You are our Hero!! 作:直樹
この度大変めでたく、私が推しているポケモントレーナーがポケモンワールドチャンピオンシップス——通称PWCSのハイパークラスに昇格しました。
元々スポーツとしてのポケモンバトルが好きだ。毎年行われている我がガラル地方のジムチャレンジは勿論、他地方のリーグ戦もシーズンに入ると欠かさずに見ている。契約している有料チャンネルのほとんどはこの為にあると言っても過言ではない。ポケモンとトレーナーの信頼関係、そこから生まれる無限に広がる色とりどりの戦略、そして勝ち負け。熱くならないなんて無理な話だ。
今開催中のPWCSのランキング速報と新着情報は一日の終わりに必ずチェックしている。参加資格を持つのは全世界のトレーナーのため地方リーグとは別の興奮がある。その上一般トレーナーもジムリーダーも四天王も、果てにはチャンピオンだろうと関係ない。ある意味で全員平等なのがPWCSの魅力だ。
余談だが各地方のチャンピオンに及ぶどころか、一部では超えているとまで評される実力を持つフロンティアブレーンの皆さんは参加していない。契約でPWCSへの参加が禁止されているのだ。また単に契約上の問題だけではなくブレーン以外の仕事もこなしていたり、さして大会のレコードには興味がない人が多いのも理由だったりする。ある意味では強さとは何かを最も理解しているが故に不参加なのかもしれない。かっこよすぎである。
——と前置きが長くなったが、とにかく本日私の推しがハイパークラスに昇格したのです。
仕事を終えて帰宅し、夕飯とシャワーを済ませてスマホから確認していたランキングを見て悲鳴を上げた。事件かと勘違いされて通報されませんように。
私の推しが誰かって? ガラルの人だからダンデさんとかって? 確かに好きなトレーナーの一人だが違う。
私の推しは過去にも未来にもただ一人、赤いキャップと肩に乗せた相棒のピカチュウがトレードマークの少年だけなのです!
「見てピチュー! サトシくんがハイパークラスまで来た!!」
マサラタウン出身のサトシくん以外にいる訳ないじゃないですか!
ソファで食後のおやつを食べているピチューへでんこうせっかの気持ちで駆け寄る。スマホの画面を見せてサトシくんの写真を指させば、ピチューもソファの上で跳ねて喜んでくれた。
私がサトシくんの大ファンのせいで、ピチューもなんとなくサトシくん=私の推しであることを理解している。更にサトシくんの一番の相棒がピカチュウと自身の進化形な事もあって、ピチューもサトシくんのピカチュウを応援している。
「は〜……これでまた仕事頑張れる……」
右手で目を覆い天井を仰いだ。推しが頑張っている。それだけで私も頑張れる。
「ねぇピチュー、お給料入ったらお昼ご飯外で食べちゃおっか、デザートも頼んじゃお! サトシくんのハイパークラス昇格祝い!」
あといつも頑張ってる私へのご褒美。自分は定期的に甘やかすべきだ。
「ぴちゅ!」
よーし決まり。
***
私がサトシくんを知ったのは以前に開催されたシンオウリーグ、スズラン大会だった。
今はすっかり彼のファンだからスズラン大会の推し試合はサトシくん対シンジくんの準々決勝なのだが、知ったきっかけは準決勝の方だ。
スズラン大会にはずば抜けてとんでもないトレーナーがいた。幻のポケモンのダークライがパートナーのタクト選手だ。予選も本戦もダークライのみでずっと勝ち進んできて、目が節穴かと揶揄されるくらいのド素人が見たとしても目立つ選手だった。
そんなタクト選手のダークライが唯一黒星をつけられた相手がサトシくんと彼のポケモンたちである。
私は今も昔もポケモンバトルは見てとにかく楽しむ派なので、別に戦略やポケモンごとの能力やその違いには大して詳しくない。そんなド素人の私からしても、ダークライ一匹で勝ち進むタクト選手は凄まじいと感じていた。だって明らかに異常なまでの強さを誇っていたのだから。観戦者も、下手すればリーグの参加者さえも、今回のシンオウリーグはタクト選手の圧勝で終わる大会だと察しはついてしまっていた。
