You are our Hero!!   作:直樹

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元作品(2018-11-11公開)

・サンムーン放映時に執筆された為"アサヒ"の名前は偶然の一致です。新無印のアサヒさんとは全くの別人です。
・めざめるパワーはSMまでの扱いです。
・古き良きアニポケ本編の雰囲気を出したくて制作しました。
・いつも通り細かい所に捏造と妄想と願望が詰め込まれてます。
・「夏の空へなんか消えていかない」と同じ時空ですがそこまで影響はありません。


双子と双子とお兄ちゃん

 シンオウ地方本島の北東部に位置する街、トバリシティ。

 この街を訪れるトレーナーの多くはトバリジムを目的としている。シンオウリーグ出場を目指す彼らは現時点での己の実力を試す為に勇み足でジムの扉を叩く。今日も多くのチャレンジャーがジムリーダーのスモモへ勝負を挑んでいる。

 またトバリシティにある施設はポケモンジムに限らない。街の中心部に建つトバリデパートはシンオウで最も有名な百貨店の一つだ。シンオウ各地から買い物を楽しもうと、様々な人が足を運んで来る。

 実はこのトバリシティにも育て屋が存在する。シンオウ地方の育て屋はズイタウンの西部にあるものが最も有名ではあるが、トバリの育て屋も一部のトレーナーにはそこそこ名が知られている。温厚な性格をした深紫の髪を持つ青年が営んでおり、育て屋としての質も高い為にトバリシティの近辺に限らず預けに来るトレーナーは多い。

 様々な施設が揃う事もあり、トバリシティは様々な目的を持った者たちが集まってくる街なのだ。

 

 しかしここ数日はまた別の理由で人とポケモンが多く集まってきていた。

 ポケモンコンテストである。コーディネーターたちがトップコーディネーターの夢を抱いて挑む、ポケモンの魅力を競う大会だ。それが今回トバリシティで開催される。

 そのコンテストに挑むために訪れた一人のコーディネーターとパートナーのポケモンがいた。

「トバリシティも久しぶりね。コンテスト、絶対リボンゲットしなくっちゃ! ね、ポッチャマ」

「ポッチャマ!」

 躑躅(つつじ)色のマフラーを風に揺らし、右の拳を握りしめてリボン獲得への意志を高らかに宣言する少女の姿があった。フタバタウン出身のコーディネーター、ヒカリである。そして足元には「当然!」と鳴き声を上げながら、小さくとも輝かしい誇りを抱いた胸を張っているポケモンがいる。彼女の一番のパートナーであるペンギンポケモンのポッチャマだ。

 彼女たちは再びシンオウ地方でのグランドフェスティバルへ出場するのが目的である。今度こそ優勝するという目標を掲げ、まずはグランドフェスティバルへの出場権を得る為にシンオウ各地を駆け回りリボンを集めているのだ。

 

 今回のコンテストは三日後に開催される。余裕を持って最終調整を行う為に少し早めに街に入った次第である。

「まずはポケモンセンターで寝泊まりする部屋を確保しないとね。えっと、ポケモンセンターは……」

 マップを開きポケモンセンターの位置を確認する。場所は街の中心部から少しだけ東に寄った所だ。街中だから道は整備されていて分かりやすいし、万が一迷ったら人に聞けば問題ない。大丈夫だいじょーぶ!

 行こっか、とポッチャマに声をかけようとした瞬間だった。

 ——真っ黄色の電撃がポッチャマ目掛けて飛んできた。

「ポチャァァァ!!」

 みずタイプであるポッチャマにでんきタイプの技はこうかはばつぐん。ダメージは決して小さくないだろう。今は冷静にそんな事を考えている場合ではない。

「ポッチャマ!? しっかりして! 何でいきなり電撃が飛んできたの!?」

 すっかり黒焦げになってしまったポッチャマを抱えてあわあわと周囲に目をやる。空は晴れているし雲なんてほとんどない。今日は見事なまでに快晴で空から雷が落ちてくる訳もない。

 そうなると考えられるのはポケモンの技だ。でんきショック、10まんボルト、かみなり……。技も色々使えるポケモンも様々だが多分でんきタイプのポケモンだ。なんとなくそんな気がした。

「ごめんなさーい! 大丈夫ですかー!!」

「ピィカー!!」

 ポッチャマ、全然だいじょばないです。

 ヒカリは声が聞こえた方向へ反射的にそう叫んでやりたかったが、走ってきた人物とポケモンの表情でそれを呑み込んだ。彼らは心の底から申し訳ないという表情を浮かべている。今にも泣き出してしまいそうな程だ。故意にポッチャマを傷つけた雰囲気でもないし、頭ごなしに怒りの言葉を浴びせてしまっては逆に心が痛む。

 それに少年とピカチュウという組み合わせに、大切な仲間の姿が脳裏を過ぎったというのもほんの少しだけある。

「ああ……ポッチャマに当たっちゃったんだ……! 本っ当にごめんなさい!」

「ピカピーカ!」

 少年とピカチュウはヒカリとポッチャマの目の前で深々と頭を下げて謝罪する。罪悪感からか声までもが今にも泣き出しそうな少年はそれはもう必死で、そんな姿を見てしまっては声を荒げて怒ったり文句を言ったりするなどヒカリには出来なかった。

 少し驚いただけ、ポッチャマもすぐに手当てすれば大丈夫。そう伝えれば少年は顔を上げて少しだけ安心した表情を浮かべた。

 ただヒカリは良くても、一番の被害者であるポッチャマはだいぶご立腹のようだった。ヒカリの腕の中で撃沈していたかと思いきや、いつの間にか焦げを払い腕の中から飛び出してピカチュウに何やら文句を言っている。

 僕はでんき技に弱いんだぞ! いきなり攻撃なんてひどいじゃないか! そんなところだろうか。

「もうポッチャマ。ふたりとも真剣に謝ってるでしょ、わざとじゃないんだしあんまり怒りすぎないであげて」

 確かにポッチャマは被害者ではあるが電撃を放ったピカチュウもわざとではない。しかしプライドの高いポッチャマである。言いすぎたとすぐに謝れないのが彼であった。

 ポッチャマに思いきり責められたピカチュウは誰から見ても分かるレベルでしょんぼりしている。この状況を何も知らない人から見たら、逆にポッチャマが悪者に見えてしまってもおかしくない程に。

「ピカチュウ怖がっちゃったじゃない。ごめんね、ポッチャマちょっとプライドが高くて」

「いいえ、攻撃を当てちゃったのは僕たちですし……。僕のピカチュウ、ちょっとおくびょうな性格なので少し落ち込みやすいだけですから」

「だけ、って余計にだいじょばないよ。ポッチャマ、怒りすぎちゃってごめんねって言おう?」

 ……あれ、これ僕が悪い空気?

 ポッチャマは納得がいかなかった。被害者は僕じゃないか。どうして僕が謝る流れに?

 ポッチャマは考えた。何故自分が謝るのかを。

 どうやら僕の怒り方でこのピカチュウを怖がらせてしまったらしい。ピカチュウはしっかり反省しているのだから、あまり怒りすぎるのも可哀想だという感じである。

 それじゃ仕方がない。ただし僕が謝るのは怒りすぎたところだけだ。ピカチュウが僕に電撃を当てたことはまだ許してないからな。僕のよく知るピカチュウならこんな簡単に落ち込んだりしないんだぞ。

 しっかりと自分に言い聞かせ、ポッチャマもごめんなさいと頭を下げたのだった。

 

「それにしても何か練習してたの? あ、新しく覚えた技とか」

 ヒカリは何故街中でピカチュウが電撃を放っていたのか気になっていた。ここはポケモンセンターにあるバトルフィールドではないから誰かとのバトルではないだろう。一応小さな広場ではあるから通行人だらけという訳でもない。そうなると相手がいなくとも出来る技の練習と考えるのが妥当だ。

 でんきポケモンの中には未熟だと自身の電気を上手く扱えないポケモンもいる。このピカチュウもまだ電気の扱いは上手くないのだろうか。

「僕たち、コンテストの演技の練習してたんです。一次審査はピカチュウでいこうと思ってて」

 成る程と頷く。つまり少年はヒカリと同じポケモンコーディネーターだったのだ。

「でもここ最近全然駄目で……。一次審査、二回も落ちてて、上手くいかなくて……」

 ふとヒカリの苦くも良い経験となった一つの記憶が蘇った。彼女にもこの少年と似た時期があった。

 リボンを獲得するどころか二次審査にすら進めなかったあの時はたくさん悩んだ。悔しくて、辛くて泣きもした。自分には無理なのかもしれない。だけど夢を諦めたくない。

 昔の自分と目の前の少年が重なった気がした。

「よーし、それなら一緒に特訓しよう!」

「えっ?」

(あたし)、ヒカリ。私もポケモンコーディネーターなの。三日後のコンテストに出るために来たんだ。一人じゃ難しくても、二人なら解決策が見つかると思うよ」

「でも同じコーディネーターなら大会前にそんな、相手に手の内を明かすようなこと……」

 分かってないなあ、とヒカリは人差し指を立てて横に振った。

「教わること、教えること。両方大切なの。私にも君にもなーんにも損はないんだよ。だってお互いに成長出来るんだから、ね。……君の名前は?」

 少年は僅かばかり逡巡した。

 悪い人ではなさそうだし自分よりもコーディネーターとして経歴が長いと見た。でも彼女の時間を奪ってしまうし、上手くいかなければ負担にもなってしまう。だけどもしかしたらこの状態から抜け出せるかもしれない。自分の目標に近づけるかもしれない、いや近づきたい。申し訳ないと思うのではない。感謝の気持ちで向き合い精一杯やってみよう。

 そう決心しヒカリの提案に首を縦に振った。

「僕、シュンっていいます。宜しくお願いします……!」

 

 ***

 

 シンオウ地方215番道路。この道はトバリシティの西に伸びている。街へ向かうトレーナーが多く利用する為にバトルが頻繁に起こっている。かなりのトレーナーとポケモンたちがジム戦前の最終トレーニングだと言わんばかりの勢いで激しくぶつかり合う。その為何も知らない人が通ると少し異様な光景かもしれない。

 普段であれば、だが。

「全然バトルしてくれる人いないじゃん」

「ピカ」

 不満気に呟いたのはサトシとピカチュウのふたりだ。バトルくらい朝飯前、ランチの前は昼飯前とバトル好きなこのふたりは沢山のトレーナーとバトルするのを楽しみにしていた。それなのに今日は全くと言っていいほどバトルが出来ていない。

