私は怪盗団のストーカー   作:棚木 千波

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どうにか形になったので、真相編から再開です。

そしてハチャメチャに面白くてがっつり遊べる原作『ペルソナ5 ザ・ロイヤル』が今ならセール中! やってない人ももうやった人も買おう!(ダイマ)


#40 意思が陰ることはない?

 

 11月に入って一週間と少しが経った頃。

 放課後になって廊下を歩いていた私は、見覚えのある白衣の男性とバッタリ出会(でくわ)していた。

 

「おや、寺崎さん。今日もあのファミレスでバイトかい?」

 

「はい、そんな感じです! 最近は部活の方も行ってるけど、暫くはまた勤労少女になろうかなと」

 

 今日も眼鏡と笑顔がほんのり眩しい丸喜(まるき)先生に、ざっくりとこれからの予定をお知らせする。

 実は丸喜先生もたまーに渋谷のファミレスに来てくれるプチ常連の一人だったりする。あのファミレス、私の知人から特に面識のないコープの人まで偶に来てくれるので割と楽しいんだよね。

 

「うんうん、今日も充実しているようで何よりだ。……そういえば、夏前に言っていた事は今も続けているのかい?」

 

「夏前……あ、それはまぁ、はい」

 

 流れで思い出したとばかりに訊かれたそれが夏休み前に持ちかけた例の話だと思い当たり、私はやや言葉尻を濁らせる。

 そんな分かりやすいリアクションを負い目と見たのか、慌てて取り繕うように丸喜先生が両手を上げた。

 

「おっと、別に抜き打ちテストがしたいわけじゃないんだよ。ただ、僕の任期がもうすぐ終わっちゃうからね。その前にもう一度だけ、話しておきたいと思ったんだ」

 

「そっか、丸喜先生って今月でいなくなっちゃうんですね……。ずっといるモノだと思ってました」

 

 最近は怪盗団関連で色々あったから失念してたけど、そういえば彼が赴任してきてからもうすぐで半年が経とうとしている。あくまで非常勤のカウンセラーとして来ている丸喜先生との別れも、すぐそこにまで迫ってきていたのだった。

 

「僕としても、この学園での仕事は色々と刺激になる出会いが多かった。そして寺崎さんとの出会いもその一つなんだよ。特にあのお土産は、中々忘れられないインパクトがあったからね……」

 

「あの肉ガムは私の想像も超えてたものですから……!」

 

 遠い目になった丸喜先生と思い出すのは、夏に行った八十稲羽(やそいなば)のお土産として買った、とある女性警官お墨付きの一品だ。

 因みに味は興味本位の私と無下には出来ないと覚悟を決めた丸喜先生の顔が揃って歪み、コレをお土産として販売している八十稲羽を憂いた程度のモノだったと記しておく。別のお土産がなければマジで事故になってたかもしれない……。

 

「まぁそれは冗談として。人には色んな悩みがあり、その解決方法も多岐にわたっている。その解決までの手助けをするのが僕の仕事だけど、君は助けがなくとも歩き出せる子だと思って、コレを訊くよ」

 

「な、なんかシリアスな感じだ……」

 

「身構えなくていい。ちょっとした宿題の進捗を尋ねるようなモノと思って、そのままを伝えてくれると嬉しいかな」

 

 そう言って柔らかな笑みを浮かべる丸喜先生の瞳は、しかして真剣そのものだ。その視線と進捗という言葉にドギマギしながらも、言葉の続きを待つしかない私。

 

「以前も言っていた、寺崎さんがやりたくてしている事。その責任を取る方法は、見つかったのかい?」

 

 けれどその中身を聞いてから、言い淀むような事はなかった。

 

「はい、ちゃんと見つけました。だからきっと、大丈夫です」

 

「……そっか。因みにその方法、誰かに話したりは?」

 

「してないです。けど()()()()()()()()って分かってますから、心配しないでください」

 

「一人じゃない、か……。寺崎さんがそう言える位に信用出来る人が傍にいるのなら、僕から言う事はなさそうだね」

 

 夏前とは違って明確になった私の意思が届いたのか、それ以上の問いかけをするつもりはないらしい。

 本当に用件はそれだけだったようで、どこか納得したような顔で去ろうとする丸喜先生。その背中を、私はもう一度だけ呼び止める。

 