だからこそ二匹目のポケモンを引きずり出したサトシくんたちには心底驚かされた。テレビの前で悲鳴に近い声を上げながらスタンディングオベーションしたくらいだ。
ただタクト選手の二匹目も伝説と呼ばれるポケモンのラティオスで、結局サトシくんたちは準決勝で敗退してしまった。しかしタクト選手は続く決勝をダークライ一匹で勝利してしまったので、ダークライを撃破出来たのはこの大会ではサトシくんたちのみだ。メディアによっては実質準優勝と評価されていた。
そういう訳でこの大会をきっかけとして私はサトシくんのファンとなりました。寧ろあれを見て惚れない奴がいるのか。
スズラン大会後は過去に出てた大会を調べて映像を見てみたりと出回っている情報を漁り尽くした。その中では地方リーグ以外の実績も知ることが出来た。サトシくんはスズラン大会の時点で既に地方リーグに三回の出場経験、オレンジリーグの名誉トレーナー、カントーのバトルフロンティア完全制覇と知る人ぞ知る実力のあるトレーナーだった。
さすがに最初の地方リーグはお世辞にも実力があるとは思えないバトルも多々あった。それでも次のリーグではかなり成長していたし、ダークライを撃破できたのは運などではなく間違いなくサトシくんの実力だったのだと改めて納得した。
その後はイッシュリーグからの情報は欠かさずに確認している。いくら実力のあるトレーナーとはいえサトシくんも一人の人間である。そんな簡単に彼がどの地方にいるといったプライバシー的な情報は公表されない。さすがにその点は良識のあるファンが集う情報交換サイトを利用している。ジムやリーグによってはチャレンジャーの情報が載ったりするので、そんな細かい情報を掻き集めて次はどのリーグに姿を現すか調べているわけだ。
それっぽい人を見かけた! と無断で写真を上げたらすぐアカウントはBANされます。情報は公的なソースがある物、本人からきちんと許可を受けた物に限られます。マナーやモラルの無い迷惑な厄介ファンとは違うのです。
私も私自身の行為でサトシくんの評判が落ちないように常々気を使っている。ファンの民度が悪くて対象とされる人物まで苦手になった話はどの界隈でも絶えない。
ただ情報の中にはなんか物凄い事件が起きてそれの解決に協力したのがサトシくんだった、なんて事もある。別の意味でびっくりである。
因みに新規さんは驚くが、しばらくすると「サトシくんまた巻き込まれたの……」などの心配へ変化する。すっかり保護者面である。
サトシくんとのあまりにも一方的な出会いを思い返していたら、いつの間にか注文した料理が運ばれてきていた。
本日は給料日後の休日、前にピチューと約束した外でお昼を食べる日である。
「ぴー、ぴちゅ」
「そうだね、食べよっか!」
今日の昼食はガラルカレー専門店で頂く。カレーはガラルの一般的な家庭料理だが、時たま無性にプロの作る味が食べたくなる。
私はジューシーカレー、ピチューはあまくちココナッツカレーだ。熱々のカレーを少し冷ましてからぱくりと一口。
「あ〜……美味しい……。いつ食べてもリザードン級……」
お店の味が食べたくなったらいつもこの店に来る。私が食べるジューシーカレーは店主が直々にステーキハウスおいしんボブとやり取りをして、特別に仕入れている材料から作られるこだわりのカレーだ。材料の旨味5000兆パワーみたいな語彙力のない感想しか出てこない。とにかく美味しいという事で何卒許してください。
「……あれ、ユイカじゃん。お疲れ」
「え……。メグ!? お疲れ〜、メグもここ来るんだ」
「そうそう、好きなんだよねここのカレー。すみませーん、からくちチーズまみれカレーお願いしまーす」
私の隣に座ったのは職場の同僚のメグだ。まさか休日のランチで一緒するとは思わなかった。
