私は怪盗団のストーカー   作:棚木 千波

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#27 思い通りとは限らない

 

 真田(さなだ)明彦(あきひこ)にとって、その少女との出会いはまさしく未知との遭遇だった。

 

「――転生者、だと? 美鶴、それは本気で言っているのか?」

 

 シャドウワーカーを表から守るという目的の為に黒沢刑事の指導を受け、入隊数年で刑事になったばかりの夏。幼馴染であり戦友でもある桐条(きりじょう)美鶴(みつる)から明彦の元に入った連絡に、彼は怪訝な表情を隠せなかった。

 

「私としても俄かには信じられんが、そうでなければ説明が出来ない位に彼女は事情を知りすぎている。少なくとも放置するわけにはいかないんだ」

 

「そうか……。いや、ひとまずその真偽はいい。今回の本題は、ソイツの言う作戦についてだったな」

 

 困惑も程々に明彦が切り出したのは、件の少女が提案した作戦だ。

 異世界の迷宮に数日間張り込み、実行犯を倒すことなくその目的だけを頓挫させるというモノだが、軽く概要を聞いた明彦からしても素直に賛同は出来ないモノだった。

 

「ああ。私たちとしては正直あまり乗り気にはなれないが、彼女の主張にも一理はある。だから明彦、お前に作戦の監督を頼みたい」

 

「何故俺に? 協力する事自体は吝かではないが、俺はシャドウワーカーを抜けた人間だぞ?」

 

「お前にも彼女の事を見極めて欲しいんだ。あまり大きな声で言いたくはないが、もしかすると我々の手にも負えない可能性がある」

 

「それほどなのか、その寺崎という奴は……」

 

 弱音とも取れる美鶴のその珍しい発言に、明彦はまだ会った事もない少女への警戒を強めていく。やはり転生者という奴は厄介極まりないのかと想像を膨らませていた。

 

「別に危険人物だというわけじゃない。ただ少々、危なっかしいだけだ」

 

「危なっかしいだと? つまりそれは、自分の身を省みない奴だと言う事か」

 

「アイギスやもう一人の協力者の話でもその節があると聞いているからな。ここは一つ()()としての風を吹かせてもらえればと思ったわけさ」

 

「なるほど、そういう事なら……待て。つまりお前は俺が危なっかしい奴だと言いたいのか?」

 

「いいや? ペルソナ使いの先輩としてリードして欲しいだけだが?」

 

 通話越しに若干の火花が数秒散った後、彼はその頼みを了承したのだった。

 

 

 

「――お前が寺崎叶か。俺は真田明彦。今はシャドウワーカーを抜けて警官をやっているが……それは識っているか?」

 

「ひゃ、ひゃい! 寺崎叶です……! その辺りはその、うっすらと……」

 

 そうして指定された日の渋谷で出会ったのは、黒の短パンに灰色のパーカーのフードで顔を隠したピンク髪の少女だった。どんな不良児が来るのかと身構えていただけに、拍子抜けした点は否定できない。

 

「初めて会った相手に自分の事を知られているというのはどうも不思議な感覚だが、それはいい。今回の作戦の指揮を俺が取る事は聞いているな?」

 

「あ、はい。桐条さんから作戦許可を出す条件の一つだって言われました」

 

「その通りだ。影時間とも似て非なる異世界に数日間滞在し、その上で敵と戦うなど俺ですら経験がない。つまりそれだけ不測の事態が起こりやすいというわけだ。無事に生還する為にも、なるべく指示には従ってもらうぞ。いいな?」

 

 しかしどんな背景があろうと、警官以前に大人である明彦にとって少女は守るべき存在だった。

 本人には知らせていないが、シャドウワーカーと明彦に課せられた最重要任務は少女の作戦の遂行ではなく、この少女を無事に現実に帰還させる事なのだ。その次が実行犯の確保であり、少女が息巻いている作戦の可否は最も優先度が低く設定されていた。

 

