今日から1週間の職場体験が始まる。期間中は住み込みであったり、通いであったりと事務所によって対応がわかれている。僕が今回職場体験先に選んだワイルド・ワイルド・プッシーキャッツは前者の期間中は住み込みでの職場体験となる
そして今まさに、指定された事務所まで向かっているところなんだけど、とんでもなく遠い
「事前に送られてきた地図を見るに──あの山の麓に行かないとダメなのか?」
遠いけど、1時間もあれば着くか。余裕を持って家を出てきてよかった。下手したら集合時間に遅刻することになってたかも
「どこから降りればいいんだこれ。階段とか探さないとダメかな」
とはいえ、余裕があるわけでもない。一刻も早く、森の中に入るための階段か下り道を探さないと
そんなことを考えながら森を眺めていると、後ろから2つの足音が聞こえてきた。こんな交通の便が悪いところに来る人間はいないだろうし、迎えに来てくれたのかな
『煌めく眼でロックオン!!』
『キュートにキャットにスティンガー!!』
『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!!』
口上と共にポーズを決めて登場してくれた御二方に対して拍手を送る。すごい、ベテランとは思えないくらい若々しい。エネルギッシュだ
「──マンダレイさんとピクシーボブさんですよね?今日から1週間お世話になります、花月雫です。よろしくお願いします」
「あら、素直でいい子そうじゃない。体育祭ではもう少し尖ってるように見えたのに」
そう言いながらマンダレイさんがまじまじと眺めてくる。そんな意味もなく尖りませんよ。狂犬じゃあるまいし
「これからお世話になる先輩方に失礼な態度はとれませんよ。あ、粗品ですがお受け取りください」
お土産として定番のオールマイトサブレをマンダレイさんに事前に渡しておく。こういうのって、いつ渡せばいいのか悩ましい
「いーね!君、性格も悪くなさそうだし、個性も悪くない。今のうちに唾を...」
唾を、待ってください。今唾をとか言いながら近づいてきてました?もしかして、本当に唾を付けようと??
「こらこら、違うでしょ。職場体験の第1関門、この魔獣の森を抜けて宿泊施設まで3時間以内にくること!」
「3時間ですか?1時間もあれば問題なく──!」
話している途中に地面が盛り上がり、崖下の森へと流される。ケガをしそうなら個性を使おうとも思ったけど、土流が僕を安全に下まで運んでくれた
これはピクシーボブの個性【土流】だ。なるほど、職場体験はもう既に始まっているってことか
「ここは私たちの私有地につき、個性の使用解禁!それじゃあ、私たちは先に宿泊施設で待ってるから!」
崖上からマンダレイさんの声が聞こえる
「確かに落とされたのは驚いたけど、ただ移動するだけなら簡単にクリア出来る」
そんな僕の言葉が聞こえていたのか否か、土塊の化け物が現れた。ああ、なるほど。ただで行かせてくれるわけじゃないのか
「ピクシーボブさんの土魔獣が妨害してくるのか。でも、大した問題じゃない」
僕は敵の全身を視界に収め、静止の個性を発動した。一歩も動けなくなった土魔獣の胴体に拳を叩き込む
──ドガンッ!
土の塊が砕けて飛び散る。もちろん、僕の個性は強化系じゃない。だからって、土塊程度、岩程度の強度なら砕くことなんて容易い
「決めた。1時間以内、いや、30分以内に宿泊施設に到着する」
僕は本気で強くなるためにここに来た。遠回りをしている暇はない──全力で行かせてもらう
「えっ、嘘?もう来たの!?」
「これで第1関門突破でいいですか?まあ、残念ながら、48分もかかりましたけど」
宿泊施設の前には、マンダレイさんとピクシーボブさんがアイスティーを飲みながら座っていた
あと、見知らぬ男の子も1人いる。どちらかの、もしくはここにいないメンバーの子どもだろうか?