「でも丸喜先生! もしあなたの力を借りたくなった時は頼っちゃってもいいですか? 私一人じゃ、出来ない事もきっとあると思うんで!」

 

「……ああ、勿論だよ。僕に出来る事なら遠慮なく言って欲しい。この学園からいなくなってからは時間がかかるかもしれないけど、その時は尽力させてもらうさ」

 

 振り返ってそう応えてくれた丸喜先生の笑みは、やっぱり柔らかなモノだった。

 

 

 ★★★★★

 

 

「……………………あ、く……」

 

 ……頭が痛い。身体が重い。

 ……どうやら、夢を見ていたらしい。

 

「――やぁ、お目覚めかい?」

 

「…………そう、だね、うん。あなたの顔を見て、ちょっと意識が、ハッキリしたよ」

 

 狭くて薄暗い部屋。頼りない照明。

 何やら椅子に座らされている私と机を挟んで向かい合う彼の顔を見て、私は現状を思い出した。

 

 私、寺崎叶は警察に捕まったのだ。

 恐らく、精神暴走事件の犯人として。

 

 ニイジマパレスに潜入した私はクロウ――明智くんと戦闘になり、敗北した。

 その後、現実世界に連行されて警察のお世話になり、すぐ近くにあるビル地下の尋問室へと入れられた。そういう流れだった筈と、他人事のような感覚で再認識した。

 

「……聞いた話では頑なに口を結んで、憮然とした態度を崩さなかったらしいけど。随分と人が変わったみたいだね」

 

「……? ごめん、よく覚えてない。なんか記憶が曖昧というか、今も妙にフワフワしてるし……」

 

 目の前に座るイケメンにして私をここにブチ込んだ張本人――明智くんが何故か不思議そうな目で私を見てくる。けれど言った通りよく思い出せないので、私としても反応に困ってしまっていた。

 

「キミ、今の状況分かってる? ここにはキミの仲間も武器も逃げ場もない。自分がもう詰んでいる事を、理解してないのかい?」

 

「そんな事はない、と思う。ここから私が出来る事なんて、殆どないのは明らかだし」

 

 苛立ちを僅かに顕わにする明智くんから、自分自身へと視線を動かす。

 パレス潜入前に着ていた秀尽学園の制服姿のままだけど、腕や頭部に包帯が巻かれていたので最低限の手当はされているらしい。

 けれど手首には頑丈そうな手錠があり、私の行動を制限する意図が伺えた。同じく捕まっただろうジョーカーもここまではされてなかったと思うので、それだけ私を警戒しているということだろう。そんなに?

 

「この状況で怯えも焦りも見せない。そんな奴は今まででも一握りしかいなかった。それだけ肝の座った大物というよりは、キミの頭がおかしいだけだと思うんだけど」

 

「そ、そこまで言われるのは心外というか、別に怖くないわけな――」

 

 これまでも何度か言われた気もするが、だからと言って素直に受け入れたくもない。そう思って反発しようとして――

 

 『さっさと吐けガキィ!! テメェがやったんだろ?!』『女子供だから手は出されないとでも? 我々も暇じゃなくてね。早く白状してくれると、これ以上手荒くしなくて済むのだが』『おくすりもう一本いっとくか? そんなに若くて小さいんだ、身体は大事にするべきじゃないか?』『この件が明らかになれば、親御さん――いや保護者の方はどう思うかな。素直になったほうが、悲しませる幅も小さくなるんじゃないかい?』

 

 ――思い出してはいけない、何か(悪意)が頭を過ぎった気がした。

 気の所為だ。身体の痛みはパレスで彼から受けたモノ。気にする必要なんてない。ないんですから。

 

「まぁ、こうなると分かった上でなお来たのがキミなんだ。今更だったね」

 

「……そうだね、全部私なりに覚悟して来たつもりだよ。こうでもしないと、この場を作る事は出来なかっただろうし」

 

「この場、ね。こうして彼と同じように捕まり、その脱獄を手助けする為の場かい?」

 

