初接触成功。相手はヴェルダン公国辺境部隊。敵意なし。彼らの説明によれば、我が国はガイア神聖国の禁忌召喚魔法により、この世界に引き寄せられた模様。目的は『理想の軍事国家』の召喚だったが、失敗し、代わりに我々が現れたとのこと」

 

一呼吸置いて、付け加える。

 

「彼らの目に、我々が『理想の軍事国家』に映っている可能性が高い。明日、彼らの代表団が基地を訪問予定。──これは、外交の始まりです」

 

送信ボタンを押す。

 

異世界の夜が、静かに更けていった。

 

**第二章 外交**

 

**一、転移後十七日目──平壌・党中央委員会庁舎 特別会議室**

 

長テーブルの一方に朝鮮民主主義人民共和国。もう一方にヴェルダン公国。

 

中央に置かれた拳大の青い結晶──「言語結晶(ランゲージ・クリスタル)」に、アデル・ライヒャルトが指先で触れた。結晶が淡く輝き、両者の間から言語の壁が消失する。

 

ヴェルダン側団長、アルベルト・シュタイナー伯爵が口を開いた。五十代半ば、長年の外交で練り上げられた慎重な物腰。

 

「我々は貴国の突然の出現に驚愕しました。しかしセバスチャン公爵は、これを天からの機会と捉えています」

 

金美蘭第一次官は微笑んだ。穏やかな表情の裏で、既に三手先まで読み切っている。

 

「我々も同じです。異なる世界から来た者同士、互いを脅威ではなく資産と見做すべきでしょう」

 

地図が広げられた。アルカディア大陸全図。東に巨大なロムニア帝国。南にガイア神聖国。北西にヴェルダン公国。そして北端に、まるで神が落とした異質なピースのように、「朝鮮民主主義人民共和国」の国土が鎮座している。

 

アルベルトが率直に切り出した。

 

「正直に申し上げます。ロムニア帝国はガイア神聖国を半ば呑み込み、残りを片付けようとしています。次の標的は、我々になる可能性が高い」

 

金美蘭は瞬きひとつしなかった。

 

「つまり、貴国は我々の軍事力を欲している」

 

空気が凍った。

 

アルベルトは苦笑し、両手を広げた。

 

「隠すつもりはありません。貴国の\"鉄の馬車\"と\"雷を吐く杖\"は、我々の常識を超えています。一方、我々は魔法とエーテル結晶を提供できます。──交換しませんか?」

 

朴正浩大佐が初めて口を開いた。

 

「交換の前に確認させてください。貴国が求めているのは──傭兵ですか、それとも同盟ですか」

 

アルベルトは一瞬目を伏せ、はっきりと答えた。

 

「同盟です。対ロムニア帝国の、正式な軍事同盟を」

 

金美蘭はゆっくりと首を振った。

 

「我が国は他国の戦争に巻き込まれるために、ここへ来たわけではありません」

 

アルベルトの表情が曇った。

 

「しかし、貴国を召喚したのはガイア神聖国です。彼らは──」

 

「彼らは失敗しました」

 

金美蘭の声が鋭く割り込んだ。

 

「理想の軍事国家を欲した。だが現れたのは我々です。我々は誰かの道具になるつもりはない」

 

沈黙が降りた。

 

やがてアルベルトが小さく笑った。

 

「──素晴らしい。まさに\"理想の軍事国家\"と呼ぶべき交渉術ですな」

 

金美蘭は初めて本当の笑みを浮かべた。

 

「では、まず信頼から始めましょう。大使館の相互設置。技術者の交換留学。貿易協定。そして──情報共有」

 

彼女は一枚の紙をテーブルに滑らせた。

 

「我々が把握しているロムニア帝国軍の現在位置と兵力配置です。衛星写真と無人機による最新データ。──これを無償で差し上げます」

 

アルベルトの目が見開かれた。紙には、ロムニア軍の全師団が精密にプロットされていた。魔導師の斥候では絶対に得られない精度だ。

 

「──これは......」

 