世間話をしながら人間二人とピチュー、更にメグの隣には彼女のポケモンであるタンドンも一緒になってカレーを食べていく。店内に余裕があればもう少し会話を弾ませて長居したのだが、現在はランチタイムでなかなかの賑わいだ。迷惑にならないように全員食べ終わった時点で店を後にした。
メグからの誘いもあり、カレーの後はみんなでスイーツを食べに行くことになった。メグお勧めの移動販売をしているケーキ屋さんが近くの公園に寄る時間帯らしく、公園で喋りながら食べようということでまとまった。
私とピチューは季節のきのみタルト、メグとタンドンはチーズケーキをチョイス。晴れた日に公園で食べるケーキとは細やかながらも何と贅沢なんだ。味がより幸せで溢れている気がする。
「タンドン、食べ終わったらピチューと遊んでおいで」
「ピチューのことよろしくね、タンドン」
ふたりとも随分と遊びたかったらしく、もりもりとすぐにケーキを平らげてしまった。ピチューがタンドンの背中に乗り、タンドンがそのまま下腹部にある岩の車輪をごろごろと転がして広場へと走っていった。タンドンはゴツくてちょっと厳ついと思っていたけど、ニコニコしながらピチューと遊ぶのを見て印象が変わった。めっちゃ可愛い。
残された人間二人はゆっくり食べながら、だらだらと世間話にでも花を咲かせることにしよう。
「そういえば、ユイカってポケモンバトル観戦好きだったよね?」
「うん。ガチの人には全然だけど」
「何だっけ、ポケモンワールド……なんとかって大会のことネットでたまたま見てさ」
多分PWCSだ。
「上の方のクラスに最近上がったトレーナーがいて、その子まだ十歳ですごいなーって思っただけなんだけど。ユイカ知ってるかな〜って」
「ほう、どれどれ」
「これ」
すっ、とメグがその記事が表示されたスマホを差し出してくる。記事のタイトルにはこう書かれていた。
——PWCS注目の新人! サトシ選手!
推しーーーーーーー!!
推しじゃん! えっ推しじゃん!? サトシくんがこんな! ネットのメディア記事に! いいのか!? サトシくんの魅力が全世界に知れ渡ってしまう! 全然問題ないやつ! サトシくんの魅力は世界に伝えていくべき情報! なに!? 私これ知らない!!
「あっ、ちょっ、あのこれちょっと読ませてもらってもいい?」
「いいよいいよ」
メグのスマホを手に取って記事を読み進めていく。推しの魅力が書かれている、とドキドキしながら画面をスクロールしていくが、多分私の表情はメグから見ても明確に分かるレベルで徐々に冷めていったと思う。
「……ユイカ、もしかしてこの選手嫌いだった?」
「違う違う! そんなことない! むしろ好きってか推しで! PWCSもサトシくん、あっサトシ選手のことめっちゃ応援してて……ちょっと待って」
落ち着け私。あんまり騒ぐと厄介なオタクだと思われる。サトシくんのファンの民度を下げてはいけないぞ私。
「……ふぅ。えっと、前から私このサトシ選手のファンで……」
「いいって、いつもみたいに名前呼びな。分かるよ、推し見たらテンション上がるよね」
「ありがとう……」
メグが推しの概念に理解がある人で助かった。深呼吸をしてメグにこの記事への感想というか意見を伝えていく。
まずこの記事を載せているまとめサイトは女性向けの情報が中心のようだ。女性でもポケモンバトル観戦を楽しむ人はいるが、そういう人は専用の記事を読むことがほとんどだ。私もそうだし。
今回の記事は単純にサトシくんがまだ十歳でハイパーランクに上がったから、つまり話題性があるという理由で書かれたと思われる。アクセス数を稼ぐためだけに推しを使うな。使うなら慎重に丁寧に愛を持って使え。
その為に記事の内容も特に濃い訳ではない。ランクアップした際の手持ちや、バトル相手がイッシュ地方の新チャンピオンであるアイリスちゃんであると本当に基本中の基本しか載っていない。
別にそれくらいなら私も冷めた表情を顔に出したりしない。問題なのはこの記事を書いたライターが、サトシくんのことを"新人のトレーナーなのにハイパークラスにいるの凄い"みたいな感覚で扱っている点だ。
——サトシくんエアプか!?
