You are our Hero!! 作:直樹
・またサトシくんとタケシが一緒に旅をしていますが前話とは特に繋がりはありません
・サトシくんのコンテスト参加がもっと見たいな〜の気持ちで製作されております
・めざポケよりそこそこ後のタイミングを想定
・サトシくんは永遠の10歳
・仲間のポケモンがひとり増えています
・とある女性歌手はアニポケ世界におけるそんなポジションの別の誰か、くらいの扱いです。オマージュくらいの扱いなので本人ではありません
——オレは何でも出来るわけじゃないんです。
少し困ったように笑う彼の表情の理由がやっと分かった気がした。
***
基本的に自分でネタを探す僕にしては珍しく、他の人からかなり良さげなネタ情報が回ってきた。単に先輩が「別件が入ったからお前に譲ってやるよ」とくれたチャンスなのだが、メモに書かれた内容に思わず大声を上げてしまった。
「ちょっ、これ取材対象、前回のPWCSのチャンピオンじゃないですか!」
「そ、俺に感謝しろよな。気合い入れていけよ〜」
相変わらずの無精髭がチャームポイントの先輩は心底愉快そうに笑っている。明るい栗色をした少しワイルドな短髪で見た目としてはちょっと怖い先輩だが、中身は気さくで上下関係を良い意味で気にしない人だ。
あとマッチョである。ムキムキである。大胸筋の逞しさで谷間が出来ているくらいである。この人本当にライターか? 世界線が違えば世を救う主人公とかしてんじゃないか?
しかしこんな目立つ相手への取材ならば普通は自分の手柄にしたい筈だ。いくら別件が入ってしまったとしても、この件をこんな易々と人に譲り渡すなんて僕だったら考えられない。
「別件の締め切りが本当キツくてさ。それに前に取材したことあるんだよ。それなら可愛い後輩に譲ってもいいかなって。それにお前、彼のファンだろ。
これは"今度お菓子でも寄越せ"との暗喩と捉えて間違いないだろうか。しかもそれなりに高級な物。別にいいけどさぁ……。
僕はしがないライターである。現在はポケモントレーナー向けの雑誌、月刊ポケリードのタマムシシティにある編集部に身を置かせてもらっている。主にカントー地方を旅するトレーナーへ向けた雑誌だ。旅に役立つ道具の紹介や今注目のトレーナーやコーディネーター、ブリーダーやパフォーマーと幅広い人へのインタビュー記事、旅をしていても出来るお手軽着こなし術なんかも取り扱っている。
まあ早い話が満遍なく話題を取り扱っている雑誌である。まだ自分の進む道がはっきり定まっていない新人トレーナーが情報収集に利用しやすいレイアウトや値段で販売しているので、有難いことにそれなりに知名度はある。だがあくまでもそれなり。大手や専門的な雑誌には悲しきかな、まだまだ及ばない。
そんなそれなりの雑誌の編集部が前回のPWCSチャンピオンへの取材のチャンスを掴んだ。
先輩は以前にも取材したことがあると話していたが、まだ今程の知名度を持たない頃だったらしい。寧ろ凄い。その嗅覚と記事のクオリティの高さは間違いのない物だからこそ僕は先輩を尊敬している。
今回の取材で記事にすることは「世界チャンピオンとポケモンコンテスト」である。
僕も彼のファンであるから彼がコンテストへの出場経験がある事も、今でも出場しているという事も勿論知っている。
しかし彼は元々ジム戦やリーグ戦がメイン舞台のトレーナーだ。あくまでも彼にとってコンテストとは"戦略の幅が広がるから"であったと記憶している。以前どこかでそう公言していた。
一人のファンとしてはコンテストに出ている彼とポケモンたちは勿論大好きだが、ライターとしては少し疑問が残る。別にグランドフェスティバルで優勝したという記録もないし、どんな質問や記事にしたら良いのだろうか。
——取り敢えず、最近の彼のコンテスト事情を調べてからだな。
やることは一旦決まったので編集部を後にする。取材は三日後とかなり急だが、元々先輩が編集部としてアポを取っていたので仕方がない。僕としてはネタ探し中で手持ち無沙汰だったから確かに有難い。やっぱり先輩には高級なチョコでも渡さなければならない気が……。
でも譲るなら譲るでもっと早い内に相談してほしかったです。
「ただいま〜」
16ばんどうろの近くに建つ集合住宅が今の僕の家だ。階段を昇り306号室の扉の鍵を開ける。ゆっくりと扉を引きあの子に聞こえるような声量で帰宅を告げる。すぐにリビングからひょこりと顔を見せ、僕のところへぱたぱたと小走りで迎えに来てくれる。
実家から一緒にやってきたユキワラシだ。実家が雪国であったから、僕が小さい頃にいつの間にか家に住み着いていた。雪国ではユキワラシが訪れる家はお金持ちになるという言い伝えが存在するが、我が家は至って平々凡々な家庭だった。でもお金に困る事は幸いにも無かったので、もしかしたらユキワラシは我が家の家計をひっそり守ってくれていたのかもしれない。
幼い頃の僕にとってユキワラシは遊び相手であり大切な家族だった。僕が今の仕事に就き実家を離れるとなった時に一緒についてきた、というより僕が彼とは離れたくなかったから連れてきたと言った方が正しいのかもしれない。
冷蔵庫の中の野菜炒めの余りと白飯を電子レンジに突っ込み、その間にこおりタイプ用のポケモンフーズを皿に盛る。テレビを点けカーテンを閉めたタイミングで丁度軽快なレンジの音が響く。取り出してテレビ前の小さな食卓テーブルに置けば、余り物でもいい匂いはしっかり漂ってくるものだ。
それぞれ座るところにクッションを敷いてふたりでいただきます。
ユキワラシのこの小さな手を合わせてのいただきますはそれはそれは可愛いのだ。SNSでよく自慢している。バズった事は無いが一部の人がいいねの反応をくれるだけで嬉しい。世の中のユキワラシ好きが喜んでくれたのならば満足だ。
