或る潜入捜査官の手記~LostTechnology組織アルカトラズ編より   作:アツ氏

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2.街でいちばんの美女

 俺の部屋は鳥かごの形をしている。

 建物の一階は因業ババアの貸衣装屋。金のない娼婦達に、安物のドレスや、まがい物のアクセサリーを、法外な値段で提供する。……いやいや、エレクトリスに法はないんだった。育ちの良さが抜けなくて困る。とにかく、一週間もレンタルすれば、本物の宝石が買える値段で、一ヶ月ならヘラス郊外に家が建つ。なぜ本物を買わないか。金を貯めておけるだけの余裕などないからだ。客の気を引くために身を飾る娼婦達にとっては、衣装も、アクセサリーも、欠かすことのできない仕事道具だ。つまり料理人にとっての包丁のようなもの。ババアはそこに目をつけた。とにかく代金はその場で受け取らなくても衣装を貸し付ける。ツケにしといて、レンタル料の数字を膨れ上がらせていくのだ。娼婦たちが仕事をする限り、ババアは儲かり続ける。貧乏な娼婦達が、そのレンタル料を払いきれるのか? 払えやしない。ババアは別のところから金をもらっている。娼婦たちのツケを肩代わりする、やんごとない人物がいる。組織アルカトラズの相談役で、レックスという名のエルフである。

 レックスは、とてつもない切れ者で、アルカトラズが他の組織を淘汰し、急速に力をつけたのも、この男の助言によるところが大きいという。軍隊でいうところの軍師にあたる人物であり、直接配下を持つことはないが、幹部よりも高い権力を持っている。で、娼館を取り仕切っているぺトラという名の最高級娼婦が、これまたとびっきりに美しいエルフで、美に関しては決して妥協を許さないレックス氏のお気に入りとなるほどだった。娼婦たちが言っていたが、レックスはぺトラの頼みを断ることが決してないという。法のないエレクトリスでは、力のある奴に気に入られれば、それだけで権力を得たのと同じである。レックスが策を提供する度に懐に入れる金額をもってすれば、娼婦たちのツケを肩代わりするなど、まったく屁のようなものだというわけだった。

 ババアは欲しいだけの金をレックスからふんだくって、自分は本物の宝石を身に付け、毎晩高い酒を飲み、葉巻を吸い、用心棒に雇った美男子をはべらせるという、なかなか豪勢な暮らしをしている。度を過ぎれば消されるかもしれないが、物騒なエレクトリスを長く生き抜いてきただけあって、その辺のさじ加減は良く心得ているようだ。それに、世故に長けたババアにも欠点があった。賭け事に目がなく、しかもとてつもなく弱かったのである。暇なごろつきどもが『ラ・フィンタ』で毎晩催すカードゲームで、かなりの額を巻き上げられてしまう。勝ったことは一度もない。この欠点が、ババアを愛すべき人物にしていた。でなければ、ババアは妬まれるか、強盗に襲われるかして、とっくの昔に殺されていただろう。ちなみに、ババアの名前はカヴァティーナという。とても本名とは思えない。

 で、俺の部屋はそんな貸衣装屋のある建物の二階の、さらに上にあった。三階ではなく、俺の部屋だけが、屋根の上に突き出たように、くっついているのだ。乗っかっているといったほうが正しいかもしれない。てっぺんが丸みを帯びた円錐型の部屋で、まさしく鳥かごの形だった。ババアがこの建物を手に入れた時に増築したらしいが、何のための部屋かというと、笑うなかれ、星を眺めるための部屋だというのだ。その証拠に、天井に覗き窓がついていて、エレクトリスのどんよりした雪空が、よく見える。晴れたことはないから、星は見えたことがない。ババアは金に汚いくせに、ロマンチストだった。星空の下で若い男と楽しむために、この部屋を作ったのだ。本当に女は良くわからない。結局星は見えないし、全方位から風が吹き付けるため室温が異常に低く、年をとったババアが長居するのは、こたえるらしかった。増築はまったく無駄になってしまったわけで、俺が借りに来た時には完全に物置と化していた。狭い部屋だ。備え付けのストーブとベッド、それにテーブルと椅子を置いたら一杯だ。騎士団の独房のほうが、まだスペースがある。