「美鶴から聞いた限りではあるが、俺もおおよそ同意見だ。異世界を使ったペルソナ使いの悪党がいるのなら、四の五の言わずに捕まえるべきだろう」

 

「いやあの、それじゃあ駄目って言うか……!」

 

「分かっている、お前の言い分も理解した上で来たつもりだからな。だが手を貸す以上、その作戦に勝算があるかを判断するのは俺たちだ。だからやると決めたのなら、その覚悟を形にして見せてみろ。いいな?」

 

 この言いつけも嘘ではない。しかし明彦としてはまだ力に目覚めて一月も経っていない学生が自分の中のボーダーラインを超えるとは露とも思っていなかったのだ。

 異界であるメメントス、そこで彼女の戦いぶりを見るまでは。

 

「いくよ、『シャルロット』!」

 

 とある目的の為にメメントスを探索すれば、当然そこに巣食うシャドウと出くわす。明彦一人でも余裕をもって倒せると判断した時のみ少女とタッグを組んで戦闘をしているが、そこで見たピンク髪の少女の戦いぶりはある意味で目を引くモノだった。

 

(――こいつは、戦いそのものに向いていないタイプだ)

 

 学生時代からシャドウのような怪物だけでなく、部活で人間相手にも拳を振るってきた明彦は、ある程度その人間の癖というモノが見抜けるようになっている。戦いにおいて能動的か受動的か、或いはどんな戦い方を得意としているのか。勝つ為には相手を知る事も重要だと身をもって学んだ彼の目から見て、その少女の在り方はある種の奇跡のようだった。

 

(咄嗟の判断が出来ない、いや情報の取得から行動の選択に間があるのか。これで死神シャドウを倒したとは悪い冗談じゃないのか?)

 

 身体の動かし方自体は悪くない。スタミナもあるし、スポーツでもやっているのなら彼もとやかく言う事はなかっただろう。

 しかしここは一つのミスで命が天秤にかけられてしまう戦いの場だ。その遅れとも言うべき彼女の欠点は、その戦闘スタイルとも相性が悪いというのが明彦の下した判断だった。

 

(美鶴の奴が危なっかしいと言っていたが、それも納得だな。昔の俺も流石にここまでじゃなかったぞ)

 

 本人に聞けば、これまでの戦いでもギリギリのピンチばかりだったらしい。傷を負う事も少なくなく、それでも恐れる事無く前線に出てくる辺りは何となく既視感というか親近感を感じなくもなかったが。

 

 故に少女から指導を求められた際に、ハッキリと伝えることにした。

 

「寺崎。まずお前は戦いに向いていない事を自覚しろ」

 

「…………え、ええっ!?」

 

「変な技で死神シャドウを倒したとしても、そもそもの性格や思考スタイルが戦闘向きじゃないんだ。矯正が出来ないとは言わないが、少なくともこの数日でどうこう出来るモノじゃない」

 

「思考スタイル、ですか?」

 

「手っ取り早く分からせるならこういう事だ。今からお前を殴る――!」

 

 首を傾げる少女に向かって、明彦は迷いなく拳を振りかぶった。

 当然本気ではないし、今の彼女なら捕捉出来るだろう速度にしたパンチ。しかし彼女の反応は彼の思った通りのモノだった。

 

「ひゅあああっ?!?!」

 

 迫る拳を前に逃げようとも受け止めようともせず、わたわたとしてその瞬間を待つ少女の身体の寸前で拳を止める。不意打ちでしかないその凶行に対してその反応は不審ではないが、問題がないわけでもなかった。

 

「謝罪は後だ。今、何を考えたかを言ってみろ」

 

「へ? え、えっと……何か悪い事しちゃったのかなって」

 

「安心しろ、そんな事はない。では次に考えた事は?」

 

「次は……やっぱり痛そうだなって、思いました」

 

「まぁそうか。力は抜いたつもりだから例え当たってもそこまで痛みはないとは思うが、他には何かあるか?」

 