 明智くんがチラリと振り返り、その背後にあるドアを見る。私は部屋の奥側にいる事を抜きにしても、この狭い部屋を出る事は不可能だと言いたいのだろう。

 でも私の意思は違う。ここに来た目的は、それだけじゃない。

 

「ううん。こうして、明智くんと話す場の方だよ。あなただって、私から話を聞く為に来たんでしょ?」

 

「……相変わらずの戯言だね。何もかも分かったような口振りもそうだけど、僕と話す為だって? まさか、その為に捕まったんだと本気で言うつもりかい?」

 

「当たり前でしょ。それ以外にないとは言わないけど、一番の目的は途中からそれだったよ。そうでもしないと、素の明智くんと二人きりで話すなんて無理だったろうし」

 

 こめかみがピクついてきた明智くんに、私は真っ直ぐに言い放つ。ここではなるべく正直に話すと決めていたから、目を逸らさずにしっかりと。

 

「……いいだろう。ならそのお巫山戯(ふざけ)に乗って訊くとしようか。君の識っている全てをね」

 

「うん、分かった。何でも訊いてよ」

 

「……………………何故君は僕たちや怪盗団の事を識っていた。その情報源は何なんだ?」

 

「前世で見知った記憶からだよ。私、転生者なんだ」

 

「殴ってもいいかい?」

 

 いい笑顔で握りこぶしを作る明智くん。

 ちょっとそのフェーズに入るには早すぎると思うんだ。

 

「待って。確かに冗談にしか聞こえないとは思うけど、私は真面目に真剣に答えてるの。それくらい規格外じゃないと、私が全てを識っている事に説明がつかないでしょう?」

 

「その点含めて君の言い分が嘘じゃなさそうだからだよ。そんなクソみたいな種明かしが真実だと言われて、はいそうですかと受け入れる奴は君以上の低脳だからね?」

 

 さらっと凄い罵倒をされた気がするが、私の発言を戯言だと突っぱねる事はギリギリしないらしい。覚悟はしてきたけれど、いざ殴られると思うとちょっと怖いし良かった。

 

「細かい点はこの際いい。君はその前世とやらで、誰が何をするのかの詳細を識ったと?」

 

「大体はそんな感じだよ。この一年間の認知世界を巡る事件について、私はその流れの殆どを識ってる。だから怪盗団のストーカーが出来たってわけなの」

 

「それは同じ(この)世界で二度目の人生を歩んでいる訳ではなく、僕たちの事を知ることが出来る何かがある別の世界から来た。そういう認識で合ってるかい?」

 

「えと、うん。そうだと思う」

 

 やや迂遠な言い方をされたが、間違ってはないと首を縦に振る私。すると妙に理解の早い明智くんが、小さく息を吐く。

 

「……なるほどね。一つ合点がいったよ。それで君は、■■■■を■■■だと思っていたわけか」

 

「えっ?」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で語る明智くんの言葉が、何故か一部聞き取れない。けれど何について言及しているかは分かってしまった為、私はつい聞き返していた。

 

「まさか明智くん、()()()()?」

 

「ああ。随分と前にね。偶々キーワードが当たったから内部を調べたけど、そこには()()()()()()()()。だからどういう訳だと思いつつも放置してたけど、そういう事だったとはね」

 

 今度は私の理解が追いつかなくなる番だった。

 入った? 何もなかった?

 私すら、いや私だからこそ知らない範囲の話に、混乱を隠す事が難しくなる。

 

 だからだろう。

 私は、彼の変化に気付く事が遅れてしまった。

 

「でもあの世界の事はどうでもいい。前世から今に至るまでの君が僕たちの事を■■■として見ていたのなら、君がストーカーになっているのなら、確かめたい事が一つある」

 

「確かめたい、事?」

 

「君から見たこの■■■は、アイツら怪盗団が主役で、僕たちがその敵対者(ヴィラン)となっていた。違うかい?」

 

「…………そう、だね」

 

 違わない。

 これは心の怪盗団の物語。悪い大人の歪んだ心を盗むジュブナイル。それが私から見たこの――この■■■の在り方だ。

 

「なら当然、君はこの戦いの結末を識ってる筈だ。さっき『この一年間』と君が言った以上は、それを識らない筈がない」

 

「…………うん、識ってるよ」

 