「住むところがあるだけ、ありがたいと思いなさいよ」

 とカヴァティーナに言われたが、まあ、それはそのとおりだが、大柄な俺には窮屈だった。ちょっと歩きまわれば、部屋のどこかに体をぶつけてしまう。鳥かごにぶち込まれた、吠えない狼。まるで、できの悪い童話だ。妹のことを思い出す。妹は文学部だった。近代文学専攻だが、最近、ロストテクノロジーの童話にも凝っているらしい。妹が話した童話にも、狼が出てきた。女の子を襲う、悪い狼だ。題名は忘れたが。

 朝、目覚めると、山のようにかぶった毛布を払いのけ、俺はまずストーブに火を入れる。あまった火でたばこに火をつけ、部屋があったまるまで、それを吸いながらガタガタ震えている。窓の外に積もった新しい雪をポットに詰め込み、ストーブの上でお湯を沸かすのも忘れてはならない。お湯を浸したタオルで顔と体を拭き、コーヒーを入れる。部屋があったまり、手が動くようになったら、商売道具のはさみと剃刀を研ぐ。

 その日、午前中は予約がなかった。道具を研ぎおわったら、報告書を書き進めようと思っていた。娼婦たちから聞いた話、そう、アルカトラズの相談役レックスと、最高級娼婦ぺトラの関係について。女相手にも商売の手を広げたのは正解だった。俺の剃刀の腕は一流だから、産毛を剃って化粧ののりが良くなったと大評判で、娼婦たちは気を良くして、俺にいろんな情報を流してくれた。もちろん、商売のお誘いもあった。金は出世払いでいいとまで言ってくる女もいた。床屋もドン・コルラード御用達ともなると、命がけなだけあって、収入が跳ね上がり、待遇も良くなる。誠実に仕事をした甲斐あって、次は俺に声がかかるだろうと、誰もがうわさしていた。つまり、出世払いという言葉には、そうしたニュアンスも含まれていた。今のうちに情婦になっておけば、後々いい暮らしができると考えてのことだろう。実にしたたかで、分かりやすい。喜んで良いのか悪いのか分からないが、娼婦といってもエルフたちは非常に美しかったので、魅力的な話ではあった。しかし、残念ながら俺は禁欲していた。潜入捜査にほころびが出るのは、女性関係からと相場が決まっている。エレクトリスの生活に馴染んだといっても、俺は本職をおろそかにしなかった。

 やがてふたつの道具はこの上なく鋭く研ぎ澄まされた。すばらしい切れ味で、剃刀などは少し触れるだけで、ひげが落ちてしまう。人間の喉を掻き切るなんて造作もないだろう。暗殺の仕事でないのが、残念なほどだ。もっとも、ドン・コルラードの散髪は、暗殺防止のため数多くの構成員の衆目のなかで行なわれるので、実行したところで、あっという間に挽き肉にされてしまうだろうが。俺は刃を傷つけることがないよう、丁寧に商売道具をしまった。そして、報告書を書くために、テーブルにつこうとした。

 そのとき、足元からドアをノックする音がした。

 俺の部屋は、二階の屋根に取って付けられているため、屋根裏部屋のように、床に扉があった。家賃はおととい払ったばかりだ。俺は店を持たない出張専門の床屋だったため、カヴァティーナが家賃を請求しに来る以外は、ほとんど誰も尋ねてこないのだ。何度かカードに誘われたこともあるが、賭け事はトラブルの元だ。そしてトラブルは、正体がばれる元になる。俺は徹底的に断った。エレクトリスに住んでいるくせに、女も買わず、賭け事もしない。俺はカヴァティーナに、真面目な男だと思われていた。つまらない男だとも。

