私は怪盗団のストーカー   作:棚木 千波

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P5X×P3Rコラボ、ヘブバン×P5Rコラボ始まりましたね。
この調子でP4Rの情報もお願いします。

それはそれとしてこっちはシドウパレス編、開幕です!


#45 このままでは終われない

 

 都内某所。とある高級ホテルの最上階にある執務室にて、二人の男が顔を合わせていた。

 

「――今回の件、ご苦労だったな」

 

「いえ、あなたの邪魔をする不届き者を処理しただけですから。大した手間ではありませんでしたよ」

 

 椅子に座ったまま労いの言葉をかけた剃髪の男――獅童(しどう)正義(まさよし)に対して、明智は何でもないとばかりに返した。

 しかしそんな態度など気にならない程には、今の獅童は胸のすくような心持ちだった。

 

「そう言うな。ずっと目障りだった怪盗団や桐条の連中を纏めて片付けられたんだ。総理の椅子を前にして、かかずらう暇などないのだからな」

 

「確かに最大の障害だったあの二人は排除しました。しかしそれ以外の連中はまだ残っています。気を抜くには早すぎるでしょう」

 

「それは否定しないが、私にはお前がいるからな。既に残党どもを始末する算段もつけているのだろう?」

 

「ええ、それは勿論」

 

 不敵な笑みを浮かべる明智に、獅童もまた同じ表情を作って頷く。そもそもこの状況を描いた一人でもある為に、その反応は当然なのだが。

 

「残った怪盗団の連中をシャドウワーカーに追わせています。馬鹿正直に捕えてきたらそれで良し、無能を晒せばそれだけこちらの付け入る隙が増えるだけ。どちらに転んでも僕たちに損はないでしょう」

 

「ふむ、ならむしろ怪盗団の残党はもう暫く生かしておく方がいいか? 折角拾った桐条の私設部隊、その旨味はなるべく戴いておきたい」

 

 値切り交渉でもしているような口調の獅童にとって、シャドウワーカーは振って湧いた黄金の果実に等しいモノだ。多少の棘はあっても、客船の上で(すす)るには丁度いい位の認識だった。

 

「彼らも今の立場を失いたいわけではないでしょうから、すぐに従順になりますよ。もっとも、怪盗団と同じようにいずれは消えてもらいますが」

 

「なら引き続きそちらは任せる。最後に立っているのは私とお前だけでいい事を、存分に示してやるといい」

 

「分かりました。連中は一人残らず僕たちの養分としてあげますよ。邪魔をしてくれた罰としては、十分過ぎるでしょうし」

 

「それが果たされた暁にはお前にも褒美を取らねばならないが……そう言えば、特捜部長の事を覚えているか?」

 

「まだ忘れていませんが、何故急に彼の事を?」

 

 そうして意気揚々と話していた所に、明智が予想もしていなかった人物の名が出てきた。

 もういない筈の彼がどうしたのかと首を傾げると、獅童は少しだけ気掛かりな様子で訳を話した。

 

「奴の働きにも免じて、私直々にその後釜を決めてやろうと思っていたんだが、その話をまだ聞かなくてな。何か知っているか?」

 

「いいえ、僕の耳にも何も届いていませんが……怪盗団の事でもたついているだけじゃないですか?」

 

「ふむ、まぁそうだろうな……。アイツの捏造にすら気付かない無能な連中だ。いっそ私が刷新してやった方が世の為か?」

 

「まさか、あなたがそこまでやるつもりですか?」

 

「勿論冗談だ。だが、恩には報いてやらねばならんだろう?」

 

 呆れた様子で尋ねる明智に、獅童もまた小さく笑ってみせた。真剣さなど欠片もないやり取りだったが、僅かにそれを取り戻した瞳で彼は問いかけた。

 

「そしてそれはお前にも言える事だが、何か欲しいモノはないのか? ここまで来られたのはお前の働きが大きいからな。大抵の願いは()()()やろう」

 

「……今回の事件で僕の名はヒーローとして世界に広まりましたから、今はそれで十分です。あとは出しゃばらずに学業にでも励みますよ」

 

「お前くらいの歳じゃ、そう生臭い事は思いつかんか」

 

 仕方がないかと笑う獅童に背を向けて、明智は執務室を出るべく歩き出す。

 最後の標的である彼とのやり取りで、その油断も確認出来た。ならばもう用はないという判断だった。

 

 

 

「……あと少しだ。あと少しで、僕の悲願が果たされる」

 

 廊下に出て、歩みを早めながらそう呟く。

 怪盗団もシャドウワーカーも動けない。不穏分子は他にもいるが、負けはしないという自負が彼にはあった。

 

 そして最大の懸念材料だったあの二人はこの手で消した。故に選挙が終われば晴れて獅童は総理となり、それと同時に明智の復讐も成就するだろう。

 その筈、だったのに。

 

