静止の月に花開く   作:Mr.♟️

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19話

 

職場体験1日目が終わった。時刻は午前0時ちょうど。布団から静かに体を起こし、足音を立てないよう部屋を抜け出す

 

夜風は心地よく、周囲に街灯がないぶん星がよく見えた。けれど、僕が外に出た理由は天体観測ではない

 

「もっと身体を個性に慣れさせないといけない」

 

部屋で吐血をしようものならすぐにバレてしまい、部屋も汚れてしまう。そのため、こうやって外で個性の練習をするしかない。

 

昨日1度試してみて、心臓への影響も気絶するほどではないことを確認できたのは大きい

 

お陰でこうして、こそこそ隠れて1人でも練習ができる

 

「まずは止めることができる時間を自分の意思で操れるのか」

 

何も考えずに止めることができた時間が体感5秒ほど。これを今すぐ伸ばすのは難しいとしても、短くすることは可能なのか。そして短縮した場合、心臓への負担はどう変わるのか

 

今日はそれを確かめる

 

 

 

 

 

 

──止まれ

 

 

──動け

 

 

 

「....っふぅ、大丈夫。1秒は問題ない」

 

辛くないといえば嘘になるけど、5秒の時よりも格段にマシだ。これで、静止した時間=心臓の負担であることが確定した。また、5秒の範囲であれば意図的に調整できることも判明した

 

「次は2秒を試そう」

 

──止まれ

 

 

 

 

 

 

──動け

 

「....ぐっ...コフッ....!」

 

口の端から血が落ちた

 

辛い。5秒のときより明らかに辛い。何故だろうか。普通に考えれば『5秒止める』より『1秒+2秒=3秒止める』ほうが負担は少ないはずだ

 

 

 

「...違う、考え方が間違っているんだ」

 

時止め→心停止

 

時止め→心停止→再び時止め→再び心停止

 

つまり、短時間に心停止を二度起こしたほうが負担は大きい。静止時間だけじゃなく、静止を行う間隔まで管理しないといけない

 

「絶妙に使い勝手が悪い」

 

強力な個性であることは間違いないけど、下手をしたら自滅する。個性を止めるタイミングはしっかりと考えておいた方がよさそうだ。あと、技名も考えないとね

 

 

今日は、影響が残らない間隔を調べることにしよう。2秒停止を10分間隔で試す。問題がなければ、少しずつ縮めていく

 

2秒の10分間隔問題なし。負担変化なし

 

2秒の9分間も隔問題なし。負担変化なし

 

───

 

 

2秒の5分間隔は繰り返すと辛さが増してくる。これ以上間隔を短くするのはやめておいた方がよさそうだ

 

2秒の限界が5分間隔とすれば、3秒4秒と時間を伸ばせば比例して使用間隔も伸ばす必要があるはず。慣れるまでは、今までの個性の使い方の方が良さそうだ

 

 

 

 

 

 

「お前、何してるんだよ。さっきから動かないで」

 

あ、やばいっ。洸汰くんに見つかった。何がやばいって、僕の顔と服の前側を見られるのがヤバい。血まみれになっているから怖がられるだろうし、マンダレイさんたちにも報告される。これは良くない

 

「星空が綺麗でね。少し眺めていたんだ」

 

「嘘つき。なにか隠してるん──だ、ろ。お前!血まみれじゃねぇか!お前まさか!あの、心臓が止まるやつ1人でやってたのかよ!?」

 

──ふぅ、仕方ない。隠し切れるわけがなかった。いっその事服を脱いで顔に巻いて隠そうかなとも思ったけど、頭がおかしすぎる挙動をしたくなくて迷ってしまった

 

「うん、バレちゃったみたいだね。マンダレイさんたちには秘密にしてくれないかな?」

 

ほら、私有地だから個性を使えるとはいえ、所有者がダメだって言われたら使えなくなるからさ

 

「言うよ!言うに決まってるだろ!おま、お前馬鹿じゃねぇの!心臓止めるって死んでるのと同じなんだぞ!」

 

「止めたくて止めてるわけじゃ」

「バカ!バカがよ!このバーカ!バカ!!」

 

口を挟む隙がない

 

「心配してくれるんだね」

 

「当たり前だろ!!死にたいのかお前!このバカ!お前そこで待ってろよ!!」

 

叫ぶように怒鳴り、そのまま走り去っていく洸汰くん

 

そして──

 

その後、洸汰くんが呼んできたマンダレイにすごく怒られた

 

本当にすごく怒られた

 

とてつもなく怒られた

 

プッシーキャッツのいないところで個性を使うのも禁止された

 

2日目は夜に動く気力が残らないくらいに、ビシバシと厳しい指導を受けた。本当に指1本動かす体力もなかった

 


 

職場体験3日目

 

昨日の地獄みたいな訓練のおかげで、夜は泥みたいに眠れた。疲労はまだ残っているけれど、問題なく動けると思う

 