 だから、来客があるなど妙なことだ。俺は聞き間違いかと思い、警戒しながらも、ノックに応じずにいた。だが、もう一度ノック。間をおいて、もう一度。そしてまた間をおいて、もう一度。ずいぶんしつこかった。俺は扉に近づいた。腰のベルトにナイフを忍ばせて。

「どちらさんで」

 俺が訊くと、答えたのは女の声だ。鈴が鳴るように綺麗だが、やや間延びした、頭の弱そうな声だ。

「客だよ。おまえ、腕利きの床屋なんだろう。部下から聞いたぞ」

 俺は扉を開けずに言った。

「悪いが、うちは出張専門です。ご予約なら承りますよ。一階のばあやに住所と希望の日時を言いつけてもらえば、うかがいます。ここに来るのは勘弁してください」

 しかし、女は引かなかった。

「こっちだって忙しいんだ。午後からは仕事なんだよ。空いてる時間を割いて来てやったんだから、がたがた言わずに扉を開けろ。私を誰だと思ってる。私は……」

 しつこくって埒が明かない。俺は扉を開けた。なんていうことだ。相手が女で、頭が悪そうだからと油断したのか。俺は扉を開けてしまったのだ。

 まず現れたのは、絹のように滑らかな髪。金髪だが色合いは白っぽく、幻想的だ。そして漂うかぐわしい花畑のような香り。これだけでも心臓をわしづかみにするほどの、強烈な色香を放っていた。次に現れたのは、最高の職人にカットされたエメラルドのような、きらきらとした瞳。おまけにその光は少女のように無邪気で、どんな男でも思わず飛びつきたくなるような引力を持っていた。そして、高すぎず、かといって低くもなく、かわいらしいが完璧に整った鼻が現れ、物欲しげに光沢を帯びた唇、華奢で控えめなあご、と続いた。金髪をかき分けて覗く耳は、扇情的に尖っていた。

 床下から顔を出したのはエルフの女だった。しかも、飛び切り極上の。

 俺は彼女に尋ねた。

「あ、あんたは、いったい」

 途中で喉を鳴らしたせいで、何者だ、という言葉は出なかった。女は俺の言葉を聞いて馬鹿にするように微笑んだ。目的が異なるその微笑すら、男を誘惑するのに充分だ。俺は目頭を押さえて、女を見ないようにした。女は答えた。

「組織アルカトラズの幹部、ぺトラ様だ。この一帯の売春業を取り仕切っている。まさか、この街で私を知らん男がいるとはな」

 いや、名前は良く知っている。実物を見るのが初めてなだけで。いい女だという評判もよく耳に及んでいた。娼婦たちは皆、ぺトラの美しさを賞賛し、敬意を払っていた。妬む気持ちすら起こらないほどの、絶世の美女だと。俺は信用していなかった。どんな美人だって、少々の欠点はあるものだ。ここがもっとこうだったら完璧なのに、と思わされる何かが必ずあり、それがかえって個性だったり、チャームポイントであったりするものなのだ。逆のパターンで言うなら、俺の強面のど真ん中にある、唯一美しい鼻のように。しかし、この女は完璧だった。全てが見事に美しかった。顔のパーツ一つ一つを取り上げて論じてみても仕方がない。全体を一目見るだけでいい。妙なる調和とはこのことだ。彼女の顔だち、バランス、そして表情までもが、男をひきつけるために備わっているかのようだ。つまり、少なくとも男を虜にする意味では、完璧であった。娼婦を生業とするならば、こうした美しさは天賦の才と呼ぶべきではないだろうか。非情と言われるレックスが、囲っておきたいと思うのも、うなずけるというものだ。

 俺はあくまで足元にあるペトラの顔を見ないようにして言った。

「あんたが誰であろうと、ここは店じゃないんで、困るんですよ。もしいそいでるなら、すぐ準備して、俺が娼館まで行きますから、少し待っててください」

 だが、ぺトラは引かなかった。

「この私がわざわざ足を運んでやったんだぞ。モッフルのコートまで着込んで、寒い中を歩いてきたんだ。それとも何か。私の言うことが聞けんというのか。お前を商売できなくさせることなんて、簡単なんだぞ。なにしろ私は……」