絶対メインで扱ってないジャンルだからちゃっと調べて書いたみたいな感じだ。許せん。
確かにサトシくんはまだ十歳だが、トレーナーとして積んできた経歴は全然新人なんかじゃない。これは私の推測だがPWCS TODAYが注目選手としてサトシくんを取り上げた時の情報を適当にかじったのだと思う。これだから検索に引っ掛けてアクセス数稼ごうとする厄介まとめサイトは!
それにバトル相手のアイリスちゃんについてはイッシュ地方の新チャンピオンである事に触れてるのに、サトシくんが初代アローラチャンピオンな事実には微塵も触れていない! 不平等! 大体イッシュとアローラの新チャンピオン同士のバトルとかこれがスーパークラスじゃなかったらチケット戦争大変なんだぞ! 私だってこのバトルめちゃくちゃ生で見たかったのにスーパークラスだから生観戦とかないんだもん!
「……ごめん、熱くなりすぎた……」
「気にしないで、私も知らないで見せてごめんね」
「メグは何も悪くないの……悪いのはこのまとめサイト……うう……」
結局ヒートアップしてしまった。オタクの悪い癖が出てしまった。
「でもなんか意外。ユイカがこんなに応援してる選手いるなんて」
「メグもサトシくんのバトル見ればきっと……、ぐぅっ……趣味は人それぞれ……。でもPWCS公式動画に直近のサトシくんのバトルアップされてるから良かったら、本当に気が向いたらでいいから見てほしい……。ハイパークラスになるとアーカイブ残るの、この間シンオウ地方のジムリーダーとバトルしたんだ」
「ほんとに好きなんだね。帰ったら見てみるよ」
「いいの!? ありがとう!」
メグ……なんていい人なんだ……。人に勧められた物を見るって結構消費カロリー高いのに……。
今まで職場でそんなに親しく話したことなかったけどとってもいい人だ。次の出勤の時お菓子渡そう。
***
次の出勤の際にメグにお菓子を渡した時に感想まで聞けてしまった。普通にバトルの迫力が凄くて見入ってしまったとのお言葉を頂いた。それだけで感涙物である。
それ以来、何か私が知らなそうな情報を手に入れるとメグは連絡をくれる。大体は知っている内容だが、たまにファンたちでも見つけにくい情報もあって正直ものすごく有難い。
ちょっとだけ日常が楽しくなってしばらくして、私にとって大事件が起こった。
それは日課のPWCSの情報チェックの時だった。公式サイトでハイパークラスの今後のバトルのスケジュールが更新されていた。
『次回はラテラルスタジアムにて、ハイパークラス・サイトウ選手VSサトシ選手のバトルを行います』
「うわーーーーっ!!」
ガチ悲鳴だった。すみません通報だけはしないでください。
髪を乾かしてる場合じゃない! いつだ、これはいける! チケット押さえろ! 公式サイトのチケット購入ページ! 重たい! 負けるな私の回線! 諦めるな! サトシくんもピンチの時は諦めないから!
——十分後。
「チケット取れたよぉ〜……」
「おめでとう、良かったじゃん。ついに生観戦だ」
チケットを確保し感極まった状態でメグに電話をかけてしまった。それでも良かったねと言ってくれるメグには感謝しかない。さてはシンプルに人間が出来ているな?