 ポケモントレーナーであれば誰もが知っているだろう合言葉、"目と目が合ったらポケモンバトル"。それに倣ってバトルしようぜと色々なトレーナーに声をかけたのだが、何故か(ことごと)く断られっぱなしであった。

 調整があるから、今はポケモンたちに怪我させられないから。そのような理由を並べてバトルを断るトレーナーの多いこと多いこと。

「トレーナーじゃないとしたら?」

 サトシとピカチュウの隣を歩くタケシがそう問いかけるとふたりは首を傾げた。

 トバリシティにはジムリーダーのスモモがコボルバッジを守るトバリジムがある。トバリシティに行く人は大体がジム戦目当ての筈だ。もしもジム戦が目当てではないのなら断り方は「トレーナーではない」になるだろう。

 まだ頭上にクエスチョンマークを浮かべるふたりに苦笑してタケシが続ける。

「三日後、ポケモンコンテストがトバリシティであるんだ」

 ようやくふたりのクエスチョンマークがエクスクラメーションマークに変化する。

「そっか、みんなコーディネーターだったんだ。そりゃあんまり激しいバトルはしたくないよな」

 コンテストの二次審査でもコンテストバトルがあるが、ジム戦のようなバトルとはまるで違う。ポケモンの魅力を引き出すとなると毛並みが乱れていては話にならないし、怪我のないコンディションに整えるのはコーディネーターの義務だ。

 それなら仕方ないなあ、と納得しつつしょんぼりとサトシは肩を落とす。ピカチュウもサトシ程ではないが残念そうな顔をしていた。

 そこへサトシたちの左側からバブルこうせんが飛んできた。

「うわああああ!?」

 それは見事にサトシの左半身に命中する。右肩に乗っていたピカチュウと、サトシの右を歩いていたタケシは無事だった。それでもサトシの声と飛んできたバブルこうせんには驚いてしまう。

「ピカピ!?」

「うおお!? どうしたサトシ!?」

 バブルこうせんの衝撃でサトシは思わず地面に倒れてしまった。咄嗟の判断でピカチュウは肩から飛び降り、転ぶ事なく着地した為に彼には大きなダメージどころか傷一つない。生き物としての反射だがピカチュウはちゃっかりしている。

「いてて……。びっくりした〜、なんで急にバブルこうせんが?」

 砂埃を払いながら立ち上がれているのでサトシは恐らく問題ない。何よりこの出来事をびっくりしたで済ませているのでサトシの頑丈さは相変わらずだ。この頑丈さは決して普通ではないのだが、ピカチュウとタケシは慣れ切ってしまっているのでこの場で突っ込む者は誰もいない。バブルこうせんくらいならサトシは大丈夫だろう。そんな感じである。

「ごめんなさーい! 大丈夫ですかー!!」

「ポチャァー!」

 びっくりしたけど大丈夫です。

 声がしたのはバブルこうせんが飛んできたのと同じ方向だ。視線をそちらへと移すと、眉を下げ慌てた顔で走ってくる少女と小さい歩幅で全力で走ってくるポッチャマが視界に映る。

 その組み合わせにシンオウで共に旅をした大切な仲間を思い出すのは自然な事だった。

「お兄さん、怪我してないですか? 本っ当にごめんなさい!」

「ポチャポチャァ!」

「平気平気。ちょっとびっくりしただけだよ」

「でも!」

 必死に謝る彼女らだがサトシにとっては本当に大した事ないのだ。ピカチュウの電撃やリザードンの炎、ケンタロスの突進、フカマルの噛みつき等々……。サトシが技を浴びせられてきた回数はそこらの人よりも確実に多い。多すぎる。

 ぺこぺこと何度も頭を下げる少女とポッチャマを見ていたタケシが場の流れを少し変えようと一つの質問をする。

「君のポッチャマ、謝るのが上手だね。ポッチャマってプライドが高いポケモンだから、あまり謝るのが得意じゃない子が多いのに」

 そこで少女とポッチャマが顔を上げる。サトシへの謝罪ぺこぺこ攻撃はやっと止まった。

「私のポッチャマ、ひかえめな性格なんです。プライドはそんなに高くはないかもしれないですけど、技が上手くいった時なんかは『凄いでしょ』って胸張ったりもするんです。可愛いんですよ」

 申し訳なさそうだった少女の顔が控えめながら笑顔になる。サトシは怒ってないし彼女らはちゃんと謝ったのだから問題は疾うに解決している。だから笑顔でいてくれた方が互いに心穏やかでいられる。

「技の練習してたの? あ、もしかしてコンテストの特訓とか!」

 サトシが少女に聞く。この様子だとバトルをしていた相手はいないようだ。それに今215番道路にはコーディネーターが多く行き交っている。演技の練習ではないか、とサトシなりに出した答えだった。

「いえ、コンテストじゃなくてジム戦に向けて特訓してたんです」

 お、とサトシの目が輝く。彼の探していたバトルできるトレーナーが見つかった。

「じゃあさ、オレとバトルしようぜ! オレもシンオウリーグ出場目指してるんだ、二回目だけど」

「あ、いや、でも……」

 少女が急にしょんぼりとする。何かまずいことを言ってしまっただろうかと今度はサトシが慌て出す。何か気分を損ねてしまったら謝らなければ、でも何がいけなかったんだろう。

 あわあわとするサトシの頭にぽんとタケシの手が乗る。俺に任せとけ、と小声で囁きタケシが少女に声をかける。

「何かバトルしたくない理由があるのかい? もし悩んでるなら相談に乗ってあげられるよ」

 優しく聞く姿は見事に"お兄ちゃん"だ。十人きょうだいの長男であるタケシにはお手の物だろう。

「私たち、トバリジムにリベンジするために特訓してるんです。でも、その、もう二回も負けてて……。きっとバトルしても、弱くて……お相手にならないかと」

 つまり今の彼女は自信がないのだ。

 ジムリーダーはチャレンジャーにとって大きな壁だ。チャレンジャーはそれを乗り越える為にポケモンたちと特訓をして技と身体を仕上げ、その過程で絆を結び精神も鍛えて挑む。

 それでもなかなか勝てないなんてのは珍しくない。二回も負けていても別に彼女が弱い証明にはならない。トレーナーの中にはジムリーダーに勝てないのを理由にしてトレーナーを引退する人も少なからず存在する。諦めずに特訓している時点で充分に強い証明になる。

 それでも敗北は何かと心にダメージが来るものだ。負けが続いては気分が沈んでしまうのも無理はない。もしかしたら彼女にとっては、トレーナーとして初めてぶつかる大きな壁なのかもしれない。

 

 少女の状態をサトシも理解したらしく二人で頷き合う。

「それなら尚更バトルしなくっちゃ! オレたちと一緒に特訓しようぜ!」

「そうだな。ジム戦の特訓だから相手がいた方がより実戦に近い形式で出来る」

 え、と少女が困惑の声を漏らす。旅に出て他のトレーナーに「一緒に特訓しよう」と誘われた経験はなかった。初めてで少しの不安もある。でも強くなれるかもしれないチャンスなのは間違いない。

 ポッチャマはどうだろう、と視線をそちらへと移す。ポッチャマは「やろう!」と言いたげに強い瞳を少女に向けていた。

 ポッチャマがやる気なのだ。じゃあ自分は? 大切なパートナーがやる気なのだから、トレーナーである自分がそれに付き合うのなんて当たり前ではないか。何より自分だってポッチャマと同じ気持ちなのだから。

 決意し一つ大きく深呼吸をする。今度こそ乗り越えてみせるとの決意を込めてはっきりと返事をした。

「はい。特訓、させてください!」

「決まり! オレはマサラタウンのサトシ、こいつは相棒のピカチュウ」

「ピカ、ピカチュウ!」

「俺はタケシ。サトシと一緒に旅してるポケモンドクターだ」

「君の名前は?」

 少女は握った左手を胸に当てて名乗った。

「私、アサヒっていいます。宜しくお願いします!」

 

 ***

 

 ヒカリとシュンはトバリシティのポケモンセンターへ向かっていた。

 その場ですぐに特訓でも良かったのだが、どうせならセンターの庭の方が使い勝手が良い。センターで宿泊する部屋を先に取っておけば部屋が埋まってしまう心配もないし、夢中になりすぎて時間を忘れてしまったとしてもすぐに屋内に戻れる。加えて万が一ポケモンたちが怪我をしてもすぐに治療が出来る。良い事だらけだ。

 電撃を当てられたせいでヒカリのポッチャマは最初少し不機嫌だった。それでも歩く内にシュンのピカチュウと打ち解けたのか、怒ったり意地悪する様子もなく楽しそうに会話をしているようだった。

「シュンは今リボンいくつなの?」

「二つです。三つ目がなかなか取れなくて……」

「そうねえ、中盤からって結構大変よね。私もシュンみたいにスランプだった時もあったな」

「ヒカリさんが、ですか? 全然そんな風に見えないのに」

「誰だって壁にぶつかることはあるよ」

 夢を目指す者であれば等しく壁にぶつかるものだ。重要なのはそれをどう乗り越えるか、諦めないでいられるか。足掻き続ける、挑戦し続ける。

 そんな姿勢を大切な仲間やライバルたちから教わったのだ。

「……僕、約束したんです」

「約束?」

 シュンには一つの約束があった。彼の双子の妹との約束だ。

 旅から戻って来た時に夢に向かって成長している姿を見せる。リボンを獲得してグランドフェスティバルに出られるようになる。もしも旅の途中で出会うとしても、その時には頑張っていると胸を張って言えるようになっていたい。

 でも今スランプに陥っている自分の姿はあまりにも情けない。これでは約束を守れているなんてとても言えない。きっと妹は今も前進しているのだろう。立ち止まったままである己を自覚しているからこそシュンは少し焦っていた。

「だいじょーぶ! シュンはちゃんと頑張ってる」

 リボンを獲得出来ない事がそのまま頑張っていない事へは繋がらない。彼は彼なりに特訓していた。一次審査通過を逃しても諦めずにコンテストに挑戦している。それだけで充分胸を張れるではないか。

 自信持って、とヒカリが柔らかく笑いかけた。

「はい……。僕、絶対次のコンテストでリボンを取れるようにします!」

 その調子その調子とヒカリが頷く。

 彼女もまた旅の中で成長し、今では悩める後輩コーディネーターに対して解決の道筋へと導ける先輩に成長していたのだ。

「あ、ポケモンセンターあった! 早く部屋取っちゃお!」

 ポケモンセンターを確認するなりヒカリとポッチャマが走り出す。シュンとピカチュウは慌てて追いかけたがその表情は笑っていた。

 

 ***

 

