You are our Hero!! 作:直樹
・めざポケ以降を想定
・サトシくんとタケシの二人旅
・一部ポケモンは進化、メガシンカ個体
・序盤でサトシくんを青年と表記してますがここでは先輩トレーナーくらいの扱いです。彼は永遠の10歳なので
・幻影の覇者の主題歌の雰囲気がうっすら含まれています
少年は森の中を走ることしか出来なかった。
ホウエンは温暖な気候であるが故に自然が豊かな地方だ。最も巨大なのはトウカシティの北西に位置するトウカの森だが、それ以外に点在する森林も負けず劣らず木々が生い茂っている。
それだけ聞けば自然と共生しているのだと響きの良いことも言えるだろう。しかし生い茂る木々は森の中と外を明確に隔て、天からの光を遮り薄暗くなりがちである。
陽の光が照らさぬ場というのは得てして薄暗い目的を持った人間達が集いやすくもなるのである。
——息は苦しいし、足は疲れてくるし脇腹は痛いし。僕たちが何をしたっていうんだ、ただ道を歩いていただけじゃないか! 悪いのは十割そっちじゃないか!!
少年とキモリにポケモンバトルへの自信と腕があれば抵抗も可能だっただろう。しかし少年はまだパートナーであるキモリをオダマキ博士から託され、つい数週間前に旅立ったばかりの新人トレーナーであった。
森の中で違法な乱獲を偶然少年に発見された密猟者が放ったポケモンはどく・あくタイプのドラピオンと、あく・ほのおタイプのヘルガーの二体である。レベルとしても相性としてもキモリにとっては最悪の相手だ。密猟者と共にいる二体は種として元から持っている鋭い目付きを更に醜悪に歪ませており、その形相だけでも少年とキモリを怯えさせるには充分すぎた。
そうなればもう少年たちに残された選択肢は"にげる"以外に無かった。どちらに行けばこの森を抜けられるのかも分からず、ただ無我夢中で走り続ける。
少年たちにとって最悪の鬼ごっこは地面に顔を出した巨木の根により終止符を打たれた。勢いよく躓き転んだことで身体の勢いだけでなく、心もまでもぽきりと折れてしまった。母が旅立つ時に軽くて丈夫な服を与えてくれたおかげで紺色の長ズボンは破れずに済んだが、強打した膝の痛みは微塵も軽くしてはくれない。
顔を後ろへ向ければ確実に獲物を仕留めようとにじり寄るドラピオンにヘルガー、そしてその背後には如何にも悪人ですという表情をした黒装束に身を包んだ密猟者が迫ってくる。恐怖による震えを通り越し、身体はもう全く動いてはくれない。
少年を守ろうとキモリが密猟者との間に割り込んで構えてはいるが、その姿は少年から見ても強がりでしかないことは嫌という程に伝わっていた。このままではキモリも自分も無事では済まないだろう。
己はトレーナーであるのに大切なパートナーを守ることも出来ないなんて。守りたいのに、逃げたいのに、身体はへびにらみを喰らったように動いてはくれない。
二体のポケモンが密猟者の指示を受け、クロスポイズンとかみくだくを放ちながら飛びかかってくる。身体が動かないのは最悪だ。目を瞑ることさえ許してはくれない。
見たくない光景を見るだなんて、何も悪くないのに痛めつけられるなんて。極限状態でスローモーションになったこの映像を見せつけられながら、これから訪れる激痛と共に果てなければならないなんて。
僕はこんな最期を迎える為に旅に出た訳じゃないのに!!
「キモリをモンスターボールに戻せ!!」
ぱあんとへびにらみの効果が消えた、気がした。
誰の声かは分からないが密猟者のものではない。死にたくないと生に縋りつこうとして、がむしゃらに少年はボールをキモリへ向けた。
「ジュカイン! ドラピオンにリーフブレード!」
「グレッグル! ヘルガーにかわらわり!」
キモリをボールに仕舞い終えると同時に衝撃が走る。反射的に強く閉じた瞼を開くと、目の前にいたドラピオンとヘルガーの姿はなかった。その代わりに――というのは変な気もするが――ジュカインとグレッグルのあまりにも頼もしい背がそこにあった。
数瞬してこの状況を先に理解したのは密猟者の方であった。目撃者を始末しようとしたところに邪魔者が入ったとなれば、その邪魔者も始末するのが密猟者にとっては当然である。ドラピオンとヘルガーに立ち上がるように荒い言葉で指示し、攻撃の対象をジュカインとグレッグルに定める。
まだ理解が追いついていない少年を守るように二人の青年が彼の前に立つ。赤いキャップをかぶる未だ幼さの残る青年が振り向き、大丈夫だと力強く笑いかけた。また少年の近くに一匹のピカチュウが電気袋から火花を散らして立っていた。
「ピカチュウ、その子のこと頼んだぞ」
「ピッカァ!」
どうやらキャップの青年の仲間のようだ。
ピカチュウの鳴き声がした直後にドラピオンがヘドロばくだん、ヘルガーがかえんほうしゃを放った。狙いは両方ともジュカインのようだ。しかしするりとそれを避け、巨大な尾でドラピオンにはたくの一撃を喰らわせる。
ぱっと見ただけでもレベルが高いことが分かるが、グレッグルはともかくジュカインにとって相手との相性は最悪だ。相手の攻撃を喰らえば効果は抜群、こちらの攻撃はいまひとつばかり。青年たちの方が相性的に不利なのは少年でも簡単に理解できた。
それでも青年たちとポケモンたちの表情に不安も焦りの色も全く浮かんではいない。実際みつりんポケモンであるジュカインは素早く動きつつ、木々の枝や幹を利用し高さまでも活かして相手の攻撃を一つも喰らってはいない。加えてこちらからの攻撃は威力は小さくとも確実にヒットさせ、相手へのダメージを重ねている。またグレッグルも進化前にも関わらず、ヘルガーを何度も突き飛ばすパワーを見せている。
時間が経つにつれ、焦り始めたのは寧ろ相性的に有利である密猟者の方であった。当たれば効果は抜群であるジュカインにドラピオンの攻撃が全く当たらない上、ヘルガーはかくとうタイプを併せ持つグレッグルからの攻撃で体力は確実に奪われていく。
負けてしまうかもしれない。密猟者の頭に嫌な結末がちらつく。しかし逆にそれが密猟者に別の手段を閃かせるトリガーとなった。
ドラピオンがジュカインから距離を取りヘドロばくだんを放つ。その攻撃はジュカインには当たらない。避けたのではなく明らかにジュカインを狙った軌道ではなかった。ヘドロばくだんはジュカインやグレッグル、青年の横すらも通り過ぎた。