テレビからはニュースが流れている。三ヶ月後に食料品の一部が値上げ、どこか遠くの地方の公認だったジムがリーダーの素行不良より一時封鎖、シロガネ山のポケモン保護区に密猟者が入るが呆気なく取り押さえられた等々。
あの保護区、すぐに見つかることで有名なのによく入ったもんだ。
コーナーが切り替わってリーグ通信。今日の特集はアローラ地方の新設されたポケモンリーグについてだ。レポーターはアローラ地方のメレメレ島から中継を通して話している。その隣にはアローラリーグの創設に大きく関わった内の一人、ククイ博士がゲストとして招かれている。アローラリーグは本当につい最近誕生したばかりのリーグだ。
アローラリーグは面白い特徴をいくつか持っている。
アローラ地方には他の地方とは異なりポケモンジムが存在しない。代わりにと言っては何だが、アローラには元々島めぐりと呼ばれる伝統行事がある。それを態々崩してまで他地方と同様の形式にする必要性は無かった。
他にもアローラに住むどんな者であっても等しく参加権がある故に、誰もが気軽に挑める一種のお祭り的側面も持っている。敢えて参加条件を言うのであればただ一つ、ポケモンと一緒であることだけだ。
しかしここで侮ってはいけない。ジムが無いからと言って決してアローラ地方のトレーナーとポケモンのレベルは低くない。寧ろ自然と隣り合わせの島めぐりを有する地方だからこそ、主要な道のほとんどが人の手で整備されきっているカントー地方やイッシュ地方等とは異なった厳しさがあるのだ。
実際ククイ博士はロイヤルマスクとして活動する一面も持ち合わせており、その実力はアローラに限らず他の地方からも高く評価されている。アローラリーグでの優勝は他地方リーグの優勝者に全く劣らない確かな実力を持ってこそ成し得る。
中継も無事に終わったところでスタジオから現在のカントーリーグ挑戦者の状況が伝えられた。今年の参加者は例年と比べて少ない見込みとなるらしい。どうやら去年と比べるとバッジを集めるペースが少し遅い挑戦者が多いのだとか。挑戦者の減少と取るか諦めの早いトレーナーが増えたか、又はジムの水準が平均的に上がったか。
諦めずに挽回してほしいものです、と無難な台詞で特集は締め括られた。
カントーローカルなお知らせの後は全世界でのリーグ関係のことを簡単に伝えていく。聖火リレーの様子や特定の地方リーグ挑戦者に対する告知と、一般人でも聞くだけで意外と面白い。
「あ」
思わず声を上げてしまいユキワラシが僕のことを不思議そうに見た。
僕が反応したのはこの間終わったばかりのカロスリーグに関することだ。表彰式の前に行われたエキシビションマッチの様子が放送されている。対戦カードはカロスチャンピオンのカルネさんとPWCSチャンピオンだ。僕が彼のファンであることはユキワラシも当然知っているし、ユキワラシも彼のポケモンたちとそのバトルが好きである。でもメディアで見る度に反応をすることはあまりないのでそこが疑問なのだろう。
「今度な、彼に取材するんだ。仕事は勿論ちゃんとやるけどファンとしては会えるのはやっぱり嬉しくてさ」
ユキワラシは言葉の意味を理解してくれたようで、"良かったね"と言ってくれたのかキィと一鳴きした。
すると今度はユキワラシがテレビ画面を見て嬉しげな声を上げた。何だろうかと見れば、映像にはPWCSチャンピオンが繰り出したオニゴーリの姿がある。自分の進化形でもあるからユキワラシが特に憧れているポケモンだ。映像はすぐに切り替わりコーナーも別のものに移ってしまったが、しばらく嬉しそうにクッションの上でぴょいぴょいと跳ねていた。
夕飯を食べ終わり風呂も済ませ、バスタオルを首にかけつつソファに腰掛ける。タブレットを開いて調べ物の開始だ。
彼のコンテストへの出場履歴や入賞記録を調べていく。初出場した大会だとか、初めてリボンを取った大会だとかは基礎知識として書き留めておく。
調べる内に意外なことが判明した。ここ最近の彼はかなりのコンテストに出場している。数ヶ月前にはにはホウエン地方のグランドフェスティバルに出場し、ベスト8という結果を残していた。この優勝の件は僕もファンなのでさすがに知っている。
更に現在はカロス地方のコンテストに挑戦中だ。この参加頻度は最早コーディネーターとほとんど変わりない。
因みにイッシュやカロスにはポケモンコンテストは無かったが、多くのコーディネーターたちが"他地方にもコンテストを広めたい"と希望した為に開催されるようになった。
カロス地方には伝統的なトライポカロンと呼ばれるパフォーマンス大会があるが、此方は参加が女性に限られており評価が完全に観客依存のシステムである。またポケモンが主役であるコンテストとは異なり、トライポカロンにおける主役はポケモンとパフォーマーの両者だ。
コンテストがカロスに入ってきた事は、ポケモンたちと共に人々を楽しませたいと思っていた男性には非常に有り難い話だった。勿論大会として全く違うものであるから、トライポカロンもコンテストも両者がぶつかる事はない。コンテストにはカロスの女性も参加しているし、トライポカロン側は男性パフォーマー部門を設立してはどうかという声もある。閑話休題。
しかしこの参加頻度に関する理由はいくら探しても出てこない。キーワードを色々と変えて検索をかけるが、繋がりのある答えは見つからず。出てくるのはファンの声ばかりだ。
積極的なコンテスト参加を喜ぶ声、バトルの腕前が落ちないか不安がる声、チャンピオンは何でも出来るんだなと感心とも嫉妬とも取れる声。
ここまで見つからないとなると、まだどのメディアにも積極的参加の理由は話していない可能性が高い。
——というか連絡取ること自体がまず難しいんだよな……。