「よーし、じゃあ早速バトルを……」

 アサヒの特訓を一緒にすると決めたサトシたち。サトシはすぐにこの場でバトルしようと意気込むが。

「いや、先にトバリシティまで行こう」

「ええー! 近いんだからここでもいいじゃん」

「近いからこそだ。バトルするならポケモンセンターの敷地内にバトルフィールドがある、そこを使おう。それなら特訓が長引いても心配ないだろ」

 タケシの発言には"どうせ日が暮れるまでバトルするんだろ"の意味が含まれている。暗くなってからトバリシティへ向かうよりも太陽の高い内に向かう方が何かと安心だ。

 それにアサヒのポッチャマも出会う前からの自主特訓で多かれ少なかれ疲れている。まずは一度センターで回復させた方が良い。

 論理的に説明されてはぐうの音も出ない。何よりタケシはポケモンドクターであるからその提案に乗らない方が間違いである。それに加えて長年の付き合いとなれば何だかんだタケシの提案には従ってしまうのだ。兄と弟に似ている。

 

 そういう訳で一行はトバリシティへと向かっている。

 歩きながらサトシはアサヒに色々と話を聞いていた。

「アサヒは今どんなポケモンを仲間にしてるんだ?」

「えっと、ポッチャマとムクバードとリーシャンと、この間ゲットしたばかりのポニータです」

「相性的にはスモモのポケモンたちといい勝負出来そうだな。でもスモモもポケモンたちも強いからなー」

「そうなんです。対策はしてるんですけどやっぱりスモモさんは強いです。これじゃ私、約束守れてないなぁ……」

「約束?」

 アサヒの双子の兄との約束だ。

 次に旅の途中で出会うことがあれば手に入れたバッジを見せてこれだけ強くなれた、成長してると兄に言えるようになっていたい。

 しかしトバリジムで躓いてしまっている今の自分の姿はとても兄に見せられない。足踏みしている現状では成長が止まってしまっているのではないかと不安で仕方がないのだ。

「アサヒはしっかり成長しているよ」

 そう言ったのはタケシだ。単なる気休めの為の励ましなどではない。ニビジムの元ジムリーダーである彼には分かる。諦めずに何度も挑んでくるチャレンジャーは必ず成長している。どれだけ小さいものであっても挑まれる側であるジムリーダーはチャレンジャーの変化に敏感だ。

 一度や二度負けても諦めない姿がきっちり証明している。たとえ二度目の挑戦でまた負けたとしても、一度目の敗北とはやはり違う。ジムリーダーはチャレンジャーの成長を確かに見抜いている。

 ジムリーダーを勤める者は得てして諦めないチャレンジャーが大好きなのだ。

 そうしてタケシがサトシと出会ったように。

「……私、頑張ります。特訓して今度こそスモモさんとスモモさんのポケモンたちに勝ちます!」

 アサヒの瞳に決意の火が灯る。その火を見て、まるで自分の事のように燃え上がるのがサトシであった。

「そうこなくっちゃ! うー! オレも早くバトルしたくなってきた! トバリシティまで走るぞ、アサヒ、ポッチャマ!」

「はいっ!」

「ポチャー!」

 サトシは右腕を天へと突き上げ、歩いている時間さえ惜しいとそのまま走り出す。アサヒとポッチャマもサトシに負けず劣らずの熱い闘志を秘めていたようだ。彼女たちも張り切って背中を追いかけていく。

「俺を置いていくなよー」と呆れながらもどこか嬉しそうにタケシが走り出すまであと二秒。

 

 ****

 

 トバリシティ、ポケモンセンターにて。

 ヒカリとシュンはそれぞれ宿泊する部屋を確保し終わっていた。荷物も部屋に置き、手には特訓するポケモンたちがいるモンスターボールのみと身軽になり、これからセンター横のバトルフィールドにて特訓だ。元はポケモンバトルをする為の場所なのでそれなりの広さが確保されている。コンテストの演技練習にも打ってつけだ。

 じゃあ行こうか、と外と内を隔てる自動ドアの前へ向かえば自動ドアは二人を待たせることなくすぐに開く。ちょうど外から中へと入ろうとした人たちと鉢合わせてしまい、お互いに一瞬怯んでしまう。普通であればどうぞどうぞと道を譲っただろう。

 ——普通であればだ。

 お互いに面食らい数秒の沈黙が場を支配する。そしてその沈黙は本人らの叫びで破られた。だって鉢合わせた人物が人物であったのだから。

「サトシにタケシー!?」

「ヒカリ!?」

「え、アサヒ!?」

「シュンなの!?」

 そして本人らの発言で「え?」と再び沈黙するのだった。

 

 今度はポケモンセンターのロビーにて。

 サトシにタケシ、ヒカリ。アサヒとシュン。全員がソファに座りそれぞれの状況を確認する。

 サトシは二度目のシンオウリーグ挑戦の為に以前は行っていないジムを中心にジム巡りの最中である。タケシは所謂歩くポケモンのお医者さんとして、訪れるポケモンセンターの手伝い等をしつつサトシの旅に同行している。ヒカリは二度目のシンオウでのグランドフェスティバル挑戦の為に再びリボンを集めている。

 アサヒとシュンはそれぞれリーグ挑戦とコンテスト挑戦の為にジム巡りとコンテスト巡り。そして双子の兄妹である。

「まさか約束してたって兄妹と会ってるなんて……」

「しかも特訓するとこまで同じなんて思わないわよ……」

 何たる偶然か。

 これに加えて目標は真逆だが少年とピカチュウ、少女とポッチャマ、リーグ挑戦、コンテスト挑戦という要素まで共通しており、まるでサトシとヒカリのようだ。サトシとヒカリは本当の双子ではないが、そのコンビネーションは魂の双子と呼べるものがある。

「これで五つ上の兄がいたら、もう俺たちみたいだなあ」

 タケシの微苦笑しながらの発言にアサヒが食いつき、シュンが続ける。久々の再会であってもやはり双子は双子だ。言葉の切れ目で合図など無しに文章が綺麗に繋がる。

「私たちにお兄ちゃんはいないけど……」

「五つ上のブリーダーのお姉ちゃんならいますよ。ブリーダーとしては凄く尊敬してるんですけど、ただ……年上の男の人に目がないんです。困ったお姉ちゃんです」

 思わずサトシたち三人が頭を抱えた。

 それにしてもシュンとアサヒが並ぶと言い逃れ出来ない程に双子である。顔貌(かおかたち)がそっくりなのは当然だが、ショートとロングの違いはあれど左側にぴょこんと跳ねた特徴的な前髪と、煉瓦色をした髪色もぴったりだ。

 何とも言えぬ声を漏らすトレーナーたちの足元では、彼らよりも早く仲良くなった二匹のピカチュウと二匹のポッチャマの楽しげな声がロビーの一角で弾んでいた。

 双子は初め妙に距離を取っていた。恐らく交わした約束のせいで互いの距離を測りかねていたのだろう。しかし状況を確認しあう内にちょうど二人とも壁にぶつかっている事が判明した。それは紛れもなく約束にあった"頑張っている証拠"だ。自分も相手も約束を守っているのに変わりはない。それを知ってからはすぐに距離も元に戻っていった。

 そうなると「みんなで特訓だな!」とサトシが言い出さない筈もなく。バトルフィールド二面を借りての特訓の幕が上がったのだった。

 

 アサヒはジム戦のリベンジに向けての特訓をサトシとタケシと共に行う。バトル相手はサトシで、審判役と全体の把握はタケシが務める。

「まずは軽くバトルしてみよう。オレはピカチュウで行くから、アサヒはポッチャマで来てくれ。そっちが先行でいいよ」

「はいっ。ピカチュウはでんきタイプだからポッチャマの苦手な相手……。技を食らわないように遠距離からやってみよう。……よし、ポッチャマ、バブルこうせん!」

 ポッチャマのバブルこうせんは真っ直ぐピカチュウへと飛んでいく。技の威力も速度も申し分ない。しかしそれに対してピカチュウはアイアンテールでバブルこうせんを受ける。硬くなった尾で素早く全ての泡が割られてしまってダメージを与えるに至らない。

 ただバブルこうせんを放つだけではダメージを与えられない。それならば今使える技でどうするか考える。

「それなら……。ポッチャマ、ピカチュウの足元を狙ってれいとうビーム!」

 ピカチュウの動きを止めて尾を使いにくくする作戦だ。バブルこうせんよりも速度があるれいとうビームなら、単なる回避では避けるのも難しいと踏んでの指示だ。

「でんこうせっかでかわしてそのままポッチャマに突っ込め!」

 しかしアサヒの狙い通りにはいかない。れいとうビームはあっさりかわされ、攻撃を当てるどころかれいとうビーム発射後の短い隙を突かれたポッチャマがピカチュウのでんこうせっかを喰らってしまう。

 遠距離攻撃が当たらない。これではピカチュウにダメージは与えられない。

 ポッチャマは他につつくが出来るが、ひこうタイプの技ではピカチュウに効果はいまひとつだ。しかもピカチュウには特性のせいでんきもある。近距離戦ではまひ状態になるリスクが常に付きまとう。

 ——近距離じゃ難しいから遠距離にしたのにそれも無理だなんて。

「来ないならこっちから行くぜ。ピカチュウ、10まんボルト!」

 サトシの声がアサヒの鼓膜を震わせた。はっとフィールドの状況に目をやる。このままではポッチャマに大ダメージは確実だ。

 避ける? いや、間に合わない。でもどうにかしないと! どうしよう、どうしよう!