しかし密猟者の考えを察したドラピオンは彼らをターゲットとしてヘドロばくだんを放ったのではない。彼らの更に後ろ——少年を先に始末する為に放ったのだ。
ここで対人攻撃となれば攻撃が当たろうが当たるまいが必ず動揺と隙が生まれる。そこを突けばこの戦況を再び密猟者側に有利な盤面にひっくり返せる。勝利の二文字が再び手中に収まったと確信した密猟者は口角を上げ、その表情を大きく歪ませた。
自分が狙われていると気づいた少年は座り込んだまま立ち上がることもできずぎゅっと目を閉じるのみ。
しかし密猟者の狙いは外れることとなる。
「ピカチュウ、アイアンテールで弾き返せ!」
キャップの青年が振り向くこともなくピカチュウに指示を出す。そしてピカチュウは指示通りヘドロばくだんを鋼の尾で弾き返しドラピオンにお返ししたのだ。これには少年も密猟者も唖然とするのみであった。
「サトシ、ヘルガーは俺とグレッグルに任せろ。一気にドラピオンを叩け」
「分かった。行くぞジュカイン!」
キャップの青年が甲にキーストーンが嵌められたグローブを素早く装着し、ジュカインの名を呼ぶ。それにジュカインは勇ましい雄叫びで応えた。同時に眩い光がこの場を包み込んでいく。
「——メガシンカ!」
青年とジュカインを繋ぐ光の緒、それが示すのはまさに"キズナ"そのものだ。その輝きは一瞬とも永遠ともとれる時間を生み出す温かさと強さの両方を含んでいた。
光が拡散した場に君臨していたのはキズナで姿を変えた"メガジュカイン"。その気、より圧倒的となった密林の王者が放つもの。
「リーフブレードでドラピオンの足元を崩せ!」
言い終わるか否かのタイミングでメガジュカインが驚異的な瞬発力で飛び出す。は、と息を吐いた瞬間には既にメガジュカインはドラピオンの目の前に現れていた。防御や回避の指示を出す暇も与えず、ドラピオンの足元へジュカインの左腕から振り下ろされたリーフブレードにより衝撃が走る。
そこへ地面が砕けるよりも先に今度は右腕のリーフブレードを叩き込まれ、足場もろともドラピオンは空中へと打ち上がる。その高さは高木に及ぶかどうかであったが、空中でメガジュカインがはたくを下から打ち込み更に高く飛ばされた。
「ドラゴンクローで思いっきり叩き落とせ!」
天高く打ち上げたにも関わらずメガジュカインは木を足場として大きく跳躍し、無防備なドラピオンの上を取りドラゴンクローで瞬時に地面へと叩きつける。
時間にすれば五秒も経たぬ程の高速技であった。これには密猟者もドラピオンも指示や行動が追いつかないどころか、何が起きているか理解するのもままならない。
その僅かな間に地上では高密度の一瞬を全く気にすることなく、グレッグルがヘルガーに渾身のかわらわりを喰らわせ戦闘不能へと追い込んでいた。
密猟者の視点からすればドラピオンが一瞬の内に打ち上げられて叩き落とされ、その間にヘルガーは戦闘不能へと捩じ伏せられていたのだ。手中に収めた筈の勝利の二文字は霧散し、逆に"絶対に勝てない"と絶望させるには充分であった。
「ハードプラント!!」
指示と同時にメガジュカインが腕を地面へと突き刺す。そこをエネルギーの中心として大きく地面が脈打ち、地中から巨大な根が暴れ狂うように姿を見せる。
メガジュカインにとって森林の中というのは最高の環境だ。ハードプラントは最早単なる技の範囲を超越し、森林そのものがドラピオンと密猟者へ牙を剥いたと表しても過言ではない。しかしそのハードプラントとメガジュカインは少年にとっては恐ろしくなどなく、理不尽な暴力と悪意を振り払う力強い守護神に見えていたのだ。
ジュカインの激情をも背負った暴れ狂う根によりドラピオンは完膚なきまでに叩き潰され、地に倒れ臥した。
己の敗北を理解した密猟者はドラピオンたちをボールへ戻し、その場から逃亡を図るがそれも呆気なく終わる。キャップの青年がピジョットを繰り出し、強靭な脚で密猟者を上から押さえ込んだからだ。
「さすがピジョット! ずーっと仲間を守ってきたもんな!」
青年の言葉にピジョットは嬉しそうな鳴き声を上げた。その脚の下には苦しそうな呻き声を漏らす密猟者、というかなりミスマッチな光景があったが。
その後密猟者をジュンサーへと引き渡し一段落となる。
少年は青年たちに連れられ近くの町のポケモンセンターに辿り着いた。少年のキモリは疲れ切っていたし、少年も身体中に擦り傷や切り傷だらけであった。安全が保証された場所がこんなにも安心できるのだと、少年はそこでようやく溜めに溜めた涙をぼろぼろと零した。
キモリをジョーイへ預けるとキャップをかぶっていない方の――特徴としては目の細いというか糸目の――青年がロビーにて少年の怪我の手当てをしてくれた。
「よし、これで大丈夫だ。どれも軽い傷だからすぐに良くなるよ」
「あ、ありがとうございます……」
「タケシはポケモンドクターだけど人の怪我の手当てもばっちりだもんなー」
「そういうお前も右腕見せてみろ」
「えっ」
たじろぐキャップの青年に有無を言わせず腕を掴む。右の前腕を確認すると小さい範囲ではあるが確かに傷があった。
「ドラピオンのヘドロばくだん、掠っただろ」
少年を狙ったヘドロばくだんは本当に僅かではあったがキャップの青年に掠っていたのだ。ドラピオンの毒は猛毒だ。どくタイプの技が身体の中に入ってしまえば、どんなに僅かな量でも命に関わる可能性がある。
「お前なあ、掠ったって言っても普通は激痛だぞ。一言だけで良いのに何ですぐ言わないんだ」
「いや、それどころじゃなかったし……」
「納得の出来る理由じゃないな。ピカチュウ、そこの消毒液取ってくれ」
手際よく治療が施されていく。消毒を行い、薬が塗られたガーゼを最終的に包帯で巻いて終了だ。更に毒消しに効果があるモモンの実を糸目の青年が渡した。
「人にも有効だから食べとけ。見た範囲だと問題はないが、毒の影響がゼロとは考えにくいからな」
「ん。でもさ包帯で固定する必要はないじゃんか。大袈裟だよ」
「テープだと『邪魔臭い』とか言って外そうとした奴は誰だったかな」
「う……」
