そして物語の都合で七月中旬頃に地区予選が行われるというとんでもスケジュールになった事をこの場で謝罪致します。本筋にそこまで関わる要素ではないと言う事でどうかご容赦をば……!
渋谷で思わぬ邂逅を果たした翌日のこと。期末試験前だけど大会もその直後に来るという事で、短時間ではあるけど練習しようとした所にそれは起こった。
「……あ。寺崎先輩、お疲れ様です!」
「お疲れ、芳澤さん。そっちも元気そうで……んんっ?」
体育館に行く前に校舎のお手洗いに寄った後。保健室の前を通った際に、見覚えのありすぎる赤髪の子とバッタリ出会ってしまったのだ。勿論芳澤さんの事である。
彼女だけならそこまで驚く事は少なくなってきたけど、今回は芳澤さんの他にも人がいたのでやや語尾が上がってしまう。
「――おや、もしかして芳澤さんの友達かい?」
「はい、先日から話すようになった寺崎先輩です。お二人は初対面ですか?」
「いや、どのクラスも授業で行くから顔と名前は覚えているよ。寺崎さんだよね、こんにちは」
「あっ、はい! こんにちはです、
保健室から出てきていたのは、白衣を纏った眼鏡の男性カウンセラーだ。柔らかい物腰で親しみやすそうな雰囲気を醸し出す彼の名は
今の時点ではちょっと認知訶学に詳しいだけの一般人なのでそこまで気負う必要もないんだけど、やはり急に来られるとドキッとしてしまう。やはり雨宮くんに並ぶ逸材だとも思うし……!
「あれ。寺崎さん、その腕は大丈夫かい? その怪我で保健室に来たのなら、保険医の先生を呼んでくるけど」
「あ、いや、そういうわけじゃないです! 偶々通りかかっただけで、この怪我も前からなので!」
私が丸喜先生の容姿に注目している間に、彼の視線は私の左腕へと向けられていたらしい。部活用の練習着に着替えていた所為で、そこに巻かれた包帯が日の目に晒されてしまっていた。普段はもうちょっと目立たないようにしてるんだけどなぁ。
「そういえば昨日四人でお茶した時もしてたような……。そんなに深い傷なんですか?」
「いや、ちょっとした火傷なんだけど、傷跡が中々消えなくてさ。だからそれまでは隠しておいた方が無難かなって」
心配そうに尋ねてくれる芳澤さんには悪いけど、今の台詞は半分しか合ってない。火傷の跡を隠している理由のもう半分は、この傷をつけさせてしまった怪盗団に知られない様にする為だ。見られてすぐにあの時の火傷だとバレたりはしないと思うけど、念の為ね。
でも雨宮くん達と繋がりのある芳澤さんに深掘りされても困っちゃうので、私は話題を変える事にする。
「ところで芳澤さんは、丸喜先生のカウンセリングを受けに来てたの?」
「あ、はい、そうなんです。元々私の担当医でもあって、大会も近いので少し話せたらなと思いまして」
「へぇー、やっぱり効果あるんですね」
「その為のカウンセラーだからね。僕の力で少しでもみんなの悩みを軽く出来ているのなら本望だよ」
この二人の接点ならそうだろうなと思ってたけどやはりそうだった。丸喜先生のカウンセリング、気になってはいるんだよね。
芳澤さんの信頼に応えようとする丸喜先生の言葉に嘘はない。事実として目の前にいる芳澤さんは大会前にも関わらず自信ありげに見えるし、時折聞こえてくる彼の評判も良いものばかりだ。
だから三学期の果てに怪盗団と戦う事になるかもしれないこの人を嫌う理由はないのだ。丸喜先生の作る理想の世界をどう思うかも、また別の話ということで。
「寺崎さんも何か不安に思うことがあれば、僕のいる保健室に来てくれていいからね。なんならお菓子を食べに来るだけでも構わないし」
「え、お菓子もあるんですか?! やったー!」
「あれ、本当にお菓子がメインになっちゃった?」
私の現金なリアクションに目を丸くする丸喜先生だが、拒もうとはしない辺りはやっぱり優しいなと思う。
お菓子目当ては半分冗談だけれども、カウンセリングを受けてみたいというのは本当だ。五月に丸喜先生が赴任してきた当初は鴨志田先生と関わりのある生徒優先かなと思って遠慮してたけど今ならそんな事もなさそうだし、先日の心変わりの件もある。ならもう行かない理由がないよね!