「速っ!!やっぱり唾つけておかないと!将来有望!」
ピクシーボブさんが大きな声で叫んだ。マンダレイさんも、思わず飲んでいたアイスティーをこぼしそうになっていた
「え、ちょっ、唾って本当の唾...!」
「本当に1年生?プロヒーローでも、この速さで来れる人は数える程なのに」
「頑張ったので。それで、そちらにいるお子さんはピクシーボ...マンダレイさんのお子さんですか?」
痛い、痛いですピクシーボブさん
「ああ、違う。この子は私の従兄弟の子どもだよ。洸汰、ほら挨拶しな。1週間一緒に過ごすんだから」
男の子の前に僕は移動して、目線を合わせるためにしゃがむ
「僕は花月雫。1週間よろしくね、洸汰くん」
できるだけ友好的に声も柔らかく挨拶をしたつもりが、彼から返ってきたのは予想外の返事だった
「ふんっ!」
「っ.....はぁ」
急所への突き。想定外の攻撃に僕はかわすこともできず、体勢が崩れて地面に背をつける。待って、金的なんていつぶりだろうか。めちゃくちゃ痛い。この年頃の子たちって、こういうの好きだよね
しかも洸汰くんは歩いて建物の中に入ってしまった。打ち解けることもできず、まさに殴られ損だ
「大丈夫...?」
心配そうにマンダレイさんが顔を覗き込んでくる。正直全然痛いし、まったく大丈夫じゃない。たと3分くらいゆっくりと休んでいたい
「はい、大丈夫です。それで、僕は何をすればいいですか?」
忘れてはいけない。僕は職場体験に来たんだ。学ぶためにここまで来たんだ。金的をくらったことは忘れよう
「んー、それがね。花月くんを指名したのはラグドールの希望だったのよ。だから、彼女が戻ってくるまでは特にスケジュールがないの」
「あ、なるほど。それなら、とりあえず施設の掃除でもしていればいいですかね?あと、洸汰くんとも少し話したいですし」
まさか、職場体験で初っ端から手持ち無沙汰になるとは思わなかった。プラスに考えよう。この自由時間を使って、金的をくらわせてきた洸汰くんとの交流を深めよう
「ごめんね、まさかこんなに早く魔獣の森を抜けると思ってなかったから。お願いしてもいいかな?」
「ええ、もちろんです」
「ヒーローを目指してるようなやつと仲良くなんざできるかよ!」
施設中の掃除を終え、既にお昼の時間に差し掛かっている頃。ようやく洸汰くんと話すことができたが、この拒絶反応である。ヒーロー嫌いな人間もいないことはないけど、この年頃の子どもにしては珍しい
「どうして?」
「頭がおかしいから!」
「ああ、確かにね。うんうん、わかる」
利他の精神は人によっては異質に見えても仕方ない。むしろ、この年頃でその感性をもっているのは素晴らしいことじゃないだろうか。違和感をおかしいと言える素直さって大事だよね
「はぁ?」
僕の反応に洸汰くんは、よく分からないといった表情を浮かべている。僕が適当に肯定しているわけではないのは理解できているのか、本当に戸惑っているように見える
「でもね、嫌いだからっていきなり急所を殴るのはダメだよ」
それはそれとして、ダメなことはダメだって注意する必要がある
「っ!ヒーロー目指しているくせに、ちょっとチンコ殴られたくらいで文句言うのかよ!」
「ダメなことだからね。嫌いだから殴っていいがまかり通ったら、欲しいから盗んでもいい、嫌いだから虐めてもいいも許されちゃうよ。洸汰くんはそんな世の中がいいの?」
僕が見たところ、この子は別に悪い子じゃない。やったらいけないとわかっているからこそ、僕に注意されて声を荒らげている。本当に悪いと思っていなかったら、子どもは『うっせー』くらいの反応しかしない
ほら、現に僕の言葉に少し頭を悩ませている。ダメなことをしたと認めるべきか、それとも意地を貫くかを迷っているのかな
「──バーカ!お前らヒーロー志望なんて嫌いだ!」
そう言い残すと、洸汰くんはどこかに走り去っていった
「ヒーロー嫌いか」
その考え方を無理やり変えようとは思わない。でも、誰かを嫌っても殴っていい理由にはならない
そういう当たり前のことだけは、ちゃんと伝えていきたいと思う
あ、なんか戻ってきてる。まだ言い足りなかったのかな?別に多少の暴言はいいけど、過ぎるようなら注意するよ
僕の予想とは全く異なる言葉を彼は発した
「──お前の両親、敵に殺されたんだろ」
.......ふぅ、まずは話を聞かないとね。頭ごなしに怒ったり注意するのはよくない。でも、もし挑発するために言っているなら、人の死を弄ってはいけないと伝えよう
ヤバい。出ていくタイミングを完全に逃した。どうしよう。今から『お昼ご飯作るの手伝ってくれる?』なんて言いながら登場するのは流石にタイミングが悪すぎる