「お前には大袈裟なくらいで丁度いいんだ。小さな切り傷くらいなら確かにそこまで気にしなくていいが、今回はどくタイプの技だ。怪我人だってことを自覚しろ。……まったく、ポケモンの治療よりお前の怪我の手当てをしてる方が多い気がするよ」
少年の目の前で二人の会話が続いていく。何となく自分が場違いなような気がして、視線を二人からずらすとピカチュウと視線がぶつかった。ピカチュウは少年の気持ちを察したのか、「チャァ」と"いつものことだから気にしなくていいよ"と言いたげな鳴き声を上げた。
青年たちの会話、というかよく聞いたら糸目の青年のお説教は少年のキモリが回復するまで続いた。
回復が済んだキモリの入ったボールを受け取ったところで少年が青年たちに一つ質問を投げかけた。
「あの、二人は犯罪者を捕まえたりする仕事に関わってたりするんですか? 僕らを助けてくれた時、とてもかっこよくて」
少年の質問を聞いた二人は目を合わせ、少ししてから軽く吹き出した。その反応の意味が分からず、少年が首を傾げたところでキャップの青年が笑って口を開いた。
「違うよ。オレはマサラタウンのサトシ、普通のポケモントレーナーさ。で、ピカチュウはオレの相棒」
「俺はタケシ、ポケモンドクターをしているんだ。サトシとは一緒に旅をしてるんだ」
意外な回答であった。あの時二人からは迷いも恐怖も感じられなかったからだ。密猟者を相手にして一切の恐怖を感じないなんてのはベテラントレーナーでもそう容易には見つからない。トレーナーとしての実力の高さがそのまま犯罪組織や、あまりに危険な出来事への対応力の高さには直結しないからだ。単純にそのような事件への遭遇率がまず低いし、いざ遭遇した場合はジュンサーに連絡を取るか身の安全を確保する為に逃げるかだ。つまり普通に考えると、そのような状況に対応する専門の人物であるという結論に行き着くのだ。
「たまたま森を通っていたんだ。タケシが道間違えてさ〜」
「それは言わないでくれよ。歩いてたら大きい音がしたから来てみたんだ。あとは君が見た通り」
ぞっとした。もしこの二人が森を通っていなければ、タケシが道を間違えていなければ。確実に少年は密猟者の手にかかっていた。
「そういえば君は見たところトレーナーだけど、一人旅かな?」
「は、はい。僕、カナメっていいます。まだ旅立ったばっかりで、次はカナズミシティに行こうと思ってて」
カナメが答えると何かが気になったのかタケシがうーん、と唸りながら考え始めた。別にカナメは嘘など吐いていないし、カナズミシティにはポケモンジムや色々な施設もある。目的地に設定することにおかしな点は無い。
「サトシ、カナズミは元々通る町だし一緒に行ってあげないか?」
えっ、とサトシとカナメの声が重なる。
「さっきの密猟者が何処かの組織に所属してたり、グループを組んでる奴だとまずいんだ。情報が流れたらカナメが危ない。顔をばっちり見られているからな」
二人も危ないのでは、と口の中まで迫っていた言葉は歯で噛み砕いてなんとかした。もうこの時点でカナメは薄々と二人はどこか感覚がズレているとか、そういう次元ではないことを察していた。多分この人たちは襲われても返り討ちにしてしまう。
「そうだな。カナメ、嫌じゃなければオレたちも一緒に行ってもいいか?」
「えっと、はい、僕こそお願いします! とっても心強いです!」
「じゃあ決まりだな!」
今日はここのポケモンセンターで一泊し、明日の朝カナズミシティへ向けてここを発つ。
センターで宿泊手続きは済ませたが、まだ時刻としては午後二時。まだまだやりたいことが出来る時間帯だ。さっきの激しいバトルから考えて、疲れているのだから昼寝の一つや二つして休息を取りたいと思うものだが——。
「バトルしようぜ!」
変な奴は必ずいるのだ。
あんなに激しいバトルをしておいて疲れていないのか、とカナメが驚いたのは至極当然である。というよりは普通疲れる。
それにカナメとサトシの実力差はかなりある。バトルと言ったって何ができるだろう。カナメがサトシの言葉に対する返事に悩んでいるところに、ぽこっと軽い音がした。
「バトルじゃなくて買い出しだ」
タケシがサトシの頭に軽く手刀を落とした音だった。助かったとカナメは心の中で安堵の溜め息を吐いた。
「食料に回復道具、その他諸々すっからかんだろ。お前にも手伝ってもらわないと運べないんだ」
「そうだ、僕もきずぐすりとか買わないといけないんだった!」
「丁度いいな、一緒に行こう。行くぞサトシ」
「はあ~い」
まず向かったのはフレンドリィショップである。トレーナーたちの必需品が揃う定番の店だ。
店内に入るなりサトシは自分用のモンスターボールなどを買ってくるとピカチュウと共に行ってしまった。カナメは特に何もない為タケシについていく形で必要な物を手に取ることにする。きずぐすりやげんきのかけら、各種ボールなど必要な分だけ選んでいく。ちら、とタケシの方に目を向けるとカナメの物よりも多くの道具がカゴに入れられていく。思わずわあと声を上げると「二人分だからなあ」とタケシが苦笑した。サトシはモンスターボールくらいしか道具を持たず回復道具等は基本タケシに任せきりらしい。それでいいのか。
そんな二人の旅と関係性が気になり、カナメは一つ質問を投げかけた。
「タケシさんはサトシさんとどんな関係なんですか?」
「うーん……別に普通だよ。関係はいたって普通、っても何だかんだ付き合いは長いなあ。あいつと旅をするようになってから随分経ったし……。何でも話せる親友、てところかな」
カナメは二人の年齢を聞いた訳ではないが、身長や感覚的に恐らく同い年ではないとは思っていた。そんな二人が親友という関係を築いているというのは、彼にとってとても魅力的な姿だった。年齢など気にせず旅を共に出来るような人物に自分も出会ってみたい。そんな小さな憧れを抱いた瞬間であった。
フレンドリィショップでの買い物を終えた時点でサトシたちは結構な荷物だ。このまま次の買い物に行く訳にもいかず、一度噴水の近くにあるベンチに荷物を下ろす。カナメはフレンドリィショップだけで事足りたのだが、二人はまだ食料の買い出しがあった。荷物が荷物の為サトシはここで荷物の見張りをし、タケシが食料を買いに行く。カナメはサトシと共にベンチに座って待つことにした。