根無し草として有名な彼だ。本人が無理ならと彼と親しい友人から居場所を聞き出そうと思っても、七割くらいの確率で"知らない"と返ってくる。何も彼を守る為に嘘を吐いているのではなく本気で知らないのだ。メディア泣かせである。
そんな彼とアポを取った先輩の人脈と運はどうなってるんだ。
取り敢えず積極的参加の理由は質問として使える。他にベタなところでは"貴方にとってのコンテストとは"、"コンテスト以外でポケモンの魅力を引き出すとなったら?"といったところだろう。
メモをまとめ今日はそろそろ寝るかと伸びをし視線を泳がせると、僕の隣に座って眠ってしまったユキワラシがいた。起こさないようにそっと抱えて布団へ連れていく。明かりを消して僕もそのまま布団の中へ。
おやすみ、ユキワラシ。
***
取材当日まで情報収集と更に質問を練っていく。
今回はテーマがかなりざっくりなので、読者が何を知りたいかの点があまり明確ではない。彼にとってのコンテストとは何かでも、コンテストで得られるものは何かでも記事は作れないことはない。
ファンが知りたい点となるとやはりコンテストへの積極的参加の理由ではないだろうか。少なくとも僕は知りたい。ライターとしてではなくファンとして。
これをメインにして難しそうなら他に用意した質問でいこう。
メインが確定したところでそれに伴う情報をまた調べる。僕なりの推測も用意しておかなければならない。
彼のコンテストへの参加頻度がコーディネーター並になったのは前回のPWCSが終了してからかなり経ってから、本当につい最近なのだ。
まずは出場したコンテストを片っ端から調査する。出場した大会に獲得したリボン、各審査で出したポケモン等を書き出し並べてみて何かしらの法則や共通性がないか考えてみる。この情報から分かるくらいなら良いのだが、本人の心の変化となるとそれは聞くしか手立てがない。
あくまでもこの作業は分からない範囲だろうと取材に対する一つの姿勢であり、僕なりの仕事に対する信条みたいなものだ。
しばらく情報を眺めたり並べ替えたりして一点だけ気が付いたら事がある。逆に言えば一点しか気付かなかったけれど……。
どの大会にも必ず出場しているポケモンがいた。腕のあるコーディネーターでも多くのポケモンを仲間にしていれば、あまりこのような事例は見かけない。
一次審査の場合、以前の演技で上手くいったからといって毎回同じ手法で通過できる程甘くはない。同じポケモンで行くなら毎回何かしらのアレンジを加えたり、根本から別の演技を考える必要がある。これが難しいので多くのコーディネーターは違うポケモンで別ベクトルの演技を作り出すことが多い。
二次審査の場合、同じポケモンばかりを出場させれば簡単に対策を立てられてしまう。バトル形式の為にいくら手数が多いポケモンでも分析を重ねられれば癖は見えてくる。
どちらの審査においてもデメリットの方が多い。それにも
本当にこのポケモンだけなのだ。無意識の内かと考えたが仮にも彼は世界の頂点に立ったトレーナーだ。トップコーディネーター級の実力にまだ至らずとも、ポケモンバトルと同じく作戦を立てる上でバランス調整は行うはずだ。実に謎である。
「お、悩んでるなチエヤ〜。
自分のデスクで呻る僕の頭のてっぺんを先輩が人差し指で
「お疲れ様です先輩。悩んでるというか悩む部分を見つけたというか……」
「ははは、実際に彼と会えば多分全部吹っ飛ぶよ。俺らよりずっと年下でまだ子どもなのに本当に素敵なトレーナーだ。当たって砕けろって感じで取材してこい!」
「砕けちゃ駄目じゃないですか」
「でも彼もそんなスタイルだろ」
「そうですけど……」
それと全部吹っ飛ぶってどういうことなんだ。彼は一体何を持ってるというのか。ファンとしては多大なる魅力を持っているのは人一倍知っているという自負はあるが。
「あ、そうだ。取材経験のある俺からの有難〜いアドバイスをしてやろう。ポケモン持ってるなら連れてくといいぞ。勿論ボールから
取材のマナーを取材される側がぶち壊していくとか初めて聞いた。因みにボールに入れておいても連れていくのを避けるべきな理由もちゃんとある。ポケモンの性格によっては勝手に飛び出してきてしまう子もいるからだ。
——ユキワラシ、連れていったら喜ぶかな。
取材前日の夜。
いつも通りテレビを見ながら夕飯を食べる。フーズの量が残り三割くらいになっているユキワラシに声をかけた。
「ねえユキワラシ。明日が取材なんだけどユキワラシも一緒に行かない?」
フーズを口に運ぶ手を止め、きょとんとした顔で僕のことを見るユキワラシ。仕事で一緒に出かけることは今までなかったし驚くのも当然だろう。それに取材相手が取材相手だ。
「どう?」
こおりタイプなのにこおり状態みたいに固まっているユキワラシをただ見つめる。そこから数秒、嬉しそうな鳴き声と共に僕のお腹に突っ込んできた。うおおと思わず叫びながら、手に持っていた茶碗と箸を落とさないように何とか踏ん張る。きいきいと鳴きながら僕のお腹に頭を擦り付けているユキワラシを見て、僕も物凄く嬉しくなった。
「よーし、明日はふたりで彼に色々と聞きに行こう!」
茶碗と箸をテーブルに置いてユキワラシを抱き上げる。にっこりと笑うユキワラシを見ていたら、一緒に行くと誘って心底良かった気持ちが湧いてきて温かくなる。
そして先輩への感謝ポイントはまた上がるのだった。ヤマブキシティに高級チョコの店舗あったよな……。
***
取材当日。
カジュアルな服装にしつつも根本的な身だしなみはしっかりと。歯も磨いた上で口臭チェックも済んだ。持ち物もリストと照らし合わせてばっちりだ。仕事としての緊張とファンとして彼に会える緊張が掛け合わさって、正直今までにないテンションになっている。
うっひょー! 本当に会えちゃう! サインとか貰えるかな、てか彼ってサイン持ってたっけ。普通に名前書いてもらっても嬉しいが。まさか名前も呼んでもらえちゃう!? 落ち着け僕、これは仕事だぞ、プライベートを持ち込むんじゃない。深呼吸深呼吸。
