#15 浮かれるのも仕方ない?
「――やっと着いたぁ! そして思ったより暑さは変わんないね!」
それは八月も上旬のこと。ヒートアイランドなんて言葉が似合わない田舎町の駅前に、降り立つ一人の少女の姿があった。勿論私の事である。
「都会から離れた田舎とは言われてたけど、乗り継ぎを駆使してここまでかかるなんて……。確かに安々とは戻ってこられないなぁ」
スマホを片手に現在時刻を確認するついでに見返すのは、ここに来るまでに何度も確認した乗り継ぎ駅のリストだ。都心から数時間とあって移動に一日かかるレベルではないけど、半日はかかってしまう位の距離ではあった。なのでその分の疲れもあるにはあったが、その程度ならただ周囲を見渡すだけで吹き飛ばせてしまえるだろう。何故ならば――
「でもやって来たぞ
そう、ここは『ペルソナ5』の前作に当たる『ペルソナ4』の舞台となった筈の町なのだ!
原作の記憶を思い出した時点でもしかしてと思い検索してみたら、見事にこの町の名前がヒットした。そして諸々検討した結果、何とか行けなくもない事が判明したのだ。その為に私は日々をバイトに費やして遠征資金を貯め、今日を迎えるに至ったというわけである。そういう意味でも長い道のりだった……。
「まぁホントに
この八十稲羽という町は確かに『ペルソナ4』の舞台ではあったが、『ペルソナ5』の世界でもそうだったかは明らかにされていない。
そもそも『ペルソナ5』は20XX表記であり、2011年と明記されている『ペルソナ4』から何年経過したのかをぼかしてある為、『ペルソナ3』から『ペルソナ4』程に繋がりがしっかりしているわけではない。けどそれまでに登場した人物の存在が『ペルソナ5』の作中で仄めかされているシーンも幾つかあったので、全く別の世界だとするのも無理がある。
しかしもう少し調べてみると『ペルソナ4』
「さてと、まずは今回の旅行の宿に向かわないとだね。コインロッカーじゃなくてそっちに荷物を預けてから散策しよっと」
そんなわけでいつまでも駅前で突っ立っているのも勿体ない。感慨にふけるのも程々にして動き出す事にした私なのだった。
「…………なに、アレ?」
そんな光景を見ていた黒髪の少女は、眉を顰めながらそう呟いた。
☆☆☆☆
「ここが番長たちが青春を過ごした町なんだね……」
家から引いてきたキャリーケースのタイヤを再び回しながら歩き始めるのは、初めて通る懐かしい道だ。
それはノスタルジックという意味だけでなく、5よりも前にプレイした時の記憶からくるものだ。あの頃の等身のキャラが駆けた町はどこかミニチュアのようでもあったけど、こうして自分の目と足で見て歩くとまた違った印象を抱く事が出来た。
「やっぱり東京より落ち着いてるなー。人は都心ほど多くないけど、それでいて活気がないわけでもないし」
軽く町中を歩きながら感じたのはそんな所だった。強いて言うなら浮ついてない、みたいなそんな感じ。もし『ペルソナ4ゴールデン』後日談から更に続いたのが今のこの八十稲羽であるのなら、それにも納得する所ではあるしね。
「それにいざ歩くとゲームにない所にも行けちゃうし、まさしくリアルって感じだね!」
そう言いながらの私は商店街北側の入り口付近で足を止めて、代わりにスマホに指を走らせていた。因みに起動したのは普通のナビゲーションアプリである。当然だけどイセカイナビではないし、そもそもそんなものは入ってない。
「……うん。道、分かんないや」
今回泊まる宿は山の方に行けばあると思い、興奮のままに歩いてきたのが悪かったらしい。大通りを進んで来たのでこの中央商店街には辿り着いたけど、そこからどう進めばいいのかがさっぱりだった。現実にファストトラベル機能はないのが悔やまれる……。
「仕方ない。こうなったら……すみませーん、ちょっといいですか?」
「――はい?」
ナビに頼っても良かったけど、ちょうど近くに人がいたので尋ねてみる事にした。それからナビで確認してもいいだろうしね。
「あっ、ごめんね? 私、旅行でこの町に来たばかりなんだけど、道を訊いてもいいかな?」
「あ、うん。いいですよ」
「ありがとう、助かるよ!」
なんて軽い気持ちで声をかけてしまったのは、まさかの
「どうかしました?」
「あっ、ううん何でもないです! えっと、
「あ、
まさかの偶然に固まりかけた私が慌てて行き先を告げると、合点がいったとばかりに道を教えてくれる美少女。
聞き覚えのある名前も出てきた時点でほぼ確信したようなものだけど、しかしてこの動揺を表に出してはホントに不審者になってしまう。なので必死になって胸の内を抑えつつ、教えてくれた道を忘れまいと拝聴姿勢を取る私。あとこの声も魂に刻んどかないと……!