「後は……こんなアングルから見られるだなんて思わなかったなぁ、とかでしょうか」 

 

「分かった、もう十分だ。ひとまず急に悪かったな」

 

「えっと、はい……?」

 

 これ以上は出てこないなと判断し、明彦は未だ混乱の最中にいる少女へと軽く謝った。

 無論、それで話を終わらせるわけはなかったが。

 

「しかし寺崎、咄嗟に何も出来なかった事には気付いたか?」

 

「え。いやそりゃ何も出来なかったですけど、急に殴りかかられたらそんなの当たり前なんじゃ?」

 

「だがお前はその瞬間に、あれだけの思考を回す事が出来ていた筈だ。であれば反射的に拳の前に手を入れる位はしてもおかしくはないが、それすらしなかった」

 

「そ、それは……」

 

「そしてこれは俺の予想に過ぎないが……何かをするにしろ、俺の拳が自分に届いてからでいいと思ったんじゃないか?」

 

「っ!」

 

 明彦の指摘に言葉を失くす寺崎の反応は、肯定を示している。しかし予想が当たってしまった事に対して、明彦も溜息を堪えるように言った。

 

「それが全て悪いとは言わん。言い方を変えればそれだけの余裕があるという事だからな。だがその過程で、自分の身が傷つくのを厭わないのは駄目な事だ」

 

「あぅ…………」

 

「……言っておくが別に説教がしたい訳じゃない。纏めるなら、その対策として『一撃でも貰ったら駄目』という認識を持つべきという話だ」

 

 言葉が強くなってしまったのか、しゅんと萎み出した寺崎に咳払いをする明彦。八十稲羽で師匠と慕ってきた蹴りの得意な少女ともまた違うタイプに、彼も距離感を探りながら接していた。

 

「一撃も、ですか?」

 

「そうだ。お前のペルソナの妙なスキルも体力がないと発動出来ないんだろう? ならそれを活かす為にも、なるべく被弾を減らせるように努めろ。無闇に攻撃を仕掛けるのではなく、ヒットアンドアウェイに徹するとかな。それだけ思考を回せるのなら出来る筈だ、いいな?」

 

「それはそうかも……分かりました、気をつけます!」

 

 返事には元気の戻った少女だが、明彦としてはまだまだ目を離すわけにはいかないだろうという予感が残っていた。

 言い換えれば、相手の行動を把握し終わってからじゃないと自分の行動に移れないという謎の癖。しかし彼女が得意とする獲物が鎖鎌である以上は、ある程度前に出なければ戦えない。だから危険性を鑑みて戦闘に参加させない案は何度も頭をよぎっていた。

 

「寺崎、何故お前はそこまでして戦う事にこだわる? 今回の件も俺たちに託して修学旅行に行く事も出来た筈だ。お前自身が行かなければならない理由はなんだ」

 

 だから二人で行動を共にする中で、彼は少女にその疑問をぶつけていた。正確には本人の口からその行動原理を聞き出したいと思っての事だった。

 

「――それにこそ意味があるからです。私の目で見届けて、私の手で介入しないと意味がないんです。事の発端が私にあるのなら、そうしないといけないんだって思いますから」

 

「それは、精神暴走事件の事を言っているわけじゃなさそうだな」

 

「精神暴走事件は私がいなくても起こっていたし、何なら怪盗団がいればいずれは解決します。なのにシャドウワーカーの皆さん含めて多くの人を巻き込んだのは、間違いなく私がいたからです。後悔はそんなにしてないけど、果たさなくちゃいけない務めはあるなって」

 

「その務めこそが、こうして前に出て戦う事だと?」

 

「…………いやその、皆さんの戦いを間近に見たいのもあるんですけど……」

 

「そう言う所は正直なのか……」

 

 最後にタハハと笑う少女に苦笑する明彦だが、その直前まで理由を語る少女がしていた眼を見て、幼馴染の言っていた評価を内心で思い出していた。

 

