けれど過去最長を更新したこちら、よろしければどうぞです!
「くそ、やっぱり閉まってやがるな」
完二、クマ、マリーの三人が調査の為に侵入したテレビの中の異世界。そこに新たに建っていた教会、その周囲に張り巡らされた鎖の壁を突破した三人は、同じように鎖で封じられた扉の前で立ち往生していた。
「むむむ……クマの爪でも外せないクマね。センセイかヨースケがいればスパッと斬ってくれたクマなのにー!」
「どいて。――カグヤ!」
二人がモタモタやっているのが面倒になったマリーは、掛け声と共にとある存在を呼び出した。
それはペルソナと呼ばれる異能の力。困難に立ち向かう為の人格の鎧であり、マリーがカグヤと呼んだそれは紅い身体に兎のような銀色の耳をつけた人型の存在だった。その周囲に侍らせていた十二単のような半円をグルンと回して、その鎖を断ち切ったのだ。なおその前にいた二人の存在はそこまで気にしないものとする。
「ご、強引クマねマリちゃん……」
「ったく、ちょっと肝が冷えたじゃねぇか……。まぁいいか、よし行くぞコラァ!」
気を取り直すように声を張った完二が扉を蹴り開け、雪崩込むように中へと突入する。例え数年経って黒髪メガネな優等生になっても、かつてのヤンキーのようなスタイルは健在らしかった。
「――あら、あらあら? もしやあなた達は……」
そうして中に入った三人が見たのは、まさしく教会と言うべき内装だ。並べられた長椅子、中央に敷かれた赤いカーペット、その奥に置かれた説教台。そこに立つ修道服の少女によって、その雰囲気は完成されていた。
「やっぱり、あの時の……!」
「え、私の事知ってるの? 何それちょっと嬉し…………ごほん。どうやら、以前にも巡り合わせがあったようですね」
「今一瞬雰囲気崩れなかったか?」
「そんな事はありません。認めません」
破顔したのをなかった事にしながら答える修道女の瞳は、常人ならざる金色だ。故に経験のある二人は即座に状況を理解した。
「こっちがシャドウって事は、あの子の本体はどこクマか?!」
「そこにいる。シャドウの前、カーペットの所」
「つまりあの子が天城先輩の旅館に来た子ってわけか」
マリーの言葉に従って二人が目線を動かすと、説教台へ向かうカーペットの途中で崩れ落ちた様に座り込む背中があった。
半袖シャツにショートパンツの動きやすそうな姿は、マリーが駅前で見た時から変わっていない。桃色の髪を二つのお団子にしたヘアスタイルもこの田舎では彼女だけの筈なので、マリーは予想が間違っていない事を確信した。
そんなオンリーワンな少女はようやく三人に気付いた様子で、フラリと闖入者の方を振り向く。
「あなた、たちは……」
「おい、大丈夫か! もう心配はいらねぇ、俺たちが来たからな!」
そうして見えた瞳は霧がかかったように薄暗く、光のようなモノは見られない。そんな彼女を茫然自失と見た完二が励ます様に言葉をかけるが、待ったをかける少女がここにはもう一人いた。
「ふふふ、あはははは! そうですよね、私とした事が失念していました。人がテレビに落ちたとすれば、あなた方が捨て置く筈がないのですから。やはりあそこで落ちてしまったのは失敗、いえ失態でしたね」
「な、何を言ってるクマか……?」
「あぁすみません。この世界であなた方に会えた事が嬉しくて、ついまた自分の世界に浸ってしまう所でした。自制致しませんと……」
そう言って己の身を抱く修道女は、聖堂に似合わぬ妖しい笑みを浮かべていた。シャドウの様子がおかしいのは彼女に限った話ではないが、その中でも特に異様だったと多くのシャドウを見てきたクマは後にそう語る。
そもそも、彼女に関してはまず前提がおかしいのだ。
「あなた、私たちの事を知ってるの?」
「はい、勿論。知らない筈がありません。かつてこの町で起きた異世界を巡る事件の真相を究明に導いたあなた方を前にして、どうして偽ることなど出来ましょうか?」
「事件を知ってるって、マジで直斗や先輩らの言ってた通りじゃねぇか……!」
昨日の晩に共有された予想が的中していた事に舌を巻く三人だが、それは修道女からしても同様の事だった。しかし彼女だけは、その笑みを深くしていたが。
「まさか私の事に気付くだけでなく、ある程度事情まで看破してくるだなんて……! 流石は
「クマッ?! ほ、ほんとにクマ達の事も知ってるクマか!?」
「クマ様、完二様、そしてマリー様ですね。他の方々はいらっしゃらないようですが、流石に仕方ありませんか。いつかまたお会い出来る事を願うと致しましょう」