「ありがとう、これで旅館までは何とか辿り着けそうだよ! 本当に助かりました!」
「それならよかったです。旅行、たのしんでくださいね」
滅茶苦茶分かりやすい説明を受けた事の感謝を伝えると、最後に余所者の私を気遣うような言葉まで付け加えてくれるという天使のような返しをしてくれた。私より一回り小さいのに、私より遥かにしっかりしている。まだ中学生にもなってなかった気もするのに……。
「もしまた出会えたら、その時はお礼するからー!」
ひとまず荷物が多かったので向かう事を優先した私はそんな口約束を最後に少女と別れ、また歩き始めるのだった。これでまた迷ったりしたら彼女に合わす顔がないからね……!
「……急にはなしかけられてびっくりしちゃったけど、ちゃんと親切に出来たよね。
「あれ、
「あ、
☆☆☆☆
「……す、凄い。ホントにしっかりした旅館だ……!」
通りすがりの天使から道案内を受ける事が出来た私は、どうにか今回の宿である
八十稲羽が誇る老舗の高級旅館とあって、その威厳とお値段は計り知れないものとなっている。四月末に慌てて予約を取り、そこから数ヶ月バイトして資金を貯めなければ、こうしてその一室に腰を下ろす事は出来なかったと思う。
「やっとここまで来れたもんね……。後で入れる温泉も楽しみだなっと〜」
ここまで引っ張ってきたキャリーケースを開けながら、考えるのはこれからの事だ。夕食や露天風呂も勿論気にはなるけど、この町に来た目的はそれだけじゃない。
「
部屋に置かれた薄型テレビへ視線を投げながら、私はこの八十稲羽にやってきた最大の理由を口にする。
『ペルソナ4』の物語は、この八十稲羽で起こったとある殺人事件を契機として始まる。その事件と切っても切れない関係にある異世界で戦いを繰り広げる事になるのだけど、その舞台はなんとびっくりテレビの中にあるのだ。正確にはこの町のテレビから入る事の出来る異世界と言うべきかな。
その正体は『人の心の中を具現化した世界』。触れた人間の心象風景みたいなモノを誇張した上でダンジョンとして出力しているのだ。まぁそれはゲームとしての話だからいいとして、重要なのは人の心を映し出す性質の方だ。
テレビの中の世界に居続けると己の抑圧してきた人格がシャドウとして分離し、『もう一人の自分』として現れるのだ。原作では大体恥ずかしかったり酷かったりする彼らを、それでも自身の一部だと認めて受け入れる事でペルソナを獲得している。
当初は私もそれでイケるかなと思ってたけど、今はちょっと話が違っている。
「テレビの中に一人で入って、ペルソナもなしでシャドウと向き合うのはどう考えても危険が付き纏うもんね」
それは三島くんと先月交わした約束。戦う力を得るまで前に出たりはしないと決めた以上、ソロ攻略は出来ない流れとなったのだ。なら約束がなかったらどうしていたかとかは考えなくてもよいものとします。
そもそも本気でそれを実行するなら、最初から三島くんをこの八十稲羽に連れて来てるという話だ。いや誘ってはみたけど流石に色々無理と言われて断念した経緯もあるっちゃあるけど。
「というか、ペルソナのない今の私じゃ入れないだろうし」
加えて言うと、テレビの中に入るにはペルソナ能力かそれに類する力がないと駄目だという事情もある。その辺はイセカイナビで何とかなったりしないかなと期待してるけど、手元にない以上はどうしようもない。
なので今回はホントに聖地巡礼がメインであり、ペルソナとかテレビはついでというわけなのだった。そう自分に言い聞かせながら、私は部屋に置かれた薄型テレビ、その向こう側をじっと見つめる。
「……でもこのサイズなら入れそうというか」
歴史のある旅館にそぐわないとかは全然思わないけど、原作から数年経過した事で新しくしたのだろうそのテレビへと私は手を伸ばす。
「力がないからそんな事は無理だって分かってるけど、この町に来たのなら試したくなっちゃうよね――」
思えば最初の事件もこの旅館のテレビが使われたんだっけなとか、そんな不謹慎な事を考えてしまったのが良くなかったのかもしれない。
テレビ画面に触れた私の指先に、液晶の固くて冷たい感触が――伝わって来なかった。
「――え?」
代わりにあったのはトプンと沈んだ事による僅かな弾性と抵抗感。水面に雫が落ちたかのように、テレビ画面に波紋が広がっていくのを私は目の当たりにして。
「なん、どうし、えぇ?!」
思わずバッと指を引き抜きながら、私は混乱と驚喜の声を上げていた。いやいやいや、流石にこれはおかしいよね?!?!