時間帯的にちょうど最も気温が高い頃合いだ。ベンチは木陰の範囲内であり噴水の水が飛沫となって僅かに飛んでくるが、それでもなかなかの暑さだ。今の季節は夏だから仕方のないことである。
「あ! カナメ、アイスクリームは何味が好き?」
「えっ、えーっと、チョコかなぁ……」
「分かった。ピカチュウ、ちょっと荷物見ててくれ」
「ピカッチュウ」
一体何の為の質問か聞く暇もなくサトシは立ち上がり走って行ってしまった。頭上にクエスチョンマークが乱舞するカナメだったが、噴水の奥で動きを止めたサトシを見つける。何かの移動販売のワゴンの前で店員と話している様子だ。
あ、とカナメが質問の意図を悟ったのとサトシが再び此方へ走り出したのは同時であった。
「ほら、食べようぜ」
戸惑いもあるがアイスクリームが食べられるのは嬉しい。お礼を言いつつ差し出されたアイスクリームのコーン部分を右手で握る。サトシはバニラでピカチュウも同じ味のようだ。
アイスクリームをひと舐めしたらこの暑さの中では気持ち良い冷たさが伝わる。チョコレートの味は想像していたよりしっかりと感じられる。アイスクリームというより冷やしたチョコレートを食べているようにとても濃厚な味だ。
つまりとても美味しい。
思わず美味しいという声がカナメの口から漏れる。それを聞き逃さなかったサトシが良かったと小さく笑った。
こうしているとサトシも普通のトレーナーとは変わらないのだと思えた。あの時密猟者に立ち向かった姿は強く頼もしいと同時に気圧される迫力もあったが、今はそれを微塵も感じはせず仲の良いお兄さんのようにカナメは感じていた。
アイスクリームを食べながらサトシの旅の話を聞いたり、これから強くなるにはどうしたら良いか質問してみたり。時たま食べられるのを忘れられたアイスクリームが手についてべたべたになったりもした。それも引っくるめて、ただただ楽しい時間が過ぎていく。
「あー美味かった!」
「チャア」
「ご馳走様でした」
全員がアイスクリームを食べ終わり、後はタケシの戻りを待つだけだ。時間は話をしていれば過ぎ去っていくし、特に困ることはないだろう。
「俺のアイスは無いのか?」
「あ」
暇潰しをする必要はなくなったようだ。丁度戻ってきたタケシがサトシの背後から声をかける。カナメが振り返りタケシの表情を見ると、少し意地悪そうに笑っているのが分かった。アイスクリームを食べられなかったことに対しては怒ったりなどしておらず、ただサトシのことをからかっているだけなのだろう。
買い物を全て済ませた彼らは再びポケモンセンターへと戻ってきた。空も紅に染まり始めており、確かに夕方ではあるが夕飯にはまだ早い微妙な時間だ。道具の整理をするも良し、ボールやバッジを磨くも良し、これからの旅のルートを決めるも良しとトレーナーたちそれぞれの好きなことをしてれば良いのだ。
「今度こそバトルしようぜ!」
ただサトシというトレーナーはバトルのことで頭がいっぱいのようだった。
確かにカナメは現在特に何かをしなければならない状況でもなく、バトルを受け入れることは全く問題ない。しかしまた別の意味で問題はあるのだ。
「サトシさんと僕じゃ実力が違いすぎますよ」
カナメはまだ旅に出たばかりの新人トレーナーだ。仲間にしたポケモンもまだキモリだけで本当に初めの初め。勝負の結果は実際にフィールドに立たずとも見えている。
「カナメはカナズミシティに行くんだろ? ジムに挑戦もする?」
「はい。ホウエンリーグに出るのが目標なのでジム巡りはします」
「なら俺と特訓のバトルしようぜ。たくさんバトルしないと強くなれないからな」
特訓ならば寧ろ有り難いと、カナメはやっとサトシのお誘いを受け入れた。
それから腹の虫が空腹を訴えるまで特訓は続いた。カナメはキモリ、サトシはジュカインで動き続けた。進化前と進化後である二匹の基本のバトルスタイルは同じだ。技の出し方や立ち回り方はそのまま真似をして実践にも使える。ジム戦できっと役に立つだろう。
翌日。天気は曇り、所によってはにわか雨が降るかもしれないとの予報が出ている。旅をする身だから雨具は携帯しているが、あまり強い雨風には意味を成さない。本格的に降り出す前に目的地に辿り着くか、雨足が強くならないことを願うしかない。
目的地はカナズミシティだ。カナメたちはポケモンセンターを後にしてトウカの森へと足を踏み入れた。ここからカナズミシティへはトウカの森を抜ける必要がある。トレーナーたちがよく利用する森だから道は整備されているのだが、トウカシティ側とカナズミシティ側を繋ぐ道の一本しか整備されていない。うっかり道から逸れてしまうと迷子真っしぐらだ。
「例えばサトシがポケモンを何も考えないで追いかけると迷う」
「う……。気をつけます」
実際サトシのような性格の人はポケモンゲットを目的にトウカの森へ入り大体迷う。ポケモンゲットするなら道が見える範囲で。トレーナーの間ではお決まりのルールだ。
「僕、ここでポケモンゲットしておきたかったんですけど……。これじゃ迷いそうだなぁ」
「俺たちがいるし迷わない範囲で探そうぜ。それくらいならいいだろ、タケシ?」
「迷わない範囲でな」
「やったぁ! ありがとうございます!」
早速ポケモン図鑑でこのトウカの森に生息しているポケモンを検索する。森なのでやはりくさタイプやむしタイプが多い。他にも森の近辺から餌を探しにくるポケモンもおり、出会えるポケモンの種類は多い。カナズミジムでも活躍出来るポケモンと巡り会えるかもしれない。
「ピ……? ピカピ!!」
不意にピカチュウが耳を真っ直ぐに立てサトシの名を強く呼んだ。ピカチュウの短い鳴き声で彼の伝えたい事を察知したサトシは迷わずに行動へと移す。
「危ない!」
サトシがカナメを右へと強く押した。何事かと理解する前に押された身体はバランスを崩し、すぐに横にいたタケシと衝突する。タケシも突然のことで倒れざるを得なかったが、咄嗟にカナメの身体を受け止め彼が地面にぶつかることだけは回避させた。
倒れゆくカナメはサトシが顔を顰めるのをスローモーションのように瞳に映していた。
