You are our Hero!! 作:直樹
"旅は道連れ世は情け"という言葉を思い出していた。
この世界において何かしらの夢を目指すのであれば多くの者が一度はポケモンと共に旅をする。トレーナー、コーディネーター、ブリーダー、パフォーマー——。
たとえ結果的にポケモンに直接関わらない職に就くとしても旅の経験は決して無駄にならない。経験の一つとして短期間だとしても旅をする人も大勢いる。
旅をする中で危険な目に遭って乗り越えた事や、誰かを助けた事も誰かに助けられた事も数えきれない程ある。だからこそ誰かが旅の途中で困っていたら今度は自分が手を差し伸べたい。
受けた恩は別の誰かに尽くして繋いでいく。少しでも世界が優しいものであってほしいという僕の小さなエゴも含んでいるけれど。
つまり目の前の光景を放置する選択肢など僕——ハロンタウンのマサルには存在しなかった。
「だ、大丈夫!? 怪我とか、意識を失ってるとか……? おーい! 聞こえたら何か反応ください!」
ガラル地方ワイルドエリア、うららかそうげん。
キバ湖の南付近を歩いていた時だった。倒れている人影のようなものが見えて慌てて駆け寄れば正にその通り。うつ伏せに倒れた赤い帽子の少年とピカチュウ、ヒバニーがそこにいた。
旅を始めてそこそこ経つし、自他問わず何かしらのトラブルには何度も遭遇してきた。それでもやはりいざ目の前に倒れた人やポケモンが現れると多少の動揺はしてしまう。正直なところ、対応に慣れたとしても状況その物には慣れたくない。
声をかけたが反応が無い。脈の確認をしようと首筋に手を伸ばそうとした瞬間、少年が弱々しく呻き声を上げた。
「うぅ……お……」
「聞こえてる!? 具合が悪いとかどこか痛いとか……怪我はないかい!?」
頼む! どうか無事であってくれ!
「……おなか、すいた……」
「へ?」
***
「うまーい! ガラル地方のカレーってやっぱり美味しいよな!」
「ピカァ!」
「ニバニバ!」
少年とピカチュウとヒバニーは空腹のあまり動けなくなっていた。ゴリランダーにも手伝ってもらい少年達をキャンプ用の椅子へと座らせて、とりあえずカレーを用意して食べさせている。
たかが空腹と侮ってはいけない。ワイルドエリアで無防備なまま倒れるのは危険だ。倒れなくとも空腹で動けない時点で同じ。人の手が入っているとは言えこの場所で気を抜くのはあまりに不用心だ。生息するポケモンは力のあるものも多いし、初心者トレーナーがワイルドエリアで大怪我をする話もよく聞く。怪我の一つもなく見つけられて良かったと胸を撫で下ろした。
「急いでたからレトルトのカレーにヴルストを乗せただけのでごめんね。余裕あったらきちんと作ってあげたかったんだけど……」
「そんなことないよ、すっげー美味しい! 本当にありがとな!」
口の端にカレーをつけた少年がにかりと笑った。太陽のように真っ直ぐな笑顔で、彼は本心からそう言ってくれているのだと伝わってくる。
あまりにも美味しそうに食べるものだから少し張り切ってみたくなった。カレーはレトルトのものになってしまったけれど、デザートなら簡単な物を振る舞える。
「甘い物好きかい? 食後のデザートはどうかな」
「デザート!? うん、食べたい!」
輝く瞳が僕を射抜いてくる。料理をする者として嬉しい反応の一つだ。
広げた調理テーブルに材料を出していく。まずは容器にワカクサコーンフレークを敷く。フレークから感じられる甘味はワカクサコーンに含まれる分のみで、他のきのみやクリームを決して邪魔しない点が僕のお気に入りだ。
次に小さく切り分けたモモンのみとマゴのみをモスノウの冷気で冷やしてもらう。羽の温度はマイナス180℃とそのままではあまりに低すぎるから、一瞬だけ包んですぐに離してもらう。その冷やしたきのみをフレークの上へ重ねる。
「仕上げだ。マホイップ、お願い」
よつばアメざいくで飾り付けられたミルキィバニラのマホイップが右手を上げて返事をした。マホイップの右手の先からクリームが柔らかく噴出する。きのみの上にふんわりとしたクリームが乗せられ、最後にヒメリのみを一番上に置いてお手軽きのみパフェの完成だ。