「確かに3や5と違って4は本編後も異世界が残ってた気がするけどだからってなんで私も入れそうな感じになってるの?! ガソスタなんて寄ってないし話した人なんてあの天使さん位のもんだしそれもノータッチを死守したはずだし――?!」
とりあえず落ち着こうと思って頭に浮かんだ文章をそのまま口にする私。しかしその合間にチョンチョンと指でテレビ画面を突くとやはり水面を触っているように波打って見える。え、マジで入れるの私??
「いやいやいやいや約束したから入るのは駄目って言うか危ないというか、でもやる事がハッキリしてるから危険はないかもだしペルソナ獲得RTAのオリチャーを発動してしまえばいいというかいやでもやっぱり一人で行くのは嬉し恥ずかし恐ろし楽しというか――!??!」
もしかして今見えているのは幻覚かもしれない。或いは時限性でこの機会を逃してしまえば、なんて甘い考えが私の思考を鈍らせる。さながら蜜に集まる虫の如き私を踏み止まらせているのは例の約束だけ、そんなギリギリで余裕とか全然ないコンディション。
「――失礼致します。今、宜しいでしょうか?」
「ひゃっ、ひゃい?!?!」
「今日から宿泊される寺崎さまはいらっしゃいますか? よければこの旅館のご案内をさせていただければと思いまして……」
そんな中、突然のノックと共にこれまた聞き覚えのある女の人の声が襖の向こうから聞こえてきた。
旅館あるあるなのか運命の悪戯なのかは知らないけども、混乱の極みにある私はひとまず返事をしなきゃと慌てて振り向き、テレビに背を向けた。……はずだった。
「――――えっ」
なのに真っ先に声になったのは、そんな呆気にとられた言葉とも言えない欠片だけ。
いつの間にか左手首を掴まれていたみたいにバランスを崩した身体は、自然と後方へ傾きつつあった。当然、そこには沈み込む事が出来てしまうテレビの画面があるわけで。
ズブンと、私の身体が暗いテレビの闇に落ちていくのを感じた。
「――――じゃあ、行こっか?」
滑落を始める私が最後に見たのは、液晶画面の中でそう言って嗤うもう一人の私の姿だった。
「寺崎さま? どうかされましたか?」
そんな客室のすぐ外から気を揉んだ声で尋ねるのは、修行中の身ながら若女将として評判になりつつある一人の女性だ。
黒髪に和服という大和撫子スタイルを地で行く彼女は、先ほどの上擦った声を最後に反応が途絶えたお客様の事を不審に思っていた。声の後に物音がしてからそれっきり、何かが動いた気配もない。
「……失礼致します」
もしかしたらどこかに頭をぶつけて昏倒したのかもしれない。そんな最悪を想定しながら、されど落ち着いた口調と手つきで襖を横にずらしていく。鍵もかけていないようだった。
「誰も、いない?」
しかし入室した彼女が見たのは開いたままのキャリーケースだけで、それを持ち込んだはずの少女の姿はどこにもない。窓も開いておらず、入口には自分がいた以上、少女は密室から消えてしまったかのように思えてしまう。或いは神隠しとでも表現すれば話題になったかもしれない。
けれど彼女は知っている。かつてこの町で起きた不可思議な事件を解決に導いた自称特別捜査隊の一人として、ソレがこの密室の抜け道になり得る事を知っていた。例えそれが、どんなにあり得ないと分かっていてもだ。
「まさか……?」
電源の入っていないテレビは何も映さず、ただ沈黙を貫くばかりだった。
☆寺崎叶
ダイナミックエントリーをキメた人。テンション含め色々とおかしくなっている。
☆とある駆け出し婦警
交番勤務にもそろそろ慣れてきた。手よりも先に足が出る方が速く、その度に知り合いの刑事から怒られているらしい。
☆とある女子小学生
ピアノがだいぶ上手くなっている。八十稲羽の至宝と言われるほどだが、手を出そうものなら十文字切りを食らう事になるとかならないとか。
☆とある修行中の若女将
まだ人前には出せないが、料理の腕はかなり上達した。しかし知り合いに出すときは一定確率でムドオン料理になる模様。
閲覧、評価、感想、誤字報告など誠にありがとうございます!!
P5パートも入れようか迷ったけどボリュームが倍になるので断念しました。
P4メンバーの経歴は捏造設定が殆どになりますのでご容赦をば。