お昼ご飯はマンダレイさんが作ってくれた夏野菜カレーだった。優しい味が胃にじんわり広がって、気づけばお代わりしていた。身体も心もほっと緩むような、安心する味だった
ちょうど食べ終えた頃、プッシーキャッツの残りのメンバー、ラグドールさんと虎さんが揃って到着した。
そこから僕らは宿泊施設を出て、また森の中へ移動した
『煌めく眼でロックオン!!』
『猫の手 手助けやって来る!!』
『どこからともなくやって来る...』
『キュートにキャットにスティンガー!!』
『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!!』
ジャーンッ!という効果音がどこからか聞こえてくる気がする。正直、プッシーキャッツの決め口上を生で見られるのは嬉しい。災害救助メインだから、あまりお目にかかれないんだよね、これ
「改めて、よろしくお願いします」
「にゃ」
宿泊施設である程度今後の流れを説明してもらった
1日目、ラグドールさんによる個性伸ばし指導。マンダレイさんによる災害救助の座学
2日目、ラグドールさんと虎さんによる個性伸ばし指導。ピクシーボブさんとマンダレイさんによる仮想災害救助
3日目、サプライズゲストとの模擬戦指導。事務仕事の概要と一部業務の手伝い
4日目、サプライズゲストとの模擬戦指導。SNS運用の相談
5日目、市内パトロール。サプライズゲストとの模擬戦指導
6日目、マンダレイさんによる災害救助の座学Part2。サプライズゲストとの模擬戦始動と事務仕事の手伝い
7日目、お疲れ様会
──なんだろうかこの予定は。まず、サプライズゲストと異様に模擬戦をやることになっているのも気になる。それとSNS運用を相談したいって言われても、僕がやってるのは配信だけだから他のhirottaとかhirosutoguramuみたいなPRに使うようなサイトは使ってないから、そこまで詳しくないですよ。いや、お世話になるので知ってることは伝えますけど
「そういえば、ラグドールさんが僕のことを推薦してくれたって聞きましたけど、どうしてですか?他にも災害救助関連で有望な雄英生もいたと思いますけど」
これを聞いておきたかった。僕の個性も災害救助に向いているとは思うけど、塩崎やA組の麗日さん程じゃない
「それはねー、誰もいないところで本来の個性の使い方をしたら──君が死んじゃうからにゃん」
...?僕が死ぬ?言ってる事の内容の割に語尾明るくないですか。僕の個性が僕を殺すような自体になるのとはないと思うんですけど
顔に出ていたのか、ラグドールさんが言葉を続けてくれる
「君の個性は視界に入った対象を静止させることじゃないにゃ。花月くんの個性は、この世界の理を無視している強大な個性なんだよ」
ここに来て正解だった。ラグドールさんは僕の個性をサーチの個性で見極めたんだ
「使い方を誤ったら花月くん自身が死んじゃうくらいににゃ」
それなら教えて欲しい。その正しい使い方を。僕が今よりももっと強くなるために
「静止で止められるのは、目で見えるものだけじゃない。むしろ、そっちはおまけにすぎないんだよ」
「おまけ、ですか」
今までそれがメインであると思って個性を使っていたから、おまけと言われるとなんだか違和感がある
「花月くんが自分の身体をその場で固定させることができるのもおまけの範囲」
窓から飛び降りて自分の身体を静止させたり、足だけを固定してそこを軸に空を歩けるのもおまけなのか。静止じゃなくて固定だったんだ。自分の個性なのに今まで知らなかった
「花月くんの個性の本領は──世界の流れさえも静止させること」
「いきなり壮大になりましたね」
世界の流れさえ静止させる?地球の自転を止めることができるみたいなことか?いやいや、ひとひとりの個性がそこまで強大なはずがない
「静止させることができるのは『時間』だよ」
「時間?」
話が上手く飲み込めない。今まで僕が視界におさめた対象を止めることができる個性だと思っていたものが、実は時間を止めることができる個性だった?誰がそんなことに気がつくことができるんだろうか
「にゃ。時間を静止させるためには尋常じゃない集中力が必要になるし、仮に止めることが出来たとしても代償──」
集中力、か。それなら問題ない
──止まれ
「.....ラグドールさん?」
風の音が途切れ、木の葉が空中で止まり、鳥が羽ばたく姿勢のまま空中で凍りついている
そしてラグドールの唇も動きを止めた
僕以外の全てが静止されている
──すごい。これが僕の本当の個性。これが僕の個性の可能性。この個性があれば、僕は今よりも強くなれる。悪に対しての抑止力になることができる。レディ・ナガンのように最高のヒーローになれる!