前方に爆発が起こる。サトシはすぐに振り返りピカチュウに10まんボルトの指示を出す。数メートル後方で電撃が何かに命中したことによりまた別の爆発が発生する。その爆煙が収束するのを待たずにサトシが二人の腕を引っ張り立ち上がらせた。
「道から離れるぞ!」
理解出来ていないカナメだがサトシはカナメの手を離すことはなく、そのまま引っ張り走り出す。タケシもサトシの行動を理解しているようで反論もなく共に走っている。
整備された道からぐんぐんと離れていく。このままではまず間違いなく迷子になるが、それを口に出していられないことくらいはカナメにも分かっていた。数十秒もすれば方向感覚は滅茶苦茶になり、道がどの方向にあったのかなど全く分からない。
生い茂る木々が作り出す影のせいで昼なのに暗い。更に雲が太陽を隠しており、その影は普段よりも数倍濃くなる。そんな周囲の環境は妙に気分をそわそわさせて不安を呼び起こす。
一分程走り続けたところでスピードを緩め振り向く。視界に入ったのは男二人と女一人の三人組、しかも見覚えのある黒い服を纏った奴らである。
「多分、昨日の密猟者の仲間だ」
悔しいがタケシの予想が当たってしまった。組織か奴らだけのグループかまでは不明だが、昨日の密猟者と遭遇したカナメたちの口封じに来たのだ。
三人組は既にそれぞれのポケモンを出している。左から順にマニューラ、ミミッキュ、ゴチルゼル。トレーナーの数だけなら同数だが、カナメはまだ実力としては高くないしキモリも経験不足なのは言わずもがなだ。この時点で既にかなり不利な状況だが、密猟者たちは追い討ちをかける行動をとった。もう一匹ずつポケモンを出してきたのだ。ドラミドロ、クイタラン、ペルシアンの三体だ。つまり敵は計六体のポケモンを場に出している。
密猟者たちは一人が二匹に指示を出す計算の為、感覚はダブルバトルと大きく変わらない。しかし此方側は単純に計算しても一人あたり三匹に同時に指示を出さなねばならない。トリプルバトルを行うトレーナーは数が決して多いとは言えない。ダブルバトルよりも更に緻密な計算と、状況に応じて事前の作戦を全て捨て去るくらいの胆力を求められる。トレーナー一人にかかる負担も大きいのだ。
サトシとタケシはどうするのか。二人は言葉を交わすことはなくアイコンタクトだけで頷きボールに手をかけた。
「ジュカイン、ピジョット、ヘラクロス、ジャローダ! キミたちにきめた!」
「頼むぞグレッグル、ウソッキー!」
一人が三匹という計算すら無視されたバランスだ。
「カナメはオレの後ろに。ピカチュウ、カナメのこと頼むぞ」
「ピカァ!」
昨日と同じだ。小回りの効くピカチュウがカナメの身を守るのは適任である。
サトシの後ろについたカナメは、そこでサトシの左腕から血が滴り落ちていることに気がついた。
「サトシさん、左腕……!」
「一番最初の攻撃が掠っただけだよ。多分あのマニューラのこおりのつぶてじゃないかな、だいぶ鋭くされてたけど」
カナメを突き飛ばした時にサトシの表情が歪んでいたのはこれが原因だ。
「昨日は右腕、今日は左腕。後で反省会だな」
「今日のは、ってか昨日のもオレ悪くないじゃん! ……来るぞ!」
怪我のことは一時保留だ。一斉に敵が襲いかかってくる。
「ジャローダは奴らの後ろから、ピジョットは上空からそれぞれ自分の判断で。ジャローダはオレが合図するまで
ジュカインはミミッキュにリーフブレード、ヘラクロスはゴチルゼルにつのでつく!」
「グレッグルはクイタランにどくづき、ウソッキーはペルシアンにアームハンマー!」
常時であれば穏やかであるトウカの森が一気に激しい戦闘の場と化す。カナメはそのバトルを僅かに怯えながら見ていたが、二人のトレーナーとしての力量に感動もしていた。的確な指示は勿論のこと、ポケモン自身の判断で戦いが出来るほどの信頼関係、相性の不利も物ともせぬ立ち回り方。単純な才能だけではない。彼らが重ねてきた時と努力に裏付けされた実力なのだ。
ポケモンたちのレベルとしてはサトシたちの方が高いだろう。しかし戦闘状況は乱戦でありポケモン同士の相性も加わってくる。それに敵も決してレベルが低いわけではない。昨日のようにサトシたちが圧倒するには少し難しい。
何処から情報が漏れたのか知る由もないが、敵はやけにジュカインに対して相性の良いタイプが多い。恐らく通常のジュカインに対して数とタイプ相性で上を取るだけでなく、メガシンカ後も視野に入れている。
今はまだメガシンカしていない為、ミミッキュとは相性の上では互角に戦える。しかしメガジュカインになればくさ・ドラゴンタイプとなってしまう。くさタイプはそのまま通用するとしても、強力な物が多いドラゴンタイプの技はフェアリータイプを併せ持つミミッキュに全て無効化されてしまう。互角どころか最悪の相性となる。
強力なメガシンカが迂闊に使えないのだ。
いつの間にか雨が降り出していた。遠くでは雷の音も聞こえる。これから雨足もどんどん強くなりそうだ。
水が苦手なウソッキーもこの状況では気にしていられないのだろう。苦手な雨の中でも怯むことなく勇敢にバトルを続けている。
バトルはもう数十分ノンストップで続いている。長期戦では敵味方問わず疲労は蓄積するし、指示を出すトレーナーの集中力も落ちてくる。加えてこの悪天候だ。ポケモンだけでなくトレーナーの体力まで着実に奪われていく。
「どこかで一気に決めないと相手が万が一奥の手を残していたらまずいぞ」
「なら同時にメガシンカさせる」
「倒れるつもりか! 元気な時でも危ないのに、今この状態でそんなことしたらどうなるかくらいお前だって分かるだろう!」
「でも! 今やらないと、タケシが言ったみたいになったらそっちの方が大変だろ!!」
カナメには二人の会話の内容の意味が分からなかった。今までも会話や行動に理解が追いつかない事は多々あったが、現在目の前で繰り広げられている会話がぶっちぎりで分からない。
そもそもカナメには勿論、普通の人にはこの会話の意味はまず分からないのだ。
メガシンカの特徴は複数あるがその一つに"一つのバトルにおけるメガシンカは一匹かつ一度のみ"というものがある。厳密には一つのキーストーンに対してバトル中一匹、一度きりのメガシンカしか出来ない。