(手に負えないとはそういう事か……。とんだじゃじゃ馬を寄越してくれたもんだな、美鶴)

 

 呆れる彼が思い出していたのはそれだけではない。なんせその迷いのなくなってしまった眼には見覚えがあったからだ。

 

 今の寺崎と同じ眼をしていたとある小学生が加入してきたのもそう言えば数年前のこの頃だったなと、嫌な偶然を感じる明彦だった。

 

 

 

 

 そうしている内にアイギスとラビリスの二人から侵入者の連絡が届くと、明彦は共に作戦を行う許可を出した。

 

 それは作戦に必要なモノはギリギリだが手に入った事。そしてこれまでの彼女の戦い振りを見て身は守れると判断した事に加えて、自分たちの目の届く範囲でやらせてやろうという少女に譲歩したモノでもあった。

 

 それだけ少女の思いを強く感じたのもあるが、その上で彼女を守りきってみせるという彼なりの挑戦意思があったからかもしれない。

 

 だから少女が黒い仮面の実行犯と話している内にその背後へと回り込み、奇襲をしかける事に躊躇いはなく。

 

 

 ――話を終えた黒仮面が少女ではなく校長(ターゲット)のシャドウに銃口を向けても、迷いなくその対処の為に動く事が出来ていた。

 

 

「一人だとは思ってなかったけど、随分なお仲間を連れてきたみたいだね」

 

「ふん、そちらこそよく反応したものだ。そのまま撃ってくる事も覚悟していたんだがな」

 

 校長のシャドウの前に割って入った明彦を認識した瞬間に、黒仮面が左の光剣を振るってその拳を弾き返す。響く鋼の音と衝撃が、双方共に備えていた事を告げていた。

 

「……なるほど、お前が噂の黒仮面か」

 

 滑らないように拳を握り直しながら、明彦は目の前の怪人を正面から見据える。認知世界のペルソナ使いと初めて遭遇した彼が異質だと感じたのは、黒仮面がおかしな恰好をしていたからではない。

 

 平然と他者へ銃を向け、そこから引き金を引く事に一切の躊躇いを挟まないその在り方。

 そこに既視感を感じた明彦は彼への脅威度を引き上げるのと共に、それまでの思惑を覆す事を選んだ。

 

 ――コイツは、野放しにしてはいけない人間であると。

 

「すまんが作戦変更だ。寺崎(カトル)はそこのシャドウを守っていろ。コイツの相手は俺がする」

 

「で、でも……!」

 

「どちらの作戦で行くにしろ、ソイツがやられた時点で俺たちの負けだ。お前は『守る』為に来たんだろう? ならその務めを果たせ!」

 

 明彦がぴしゃりと言いつけると、観念したように頷くピンク髪の少女。その手に()()が握られているのを確認してから、視線を目の前の黒仮面へと戻そうとして――それが叶わなかったからこそ地を蹴った。

 

 そんな雷鳴の後に再び響く金属音。それと同時に吹き荒れた風圧が、寺崎の被っていたフードを剥ぎ取った。

 

「ひゃっ?!?!」

 

「――いい判断だ。そりゃ僕としては真正面から戦う必要なんてないんだからさ」

 

 黄色い卵の様なビジュアルのシャドウ校長が(うずくま)る横に立っていた寺崎の目前に現れていた黒仮面の光剣を、気付けば瞬時に割って入った明彦が受け止めていた。

 

「ボサッとするな! もうここは戰場(いくさば)だぞ!」

 

「は、はいっ!」

 

「僕としては、そのまま腑抜けていてくれた方が良かったんだけどね!」

 

 光剣を持つ方とは反対の手で発砲し、放たれる鉛玉が再びシャドウ校長の命を脅かす。

 しかしようやく気持ちを切り替えた寺崎がその巨体を抱えて転がり、その隙に奥へと踏み込んだ明彦のフックが黒仮面を襲った。

 