「どうぞ。ピカチュウとヒバニーの分もあるよ」
嬉々とした声でいただきますを告げた少年達がクリームときのみをスプーンですくい口へと運ぶ。何度も作っているし外れのない味だから変なことにはならないだろうが、自分の作った料理を初めて食べてもらう時はいつも少し緊張する。
「どう? 口に合ったかな」
「うん! すっごく美味しい!」
——良かった。
自然と口角が上がるのを自覚した。"美味しい"とその言葉だけで満たされていく。それにこの少年のように真っ直ぐな態度と言葉で伝えられた時が一番嬉しい。世辞などの余計な思惑が何もない。一瞬でも食べた人が幸せになれる時間の手伝いを出来たのだと思えるから。
「料理、上手なんだな。えっと……」
「そういえば名乗ってなかったね。僕はマサル、よろしくね」
「オレはマサラタウンのサトシ。こっちが相棒のピカチュウで、こっちがこの間友達になったばかりのヒバニー」
少年——サトシに紹介された二匹も元気よく鳴き声を上げた。サトシに似て明るく元気な性格のようだ。
「……サトシ?」
その名前には聞き覚えがあった。ちょうどつい最近何かで聞いて妙に印象に残っている。何だっただろうか。
「あ、もしかして。ロトム」
「はーいロト!」
スマホロトムが目の前に現れる。自分で取り出さずとも声でお願いすれば応じてくれるのだから技術の進化とは物凄い。
ロトムに検索を頼んだのは直近のPWCSの結果だ。トップに出てきたのは、ちょうどガラルでも大きく取り上げられた
ガラル地方にて流れる記事だからこそどの媒体に置いても"ダンデが敗れた"と見出しに書かれた。"サトシが勝った"と書かれた物はほんの僅かだ。その点だけはいくらダンデさんと接点がある僕でも複雑な気分になる。新チャンピオンにきちんとフォーカスしないのは単純に失礼ではないだろうか。
少し話が逸れたが僕もその試合はラジオで聞いていた。ハロンタウンの実家への帰り道を歩きながら、聞こえてくる実況の内容に驚きっぱなしだった。PWCSの頂点に立ったトレーナーの名が目の前にいる少年と同じだなんて。記事にある写真とも合致しているし、間違いなく本人だろう。
「そうか、君が新しいチャンピオンなんだね。凄いトレーナーさんにご馳走しちゃったな」
「凄い、のかは分かんないけど……。ダンデさんに勝てたのはピカチュウ達のおかげだよ。本っ当に強かったもんな〜」
不思議な縁もあるものだ。世間で騒がれる有名な人と出会えるとは思いもしなかった。
それにしてもこうして話せばごく普通の元気な少年だ。お腹を空かせて倒れてもいたし、人とはやはり少しの情報では何も分からない。
そんなPWCSのチャンピオンが何故ガラル地方にいるのだろうか。もしかしてジムチャレンジかと考えたが少しおかしい。ダンデさんが敗れたのはあくまでもPWCSにおいてであって、彼は現在もガラルリーグのチャンピオンに変わりはない。ジムチャレンジに挑戦するのならサトシは最終的に再びダンデに挑む事になる。
「サトシはどうしてガラルに?」
分からないなら目の前の本人に聞くのが手っ取り早い。
「色んなポケモンに会いたくて来たんだ。ガラル地方はちゃんと旅した事がなかったから、ゆっくり見てまわりたくって」
サトシの夢はポケモンマスター——トレーナーの称号的な何からしい。彼曰く世界中の全てのポケモンと友達になることがポケモンマスターなのだという。世界にはまだまだ知らないポケモンが沢山いて、そんなポケモン達と出会いたい。カントー地方に始まり、ジョウト、ホウエン、シンオウ、イッシュ、カロス、アローラを旅したり滞在した経験があるらしい。この時点でかなりの経験値だが世界はまだまだ広い。行った事もない地方もあればまだ名前も知らない土地だって数え切れないくらいある。ガラル地方も何度か軽く訪れた程度でしかなく、まだ見ぬ多くのポケモンとの出会いの為にやってきているそうだ。