理論上ではトレーナーが複数のキーストーンを持ち、ポケモンたちに対応するメガストーンを持たせれば同時にメガシンカを発動させることは可能だ。しかしトレーナーには驚異的な集中力と身体的な負担まで求められる。トレーナー側の善悪関係なしに、少なくともこの方法で同時にメガシンカを使用する者はまず存在しない。
ただサトシというトレーナーはバトルスタイルや考えだけではなく、本人そのものが常識外となる稀有な存在であった。
かつてカロス地方のデセルシティで起きた一つの騒動がある。フーパと呼ばれる幻のポケモンが引き起こしてしまった事件であり、多地方の伝説のポケモンたちが集結しバトルを繰り広げたことで有名だ。その事件にサトシが関わっていることも驚きではあるが、事件の中で本人も無意識に発現させた現象があった。
それが同時メガシンカである。
メガラティオス、メガラティアス、そしてメガレックウザ。
サトシ自身は当時キーストーンすら持っておらず、その時にメガシンカしたポケモンたちがメガストーンを持っていたかどうかの明確な証拠もない。仮にポケモン側がメガストーンを所持していたとしても発動条件は揃っていない。
しかしメガシンカは確かに発現したのだ。
メガレックウザはメガストーンを必要としない唯一のメガシンカポケモンである事、トレーナーを必要とせず自身のみでメガシンカしたという事例の報告もあるがこの一件ではサトシの味方として戦っていた。サトシと対になる形でのメガシンカと捉えるのが自然だろう。
これは後にメガシンカを研究するプラターヌ博士へ相談という形で耳に入ったのだが、現在でもメカニズムははっきりと判明していない。サトシが別に発現させているキズナ現象と同じ原理なのか違うのか、何故キーストーンも無しでメガシンカが成り立つのか。過去に似た事例も存在しなかった。
分かっているのはサトシは同時メガシンカが可能であること、三体までであれば確実に発現させられること、そして身体への負担が凄まじいことだけだ。
現在のサトシはキーストーンを一つ所持している。普段は当然これを使用して一体のポケモンをメガシンカさせているのだが、サトシとポケモンたちがその気になりさえすれば複数体のメガシンカはこのキーストーン一つで可能だ。
これを知る者はごく僅かな者しかいない。
「やるならこいつら全員捕まえるんだろうな。逃がしたりしたらお前が危ないんだぞ」
「逃すわけないだろ。あんな奴ら野放しになんてさせられない。あと
「……分かった。任せろ」
前例がないからこそこの能力を知る者はごく僅かであり、情報の扱いは慎重にせねばならない。悪い奴らに知られたらどうなるか想像は容易い。
「カナメ、今からやること誰にも言わないでくれよ」
カナメの方へ振り返り困ったようにサトシが笑った。
「ジュカイン、ピジョット、ヘラクロス! 行くぞ!!」
メガグローブを身に付けたサトシが叫ぶと同時に光が放たれる。一つのキーストーンから放たれた光は三本の緒となり、ポケモンたちに持たせていたメガストーンと結び合う。
「メガシンカ!!」
光の中から三体のメガシンカポケモンが姿を現した。
一体だけでもそのエネルギーは肌ではっきりと感じられる程に強力なのに、同時に三体ともなれば地面や空気さえも震わせる。この場の雨音も雷の音も聞こえないくらいに。
一人のトレーナーが三匹のポケモンを同時にメガシンカさせた。そんな常識ではあり得ない状況は敵に動揺と隙を生み出す。
「ジュカインはドラゴンクローで、ピジョットはつばさでうつでドラミドロに攻撃!! ヘラクロスは全力でゴチルゼルにメガホーン!!」
敵が指示に気づくも時既に遅し。より上がったスピードと圧倒的パワーを碌な防御も取れずに正面から受けてしまう。
ドラミドロとゴチルゼルは地面に倒れた。
しかしメガジュカインに変化したのだから弱点は増えた。密猟者たちは同時メガシンカに驚きつつも、先にメガジュカインを叩き潰そうと指示を出す。より攻撃が通るようになったこおりタイプとドラゴンタイプに圧倒的有利なフェアリータイプで沈めてしまえば良いだけだ。マニューラはれいとうパンチ、ミミッキュはじゃれつくをメガジュカインに向けて放つ。
「今だジャローダ! マニューラとミミッキュにリーフストーム!!」
不意打ちとして放ったジャローダのリーフストームは二匹にしっかりと命中し、技を放たせないことに成功した。驚きで技が中断されたところへグレッグルとウソッキーが入り込み、相手の二匹を分断する。
メガシンカに気を取られジャローダの存在が相対的に薄くなった一瞬を利用した戦法だ。しかし不意打ちを成功させてしまったことで逆に敵からは意識される存在となってしまう。
不意打ちをこれ以上させない為にペルシアンがジャローダに対応する。これでジャローダはジュカインのサポートには回れないし、リーフストームを放った為に特殊攻撃ががくっと下がってしまった。ジャローダにしてはかなりピンチな状況だ。
しかしサトシは焦るどころか笑ってすらいたのをカナメは見逃さなかった。
「ジャローダ、もう一度リーフストームだ!!」
新人トレーナーのカナメでもその指示はミスだと思った。前述の通りリーフストームは使用後特殊攻撃が大幅に下がってしまう。道具等でサポートしない限り使えば使うほど弱体化する。密猟者も先程以上のリーフストームではないと判断しペルシアンにきりさくを指示する。リーフストームごと打ち破り、ジャローダにダメージを与えるつもりなのだろう。肉を切らせて骨を断つ、敵にしては賢いやり方だ。
——但し、ジャローダの特性が"しんりょく"であったのならばの話だ。
放たれたリーフストームは弱くなるどころか、先程よりも明らかに威力を増していた。ペルシアンはリーフストームを破るどころか返り討ちに遭い倒れてしまう。カナメも密猟者たちもサトシとサトシのポケモンたちに驚いてばかりだ。
「オレのジャローダ、"あまのじゃく"なんだ」
にっと笑ったサトシに応えるように、ジャローダが美しくも敵対する存在への殺意を滲ませた咆哮を響かせた。ロイヤルポケモンであり森の君主とも称される彼女の前で悪行を働くならば、下劣な悪党は必ず裁きを受けるだろう。