「友好の証です」

 

金美蘭は静かに告げた。

 

「我々は戦争を売りません。しかし、友を売ることもしません」

 

* * *

 

**二、三日後──ヴェルダンハイム城・謁見の間**

 

北朝鮮代表団の装甲車列が城門をくぐった瞬間、群衆がどよめいた。

 

「鉄の馬車が馬なしで走るぞ!」「魔導兵器か!?」

 

セバスチャン公爵は城門の上から、静かにそれを見下ろしていた。四十代前半、堂々たる体躯に知性と威厳を湛えた男だ。

 

金美蘭が車を降り、公爵の前で軽く会釈した。

 

「セバスチャン公爵閣下。ご招待に感謝いたします」

 

公爵は意外な行動に出た。深く、騎士の礼を取ったのだ。

 

「ようこそ、朝鮮民主主義人民共和国の諸君。我がヴェルダン公国は、貴国を対等な国家として迎えます」

 

その夜、大広間で開かれた晩餐会。魔法の灯火が弦楽の調べに合わせて宙を舞う。

 

金美蘭はセバスチャン公爵と並んでバルコニーに出た。二つの月が中天に昇っている。

 

公爵が尋ねた。

 

「率直に聞きたい。貴国は、ロムニアと戦う気はあるのか?」

 

金美蘭は月を見上げたまま答えた。

 

「戦う意志はあります。ただし──誰のために戦うか。それが問題です」

 

公爵は苦笑した。

 

「我々のためとは思っていない。だが──貴国自身の国益のために戦う可能性は?」

 

金美蘭は振り返り、はっきりと告げた。

 

「ロムニア帝国が我々の国境に一歩でも近づいた瞬間、我々は全力で戦います。結果として──それは貴国を守ることにもなるでしょう」

 

公爵は静かに頷いた。

 

「──それで十分だ」

 

二人は杯を合わせた。

 

その時、遠く南方で──ガイア神聖国国境に、ロムニア帝国軍の総攻撃が始まっていた。

 

**第三章 鉄と魔法**

 

**一、転移後三十五日目──ヴェルダンハイム城・地下実験場**

 

厚さ五十センチの鉄扉が開くと、地下から冷気が吹き上がった。

 

セバスチャン公爵自らが案内する。ヴェルダン魔法アカデミーの最深部──国家機密レベルの実験場だった。

 

崔智勲科学院院長は、思わず眼鏡を押し上げた。

 

中央に鎮座する、直径十メートルの巨大なエーテル結晶。淡い青の光が心臓の鼓動のように脈打ち、周囲の空気を振るわせている。

 

「\"心臓級\"の結晶ではありませんか──!」

 

崔智勲の声が上ずった。科学者として厳密な態度を貫いてきた男が、初めて見せる動揺だった。

 

公爵が頷いた。

 

「我が国が三百年かけて育てた最高傑作です。この一基で、首都全域の結界を一年間維持できる」

 

朴正浩大佐が無言で歩み寄り、結晶の表面に手を触れた。指先が微かに痺れる。

 

「エネルギー密度は──我々の最新型原子炉を軽く超えている」

 

公爵が微笑んだ。

 

「では──貴国のお返しを拝見しましょう」

 

朴正浩はケースを開けた。中には、黒光りするAK-12自動小銃と、120mm迫撃砲弾が一本。

 

「これが、我々の\"魔法\"です」

 

* * *

 

**二、試射場**

 

雪の積もった広大な演習場。

 

ヴェルダン側の魔導騎士団が、最新の魔導装甲に身を包んで整列していた。前面に厚さ三十センチのミスリル合金板──この世界で最も硬い素材で作られた盾。

 

北朝鮮側は、たった一人。人民軍特殊部隊の射撃教官だけだ。

 

距離八百メートル。

 

「撃て」

 

鈍い発射音が雪原に響いた。

 

次の瞬間──ミスリルの盾が貫通し、蜂の巣になった。

 

魔導騎士団長が呆然と呟く。

 

「魔法防御が──完全に無効化された......?」

 