「う〜っ……! う、うずしおで壁を作って!」

 咄嗟にうずしおを指示する。10まんボルトはうずしおに吸収されポッチャマにまで電撃は届かない。ほっと息を吐くもバトルはまだ終わっていない。

「アイアンテール!」

 え、とアサヒは驚きの声を漏らした。現在のフィールドには巨大なうずしおが中央にある。そのせいで相手の姿は見えない。それはアサヒとポッチャマだけではなく、サトシとピカチュウも同じだ。相手がどこにいるかも分からないのに攻撃指示をするなんて。

「ピッカァ!」

 ピカチュウの声と共にうずしおが斬り裂かれる。巨大なうずしおは空中に跳んだピカチュウの鋭いアイアンテールで斬り裂かれ、壁としての意味を崩壊させてしまった。

 ピカチュウは空中で縦に回転し、そのままポッチャマへと落下してくる。

 あ、と思うも時既に遅し。ピカチュウのアイアンテールはポッチャマの頭へ"ごんっ!"と重たい音を鳴らしてクリーンヒットした。

 

「そこまで!」

 審判の位置にいたタケシがバトル終了の合図を出す。

 バトルが終わったと理解したアサヒは慌ててポッチャマの元へと駆け寄った。ポッチャマを抱き上げて声をかける。幸いにも額に軽い傷がある程度だ。これくらいならばきずぐすりですぐ対処できる。聞こえた音からダメージは重たく感じられたが、ポッチャマの頭は思ったより硬かったようだ。

「サトシさんとピカチュウ凄いなぁ。私たち何も出来なかった」

「ポチャァ……」

「でもうずしおで10まんボルトを吸収したのはナイスだったぜ」

 水は電気をよく通す。それを利用し苦手な電気を受け止めたのは非常に良い判断だった。けれどアサヒは特に考えもなく苦し紛れで出した指示だった為、これは偶然に助けられた幸運と評価すべきだろう。

「アサヒ、バトル相手に対してはどれくらい準備する?」

 審判の位置にいたタケシがアサヒの元に近寄ってくる。どうやら気になることがあったらしい。

「出来るだけ情報を用意します。ジム戦も何タイプのジムか、ジムリーダーはどんなポケモンを使うか、そのポケモンに対して相性のいい技は何か……。出来るだけ対応出来るようにしてます」

 つまり事前の用意は固めてから挑む、基本に非常に忠実なタイプだ。

「そうか。それじゃサトシみたいなタイプはいい特訓相手だな」

「なんでですか?」

 アサヒのやり方は間違ってはいない。しかし自分の予想しない状況に陥ると対応が出来ないという弱点がある。またアサヒもその状況にまだまだ慣れていない為に、予想外の事象が起こるとパニックになってしまう。

 バトルは事前に用意した情報を的確に引き出すと同時に、その場その場での咄嗟の判断も求められる。常に先を読みながらも読みが外れたら即座に対応を変え、驚きなどで思考を絶対に止めない根気が必要だ。

 アサヒはこの部分の強化が必要なのである。それには予想外の戦法を作り出すサトシという相手は最適だ。場慣れにもなるだろう。

「でもちゃんと事前に用意してるだけ立派だぞ。相性もマトモに知らないでいわタイプのニビジムにピカチュウ、バタフリー、ピジョンという手持ちで来たサトシに比べたら……」

 その上タケシの主力ポケモンとして知られるイシツブテやイワークはじめんタイプも併せ持つ。相性が悪いを通り越して相性が最悪でも表現しきれない。弱点の少ないでんきタイプの唯一の弱点こそがじめんタイプであるなんて、最近ではもっと幼い子どもですら知っている基本中の基本のタイプ相性だ。

「わー!! 言うなよ!!」

 それがある意味彼らにとっての運命の出会いだったのは割愛。

 

 アサヒたちが特訓をするフィールドの隣ではシュンとヒカリがコンテストの演技の特訓を始めていた。

 一次審査を二回連続で落ちているシュンの為、まずは一次審査の演技を確認するところから入る。トバリ大会ではピカチュウで挑むのでまずは現在の状態をヒカリに見せる。

「いきまーす」

「おっけー!」

 ヒカリを観客に見立て、本番のように演技練習を行う。

「行くぞ、ピカチュウ!」

 ボールカプセルをセットしたボールからピカチュウが飛び出す。でんきタイプのイメージ通り、ぱちぱちとしたエフェクトが出るシールを使っての登場だ。安定した着地で登場に関しては目立った問題はない。

「連続でエレキボール!」

 尻尾に電気を溜め球状にして発射する。連続で放たれたエレキボールは螺旋の軌跡を辿り上へ上へと送られていく。(さなが)らピカチュウを守る塔のようだ。

「めざめるパワー!」

 そこに黄緑色の球体エネルギーであるめざめるパワーが放たれる。エレキボールはめざめるパワーと衝突し大きな爆発を生む。爆発は大量のきらきらとした輝きとなりピカチュウへと降り注いでくる。眩すぎて思わず目を閉じてしまう程だ。

「フィニッシュ! 空へチャージビーム!」

 普通の電撃よりも直線的な軌跡を描くチャージビームが輝きを貫き、拡散させる。その輝きは観客へのプレゼントとも言える程に広範囲へと広がっていった。

「以上です」

 どうでしたか、と緊張した面持ちでヒカリの答えを待つ。うーん、と少し考える素振りを見せヒカリが口を開いた。

「なんか、昔の私みたいだったな」

 シュンが首を傾げる。何の事だろうか。

「そうだなあ、実際に見た方が分かりやすいと思う。今から私がポッチャマと二回演技をするね、何が違うかよく見てて」

 今度はヒカリとポッチャマが演技をする。大事なのはメインの演技なので、ボールから出てくる際の演出は省略する。技で魅せるところから開始だ。

 技の指示を出す前に、ヒカリがポッチャマの耳元で何か囁いた。ポッチャマはそれに頷いて準備完了だ。

「ポッチャマ、バブルこうせん!」

 ポッチャマの得意技の一つ、回転しながらのバブルこうせんだ。放たれたバブルこうせんは高密度になって最終的に弾ける。弾けた泡は大量の輝きとなって周囲に拡散する。先程のピカチュウの演技に通ずるものがある。水飛沫が太陽の光を反射し、多くの煌めきがポッチャマに降り注いだ。

「今のが一回目。次はどう違うか見ててね」

「はい」

「よーし。ポッチャマ、もう一度バブルこうせん!」

 先程と違うのは何か目を凝らして観察する。回転の仕方や着地のポーズは何も変わらない。二回目のポッチャマのキメ顔の方がより決まっていた気もするが、これは多分違う。

「さて、何が違ったでしょうか」

「えっと……バブルこうせんの量、かな?」

 シュンの指摘通り、違いはバブルこうせんの量だ。一度目より二度目の方が少なく放たれていた。

「正解。じゃあ量が違うことでポッチャマはどう見えた?」

 先程の演技を思い出す。違いはバブルこうせんの量、ポケモンの"技"だった。それによってポッチャマは、"ポケモン"はどう見えていただろうか。

「えーっと、一回目は凄くきらきらしてて綺麗で、眩しかったです。あ、でもポッチャマ少し見えにくかったかな。バブルこうせんも多くて隠れちゃってたし」

「そう。そこまで分かってるならもうだいじょーぶ。ね、ポケモンコンテストでは何が主役? コーディネーター? ポケモンの技?」

 今更な質問である。コンテストに挑む者として最も意識せねばならない点だ。

「勿論ポケモンたち……あっ!」

 コンテストの主役は"ポケモン"だ。ボールカプセルもポケモンの技も、それらは全て脇役に過ぎない。ポケモンをより魅力的に見せる為の手段でしかないのだ。その手段があまりに強くなりすぎると主役であるポケモンを隠してしまう。いくら技が綺麗で完成度が高く仕上がっていようとも、それがポケモンよりも目立ってしまっては本末転倒だ。

 シュンが一次審査を落ちていたのはこれが理由である。技の綺麗さにこだわるあまり、主役であるポケモンが脇役に成り下がってしまっていた。それではいくら技の完成度が高くても一次審査は通らない。

「そっか、きらきらが強すぎてピカチュウがよく見えなかったんだ。ごめんなピカチュウ、主役は君なのに」

「ピーカー」

 いいよ、とピカチュウは首を横に振る。コーディネーターもポケモンもコンテストの本質を忘れてしまっていた。しかしそれを今思い出した。あとは本質を忘れないようにして演技の修正を行うだけだ。

「ヒカリさん、ありがとうございます!」

「どういたしまして。私もね、こんな風になってたことがあったんだ。それを私の目標でライバルの人に教えられたの。きっと調子に乗ると大事なこと、忘れやすくなるんじゃないかな」

 ヒカリにとってあの時期は苦くて少し辛い思い出だ。けれどあの時期があったからこそ大きく成長出来たのもまた事実である。だからきっとシュンも次のコンテストで一次審査を突破出来れば、また大きな一歩を踏み出せるはずだ。

 

 アサヒとシュンの特訓は夕暮れまで続いた。相手がいるおかげで自分たちだけでは気付けない点や、より高みを目指す為のアイデアが次から次へと溢れてくる。それは大変でもあったが同時に楽しくもある。二人は夢中になってやっていた。

 自分たちが成長しているのがよく分かるのだ。今まで出来なかったことが出来るようになる、今まで見落としていた穴が見つかる、バトルに負けても次に繋がるように改善する、演技が上手くいかなくてもどこが駄目でどうしたらいいのか。誰かと競い協力し合う。そうしてトレーナーもコーディネーターも、ポケモンたちも成長していく。

 

「よし、みんな今日はここまで。そろそろお腹も空いてくる頃だろ」

 タケシが全員に呼びかける。そういえば、とサトシがお腹に手を当てればぐう〜と空腹の音が鳴る。それに笑いながらも他の皆もお腹空いたと声を上げた。

 使ったフィールドに特に問題がないことを確認しセンターの中へ入る。手を洗った後に食堂で皆で夕飯だ。

「そうだ、せっかくなら私たち五人同じ部屋にしない? 何だかんだ久しぶりの再会なんだし」

 ヒカリの提案に意を唱える者は誰もいない。さんせーいと明るい返事が返ってくる。

 では早速、と受付にいるジョーイに声をかけルームチェンジの申請を行う。幸い四人以上が同時に宿泊できる部屋も空いており、トラブルもなくルームチェンジは完了した。

 その後は待ちに待った夕飯だ。旅をする者は必然的に野宿が多い。その際は携帯しているレトルトやインスタント食品、人によっては非常用の食品で済ませたりもする。空腹は凌げるし昨今の物は味も非常に良い。旅先でも材料から用意するパターンの自炊をする者は手間や労力、荷物の量を考慮すると間違いなく少数派であろう。

 だからこそやはり手作りの料理は特別な味わいなのだ。

「美味しいー! ピカチュウもどう?」

「ピカァ!」

「んー、このプリン最ッ高ー! 久しぶりに甘いもの食べた!」

「ポッチャァ!」

 一人旅のシュンとアサヒはそれが特に身に染みる。町に着いての食事はほっとする。

「私も一人旅になってからは自炊だもんなあ。まあお湯入れて三分とかばっかだけど。それに比べてサトシは羨ましい! タケシの手料理いつも食べてるんでしょ!」

 えっ、とシュンとアサヒの視線がサトシとタケシに向けられる。

「タケシの料理はねすっごく美味しいの。私も一緒に旅してた時食べてたんだ」

 その話を聞いた二人が「タケシさんの料理食べてみたい!」と目を輝かせる。それに続くようにヒカリも久々に食べたいと詰め寄る。

「落ち着け落ち着け。そうだな、明日のランチは俺が作るよ」

 やったー! と三人が歓声を上げた。ヒカリが二人に「たくさん食べていいからね」と作るのはタケシであるにも関わらず何故か許可を出していた。調子がいいなとタケシが困り眉になりながら笑うが、作る側としては美味しそうに沢山食べてくれるのは嬉しいものだ。張り切らねばと腕も鳴る。