「次の休日にとうとう生サトシくんのバトルが……」
「日帰りで見に行く感じ? そこまで交通は不便じゃなさそうだけど、大変じゃない?」
「んー、有給使って前日入りするつもり。さすがに大変だし試合の後も泊まって次の日に帰る予定にしようかなって。二泊三日で余裕持たせる方が時間に追われないで楽だし」
私が現在住んでいるのはエンジンシティから少し離れた郊外だ。頑張ればラテラルタウンまでは日帰り弾丸旅行も可能ではあるが、そんな体力お化けでもない私にはまず無理な話だ。それにどう考えても試合観戦で精も根も尽き果てる未来しか視えないのだし、燃えカスの状態で帰りの電車に乗っても座席に灰が付着してしまうだろう。私も人の形を保って家に帰りたい。
「じゃあ仕事頑張らなきゃだね」
「今ならもう無敵の気分、仕事も怖くない。メグにも何かおみやげ買ってくから楽しみにしてて」
「ありがと」
***
そしてやってきたサトシくんとサイトウさんのバトル当日。
ピチューを連れて前日に自宅を旅立ちラテラルタウン入りをした。スタジアムの場所や入り口の下見をし、観戦後は何も手をつかなくなることを見越してメグとタンドンへのおみやげも先に買った。体調も万全の状態にする為、夜更かしせずに普段通りに眠りに就いた。
翌日。開場時刻より前なのに既にスタジアムへの長い列が出来ていた。ラテラルタウンはサイトウさんにとって圧倒的ホームの環境であり、私の周りにいる人たちもほとんどサイトウさん目当てに来ているようだった。サトシくんへの気持ちはそう簡単に折れる訳はないが、初めての生観戦ということもあり緊張と不安とでちょっと嫌な汗が出る。お腹の上の辺りもぐるぐると得体の知れない物体が蠢いているような気持ち悪さを訴えている。
「ぴっちゅ!」
私の腕の中で抱えられているピチューが鳴いた。私の顔を見上げて、まるで自身がバトルに挑むように真剣な表情をしている。
「ピチュー、もしかして私のこと応援してくれてる?」
「ぴちゅ!」
「……うん、そうだよね。私たちはサトシくんの応援に来たんだ。その気持ちは何があっても変わらないし、気持ちだけなら誰にも負けない自信はあるぞ。よし、……よし! 私も応援頑張る! ありがとうピチュー!」
「ぴ!」
無事にスタジアムに入場し、チケットに記された座席に辿り着く。
試合開始まで改めてサトシくんとサイトウさんのバトルについて復習する。PWCSの公式データによると二人は既に二回のバトルをしている。一度目はサイトウさんの勝利、二度目は引き分け。そして今回が三度目だ。
サイトウさんの実力はガラルにいるからよく知っている。バトルに対してとてもストイックな人でバトル中に表情を崩すことがない。彼女にとってバトルは楽しむものではないと何かのインタビューで語っていた記憶がある。
そうして席で待機して数十分、スタジアム内に実況のアナウンスが響き渡った。
「来た……!」
それと同時に会場の歓声もわあっと大きくなる。
先に入場したのはサイトウさん。右手首にはやはりダイマックスバンドが装着されている。ラテラルスタジアムはパワースポットであるし、ガラル地方でのバトルの大きな魅力の一つだから間違いなくダイマックスを使用してくる。
次いでサトシくんが入場してくる。今一番の注目株と実況からの紹介があったが、分かってるじゃんと思わず右の拳を握った。私の推しは今とても旬なんです、いつも旬でした。
会場の大型モニターに映し出されたサトシくんに変な声が出そうになるが抑える。耐えろ私。
「おっと、サトシ選手の左手に光るはキーストーンだ!」
実況の言葉とモニターの映像で驚いた。キーストーン! Zパワーリングじゃない!?
てっきりこの間のデンジさんとのバトルのように今回もZワザを使ってくるかと思っていたのだがまさか、まさかの!
確かサトシくんは今まで公式戦においてはメガシンカを使ったことがない。どうしよう! 私、サトシくんが初めてメガシンカを使う試合を見られるっていうの!? 最高じゃん、もう倒れそう。
ルールは三対三のシングルバトル、交代は両者無制限。ダイマックス、メガシンカ、Zワザはいずれかを一度のみ使用可能だ。
「それでは両者、同時にポケモンを出してください」
ドローンロトムの合図と共にお互いの一匹目が出てきた。サトシくんはピカチュウ、サイトウさんはオトスパスだ。
「Battle start!」
さあ、始まりだ。
まずはピカチュウが速攻を仕掛ける。でんこうせっかからのエレキネットでオトスパスを捕らえたがオトスパスは動じなかった。結果的にピカチュウは一度戻ることとなる。
サトシくんの次のポケモンはルカリオだ。ルカリオがかげぶんしんを生かして攻撃に繋げるもダメージは入らない。サイトウさんは一度オトスパスを戻してルチャブルを繰り出してきた。
「やっぱりポケモンの交代も多いなあ……」
戦術の組み立てが上手いトレーナー同士のバトルでは技の組み合わせだけでなく、ポケモンの交代も先を見据えて行ってくる。
ルカリオとルチャブルのバトルも決着はつかず、サイトウさんはルチャブルを戻しカイリキーを繰り出してきた。ガラルに住む人間だから分かる。カイリキーはサイトウさんの真のエースだ。
カイリキーはルカリオを二本の腕で押さえ込んで、残りの二本の腕で連続のバレットパンチを打ち込んでくる。一発はそこまでのダメージ量じゃないけど、あんなにたくさん打ち込まれたら相性とか関係無い。いくらルカリオでも軽いダメージで済むとは思えない。
攻撃を受け続けるルカリオを見てサトシくんが左手のキーストーンに手をかけた。キーストーンが輝く。ここでメガシンカ……!