「今日はサプライズゲストとの模擬戦闘でしたよね?」

 

誰が来るんだろうか。プッシーキャッツはベテランだけあって顔が広いからゲストの予想がつかない

 

「そうね。あなたが起きる前から来て、準備運動をしてるわよ」

 

マンダレイさんの後について森を進むと、風を切る鋭い音と、草木が圧される低い振動が聞こえ始めた

 

 

 

木の幹を蹴る音。地面を抉るような着地の音。そのひとつひとつが、これ以上なく鮮明に伝わってくる

 

 

 

自然と背筋が伸びる。やる気がよりいっそう出てきた。聞こえてくる動きだけで強い相手だというのが理解できる

 

 

マンダレイさんが立ち止まり、軽く指を指す。その少し先──開けた森の中にその人はいた

 

白く長いウサ耳。鍛え抜かれた四肢。闘うためだけに鍛え上げられた肉体。そして、勝気で強く美しい眼差し

 

「おう、ようやく来たか。遅ぇから身体が冷えちまうとこだったぜ?」

 

振り向いたその顔は、ニュースで観るよりずっと迫力があった

 

「──ミルコさん」

 

思考が現実に追いつくまでに数秒かかった。あのミルコが──僕なんかとの模擬戦のためにここに来ている

 

「想像より素直そうじゃねぇか」

 

ミルコさんは僕を上から下までゆっくり眺めた。その目は期待していた獲物ではないものを見た時のような──退屈そうな色をしていた

 

「はい、真面目なので」

 

マンダレイさんから視線を感じるけど無視しよう。初日の夜にコソ練したのは禁止されてない時だからいいんです。問題行動じゃありません

 

「遠慮はしねぇぞ。ピクシーボブに頼んだわざわざ来たんだからな」

 

そう言いながらも、表情には落胆の色が浮かんでいる。なるほど。近くで見た僕は、ミルコさんの戦闘本能を刺激しなかったらしい

 

でも、戦う前からそんな表情を見せられたら──ムカつく。学生だからって、プロヒーローに勝てない謂れはないですよね

 

「ミルコさん」

 

声は自然と強くなった

 

「最初から本気で戦ってくれないと──」

 

ミルコさんの視線が鋭く僕を射抜く

 

「あなたが僕を見上げることになりますよ。元より、手を抜く余裕なんてないでしょうから」

 

ほんの一瞬、ミルコさんの口角がピクリと引き上がった。そしてすぐに、空気が弾けた

 

 

その目が──さっきまでの期待外れから、完全に獲物を見つけた目へと変わる

 

それですよそれ。本気で戦ってもらえないと勿体ない。本気のミルコさんに、僕が勝つ

 

「──へぇ、言うじゃねぇか」

 

ミルコさんが足を一歩だけ踏み込んだ

 

「いいぜ。その減らず口、生意気だ」

 

「口先だけじゃないことを証明しますよ」

 


 

「2人とも準備はいいわね?」

 

ミルコさんが耳をピクつかせ、ニッと笑う。僕も静かに頷いた

 

「いつでもいいぜ」

 

マンダレイさんが右手を上げ、振り下ろした

 

 

「──はじめ!!」

 

その合図が響いた瞬間、地面が爆発したようにミルコさんの姿が消えた。実際に見ると想像よりも速い

 

 

 

でも、その程度の速さで僕の個性は防げない。ミルコさんが速度を上げるため踏み込みを強くした瞬間、その全身が視界に収まった。

 

『静止』

 

 

ミルコさんの身体は、前傾姿勢のまま完全に停止した。呆気なさも多少感じるけど、静止できた以上僕の勝ちだ。轟のように相性が悪い相手ならまだしも、ミルコさんの個性なら打ち破られることはない

 

 

 

攻撃のために間合いを一気に詰める。近づけば近づくほど視野が狭まるけど問題ない。確かに攻撃の瞬間視界から切れる部位はある。でも、それは僕の攻撃が当たるまでの一瞬の間だ。反撃ができるような時間はない

 

静止しているミルコさんに拳が当たるであろうその瞬間──視界から外れた右脚が動いた

 

「遅ぇ!」

 

鈍い音が聞こえる

 

腹を抉るように蹴りが刺さり、僕は後ろへ吹き飛ぶ。同時に僕の拳もミルコの腹に当たったが

 

ダメージは明らかに僕の方が上だった。攻撃の重さが、速度が違う。いや、ありえない。視界から外れたわずか一瞬の間に僕の拳と同時に反撃が飛んでくるなんて

 

「ぐっ...!」

 

地面を転がりながら体勢を立て直すと、ミルコさんは楽しそうに笑っていた

 

「結局攻撃の瞬間に視界から外れるんだ。学生相手なら通じるだろうが、私には通じねぇよ」

 

ミルコさんが勢いよく移動を始める。評価は僕との戦闘が終わったあとにお願いしますよ。まだ、僕は負けてない

 

 

 

『静止』

 

ピタリとミルコさんの身体は止まる。攻撃のために僕は再度接近するが──今度は左腕が視界から外れた

 

「悪くねぇが、ダメだ!」

 

バチィッ!