余談だがジムチャレンジはしていないものの、ダンデさんの計らいにより各地のジムリーダーとのバトルも許可されているのだとか。ポケモンマスターを目指す中ではやはりバトルでの実力も重要と彼は考えているらしい。それに何より彼と彼のポケモン達自身バトルが大好きなのだ。ダンデさんはその辺りも気を使ってくれたのだろう。随分とサトシのことを気に入っていると見た。
僕にとっての"ダンデ"とはガラルの絶対的チャンピオンであり、幼馴染のホップの兄でもある。幼い頃から親しくしてもらったし、チャンピオンとは別に人としてダンデさんのことは好きだった。人当たりも良く誰にでも好かれる好青年の印象が強い。実際印象通りの人物であり、誰にでも分け隔てなく接する姿はチャンピオンという広報的な立場でも完璧だろう。
バトルも強くて人としての評価も高い。完璧かと思いきや方向音痴とちょっとの——度合いとしては全くちょっとではないが——欠点もある。これで好かれない方がおかしいと言わんばかりの要素が満載だ。
ただダンデさんがこの少年に色々と手を回しているのは少し意外だった。彼が人に対して強い愛情を注ぐのは家族、特に弟のホップくらいだと思っていたからだ。
「マサルはなんで旅してるんだ? やっぱりガラルリーグに挑戦?」
「ううん。僕の夢はね、僕の作ったカレーを世界中の人に食べてもらうことなんだ」
自分が世界を回って調理をして食べてもらうのか、レシピという形で広まるのか。形は様々だろうがまずはその"自分のカレー"が完成しないことには始まらない。各地を巡り様々な食材や調理法を学んで、自分のカレーを模索している最中だ。
以前にガラルを一周した後に他の地方にも行ってみた。今は二度目のガラル地方の旅だが今回は明確な目的があった。
「ガラルにはカレー図鑑ってのがあるんだけど、その最後のカレーを埋めたいんだ」
一度目に旅をした時は勉強として150種のカレーを埋めたのだが、最後の一つだけがどうしても埋まらなかった。使用する材料が貴重な物で当時の僕の実力では入手に至らなかった。
キョダイパウダーを使ったキョダイマックスカレーが最後の一つだ。
キョダイパウダーは易々と一般市場には出回らない。ダイマックスした強力なポケモンの生息する巣に存在すると言われ、入手にはその巣に入る必要がある。そうなると巣穴にいるダイマックスしたポケモンとの戦闘は避けられない。生半可な実力ではキョダイパウダーの入手どころか命を落とす危険すらある。実力のあるトレーナーとポケモンが四組は要ると言われている程に入手が厳しい材料である。
話していてふと気がついた。
そうだ、彼なら——。
思わず真っ直ぐサトシの顔を見つめる形になってしまい、見つめられる側の彼は小首を傾げた。何か顔についているのかとピカチュウに問いかけたが首を横に振られている。
正直迷っている。この流れでは空腹を助けた対価を要求する卑しい人物に見られてしまわないだろうか、と。でもこんな幸運を逃したくもない気持ちも強かった。
「あの、その……。嫌だったら遠慮なく断ってほしいんだけど……えっと……」
目が泳ぐ。言わなければ始まらない。でも自信がない。会ったばかりの人にこんなお願いされたら誰だって迷惑だろう。
やっぱり言うのをやめようかと思った瞬間、左隣に座るマホイップと視線がかち合った。マホイップは腰に小さな手を当てて少し厳しげな声で鳴いた。「当たって砕けろ!」と彼女は言いたいのだ。使う言葉は違っても付き合いが長ければ意思疎通なんて難しくなどない。
——砕けたら駄目だと思うなぁ。
僕らにだけ聞こえるくらいの小さな声で零した。しかしマホイップの態度は変わらない。ぺしぺしと太ももを叩いてもきた。こうなった彼女は僕が動くまで許さないだろう。
助けを求めようと右にいるゴリランダーを見たが、彼もマホイップと同じ考えらしかった。右の親指を上に立てて明らかに「頑張れ!」と言っている。普段は頼もしい彼の笑顔が今となっては僕へのプレッシャーになっている。
背後からは冷たい空気も感じるし、多分モスノウが無言の圧をかけている。あー背中凍傷になっちゃうってばぁ……。
もう逃げ場が無い。半分諦めの気持ちで改めてサトシに向き合った。
ああもう、どうにでもなれ!