「「な?!」」
「……もういい。あなたは一体何者なのか、答えて」
まだ名乗っていないにも関わらず出てきた名前に驚く二人とは対照的に、マリーは警戒を露わにしたまま尋ねる。
その視線に咳払いを一つ挟んだ修道女は、粛々とした態度を取り戻しながら口を開いた。
「私は秀尽学園高校二年生、
「そう。じゃあどうやってこちら側に来たのか、答えて」
「天城屋旅館の客室のテレビの前で足を滑らせて、コレ幸いとばかりに落ちてきました。少なくとも第三者によって落とされたという事はないので、そこはご安心なさってください」
「ホントにカンジと一緒クマか……」
「それはもういいだろクマ公。人間生きてりゃそういう事もあんだよ」
そうしてあっさりと素性や経緯が明かされ、二人は微かに拍子抜けする。ひとまず例の事件の再来とかでもないと分かれば、そんな反応になるのも無理はない。
「じゃあ訊き方を変える。あなたのその力は何?」
しかしマリーだけは違った。
こちら側の世界に来てからずっと感じてきた違和感。その元凶かつこの聖堂内に於いてはマリーの持つ権限すらも上回りかねない少女を前にして、気を抜くなど出来るはずがなかった。
「それは私にも分かりません。一体、何なのでしょうね?」
「……なにそれ、
しかし返ってきたのは、顎に手を当ててコテンと首を傾げる修道女の反応だ。当然ながらマリーはキレた。
「誓ってそんな事はありません。正確には私自身もまだ確信出来ていないのです。何故この世界に入れたのか、どうして異世界でこんなにも力が振るえるのか。しかしあなた達に訊かれたのなら、答えを出すべきなのでしょう」
そう言うとその修道女は、フラリと歩いて説教台の前へと降り立つ。そうしてへたり込んだ桃髪の少女へと、修道女は審問を始めた。
「
「……わたしの、力?」
虚ろな目をした少女へと、その修道女は問いを投げる。責めるのではなく、謳うように。
「そうです。ペルソナとも違い、かつ他者から与えられたモノでもない。なのにここまで異世界で幅を利かせられる力。本当に、心当たりはありませんか?」
「そん、なの……」
射抜くような視線に当てられた少女の動揺を、その影は見逃さない。自身との対話によって生まれたその疑惑、或いはまさかとしか言えない可能性を、彼女自身の手で明確にしていく。
「それは、
「……望み、私が、欲した……………………?」
そうして少女は辿り着く。禁忌とも言うべきその可能性に手をかけた少女に、沈黙が降りた。
「おい、なんか様子がヤバくねぇか?」
「確かになんか嫌な予感がするクマ……!」
己の影に何かを問いかけられた少女が崩折れたまま動かなくなったのを見て、危機感を覚えた完二が仲間二人に目配せをしながら声を上げる。クマも同様に身構えようとするが、それよりも早くそれは起こった。
「――――あぁ、そっか」
少女がポツリと漏らした、その一瞬。
周囲に置かれていた長椅子を下から突き破るようにして現れたのは、群れをなした鎖の渦。
それらが氾濫した川のように、聖堂内へと溢れ出したのだ。
「――カグヤっ!」
「うおおおおっ?!」
いち早く反応したのはマリーだ。即座に呼び出したペルソナ、カグヤの力でその勢いを堰き止め、一時的な安全地帯を作り出す。
その後ろで庇われた完二とクマは難を逃れたが、そうでなかった少女はどうなったか。その末路を彼らは見てしまった。
「お、女の子が鎖で縛られたクマー?!」
「あれは自縛の鎖だよ。あの子、自分で自分を縛ったんだ!」
即座に看破したマリーの言う通り、その身を縫い付けるように巻き付く鎖に対して少女は一切の抵抗を見せていない。さながらそれが当然の報いであるかのように、彼女は俯き呟いている。
「…………じゃあ、ぜんぶ、わたしが……」
「やはり、そうだったんですね。こうして力が漲ってきた以上、
その付近にいながら何の変哲もない修道女も、感心しきりに囚われた本体を見ていた。彼女の周囲だけは鎖が届いておらず、さながら海を割ったモーセのような距離感で鎖の渦の中に立っている。
「おい、どうしたんだよアンタ?! なんでテメェでテメェを縛るような真似を……!」
「…………だめ、だめなの。こんな、わたし、私は……」
虚ろな声で嘆き続ける囚われの少女に、完二の言葉など聞こえているとは思えない。だから代わりに答えたのは、やはりあの修道女の方だった。
「そう言えば先ほどの質問への答えがまだでしたね。これは私の罪の証です。