「なら答えろよ、寺崎叶。()()()()()()?」

 

 気圧される。潰される。そう錯覚する程の殺気だった。

 握ったままだった拳を机に落とし、問いを投げたまま私を睨みつける。私は、そんな彼の中にあるだろう予想を言葉にしなければならない。

 

 だから震えを抑え込んで、言った。

 

「勝つのは、怪盗団――があっ?!」

 

巫山戯(ふざけ)るな――巫山戯(ふざけ)るなよ!」

 

 椅子を蹴飛ばし、机すら薙ぎ倒す勢いで私の首元を掴み、持ち上げる。手錠付きの腕じゃ抵抗すらままならない。だから私は、怒りに歪めた彼の顔を見下ろすしかない。

 

()が、アイツらに?! あんなゴミ共に負けるだって?! 戯言を――いや、そうじゃない!!」

 

「があ……あっ……!」

 

「お前はそれを、最初から識ってたって言うのか?! 最初から()が負けると分かってた上で、へらへら笑ってたっていうのか!?」

 

「っ……ごほっ、ごほっ……!」

 

 けどすぐに手の力が緩み、解放された私が机に崩れ落ちて咳込む。あの明智くんが思わず手を出してしまう程に、私の行いは許し難い蛮行だったのだろう。

 それを当然だと慮る事すら、火に油を注ぐのと同義だと思いながら。

 

「……面白かったかい? 僕の無駄な足掻きを見るのは。どうせ勝つのに苦悩するアイツらを眺めるのはさぞ楽しかっただろうね。なぁ、ストーカー?」

 

「っ…………」

 

 突き刺さるのが侮蔑の視線だと、見上げる前から声で分かった。怒りと怨嗟を上塗りしたような口ぶりで話す彼と、どうにか目を合わせる。

 

「君のその目……そうだ、その目だ。君の中では何もかもが予定調和で、全てが思い通りになると分かりきった、勝ち誇った驕りの瞳。アイツにもそっくりだ……!」

 

「……全部、思い通りになんて……」

 

「なってるだろう? 君が介入しようと、僕らが何をしようと、君の知る大筋は変わっていない。いや変えていないというべきか。その過程に何があっても、君のような存在には関係がないんだろうさ」

 

 そう吐き捨てる明智くんには、かつてない程の怒りが宿っていた。そんな彼にどんな言葉を返すべきなのか、幾ら考えても定まらない。

 

 きっと彼からすれば、全てが私の掌の上で動いているように感じたのだろう。

 私の知る流れの外に出なければ、それは(自分)の意思で選んだ道だとは言えない。そうでなければ意味がない事が我慢ならないのだろうと、予想がついた。ついてしまった。

 

 それもまた、彼にとっては許し難い事だと私は識っている。識ってしまっていた。

 

「気持ち悪いんだよ、お前()。大して関わりのない相手に、何もかもを知られている人間の心境が分からないのか? いいや、考えもしないからストーカーだなんて名乗っているのか。愚問だったね」

 

「っ…………」

 

「なぁ、なんでお前()は僕たちの前に出てきたんだ。どうして自分は全てを知っているって顔を、僕たちに見せたんだ? 全知全能のカミサマなら、下界からは見えない所で大人しくしていればよかったじゃないか……!」

 

 明智くんは、私の全てを責めていた。

 存在を、行動を、指針を、その全てを非難していた。

 身がすくむ思いだった。目が潤みかけそうだった。

 

 だからこそ、私は目を背けるわけにはいかない。

 震える口調を懸命に抑えて、音を言葉に変えていく。

 

「……それでも、見たかったからだよ」

 

「は?」

 

「前世を思い出して、怪盗団がこれから活躍すると分かって、居ても立ってもいられなくなった。それだけが、私の行動原理だったの」

 

「……それだけだと? アイツらを助けるとか、僕たちの計画を潰すでもなく、その為だけに来たって言うのかい?」

 

 私の動機を、原罪を正直に彼に伝える。

 どれだけ取り繕いたくても、それだけは変わらない。変えられない私の根っこの部分を、惜しげもなく開示する。

 それが火に注がれる油だと、分かっていてもだ。

 