「ユキワラシー、行くよー」
ユキワラシに声をかけていざ出発だ。
現在彼はコンテスト挑戦の為にカロスを旅している。しかし別件の用事が入った為に一時的にカントーに戻ってきているそうだ。そのタイミングで上手くアポを取れたのが今回の取材である。待ち合わせ場所は彼が指定したのでまずはそこを目指す。その場所というのが。
「……セキチクシティのポケモンセンターって」
カフェとか宿泊するホテルじゃないんだ。目立たないのかな、彼。いや彼の影響でピカチュウを仲間にするトレーナーが増えた上に、近年は全体的にポケモンをボールから出しっ放しというのも増えた。別に肩にピカチュウを乗せているくらいでは珍しがられるなんて最近ではあまり聞かない。
……変装くらいはしているのだろうか。
公共交通機関を乗り継ぎ、セキチクシティの西側のバス停で降りる。旅をするトレーナーたちへの配慮で、カントーには町中にバス停や電車の駅があるところは少ない。ヤマブキシティにリニアの駅があるくらいだろうか。公共交通機関の駅がないだけで、普通に自家用車や運送のトラックはどこにでもいる。
ここから二十分ほど歩けばセキチクシティに着く。家を出る前よりは緊張は落ち着いたし、歩くうちにまた少し良くなるだろう。
「ユキワラシ、ボールに入るかい? それとも自分の足で歩く?」
少し歩くからユキワラシにはしんどいのではないかと尋ねてみたが、彼は自分の足で歩くと言いたげにその場で足踏みした。よし、それなら一緒に歩こう。
携帯端末の地図で方向を確認し歩き出そうとした瞬間。
かあああんという効果音がぴったりな勢いで二時の方向からトラックが飛び出してきた。
「うわああああ!!」
「きいぃぃ!!」
しかも僕ら側に向かって来るではないか! ねえ止まらないの!? ブレーキは!? あっ運転手前見てない! 前見ないで窓から顔出して後ろに向かってなんか言ってる! 同乗者のひとり……あれニャースじゃない!? そのニャースはこっち見て僕らに気づいたみたいだけどすっごい慌ててる! 逃げなきゃ! わあ、足竦んで動かない!!
完全にパニックになった僕がその場で出来たことは無我夢中でユキワラシを抱え上げ、守るように抱きしめることだけだった。
「ジュカイン、でんこうせっか! ゲッコウガ、いあいぎり!」
その声の直後、どしゃっと言う音と地面から伝わる何かの衝撃を感じる。先程までの騒がしさは何処へやら、急に静かになったのを不思議に思いつつびくびくしながら目を開いた。
目の前にはトラックではなくジュカインとゲッコウガが立っている。肝心のトラックは僕から見て左に吹き飛ばされ、大木と衝突し動かなくなっていた。二匹の技が当たったのだろう荷台の箱の横にはしっかりと凹みがある。
僕の腕の中でユキワラシが身を震わせているのでやっと我に返った。
「ユキワラシ、大丈夫だよ。あのジュカインとゲッコウガが助けてくれたんだ」
ぎゅっと閉じていた目を開き、ユキワラシが二体のポケモンを見つめる。ぐるりと周りを確認してようやく自分が無事だったことを理解したようだ。
そういえばさっきの指示の声はどこから来たのだろう。
「大丈夫ですかー!」
正面から声がしたので、そちらに目をやると全速力で駆けてくる影が三つ。……待てよ、あれ人間の速度か!? こうそくいどうしてない!? あ、一つはポケモンだ、ルガルガンだ、たそがれのすがただ。
駄目だ、また頭が追いつかなくなった。ぐるぐるした思考でなんとかその二人に大丈夫ですと告げた。
「タケシ、ルガルガン。その人とユキワラシを頼む。こっちはオレに任せてくれ」
「分かった」
「ガウッ」
やたら目の細い男性に危ないから少し離れていようとされるがままに腕を引かれる。危ないってどういうことですか、僕はもう何が何だか分かりません。
「ちょっとジャリボーイ! 怪我したらどうしてくれんのよ!」
「そうだそうだ! トラックにポケモンの技をぶつけるなんて犯罪だぞ! チャンピオンのくせに!!」
「ニャーたちからトラックの修理代の請求書突きつけるニャ!」
「ソォォォナンスッ!」
トラックから出てきた男女二人組とニャース——と勝手に出てきたソーナンス——が何か言って……ってあのニャース喋ったね!? てか"チャンピオンのくせに"って——。
「犯罪はお前たちの方だろ!! とにかくみんなから奪ったポケモンは返してもらうからな!」
トレードマークの赤いキャップ、肩に乗ったピカチュウ、聞き覚えのある声に見覚えのある顔。
「ジュカイン、タネマシンガン! ゲッコウガ、みずしゅりけん! ピカチュウ、10まんボルト!」
一斉に放たれた技が二人組とニャースとソーナンスに襲いかかる。僅かに「待ってまだポケモン出してない」みたいな声が聞こえたが、直後の爆風で全て掻き消された。そしてその爆風が凄まじすぎた。ルガルガンが僕らを庇うように爆風を遮ってくれていなかったら、多分吹き飛ばされていたと思う。
——危ないから少し離れていようってこのことか〜。
"ヤなかんじ〜!"と叫びながら天高く消えていった彼らは果たして生きていられるのだろうか。
こうして嵐のような出来事が過ぎ去ったのだが僕らはまだこんらんしている。キーのみを、キーのみをください。ラムのみでもいいです。
「そっち大丈夫だった?」
「ルガルガンが守ってくれてたぞ。もう少し加減してやれよ、彼驚いて固まってるんだから」
「ルガルガンありがとな。ロケット団に加減しろって言ってもなぁ、やってる事は許せないし……。それにどうせまた元気になって悪いこと企むんだから」
よしよしとルガルガンの頭を撫でる彼は当たり前のように突っ込みどころ満載の発言をする。
僕が、僕が変なのか? 彼らにとってはこれが普通なのか?