「……どゆことクマ?」
「…………なるほどね。何となくだけど分かった。ならやっぱり――」
意味深な修道女の言葉が唯一理解できたマリーは、混乱の最中にいる二人よりも前に出た。そして悠然と立つ修道女と、その側でへたり込む少女を見据えながら宣言した。
「――私はあなたを放っておけない。この世界から出ていってもらう」
「あら……!」
「おい待てよマリー! そりゃ一体どういう意味だ……って」
そんな宣戦布告に修道女は思わず笑みを零すが、待ったをかけるのは完二だった。思わずマリーの腕を取ろうとするが、振り返った彼女の目を見て意向を変えた。
「……もう戦うのは避けろとか言ってられねぇってわけか?」
「うん。アレはいずれこの世界すらも侵食する。その前にあの子を連れ出すか、あのシャドウを倒すしかない」
「そ、そんなにヤバいクマか……?!」
真剣な顔でそう告げるマリーに、クマもワタワタと慌てだす。しかしクマとて鎖に繋がれた少女を見て見ぬふりは出来ないと思っていた所ではあるので、気を取り直すのは早かった。
「ふむん、そゆことなら任せときんしゃーい! 久しぶりにクマの底力、見せちゃるクマよ!」
「あら! それはとても、とても楽しみですね」
そんな三人の士気の高まりに合わせるように、修道女がまた妖しく笑う。手を合わせて目を輝かせるその様は、最初の時よりも昂っているようだった。
「また一つ罪が増えましたが、私はまだどれも認めきれていません。その前に追い出されてしまうのは困りますので、抵抗させていただきますね」
そう言って合わせていた手の指を絡めて祈るように手を組むと、修道女は静かに目を閉じる。しかし彼女自身に変化が起こる事はなかった。
「うおっ?! そう来やがるか……!」
変わったのは周囲の鎖だった。先ほど出現してそのまま残っていた鎖が突然ヘビのように、触手のように動き出したのだ。それを見た完二が驚くのも当然だろう。
「ではあなた達のペルソナを、力を、私に見せてください。その輝きで満たされる為に、私はここにいるのですから……!」
「来るクマ――!」
修道女の嬉々とした声と共に数多の鎖が飛ぶように舞い、それを見た三人が各々のやり方で青いカードを砕き割る。
「――さて、よく見ていてくださいね?」
「…………」
ステンドグラスに囲まれた聖堂で始まったその戦いを、中心で座り込んだままの少女は、ただ無言で眺めていた。
★★★★
答えが出せないまま考え続けるのは、何も考えていないのと同じだ。だから私は無心で、その光景を視界に入れ続けていた。
「なんだこの鎖、マジで生きてるみてぇな……!」
「私がそのように操っていますから。そして間違ってもあなた達を傷付けたりするつもりはありませんからご安心を。ただちょっとグルグル巻きになるだけです」
「何も安心できないクマー?!」
厳かな筈の聖堂内で飛び交う鎖の嵐の隙間を縫うように、三人のペルソナ使いが駆け回っている。その中心に立つ修道女は動けない私を庇うかのように鎖を操り、魔法を掻き消しながらも三人を捕まえようと奮闘している。
そうだ。私の見る限り、戦況は五分となっている。
それが数の差によるものなのか、私のシャドウの手腕故か、はたまたペルソナで鎖という鎖を断ち切りまくるマリーちゃんが凄いのか。私には分からない。
(……どうして、こうなったんだろう)
そんな、ペルソナ使いが戦うという場面のすぐそばにいるのに、私の目は外ではなく内へと向けられたままだ。この状況を招いてしまった己の所業へと、私はずっと向き合おうとして、この体たらくだった。
(多分、雪子……さんの所から特捜隊の皆へと伝わって、わざわざテレビの中にまで様子を見に来てくれたんだよね。助けに来て、くれたんだよね)
シャドウが行き着いた考えには本体である私も辿り着ける。だからこそ私にはあの修道女の笑顔の意味が分かってしまって、それがまたどうしようもなく嫌だった。
(――嬉しいんだ。私なんかを気にかけてくれて、こんな所にまで来てくれて。そして彼らがペルソナを使う所が見られて、本当に喜んでるんだ)
本来ならばこんな光景はあり得ない。既に完結した物語の先で、彼らは彼らの人生を生きている。それを私という異分子が捻じ曲げてしまったから、再び彼らは戦いに身を投じる事になった。
気持ちのいい罪とは、我ながら良く言ったものだと思う。心苦しさもありながら、結局は目を離せないのだから。
(でもこれ以上は、駄目なの。早く、私が終わらせないと……!)