いやでも、このセンシティブな話題に花月くんも取り乱して大人気ないことをするかもしれないし、やっぱりここはタイミングが悪くても飛び出すべきかしら
「そうだよ。僕の両親は殺された」
聞こえてくる声色から怒っていたり取り乱しているようには聞こえない。それなら、もう少し様子を見てもよさそう
「お前がヒーローを目指したから殺されたんだろ。お前がヒーローみたいなことをしたから、お前の両親は死んだんだろ」
ヒーロー公安委員会の会長が悪質なヒーローを一掃して共に退場した話、これはニュースでも大々的に取り上げられて有名だ。そして、花月くんの両親がその対象となったヒーロー事務所に所属しているヒーローに殺されたことも
「....そうだね。僕の行動が原因になった」
「なあ、両親が死んだ時ってどんな気持ちだったんだよ」
洸汰...!それは踏み込みすぎだって!あなたにとっては、高校生は大人かもしれないけど、高校生はまだ感情の制御ができない子どもなんだから!これはまずい、止め──
「困ったな。悪ふざけで聞いてくるなら適当に濁そうと思ったけど、そんな目で見られたら答えないわけにはいかないか」
「最初は何も感じなかった。起きた事実が受け入れられなくて、目を覚ましたらいつも通り『おはよう』って言ってくれるんじゃないかって」
「でも、両親が死んだって頭の理解が追いついたらようやく悲しくなって泣いた。少しの間、世界が崩れたみたいに感じて外に出るのも怖かった」
「けど、今はもう立ち直ったよ。起きた事実を変えることはできない。だから僕は前を見る。立ち止まらずに前に進む...これでいいかな?」
この子は強い。あの事件から既に立ち直っている。普通の学生なら、ここまで地雷を踏まれたら、逆鱗を触れられたら声を荒らげていてもおかしくない。それなのにこの子は、真正面から洸汰に向き合っている
「意味わかんねーよ!なんで、なんで、ヒーローしたせいで親が死んだのに、ヒーロー目指すんだよ!ヒーロー目指すの辞めようってなんねぇんだよ!」
「理由は3つ。僕がどうしようもないほどに、ヒーローに憧れているから。僕がヒーローを諦めることを、僕の両親は絶対に望んでいないから。死んだように生きていたくないから」
「洸汰くん。今度は僕が聞いていいかな。どうして君はヒーローが嫌いなの?別に君の考え方を否定しようなんて思ってないから、僕に教えてくれないかな?」
ああ、これで話は終わった。洸汰が初対面の人間相手に話すわけがない。今度は花月くんが洸汰の地雷を踏んじゃったわ
無言の時間が続いている。聞いているだけの私でさえ、息が詰まる
「.....俺の両親は──2年前に死んだウォーターホースだ」
話した...!?洸汰が自分の両親のことを、ヒーロー志望の学生相手に!
もしかしたら、両親を失った者同士、洸汰も何か感じることがあったのかもしれない
「ああ、覚えてるよ。残念な事件だった」
「俺の、両親は...敵に、殺された。頭おかしいだろ!敵も、人のために命をかけるヒーローも!だから俺はヒーローが嫌いだ!大嫌いだ!!」
それは洸汰の心からの叫びだったんだと思う。私には話すことの出来ない本音
「死んだ人間のことを立派だ!最高のヒーローだ!なんて周りはバカみたいに言いやがる!ふざけんな!」
興奮気味の洸汰の勢いに押されたのか、花月くんは何も言わない。顔を出したらバレそうだし、表情を見ることはできない
いつの間にか2人の話を止めるなんて考えが頭の中からなくなっていた
「昨今のヒーロー飽和社会では、得意なことしかやらないヒーローが多い。目の前で誰かが死にかけても困っていても、自分の個性は向いてないからと見捨てる」
「でも、君の両親はそうではなかった。水難救助で活躍しているヒーローだったのに、人々を守るために己の命を張ってまで活動した」
「君の両親は本物のヒーローだった。悲しみから目を背けてはいけない。自分の感情を否定してはいけない。感情に蓋をしてはいけないんだ」
「だから──1人で向き合うのが怖かったら、僕が一緒にいるよ。少しずつでいいからから向き合うんだ。過去を変えることはできないんだから」
しばらくの沈黙のあと、洸汰のすすり泣く声が聞こえてきた。声の調子からして、きっと花月くんの胸の中で泣いているのだろう
それを聞き届けて、私はそっと厨房に戻った
「──ここが、花月雫の...Mr.サイレントの職場体験先。証明しろ、お前が紛い物ではなく本物のヒーローであることを」
ピクシーボブ
マンダレイ
せめて職場体験の後半くらいにきてくれない?
ピクシーボブの画像間違ってたなら貼り直しました