静止の月に花開く   作:Mr.♟️

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22話

 

「寝不足だからって、かったるい動き方すんなよ」

 

「分かってますよ、ミルコさん。それより、いいんですか?プッシーキャッツの代わりに市内パトロールの引率なんて」

 

ミルコと花月は宿泊施設のある森から抜け出し、市内パトロールを行っていた。本来であればプッシーキャッツが花月の引率をする予定だったはずだ

 

また、花月の寝不足の原因は言わずもがなである

 

「いいんだよ。プッシーキャッツはお前が提案した『ドラマ仕立て動画』の案をねるのに忙しいんだから。あっちに混ざるより、パトロールの方がマシだ」

 

「確かに、ミルコさんが会議に参加したらカオスなドラマになりそうですもんね」

 

「アホ。私はな、意外とそのへんのセンスあるんだよ」

 

ミルコは花月の頭を軽く叩き否定した。緊張感の欠片もないが、2人は既にパトロール中である

 

「まあ、それは置いといて、ミルコさんと一緒にいると人が寄ってきてパトロール出来ませんね。別行動していいですか?」

 

「別行動なんか許すか。引率の意味がねぇだろ。それにな、私のせいみたいに言ってるけど、私だけじゃなくてお前もいるから余計に人が集まってんだよ」

 

「それはそうなんですけど、パトロール開始してから30分なのに3回もファンを名乗る人達に囲まれて疲れましたよ。僕はもう少し基本的なパトロールのイロハを教えてほしいです」

 

「間違いなくお前がプロになった後も、今と同じくらいファンに囲まれる。ヒーロースーツで目立つから逃げられねぇしな。人気があるヒーローはそんなもんだ。今のうちに慣れろ、ファンサービスもヒーローの仕事の一つだ」

 

ミルコが花月に教えた内容は大きく3つである

 

困っている人、怪しい人には率先して声をかける

 

ヒーローがパトロールしている事実が、悪人には抑止力になり、善人には安心を提供できる

 

ファンサービスを怠るな

 

「だからわざわざこの地域を選んだんですか?おかしいと思ったんですよ、森からかなり離れているこの地域まで来るの。レディ・ナガンが遠くから見守ってるって言った理由がわかりました」

 

プッシーキャッツの私有地の森から3時間も移動してきたのだ。そこまで時間をかけずにパトロールを行える市は他にもあったというのに。ミルコは肯定した

 

「おう。プロになった時の予行演習だ。一人だったらお前、ファンの波から抜けられなかったか、もしくは愛想ゼロで塩対応してただろ」

 

「そうですね。多分1人の時だったらファンサービスなんてせずに、パトロールを優先してましたよ」

 

『それはダメだぞ。応援してくれる人間は大切にしろ』

 

2人の耳元のインカムからナガンの声が聞こえる。ミルコは頷き、花月は背筋を伸ばした

 

「確かに、ミルコさんもレディ・ナガンもイメージと違ってファンサービスが良かったですよね」

 

今のレディ・ナガンは分からないが、昔のナガンはファンサービスが良かったと花月は記憶していた。同様にミルコも男勝りな言動でファンサービスを好まないかと思いきや、実際はかなりファンサービスの良いヒーローだ

 

『意外と...?』

「意外とって言ったか」

 

ナガンとミルコからの圧に対して花月がどう答えるか迷った瞬間、路地から出てきた子どもが花月にぶつかった

 

「っと、ごめんね。大丈夫?」

 

少女はぎゅっと花月の足を握っている。視線を合わせるためにしゃがむと、震えながら胸元へと縋るように顔を押し付けている

 

 

 

「──ダメじゃないか、ヒーローに迷惑をかけちゃ」

 


 

『準敵組織、死穢八斎會の若頭の治崎廻だ。お前たちがパトロールしているその辺で知らない人間はいない』

 

ナガン声がインカム越しに響く。花月は怯えて泣きそうな少女を優しく抱きしめ、ミルコは一歩だけ前に出て、治崎との間にさりげなく壁を作った

 

「八斎會の人間だな。子どもがすることだ、迷惑なんて感じてねぇから安心しろ」

 