それでも私がやらなければならない事は変わっていない。
あのシャドウの存在を、罪を認めて受け入れる事。そうすればシャドウは私の下に戻り、この戦いも終わらせる事が出来る。皆が来てしまった以上はその必要性も高まっている、筈なのに。
「――とても。とても、素晴らしいです」
「……私たちが苦労してるのがそんなに面白いの?」
「苦労させたいわけではないですが、概ねはそうですね。あなた達のペルソナであるタケミカヅチ、キントキドウジ、そしてカグヤ。こうして間近に見られるなんて、こんな日が本当に来るなんて、思ってもいませんでしたから」
ジト目になったマリーを差し置いて、修道女は朗らかに笑っている。楽しんでいる。
そしてそれはまさしく私の本心だった。認めたくない、けれど否定も出来ない私の分身そのものだった。
「俺らのこと、マジで全部知ってやがるんだな……!」
「はい。なので私の事は悪質なストーカーだと思っていただいて構いません。遠慮容赦はいりません。だからもっと、もっとです……!」
「そんなの最初からしてない、し!」
両腕を広げてそう誘う修道女にマリーが近づくが、上下から伸びてきた鎖がその進行を妨げる。ペルソナを用いて鎖を叩き斬る事は出来ても、数が多すぎる為に先に進めていない。
(私は助けてもらっちゃ、いけない。私が皆を、助けないと。ぜんぶ、わたしが悪いんだから……!)
鼓動が早いのは焦りだけじゃなくて、アレと向き合う事を恐れているから。この場でただ一人笑っている
みんなを苦しめて、一人だけ楽しそうにしているあの影は私なのだと示さなければならない。早く、そうしないと――
「もしあなた達を捕まえられたら、他の方たちも来てくれるでしょうか。そうしたら彼らのペルソナも、見せて貰えるのでしょうか?」
「っ……!」
――きっとまた私は罪を犯す。言われなくてもそんな事分かっているのに、やはり私の口は動いてくれなかった。私という本心は未だ囚われたままだった。
「わたし、は……」
私は罪人だと言えばいい。
他者の気持ちも命も置き去りにする人間だと告げればいい。むしろ人でなしである事は、あのシャドウとこの歪んだ欲望が証明しているのだから。
「……ほんとう、に?」
それでも言葉に出来なかったのは、不安だったから。勿論怖いのもあるけど、現状打破の為の手段として認めたとして、私だけは許したとして。その先に何があるのかが分からなかった。
(ここで罪を認めたとして、私は皆の事を諦められるの? ペルソナを手に入れても、同じ事を繰り返さないと言い切れるの?)