「じゃあ今度カウンセリングを受けに行くので、その時は宜しくお願いします!」
「……よし分かった、ならそれまでにお菓子を沢山調達しておくよ。男に二言はないからね」
「……なるほど。そういうのアリなんですね」
「おーい芳澤さん? なんか変な事考えてないかい?」
感心したような芳澤さんの反応に、早速の決意がいきなり揺らいでそうな丸喜先生。もしかすると彼の懐事情にそこそこのダメージを与えることになるかもしれなかった。南無三……。
☆☆☆☆☆
そんな感じでロイヤルな二人と遭遇してから数日後。具体的には期末試験をどうにか乗り越え、いざ決戦とばかりに地区予選へと殴り込んでからの事である。
因みにそんな私たち女子バスケ部がどうなったかと言うと――
「駄目でした……!」
「そうか……残念だったね」
そう言って項垂れる私を、保健室の主みたいになっている丸喜先生が神妙そうに慰めた。どうせならいい知らせを持ってきたかったのだけどね……。
「最後まで勝ち残れるとは思ってなかったけどさぁ……! いきなり優勝候補と当たるなんて聞いてないよ……!」
「それはそれは……なんというか、災難だったね」
「先輩たちも私たちも頑張ったんですけど、流石に地力が違いすぎて……。私たちの夏、一瞬でした……」
「寺崎さんも頑張ったんだね。よし、とりあえずお菓子でも食べるかい?」
「食べます……!」
そんなわけで約束通り保健室へと赴き、丸喜先生のカウンセリングを受けに来たついでに大会の結果を報告している私なのだった。お菓子も沢山ある気がするし、このまま丸喜先生のご厚意に甘える事にしよう。マッチポンプとか言ってはいけない。
「あ、でもカウンセリングに来たのは部活の事とは関係なくてですね」
「あれ、そうなのかい? 勿論どんな話であっても、相談したい事があるのなら聞くけども」
貰ったチョコクッキーを齧りながら明かすと、少しだけ丸喜先生は目を丸くしていた。
最初は部活に託つけて話してもいいかなと思ってたけど、最近は色々と思う所があるのでそれは止めたのだ。その上で話すことなんて、まぁ一つしかないわけで。
「最近ちょっと、バスケ以外でやりたい事が出来たんです。その為に部活もそこそこお休みして、バイトを始めたりもしたんですけど、それについて訊いてみたい事がありまして」
「やりたい事か。因みに訊くけど、危ない事じゃないよね?」
「……えーとまぁ、あはは」
「……分かった、続けてくれるかい?」
否定しなかった私を見て一瞬眉を顰めたようだけど、ひとまず最後まで聞いてくれるらしい。チラリと左腕に視線を向けたような気もする辺り、警戒度を上げたのかもしれないけども。
「でもそのやりたい事は誰かの為になるわけでもなければ、私の将来に役立つものでもないんです。ただ今しか出来ない事を、今の私の為だけにやりたいと思ってやってます」
「随分ハッキリと認識しているんだね」
「やってる事が事なので……」
「え、ホントに危ない事じゃないんだよね? 信じていいんだよね?」
あ、正直に言い過ぎて丸喜先生の笑みがちょっと引きつってしまった。でも大丈夫、現行犯以外で捕まるわけない奴だから。
「私のやりたい事に付き合ってもらっている子もいるんですけど、少し前にその子からも渋い顔をされちゃって。だから流石の私も少し反省しないとなって」
「そうだね。何となくだけどその子の存在には凄く感謝した方がいい気がするよ」
「はい。なので無茶するなと言われた私は、ちょっと悩むフェーズに入ったというわけなんです。さてこの先どうしようかなと」
「やっぱり無茶というか危ない事はしてるんだね……」
なんだかカネシロパレスを出る時の三島くんみたいな顔になった丸喜先生の前で、私は一人首を傾げる。
彼との約束で計画の修正をしなくちゃいけないのは本当だ。けどその方法の相談に来たわけではないし、そもそも変わっていないモノもある。むしろ丸喜先生と話したかったのはそちらの方なのだ。
「でも私はやりたい事を止めるつもりは全然なくて。例えどれだけ大変でも、私はこの一年をその為に使い切ると決めてるんです」
「……決意は固いんだね。あんまり危ない事なら止めさせるべきなんだけど、僕に求めているのはそういうのじゃないみたいだ」
「やっぱりそういうのって、分かるんですか?」
「経験上、何となくね。寺崎さんみたいに芯があるというか、決意を秘めた目を持つ子を他にも知ってるんだよ」
危ない目に遭ってほしいわけじゃないけどねと語る丸喜先生の脳裏に浮かんでいるのは、もしかすると彼かもしれない。けど怪盗団のリーダーと私を並べてしまうのはやや問題があると思います!