「……もういい、うんざりだ。お前()が理解する必要のない存在なのは十分に分かったさ。これ以上は僕の方がムカつきでどうにかなりそうだからね……!」

 

「…………」

 

 きっと、彼が望むような何もかもを私はしてあげられない。何を言っても、何をしても、きっとその事実が変わる事はない。

 それを裏付けるように、彼は私へとその終わりを突きつけた。

 

「っ……明智、くん」

 

「なんだ、今更怖気づいたのかい? 最初からその顔を見せてくれたなら、僕の溜飲も少しは下がっただろうに」

 

 額に当てられたのは、黒くて冷たい金属製の筒。

 最初から用意していたのだろうその拳銃を用いて、予め決めていたのだろう結末へと誘う彼の行動に、私は息を呑んだ。

 

「……私に訊きたい事はもうないの? この先の事も訊かれると思ってたのに」

 

「気が変わったんだよ。これ以上、君の戯言に振り回されたくはない。彼がまだ諦めていないという事がわかればそれで十分さ」

 

 明智くんは私の識る流れを拒絶した。

 そんなものには頼らず従わず、己の力だけで勝利を掴み取ると、そんな決意表明をしているように感じた。

 

「そっか、なら――私からも、一つだけいい?」

 

「命乞いかい? 全てを識る君がここで退場すると分かって何を言うのかは、ちょっと興味があるね」

 

 彼の指があと少し動けば、その瞬間は訪れる。

 そうなれば、この時間は終わってしまう。痛みと共に私の意識は再び刈り取られ、浮上出来ない闇に落ちるのだと想像がつく。確かにそれはとても、怖いことだ。

 

 でも、それよりも。

 彼とこうして話せる最後の機会が失われてしまう事の方が、今の私には怖かった。

 だって私は、これを伝える為にここに来たんだから。

 

「今まで、ごめんなさい」

 

「……は?」

 

「私の所為でしなくてもいい気苦労をさせた事を、あやまります。迷惑かけて、ごめんなさい」

 

 そう言って、私は頭を下げる。

 まぁ銃口がすぐそこにあったから深くは出来なかったけど、見せられるだけの誠意を掻き集めるようにして、私は彼に謝罪の意を示そうとした。

 

「なんだ、それは……? どうしてここで、そんな言葉が出てくる? それに何の意味がある?!」

 

「悪い事をしたから、謝ろうと思ったの。もうここじゃないと、伝えられないと思ったから」

 

「そうじゃない、何故そんな顔が出来るのかと訊いてるんだ。それは、これから殺される人間が出来る表情じゃないだろう……?!」

 

 心底理解が出来ないと、驚愕の瞳で私を見る明智くん。

 その反応に謝っているのか誤っているのか分からなくなるけれど、私の意思は変わらない。陰る事はない。

 

「死ぬのは嫌だけど、私なりに覚悟はしてきた。これまでやってきた事を振り返って、それを明智くんに伝える。その果てに殺されるとしても、文句は言わないって決めてるんだよ」

 

 推しに殺されるなら本望とか、そっちの方向で狂っているわけでもなく。そうなっても仕方がないという納得の末だった。

 

 これが私の自己満足に過ぎなくて、他の誰も望んでいない事は、あの夏に祈った時から分かっている。

 それでも私はこの場に赴く事を選んだ。こうなる事を受け入れた。そうしてつけられるケジメも、あると思ったからだ。

 

「なら死ね。消えろ。いなくなれ」

 

 ギッと、銃口が私の額とぶつかる。

 その距離がゼロになる。

 でも彼の口角が上がる事はなかった。

 

「『()()()()()()()()()()()()』。二度とその面を、()の前に見せるな……!」

 

「っ――」

 

 圧縮された憎悪と絶縁の言葉と共に、彼の指が動く。

 それが明智吾郎の回答。私という異分子(ストーカー)に叩きつけられた、ある意味で正しい反応。

 

 その拒絶は思っていたよりも焼かれるように痛くて、崩れそうな位に辛くて、涙が出そうな程に悲しくて。だからこそ、甘んじて受け入れるべきもので。

 

 そうして彼の言葉を胸に刻んでから、どくりと胸を打つ鼓動と共に、私は両の手の指を絡めて、握って。

 