しなくてはいけない事。してはいけない事。肯定しても否定しても纏わりついてくる事項の数々に私の思考がかき乱される。絡まった迷いを解けなくなったのなら、それ以上は何もせずに放棄するのがマシなのではと思ってしまうほどに。
(……分からない。もう、分かんないよ)
答えが出ないのなら、何かを考える必要もないかもしれない。解答用紙を白紙のままで出そうとするような、私の回答を。
「――エクストリームウインド!!」
「――えっ?」
覆すような光と風が私の眼前で弾ける。そうして舞い降りたのは、OLルックの眼鏡美女だった。
「やっと辿り着けた。ここまで苦労させられるとは思わなかったけど」
「マリー、さん?」
私が首だけを持ち上げて見上げた先にあったのは、原作と同じかそれ以上に整った顔だ。しかしその表情は険しく、補導対象を見つけた警官を彷彿とさせるモノだった。
「
「やったクマねマリちゃん! その子を救い出せればひとまずは安心クマよ!」
私の座り込む中央部分から説教台の方まで後退した修道女は舌を巻き、クマと完二も仲間の奮闘に称賛を返す。しかし彼女本人だけは表情を緩めていなかった。
「私、あなたを助けるつもりとかはあまりないの」
「え……」
「私がここに来たのは平穏を守る為。害をなすなら排除するし、容赦もしない。それは今も変わってない」
「おい、何言ってんだよマリー?!」
その手に刃物があれば私の喉元に突きつけていただろう態度に完二も驚きの声を上げるが、私としては納得だった。むしろ、そうされない方がおかしいとも思う。
「あのシャドウがあなたから抜け出たモノなら、私たちのペルソナを見たいと言ったのもあなたの本音って事になる。それはホント?」
「っ……!」
整った顔でそう訊かれ、私はビクリと身を震わせた。
不安、羞恥、葛藤。そういった類のものが私の中で渦巻いた末に、どうにか私は首を縦に振った。
「そう。なら最初からそのつもりで、この町に来たの?」
「……違う。そんなつもりじゃ、なかった……!」
「じゃあ、あなたは何をしにここまで来たの?」
「…………何を、しに?」
マリーに投げられた問いで、私の頭に燻るような感覚がよぎった。消えかけていた火種が弾けたような、そんな熱が伝播していくように、思考が回り始める。
「私はあなたの事なんて何も知らない。なのにあなたを見ていると胸がざわつくの。だからあなたを追い出す前に訊いておきたい」
「……………………」
「あなたは一体何をする存在なのか。あのシャドウじゃなくて、あなたの言葉で聞かせて」
彼女の真っ直ぐな視線で、私はもう目を背けられない事を悟る。
――それは、更なる深淵への
☆★☆★
全ての始まりは、あの予告状から。
たった一枚のカードで具現化したその望みが、その先の私の指針となっていた。
異世界を見たいと思った。
――だから、彼らの後をつける事にした。
ペルソナを見たいと思った。
――だから、彼らに隠れてその場面を見守った。
ペルソナが欲しいと思った。
――だから、遠く離れた町の異世界までやってきた。
全て私の本心だったから、それだけに傾倒して歩んできた。それ以外のモノは見ないようにして、手を伸ばし続けてきた。
それは、一体どうしてだったか。
「――私は、その輝きに心を奪われているんだと思う」
例えるのなら、それは夜空に浮かぶ星々だった。
見上げた先にその煌めきだけがあって、それ以外は何も見えない。何もいらない。それだけでこの景色は完成していると、そう思っていた。
「でも、私がそれを損なってしまった」
発展した文明の光がソラの星を霞めてしまうかの如く、私は過ちを犯した。罪を重ねた。
それは今輝いている星だけでなく、遥か昔に発してようやく届いた星光も有耶無耶にしてしまうような愚行だ。
「それでも、私は」
そうして星の導を見失いかけても、私は未だに空を見上げ続けていた。薄れゆく輝きから目を逸らす事は望まなかった。出来なかった。
なら、すべき事はなんだろうか。
「…………私の事を、罪を認める事?」
考えるだけでも恐れが生まれるその責務から、必死に目を逸らないようにして思考を続ける。
私の影はそれを認めたいと、許したいと言っていた。ならばそれも私の本心で間違いない。その上で、その先に思いを馳せ続ける。