「──あなた達は、ヒーロービルボードチャート15位のミルコさんと、雄英高校の花月さんですね。私は治崎廻と申します。この辺りで見かけるのは初めてですが、何かありましたか?」

 

(状況から察するに、この子どもは治崎廻の子どもと考えるべきか。どの道、ここまで怯えている以上、放置するわけにはいかない)

 

花月は微笑みながら、治崎へと視線を向ける

 

「こいつの引率でパトロールしてるだけだ。事件があったわけじゃない」

 

(どうするか。八斎會は私も知っているが、前準備なしで争っていい相手じゃない。だが、花月にしがみついてる子どもの様子からして、治崎に恐怖を抱いているのは明らかだ)

 

ミルコはどう行動するけどべきか頭を回転させながら治崎とのやり取りを行い

 

「そうですか、パトロールの邪魔をしてはいけませんね。壊理、こっちに来なさい」

 

(プロヒーロー顔負けの有名人に、人気プロヒーロー。面倒な組み合わせに遭遇した。壊理には、あとでしっかり躾が必要だ)

 

「...いか...ないで」

 

ミルコには聞こえなかった。だが、花月には──はっきりと届いた。揺るぎないSOSが

 

ミルコは判断を迷っていた。八斎會は迂闊に手を出していい相手ではない。だが壊理の怯え方は、明らかに普通ではないため放置するわけにも行かない。なにより、花月を関わらせるにはまだ荷が重いと

 

だが──花月はすでに結論を出していた

 

「どうやら、お子さんが僕の大ファンらしいですね。お家に招待されたので、ご迷惑でなければお邪魔してもよろしいですか?」

 

治崎の眉がわずかに動く。あまりにも自然で大胆な嘘に、ミルコでさえ一瞬驚いた。今度はミルコが口を開いた

 

「確かに、さっき私がファンサービスは大事だって説教したばかりだもんな。迷惑じゃなかったら、提案を受け入れてもらってもいいか?」

 

ミルコは迷いを捨て、子どもと最も近い距離にいる花月の判断を信じた。インカム越しにナガンが口を挟む

 

『お前らバカか。死穢八斎會の本部に行ったら、無事に帰ってこれる保証はないぞ。そいつらは準敵組織なんて名称だが、実際は敵と変わらない。引き返せ』

 

ナガンには子どもの姿が花月の姿に隠れて見えない。故に、2人の先走った判断に異議を唱えずにはいられなかった。しかし、ナガンの言葉に2人は従わない

 

「............そうですね、わかりました。たまには娘のわがままを聞きましょうか。どうぞ、こちらの路地へ。その方が近いので」

 

一方で治崎にとってもいい状況ではなかった。ここで引き下がらない時点で、彼の中ではかなり厄介な英雄症候群患者と確定した

 

(個性を使う素振りを見せれば、壊理は戻ってくるはずだ)

 

「娘さん思いですね、ありがとうございます」

 

花月はお礼を言うと共に、壊理を抱えながら立ち上がった。ミルコと横並びになり、一定の距離をあけたまま治崎の後ろを歩く

 

『──治崎廻が幼少期にだしている個性届の内容は『修復』触れた対象わ治す個性だそうだ。だが、複合型個性で何か隠している可能性もある』

 

2人の行動を帰ることができないと判断したナガンは、ヒーロー公安時代に得た情報を提供する

 

『私は今も射程内にいる。有事の際はすぐに援護できる。理想は屋内ではなく屋外での会話だ。屋外での会話にはならなそうだと判断したら、駆けつけることができる場所に移動する』

 


 

路地裏を歩き進める傍ら、会話が途切れることはなかった

 

「さっき厳しく叱ったばかりなので、それで反抗的なんですよ。子育ては難しいですね」

 

「そうなんですね。子育てはまだ僕には分かりませんが、大変であろうことは想像できます」

 

「そうなんですよ。最近は何をするにしても反抗的な態度で、私も困っているんです」

 

ミルコは歩きながら周囲を警戒心、治崎との会話は花月が担当していた

 