「……この胸騒ぎはなんだ? アイツらは死んで、()が勝ったんじゃないのか? どうして、こんな……」

 

 彼の表情は優れないままだった。

 詰まるような胸の感覚が、明智からその余裕を奪っていた。

 

「僕はまだアイツの識る流れの中にいるのか? いやそんな筈はない。そんな巫山戯た考えをしなくていいように、僕はアイツを殺したんだぞ……!」

 

 その正体不明な感覚をずっと感じていたからこそ、その原因として浮かんだあの少女。

 けれどその少女は死んで、彼女から始まっただろう策も見破った。なのにどうして、この悪寒がやまないのか。

 

『――まだ、ゲームは終わっていない』

 

 そんな声が、内から聞こえるようだったからこそ。

 

「……まさかな」

 

 彼もまた、動き出す事を始めるのだった。

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

 数日後、とある豪華客船にて。

 多くの人間が仮面をつけて勝ち誇った笑みを浮かべる中、彼らもまた一つの勝利を手にしていた。

 

「――やった、これで紹介状も四枚目だね!」

 

 場所は船の中でも侵入が難しい客室の中。そこで喜ぶノワールがその指に挟んだカードを見せると、他の怪盗団もその表情を緩めた。

 

「政治家、旧華族、TV局の社長と続いてIT企業役員と来たが、どうにかなったな」

 

「オマエら、喜ぶのはいいがまだ一枚残ってるんだ。油断はするなよ?」

 

「けど、この船もかなり探索が進んできたぜ? 残りもこの調子でいけんだろ!」

 

 悪くないペースだと自身有りげなスカルはまだまだ余裕そうであり、それは他のメンバーにしても同様だ。消耗がないとは言わないが、それ以上に高い志気を保っている。

 

 その発端は、このシドウパレスに潜入するまでの経緯にあった。

 

「確かに思ったより順調なペースだよね。これならシャドウワーカーの言ってた期間には十分間に合いそうだし」

 

「まぁこんな奴の改心は一日でも早い方がいいしな。いや、無理は勿論しないけど」

 

 パンサーの所感にナビも同意する程に、今の怪盗団は絶好調だ。それはシャドウワーカーや他の協力者との同盟関係が結ばれた日から始まっている。

 

 獅童を改心させる事を決めた怪盗団は、その翌日から早速行動を開始した。彼の歪んだ認知が国会議事堂にあると分かり、そのパレスに入る為のキーワードを探す事になったのだが、それも大した時間はかからなかったのだ。

 

『釈迦に説法だとは思いますけど、その人の事を知りたいなら実際に会いに行ってみませんか?』

 

 国会議事堂前に集まっていた怪盗団の様子を見に来た乾の提案で、偶々選挙カーで近くに来ていた獅童本人と顔を合わせる事に成功していた。そうして生の声を聞いた蓮が、獅童こそは前歴を負わせた因縁の相手である事を思い出し、その時の言葉から彼のパレスのキーワードを特定する事が出来た。

 

 そうして日を置かずに始まったシドウパレスの探索。

 前回のニイジマパレスでの戦いで各々掴んだモノがあったのか、立ちはだかるシャドウやギミックを難なく突破して見せていた。

 

 故にこそ、ジョーカーは今後の方針を決めるのに迷う事はなかった。

 

「よし、今日はここまでだ。現実世界に帰還しよう」

 

「余力がある内に引き上げるのね? 万全を期すなら、それもいいと思うわ」

 

「まだまだ行けるって思ってたけど、だからこそって事?」

 

「ああ、そうだ。色んな人達の力を借りている以上、俺たちは失敗出来ない。それに恐らくルートが確保出来れば、そのまま予告状を出しての決戦になる。それまでに疲労を溜めすぎるのは得策じゃない」

 

 クイーンやノワールの確認に頷くジョーカーも、本音を言えばまだやれた。それこそ一日でルート確保まで行く事も不可能ではなかっただろう。

 

 しかし彼は自力でその先の流れにも辿り着いていた。因縁の相手との決着は近く、それ故に不測の事態が起こるとも限らない。だからこそ四つ目の紹介状を獲得した今のタイミングこそ一度退くのに相応しいと判断したのだった。

 

「なら、シャドウワーカーに渡す情報の方も纏めておくとするか。フォックス、似顔絵は完成したか?」

 

「いや、もう少し待て。クロッキーとは言え顎のラインとバランスにまだ納得が……!」

 

「いやもう十分だろ! これだけのクオリティならあの人らも分かるって!」

 

 フォックスが懐から取り出していた小さめのスケッチブックには、これまでに怪盗団が対峙してきたVIPの似顔絵が描かれている。彼らの名前と顔の情報こそが、シャドウワーカーからの依頼だった。