 ——でも一番食うのはサトシなんだよなあ……。

 隣でピカチュウと楽しそうに夕飯を頬張る彼の姿を見て、内心そう呟いたのだった。

 

 ***

 

 翌日。午前から昨日の延長で特訓を続ける。

 一つずつ要点毎に立ち止まっての改善から少しずつ実戦形式に移していく。

「ポッチャマ、つつく覚えてるんだろ? なんであんまり使わないんだ?」

「ピカチュウ相手だとあまり大きなダメージにならないし、近くから電撃出されたらこっちがピンチになるかなって」

「アサヒは慎重なんだな。でも使えるものは全部使ってみようよ。よし、ちょっと見てて」

 サトシはモンスターボールの一つを取り出しあるポケモンを繰り出す。現れたのはくさばねポケモンのモクローだ。

「モクロー、バトルだぞー起きろー」

 ……飛びながら寝ていた。

 とりあえずサトシの呼びかけで覚醒し準備は良さそうだ。

「ピカチュウ、オレはモクローに指示出すから自分の判断で戦ってくれ」

「ピカ」

 

「行くぞモクロー、まずははっぱカッター!」

 モクローが羽を素早く振ると同時にはっぱカッターがピカチュウへと飛んでいく。ピカチュウはでんこうせっかを繰り出しそれを難なく避けてしまう。

「連続ではっぱカッター!」

 何発も放つがピカチュウには当たらない。多くのバトルを経験している彼は焦ることなく葉の一つ一つの動きを見切り、更に次に来る攻撃も読んだ上で避けている。これではどれだけ放とうともダメージを与えることは不可能だ。

 ここまでは昨日のポッチャマのバブルこうせんと何ら変わらない。

「つつくでピカチュウの懐に突っ込め!」

 はっぱカッターを止め、羽を畳んだモクローが猛スピードでピカチュウへと突っ込んでいく。

 ——いまひとつの威力でもダメージを与える作戦なのかな?

 バトルを見ながらアサヒは考えていた。サトシが伝えようとしている事は一体何なのか。

 少しのダメージでも稼ぐ? 傷つく事を恐れず勇気を持って相手へ突っ込む?

 それも大切だがこのバトルでは少し違う。

 ピカチュウは突っ込んでくるモクローに動じずにまた攻撃を避けた。でんこうせっかの力を使い大きく跳躍してつつくを避けたのだ。

 しかしピカチュウにとって得意な場はあくまでも地上だ。空を飛べないポケモンにとって空中は地上よりも不安定であり、どんな強者であっても生まれつき空を制する存在にはまず勝てない。それがどんなに僅かな滞空時間であってもだ。

「モクロー! そこからたいあたり!」

 ぐん、とモクローが急旋回し、まだ宙にいるピカチュウに強烈な足蹴りを喰らわせた。ピカチュウも諦めずに身体を回転させてたいあたりを避けようとしたが、それよりもモクローが蹴りを喰らわせる方が速かった。

「すごい……。当たった!」

 はっぱカッターはいくら放っても当たらなかった。遠距離で当たらないと判断したら、次は近距離の技を組み合わせてたいあたりをピカチュウに命中させる事に成功したのだ。

「効果がいまひとつ、効果がない技でも相手のバランスを崩したりするのに使えるんだ。ポッチャマだったらつつくで突っ込んで、かわされたり止められた瞬間に至近距離からバブルこうせんとか。そうしたら大ダメージになる」

 逆に相手が突っ込んできたり避けた瞬間に何か仕掛けてくるかもしれない、と警戒することで容易に相手のペースに持ち込ませないようにも応用できる。

「アサヒはコンテストバトルって経験したことある?」

「いいえ。私、ずーっと普通のポケモンバトルしかやったことないです」

「それならコンテストバトルもやってみようよ。シュンとさ、コンテストのつもりで。きっと新しい発見があると思うんだ」

 それはサトシの経験に基づくものだった。コンテストでの演技やバトルの組み立て方はジム戦にも応用できる。コンテストで魅せる技が意外なところで役立ったりするのだ。

「シュンー、アサヒとコンテストバトルしてみないか?」

 隣のフィールドでヒカリと特訓をしていたシュンに声をかける。シュンは不思議そうな顔をしていたが、ヒカリの方がサトシの呼びかけに食いついた。

「そしたら普通のポケモンバトルもやろうよ! シュンもアサヒも普段やったことないバトルできっといい経験できると思う!」

 当人である二人が置いてけぼりになっているが別に反対する気持ちはなかった。自分たちの良い特訓になるのなら何でもやってみよう。そんな考えを二人とも既に持っていた。

 早速やってみよう、と言いかけたところでタケシがやってきてストップをかけた。

「タイミングもいいしランチにしよう。今日はパンケーキだぞ」

 さっきまでの「特訓やります!」の雰囲気は何処へやら。パンケーキの一言で全員が「待ってました」と言わんばかりにタケシの元へと走ってくる。美味しいものは正義だ。

 

 ポケモンセンターの庭に広げられたテーブルの上には、人数分の皿に乗せられたパンケーキがずらりと並べられている。一番上には見ただけでふんわりとしていると分かる真っ白なホイップクリームが輝きを放っている。パンケーキだけではなく小さな容器に入った色鮮やかな物も見受けられる。

「モモンのみ、パイルのみ、ザロクのみ、ロメのみから作ったソースだ。好きなのをかけて食べていいぞ。但し! ちゃんと手洗ってこいよ」

 はーい! と良い返事と共に四人は揃って手洗い場に向かっていく。それを見て先輩も後輩も食事の前では同じだなあ、と感じるタケシであった。

 手洗いを済ませ、席に着いた順からソースをかけていただきます。初めてタケシの料理を食べたアサヒとシュンは声が出ないほどに感動していた。きのみの元の味の良さを砂糖で潰す事なく作ったソースの味は勿論、パンケーキをそのまま食べてもとても美味しい。ソースをかけて食べる前提であるから甘みはほとんどないのに何故か美味しいのだ。材料は決して特別な物を使ってはいないのに。一体何をしたらこんなに美味しくなるのだろうか。

 久々にタケシの料理を食べたヒカリはハイテンションだった。シンオウで別れて以来ご無沙汰だった料理に美味しさも嬉しさも一気に押し寄せてきたようだ。感動のあまりちょっと涙目だった。

 サトシはいつも通りだった。いつも通りに「うまーい!」と美味しそうに食べていた。

 特訓していないポケモンたちも皆ボールから出し、彼らには好きな味のきのみを添えたタケシ特製のポケモンフーズが配られた。此方も大好評だ。栄養バランスだけではなく、食事なのだから味も美味しくなければと考えて作られたフーズだ。

 もぐもぐ、ぱくぱく。ポケモンたちの食べっぷりがフーズの美味しさを物語っていた。

 

 ひとしきり味に感動したランチも終了。

 食事後の休憩を挟み再び特訓を開始する。そろそろコンテストバトルから始めようかと思ったが、時計はちょうど三時を指していた。今度はおやつがあるかもしれないとひっそり期待が高まる中、ある声が響いてきた。

「新発売のポケモンフーズの無料試食を(おこな)っておりまーす」

「ポケモンの体に優しい素材で作られたフーズでーす」

「気に入ったらこの場で購入もできるのニャー」

「そーなんすー」

 男女の二人組と猫目が特徴の小さい男性……だろうか。彼らがワゴンを押してセンターの庭へと入ってきた。横にはお手伝いをしているソーナンスもいる。

 その声は庭だけではなくバトルフィールドの方にも届いていた。ちょうどトレーナーとポケモンもセンターから出て活動している時間だ。商品の宣伝としてはグッドタイミングだろう。

 無料の試食と言うこともあり、多くのトレーナーたちが興味を持ったようにワゴンへと目を向けている。

「沢山来ると混み合うからポケモンだけ来てくれると助かりまーす」

 スタッフの女性がトレーナーたちに協力を呼びかけている。確かに一気に集まっては大変だろう。トレーナーたちからも特に文句などはなく、行っておいでとポケモンたちをワゴンの方へと送り出していく。

「ピカピカ」

「ピカチュウ、行きたい?」

「ピカ!」

「うん。行ってきていいよ」

 シュンのピカチュウはフーズが気になったようでワゴンの方へと歩いていく。アサヒのポッチャマはひかえめな性格だからか少し混雑が落ち着いてから行くようだ。

「サトシさんたちはいいんですか?」

「オレたちのポケモンはいいかな。だってタケシの作ってくれるのが一番美味いし。な?」

「ええ。ポッチャマも色んな市販品とか人の手作りのも食べてきたけど、やっぱりタケシの作ってくれるフーズが一番好きみたい」

「はは、照れるなあ」

 そんな会話をしつつワゴンへと近寄っていくポケモンたちを見る。ポケモンたちがワゴンの前に集まった瞬間だった。

 

 どっすーん。

 

 地面が落ちた。

 全員の頭の上に"!?"が浮かんだのは言うまでもない。

 地面が落ちた!? いやそうじゃない、あれ落とし穴だ!?