でも違った。ルカリオ自身がメガシンカを拒絶したように見えた。ルカリオは自力でカイリキーの腕から逃げ出したが、ポケモン側がメガシンカを拒んだことで私だけでなく会場全体が困惑していた。メガシンカを会得するポケモンとトレーナーは大前提として深い絆で結ばれている。だからこそトレーナーがメガシンカを発動させる時は、ポケモンも基本的に同じ気持ちである筈なのだ。
サトシくんとルカリオが何か話しているように見えるが、その声は当然私には聞こえない。それは実況も同じで、メガシンカが発動しなかったことに対して絆が足りなかったのかと疑問視するくらいだ。
ふざけるな!! プロだろ!! サトシくんエアプとか許さないからな!!
……とは流石に叫べない。
バトルに対して常に何かの反応を示すのが仕事なのは分かっているが、私が近くにいたら多分殴りかかっていた。私が解説じゃないことを幸運に思えよ!
「足りないどころか足りすぎているよ。だからこうなった」
そこに実況とは別の声が響く。ガラルが誇る我らがチャンピオン、ダンデさんだ。
分かっている! 分かっているじゃないかダンデさん!! サトシくんたちを見ていれば誰だって分かる。彼らの絆の強さはそりゃもう凄いのだ。
今日のゲスト解説はダンデさんだったのか。そして案の定迷ったんですね。もうバトル始まってそこそこ経ってますよ。
ダンデさん曰く、絆が深いからこそなるべき時になるのがメガシンカである。ただタイミングが今でないのをルカリオが分かっていた。だからこそメガシンカをルカリオが抑え込んだ。
元々ダンデさんは普通に好きだが、今回の発言で死ぬほど株が上がった。サトシくんたちへの解像度が高すぎる。チャンピオンはやはり見る目がある。……会った事あるのかな?
ダンデさんが到着してからはバトルがもっとヒートアップする。
バトルの中ではサトシくんのネギガナイトが盾をぶんなげたりとサトシくんらしさ溢れる戦法もあった。しかしネギガナイトはルチャブルにダウンさせられてしまった。先に一勝したのはサイトウさんだ。
次はピカチュウ対ルチャブル、結果はピカチュウの勝利。ルチャブルのゴッドバードをアイアンテールとでんこうせっかの合わせ技で受け切った時は流石に声が出た。でんこうせっかを高速振動させる発想に繋げられるなんて興奮を通り越して恐怖だ。あれを見て悲鳴を耐えられるサトシくんファンは多分いない。
そんなピカチュウもオトスパスに落とされてしまった。まさに一進一退の展開が続く。
ピカチュウが負けてしまって、ピチューもしょんぼりした声を漏らす。
「まだだよピチュー。ポケモンバトルはチーム戦なんだ。トレーナーとポケモン、ポケモンとポケモン。最後まで、ポケモンの誰かひとりでも立ってた方が勝ちなんだ」
ネギガナイトとピカチュウはルカリオとサトシくんに"絶対に勝つ"という強い想いを託したんだ。自分が倒れてもふたりなら成し遂げてくれると心の底から信じて。
最後の最後まで諦めない、逃げ出したりしない、前に進み続ける。サトシくんたちのバトルはそんなバトルなんだ。
サトシくんはもうルカリオだけ。もう負けられない。
「頑張れ、サトシくん、ルカリオ……」
「ぴちゅ……!」
ルカリオとオトスパスの決着はあっという間についた。ルカリオはアクアブレイクごとはどうだんで撃ち抜き、オトスパスを戦闘不能へと追い込んだ。
これでサイトウさんも残りはカイリキーのみ。これで本当に最後だ。
サトシくんがグローブに手をかけ、サイトウさんがカイリキーをボールに戻した。
——来る!