「僕もそういった時期があったので、どちらの気持ちも分かります。大変なことも多いでしょうね」

 

「難解ですよ、子どもは。自分が何者かになる、なれると──本気で思ってる」

 

治崎は歩きながら身につけている手袋を外そうとする仕草をとった。ミルコ、花月、壊理はその行動に気がついた

 

(──いいのか、壊理。お前がわがままを言うと、この2人もお前のせいで犠牲になる)

 

ミルコの目つきが変わる。ナガンから聞いていた、触れることによる個性発動条件を警戒してのことだ

 

壊理は息を呑み、花月の腕から離れようとした。戻らなければ、自分のせいで2人が死ぬ──そう思ったのだろう

 

だが、花月はその小さな身体を逃がさず、優しくも力強く抱きしめ直した

 

「そうなんですね。僕は素敵な事だと思いますよ。ところで、手袋を外そうとしたようですが何かありましたか?例えば──個性を使おうとした、とか」

 

深く踏み込んだ。しばらくの沈黙、後ろ姿のため表情は見えない。ただ、返ってきた声は驚くほど滑らかだった

 

「....まさか、ヒーローでもなければ私有地以外で個性を使うのは犯罪ですから。有名人と出会えたので、握手でもと思いましてね。ですが──家についてからにします。その方が思い出に残りそうなので」

 

治崎からの警告。このまま家についてくるのであれば逃がさないそう言っているのと同じだった

 

「そうでしたか、不躾なことを聞いて申し訳ありません」

 

『──個性の使用を許可する。何かあれば迷うな』

 

治崎がいるため、声に出して許可できないミルコに代わりナガンが個性使用許可をだした。つまり、穏便に終わらない可能性が非常に高いということだ

 

「いえ、気にしないでください。学生だというのに、ヒーロー志望者の洞察力には驚きました」

 

「こいつな、リューキュウにも鍛えられてるから、勘だけは一丁前なんだ。本当ならリューキュウも来る予定だったんだけど、用事で来れなくてな」

 

当然ながら、そんな事実はない。リューキュウからトレーニングを受けたことも、来る予定もなかった。これは、ミルコからナガンへのメッセージだ

 

『わかった。リューキュウ事務所にも連絡を入れておく。あそこの事務所からの距離なら、急げば30分──いや、20分でつくはずだ。少し脅しのような交渉になるだろうから、お前たちは後で怒られることを覚悟しておけ』

 

このままでは高確率で戦闘になり、その場合の戦力が不足しているとミルコは判断した。ナガンはインカム越しに会話を聞いてそれを汲み取った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──つきました、ここが私たち死穢八斎會の本部です。どうぞ、上がってください」

 

治崎の中で1つの結論が出ていた──花月とミルコはこの中で葬り去るという結論が

 

(調子に乗りすぎだ。この辺りの監視カメラならデータを差し替えることも容易い。学生の方は何か俺について知っているようだ。これ以上の面倒事になる前に、消しておいた方がいい)

 

 


 

ミルコと花月は通された部屋で座りながら対面で治崎と向き合っていた。壊理は花月の膝の上にしがみつくように座っている

 

「それにしても壊理は、本当にあなたのことを気に入っているようだ。こんなことは珍しいですよ」

 

「そうですか、それは嬉しいですね」

 

 

治崎はゆっくりと手袋の指を外し、柔らかい声で言葉を発した

 

「そうだ、先程のお話の通り握手してもらってもいいですか。有名人がこの家を訪れるなんて、本当に喜ばしいことなので」

 

「もちろんですよ、治崎さん。必要ならサインも描きますよ」

 

ミルコは花月を視線で止めようとするが、花月は気づいていながらも無視した。また、完全室内のため、ナガンの援護は期待できない状況である

 

なにも、花月も考えがないわけではない。

 

(治崎は触れることを目的にしている。なら逆に、それを証拠にできる──触れた瞬間個性を使ってくれれば、危害を加えたということで拘束できる)

 

触れて何か個性を行使すればそれを理由に取り抑えればいいと考えての行動だ

 