「君の旅についていきたい、君の力を貸してほしい。一緒にマックスレイドバトルに挑んで、キョダイパウダーを手に入れたいんだ」
「いいよ!」
「へ」
あまりにもあっさりすぎる承諾だった。
いつの間にか膝に乗っていたマホイップが何故かドヤ顔で僕を見ている。私の言った通りでしょ。絶対そう言ってる顔だ。
「旅は仲間がいた方がずっと楽しい、って知ってるからさ。それにオレが力になれるなら手伝うよ。困ってる人を放っておけないのもあるけどパフェすっごく美味しかったし、マサルの作るカレーも食べてみたい!」
晴れ渡る青空のようだと思った。ガラル地方は統計的に曇りや雨の日が多い為、晴れというだけで日常の中の細やかな幸せの一つになっていた。その感情と近しいものを僕は今この少年から感じている。
ダンデさんが彼に対して色々と気を利かせる理由が分かった気がする。きっとダンデさんもこの少年に対して輝くものを見出したのだろう。大勢の中にいても強い煌めきを放つ星を彼は秘めている。
「ありがとう……! 本当に嬉しいよ! 旅の間の食事は任せて。カレー以外にもご飯を作るのは大好きだし、君達みたいに美味しそうに食べてくれる人は作り甲斐がある! 他にもやってほしい事があれば何でも言って、全力でお礼するから!」
言いながらぐいっと身を乗り出してサトシの手を両手で握っていた。幸運を掴めたのだから当然かもしれない。出会えた偶然にも、背中を無理矢理にでも押してくれたマホイップ達にも感謝だ。
「わ、そんなに気にしないでくれよ。助け合うのは当然だろ。それに……オレ、あんまり料理とか得意じゃないから、ご飯のこと、すっごく助かるっていうか……えへへ」
サトシが照れくさそうに笑った。どうやら彼にとっても旅における調理担当の存在は幸運らしかった。
実家に戻った時点では一ヶ月くらいハロンタウンの実家にいようかと思っていたのだが、双子の妹の旅立ちを見てしまっては僕も居ても立っても居られなかった。自分の夢に向かってきらきらした顔で旅立っていった妹を見たら自然とやる気が湧いてくる。先に旅立ったアドバンテージなんて関係ない。ぼんやりしていたらきっと彼女に追い越されてしまう。次に出会った時に情けない僕を見せつける訳にはいかない。
実際早めに出発して彼と出会えたのだから大正解だった。妹が夢を見つけて、
いや、偶然が重なって出会えたから運命という言葉の方が適しているかもしれない。
今後の旅の計画を早速簡単に話し合った。
ダイマックスするポケモンの巣穴は基本的にワイルドエリアにある。だが僕自身ずっとワイルドエリアにいるつもりではない。キョダイパウダー以外にもガラルの各地を周りまだ見ぬ食材や調理法、料理人との出会いも目的の一つだからだ。
基本的にはサトシの進むルートに合わせていく。その中でワイルドエリアを通過した時に光る巣穴があればバトルを挑み、キョダイパウダーを探すことにする。もしサトシがヨロイ島やカンムリ雪原に行きたいと言えば当然ついていく。そこにも巣穴が点在しているし僕としても有難い。
「そういえばサトシの手持ちのポケモンってピカチュウとヒバニーだけかい? PWCSではもっと沢山のポケモン達がいたと思ったんだけど」
てっきりサトシの手持ちはPWCSの時と同じと思い込んでいたがどうやら違うらしかった。今はピカチュウとヒバニーのみで他のポケモン達は彼の故郷にいる。ガラル地方を旅するという事でピカチュウのみを連れてやってきた。新たな地方に向かう時は、一番の相棒であるピカチュウのみをつれて旅立つのが彼のルーティーンらしい。
そしてガラル地方にやってきてすぐにヒバニーと出会った。聞けば以前に知り合ったソニア博士に挨拶をしようと研究所に訪れた際の出会いだった。
ソニア博士は"ある事情"を抱えたヒバニーを一時的に預かっていた。ヒバニーはサルノリ、メッソンと共にガラル地方で新人トレーナー向けのポケモンとして託される事の多いポケモンである。このヒバニーも本来は新人トレーナーに渡される予定であったのだが前述のある事情により叶わなかった。
特性が"リベロ"だったのである。
新人トレーナー向けとされるポケモン達は共通して"体力が一定以下になるとタイプに応じた技の威力が上がる"という特性のしんりょく、もうか、げきりゅうを持つ。ポケモンである以上これとは異なる特性を持つポケモンも当然存在するが、基本的にそうなると新人トレーナー用として育成はされない。単純に扱いが難しくトレーナー、ポケモン両者共に彼らの為にはならない。互いに不幸にならないように適切な判断をその場その場で下される。多いのは信頼と実力のあるトレーナーの下へ行く事だ。それこそダンデさんとか。