今までの事を思い出す。己の所業を、関わってきた全てを、この先の為に必死に思い返して、思い返して。
『怪盗団を見る為なら何度倒れても構わないって奴、俺は認められない』
「…………あぁ」
それはついさっき思い出したばかりの、破ってしまった約束。
『友達としてああいうのは、あんまし見たくはないからさ』
「…………うん」
迷惑をかけてしまった彼からの言葉を思い出した。
『他者に迷惑をかけるかもしれなくて、寺崎さん自身も危険に晒されてしまうような事だとしたら、やはり止めるべきだと僕は言わざるを得ない。でも、そのつもりはないんだよね?』
「……はい」
それはここに来る前に相談して、授けられた忠告。
『なら寺崎さんがしなくてはならない事は明確だよ。そう言った好ましくない事態を極力避ける努力をする事。そしてもしそうなってしまった場合は、出来る限りその責任を取る事だ。いいかい?』
「……やっぱり、そうだよね」
私がやるべき事は何かを、思い出した。
なら、あとはどうやるかを考えて、形にするだけだ。
★☆★☆
「――私は、認めたかったんだ」
鎖に繋がれてへたり込んだままの少女は、ようやく口を開いた。
今も鎖は周囲を舞っている。二人を守るように動くクマや完二、マリーのカグヤがいなければとっくに彼女たちを縛っていただろう。
最初からそうだった少女の鎖がジャリと音を立てた。
「いけない事をする私を認めて、許してしまいたかった。やっぱりあのシャドウは、私なんだ……!」
「……それで、答えは出ましたか?」
改めてそう発した少女に、その影が問いかける。待ちに待ったとばかりに、その口元を小さく歪めながら。
「うん、出たよ。――私は全ての罪を認める。ストーカーをしている事も、沢山盗み見をした事も。その過程で色んな人に不安や迷惑をかけて、命すら蔑ろにした事も、全部私がやったんだ。それはもう、否定しない」
「…………」
遅れてこの場に来た三人は何も言わず、その告白も見守っている。
この世界はそういう本音が見えてしまう場だと知っていて、かつ彼女の事を何も知らない自分たちに口を挟む余地はないと理解しているからだ。いっそ目と耳を塞いだ方がいい事も分かっていた。
それでも彼らは見届ける。その少女が出した答えを、ある種の先輩として。
「それでも私は
「……ええ、ええ! やはりそうなってくれると思っていました。それでこそ
それはシャドウである修道女が望んでいたモノ。自分だけはその正義を認められると思い、決心を望んでいたが故に、彼女はそう華やかに破顔して。
「――でも、私はもう赦されようだなんて思わない」
「……え?」
もう一人の自分の言葉に、動きを止めた。
「どんなに自身の中で正当化したって、私がやってきたのはいけない事だから。私だけが私を赦しても、そんなのは何も変わらない。何の意味もないって、今は思う」
「何を、何を言っているんですか
「だから私が許しを請うのは私自身にじゃない。私が迷惑をかけた人達に謝らないといけないんだよ」
それは至極当然の話。罪である以上は不利益をこうむった相手がいる筈であり、ならばすべきはその相手の為に動く事だと、少女は
「無理です、そんな事出来るわけない……! 誰がそれを理解すると? 誰が望んでいると言うのですか!?」
「っ……関係、ないよ。私も嫌というかその…………恥ずかしい、けどさ。償いって、それでもしなきなゃいけないモノでしょ?」
その決意が少女の本音なら、それを拒もうとするのもまた少女の本音。同じ顔で向き合う二人は、それでも言葉を絶やすことはしなかった。
「三島くんにやっちゃったって謝るんだ。丸喜先生に心配させてすみませんって言うんだ。怪盗団のみんなに変な事して、あとさせてごめんって頭を下げるんだよ。そうしないと、駄目なんだよ!」
「それこそ何も変わりません! それはあなたの自己満足に彼らを付き合わせるだけです。そもそも言葉だけで済むような所業だけじゃない。その為の誠意を、どうやって示すというのですか?!」
修道女が言及したのは、これから犯す罪のこと。
在り方を変えないと決めた以上、その道中の死を認めた事になる。一度は取り乱してしまう程の罪に対して、向き合う事なんて出来るわけがないと修道女は腕を振り、
「
「は……?」
そう
「私の識る全てを、私の持つ全てを使って成し遂げて見せる。誰も死なせずに、私の望む未来を掴んで見せるんだ!」