「でも決意したからって、苦労してやり切ったとして、私の行いが許されるとは思わないんです。もしバレたらきっと怒られるんだろうなと、不安に感じる節もあるんです」
「そこまでなんだね……」
軽く引いた感じの丸喜先生に、私は口の滑りがザラつき始めているのを自覚する。丸喜先生なら仕事柄他言しないだろうと思って話してるけど、やはり核心に近づく度に己の中で抵抗感が増しているようだ。
「だからさ、丸喜先生。みんなに迷惑をかけてまで自分のやりたい事をするのは、やっぱり正しくはないですよね?」
「……それは」
それでもと言葉にした問いに、丸喜先生が困ったように言い淀む。いきなりこんな事を聞かれたら誰だってそうなると思う。だから彼の反応は間違っていないし、強いて言うなら私の所為という事になるだろう。
しかしそれでも丸喜先生はプロのカウンセラーである。だから、彼が口を開くのに数秒とかかる事はないのだった。
☆☆☆☆☆
丸喜拓人にとって、その問いはとてつもなく返答に思考力と時間を要するものだった。
(……………………さて、どう答えたものだろうか)
軽く話した段階で、掴みきれない少女だとは思っていた。何故か自分を見ると畏まったような態度を取る事が多いし、それでいて警戒などしていないかのように胸の内を晒してくれる。まるで旧知の仲であるみたいにだ。
勿論思春期の女の子が素直に悩みを打ち明けてくれる事自体は喜ばしい。まだ会って間もない、しかも年の離れた異性を信頼して話すというのは色々とハードルが多いものだと理解しているからだ。それを超えて話してくれた以上、なるべく彼女の為になる選択をするのが己の責務だと丸喜は自覚している。
それが故に、彼はその迷いを隠さなければならなかった。社会人としてそれくらいの術は既に得ていると言っても、今は意識してそれを行う位には。
(寺崎さんのやりたい事が何かは分からない。恐らく尋ねても答えてはくれないだろうし、本人もそれは望んでいない。なら、彼女は何の為にここに来た?)
他の同学年の子と比べるとやや小柄な桃髪の女子生徒は、控えめな笑みと共にこちらの返事を待っている。
彼女が何やら人には言えない事をしているのは分かった。しかしそれを諌めて欲しいとも、或いは認めて欲しいというわけでもない気がした。ならばこの少女はどこに他者の介入を求めて自分の所へ来たのか。僅かな時間で丸喜は己の頭を回し続けて思考する。
(きっと寺崎さんが求めているのは評価だろう。自身の行いが第三者から見てどう映るのか、その所感を聞くために彼女はここに来た。でもそれを踏まえてどうするつもりなのか、そこが分からない限りは……)
目の前の少女の為になるのはどんな返答か。それを瞬時に考えたが、コレだというモノが浮かぶ事はない。
数秒に満たないシンキングタイムを使い切った丸喜は、話しながら組み立てる方針に切り替えざるを得なかった。
「……確かに、他の人に迷惑をかけてしまう時点でそれは正しいとは言えないね。勝ち負けで明暗が分かれるとか、そういう話でもないんだろう?」
「はい。私なりに配慮しているつもりだけど、上手くいかなかった時もあったと思います」
「ならやはりキミの行動自体は間違っている。自覚しているからこそ悪い、と見られることもあるだろうね」
丸喜がそう言い切ると、桃髪の女子生徒は小さく頷きを返した。
それは彼女の言葉を鵜呑みした上での評価だ。具体的な事が何も分からない以上、それは彼女が求めた言葉の体裁を保っただけのものでしかない。だから大人として付け加えなくてはならないと丸喜は判断した。