「約束、守りたかったな」

 

 最後に、そうつぶや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

 パン、と一度だけ音が響いた。

 少女の頭と命を吹き飛ばしたにしては、軽い音だった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 それを為した側である筈の明智は、銃口を向けたまま肩で息をしていた。初めて人を殺した時のような、嫌な汗すら出ている気がした。

 

「なんだったんだ、一体……」

 

 寺崎叶を殺す事は最初から決まっていた。

 だから最後に真相を聞き出そうと尋問させたが口を割らず、手を下す予定の自分がそのついでに尋ねようとしただけの時間だった。

 

 別に白状しなくても、殺してしまえばそれ以上は何もできない。

 そんな至極当然な考えは、僅かな会話の中で打ち砕かれる事となっていた。

 

「…………」

 

 件の少女は椅子から崩れ落ち、床に倒れた体勢で動く事はない。

 包帯が巻かれたままの頭部から、赤い血だまりが広がっていくばかりだ。

 

 僅かに開いたままの瞳には、何の光も残っていない。

 その命が失われている事は、傍から見ても明白だった。

 

「……どうやら、本当に死んだみたいだな」

 

 それでも信用しきれなかった明智は、拳銃の先につけた消音機(サプレッサー)で少女の身体を軽く小突いて反応を見る。

 しかし暫く観察した末に狸寝入りしているようにも見えなかった為、一応の納得をする事にした。

 

 本音を言えばもう二、三発ぶち込んでおきたかったが、最終的に『怪盗団のリーダーによる一方的な道連れ』というカバーストーリーにする都合上、これ以上の発砲は出来なかった。

 

「でも不可解だ。これじゃあ本当にわざわざ殺されに来ただけになる……いや、もういい」

 

 だからこそ残る不信感を、首を振って振り払う。

 そうやって思考リソースを割かれる事こそ彼が嫌った事態だったからだ。

 

 これで寺崎叶の処理は完了した。そう無理やり結論付けて、次の予定へと動くべく踵を返した。

 

「この世界の人間だと言うのなら、そのまま大人しく死んでいろ」

 

 最後に一度だけ振り向いてから、ドアの動く音が二度響く。

 そうして狭い尋問室には、とある少女の死体だけが残されたのだった。

 

 

 

 

 

「――明智君!? なんでここに……?」

 

「何故、驚いているんです?」

 

 そうして部屋を出て間もなく、廊下でばったり会ったのはエレベーターに向かおうとしていた新島冴検事だった。

 どうしてこの地下に明智吾郎がいるのかと目を見張る彼女だが、彼も自分と同じように尋問室に用があったのだとすぐに気付いた。それが誰のいる尋問室だったのかを含めてだ。

 

「そう、もう一人を尋問していたのはアナタだったのね。じゃあ次は、彼の番という事かしら?」

 

「話が早くて助かります。なら入れ替えをと言いたい所ですが、彼女の方はもう気力と体力が限界なようです。また日を改めて貰えますか?」

 

「……そう。出来れば彼女からも話を聞きたかったのだけど、仕方ないわね」

 

 明智吾郎が寺崎叶を取り調べている裏で、新島冴は雨宮蓮の取り調べを行っていた。

 しかしこれ以上は手打ちだと告げられて、冴は残念そうに目を伏せた。

 

「なら、コレが必要かしら?」

 

「彼のスマホ、ですか。いえ、僕は怪盗団と行動を共にしていましたから。必要は……」

 

 その代わりにと言って彼女が取り出したのは、明智も見覚えのあるカバーがつけられたスマホだ。

 しかしこれからするのは取り調べではなくただのゴミ処理だ。だから要らないと突っぱねようとして、一瞬言葉に詰まった。

 

「……いや、聞きたい事を思い出しました。ありがとうございます、貰っていきますね」

 

「ええ、どうぞ。それじゃあね」

 

 一転した態度を見せる明智に、冴は一切の淀みなくスマホを手渡す。

 それ以上の用はないとばかりに別れを告げて、冴はやってきたエレベーターへと乗っていった。

 

「……アイツは死んでも、まだ策は生きている可能性がある。ならまだ気を抜くわけにはいかないか」

 