「一体何なのよ!」

 ヒカリが思わず叫んだ。

「『一体何なのよ!』と聞かれたら」

「答えてあげるが世の情け」

 言葉と共に販売員がばっと衣装を脱ぎ捨てる。彼らの本当の姿、そして耳に残るあの名乗り——御存知ロケット団である。

「あんたたち、まだこんな事やってるの!?」

 ヒカリの問いかけに隣にいるタケシとサトシが反応する。

「やってるやってる」

「オレたちの行くところに何故かいるんだよな。しつこいぞ」

 そしてそれに更に応えるのがムサシという女である。

「誰かと思えば三代目ジャリガールじゃない! 当然よ、強ぉ〜いポケモンをサカキ様に献上するんだから! ジャリボーイのピカチュウだってね! ニャース、よろしく!!」

「了解なのニャ!」

 ぽちっとニャ。

 ニャースが取り出したスイッチのボタンを押せば、何も無い筈なのだが何故か上空から網が落ちてきた。網は穴にいるポケモンたちをすっぽりと包み込んで逃げ出せなくしてしまう。まだこんな事をやっている、即ちヒカリの知るロケット団と変わらないのであれば、恐らくこのまま気球で網を引っ張り上げて連れていくつもりなのだ。

「……あれ、ジャリボーイのピカチュウあっちにいるぞ」

 コジロウがサトシのピカチュウを指差す。てっきり落とし穴の中にいると思っていたと言いたげな声色である。

「そんな訳ないじゃない! だってさっきピカチュウがこっちに来たの(あたし)見たわよ」

 あれ? とロケット団が全く同時のタイミングで首を傾げる。

「まあジャリボーイのピカチュウはすばしっこいからニャ」

「ソォォナンスッ!」

「だから食べ物で釣ろうって作戦だったんじゃないの!」

「ギリギリで落とし穴に落ちなかったんじゃないのか?」

 ——いえいえ違います。

「僕のピカチュウを返せー!」

 落とし穴に落ちたのはシュンのピカチュウである。

 ジャリボーイのピカチュウではない。大量のポケモンを捕まえてもジャリボーイのピカチュウがいないのならば、あの網の中の価値は半減どころの話ではない。

 ロケット団はレベル以上の強さを持つサトシのピカチュウをずっと狙い続けているのだ。なんとしても奪ってやると意気込むのは当然の流れであった。

「こうなったら力尽くで奪うわよ! 頼んだわよハブネーク!」

「マスキッパ、お前もだ!」

 現在ロケット団は本部に渡したポケモンを再び使用している。前よりは成果を上げていた彼らはそれなりではあるが、本部側に要求が通るようになっていた。自分たちのポケモンに注ぐ愛情は確かであるムサシとコジロウが、本部に預けているポケモンたちと一緒にいられるのならばそうしたいと願うのは自然な話である。

 その為全員ではないが偶然にも過去にシンオウ地方で活動していた時と同じメンバーがいくつか手持ちにいる。

「キパー!」

「いでででで! 違う! 俺じゃない! あっち!!」

 ——つまりマスキッパの噛みつきも健在である。

 

「タッグバトルか、やってやろうじゃん。ヒカリ、久しぶりに組もうぜ!」

「言われなくても! 私たちのコンビネーションまた見せてあげる!」

 サトシとヒカリ、ピカチュウとポッチャマ。かつてシンオウを共に旅して育まれた深い絆で結ばれたタッグだ。

 先に仕掛けたのはロケット団だ。ハブネークがポイズンテール、マスキッパがかみつくで突っ込んでくる。それをピカチュウはアイアンテールで、ポッチャマはつつくで受けてそれぞれ弾き返す。

 続けてポッチャマがバブルこうせんを放つ。普段より多めに放たれたバブルこうせんはハブネークとマスキッパの二体を狙えるほどだ。ただそれでは肝心の威力が落ちてしまう問題点がある。バブルこうせんは相手一体に狙いを絞るのが本来の使用方法だからだ。

 しかし本当の狙いはその後だ。

「ピカチュウ! 二体に向かってそれぞれエレキネット!」

 バブルこうせんの後ろからエレキネットが泡を割りながら飛んできた。あくまでもバブルこうせんは意識を逸らす為の囮だ。反応が遅れたロケット団は指示も間に合わず、二匹はエレキネットに捕獲される。

 

「一気に決める! ヒカリ、オレたちに任せてくれ!」

 サトシが体の前で両手首を交差させる。左手首のZパワーリングとデンキZが輝きを放つ。

 余談だが1000まんボルトとの使い分けをしたい時もあるだろうとククイ博士がサトシに別のデンキZを託していた、それはもうにっこにこで。親バカである。

 Zワザを放とうとするサトシを見たヒカリは驚くどころか、悪戯っぽく笑って自身の左手首に装着されている物をサトシに見せた。

「サトシ、これなーんだ?」

「え……えええぇぇっ!? ヒカリもZリング!?」

 それはアローラの地で試練を乗り越えた者のみが所持を許されるZリングだ。そしてリングには水面のような青をしたミズZが煌めいている。

 何故今まで気づかなかったのか。サトシは後に「ヒカリがつけてたからそういうアクセサリーに見えた」と語った。

「詳しいことは後でね! 私たちのゼンリョクだって見せてあげる!」

 ヒカリも手首をクロスさせ発動の構えに入る。もう二人には言葉は要らない。魂の双子とも呼べる二人にはどのタイミングで何をすれば良いか、言わずとも全てが分かっていた。

 心をポケモンと一つにし、その力を最大限引き出す為にクリスタルと共に伝えられてきた大切なゼンリョクポーズ、絆を高め放つ全身全霊のゼンリョクワザ。

「これがオレたちの」

「私たちの」

 ——ゼンリョク!!

 ポーズにより高められたワザのエネルギーがポケモンへと注がれる。エネルギーを腹の底にしっかりと抱え、ピカチュウとポッチャマはワザを放つべき相手を両の眼に捉えた。

「スパーキングギガボルト!!」

「スーパーアクアトルネード!!」

 ピカチュウとポッチャマから放たれた二つのZワザは真っ直ぐにロケット団へ飛んでいく。今ここに同じくZワザを使える上に、素の実力も高いミミッキュがいたら対抗も出来たのかもしれない。しかしミミッキュは現在アローラでキテルグマたちと共に生活しているのだった。

 否! ミミッキュがいなくともリングとアクZがあればZワザは出せる! 更に否! ハブネークとマスキッパはエレキネットで捕まってるのでまず技自体が出せない!

 ……終わったな。

 誰もがそう思ったがたったひとりだけ諦めていない奴がいた。

「まだなのニャー!! ぽちっとニャ」

 ニャースだった。

 

 二つのZワザが命中して大きな音と爆風を生む。それが収まり見えてきたのは丸焦げでボロボロではあるものの、まだなんとかその場に立ち留まるロケット団の姿だった。

 いつもならあのレベルの攻撃を喰らえばヤな感じ〜! と飛んでいく筈なのだが今回は違った。

 諦めていなかったニャースが押したのは足元に隠されていた防御壁の起動スイッチだった。二つのZワザはそれすらも打ち砕き、ロケット団へ大ダメージを与えていたのは確かである。しかし防御壁の存在で吹っ飛ばされることだけは辛うじて免れたのだ。

「良くやったわニャース……」

「当然なのニャ……」

 ボロボロである事に変わりはないが。

「それなら、あとは……」

 ぶるると体を震わせ、泥やら焦げやらを払い落とし立ち直る。彼らは吹っ飛ばされなかった時点である意味勝ちなのだ。

「帰る!」

 ニャース顔の風船が特徴の気球がロケット団の背後から現れる。気球からフックが伸びそのまま網に上手く引っかかる。フックが確実に引っかかった事を確認するなり、ロケット団は気球へと乗り込んでしまった。

「やばっ!」

 反射的にサトシとピカチュウは駆け出していた。結局いつもの手だ。これじゃみんなのポケモンが連れていかれる!

 その反射的に駆け出したサトシを見て更に反射的に叫んだのがタケシだ。

「ヒカリ、あいつまた無茶する! サトシの無茶止めてくれ!」

 人の為、ポケモンの為に簡単に自分の身を投げ出してしまう姿を一番近くで見てきている。サトシの美徳ではあるが命がいくつあっても足りない行為であるのに変わりはない。頼むから無茶だけはしないでほしい。

 ヒカリはタケシの言葉に頷き駆け出した。

「任せて! サトシの無茶を私が半分受け持てばサトシの負担は減るもんね!」

 ——ヒカリ、違うんだ。

 タケシはその場に膝から崩れ落ちた。

 

 気球が上昇し、ポケモンたちが捕まえられている網も地面から離れていく。

 どうする、網を切る? いやロケット団のことだ、ピカチュウの技対策くらいはしてある筈。じゃあフックを壊す? それも難しい。焦って出した技はポケモンたちに当たるかもしれない。

 考えている間にも網は上へ上へと昇っていく。

 ——もう考えてる時間なんてない!!

「うおおおおぉぉおおぉ!!」

「ピカアアアァ!!」

 地面を強く強く蹴って跳び上がる。必死に手を伸ばす。頼む! 届け!!

 伸ばした手はぐっと網を掴んだ。自分が落ちてしまわぬようにそのまま網にしがみつく体勢を取る。ピカチュウも同じく網にしがみついていたが、危ないからとサトシの頭の上に避難してきた。

 しかしあっという間に地面との距離は広がっていく。もう飛び降りることも出来ない。下へと視線を移せばヒカリとタケシが自分たちの名を叫んでいる声が微かに耳に届いた。

 

 ……あ、また心配かけてるな。……ごめん。でも絶対にみんなを助けるから。

 心の中で二人に謝罪し、すぐに意識をポケモンたちの救出に切り替える。

 ロケット団はサトシとピカチュウが網に飛びついたことに驚きながらも、空では容易に手が出せないだろうとピカチュウ捕獲作戦の計画を立て始めた。さっさとこの場にある物を使ってピカチュウを捕まえてしまおう、自分たちの方が圧倒的に有利だ。悪どい笑みを浮かべながら計画を立てていく。

 当然サトシも黙ってこのまましがみついてはいない。何とか捕まったポケモンたちを逃がしたいがこの高さでは危険だ。網を切ることに成功しても、このままポケモンたちに飛び降りさせることは出来ない。空を飛べるポケモンでない限りは大怪我をしてしまうだろう。

 必死に頭を動かす。何か、何かないか。ひこうポケモンに手伝ってもらう? いや足りなさすぎる。大型ポケモンともなればもっと手がいる。

「……そうだ!」

 イッシュ地方のニュートークシティでゲノセクトたちが起こした騒動を思い出した。あの騒動の最後、空高くから落ちてきた赤いゲノセクトとミュウツーを受け止めた方法がある。水をエスパー技で空中に固定して大きなクッションにすれば良い。気球はある程度の高度に達してから目的の方向に進み出すから、ほんの少しだがまだ時間に猶予は残されている。それに幸いにも水のクッションを再現できるポケモンが今手持ちにいる。

「ヨルノズク、ミジュマル、キミにきめた!」

 ヨルノズクを繰り出してその背にミジュマルを乗せる。

「モクローも!」

 モクローには足でしっかりピカチュウを掴んでもらう。以前よりも成長したモクローはしっかりとポケモンを掴み、安定して飛べるようになった。

「ピカチュウ、ミジュマル、下で大きな水のクッションを作ってくれ。ゲノセクトとミュウツーを受け止めたみたいに」

 ヒカリのポッチャマ、アサヒもリーシャンが手持ちにいる。もしかしたら他のトレーナーにもみずタイプとエスパータイプの技を使えるポケモンがまだいるかもしれない。何とか協力を仰ぐのだ。