何か言わなければ。お礼とか突っ込むべきところとか。しかしまだまだ震える声で絞り出された僕の言葉はそのどちらでもなかった。
「あ、あの、貴方は、もしかして」
「オレ? オレはマサラタウンのサトシ! こいつは相棒のピカチュウ! こっちはジュカインとゲッコウガで、こっちはルガルガン! みんな、この人守ってくれてありがとな」
その後また混乱する僕を二人が落ち着かせてくれた。ユキワラシは僕よりも落ち着くのが早く、いつの間にかピカチュウたちと打ち解けていた。目の細い男性はタケシくんでポケモンドクターをしている方である。サトシくんと旅をしながら医師の仕事もこなしているそうだ。僕より年下でポケモンドクターって優秀すぎる。
タケシくんは所謂歩くポケモンのお医者さんである。ただ小声で「正直サトシの怪我を手当てする方が多い」と僕に言ってきた。何をやらかしているんだサトシくん。
「そうだ。こんな状況で申し訳ないんですが、本日サトシくん……じゃないや、サトシさんに取材させていただく月刊ポケリードのチエヤと申します」
頭を下げ名刺を差し出す。受け取ったサトシさんは頷いて右手を僕に差し向けた。
「こちらこそよろしくお願いします! それにサトシさん、なんて呼ばなくていいですよ。オレの方が年下だし」
一瞬面食らったが素直に初めましての握手をしようとしているのだと理解しその手を取った。ひぇぇあのサトシくんと握手してる。手ちっちゃい、まだ10歳だもんな、そりゃそうだよな。
「すぐポケモンセンターに戻りたいんですけど、少し手伝ってくれませんか?」
サトシくんが指差したのは先程吹っ飛ばされたトラックである。あの中にはロケット団——あの男女二人組とニャースとソーナンスのことらしい。ロケット団ってカントーを拠点とする大きな犯罪組織だ。地味に僕ら相当危なかったのでは——がポケモンセンターから奪ったモンスターボールがあるのだという。それをセンターに戻す手伝い、ということだ。
それくらいならお安い御用だと引き受けたが、モンスターボールは布袋に入れられており結構な量である。サトシくんとタケシくんはポケモンたちにも上手く指示を出して運んでいるが、僕はユキワラシと協力して一つ運ぶのでいっぱいいっぱいだ。この袋凄く重たい。僕が袋を引っ張ってユキワラシが後ろから押す。
二人はどう引っ張っているのかと気になって視線を移したら余裕でそのまま引っ張っていた。しかも一人二袋。
やだ、この人たち怖い。
***
一時間程で袋は全て運び終わりトラックの処理連絡も完了した。取材は始まってもいないのにだいぶ疲れてしまった。センターのロビーにある椅子に座って休んでいたら、お待たせしましたとサトシくんが姿を見せた。そのまま案内されたのは一般トレーナーの宿泊部屋である。失礼承知で聞けばここに泊まっているとか。
ここなんだ……、もっと良いホテルとか取ればいいのに……。サトシくんは自覚無いだろうけど、君は有名人なんだよ。PWCSの前にアローラリーグ初代チャンピオンでもあるんだから。
「タケシは買い出しに行ったからオレたちだけです。オレ、まだあんまりこういうの慣れないけどよろしくお願いします」
「いえ、此方こそ取材を受けてくださってありがとうございます。改めて宜しくお願いします」
こうしてようやっと取材が始まったのだった。
最初は簡単な話から始めるがすぐにユキワラシをどうしようかと気になってきてしまった。僕の膝の上でそわそわしているから、このままだとサトシくんに迷惑をかけてしまわないだろうか。基本的に大人しく出来る子ではあるが、慣れてない環境だしこの状態が続くとストレスだろう。
「そういえばユキワラシ懐かしいなぁ」
「え?」
「初めてホウエンを旅してる時にユキワラシと出会ってゲットしたんです。今はオニゴーリなんですけど」
「ユキワラシ、サトシくんのオニゴーリのこと大好きなんですよ。やっぱり自分の進化形ということもあって、サトシくんのポケモンたちの中でも特に憧れてるんです」
「そうだ、今ちょうど手持ちにオニゴーリがいるんです。センターの庭で遊ばせませんか?」
何たる偶然、と思ったがこの間のエキシビションマッチでオニゴーリを使っていたことを思い出した。その後に手持ちの交換をしていなければ手元にまだいる。
サトシくんは窓の方へ行きボールからオニゴーリを出す。すぐそこが庭だったのが幸いした。
「オニゴーリ! チエヤさんのユキワラシがお前のこと大好きなんだって。一緒に遊んであげてくれよ!」
オニゴーリはにっこりと笑って了承してくれた。いかつい顔面のポケモンだがサトシくんのオニゴーリは茶目っ気のある子だ。サトシくんに似てにっこり笑った顔はとても可愛らしくて魅力がある。
腕の中のユキワラシを見れば目をきらきらさせている。憧れのオニゴーリが目の前にいるのだ、当然だろう。
「ユキワラシ、遊んでおいで」
そう言うとぴょんと腕を飛び出して窓から庭へ出て行った。連れてきて本当に良かったなあ。
再び席に着いてまた話し始める。数分して頃合いだと本題を切り出すことにした。
「今回、『世界チャンピオンとコンテスト』というテーマで記事を作るんです。そこでサトシくんのコンテスト出場履歴を調べたのですが、ここ最近で本業のコーディネーター並に出場している点を興味深く感じています。何か理由があるのでしょうか?」
僕の質問を聞いてサトシくんは一体のポケモンを自分の左側へとボールから出した。
ボールから現れたのはあざむきポケモンのクチートだ。
このポケモンだ。最近のサトシくんが参加したコンテスト全てに出場していたのは。
「オレは、何でも出来るわけじゃないんですけどね」
料理も得意じゃないし。
目を伏せがちにしつつ、口から出たのは少し困ったような声だった。
ここ最近、コンテストに積極的に参加しているのはこのクチートが理由であった。