「ど、どこまで……? どこまで強欲で傲慢なんですか、
シャドウの少女からして、それは無茶苦茶な話だった。全てを覆すような酷い話だった。
誰も死なせないという事は、これからの出来事に介入する事の意思表示を意味する。先の展開を識っているだけの少女が、怪盗団やそれと敵対する黒幕の戦いに割って入ると言ったのだ。それだけでも正気の沙汰とは思えないが、コイツは最早それだけに留まらない。
「なのに
「――私だけは、それを否定しない」
「っ!?」
言いかけた修道女が、その少女の顔を見て驚愕を露わにする。何故なら見覚えがあったからだ。
自分だけは罪を認めてほしいと懇願した、狂った熱の宿った瞳。鏡写しだった筈の自分からもう一人の自分へと、いつしかそれは移り変わっていた。
「私の望みを果たすにはもうこれ以外の道はないの。私の全てを出し切って、
「……!」
「……馬鹿です……」
――それは、死の恐怖すら乗り越えんとする覚悟。
身を縛る鎖のような恐れを、その道の先に待つであろう末路を見据えた上で、もう立ち止まったりはしないと少女は吠える。
高まった熱が力となって身体を震わせ、鎖の音が鳴る。
「元々、力もないのにこうして異世界に来る位の馬鹿なんだよ、私は。恥ずかしいし、怖いし、無理かもしれないって不安もずっとある。だから
――それは、目を背けてきた己と向き合う勇気。
床に手を置いて立ち上がろうとする少女の目は、ずっと修道女から離れようとしない。受け入れるべきモノから目を逸らさないように、ただひたすらに、真っ直ぐに。
「だから私はもうあなたじゃない。許して貰える事を祈るだけの、諦めてしまった罪人のままでいる事は、もう止める」
「自分のシャドウを、否定したクマか……?!」
「……馬鹿です、
その言葉を糧にしたように、修道女とその周囲が歪み始める。彼女が元々操っていた鎖は再び渦を巻くように動き出し、修道女を囲う球体を作り始める。金属音と鎖の隙間から、その少女の怒りが声となって発せられる。
「
「……うん、私もそう思う。その方がずっと、ずっと楽だっただろうね」
本来ならその為にここに来たようなモノだったから、少女はその叫びを静かに受け入れる。
今だって少女の中で葛藤があった。今なら迷っていた人の死すら飲み込んで、あの修道女の思考を取って戻せるという確信があった。あれもまた少女自身だと正しく向き合った以上、それは当然の事だった。
「だけど罪を犯した私はそれじゃ駄目なの。今のままでいるのも、ただ償うだけでもきっと足りない。絶対不可能って位の困難に抗う位でちょうどいいんじゃないかな」
「不可能なんてモノじゃありません! 人が空を飛ぶような、空の星を撃ち落とすような夢物語です! そんなの、私なんかに出来るわけない……!」
鎖の球の中で、されど縛られてはいない修道女が頭を抱えて身を縮ませる。癇癪を起こした子供のような素振りの少女に、立ち上がった少女は優しい声で語りかけた。
「……確かに、今の私にそんな力はないよ。考えも……なくはないけどぼんやりしてるし、ここで強く言い切れる程じゃない」
自分の足で立ってはいるものの、身に巻きついた鎖は未だそのままだ。ゲームみたいに鎖を引き千切ったり出来る力もなく、精々が腕を胸の辺りまで持ち上げる位だ。
「――でも、その程度の逆境で折れるような、そんな軟な決意をしたつもりもないんだからっ……!」
――そしてそれは、そんな現状に対する叛逆の精神だった。例え自業自得の末だったとしても、無力で不甲斐ない自分への怒りや困難に抗うと決めた意思は、少女の中で十分な薪となった。
故に、その瞬間は訪れた。
『――そこまで言うのなら、受理しましょう』
「っ?!?!」
突然脳裏に声が響くのと同時に、頭痛が少女の意識を蝕んだ。けれどフラつく事を拒んだ少女は、歯を食いしばってそれを耐える。元より識っていたし、この程度の痛みは甘んじて受け入れると決めていた。
「こ、こりゃまさか……?!」
『これでもうあなたは引き返せない。吐いた唾はもう飲み込めない。それでもあなたは心に従うままに、この力を欲したのですね?』
「そう……だよっ……! 私は、もう、祈らない! どんなに辛くて、苦しくても、この願いを抱き続けると、誓うからっ……!」