「ピカチュウは全体のリーダー、ミジュマルはみず技を使うポケモンのリーダー。ふたりとも実際に水のクッションを見てるから絶対に大丈夫だ。ヨルノズクはエスパー技を使うポケモンのリーダーを頼むよ。モクローはピカチュウを下まで送り届けてくれ。

 みんな頼むぞ。信じてるからな!」

 誰でもないサトシの頼みだ。任せてくれ! と言わんばかりに四体が頼もしく返事をする。

 

 場所は変わって地上。急ぎピカチュウたちが降りてきた。

 ピカチュウがヒカリのポッチャマに何をしたいか伝え、まずはピカチュウたちで水のクッションを作る。他のトレーナーに協力してもらうには、まずヒカリとタケシに理解してもらった方が手っ取り早い。

 ミジュマルのハイドロポンプとポッチャマのうずしおで大量の水を出し、ヨルノズクのねんりきで空中に固定する。それをどう使うかとしてモクローが上からぽちゃりと落ちてくる。それだけでヒカリとタケシには充分過ぎる程に伝わった。

 タケシがポケモンを奪われた他のトレーナーに呼びかける。みずタイプの技とエスパー技を組み合わせてクッションを作り、皆のポケモンを受け止めるようにする。もしできるポケモンがいればどうか協力してほしい。

 この提案に首を横に振る者がいるだろうか。否、いる訳がない。誰もが大切なポケモンを助けたいのだ。

 ヒカリはアサヒとシュンに声をかける。

「二人とも、協力出来そうな子いる?」

「私はポッチャマと、あとリーシャンがいます!」

「僕はタマンタがいます! ピカチュウ取り戻さなきゃ!」

「オッケー! じゃあ役目ごとにまとめるお手伝いお願い!」

「はい!!」

 すぐに多くのトレーナーとポケモンたちが集まり準備が始まる。ピカチュウが全体のバランスを見ながら円型に配置を整え、ミジュマルはみずタイプの技のリーダーとして真剣ながらも大役を任されたと張り切っている。ヨルノズクはその頭脳を働かせ、どのような角度から技を出せば無理なく支えられるかを弾き出し指示を出す。

 モクローは応援していた。

「ピカチュウ、これで全部よ!」

「ピカ!」

 作戦開始だ。

 ミジュマルの指示で一斉に中央に向けて水を放つ。同時にヨルノズクの指示でエスパー技で水を空中へ留め、クッションとして使えるように大きく厚くしていく。

 無事にクッションが完成したのを確認したピカチュウは、上空にいるサトシに届くように電撃を空へ放つ。

 

 場所は再び上空。

 水のクッションとピカチュウの電撃を確認したサトシは新たにポケモンを繰り出した。

「グライオン、キミにきめた!」

 網は恐らくピカチュウ対策がされている。つまりでんき技とはがね技には強い。ならばそれ以外のタイプの技で攻撃するまでだ。

「グライオン、シザークロス!」

 中にいるポケモンたちを傷つけないように気をつけてのシザークロス。むしタイプの技であるシザークロスのおかげで網は呆気なく破れ、ポケモンたちが抜け出せるほどの穴が空いた。

 すぐにグライオンをボールに戻す。風を利用して空を飛ぶグライオンはその場に長い間空中浮遊ができないからだ。

「みんな、下にある水のクッション目掛けて飛び込むんだ! 空を飛べるポケモンは水の苦手なポケモンを乗せてくれ! パートナーのところに帰るんだ!」

 高所から飛び降りるのは怖いし嫌に決まっている。でも大好きなトレーナーと離れ離れになるのはもっと嫌だ。

 意を決して穴からクッション目掛けて飛び降りていく。一匹が飛び降りれば他のポケモンもどんどん続く。クッションは大きめに作ってあるからまず地面に激突はない。また思いの外空を飛べるポケモンが多く、水が苦手なポケモンだけではなくどうしても飛び降りられないポケモンたちも彼らが運んでくれた。

 そうして一分も経たぬ間に網の中は空っぽ、無事脱出だ。また同時に水のクッションが崩れてしまった。支えるポケモンたちにも限界が来たのだ。

 でもポケモンたちは無事助かった。サトシはそれだけで安心だった。

「よーし、これで行くわよ」

「完璧なのニャ」

「じゃあ早速……って、ああっ!! ポケモンたちがいない!!」

 計画を立てることに夢中になりすぎたロケット団は自分たちの真下で何が起こっているか全く気づかず、時既にすっかり遅し。ピカチュウすらいない。残っていたのは網にしがみついているサトシだけだ。

「残念だったなロケット団、ポケモンたちはみんな下だ」

「きーっ! 悔しーっ! でもアンタはもう無理ね! ピカチュウをおびき寄せるエサにでもしてあげるわ」

「ほら、さっさと上がってこい。もう何も出来ないしそこじゃ普通に危ないぞ」

 何気に心配していた。そういう所があるから彼らは根っからの悪役には向かないのだ。悪の組織に所属している癖に性根の優しさが大きすぎる。

 そんな所は嫌いじゃないのだが、とサトシは小さく笑った。だけどそんな提案を呑むつもりもない。

「やだね。ピカチュウに迷惑かけるくらいならオレは違う道を選ぶ」

「えっ、ちょっ、ジャリボーイアンタまさか」

「落ち着くのニャ、ニャーたちはおミャーにそこまで酷い目に遭ってほしいわけじゃないのニャ」

「早まるな早まるな! 悪いようにはしないから、な! とりあえずそこは危ないからってだけだ! ほら手伸ばせ!」

 普通悪なら勝手にしろ、寧ろ落ちろくらいは言いそうなものだ。そういえば彼らは"ラブリーチャーミーな敵役"で"悪役"ではないのだ。善の悪とも自称していた。真逆の単語なのに。

 ロケット団やめちゃえばいいのにとは流石のサトシも思いこそすれど言わなかった。

 

「お前らに利用されるくらいなら、オレはこの手を離すさ!」

 サトシは迷わず網から手を離し、頭から地面へ真っ逆さまに落ちていく。叫んだのはロケット団だけではない。地上にいるヒカリやタケシ、アサヒにシュン、そしてピカチュウたちも悲鳴と変わらない絶叫を上げた。

 全身に落下する風を浴びながらサトシは笑っていた。ヤケになったからではない、諦めたからでもない。

「切り札は最後まで取っとかなきゃ!」

 ——だってオレには信頼できる仲間がいるから。頼れる彼が、結晶塔から落ちたあの時にも助けてくれた彼が、今も一緒にいてくれるから!

 

「リザードン、キミにきめた!」

 

「……よっ、と」

 ぼすりと空中に繰り出されたリザードンの背に受け止められ体勢を整える。首近くの背に跨り、手を伸ばして首を優しく撫でた。

「サンキュー、リザードン」

 サトシの言葉に対して当たり前だろと言うようにリザードンが吠える。

 ロケット団も地上の者も脱力した。安堵の溜息ってこれなんだろうな、と痛感した。

 リザードンは大きく羽ばたき、ロケット団の気球の正面の位置を取った。

 ——あ、まずい。

 本能が告げていた。サトシのリザードンの力はロケット団だってよく知っている。このまま黙っていてはただやられて終わりだ。

「いや、まだなのニャ! ニャーたちにはソーナンスがいるのニャ!」

「そうね! 私たちのソーナンスを舐めてもらっちゃ困るわ!」

「跳ね返しちゃえば怖くないもんねー!」

「ソォォナンス!!」

 ロケット団のソーナンスの実力は何気に高い。カウンターとミラーコートを自分で使い分ける優れた判断力だけでなく、高威力であろうとほとんどの攻撃を跳ね返してしまう。ロケット団が背中を支えれば伝説級のポケモンの技もなんとかなってしまう。ロケット団にとっての頼れる仲間のひとりだ。

 

「じゃあ、跳ね返せないくらい強い技を出せばいいんだな?」

「え」

 左の手にグローブを嵌める。甲に輝くのはキーストーンだ。

「お前たちが全力で跳ね返すなら俺たちも全力でそれを貫いてやるよ! 行くぜリザードン、メガシンカ!!」

 キーストーンに触れ力強く叫ぶ。溢れる光、繋がる心と心、Zワザとはまた違う"キズナ"の形。そのキズナの光はリザードンが持つメガストーンと結びつき新たな姿を生み出す。

 メガリザードンY。二つの姿にメガシンカを可能とするメガリザードンの一つの形。

 メガリザードンYとなったことにより特性は"ひでり"へと変化し太陽の光が一気に強くなった。

 日差しが強い状態、メガシンカ、ジャリボーイのリザードン、十中八九飛んでくる最大威力の技。この要素から弾き出されたロケット団の脳内計算結果は——。

 無理。

「リザードン、最大パワーでブラストバーン!!」

 リザードンは空気さえも震わせる雄叫びで応える。鼻から空気を目一杯吸い込み、腹腔に力を込めて炎を圧縮する。一瞬だけリザードンの動きが静止したかと思いきや、ぐわりと開かれた口から灼熱の炎が噴き出した。あらゆる物体を燃やし尽くしかねない勢いで迫ってきたが、ロケット団も諦めなかった。

「ソーナンス宜しく!!」

 ソーナンスの背に隠れるようにしてその背を全員で支える。

 五秒は耐えただろうか。けれどソーナンスも限界を迎えてしまい、ミラーコートの壁は破られてしまう。

 空中で起こった大爆発は炎が入り混じった黒煙を生み出した。ロケット団は名前を表すかのようにいつも通り空へ打ち上げられ飛ばされていく。「ヤな感じ〜!」の叫びも添えて。

 

 ***

 

 メガシンカを解いたリザードンと共にサトシが地上へと降りてくる。大勢のトレーナーとポケモンは歓声と拍手で感謝の意を示した。

 ピカチュウ、ミジュマル、モクローはサトシに駆け寄り我先にと抱きつく。無事で良かったと涙目になりながら頰をすり寄せた。ヨルノズクは抱きつきこそしなかったが、ほっとした表情で微笑んでいた。

 その後はジョーイに何が起きたかの説明や全員のポケモンが戻ってきたかの確認、ロケット団の作った落とし穴埋めと後始末に駆け回ってしまった。そろそろジム戦やコンテストバトル形式での特訓もしたかったのだが結局何も出来なかった。全て終えた頃には日も暮れてお腹もぺこぺこ。空腹に夕飯は最高だった。

 

「サトシさん、ヒカリさん。私たちお風呂入ってきますけど……」

「どうせならタケシさんも一緒にみんなでどうですか?」

 ポケモンセンター内の大浴場へ行こうと準備をする双子二人がサトシたちに声をかける。特訓やロケット団の騒動のせいで体も汚れているし、くたくただから疲れを取りたいのも当然である。