PWCS終了後に色々な地方を旅する中で彼女と出会い仲間になった。彼女がサトシくんについてきた理由は"ただサトシくんが好きであった"から。表情的にloveかlikeか少し判断はしにくいけれど、女の子だから最初はlikeでもその内loveになりそうな気もする。ごめん、これは僕の偏見です。
仲間になって少し経つと一つ特徴が見えてきた。それは"ポケモンバトルが苦手"ということだった。
基本的にサトシくんのポケモンたちは皆バトルが好きな子ばかりだ。しかしサトシくんもバトルが苦手などという理由で扱いを変えたり、安易に逃がしたりする人ではない。バトルが苦手と判明してからは交流はそのままに、バトルのメンバーにはあまり入れないようにしてきた。
そうして過ごす間にクチートが興味を持った物事が出来た。それがポケモンコンテストである。偶然目にした一つの大会からコンテストに魅了された。
以前にもサトシくんの仲間であったポケモンで、バトルではなくコンテストに強い興味を示したポケモンもいたそうだ。その時は一緒に旅をしていたコーディネーターとポケモン交換の選択を取ったそうだ。互いによく考え相談した上での選択であったし、しばらくは共に旅をするわけだから離れ離れにはならないという条件の為問題は特になかった。
クチートが本気でコンテストに参加したい気持ちを知った時、選択肢の一つとして以前のように信頼できるコーディネーターに預けるというのも存在した。しかしこの選択肢はクチート自らがはっきりと拒絶した。彼女は"サトシくんと一緒に"コンテストに出場したかったのだ。
「確かにオレはコンテスト参加が全くの初心者ってわけじゃないです。でも一緒に旅をしていた仲間とは全然違う。本気でトップコーディネーターを目指していた二人とはスタートラインから違いました。そんなオレとコンテストに出たいって知って、多分オレが一番不安だったんです」
ポケモンリーグで優勝するのが難しいように、ポケモンコンテストで優勝するのもまた難しい。全くの初心者ではないが知識や経験はその時点でも初心者に限りなく近かった。だからサトシくんはクチートの気持ちを改めて確認し、自分の不安な気持ちにも向き合った。
コンテストはポケモンだけでもコーディネーターだけでも出場出来ない。トップを目指すのなら自分独りだけでは決して辿り着けない。ダブルパフォーマンスやコンテストバトルもあるのだから、自分以外のポケモンにも協力を求めなければならない。自分だけが全ての審査ステージに立てるわけではない。上手くいかないこともある、苦しい瞬間もある。大きな壁にだっていつか必ずぶつかる。ポケモンとコーディネーターの間で気持ちのすれ違いが起きるかもしれない。
「いっぱい質問して、いっぱいクチートの想いを聞いて。それでもクチートはオレと一緒にコンテストに出たいって言ってくれたんです。こうなったらその気持ちにゼンリョクで応えないと! ってやっと思えたんです」
そうしてサトシくんはコンテストに頻繁に参加するようになった。
最初はコンテストの本場でもあるホウエン地方でグランドフェスティバルの出場を目標とした。審査その物の対策だけではなく、ポロックやポフィンといったコンディションを整えるお菓子を作ることもサトシくんは苦労していた。彼、さっきも呟いたように料理全般が非常に不得意らしい。それでも何とか少しずつ前に進む努力を重ねた。時にはかつての仲間に連絡を取り、助言を貰ったこともあったという。
出場し始めの頃はコンテストに出てくれるポケモンたちがそこまで多くはなかった。みんなポケモンバトルに圧倒的に天秤が傾いていたのだから仕方ないといえば仕方ない。
初期から協力してくれたのは相棒でもあるピカチュウ、非公式ではあるが初めてのコンテストバトルをしたジュカイン、ミクリカップで活躍したブイゼル。この三匹だけだった。
それに変化が起きたのはリボンを一つ獲得した頃であった。ベイリーフやツタージャ、ケンホロウといったメスのポケモンたちが協力をしてくれるようになったのだ。女の子である彼女たちはコンテストという華やかな舞台に惹かれやすかった。
挑戦するにつれ、更に協力の声を上げるポケモンたちも増えてきた。
「ポケモンたちみんなに怒られました。何で言ってくれなかったんだー! って。みんなクチートの為にすっごく張り切って、コンテストの演技もたくさん練習してくれるんです」
魅せ方と戦略の幅が広がり、リボンを四つ獲得する頃にはかなり安定して決勝に進む回数も増えたそうだ。
「順調になってきた時が重要って言うじゃないですか。オレも調子に乗ってよく痛い目に遭ってきて……へへ、カッコ悪いですけど。でもやっぱりその通りで、五つ目のリボンをかけた大会で精神的な壁にぶつかりました」
二次審査のコンテストバトルのメンバーを選ぶ時は、ポケモンたちの魅せ方と相手との相性を基本として選ぶのがサトシくんのやり方だ。勿論ポケモンたちのやる気も前提条件であるし、相手次第では直前に変更することもある。ここら辺はリーグ戦と大差はない。
その大会での一次審査はクチートが担当した。無事に二次審査への出場が決まり、掲示されたトーナメント表を確認した。決勝まで勝ち進むと仮定して一回戦から順にバトルするポケモンを決めていく。
この決定にクチートは不満を漏らした。バトルするポケモンの中にクチートの名はなかったのだ。
ここまでのコンテストでは、クチートは必ず一次審査と二次審査の両方に出場してきていた。初めは幅が狭かったこととクチートの気持ちを考えて、出来るだけ活躍させようとサトシくんも無意識的にそうしていた。しかし幅が広がったことにより"ポケモンの気持ち"と"リボンを獲得する"ことを上手く両立させねばならなくなってきたのだ。
クチートはこの大会も二次審査に出るものだと思い込んでいた為に、"どうして"という気持ちで嫌だ嫌だと駄々をこねた。