止まっていた時間は僅か5秒。木の葉の揺れる音が聞こえ始め、静止されていた世界が、時間が動き始める
「があって、その内容が」
「....っ、コフッ!」
急激に体を締めつけるような違和感。口の中に鉄の味。気づけば、吐血していた
視界が揺れて、呼吸も浅くなる
心臓をぎゅうと握りつぶされたような感覚。意識がかろうじて繋がっているだけで、突然体が鉛のように重たくなった
「!!?大丈夫!?」
なんとか立つことはできている。少し落ち着いてきたけど、まだ気持ち悪い
「....はい。最悪の気分ですけど、最高の気分です」
「どうして、あちきの【サーチ】では、尋常ではない集中力が必要だって視えたのに...!」
「集中力には少し自信があったので、すいません」
集中することは難しくない
「これが才能...?じゃないにゃ。横になって少し休んで」
言われた通り地面に寝っ転がった。ラグドールさんの言う通り、もし自分1人の時に気がついたらヤバかったかもしれない。タイミングによっては死んでいてもおかしくない。本当にここに職場体験に来てよかった
「よく聞くにゃ。時間を静止する時は、静止した時間=心肺停止時間になる。心肺停止は概ね10~15秒で意識を失うから、絶対に多用したらダメにゃ」
「気をつけます」
ああ、ダメだ。高揚感を抑えることができない。個性は使えば使うほど身体になじむ。慣れれば慣れるほど思い通りに使える
この個性を思いのままに使えたら──どれだけの人間を救うことができるだろうか。そう考えると、やっぱりこの胸の昂りを抑えることはできない
「時間を止めていいのは、1日1回だけにゃ」
ラグドールさんの個性伸ばし指導は時間を止めることがメインではなく、今まで使っていた視界に入れて静止する能力の方だった。常に扇風機の強風を浴びながら目を閉じないよう個性を維持するのは大変だった
「ありがとうございました!」
「次は宿泊施設に戻って、マンダレイの座学にゃ。寝ないように頑張ってね」
部屋の中央には長机があり、その上にはファイルや資料、地図やシミュレーション図が積み上げられていた
「お疲れ様。それじゃあ、ここからは私が担当ね」
マンダレイはそう言いながらにこやかに椅子を勧めた。座ると同時に、花月は一瞬だけ資料の山を見てたじろぐ
「これ、全部今日やるんですか?」
「うん。基礎を押さえるにはこのくらいは欲しいかな」
彼女の語り口は穏やかで優しく、どこか母性を感じさせる。だがその瞳には真剣な熱が宿っていた。かといって甘いわけではなく、適当に済ませるつもりなど一切ないということが言葉の端々から伝わってくる
「災害救助って一言で言っても、現場の状況や被災者の状態によって、取るべき行動はまるで違うの。まずは『判断力』を鍛えていきましょう」
そう前置きし、マンダレイは地震を想定した避難誘導シナリオを花月に見せた。複数の選択肢が用意されており、それぞれが導く結果は資料の中に記されている
「この中で、最も救助成功率が高いのはどれだと思う?」
「A案です。建物の崩落危険を避けながら、一時避難場所に最短ルートで誘導していますし。ただ、この道は瓦礫が残っているかもしれません」
「うん。いい視点ね」
花月の答えにマンダレイは頷き、資料の別ページをめくる。A案の道には二次災害の恐れがあり、選択ミスをすれば救助側も巻き込まれる可能性がある──という内容だった
「惜しかったね。でも、考え方は正解。災害救助に『完全な正解』はないの。だからこそ、情報収集と判断力が何よりも大事になる」
彼女の声は、諭すというよりも導くような柔らかさを帯びていた。花月は真剣に座学を受ける
彼はもともと独学で災害救助についても学んではいたが、こうして経験豊富なプロの視点からフィードバックを得られるのは貴重だった
1時間経過した時、カーテンがそっと揺れた。花月は気配を感じてドアの方をちらりと見た
窓の外から、小さな顔がそっとこちらを覗いていた。洸汰だ。だが、目が合った瞬間、彼はバツが悪そうに視線を逸らし、走るようにしてどこかへ消えていった
「ふふ、気にしないで」
マンダレイが微笑む。どうやら彼女も花月と同じく気づいていたようだ
「洸汰、花月くんのこと気になってるのよ。ツンとしてるけど、あれで案外素直だから」
花月は小さく笑い返す。無理に追わないのが、今の自分にできる優しさだろう
「話を戻すね。次は人命救助の優先順位について。これも現場で常に問われる問題よ。たとえば、同時に複数の負傷者がいた場合──君なら誰を助ける?」
「重傷者ではなく、歩ける人間を先に助けます」
「その心は?」
「自分で動ける人を誘導することで、こちらの負担を減らし、他の人にリソースを割くことができるからです」