 再び一人になった明智が視線を落としたのは、たった今受け取ったばかりの蓮のスマホだ。

 このタイミングでもたらされたこのブツが、無関係だとは今の彼には思えなかったのだ。

 側面のボタンを押せば、電源切れが近いのか妙に暗い画面が立ち上がったのが分かった。

 

「ロックはかかったままで、妙な所はない――いや、電波が繋がっていない? どうして、いやまさか……!」

 

 本人でないと易々と解除できない事は彼にも分かっていた。けれどそれ以外に違和感を覚えた明智は、その正体に勘付いて自分のスマホを取り出した。

 そちらもやはり圏外の表示が出ていたが、それはおかしい事だった。地下とはいえ都心のど真ん中でそんな事は起こりえない。それでもこの現象が起こるとすれば、可能性は――

 

()()()()()()、まさか遠隔操作されたのか?」

 

 自身のスマホでナビが使えない事を確認した明智が、()()()()()()()()()()()()()()()にシンプルな驚愕を示す。

 流石の彼も動揺するが、それも僅かな間だけだ。元来の聡明さが戻るにつれて、段々とその手法の解明へと思考が動いていく。

 

「タイミングは恐らくスマホを見せられた時。ならあの女もグルか……!?」

 

 イセカイナビの細かい設定が見られるのは使用者のスマホだけ。スマホのロックが解除できない以上は断定出来ないが、現状考えられるのはそれしかなかった。

 そして、そこまでして何故自分を認知世界に誘ったのか。そのホワイダニットにも彼は手が届きかけていた。

 

「その理由は、()を認知世界を使って騙す為。それがアイツらの策ってわけか……!」

 

 憶測の域を出ない以上、策の全貌を見通す事は彼にも出来ない。

 けれどそこまで至った為に、どうすれば策を破れるかには彼は気付いていた。

 

「……なら話は簡単か。あそこから僕が現実世界に戻ればいいだけの話だ」

 

 ようやく落ち着きを取り戻した様子で、彼は数歩の歩みを進める。

 立ち止まったのはつい先ほど、新島冴と話した地点だ。そこがナビの使った地点だとするなら、それだけで現実世界へと帰還出来ると睨んだからだ。

 

「…………ふっ」

 

 そうして移動してから自身のスマホを見ると、通信状態が圏外から回復している。

 イセカイナビの使用も解禁されている事から、明智は現実世界への帰還を確信した。

 

「なるほどね、コレが君の言っていた策というわけか。確かにここまでされたら僕も騙されていたかもしれないね。けど――」

 

 そう言って更に戻った明智が開けたのは、最初に入った尋問室のドアだ。

 

 その中で依然として息絶えたままの少女へと、彼はようやく口角を上げて言った。

 

「これで僕の勝ちだ。君も、怪盗団も、これで終わりさ」

 

 それはもう一人のトリックスターによる、強かな勝利宣言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

 世間を騒がした犯罪者集団『心の怪盗団』、そのメンバー二人が捕まったと報道された翌日。

 再び世間を騒がせる速報が、マスメディアによって拡散された。

 

『容疑者二人、拘置所内で死亡』

 

 容疑者二人が年若い少年少女だった時点で話題を呼んでいたが、その翌日に死亡したというニュースは更なる混乱を世間に与えていた。

 

 続報によると、リーダーと思しき少年が銃を奪って見張りの警官を殺害。続けて仲間である筈の少女の命を奪った末に自殺を図ったと語られていた。

 もう一人の仲間の命まで奪った事に関しては最早これまでと悟ったリーダーによる犯行の詳細の隠ぺいとも、道連れを求めたが故の裏切りとも、はたまた仲間以上の関係だったからだと揶揄する声すらあった。

 

 しかしその辺りはただの話の肴でしかなく、ただ怪盗団の二人が死亡したというニュースだけが大々的に広められた。

 

 その知らせにとある者は驚き、とある者は目を伏せ、とある者は歯噛みして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………なん、てね」

 

 ――とある者は、そう呟いた。

 




途中のアレを読みたい方はご自由に~。

閲覧、感想、評価など誠にありがとうございます!!
この辺りは原作からして複雑なので、ご容赦頂ければ幸いです。
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