そんな行き場の無いヒバニーがいる所にやってきたのがサトシであった。サトシなら任せられるとソニア博士から託された子であった。閑話休題。
つまり今のサトシには新たにポケモンと出会い、共に強くなっていく時間が必要だ。故郷からポケモン達を転送したらすぐにでもマックスレイドバトル自体は可能だが、サトシはこの旅での出会いを大切にしたいと言った。それを拒む理由も権利は僕にないし、サトシの気持ちもよく分かる。新たな出会いはいつだって心が躍るものだ。
「マサルってバトルも出来る?」
「流石に君ほどじゃないけど少しは出来るつもりだよ。旅の中で色々トラブルもあるから、みんなに助けてもらってる」
「そっか。確かにゴリランダーとかすっげー強そう! 良かったら一緒に特訓とかしたいな」
「それは勿論。ね、ゴリランダー」
ゴリランダーも笑って肯定の鳴き声を発した。
一応僕の右手首にはダイマックスバンドも装備されているからダイマックスも使用できる。以前にはダンデさんやホップからジムチャレンジを勧められたこともあった。僕は強さを追い求めている訳ではないからバトルには自信がないのだけれど、ダンデさんは本心から僕の実力を認めてくれていたのを覚えている。旅の中で最低限のトラブルの対処ができる程度に力は身に付いたと自負はしているが、それにしても強い方らしい。
少しでもサトシの力になれるのなら、今となってはその実力を認められている事実が頼もしく感じられる。足手纏いになるのは僕も御免だからね。
サトシはエンジンジムに行きたいと言っているのだが僕が待ったをかけた。今はちょうど今期のジムチャレンジが開始されるタイミングであり、数日後には開会式がエンジンスタジアムで行われる。しばらくは慌ただしいから、他のチャレンジャーと同じ順番でジムを巡ってはどうかと提案してみた。つまりエンジンシティは経由地に留めてターフタウンのジムを目的地とする。
「でも開会式は僕が見たくってね。早速のわがままで申し訳ないけど、いいかい?」
「いいよ。オレも見てみたい!」
そういう訳で一旦の目的地はエンジンシティとなった。
***
無事にワイルドエリアを抜けエンジンシティへと辿り着いた。ジムチャレンジの開会式のおかげで人通りも普段より遥かに多い。少し緊張の面持ちをした者は推薦を貰ってチャレンジに挑むトレーナー達だろう。
スタジアム前へと着くとスタジアムを見上げる一人の少女を見つけた。ボブヘアにした暗い茶色の髪に深い緑のニットベレーを被っている。上にはマゼンタのインナーと灰色のニットパーカーだ。
思わず彼女の名を呼び駆け寄った。
「ユウリ! 無事に着けたんだね、安心したよ」
「……マサル!? 一ヶ月は家にいるんじゃなかったの!?」
「早めに計画が固まってね、すぐに出てきたんだ。おかげでユウリの開会式も見られてラッキーだ」
彼女の名はユウリ。僕の双子の妹でつい最近トレーナーデビューしたばかりだ。
「サトシ、紹介するよ。彼女はユウリ、僕の双子の妹なんだ。サトシとダンデさんのバトルを見てトレーナーになることを決めたんだよ」
「マサル、誰かと一緒に旅してるの?」
「……あ! メッソンと一緒にいた!」
「お、知り合い? なんか凄いことばっかりだなあ」
聞けばユウリが1ばんどうろでゲットに手こずっていたところをサトシが助けてくれていたらしい。兄も妹もサトシに出会った上に何かしら手を差し伸ばしてもらっていたとは、やはり運命かもしれないと一人密かに噛み締めていた。
「ワイルドエリアで会ったんだ。僕の方からサトシの旅に一緒させてほしいって頼んでさ」
サトシとの出会いをかいつまんで説明していくと、ユウリが俯きわなわなと震え出した。
「ずるーい! ずるいずるいずるいずるい!!」
そして突如として叫んだ。
「私は最初から甘えちゃいけないと思って別れたのに! 私だって憧れの人と旅したい!! マサルのバカ〜!! ホイップカレーの海で溺れちゃえばいいんだ〜!!」
そのまま泣きながらスタジアムの中へと走り去っていった。大丈夫かな……。
取り残された僕、サトシとピカチュウはぽかんとしたまま動けない。五秒程して再び口を開いた。
「えっと……開会式終わったらユウリも誘ってみてもいい?」
「うん、オレは大丈夫だけど……」
「ぴかちゅ……」
今日はお勧めのカレー屋さんで夕飯にしよう。あそこの店主さん元気かな。きっとユウリも来るだろうし。
——なんだか今回の旅は楽しくなりそうだ。
静かに笑って僕達もスタジアムへと入っていった。