「その動き……ボクシングか。しかも生半可な腕じゃないときた。一体どこでこんな協力者を捕まえてきたんだい?」

 

「ぜ、絶対に言わないから!」

 

寺崎(カトル)、挑発に乗るな! そのまま回避に専念していろ!」

 

 対する黒仮面は未だに余裕を崩す事なく攻撃を避け、探りを入れながらに光剣の突きを繰り出す。その異世界特有の武器による攻撃を最小限の動きで避ける黒コート男の光景は、SF映画のワンシーンの様でもあった。

 

「そう言うお前も随分と銃の扱いに慣れているな。その腕でどれだけの人間を『廃人化』させてきたんだ?」

 

「さてね、細かい数字までは覚えてないかな。それを明らかにするのがあなた達の仕事じゃないのかい?」

 

「……どっちにしろ、ここでお前を捕らえて吐かせれば済む話だ!」

 

 光剣と銃を持ち替えると思いきや、右の逆手で振るった光剣の影から左で発砲してきた黒仮面の手捌きから更に脅威度を高くする明彦。オマケに口まで回るとなれば、全霊を振るう事に躊躇いはなかった。

 

「しっ――はあっ!」

 

「やるね……!」

 

「お前の様な拳銃使いへの対策を怠った事はないんでな!」

 

 向けられた銃を持つ腕を素早く蹴り上げ、更に身を捻りながらのジャブから回し蹴りへと繋げる。おおよそボクシングでは見られない動きに、初めて隙と呼べる間が黒仮面に生まれた。

 

「来い――『カエサル』!」

 

 追撃とばかりにショルダーホルスターから召喚器を抜き、己のこめかみに当てて引き金を引く。

 長年をかけて染み込ませたその動きに一切の淀みはなく、例え早撃ち勝負であっても明彦に軍配が上がるだろう、その刹那。

 

 ――それだけあれば、黒仮面には十分だった。

 

「射殺せ――『ロビンフッド』!!」

 

 それは自身の黒仮面に触れるという一工程(シングルアクション)で召喚された反逆者の人影。かつての皇帝をなぞらえたペルソナの雷撃と、森に潜んだ義賊をかたったペルソナの光の矢が上空で交差する。

 

 撃ち下ろされた雷鎚と、突き上げる光の柱がそれぞれの身を貫いた。

 

「ぐっ……!」

 

「ちっ……!」

 

 互いに初のクリーンヒットだが、復帰が僅かに早いのは黒仮面の方だった。

 身体に残る痺れや熱に対する怒りをぶつけんが為に再度、その銃口を帽子の取れた黒コートの男へと向ける。

 相手の銀色の銃は恐らく補助用で殺傷能力はない。故にこの距離ならば先に弾丸が届くとみた黒仮面は、引き金にかけた指へと力を入れる。

 

 ――そんな彼の耳に届いたのは、ロケットか何かの噴出音と共に風を切る音だった。

 

「――『アリアドネ』ッ!」

 

「ああ鬱陶しいなぁ!」

 

 何処からともなく飛来したのは、馬鹿げたサイズの大斧を担いだ銀髪の少女だ。目元を隠す黒バイザーと黒服、そして明らかに鋼鉄製の手足に誰かのペルソナかと黒仮面の意識が逸れかける。

 

「この程度の奇襲を何度狙った所で――っ?!」

 

 元より彼女のお仲間が一人だとは思ってなかった黒仮面は、それでも難なく大斧の一撃を受け流してみせた。

 しかしそのすれ違いざまに、黒仮面の動きが縫い付けられたかの様に鈍くなる。見れば地面から伸びる白い糸が黒仮面の脚に巻き付いており、それが銀髪の少女によるものだと黒仮面が看破するのもまた一瞬だった。

 

「コイツもペルソナ使いか、何処までも癪に障るね……!」

 