壊理の肩が震え、花月の服を掴む手に力がこもる。それでも花月は一度優しく背をさすり、安心させるように呼吸を整えた

 

 

 

 

 

そして、治崎が差し出した手へ向けて──手を伸ばした

 

 

 

──互いの手が触れようとした瞬間、治崎の左手は花月の胸元へ突き刺すように伸びた。動きが速いとか遅いとかではなかった

 

 

最初からそれを目的としていた動き

 

 

ミルコでさえ止めきれず、花月も一瞬だけ驚愕に目を見開いた

 

(こいつの個性は厄介だ。最初に消すのはこいつからだ)

 

治崎は2人を無事に返すつもりはなかった。多少警察からのマークがキツくなろうが、何かを掴んでいる雰囲気の2人を返す方が危険だと考えたからだ

 

その瞬間──花月の瞳が細められた

 

 

 

『時飛ばし』

 

 

1秒の静止

 

世界が色を落とす。音が消え、空気までもが凍りついたように止まる。花月は椅子を引き、自身の体を治崎の手からずらしながら、差し出した右手をしっかりと治崎の手に絡めた

 

「確かに握手しましたよ、治崎さん」

 

 

 

 

そして──時が動き出す

 

 

瞬間、花月の右腕は肩口から血飛沫と共に消滅した

 

その一瞬で様々な出来事が起きた

 

「複合型個性かよ!!」

 

ミルコはテーブルを蹴り飛ばし、治崎を後ろに下がらせようとした。残念ながら、それも分解されてしまう訳だが

 

周囲の扉が音を立てて勢いよく開き開き、八斎衆が突撃してきた

 

花月は立ち上がり、左腕で壊理を抱えながら痛みに苦しむでもなく、即座に右足で治崎の顔面に蹴りを放った。ミルコが蹴り飛ばしたテーブルが分解されると同時にである。迷いがない最速の蹴りが繰り出される

 

 

 

 

だが──惜しくも治崎の掌がその踵に触れた

 

その瞬間、右足も右腕と同じ運命を辿った。赤い霧が床に散り、ミルコの瞳が野生獣のように鋭く光る。花月の首根っこを掴んで後退した。激しい動きにも関わらず、花月が壊理から手を離すことはなかった

 

「──悪い攻撃じゃなかったぞ、Mr.サイレント!」

 

右腕と右足を失った花月に対し、最初にかけた言葉がこれだ。花月は痛みに耐えながら口角をあげた

 

「──代わりに治崎の腕と足をもらうことにします。この戦力差だし、死んでも自己責任だからな。腐れ敵の死穢八斎會」

 

右腕も右足も失い、戦闘ができる状況ではなく、既に致命傷を受けている状態。だが花月は、自分はまだ動けると強引に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。出血で流れていく血を彼は自身の個性で静止した

 

花月の目は死んでいない

 

 

「英雄症候群の病人が...」

 

治崎──オーバーホールがわずかに眉を動かし、花月に詰め寄ろうと一歩踏み出した

 

 

 

乾いた破裂音が部屋を切り裂いた。治崎の腹部を、弾丸が貫通した。時間が止まったように治崎が予想外の攻撃、痛みに動きを止め──続けて、部屋の大窓がガラス片を撒き散らしながら破砕される

 

 

 

レディ・ナガンが乱入した

 

床を転がるガラス片が跳ねるほどの勢いで着地し、迷いなく銃口を治崎へと向ける

 

「無事.....か....」

 

そして──花月の負傷を視界に捉えた瞬間、ナガンの瞳から色が消えた

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────死んで、償え」

 

低く、抑揚のない、殺意だけでできた声。ヒーロー公安時代の処刑人の顔。その場にいた全員が敵味方問わずに、思わずゾッとする程の殺意

 

 

 

次の瞬間、部屋の中でナガンの閃光弾が炸裂した。部屋にいる全員の視界が奪われ、ナガンから発せられる銃声だけが部屋に響いた

 

 

 

 




なんでだ、なんでこうなった。急展開すぎるだろ。ドラマ仕立て動画を作らせてくれ
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