キョダイマックスの瞬間、モニターに映っていたサイトウさんが笑ったのを私は見逃さなかった。バトルは楽しむものではないと言っていたあのサイトウさんが。
「ついに出ました! カイリキーのキョダイマックス!」
実況もハイテンション、会場のボルテージもマックスに近い。周りには立ち上がる人もいる。応援にも更に熱が入る。その勢いだけで私はちょっと泣きそうになる。こんなの見たら勝てる気なんてしなくなりそうだから。
でも私の推しは、私が心の底から応援してる選手とポケモンたちはそんなのも跳ね飛ばすから! 絶対に勝つんだもん!
サトシくんがぐっと左手を構えた。その左手を天へと掲げるとキーストーンから眩い光が溢れ出す。その光はルカリオナイトから伸びる光と結ばれて、ルカリオの姿を変えていく。
ルカリオを覆っていた光が拡散し、現れたのはメガルカリオ。メガシンカしてより強力になった波導が、まるで風のように砂埃を巻き起こす。
これがメガシンカ……。サトシくんとルカリオの、公式戦で見せる最初のメガシンカだ!
互いに姿を変えたポケモンたちの技が放たれる。最初にはどうだんとダイスチルがぶつかりあった。力こそ拮抗しているが相殺された時の衝撃は凄まじい。観客席にキングシールドがなければ、私たちなんて立ってることも出来ないだろう。
衝撃も収まらない内にルカリオとカイリキーは次へ次へと技を発動してぶつかり合う。一度相手の技を喰らっても怯んでいられない。増大したパワーだけでなくスピードとテクニックを利用して立ち回るルカリオと、圧倒的パワーで全てを捻り潰すカイリキーはもう恐怖も超えて思考を放棄するくらいのエネルギーを放っている。
カイリキーが腕を構えエネルギーを集中させた。そこから放たれたのはキョダイシンゲキ。キョダイマックスの姿のカイリキー専用の技だ。元々脅威である四本の腕が更にパワーアップして相手に襲いかかる。四つの拳が一点へと集まり、相手を一切の容赦なく壊してしまうような覇気を感じる。
ルカリオはどうするのか。技でダメージを軽減するのかと思ったが、ルカリオは腕を交差してキョダイシンゲキを真っ向から受け止める姿勢に入った。
無茶だとか体力が持たないとかもうそれすら考える暇もなく、思わず立ち上がって私もピチューも喉が張り裂けん勢いで叫んでいた。
「負けるなあああァァァァッ!!!」
「ぴちゅーーーーっ!!!」
キョダイシンゲキの高エネルギーで一瞬視界が白く染まる。反射的に目を閉じたが、エネルギーがなんとなく弱まったことに気がついてもう一度目を開いた。
目の前に映し出された光景は——。
「立ってる……。ルカリオ立ってる!!」
ルカリオはあのキョダイシンゲキを受け切った。ダメージは決して小さくないだろうが立っている、立っているのだ! まだ勝負はついてない!!
今度はルカリオが仕掛ける番だ。猛スピードでカイリキーの腕を駆け上がっていく。自分を掴もうとする他の腕も避けてカイリキーの顔の真ん前に飛び出す。そしてそこへ渾身のはどうだんがぶち込まれる。
カイリキーもここまで重ねられたダメージもあり、とうとう仰向けに倒れてしまった。それと同時にキョダイマックスが終了し、カイリキーの姿が元に戻っていく。一瞬勝ったと思ったがサイトウさんのカイリキーはまだ起き上がってくる。
ルカリオは再びカイリキーへと突っ込んでいき、カイリキーもまたバレットパンチで迎撃する。バレットパンチとぶつかる瞬間にルカリオのはっけいが発動され、バレットパンチとはっけいの一騎討ちに発展した。
しかしはっけいはそのエネルギーを変えていく。ある一点へと収束し、束となった鋼のエネルギーがバレットパンチを押し返していく。
「"てっていこうせん"だ!」
ダンデさんの解説が耳に届く。ここでルカリオは新しい技を習得したんだ! ここぞというところで成長していく姿! そう、私は彼らのそんな姿が大好きなんだ!!
