静止の月に花開く   作:Mr.♟️

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13話

 

タルタロスを──釈放された

 

タルタロスを、釈放された

 

頭の中で二度繰り返しても、現実として呑み込めない

 

今朝突然、ぶち込まれたときにはなかったスーツに着替えさせられた。通帳、ヒーロー活動免許証、そのほか色々と渡された挙句──私は、野に放たれた

 

「──本当にどうなってんだ?」

 

よく分からないままに釈放され、よくわからないままにメディアに囲まれている。誰でもいいから、私の状況を説明してくれ

 

「レディ・ナガンさん!今のお気持ちを一言!」

「末永新聞です!この後やりたいことはなんですか!どこに向かおうと思っていますか?」

「ヒーローTVです!もしよろしければ、独占インタビューさせてください!」

「花月雫さんに何か伝えたいことはありますか?」

 

意味がわからない。今の気持ちを一言で?それなら、なにもわからないとしか言いようがない。この後どこに行けばいいかなんて、むしろ私が教えてほしいくらいだ。独占インタビューなんてとんでもないし──まず、花月雫って誰だ

 

「待て待て、私は何も状況を把握できてない。お前たちメディアがここにいる理由も、私が釈放された理由さえわからない。まずはそれを教えてくれ」

 

──公安委員会の会長が雄英高校の学生にしてやられて失脚。そのまま腐敗した体制諸共表舞台を去ろうとしている。その学生が私のファンで、中学生時代から私についても度々配信をしていた、と

 

しかも中学時代に登録者50万、雄英入学が決まって100万超え、体育優勝で400万超え、今回の騒動で800万超えのプロヒーロー顔負けの知名度がある、らしい

 

「...........夢か」

 

バカか。どれだけ都合のいい話をしてるんだ。こんな夢を見るなんて、私も相当メンタルがやられてるのかもしれない

 

「夢じゃありませんよ!えっと確か、花月雫さんがナガンさんについて話している切り抜きが──これです、これ!」

 

スマホの画面をぐいっと押し付けられる。切り抜き動画の再生が始まった。いや、知らんて。花月雫なんて名前、聞いた覚えが──

 

『幼い頃に、自分の個性に少し悩んで思い詰めてる時があったんだ。夜遅い時間に公園でブランコ漕いでたら、ヒーローに見つかってさ』 

 

『怒られると思ったら、僕の話を聞いてくれて『──キラキラ輝く星に手を伸ばせ。それを掴むことが出来たら、ヒーローになれるさ。自分の個性を愛してやれよ、それもお前の一部なんだから』

 

『正直、当時はまったく意味がわからなかったし、今もニュアンスでしか理解できてない部分もあるけど、ヒーローになれるって言ってもらえて嬉しかった』

 

『だから僕は、輝く星に手を伸ばし続ける。そして、彼女みたいに人の心を守れるヒーローになりたい。それと──って、もう一つの理由は動画で話したことがあったね』 

 

『この話はやめようか。これ以上続けたら、レディ・ナガンの話で配信が終わる』

 

──こいつ、まさか。夜中に公園で泣いてたあのガキか。言われてみればあのときの面影がある

 

クソっ、あの時の私恥ずかしいこと言ってるな。しかも、ニュアンスでしか理解してねぇのかよ。いや、むしろ理解できてなかった言葉をよく覚えてたな

 

「この配信以外にも、リスナーの誰かが言い出した『伝説のナガン回』というのもあって、そっちもバズって再生回ってますよ。だいぶ前の動画ですけど、今は1500万再生超えてたはずです」

 

「1500万再生!?」

 

なんだその再生数...!?待て待て。そもそも、何年前の話だと思ってる。下手したら7.8年くらい前の話だぞ。それまでの間タルタロスに服役している私のファンを続けてられるはずがない。このヒーロー飽和社会でそんなのありえない。あ、なるほどな。昔の動画とこいつらも言っていたし、配信を始めたばかりに話したとか、そういうオチだろ

 

「度々配信でナガンさんの話をしてますし、最近も話題にしてたので、世間でのナガンさんの知名度もかなり高いんです!お願いします!うちの独占インタビュー受けてください!」

「あっ、抜けがけはダメですよ!ナガンさん!独占なんてわがままいわないので、うちのインタビュー受けてください!」

「うちの局の上層部にナガンさんのファンがいるんで、断られたら怒られるんです!助けるとこ思ってお願いします!」

 

──は?バカなのか?このヒーロー飽和社会で終わったヒーロー、タルタロスに収監されるようなヒーローのファンでい続けるって正気か?