ポケモンの特性の一つ、あまのじゃく。ポケモンが能力の上昇、又は下降を受ける時、その全てが逆転する面白い特性だ。これのおかげでジャローダの放つリーフストームは弱体化どころか、使う度により強力な技となっていく。
敵の残されたポケモンはマニューラ、ミミッキュ、クイタランの三匹だ。対してサトシたちは一匹も倒れてはいない。数の上では有利だが、同時にメガシンカをしている以上バトルを長引かせてしまえばサトシへの負担が大きい。
敵もこの状況に焦るが、それでもヤケにはならず次へと繋げられる攻撃を的確に指示する。クイタランのほのおのムチで地面にいるポケモンを狙う。ダメージを与えるには至らなかったが、それを避けるために飛び上がったところを残りの二匹が広範囲のこおりのつぶてとマジカルシャインで相手全体を狙う。空中での完璧な防御は難しく、致命傷程ではないが小さくもないダメージを皆負ってしまった。
——ただ一匹、地面にいなかったポケモンを除いて。
「ピジョット! クイタランにブレイブバード!!」
メガピジョットがクイタランの攻撃後の僅かな硬直を突き、音速にも等しい速度で突撃した。その威力は絶大であり、突撃した際に巻き起こった衝撃が風となり敵味方、ポケモンもトレーナーも関係なく襲った程だ。
クイタランも倒れ敵は残り二匹だ。しかし残されたマニューラとミミッキュは能力が高いポケモンとして知られている。その気になればこの二匹で攻撃をかわし続け長期戦に持ち込むことも出来る。非常に厄介な相手が残ってしまった。
サトシの息は荒く体力的に限界が近い。長期戦どころか数分戦えるかどうかも怪しく見える。カナメの近くで彼を守るピカチュウも心配だと言うように小さく鳴いた。
「大丈夫、だよ。もう、決着は……ッ、つく、から……」
疲労を隠しきれていない顔でサトシが言った直後に敵の真下の地面が割れ、本能的に恐怖を感じる低く巨大な雄叫びと共に何かが現れる。
てつへびポケモン、メガハガネール。今までその存在に誰も気が付かなかった。口を開け呆然とするカナメに一つのキーストーンを見せたのはタケシだ。
サトシのポケモンたちがメガシンカした時、そのエネルギーの強大さでここ一帯の音が聞こえない程の衝撃が走った。それに紛れてハガネールをボールから出しメガシンカをする。そしてあなをほるで地中に潜り込んで身を隠し、タイミングを見計らい地上へと現れたのだ。
「ハガネール、アイアンテール!!」
左から右へと降り抜かれた鋼の尾が宙で無防備なマニューラとミミッキュを吹っ飛ばした。はがねタイプの技はこの二匹に効果は抜群だ。
——サトシたちの、勝ちだ。
雲の切れ間から光が差し込んでくる。強くなると思っていた雨はいつの間にか上がっていた。
案の定逃げ出そうとする密猟者たちをメガシンカの解けたハガネールが骨が折れない程度に締め上げて拘束する。最初に攻撃を仕掛けてきた時はあんなに余裕を見せていたのに、いざ負けると随分情けない表情をする。悪であることに変わりはないが、随分小物のようだ。
ジュンサーへ通報し終わった直後、サトシが前のめりに倒れこむ。タケシがすぐに支えたことで地面とぶつかることは避けられた。
「サトシさんっ! 大丈夫ですか……!」
「だいじょーぶだいじょーぶ。ちょっと疲れただけ」
「ヒカリみたいなこと言うな、誰が見ても大丈夫じゃないぞ。もういっそのことキーストーンは複数用意しとけ」
「でもオレだけそういう特別なのってどうなんだろう」
「コンコンブルさんとコルニならきちんと話せば理解してくれるんじゃないか。少なくともサトシは大事なキーストーンを悪用するトレーナーじゃないって二人ともよく知ってるだろ」
「うーん……。でも貴重な物なんだから他のトレーナーの分が無くなっちゃうかもだろ。オレはちょっと疲れるの我慢すればいいだけだし、キーストーンも一個でいいし……」
「俺に支えられながら言えたことか?」
先程までのバトルの雰囲気とは正反対なだらだらとした会話だった。なかなか理解し難い内容をさも日常会話ですと言わんばかりの空気で話す二人はカナメにとって次元が違う。カナメに限らず大多数の人間がそうだが。
「……サトシさんって優しくて少し不思議で、凄い人ですね」
さすがに変な人とは言えなかった。
ジュンサーが到着し密猟者が逮捕される。簡単な事情聴取を終え、三人はトウカの森を抜けカナズミシティへと辿り着いた。
カナズミシティはホウエン地方でも一、二を争う大きな都市だ。デボンコーポレーションの本社やポケモンジム等の魅力的な施設が数多く存在するが、今回は真っ先にポケモンセンターへ向かう。二日連続くたくたの状態でポケモンセンターへ向かうことになろうとは思わなかった。カナメはひっそりと自分の旅の波乱さに溜息を吐いた。
「はい左腕出す」
デジャブ。昨日もこんな光景を見た。
「もう血も止まってるし大丈夫だって」
「ピカチュウ、カナメ。逃げ出さないようにサトシのこと押さえてくれ」
「ピカ」
「はい」
カナメもこれには迷わず従った。押さえると言っても後ろから抱きつくようにするだけだが。ピカチュウはサトシの頭に乗ってがっしりとしがみ付いている。
何故手当てを不要と言い張るのか謎だが、本人以外から見れば手当てしないと駄目なのは一目瞭然である。しかも見れば切り傷は一つではなく複数ある。これでどこが大丈夫なのか。
こうして昨日と今日の傷で両腕に包帯が巻かれることとなったサトシであった。
サトシたちのポケモンの回復を待つ間、あることを思い立ったカナメは二人に断りを入れてポケモンセンターを飛び出した。
カナズミシティはデボンやポケモンジム以外にもトレーナーズスクールや一般のショップ等も当然ある。ぶらぶらと簡単な散策も兼ねて街を歩いてみる。
その途中でジムをちらりと見て、いわタイプのジムであることを改めて確認するのも忘れずに。
ふわりと柔らかく甘い匂いが鼻をくすぐる。釣られるように匂いを辿ると一件のお菓子屋に着いた。中を少し覗くと焼き菓子を専門に取り扱う店のようだ。
——ここにしよう。
四十分程してカナメがポケモンセンターへと戻ってきた。
おかえり、と言ってくれたのはタケシだけ。サトシは設置されたソファに座ったまま眠ってしまっていた。ピカチュウは彼の膝に座って不安そうな表情で見上げていた。見るからに負担が大きかったのだから疲労も当然大きいだろう。