 

『獅童正義の認知世界に行くのなら、彼と黒い繋がりがある人物の名前を調べて欲しいそうです』

 

 乾を経由して届けられたその依頼は、今や共通の敵となった獅童を更に追い詰める為の策だった。

 ただしそれはあくまで手掛かりとしての情報であり、実際に罪を実証する所まで行けるかどうかは、現実での捜査次第だそうだ。

 なので名前だけでなく簡単な似顔絵もつけようと言い出したフォックスが腕を振るった結果がコレである。

 閑話休題。

 

「でもコレが効力を発揮するには、私たちが獅童の心を盗まないといけないんだよね」

 

「ああ。アイツが罪を自白して初めて、あの取引相手たちとの繋がりが認められる筈だ。だがワガハイたちはその為だけにやるんじゃない。これがワガハイ達の信じる正義の行いだからこそってのを忘れるなよ?」

 

 釘を刺すモナにとっても、今の状況は予想だにしなかったモノだ。

 自分たちを取り巻く環境は大きく変化し、怪盗団だけでない多くの人間が正しい事の為に動いている。

 その主導権を握りたいわけではないが、誰かの手先になる事は御免被ると、自分たちの意思で戦っている事を明らかにする為の発言だった。

 

「勿論! 順調なのはいいけど、ちゃんと私たちの手で勝たなきゃね。じゃあ一旦戻ろっか!」

 

 パンサーもその意思を新たにした所で、パレスの入口に戻るべく動き始める怪盗団。その先頭を務めるジョーカーが、少しだけその口元を開いた。

 

「順調だからこそ、か……」

 

「何かあった? ジョーカー」

 

「いや、何でもない。では入口まで、一気に駆け抜けるとしよう」

 

 ここまでが、まるで川の流れに乗っているかのように順調な事。しかしそれに異を唱えるには直感的過ぎると思ったから、彼が何かを言うことはなかった。

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

 奇しくもあの尋問室前の廊下と同じで、その綻びに気付けば後は早かった。

 

「どこにも情報がない……だと……?」

 

 明智が調べているのは、とある報告のソースだ。

 先日倒れたばかりの特捜部長。異世界越しに手を下した張本人として、これまでと同じように心臓麻痺になっているものと疑いを抱いてはいなかった。

 

 しかし獅童からの懸念を受けて確認してみれば、そうではないかもしれないと僅かに焦り出す彼の姿がそこにはあった。

 

 彼が倒れた事。意識不明の重体として搬送された事。

 確認出来るのはそこまでで、その先に関する情報が不自然な程に出てこない。死亡して管轄が変わった所為ならそれでいいが、そんな簡単な話じゃないと彼の直感も言っていた。

 

「……いや、特捜部長だけじゃない。僕がこれまでにやった連中、その殆どが死んでいない……?!」

 

 更に嫌な予感がした彼は、続けてニュースや警察組織内のアーカイブをスマホで探り、指でスクロールを繰り返す。

 

 しかしと言うか、やはりと言うか。

 その殆どに、『死亡』という文字がない。

 

 これまでの精神暴走事件を起こしてきた身として、そんな異常はあり得ないと断言できる。だからこれが誰の差し金かにもすぐに気が付いてしまった。

 

「こんな事が出来るのはシャドウワーカー(あの連中)しかいな……いや、まさかコレもアイツの……?」

 

 まず間違いなくシャドウワーカーが関わっていると決めつけた上で、事前に被害を抑えようとしないやり方に覚えがあると思い出してしまった。

 それは狙われると分かった上でギリギリまで防ごうとはしなかった、あの少女と同じではないのか?

 

 ならあの少女は、彼女の策はまだ死んでいない?

 

「っ……! いや、それは後回しだ。まずは舐めた真似しやがった桐条の連中から――っ!?」

 

 焦りと悪寒でぬるりとした手で取り出したスマホが、狙ったかのようなタイミングでバイブする。

 問い詰めようとした矢先に水を浴びせられたような心持ちで、彼はその受話器ボタンをタップした。

 

「……僕です。どうされました?」

 

『ちょっとした仕事の依頼がしたくてな。これまで特に役立ってくれたアイツらの処分を頼みたい』

 

「彼らを、ですか? 確かにいずれは消す予定でしたが、急に何故?」

 

『そのいずれがやって来たに過ぎんよ。総理就任前に、目につくゴミは処理しておきたいからな。手筈はいつも通りお前に任せる。やってくれるな?』

 

「……分かりました。片付けておきます」

 

 明智の返事に満足した獅童が通話を切り、スマホの画面が暗転する。そこへ苛立ちに歪んだ顔を映した少年が、ミシミシとスマホを握った手に力を入れていた。

 