サトシくんも彼女に分かってもらおうと必死に理由を説明したが、クチートは素直に首を縦には振れなかった。頭では分かっているけれど心が認めない、というあれだ。サトシくんだけでなく、ピカチュウたちからもクチート自身に非があって二次審査に出られないわけではないと伝えたが、それでも上手くいかなかった。
二次審査開始まで刻一刻と時が迫ってくるが事態はなかなか進展しない。この状態ではクチートを二次審査に出しても出さなくても、きっと何かしら心残りが出来てしまうし乗り越えたことにはならない。潔く棄権も考えた時、厳しい鳴き声がした。
クチートに厳しい鳴き声を浴びせたのはツタージャであった。クチートだけではなくサトシくんも含めてその場にいた皆が面食らった。
ツタージャがクチートに何やら言っていた。声色からお説教であったが、サトシくんも何を伝えようとしてるか全ては分からない。けれどツタージャがクチート自身と仲間のことを思って厳しいことを言っているのは伝わった。
ツタージャのお説教はクチートに届いたようで、彼女は自分が二次審査には出ないことを受け入れた。そして自分の気持ちを抑えることをそこで学んだ。
「後からピカチュウに教えてもらったんですけど、ツタージャは『自分が全ての審査に出られるわけじゃないってサトシは最初に伝えたはずだ』ってことを言ってたみたいなんです。初めに確認はしたけど、あの時までクチートは本当の意味でそのことを分かってなかったんです」
そしてその大会で五つ目のリボンを獲得しグランドフェスティバルへの出場権を得た。この大会以降に新たに一つルールが出来たそうだ。
一次審査か二次審査のどちらかに必ずクチートを出場させる、という物だ。
元々クチートがコンテストに出たがっての挑戦なので、どちらにも出場しないというのは本末転倒である。これでクチートの気持ちを尊重しつつ、優勝の為に前進することが可能となった。
その後彼らはグランドフェスティバルへと出場しベスト8の結果を残した。
僕からしたら初のグランドフェスティバルでベスト8とはかなり凄いと思う。今はコンテスト参加人口も数年前とは比べ物にならない程増加した。今やグランドフェスティバルに出場するだけでかなりの実力だという証明となる。
「オレも勿論悔しかったし、みんなだって悔しかった。でも一番悔しかったのはやっぱりクチート自身でしたよ。だって負けて初めて大泣きしたんですから」
そう言うとサトシくんはクチートに笑いかけた。クチートはそのことを思い出したのか、恥ずかしそうにはにかんだ。
ベスト8が決まった時のバトルに出ていたのがクチートであった。今までのコンテストで負けがなかった訳ではない。しかし大舞台で己のコンテストバトルで負けてしまった、自分の魅力を上手く伝えられなかった。何もかもがひたすら悔しくて情けなくて、簡単に受け入れて整理なんてできないから沢山の涙で立ち直るまでの時を繋いだ。
「目一杯泣いて、全部出したら後は立ち上がるんです。次のグランドフェスティバルでは絶対優勝しよう、みんなでトップを目指そう。そう決めて今はカロスのコンテストに参加してます。……それでも失敗だらけです。この間も一次審査通らなくって。オレから見えるクチートの姿とお客さんから見えるクチートの姿は違うってことをうっかり忘れてたのが原因でした。これじゃヒカリとノゾミに怒られちゃうよな〜」
今度はサトシくんが恥ずかしげに笑う番だった。
サトシくんでもそんなミスすることあるんだ、意外。
「それと嬉しいこともありました。離れていたエテボースがオレたちのコンテスト参加を聞いて戻ってきてくれたんです。エテボース、ポケモンピンポンでも活躍してたけど、オレと一緒にコンテストに本格出場する夢でもあったらしくて。シンオウ地方を旅していた時に気づけなかったのが悔しくて恥ずかしいです」
先程話していた仲間と交換したポケモンってエテボースのことか。
PWCSのチャンピオンがホウエン地方のグランドフェスティバルに出場した情報は、各メディアもそれなりに話題として取り上げていた。そんな中で僕がこの間見たファンの声もサトシくんの耳に入ることとなる。
「オレはただクチートの想いに、ポケモンたちの想いに応えたいだけなんです」
彼の本当の夢はリーグやPWCSで優勝する事でもグランドフェスティバルで優勝する事でも無い。
「オレの夢はポケモンマスターだから。チャンピオンやトップコーディネーターはゴールじゃない。オレは今でも、これからもチャレンジャーだと思ってます。チャレンジャーだからずうっと前に進む。成長し続けられる」
そういえば彼の夢がポケモンマスターであるのは有名だが、そのポケモンマスターの定義が何であるのか僕はよく知らない。
「いつか世界中のポケモンと友達になりたい。それが出来るトレーナーがポケモンマスターなんだって、オレは思ってます」
サトシくんはインタビューを受けた時に言われる言葉で"流石はチャンピオン"というものがあまり好きではないと話してくれた。まるで何でも出来る人みたいと思われてるようで。
——チャンピオンは何でも出来るんだな。
調べている時に見かけたファンのコメントを思い出した。
僕のそんな表情を察したのか分からないが、苦笑しながらサトシくんが言葉を漏らした。
「オレは何でも出来るわけじゃないんです。寧ろ出来ないことのほうがたくさんあります」
先程も聞いた言葉だ。
サトシくんはただポケモンたちの為に走り回っているだけなのだ。だから何でも出来るという評価は正しくない。
「ポケモンたちの為にやれることを"何でもやってる"ってことなんですよね」
僕がそう言えば照れで頬を赤く染めつつも嬉しげに笑ってくれた。
次回のカロスで行われるグランドフェスティバルはミアレシティで開催と発表されている。ミアレで開催される大きな大会と聞くと、僕は以前のカロスリーグ・ミアレ大会を思い出す。