「あー、先に入ってきておいで。俺たちは後で入るよ、ちょっとやることがあるんだ」

 答えたのはタケシだ。いつも通りの声色だが状況はいつも通りではなかった。

 サトシとヒカリがタケシの前で正座している。

 なんかまずい気がすると察した二人はそれ以上誘うことなく、ポケモンたちを連れて浴場へと向かっていった。

「……なんか、お姉ちゃん思い出した」

「僕たちのこと叱る時のお姉ちゃんみたいだったね……」

 双子がこう話していたのをサトシたちは知らない。

 

「さて、こういうことはあまり言いたくないんだが……。どうして正座させられてるか分かるか?」

 早い話が"どうして怒っているか分かるか?"である。この言葉を多用するのはあまり宜しくないとタケシも重々承知しているが、今回はサトシもヒカリも怒られる理由をしっかりと自覚していた。

 サトシは網にしがみついたのは百歩譲って許すとしても、ポケモンたちの救出が終わったらその手を迷わずに離した事。しかもクッションが崩れてしまったのにも関わらずだ。リザードンを出すつもりなら出してから手を離してほしい。

 ヒカリは無茶をしようとした事。サトシの無茶を半分肩代わりしても直接サトシの無茶を止める事に繋がらない。無茶の度合いが大きければヒカリの危険も大きいのだ。

「サトシ、この間無茶して怪我したばかりなのは誰だ?」

「オレです……」

「ヒカリ、場合によっては半分の無茶でも危ない時があるのは想像できるだろ?」

「はい……」

「十の無茶を半分しても五だが、百の無茶を半分にしたら?」

「五十です……」

「前者の何倍だ?」

「十倍です……」

「サトシの無茶は百だぞ」

「よーく分かりました……」

 普段であれば二人の味方であるピカチュウとポッチャマだが、今回ばかりはタケシの味方だ。ふたりもサトシとヒカリに怪我されるなんて絶対に嫌なのだから。

「ってかサトシ怪我してたの」

「ヒカリ、ちょっとサトシのズボンの両足捲ってみてくれ」

 そっと足首側からズボンを捲るとサトシの両足には包帯が巻かれていた。包帯の様子からまだ新しいことが見て取れる。

「この間野生のリングマがいきなり襲ってきたんだ。いきなりだったから逃げるしか出来なくてな。その時にピカチュウが足を滑らせて、攻撃されそうになった時にサトシが庇ったんだ」

 いつものピカチュウであれば10まんボルトで一撃だっただろう。しかし長らく森の中を歩いていたタイミングであり、サトシだけではなくピカチュウにも疲れが溜まっていた。普段通りのコンディションではなく運が悪い状況だった。

 ピカチュウのコンディションはサトシも理解していた。トレーナーとしては立派であるがそれが仇となってしまった。咄嗟にピカチュウを抱え離れようとしたが、振り下ろされたリングマの爪はサトシの足へと命中してしまった。

「幸いただの深めの切り傷だったから良かったものの……。出血量はなかなかだから俺だってびっくりしたんだからな」

「ごめんなさい……」

 タケシも分かっていた。いくら言ってもサトシにはほとんど効果がないことくらい。大変な事態になった時、本当にサトシの体は勝手に動いてしまうのだ。自分が動いてその後どうなってしまうかまでは思考が回らない。目の前の大切なものを守りたいと、ただそれしか考えていない。

「今よりほんのちょっとでいいから自分の身を大事にしてほしいだけなんだ。勿論ヒカリもな。何かあったら俺も首根っこ掴んででも飛び出すのを止めるから、頼むよ」

 本当にそれだけだ。

 サトシとヒカリは反省しているし、タケシもまた自分の伝えたい内容は言い切った。それでもうおしまい。タケシもまた無茶を止められなかった事を深く反省しているのだ。

「よし、風呂入るか。みんな疲れただろ」

 お説教は終わり。今日は疲れたからゆっくりしよう。

「はーい!」

 きっちり反省したら重たい空気は引き摺らない。いつも通りの三人に戻っていた。

 

 ***

 

 ロケット団の騒動の翌日。コンテストはとうとう明日に迫っている。シュンは勿論、ヒカリもポケモンたちの調整をする筈だったのだが。

「私は今回はパス! なんかシュンがどうなるか見てみたくなっちゃった!」

 出場を辞退してしまった。以前の自分のように大切な事を忘れていたシュンが立ち直っての初めてのコンテストを見届けたくなったのだとか。

「よーし、じゃあ今度こそアサヒとシュンでコンテストバトルとジム戦意識のバトルしてみようぜ」

 昨日出来なかったバトルを今日こそやってみる。

 まずはポッチャマとピカチュウでコンテストバトルからだ。シュンは明日のコンテストを意識して、アサヒはポケモンを"魅せる"事をまずは意識してのバトルだ。ポイントは本番と違い存在しないので審判役のタケシが止めるまでという緩いルールで行う。

 そうして行われた二人のコンテストバトルにおいて、シュンにとっては演技の総仕上げも兼ねていたが、アサヒとポッチャマに改めて大切な事を気付かされた。

 アサヒとポッチャマはコンテストバトルは初めてだ。それ故にコンテストでは技をどう使うべきなのかに慣れていない。しかしその代わりに"ポケモンの体そのもので魅力を伝える"事を第一に考えていた。ポケモンのありのままの姿こそが何よりの魅力であると考えて出されたアサヒの指示は、単にバトルで負けない事だけに留まらない。ポッチャマが輝けるように必死でがむしゃらでありながらも、見る者にとって確かに魅力が伝わる動きを指示していた。

 主役は紛れもなくポッチャマであった。

 

 次にジム戦リベンジを控えるアサヒの実戦練習の為、シンプルに勝敗を競うポケモンバトルを行う。アサヒはポニータ、シュンはタマンタ。コンテストバトルではタイプの相性が直接の有利不利には繋がらなかったが、ジム戦を意識したこのバトルではアサヒにとって非常に相性が悪い。しかしアサヒたちがこれを望んだ。難しい状況でどう戦うかを考えなければならない時が必ずあるからだ。

 このバトルでは先程とは逆にアサヒがシュンとタマンタに気付かされた。

 シュンの判断は素早くその幅が非常に広い。これはコンテストで培われた能力だ。コンテストバトルでは相手の技も利用して自分のポケモンの魅力を伝える戦法が当たり前の世界である。それを経験しているからこそ相手の動きへ臨機応変に対応ができる。ポケモンのレベルそのものは確かにポニータの方が上だが、レベル差を戦略と技の使い方で補っているのだ。

 その場で出来る最大限の努力、そして次へ繋げられるように頭の中は常時冷静であるよう努める。シュンとタマンタは最善の選択を導き出そうと、慣れない場でも必死に喰らい付いていた。

 

「アサヒ、コンテストでもいい結果残せるんじゃない? ポッチャマ凄くかっこよかったよ」

「シュンだってジム戦やってみればいいのに。ジムリーダーにだって勝てちゃうかも」

 バトルが終われば相手を讃える言葉が自然と出てくる。二人は大切な双子の兄妹であり約束をした仲間であり、共に夢を目指すライバルだった。

 そんな姿を見る事が出来たサトシたちも二人を嬉しそうに見つめて笑っていた。

 

 ***

 

「シュンはズイを通ってヨスガシティに行くのね?」

「はい。ノモセから来たので次はヨスガに行こうかと。またすぐにコンテストがあるみたいですし」

 ポケモンコンテスト、トバリ大会は見事にシュンの優勝で幕を閉じた。連続して通らなかった一次審査も危なげなく突破し、二次審査も"主役はポケモン"である事を忘れずに勝ち進んだ。彼はポケモンたちと共に壁を一つ乗り越えられた。

 

「えーっと次のジムだから、アサヒはノモセジム?」

「はい。四番目のバッジも絶対手に入れます!」

 アサヒはコンテストの翌日にトバリジムにリベンジへ行った。そしてリベンジを果たし無事にジムリーダーのスモモからコボルバッジを貰えたのだった。

 その時スモモから諦めないで挑み続け、しっかり成長を見せてくれたと褒められたのだ。それが余計に嬉しくて、共に挑んだポッチャマたちと抱き合って沢山沢山喜んだ。彼女もまた壁を一つ越えることが出来たのだ。

「ヒカリさん、皆さん。本当にありがとうございました!」

「サトシさんにも皆さんにも、とーっても感謝してます!」

 困っている人がいたら見過ごせない。サトシたちはそんな人だから後にライバルとなる存在であったとしても、悩んでいる後輩コーディネーターやトレーナーは放っておけないのだ。でも成長出来たのは紛れもなく本人たちの力だ。自分たちはちょっと背中を押しただけだ。

 

「アサヒ。僕たち絶対グランドフェスティバルに出場する。トップコーディネーターになるって夢の最初の目標だから」

「シュン。私たちもバッジを集めてシンオウリーグに出る。いつかチャンピオンになる、私の夢の最初の目標」

 二人は改めて互いに約束を交わした。次にシンオウ地方のどこかで出会うなら、胸を張って今の自分たちはこうだと言えるように。失敗するのは挑戦しているから、悩んでいるのは壁を乗り越えたいから。何も恥ずかしくなんてない。

 そうして二人はトバリシティを旅立って行った。

 

 

「私、トバリデパートで買い物したいなー! 新しいシールも買わなくっちゃ!」

「俺たちも足りない物買うぞ」

「ボール無かったっけ」

「ない。きずぐすりもない。ついでにお前の足に塗る薬もない」

「あー……うん。じゃあオレたちもトバリデパートか」

 三人は顔を見合わせ、堪え切れずに吹き出して笑い声を響かせる。

 

「ねえ。改めて聞くけど今のサトシは何が目標?」

「オレはシンオウリーグのリベンジ。今度こそ優勝ゲットだぜ! ヒカリは?」

「私もシンオウのグランドフェスティバルリベンジ。やっぱり地元で優勝したいよね! タケシは今は旅するドクターだっけ?」

「ああ。各地のポケモンセンターの手伝いとか多くのポケモンの知識もまだまだ要るからな」

 三人は皆シンオウを旅する。かつて三人で旅した彼らが次に選ぶ言葉なんてとっくに決まっている。

 

「また一緒に旅をしよう!」

 ピカチュウとポッチャマもハイタッチをして喜び合う。

 

 出会い別れて、またどこかで出会って一緒に歩き出す。終わりなんてない、夢を目指して進み続ける。

 彼らの旅はまだまだ続く。続くったら続く。

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