「わかりました。わかったから騒ぐのをやめてください」

 この女の強引さは想像を超えていた。もちろん商売をさせてもらえなくなるのは困るし、レックスの耳に変な風に話が入って、消されないとも限らない。扉の前で押し問答しているのを、他の住人に見られるのも問題だった。エレクトリスでうわさが広まるのはあっという間だ。そこに尾ひれがつくのは言わずもがな。床屋のハンクが相談役のお気に入りを手篭めにしようとした、なんて伝わり方をしたら、半年目にして俺の報告書は終わりだ。その先はない。

「まわりに誰もいませんか」

 俺が訊くとぺトラは即答した。

「いないよ」

 嘘つけ。確認もしてないだろうが。いくら目を伏せたままでも、それくらいのことはわかる。

「ちゃんと良く見てくださいよ」

 少し間があった。

「……いないよ」

「わかりました。上がってください」

 俺はあきらめた。扉に向かって背を向け、見られて困るような物はさりげなく、かつ手際よく片付けた。特に報告書だけは、見つかってはならなかった。靴音で、ぺトラがはしごを上がってくるのがわかる。非常にまずい状況だ。先ほど述べたとおり、潜入捜査官として、俺は禁欲していた。絶世の美女と部屋で二人きりなんてのは、体に悪すぎる。敵のスパイに尾行されてるほうが、まだましだ。ストレスで胃に穴が開いて、体の中が血の海になりそうだった。

 部屋の中に入り、扉を閉めたらしいぺトラが、何か言っていた。

「面白い部屋だな。空が真上に見えるぞ。こんなところで仕事をしたら、清々しいだろうな。外でプレイしているみたいで」

 俺は答えなかった。さっさと用件を済ませて、さっさと帰ってもらう。

「コートをかける場所はないのか」

「机にでもかけといてください」

「裾が床につく。ベッドにおくぞ」

「ご自由に」

「何で背中を向けてしゃべっているのだ。こっちを向かんか」

「突然の客で驚いたもんで、すまないがちょっと一服させてもらいます。煙がかかると悪い」

 俺はマッチを擦った。そしてタバコの煙を吸い込み、ため息と共に吐き出してから、振り向かずに訊いた。

「今日は何のご用件で」

「うなじを剃ってくれ。後れ毛が変に伸びてしまって、みっともないんだ」

「……わかりました。こちらに背を向けて、椅子に腰掛けていてください」

 ここは僧侶にでもなった気持ちで、事に当たるしかなかった。仕事の手を広げたことを初めて後悔した。吸いさしのタバコを窓際に置いた灰皿でもみ消して、俺はぺトラのほうを向いた。彼女はコートを脱いで紫のドレス一枚になっており、行儀良くひざに両手を置き、背筋を伸ばして椅子に座っていた。真っ白な雪原のような背中があらわになり、彼女が身じろぎすると肩甲骨がうねった。俺は沸かしておいたお湯にタオルを浸し、彼女の華奢な首筋に押し当てた。そして蒸気で十分に毛をやわらかくしたあと、うなじに剃刀を当てた。ぺトラがくすぐったそうに笑う。

「ふふ。気持ちいい。顔はこわいが、手つきはやさしいんだな」

「無駄口を叩くと、綺麗な肌に傷がつきますよ」

「それはそれで悪くない。荒っぽいプレイをするときもあるからな」

 俺は黙った。そして手を止めた。動揺したのではない。彼女の服装は、作業にさしさわりがあった。ぺトラのドレスは、胸を隠した布を、首の後ろで結んで着るタイプだった。つまり、結び目が邪魔だったのだ。どうすべきか考えていると、ぺトラが不思議そうな口調で俺に問いかけてきた。