 

「あ、インタビュー....だったか。今は色々整理したいから断る」

 

「連絡先です!落ち着いたら、我が社に是非第1にご連絡を!」

「いつご連絡いただいても必ず対応しますから!うちの社を贔屓にしていただければ!あと、上層部にキツく言われてるのでサインください!」

「他の社とは比較にならない特番を組むので何卒よろしくお願いします!」

「いやー、皆様自分の事ばかり気遣いが出来てませんね。ささ、我が社の車で飛行場まで送迎しますよ!もしよろしければ、その後も目的地まで送ります!」

 

「ああ」

 

飛行機で本土に戻ったら──まずは、雄英高校に行ってみるか。雄英の生徒が原因で私がよく分からない状況になってるんだ。最低限説明してくれるだろ

 

あとは移動の時間を使って、あのガキ──花月雫の『ナガン回』とやらでも見てみるか

 


 

放課後のTDL(トレーニングの台所ランド)体育館γ。遮蔽物も何もない空間で、生徒と教師がマンツーマンの特訓を行っていた

 

生徒、花月雫は目の前で自分を吸い込もうとするブラックホールに必死で抗っていた

 

「...うぐっ!」

 

「強くしますよー」

 

13号が徐々に吸引力を上げる。数分もしないうちに、花月の体は吸い寄せられるように足元まで転がされた

 

呼吸を荒げる花月に対し、13号には疲れの色は一切見えない

 

「そろそろ、休憩にしましょうか」

 

「....はい」

 

多少の迷いを見せながらも、花月はその提案を受け入れる。特訓を開始して既に2時間が経過していた。花月自身も、自分が披露していることは感じていた

 

床に背中をつけたまま、息を整えようとする花月。その隣に、13号が静かに腰を下ろす

 

「花月くん。やりたい内容、本当にこれで合ってますか?」

 

特訓といえば聞こえはいいが、内容は単純だった。遮蔽物のない開けた場所で、13号がブラックホールの吸引を向ける。それに花月が抗う──ただそれだけの訓練を、3日間繰り返しているのだ

 

「はい。すいません、13号先生のお時間をとってしまって。時間があれば、もう少し付き合ってもらえませんか?お願いします」

 

「そうですね、時間は問題ありませんが....」

 

花月が起き上がり、軽く頭を下げる。その姿勢に誠意は感じる。しかし13号としても、これ以上続けるのであれば理由を聞いておきたい。2日前も、昨日も──22時近くまでこの特訓に付き合っているのだ。教師として、ただ力になるだけでなく、背景も理解していたい

 

「せめて理由を教えてくれませんか?僕にはこの特訓が花月くんの役に立つようには思えません」

 

花月はバツが悪そうに視線を逸らした。2日前も昨日も、同じように目を逸らされたが、13号は追及しなかった。だが、これからも続くのであれば話は別である。せめて理解した上で協力したい、そう思うのが教師というものだろう

 

「そう、ですね。秘密って答えはダメですか?」

 

「ダメではありませんが、僕も理解した上で協力をしたいので、出来れば教えてくれますか?」

 

「そうですよね。いや、でも、そうですよね」

 

何か言いたげにしながらも言葉を濁す花月。彼にしては、珍しい反応だった

 

意を決したように花月は口を開いた

 

「あの、他の人には言わないと、絶対に秘密にしてくれると約束してくれるのであればお話します」

 

「はい、わかりました。約束します」

 

それほどまでに言いにくいことなのか──13号はそう思いながら頷いた。花月はホッとしたような表情を浮かべて話し始める

 

「──公安委員会のビルから飛び降りた時、本当は僕死んでたんです」

 

「えっ....?」

 

その言葉は、あまりに唐突だった

 

マスク越しで表情は見えないはずなのに、13号の動揺を察したのか、花月は続ける

 

「僕の個性、静止は──視界に入っているものを止める力です。生き物でも、無機物でも。はっきり見えていれば、止められます」

 

「そうですね、それは僕も知ってます」

 

「なので、例えば空を歩くこともできるんです。足元を見て、片足ずつ止めながら歩けば、地面がなくても進める」

 

「体育祭の障害物競走でその使い方をしてましたね」

頷きなざら、今度は少し言いにくそうに花月は言葉を続けた

 

「実は、公安委員会のビルから飛び降りた時、僕自分の身体を見てなかったんです」

 

「.....えっ?」

 

「家に帰って冷静になってから気づいたので、誰にも言ってないんです。クラスメイトに知られたら絶対大騒ぎになるので、知られたくもなくて」

 

「待ってください。でも、花月くんは地面にぶつからなかったんですよね?」

 

「はい。なので、僕の個性の発動トリガーは視界に対象を入れることではなく、他の行動だったのではないかと思いまして。そうでないと、僕が自分の身体を見ていなかったのに静止できた理由に説明がつかないので」

 

「.........とりあえず、無事でよかったです。本当に」

 

13号に言える言葉はそれだけだった。誰にも言わないと約束した以上、それを破ることは教師としてやってはいけない

 

「それで、自分の体を見ていなくても発動したってことは、個性の発動トリガーが視界じゃないかもしれない、と思って。なこで、13号先生に協力してもらって、他の方法で静止できないか試してました。結果は散々ですが」

 

「なるほど。そうなると、少し難しいかもしれませんね」

 

13号は一旦、花月から聞いた本当は死んでいたという内容を頭の片隅に追いやり、聞いた話からアドバイスを行う

 

「難しい、ですか?」

 

「花月くんのように、幼い頃からこういう個性だと信じて使い続けてきた人ほど、思い込みが脳に深く刷り込まれていることがあります」

 