「正解。助けたい気持ちだけじゃなく、冷静な優先順位をつけられることもヒーローの条件よ」
知識のやりとりはまるで掛け合いのようにテンポよく進んでいく。ときおりマンダレイが例え話を交えたり、現場での実体験を語ったりすると、花月は大きく頷いて聞き入った
「最後にもう一つ。二次災害への対処。これは経験がものを言うけど、基本原則だけはしっかり押さえてね」
彼女はそう言いながら、ある現場の資料を見せた。瓦礫が散乱する中、無防備に歩いていたヒーローが、上から崩れ落ちた看板に直撃してしまったというものだ
「ヒーローが最初に倒れてしまったら、誰が次を守るの?」
「....誰も守れません」
「そう。だから常に『最悪』を想定して動くこと。これがプロとしての災害救助の原則よ」
やがて日が傾き、資料の束が半分ほどにまで減ったころ、花月はふと顔を上げた
頭をフル回転させながら、それでも心地よい充実感が胸に残っている。マンダレイの指導は厳しさと優しさが絶妙に混ざり合っていて、聞きとりやすいものだった
「今日はこれくらいにしておこうか。特訓のあとなのに、集中できてたわね」
マンダレイが微笑みながら、花月の頭を軽く撫でた。一瞬驚いたように目を開いたが、拒絶することなく恥ずかしさもありながら甘んじて受け入れた
「夜ご飯を作るの手伝ってくれる?」
「もちろんです」
この日の深夜0時を過ぎた頃、時間を止めて吐血して怒られるのはもう少し先の話
──お前はどうしてこんなに人気者なんだか。お前のことが心配で後をつけて監視しておいてよかったよ
ステインの目が鋭く光る。葉の上を踏みしめ、獣のような重心移動で距離を詰めようとする動きに、私は迷いなく右腕を銃身に変えた
髪から一本、すばやく弾を編み装填する
「それ以上進んだら撃ち抜く」
瞬間、ステインの気配が僅かに変わる。私のことを警戒しているが止まる気配はない。やはり話の通じる相手ではないらしい
「元公安ヒーロー、レディ・ナガン...お前は及第点だ。邪魔をするな」
その目に宿るのは狂気。あいにく、その程度で気圧されるほど弱くないんでね
「敵の邪魔をするのが私たちヒーローの仕事なんだよ──ヒーロー殺しステイン。一応聞くが、目的は誰だ」
ステインの動きが一瞬だけ止まった。もう分かってるけど、本人の口から聞くために問いかける
「──花月雫に少し相見えるだけだ。邪魔をするなら容赦はしない」
やっぱりな。あんたがアイツの配信を見て、どんな幻想を抱いたか知らないけど──あんたみたいなやつが関わるな
私は知ってるんだ。あの子が今、ようやく笑って歩き出せるようになったことを
「悪いけど、あんたみたいなやつに合わせる気は毛ほどもないんだよ」
ステインの膝がわずかに沈んだのを見て、すぐに横へ跳ぶ。私がさっきまでいた場所にステインが既に移動している。やっぱり速い、か
私は髪から銃弾を編み出し、密林の中を縫うように撃つ。枝葉の間を通り抜け、ステインの肩をかすめた
「──なるほど。なるほど...!」
被弾した彼が笑った。痛みではなく、歓喜の笑いに見える。気持ち悪い
「花月にあって、何を語るつもりだったんだ。あんたの歪んだ正義をアイツに伝えて、どうするつもりだった」
「見極めるだけだ。あれが本物か、偽物か。本物であれば俺の思想と同じはずだ。反して──偽物であれば殺すだけだ」
「正気じゃないな」
「正気?正しさとは誰が決める?腐ったヒーローが凱旋するこの時代、お前のような元公安の人間こそ、見誤るのではないか」
ステインが足を進めてきた。でも、私はもう発射体勢に入っている。話が通じない。言っていることも支離滅裂だ
「それ以上進んだら、次は脚を奪う」
弾道予測は完璧だ。撃てば当たる自信がある
ステインは──立ち止まった
一瞬だけ目が揺らいだ。少なくとも恐怖で止まったわけじゃない。それならなぜ、動きを止めた
「偽物ではない及第点のお前を殺すことはできない。無力化するのも時間がかかり、時間を稼いでプッシーキャッツが集まれば俺の目的を果たすことはできない。素晴らしい判断だ、レディ・ナガン」
何を勝手に評価してんだ
「覚えておけ。花月が本物であると信じたいのは──俺も同じだ。俺は期待している」
その言葉を最後に、ステインは背を向けた。身を翻し、森から消えていく。しばらく銃口を向け続けるが、追撃はしない。森の中で本格的な戦闘になれば、私が不利だ。それに、花月の身の安全は一旦守れた
「.....ったく」
私は銃を解除し、肩の力を抜いた。胸の奥に張り詰めていた緊張が、ようやく緩む。実践は久しぶりだった
でも、今回は守れた
──花月。あんた、どこまで人の心を惹きつけるんだ。まあでもさ、どんな狂人を引き寄せても私が守ってやるよ
マンダレイ
さよならばいばい