「他者に迷惑をかけるかもしれなくて、寺崎さん自身も危険に晒されてしまうような事だとしたら、やはり止めるべきだと僕は言わざるを得ない。でも、そのつもりはないんだよね?」
「……ごめんなさい。ないです」
ゆっくりと首を横に振るその顔には小さな笑みすらない。彼女なりに真剣に考えた上で相談しに来ているのだろうから、その線で話しても心を変えたりはしないはずだ。
「なら寺崎さんがしなくてはならない事は明確だよ。そう言った好ましくない事態を極力避ける努力をする事。そしてもしそうなってしまった場合は、出来る限りその責任を取る事だ。いいかい?」
「責任を取る……」
「その時に備えて方法を考えておく位はしておくといいかな。無論そうならない方がいいし、そもそもそうなる前に止められたらいいんだけどね」
彼女のやる事を止められない、いや止めない丸喜から出来るギリギリの忠言。責任という言葉を何度か口にした後に頷く事で、その少女の胸に刻んだ証左とした。
それからふーっと息を吐いてから、切り替えるように寺崎叶は笑みを作るのだった。
「ありがとう丸喜先生。私、何とかやってみます!」
「結局何をするつもりかは分からないけど、まぁ程々に。そして怪我せずさせずにね?」
対する丸喜は完全に苦笑するしかなくなったが、ひとまずは目の前の少女の力になれたのかなと思い気を緩めていた。勿論この先で彼女に何かあれば、自分も責任の一端を負う事も覚悟している。それでこそのカウンセラーだという自負もあるにはあったからだが。
「はい、気をつけます! 少なくとも丸喜先生には迷惑をかけないようにしますから!」
「うーんそういう意味じゃないんだけどなぁ」
苦笑したままちょっとだけ不安になってきた丸喜だが、対する寺崎は肩の荷が下りたとばかりに軽い調子で鞄を持ち上げていた。
「あ、それじゃあお礼代わりに今度行く旅行先で何かお土産を見繕ってきます! 楽しみにしててください!」
「寺崎さんが何事もなく平穏に過ごしてくれる事が一番の朗報なんだけどね……」
保健室の扉に手をかけながらそんな事をを言われても特に有り難みのない丸喜としては、その旅行とやらで気が変わってくれる事を願うばかりである。なので去りゆく彼女に訊いた事も、すぐに記憶の棚に収めてしまうような何でもないモノだった。
「でも旅行って事は、夏休みにでも何処か行くのかい?」
「はい。ちょっと
☆寺崎叶
夏休みの予定がそこそこ埋まっている女子。
丸喜先生に迷惑をかけたくないというのは本当。ただしそれが果たされるかどうかはまた別の話である。ここでもう少し詳細を話していればまた別の未来もあったとかなかったとか。
☆芳澤■■■
体育会系の知り合いが増えた特待生。
後日の大会では残念ながら寺崎と同じように良い結果を残せなかった。しかし偶々出会った怪盗団のリーダーや、彼と一緒に入ったファミレスで知り合ったばかりの寺崎(バイト中)と再会して慰めてもらえたのでちょっと持ち直す事が出来た。
先輩方、丸喜先生と応援してくれる人がいるんですから、いつまでもくよくよしていられませんよね!
☆丸喜先生
思ったより対応が難しい生徒でちょっと大変だったカウンセラー。やはりこの学校の子は色々抱えているんだね……。
正直寺崎がぼかして話した段階で止めるべきではあるのだが、彼女自身がそれを望んでいないと分かってしまった時点で強くは言えなかった。会って間もない自分に話してくれた事で犯罪ではないのだろうと思っているが、残念ながら彼女はストーカーだし、そもそも丸喜先生に言われた位で止まるような奴じゃないのだった。
閲覧、感想、評価、誤字報告等などありがとうございます!
ペルソナ5の二次創作なら通る道ですよねと言う事で。