「思い込み...」

 

かなり珍しい話ではあるが、前例がないわけではない。13号は話を続ける

 

「はい。たとえば、視界に入れれば発動すると信じたまま長く過ごしていると、それ以外の条件では脳が自然に個性を起動しないんです。本当はもっと広い範囲で使えるのに、自分で制限してしまっている」

 

 

「改善する方法はありませんか?」

 

「根気強く検証を続けるか、個性分析ができる専門家に協力を仰ぐことですね。あ、そういえば──花月くん、ワイルドワイルドプッシーキャッツから職場体験の誘いが来ていましたよね?」

 

事例が珍しいため取れる手段は限られてしまう

 

「はい」

 

「なら、ラグドールさんの【サーチ】の個性なら、花月くんの個性を正確に把握できるかもしれません。自己検証で模索するより、プロの分析に頼ったほうが成長の速度はずっと早くなりますよ」

 

「....ありがとうございます。少し考えてみます」

 

この日の特訓はこれで解散となった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...........他の人に相談したい」

 

体育館から静かに去っていく花月の背中を見送りながら、13号は

カポッとヘルメットを外し、額の汗をぬぐった

 


 

閑話①

 

「──フフッ、ハハハハッ!」

 

誰もいない薄暗い部屋。巨大なモニターには、次々と読み上げられるニュースが映っていた。ヒーロー免許の剥奪。辞職。失脚。次々と晒されていく、ヒーローたちの醜聞

 

その中には、魔王──オール・フォー・ワンの手駒として長年潜伏していた者の姿もあった。だが、彼に不快の色はなかった。むしろ、笑っていた

 

「....やりやすくしてくれて、ありがとう。花月雫くん」

 

ヒーローを叩きのめすには、世間の信頼と期待を崩すのが1番手っ取り早い。それが、何もしていないのに今まさに起きている

 

そして、それを引き起こしたのが他でもない。雄英高校ヒーロー科、花月雫という少年だという事実にAFOは底知れぬ興味を覚えていた

 

「平和の象徴オールマイト。彼を殺すことで、ヒーロー社会に致命的なダメージを与え、世界を掌握する──それが当初の計画だった」

 

その方針は今も変わっていない。だが、今はその先が大きく塗り替わっていた

 

「権力の腐敗を暴き、ヒーロー社会に一石を投じた次世代の英雄──花月雫。オールマイトが死ねば、世間は間違いなく、彼に希望と重圧の両方を向けるだろう」

 

人気のないNo.2のエンデヴァーではなく、あの少年に

 

「となれば、面白い選択肢がいくつもある」

 

オールマイトを殺す前に花月を殺すか。あるいは──彼を事前に引き込んでおくか

 

「どちらの方が、オールマイトは絶望するだろうか?」

 

OFAの継承者を殺し、そのうえでオールマイトを葬るのか

 

それとも、OFAの継承者を殺し、次世代の英雄を自分の側に引きずり込み、最期にその事実を伝えオールマイトを殺すか

 

想像しただけで、愉悦がせり上がる。目を閉じ、片手を頭に当てながら、AFOは心底楽しそうに笑った

 

「ありがとう、花月雫くん。君のおかげで....オールマイトへの嫌がらせが、スルスルと思い浮かぶよ」

 

部屋の中で、誰にも聞かれることのない悪意が、静かに満ちていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──本物のヒーローが現れた。オールマイト以外の本物が」

 

薄い蛍光灯の光が、血で汚れた刃を鈍く照らす。テレビ画面には、騒がしいテロップが映る

 

『次世代の英雄』『ヒーロー社会に革新』

 

画面の中。流れる動画の少年は、圧倒的に不利な状況で誰に媚びることなく、ヒーロー公安委員会相手に勝利を勝ち取った

 

その行動は利己でも、自己顕示でも、偽善でもない

 

「....素晴らしい。権力に寄りかかることなく、ヒーローとしての責務を果たした」

 

同じ思想を持っている人間に対しての羨望ではない。期待なんて安っぽいものではない。俺が抱いている感情は──敬意に近い

 

だが、だがそれでも

 

「──画面越しでは判断できん」

 

正義を語るのは誰でもできる。ヒーローの外套は誰でも纏える

 

問題は、その中身だ。テレビで流れる内容だけであれば、間違いなく本物だ。残した結果も本物だ。だが、実物がテレビと同じとは鍵はない

 

「直に見ねばならん。刃を交える必要はない。ただ、この目で、魂で確かめる」

 

那須市での浄化はまだ終わっていない。もう一人、裁くべき偽者が残っている

 

だが、だが!

 

「後回しでいい。偽りのヒーローが逃げることはない」

 

それよりも優先するべきだ。花月雫の確認は

 

「花月雫。お前が本物のヒーローであると言うのなら──俺がそれを確かめよう」

 

ステインは立ち上がる。刃を鞘に戻し、ただ前へと進む

 

「──待っていろ」

 

静かな足音が、夜へと溶けていった

 


 

飛行機から降りたあとも報道陣に囲まれるナガン

 

 

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13号

 

 

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