「どうした」

「いや、ちょっとドレスの結び目がね」

「む、邪魔なのか」

「ええまあ」

 俺が返事をするなり、ぺトラは結び目に手をかけた。止める間もなかった。彼女はそれをあっという間にほどいてしまった。エルフにしては豊かなその胸を覆う布が、はらりと落ちる。次の瞬間には、ぺトラの上半身は全てあらわになっていた。俺はまた目頭に指を当てて、顔を伏せた。本当に冗談じゃない。この女はストレスで俺を殺す気なのか。そんな想いをよそに、ぺトラがまたしても不思議そうな口調で言う。

「どうした。もう邪魔じゃないだろ」

 それはそうだが、別の意味でさしさわりがありすぎた。彼女が背中を向けていたおかげで全てを見ることはなかったが、それでも刺激が強すぎた。この女は馬鹿なのか。自分が売り物にしているその顔や、体が、男にどんな感情を催させるか、わかっているのか。

「早くしてくれ、寒いよ」

 ぺトラが無邪気に催促する。俺は努めて平静を装って言った。

「ちょっと待ってもらえますか。ドレスはとりあえず結んでください」

「なんでだよ。邪魔だって言うからせっかく解いたのに」

「うん。それはそうなんですが、そのようなアレは困ります」

「面倒くさい奴だなあ」

 こっちの台詞だ、と思った。そしてぺトラが、世紀の大発見とでも言うかのように声を上げた。

「そうか! 私の体を見て興奮してしまったというわけだな。まったく、そんなこわそうな顔をしているくせに、かわいい奴だな」

 そう言われて恐る恐る目を上げてみると、ぺトラがこちらを振り返って、いたずらっぽく微笑んでいた。ドレスはまだ結んでいなかった。俺は目をそらすようにして、部屋の中を見渡した。仕方がないのでベッドの下に丸めてあった自分のウールのシャツを持ってきて、彼女の胸を隠すようにして肩にかけた。

「男臭くてかなわんでしょうが、我慢してください」

 俺は作業を続けた。ぺトラはシャツの袖を掴んでしきりに匂いをかいでいる。まるでいぬっころだ。

「いいにおいだよ。たくましくて、荒々しい男のにおいだ。それなのに紳士なんだな、お前は。気にいったよ」

 そんなことをぺトラが何の気なしに言う。俺は無感情に、短く答えた。

「そりゃどうも」

「名前はなんていうんだ」

「ヘンリーです。ヘンリー・バーバー。ハンクと呼んでください」

 偽名だが、ほとんど読み方を変えただけで限りなく本名に近いそれを、俺は口にした。愛称まで付け加えて。どこか気が緩んでいる。

「そうか。ハンク。ボスに言っておいてやろう。十六番街に、やさしくて腕のいい床屋がいるって」

「ありがたいですね。ドン・コルラードの髪を切るのは、俺の憧れですよ」

 憧れという点を差し引いて、俺は本音を言った。幹部の口利きなら、目標までの距離はぐっと縮まる。頭は悪いが、この女の地位は利用しがいがあった。ぺトラは満足げに笑って答えた。

「そうだろう。きっと伝えておく。お前ならボスの御用達になれるさ。私も今度から、床屋はお前に頼むことにする」

「結構ですが、家に押しかけるのはこれっきりにして下さい」

「なんでだ。私の胸が見られて嬉しかったろ」

「仕事にならないと言っているんです」

 さっさとうなじを剃りあげて、コートを着せて、帰ってもらった。ぺトラは財布を忘れてきていた。幹部らしくもなく頭を下げ、代わりに今すぐここでサービスする、などと言って彼女は俺の衣服に手をかけたが、今度、娼館に行ったときまとめて貰うからと言い聞かせて、追い払った。ぺトラはとんでもない美女だが、同時にとんでもない痴女だった。

 経緯はどうあれ、俺は組織アルカトラズの幹部の好意を得たわけだった。これは幸運だった。追い返さなくて正解だったな、と俺は胸のうちでほくそ笑んだ。その後、この女がどんな面倒を持ち込んでくるか知りもせずに。

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