 持っていた光剣で糸を切り裂き自由を取り戻す黒仮面だが、その対処に追われてしまった時点で後手である。

 しかしそうせざるを得なかったのは、この場の誰よりも接近戦を得意とする明彦の存在があったから、だけではない。

 

「悪く思うなよ、これはリングでの試合じゃないんだ。人の命が関わっている以上、全力でお前を拘束させてもらう……!」

 

「へぇ、殺すつもりもないなんて随分と温い事を言うじゃないか!」

 

「当たり前やろ! そうやないと、アンタの為にもならへんし!」

 

 そうして再び始まる近接戦、しかし黒仮面一人に対して黒コートの明彦と黒服のラビリスが攻め立てる構図へと変化している。互いの武器やスタイルが干渉し過ぎないように連携するシャドウワーカーの二人によって、戦いの天秤は徐々に傾きつつあった。

 

「僕の為だって? ……そうか、そうやってコイツらを抱き込んだわけか。本当に君って奴は、人の神経を逆撫でするのが上手いなぁっ!」

 

「っ! なんて言われたって、私は……!」

 

 シャドウ校長と何やら話していた寺崎が、黒仮面の放つ殺意にビクリと身を震わせる。

 どうして黒仮面がそんなに憎らしげにしているのかも彼女は識っている。或いは予想していたからこそ、寺崎はその視線を受けても目を逸らしはしなかった。

 故にこそ、黒仮面もその(すさ)みを抑えられない。

 

「どうせコレも知られているんだろう? なら存分に味わっていけ――!」

 

「――させません!」

 

 拳と大斧を弾いて距離を取った黒仮面へ、同士討ちを避ける為に控えていたアイギスが弾丸を放つ。

 

 しかしその鉛玉は、突如として現れた別の黒い影を塵に変えるだけだった。

 

「これは――寺崎(カトル)が言っていた、奴の特殊能力か!」

 

「そうみたいやけど、こんなに多いとは聞いてないで?!」

 

 黒仮面と戦っていた二人も、ピンク髪の少女から黒仮面のその力については聞いている。

 精神暴走や『廃人化』を引き起こす為にも使われた、他者を操り暴走させる彼だけの力。敵対すれば使ってくる可能性もあると言われていたが、その使われ方だけはシャドウワーカーの想定を上回っていた。

 

「なんでこんなにシャドウが沢山?! 一体あたりは大した事ないのに……!」

 

「君たちが複数で来る事は予想していたからね。だからこちらも数を揃えた。それだけだよ」

 

 次々と現れては暴れ出すシャドウの対処に全員が追われる中で、ただ一人冷静に動くのは黒仮面。

 いつの間にかシャドウワーカーの包囲すら抜けて、鎖鎌を持った少女と蹲るシャドウ校長の傍へと近付いていた。

 

「それ以上は行かせません!」

 

「遅いんだよ――『ロキ』ィ!」

 

 ピンク髪の少女たちを庇うように割って入ったアイギスへと、黒仮面が差し向けるのは先程とは別のペルソナだ。或いは大量の暴走シャドウを呼んだ時点で切り替えていたのかもしれないもう一つの彼の分身が、逆にアイギスを足止めするべく襲い掛かる。

 

「やはり、あなたは複数のペルソナを……!」

 

「そこで答え合わせでもしていなよ。その間に、僕も仕事をさせてもらうからさ!」

 

 驚くアイギスの横をすり抜けた黒仮面が、もう障害はないとばかりに光剣を振り上げる。

 校長のシャドウを容易く両断するだろう斬撃。その光る軌道はピンク髪の少女の鎖鎌によって中断される事になった。

 

「ぐ、うっ……!」

 

『や、やはり駄目なんだ……。私は、ここで殺されるんだ……!』

 

「そんな事、させない! 私たちが、私が! 凌いでみせるから!」

 

「凌ぐ、か。『守る』とは言わないのかい? ()()()

 

「っ?! ()()()……!」

 

 そうして距離がゼロになった二人の獲物が何度もぶつかり合い、鎌と光剣がその度に火花を散らす。照らされた互いの顔色は、どちらも明るいとは言えないものだった。

 