「サトシさん、本当に凄い人ですよね」
サトシを起こさないように控えめな声量にしつつタケシの隣に腰掛ける。
「ああ。付き合いの長い俺でも驚かされることばかりだ。メガシンカのこともそうだし、色んなポケモンから好かれる体質も。伝説や幻と言われるポケモンでさえこいつには特別な存在じゃない。同じポケモン、同じ生き物なんだ。
……だからなんだろうけど」
何の因果か運命か。彼に宿るものは人としては普通ではないものばかりだ。
「それに誰かの為なら簡単に自分の身を投げだせるのは今でも慣れないな。いくら平均より身体が丈夫でも人間なんだ。ポケモンたちと比べればずっと弱い存在だ」
宿ったものが彼の性格をそうさせたのか、性格がそうだから宿ったのか。
「時々真面目に注意することもあるし、サトシもその度に一応反省してるけど直らないんだ」
彼が手にする力は常人とはかけ離れた物ばかりで、いつかポケモンたちとどこか人の手の届かぬところへ行ってしまうのではないかと不安になる。大切な仲間で親友としては、腕を掴んででも繋ぎ止めておきたい。
その不安を本人に伝えられれば良いのだが、そうしてしまえば逆に現実になってしまう気がする。行動を起こすのが怖くてその点に関しては踏み出せないままだ。
「……僕は難しいことはよく分からないし、お二人のことも全然知らないから何となくって感じなんですけど」
昨日と今日のたった二日間の短い期間でも、感覚的に理解できることがあった。
「サトシさんのことを改めてちゃんと見たら、きっとそんなに不安にならないと思うんです。うーんと、こう……カメラのファインダーから覗いたらとっても近くにいた、みたいな。タケシさんが心配する程サトシさんは遠くにいないと思うんです。
……あはは、なんか上手く言えないです」
比喩を使ってみるも言い出したカナメ自身もいまいちしっくり来ない。ただカナメが確かに感じたのは、二人の間には単に年月を重ねただけでは結ぶことの出来ない程の強い友情があることだけだ。
「そうだと、いいな」
それでもタケシには何か理解できるものがあったのか、嬉しそうに微笑んでくれた。
「……んぁ。あー……寝てた?」
ゆるりと瞼を持ち上げサトシが目を覚ました。うんうんと彼の問いに二人で頷く。
そうだ、とカナメが彼らにラッピングされた袋を三つ差し出す。
「これ、お世話になったお礼です。良かったら食べてください」
焼き菓子専門のお店で買ってきたお菓子だ。助けてもらったこと、バトルの特訓をしてくれたことへの感謝の気持ちを形にするならば、今カナメが出来ることはこれくらしか思いつかなかった。
「ピカチュウも守ってくれてありがとう。ポケモンも食べられるからポケモンたちみんなで食べて」
ポケモンたち全員の分が入った少し大きめの袋をピカチュウに渡す。受け取りくんくんと匂いを嗅ぐと、見るからに柔らかそうな頬っぺたをとろんと下げて笑ってくれた。
「いい匂いだな〜。開けてみてもいい?」
「はい。気にしないで食べてください」
サトシはうずうずした様子を隠しきれていない。カナメの許可をもらって紐を解くと、現れたお菓子に歓喜の声を上げた。
「ポケモンの顔のクッキーだ! ……あ、ピカチュウもいる!
いただきまーす! ……ん、うまい! ありがとなカナメ!」
カナメよりもトレーナー歴の長いサトシだが、美味しいお菓子に対する反応は子どものそれと同じだ。けれどその純粋な反応がカナメにはとても嬉しかった。
サトシの笑顔を見ていると、彼がどんなに特別な力を持っていても最後には人間の仲間とポケモンの両方を選ぶ気がした。
優しい彼はどちらかだけを選ぶなんてことはきっと出来ないし、したくもないだろう。
その後の調査でカナメたちを襲った密猟者は最初に捕まえた奴を合わせた四人でのグループだったことが判明した。大きな組織に属してはおらず、グループ全員が逮捕されたことによりカナメもサトシたちも襲われる心配はなくなった。
これからは安心して旅を続けていける。
よく晴れた夏の空の下、カナズミシティのポケモンセンター前。
「オレたちは116ばんどうろの方に行くよ。カナメはこれからジム戦か?」
「はい。キモリとトウカの森で捕まえた仲間たちと一緒に戦ってきます」
安全が確認されるまでカナズミシティには数日間滞在した。その間にカナメはトウカの森でポケモンを捕まえ、サトシのポケモンたちとバトルの特訓をおこなった。初めてのジム戦への準備は万端だ。
「次はホウエンリーグで会えるといいな」
「サトシさんはカナズミジムに挑戦しないんですか?」
「オレは前にホウエンを旅したことがあるから、今度は行ったことのないジムを巡ってバッジを集めるつもりなんだ」
「そうなんですか。僕もリーグに出られるように頑張ります。サトシさんが僕たちと本気で戦えるくらい強くなって!」
いつの日か彼のように強くて優しく、ポケモンたちと強い絆を結べるようなトレーナーになりたい。彼が特別な何かを持っているからじゃない。彼の真っ直ぐな姿勢を、ポケモンたちと戦う姿を見て好きになったのだ。
そして。
「それとサトシさんとタケシさんみたいな関係の親友を作りたいんです。そんな親友が出来たらきっと、いつでも楽しいと思うんです」
この発言には二人も思わず固まった。まさか自分たちの関係を憧れられるなんて思ってもみなかったのだろう。当人にとってはちょっとした偶然から始まり大切な関係だけれど、第三者にわざわざ語ったりする物でない。
親友はお互いが何より大切に思い合っていることが最も大切だから。
「そうだな。オレもタケシとの旅はいつだって楽しいし、どんな時もきらきらしてるみたいに面白いよ!」
タケシがサトシを大事な親友だと思うように、サトシもまたタケシはタケシでしかない。タケシという親友はこの広大な世界の中でたった一人しかいないのだ。
——ほら、やっぱりサトシさんはずうっと近くにいたんですよ。
夏が空の向こうへ飛んでいくように彼らは彼らの道を歩き続ける。何度季節が巡ろうとも景色が忙しなく変化しようとも、君という存在は不変のままだ。
君が君であること。それだけでいいんだ。