朴正浩は静かに答えた。

 

「我々の弾丸は魔力ではなく、純粋な運動エネルギーで貫きます。魔法防御は、設計思想が違う攻撃には対処できない」

 

セバスチャン公爵の顔から、血の気が引いた。

 

同時に、彼の目には別の光が宿った。恐怖ではない。これこそが──ロムニア帝国を退ける力だ、という確信の光だった。

 

* * *

 

**三、同日夜──城内・秘密会談**

 

暖炉の火が揺れる部屋で、公爵が初めて本音を吐露した。

 

「ロムニア帝国は来春に総攻撃をかけてきます。ガイア神聖国はもう持たない。貴国が本気で参戦すれば──勝てる」

 

金美蘭第一次官はワイングラスを静かに置いた。

 

「条件を聞かせてください」

 

公爵は一枚の羊皮紙を差し出した。エーテル結晶の年間供給五百トン。魔法技術の完全開示。公国領内の鉱山採掘権三十年間。共同研究機関の設置。

 

金美蘭は紙を読み、ゆっくりと首を振った。

 

「足りません」

 

公爵の眉が跳ねた。

 

「──では?」

 

「ロムニア帝国の北部三州を、戦後に我々に割譲してください。我々には緩衝地帯が必要です」

 

公爵は一瞬言葉を失い、やがて低く笑った。

 

「──恐ろしい交渉だ。だが、受けましょう。貴国が勝ってくれさえすれば」

 

固い握手が交わされた。

 

* * *

 

**四、帰国翌日──平壌・最高司令部**

 

金正天は報告書を読み終え、静かに机に置いた。

 

「ヴェルダンとの軍事同盟、成立か」

 

金美蘭が報告する。

 

「はい。エーテル結晶の供給と魔法技術の移転が確保できました」

 

金正天は立ち上がり、窓の外を見た。

 

平壌の街は、既に異世界の空気に順応し始めていた。街灯にエーテル結晶の青い光が灯り、軍のトラックには魔導増幅器が取り付けられている。わずか一ヶ月で、二つの世界の技術が融合し始めた光景。

 

「ロムニア帝国は、我々を\"召喚された悪魔\"と呼んでいるらしいな」

 

金正天は口の端を上げた。

 

「ならば──悪魔らしく振る舞ってやろう」

 

机の上に広げられた地図。赤い矢印が、ロムニア帝国の心臓部に向かって伸びている。

 

「作戦名は──\"主体の雷霆\"」

 

金正天はゆっくりと振り返った。

 

「全軍に伝達せよ。来春、我々は戦争を始める」

 

**第四章 ガイア神聖国の最期**

 

**一、転移後七十二日目──ガイア神聖国・首都アルタリア郊外**

 

朝靄の中、ロムニア帝国軍の黒い軍旗が風に翻っていた。

 

総兵力十八万。魔導戦車「ティターン」百二十輌。重魔導騎士三千。大陸最強と謳われた帝国軍の全力が、一つの都市を包囲していた。

 

対するガイア神聖国軍の残存兵力は、三万に満たない。

 

大神官オラクルス・マキシマスは、崩れかけた城壁の上に立っていた。もはや震えているのが寒さのせいなのか恐怖のせいなのか、自分でも判らなかった。

 

「なぜだ......なぜ、理想の軍事国家は来なかった......」

 

背後で、セレスティアが静かに答えた。

 

「来ましたよ、大神官様」

 

その瞳に宿っていたのは、もはや恐怖ではなく、透徹した怒りだった。

 

「ただ──私たちが望んだ形ではなかった」

 

* * *

 

**二、同日昼──ロムニア帝国軍・前線司令部**

 

クラウゼン最高司令官が地図を睨んでいた。

 

「ガイア神聖国は今日中に陥落する。次の標的はヴェルダン公国──そして、あの\"異界の国\"だ」

 

参謀長マンシュタインが眉をひそめた。

 

「閣下、北の異邦人は動きません。奇妙なほどに。まるで──我々を待ち構えているかのようです」

 