「……君はさ、この男が何をしてきたかも知っているんだろう? なのに何故庇うのか、理解出来ないね」

 

「そんなのは、関係ない! 見殺しにしていい命なんてないから、止めに来ただけだよ!」

 

「見殺しだって? 全てを知っているだろう君が、そんな事を言うのかい?」

 

 鍔迫り合いになれば腕力的に勝ち目はないとみたピンク髪の少女が、もう片方の手で回した鎖と分銅を黒仮面へと投擲する。

 それを弾く為に光剣を動かした黒仮面、その奥に生まれたのは嘲笑だ。

 

「そんな事は今更だろ、ストーカー。今までアイツらの戦いを散々エンタメとして消費してきた君が、どうして今頃そんな事を言い出した? まさかここに来て『改心』したとでも言うつもりかい?」

 

「それはっ……!」

 

「戯言は程々にするんだね。元より君はコイツの命なんてどうだっていいんだろう、なぁっ!」

 

 両手を使って鎖を回し、鎌と分銅を高速で襲いかからせる少女の攻撃を、黒仮面は正確無比に捌いていく。二本の鎖による波状攻撃など、今の黒仮面にとってはそよ風に等しいものだった。

 

「そんな君の心変わりなんてこっちはどうだっていいんだよ。問題は、その程度の心持ちで、全てを知っているからと驕った君に、()たちの計画を邪魔されてたまるかって話さ!!」

 

「ぐふっ……?!」

 

 飛んできた鎖を光剣で巻き取り、逆に引き寄せたピンク髪の少女へと容赦のない蹴りを食らわせる。言葉に揺さぶられた少女の腹部へと突き刺さり、受け身すら許さぬ勢いで容易くその身は吹き飛んだ。

 

「そこで地を舐めながら見ているといい。これで、君の知る通りになるんだろうからさ」

 

『ひ、ひぃ……!』

 

 鎖鎌と共にゴロゴロと転がった少女へとそう吐き捨てながら、黒仮面は握った銃の撃鉄を上げる。

 最早慌てふためく事すら出来ないシャドウ校長目掛けてそれを落とすだけで、一人の人間の命が散るだろう。

 

 

 そうしてメメントスに響く轟音。

 

 ――ただし、それは遠雷によるものだった。

 

 

「――なんだ、間に合ったのかよアンタ!」

 

「――当たり前だ、俺の前で銃殺など誰が許すか!」

 

 それは、黒仮面すら呆れた笑みを浮かべる程の割り込み。

 自身に落とした雷と同じ速度で地を蹴り、雑魚シャドウを轢きながら移動した明彦によるインターセプトが成した音だった。

 

 そしてテウルギアと呼ばれる切り札の効果は、それだけでは終わらない――!

 

「はああああっ!!」

 

「がぁっ……?! あれでまだ最高速じゃなかったのか……!」

 

 銃弾と銃本体を弾き、それでも止まらぬ雷の拳が黒い仮面に突き刺さる。

 体重の乗った一撃でありながら、この場における最速を更新した事が黒仮面にとってもクリティカルだったらしい。彼を大きくのけ反らせる程の衝撃によって仮面がひび割れ、その下の素顔の一部がここに来て露出する。

 

 テウルギアによって一時的に紅に染まった瞳と、黒仮面の奥に隠されていた紅混じりの瞳が交錯する。

 

「――まぁでも、別に銃弾に拘る必要なんてないんだけどな?」

 

真田さん(ガンマ)! ペルソナによる追撃、『メギドラオン』が来ます!」

 

「っ!」

 

 されどその直後に、勝利の確信と敗北の予感にそれぞれの目が歪んだ。

 『ロキ』と呼ばれたペルソナと相対していたアイギスからの警告を受けて、明彦は瞬時に着弾位置と効果範囲を予測する。それが不可避のものであると分かった彼は、最後の判断を下さざるを得なかった。