 

 

顎に重い拳がクリーンヒットした。僕の反撃も肩に当たってはいるものの、やはりダメージは僕の方が多い。しかも、今回は顎を捉えられている

 

「っ....はぁ....!」

 

呼吸が乱れる

 

 

静止は完璧だ。何度繰り返しても僕はミルコさんを止めることができると自信を持って言えるでもできる

 

だけど──攻撃の瞬間に視界の穴が必ず生まれる。これは僕も自覚している事ではあったけど、欠点にはなり得ないと思っていた。勢いよく攻撃している僕と、視界から外れたあとの一瞬の隙をついて相打ちできる相手がいるなんて

 

このまま戦闘を続けても、ミルコの四肢の何れかが外れさえすれば、同じように反撃が来る

 

「考えてる時間はねぇぞ!」

 

ミルコさんが再び素早く動き出す。それを僕が静止する

 

 

 

また近づく。そしてまた──相打ちだ。

 

ドゴォッ!!

 

腹に深く入る蹴り。同時に僕の拳はミルコの脇腹を捉えた

 

僕は吹き飛ばされ、そのまま膝をつく。呼吸が浅くなる。なんて重たい攻撃だよ

 

ミルコさんは楽しげに、獰猛で真剣な瞳で僕を見下ろした

 

「個性は強ぇ。けど、攻撃が遅せぇ!」

 

その通りだ。僕の攻撃が遅いのではなく、ミルコさんの攻撃速度が尋常ではないだけだけど、そんなものは些事でしかない

 

このまま同じように戦っても勝てない。違うことをしないといかない。相打ちを続けても、先に倒れるのは僕であることは容易に想像できる

 

 

容赦なく、考える間もなくミルコさんが踏み込んでくる。視界に全身が入っている。止めようと思ったら止めれる

 

 

 

 

 

でも、止めても勝てない。僕は勝ちたい。全身全霊全力でミルコさんに勝ちたい

 

 

 

 

プッシーキャッツの皆さん。1日1回の約束は破ってませんからね

 

 

 

 

時を止める、今の僕ができる最大の5秒

 

『時飛ばし』

 

世界が色を失った。風も、音も、全てが静止している

 

ミルコさんの時間が完全に停止した

 

 

 

この攻撃で決めきれないと、僕は『時飛ばし』のフィードバックでまともに動くことはできない。出来うる限り攻撃を叩き込め

 

 

全力で、無我夢中で殴る。蹴る。ミルコさんの腹、顔、脚、脇腹へ連撃を叩き込む

 

 

 

止まっている相手でも容赦はしない。手を抜いて勝てる相手じゃないことは十二分に理解している

 

 

 

そして──5秒が終わる

 

世界が動き出した。ミルコさんが吹き飛び、その勢いのまま木々が折れ、砂煙が上がる

 

僕はその光景をじっくりと見る余裕もなく、激しい痛みに襲われていた

 

「ッ....ッぐぅ.....!」

 

時を止めた5秒分の心停止、一気に反動が返ってくる

 

喉から血が溢れる

 

「がはッ....ッ....!!」

 

膝が笑う。辛うじて立てているが、これ以上は何もできない

 

 

嘘だろ

 

 

 

砂煙の奥から走ってくる影。ミルコさんだ。血を流しながら、まったくダメージを感じさせない速度で一直線に来る

 

「──いいよ!お前生意気だ!何をされたか分からねぇが、本気が伝わってきたァ!!」

 

勢いそのまま拳が振り抜かれる。僕は避けられない。視界が揺れていせいで、止めることすらできない

 

 

 

 

拳が迫る

 

 

 

 

 

 

そして、僕の顔面の数ミリ手前で止まった。

 

ミルコさんは口角を釣り上げたまま拳を降ろす

 

「勝負あり。今日の勝者は──私だ」

 

僕はその声を聞きながら、崩れ落ちそうな身体を意地で支えた

 

「.....明日の勝者は僕ですかね」

 

「ッハ!やっぱクソ生意気だな!おいっ!いいね、いいぞ!」

 

 

「花月くん。言いたいこと、分かるかしら?」

 

バシバシと僕の背中を叩いてくるミルコさんと、恐らくこれから僕を怒るであろうマンダレイさんが近づいてきた。いやでも、僕にも言い分がある。手を抜いて戦うなんて出来ない相手でしたし、プッシーキャッツとの約束も破ってない

 

「一応、1日1回の約束は──」

 

僕の主張が通ることはなく、5秒静止は禁止された。2秒静止までは許可されたのが、唯一の救いだった

 

 

 

「私も職場体験期間中はここで過ごすから、しっかりと扱いてやるよ」

 


 

 

戦闘後ミルコ

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

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