てっていこうせんは四つの鉄の拳を打ち砕き、カイリキーの胴体を吹き飛ばした。衝撃で発生した黒煙がカイリキーを包む。
——ああもう吐きそう。怒涛の展開続きで私もう限界かもしれない、寿命消費してるかも。
てっていこうせんの反動でルカリオも崩れそうになる。それもそうだ、てっていこうせんは自分の体力を半分も使って放つ命懸けの技なのだ。てっていこうせんを覚えた時点でルカリオの体力が半分以上あったとはとても考えられない。これは私の想像でしかないが、今のルカリオはネギガナイトとピカチュウに託された想い一つで踏ん張っていたのだと思う。彼らを、そしてサトシくんを悲しませまいと持ち堪えていた。
カイリキーもまだ諦めずに身を起こそうとしたがそれは叶わなかった。カイリキーは今度こそ立ち上がれず、ついに戦闘不能となった。
「カイリキー戦闘不能! ルカリオの勝ち! よって勝者、サトシ選手!!」
ドローンロトムのコールで試合が終了し、勝者の名が告げられる。
「やったあああああぁぁ!!! やったやった!! 勝った! サトシくんとルカリオたちが勝った!! 勝ったんだよピチュー!!」
「ぴちゅ!! ぴ! ぴっちゅー!!」
メガシンカが解かれ、地面に倒れ伏しそうになるルカリオを駆け寄ったサトシくんが支える。倒れたカイリキーもサイトウさんに肩を貸されてゆっくりと起き上がる。
バトルその物とポケモンとトレーナーへの労いと感謝の拍手がダンデさんを皮切りに会場中へ広がる。私とピチューもありったけの気持ちを込めて、彼らに拍手を送った。
「本当にすごかったよー! おめでとう、サトシくん、ピカチュウ、ネギガナイト、ルカリオ!!」
サトシくんに私の声が届くとは思ってない。それでも叫ばずにはいられなかった。せめて気持ちだけでも、ほんの僅かでもサトシくんたちに届けばいいな。
おめでとう、サトシくん。そしてありがとう、こんなバトルを見られた私は幸せ者です。
***
「熱が出ました」
「はしゃぎすぎたんだね……」
帰宅した翌日、私は体調不良を引き起こしてしまいました。幸い有給は有り余ってたので今日も有給です。
心配して電話をかけてくれたメグにおみやげすぐに渡せなくてごめんと謝る。メグはそんなことを全く気にしない人なのは分かっているが、私が申し訳ない気持ちでいっぱいすぎるので謝った。
「えーん、今度サトシくんの試合あったらメグも行こうね。チケット代は私が出すからぁ」
「先にその熱下げて」
「はい……」
そして数週間後。私とメグはシュートスタジアムで行われるサトシくんとマリィちゃんの試合を見に行くことになりました。
「ああァーーっ!! サトシくん今日はダイマックスバンドしてる!! ダイマックスするの!? 無理無理無理! 心臓もたない! 誰をダイマックスさせるの!?」
因みにこれまた公式戦初お披露目となるゲンガーのキョダイマックスでした。私は前世で徳を積みまくっていたのかもしれない。今世もいっぱい積んでおこう。
「厄介オタクを抑えようとしてたあの頃が既に懐かしいね……」
もうメグの前では隠す気はなくなってしまいました。ごめん。でも至極普通にサトシくんたちのファンになったと言ってくれたのがめちゃめちゃ嬉しい。
ああ、君たちは今度はどんなバトルを見せてくれるのか。
私はずっと応援し続ける。君が目指すところまで、キミの夢が叶う日まで。
「頑張れサトシくん。めざせ、未来のポケモンマスター」