クラウゼンは鼻を鳴らした。

 

「恐怖で動けんのだ。ガイアを片付けたら即座に北進する」

 

その時──通信魔導士が血相を変えて飛び込んできた。

 

「緊急報告! 北方上空に──正体不明の飛行物体、多数接近中!」

 

* * *

 

**三、アルタリア上空**

 

轟音が空を裂いた。

 

それは召喚の光でも、魔法の発動でもなかった。

 

低い雲の下から現れたのは──黒い機体に赤い星を描いた、Mi-24「ハインド」攻撃ヘリコプター三十六機。

 

機体下部には、エーテル結晶で強化された魔導増幅器。ロケットポッドが青白く輝いている。科学と魔法の融合体が、中世の空を侵蝕していた。

 

スピーカーから、魔法結晶で翻訳された声が轟いた。

 

【こちらは朝鮮民主主義人民共和国人民軍。ガイア神聖国政府に対し、最後通牒を宣言する】

 

地上のロムニア軍もガイア軍も、動きを止めて空を見上げた。

 

【貴国は禁忌の召喚魔法を行い、我が国を強制的にこの世界へ転移させた。これは宣戦布告に等しい行為である】

 

ヘリ編隊が一斉に機首を下げた。

 

【直ちに無条件降伏せよ。さもなくば、貴国は地図から消去される】

 

* * *

 

**四、大神殿──最後の選択**

 

オラクルスは崩れ落ちた。

 

「我々は......救いを求めただけだ......」

 

セレスティアは冷たく見下ろした。

 

「救いなど、最初からありませんでした」

 

彼女は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。北朝鮮側が事前に送りつけてきた降伏勧告書だ。

 

「彼らは選択肢をくれました。無条件降伏し、責任者として裁かれるか。抵抗し、滅ぼされるか」

 

羊皮紙の末尾に、一文が添えられていた。

 

『理想の軍事国家は、召喚されるものではない。自ら立つものである』

 

* * *

 

**五、砲撃**

 

アルタリアの空を、無数の火線が切り裂いた。

 

BM-30「スメルチ」ロケット砲部隊。エーテル結晶による射程延伸──二百キロ。一斉射撃。

 

数百発のロケット弾が魔導防盾を紙のように貫通し、ロムニア軍とガイア軍の混戦地帯に降り注いだ。

 

爆炎が空を覆った。

 

魔導戦車ティターンが次々と沈黙する。聖騎士団の隊列が、一瞬で消し飛んだ。

 

クラウゼン司令官は、崩壊する天井の下で叫んだ。

 

「これは──悪魔だ......!」

 

彼は正しかった。ロムニア帝国が恐れた\"召喚された悪魔\"は、確かにそこにいた。

 

* * *

 

**六、戦闘終了──十七分後**

 

アルタリアは沈黙した。

 

大神殿の尖塔が折れ、聖なる魔法陣は黒く焦げ付いていた。かつて人々が祈りを捧げた場所に、硝煙と灰だけが漂っている。

 

セレスティアは一人、焼け跡に立っていた。

 

ヘリのローター音とともに、黒い軍服の男が降り立った。

 

朴正浩大佐。

 

「セレスティア・ディヴィナ殿」

 

彼は敬礼した。

 

「貴女に選択肢を提示します。我が国に協力し、新たな秩序の構築に参画するか──あるいは、ここで全てを終えるか」

 

セレスティアはゆっくりと膝をついた。

 

「──お前の国が、理想の軍事国家だったのだな」

 

朴正浩は焼け落ちた神殿を見回し、静かに首を振った。

 

「違う。我々はただ、巻き込まれた側だった。だからこそ──巻き込んだ側に、代償を払わせる。それだけのことだ」

 

遠くで、朝鮮民主主義人民共和国の国歌が流れ始めた。

 

ガイア神聖国は、この日をもって歴史から消滅した。

 

その亡骸の上に、新たな覇者が立った。

 

異世界の空に、硝煙がゆっくりと溶けていった。

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