僕がサトシくんを知ったのはこの大会だった。特別なメガシンカのような現象をゲッコウガと発動させたことで有名だ。僕がこの大会で一番好きなのはやはり決勝……ではなく準決勝だ。サトシくんの勝敗ではない。姿の変わったゲッコウガとメガジュカインのぶつかり合いを見て、初めてポケモンバトルに見入るという経験をした。
——またサトシくんがあの街で大きな大会に出る。
「あの、一人のファンとしての発言になっちゃうんですけど、グランドフェスティバルに出られたら絶対に優勝してください。ミアレの地で、今度は準優勝じゃなくて優勝してる貴方が見たいです」
「勿論ですよ! 二次審査でのコンテストバトルで決勝まで行ったら、その時のポケモンはもう決めてあるくらいです! ……ちょっと調子に乗りすぎかな?」
不思議だがサトシくんがそう言うと現実になる気がしてくる。実際に会ったのは今日が初めてなのに、彼には少し現実離れした何かがあるような。
「最後に、ポケリードではインタビューを受けてくれた方に必ずお聞きしている質問があるんです。"貴方にとってモンスターボールとはなんですか?"」
これはその人がポケモンたちをどう思っているか、ポケモンたちとの関係性をどう捉えているかとか案外真っ直ぐ分かる質問だったりする。よくある回答としては友情の証、友だちになるきっかけあたりだ。ちょっと捻くれた人からは捕獲率が低いなどの答えもある。実際専門的なボールもいっぱいあるのでそれもまた個性の一つだ。
サトシくんならメジャーな回答でもぴったりきそうだけれど。
「"ポケモンを守るもの"、かな」
僕はこの時のサトシくんの答えを聞いた瞬間の——取材の間はずっとサトシくんの膝の上にいてずっとにこにこしていたのだが——ピカチュウの顔を忘れることが出来ないだろう。
***
無事取材を終え締め切りまでに記事を作る。本文作りと撮影させてもらった写真を選んでいく。
今回の取材、手応えは勿論大きかったがそれよりもサトシくんが僕に対して言ってくれた言葉が心の隅に、だけどしっかりと残っている。
「ユキワラシ、きっとチエヤさんと一緒に来られたことが一番嬉しかったんだと思います」
確かに今まで仕事の関係上あまりユキワラシと出かけられなかった。取材のマナー上のこともあるし、連れていくという考え自体がいつの間にやら抜け落ちていた。でもユキワラシがあんなに楽しそうにしてるのを見たのは久々で、僕も凄く楽しくて嬉しかった。
対人取材でなければ一緒に行ける範囲は広いだろう。それにダメ元で編集長に色々と聞いてみたら"仕事手伝うなら編集部に来るのも大歓迎"とまで言われてしまった。うちの職場、意外と懐が広かった。
雑誌発売後、あの不敗神話を持っていたダンデさんに勝った新チャンピオンの記事ということで普段より話題性はあった。前回のPWCSは随分と前のことなのだが、それでもやはりあの時まで無敗を貫き続けたダンデさんに勝ったトレーナーという肩書きは大きい。
問題は記事そのものの反響と評価なので、発売してしばらくは何となくそわそわしてしまった。僕自身が彼のファンでもあるから余計に。
そしてその結果や如何に。
「先輩。これ皆さんご存知、ギャロップに婦人が乗ったロゴで有名な高級チョコレートです」
「よっしゃァ! 待ってました!」
物凄く良かった。
「それにしても先輩、随分日に焼けましたね」
「こないだホウエン行ってきたんだよ。ホエルオーの上に乗ってふらふら海の上を漂って、いい感じのとこに着いたらジーランスとダイビングよ。いや〜楽しかったわ、ダイビングで上がる時にうっかりくっついてきたパールルもお迎えしてよ〜」
「長くなりそうなのでいいです」
元々ポケリードはまだ目標がはっきり定まっていないトレーナーたちの手助けをしてあげたいという理念で作られた雑誌だ。最近はちょっと満遍ない感じに行っちゃってるけど。
その目標の定まっていないトレーナーたちから非常に反響が大きかった。無理に形ある目標を作ろうとしていて辛かったトレーナーもいたそうだ。そんな人たちが「ポケモンたちと向き合い彼らのやりたい事の手伝いをして、自分なりの夢と目標を見つけたい」と背中を押す役に立てた。
それを聞いた時はユキワラシを抱きしめて泣いた、久し振りに涙流して泣いた。ユキワラシはよく分かってなかった。でも小さな手でよしよししてくれた、嬉しかった。僕のユキワラシは世界一可愛いです。
***
それから数ヶ月後。
僕とユキワラシはテレビ前で中継を見ていた。映っているのはポケモンコンテスト、グランドフェスティバル・ミアレ大会だ。流石にサトシくんがグランドフェスティバルに出るのは二回目ということで、レポーターも軽くではあるが触れている。
きっとその話題性から大会を見る人は大勢いるだろう。そしてまた"チャンピオンは何でも出来る"と思ってしまう人も沢山いる。
でも僕はそうでないと知っている。僕の記事を読んでくれたトレーナーたちもちゃんと知っている。そんな皆が、知っている人が何気ない会話の中で広めてくれたら嬉しい。
大会中継の間に流れていたとある女性歌手のアルバムのCMを見た。そこに収録されている彼女の代表曲の歌詞の一部分が、サトシくんの話した彼自身のコンテスト挑戦やポケモンたちと共に歩む日々と重なった。
夢は必ず叶う。それを花の蕾と開花に喩えた歌詞は前に進み続ける限り終わらないと伝えたいのだと僕は解釈している。チャレンジャーであり続ける事が蕾である花に水をやる事で、諦めずにそうする限り花もいつか必ず応えて開いてくれる。
失敗して上手くいかない瞬間だってあるだろう。何事もゴールまで順調にすんなり行く事の方が少ないのだから。それでも傍にポケモンたちがいる。ポケモンと共に生きる人間って、きっとそれだけで頑張れると思うのだ。
その所為だろうか。ずっと頭の中でその曲が反響していた。
余談だが大会最終日のコンテストダブルバトルの決勝戦にて。クチートとゲッコウガで見事優勝し、そのまま手持ちみんなに揉みくちゃにされるサトシくんを見ることになるのだった。