少女は痛みの中、両腕を胸から上の方へと持ち上げる。降り注ぐ光に何かを見いだしたように、僅かに開いた両手の間。そこに青い光が瞬き始める。
それは少女にとっての全て。少女があの時手に入れた、浅ましくも愛おしい宝石のような――
「――この願いを、叶えてっっっ!!」
少女の魂の叫びが、それを青いカードとして現出させる。両手の間に現れたそれを、少女は指を絡めて閉じ込め握り潰す。
それが、少女の最後の祈りだった。
「……!」
近くでずっと見ていたマリーの前で、少女が青い炎と光に包まれる。僅かに目を見開いた後にそこにいたのは、先ほどまでから姿を大きく変えた少女だった。
あのシャドウと同じ修道服を元にしていながら、そのベースカラーは純白だ。動きやすさの為にスカートの長さも短くなっており、代わりに頭に付けたシスターベールが腰に届く程に長い。
そんな改造されたシスター服の上から更に異彩を放っているのが、少女の身体に巻き付く大量の鎖だった。ベルト代わりに腰に巻かれただけでなく、左腕や右足を包帯のような形で覆っている。
左手に長い鎖を、右手にその鎖に繋がれた黒い鎌を持った少女は、
『――契約は結ばれました。この先もあなたの思うままに、本懐を遂げられますよう』
「分かってる。分かってるよ――『シャルロット』」
そんな白い修道女の背後にいたのは、やはり白いベールとコートでゴーストのように見える存在だ。顔や胸に当たりそうな部分はよく見えず、それより下に足のようなモノがある為に人型だと認識出来る。その足やコートにはやはり鎖が巻き付いていた。
「……お待たせしちゃってすみません。でも、最初の自己紹介からやり直してもいいですか?」
「……いいよ。聞いてあげる」
「ありがとうごさいます。その後でもう一度、皆さんの名前も聞かせてください」
横に立っていたマリーにそう話しかけて承諾を得ると、少女はまず名乗る事から始めた。今度こそ、己自身の言葉で。
「私は
「心の……? まぁいいか。私はマリーって皆からは呼ばれてる。それでそのストーカーさんは、ここで何をするつもりなの?」
「最初はこの世界を見たい、ペルソナを手に入れたいって感じだったんですけど、今はその後始末をしたいんです」
そう言って少女が見据えるのは、鎖の球体の奥にいる己の影だ。先程の己とは反対に、その中身は黒く歪み出している事を少女は知っている。
故に、少女がしなければならない事は一つだった。
「押しかけた身で図々しいのは分かってます。でもお願いです、どうか力を貸してください! あの私そのものでもある罪を、清算する為に!」
そう言って、少女はマリーへと頭を下げた。
僅かに流れた沈黙を、少女はじっと下を向いたまま受け入れて、そして。
「…………はぁ。仕方ないか」
そんな、女性の溜息を聞いた。
「私的にもアレは倒さなきゃだから、ひとまずお説教は後にしてあげる。けどアレもあなたが原因なんだから、基本的にはあなたが何とかしなよ」
「っ……! ありがとうございます、マリーさん!」
やれやれと諦めた口調で賛同してくれたマリーに謝意を述べながら首を上げると、黒髪メガネの男性と丸いキグルミを纏った人物もこちらを見ている事に気付く。
「お二人も本当にごめんなさい。私は――」
「俺は
「クマはクマだクマ! ひとまずあのシャドウをここのワシらで何とかするっちゅー流れなのは分かったクマよ!」
「っ……お願い、します!」
少女が話すよりも早く名乗りを上げた二人が確かに笑ったのを見て、こみ上げてきた思いを少女はどうにか抑え込む。高揚も後悔も今は後回し。そう決めて少女は握った鎖と鎌に力を込めた。
――今度こそ本当の意味で、
☆『シャルロット』
寺崎叶のペルソナ。今作オリジナルペルソナ。
ビジュアルは(他作品ですが)FGOのフォーリナーのカードの柄のアレがイメージとしては近いです。近いだけです。ホントです。
元ネタとかアルカナとかスキルは次回以降です。けど名前である程度予想がつく方はいらっしゃるかなと。
オリジナルペルソナのタグを付けた方がいいのかはまだちょっと分からないので保留にしています。駄目そうなら付けるかも。
ようやくここまで形に出来ました。八十稲羽編はあと少しのハズなのでこの先も書きたいように頑張ります。
なので閲覧、感想、評価、誤字報告等本当にありがとうございます!!