 

 ――作戦を許可する場面は二つ。

 一つは必要なモノを用意した上で、監督(明彦)が認めるだけの戦力を見せた時。

 そしてもう一つは実行犯を確保することが困難、或いは守護対象を守り切れないと判断する程の緊急事態に陥った時。この土壇場は明らかに後者だった。

 

寺崎(カトル)ッッッ!!!」

 

「はああああッッッ!!」

 

 たったそれだけの掛け声で、ピンク髪の少女は意図を読み取り立ち上がる。そしてすぐさま自身にペルソナの魔法をブチ当てての飛翔を開始した。

 

「はっ、今更君に何が出来るって――?!」

 

 そんな弾丸と化した少女を見ながらも退避を始めた黒仮面は、されどその手に握られた何かに目を留めた。

 

 ――『ロキ』が光弾を生み出し、射出する。

 

「確かに、私はこの先の事を知ってるけど……!」

 

 ――着地をミスりながらも少女は握ったそれをぶつけて叩き割る。その対象は、守るべき校長のシャドウで。

 

「もう、流されるだけなのは止めたから……!」

 

 ――『メギドラオン』を秘めた光が地に落ちる。

 

「抗うって、決めたから……!」

 

 ――それを食らったシャドウ校長が白目を向きながら倒れ込み、その前で庇うようにピンク髪の少女が、そして明彦が立ち塞がる。

 

「だから『守る』んだ。私は、絶対に――も――!」

 

 そんな少女の叫びと共に、またもメメントスの一角が光と爆発に包まれたのだった。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

「やれやれ、ここまで要領を得ないお嬢の頼みは初めてだな」

 

 その日の夕方、黒沢刑事はとある都内の交番の近くに立っていた。

 本来の仕事着ではなく私服姿、更には早期退勤してまでそこにいたのには頼まれたからという理由があった。

 

「詳細は明かせないが、指定した日時にここで手助けをして欲しいとは……。これから何が起こると言うんだ?」

 

 そこそこ長い付き合いとなったとあるグループの総帥令嬢からの急な要請だったが、何か意味があると思い彼はそれを了承した。その結果として、特におかしな所のない街を眺める羽目になったのだった。

 

「俺に白羽の矢が立ったという事は、異世界絡みではないとは思うが……ん?」

 

 自身の立場でないといけない理由でもあるのかと考え込みながら交差点へと目を向けると、とある一人の挙動が不審な事に気がついた。

 

 それは丸々とした身体に手足がくっついたような、黄色いスーツの男性だ。どちらかと言えば特徴的だと言える彼が横断歩道の真ん中で立ち止まったのだから、黒沢の目に留まった事もおかしくはないだろう。

 

「……まさか、これか?」

 

 歩行者用の信号が点滅し始めたというのに、彼が動き出す気配はない。訝しみながらも歩き出した黒沢だが、歩行者用信号が赤になる頃には走者のそれになっていた。

 

「おいアンタ、大丈夫か! おい!」

 

 交差点で動かなくなった彼に辿り着いて呼びかけるが、返事はない。その時点で異変だと気付いた彼は腕を取り、その巨体を歩道まで引っ張っていく。

 

 そうして道路を渡りきった瞬間に、その瞬間は訪れた。

 

「…………かいとう、だん……」

 

「なっ?! どうしたんだ、しっかりしろ!」

 

 そのたった数歩と一言で力を使い切ったかのように、その身体がフラリと崩れ落ちる。咄嗟に支えた黒沢は、そんな彼の顔を見た。見てしまった。

 

「これは……?! おい、そこの! 救急車を呼んでくれ! 大至急だ!」

 

 命に関わる事態だと察した黒沢は近くの交番にいた警官へと声を荒げる。

 ――そんな彼の腕に抱かれた男は白目を剥き、薄暗い血の涙を流していた。

 




九月編が纏めての投稿になった原因の七割。
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