獅童(アイツ)の急な心変わり、間違いない。まだあの連中は生きている……!」

 

 少なくとも現実世界と異世界の両方で暗躍している輩がいると、明智はこの時点で断定する。

 どちらも自分たちを害する為の工作であり、誰がやっているにしても放置は出来ない。そう認識した明智がまずした事は、ほぼクロ確と言っていい連中に釘を刺す事だった。

 

『――直接連絡してくるとは珍しいですね。どうかしましたか?』

 

「……いけしゃあしゃあと言いますね。このゲスが……!」

 

 ワンコールしてすぐに通話を繋げてきた相手――桐条美鶴に対して、明智は苛立ちを隠す事なく悪態をつく。

 しかし美鶴はそれを受けてなお、おどけてみせる余裕があった。

 

『いきなりかけてきたと思ったら随分な物言いだ。私どもに何か不手際でも?』

 

(とぼ)けなくていい。あなた達が事件の被害者を保護している事は既に分かっている。そしてそれは彼らを犯行の証人にする為なんだろう?」

 

 明智が言っているのは奥村社長が倒れてから頻発した事件の被害者たちの事だ。怪盗団の仕業に見せかけられるこの期間の内に、黒幕にとって邪魔な存在を粗方一掃するべく明智も動いていた。

 

 勿論異世界越しである為に犯行の証明は出来ないだろう。しかしその被害者の中には敵対関係にあるから消した人間だけでなく、尻尾切りした元身内の人間も含まれている。

 特に奥村社長や特捜部長が生きて保護されていた場合、誰と繋がりがあったが為に消されたかを漏らす可能性があった。そして一度消されかけた彼らが律儀にその口に戸を立てるとは考えられない。

 

 つまりシャドウワーカーがやっている事は、黒幕陣営に対する明確な利敵行為に他ならないのだ。

 

「まさか自分たちの立場をここまで理解出来ていないとは思いませんでしたよ。上の方針に逆らえばどうなるか、教えた方がよろしいですか?」

 

『生憎とそのつもりがないので、教えていただけると助かります。それで、あなた達が望む所はどこにあると?』

 

「今すぐ保護した彼らの場所を教えろ。あとその調子じゃ他の連中とも繋がっているな? ならソイツらとの関係も破棄し、僕らに楯突く奴らを片っ端から捕縛しろ。これは命令だ……!」

 

 断る事など許さないとばかりの剣幕で、明智は全ての企みを暴露するように捲し立てる。

 所詮シャドウワーカーは警察に属する一組織だ。特捜部長がいない今、黒幕と直接の繋がりのある明智こそが上司と言っても過言ではない。故に勅令とでも言うべきコレに背けば、まず間違いなくシャドウワーカーは処罰の対象となるだろう。

 

 

『――明智探偵。あまり我々を舐めないでもらおうか』

 

「なに?」

 

 けれどそれは、美鶴を動かす言葉としてはあまりに軽いモノだった。

 

 

『舐めているのはどちらだと言っている。我々にはシャドウ事案を担当するにあたって、ある程度独立した捜査権が認められている。そして今回の事件の被害者の保護は、その範囲内に当たると判断した。故にその要請には従えない』

 

「従えないだと? そちらこそ何を言っている?! そんなに首を切られたいのか……!?」

 

『我々としてはそのつもりはないが、そうなったとしても意思を変える気はない。()()は我々が保護する。処罰するのであれば、正規の手順に則った上で来るといい。その覚悟は既に出来ている』

 

「なっ?!」

 

 敵でありながら、美鶴の正気を疑う程に明智は驚愕していた。

 コレは飼い殺そうと思っていた犬が、絞まる首輪をものともせずに噛み付いてきた事態と同義だ。それこそドラマの中でしか見ないような捨て身の姿勢に、明智の脳が理解を拒みかける。

 それでも無理矢理回した思考によって、美鶴の態度がやけっぱちではない事、すなわち何か勝算がある上で言っているという推理に辿り着いた。

 

「……まさか、それまでにアイツを改心させる気か?! アイツが罪を自白するどさくさで、この状況をひっくり返すとでも……!」

 

『それが何の話かは分かりませんが、こちらの捜査もかなり進んでいます。怪盗団の残党を捕まえる事の優先順位が下がったわけではないですが、あと数日以内には結果が見せられるかと』

 

 その白々しい言い方に、明智は自身の考えが間違っていない事を直感する。

 シャドウワーカーや他の連中が狙っているのは獅童正義の改心。そしてシャドウワーカーのメンバーが実質的な監視下に置かれている中、それでも動ける連中と言えば、彼には一つしか思い当たらなかった。

 

「怪盗団……いや、アイツらが彼抜きで動ける筈はない。なら、まさか……!」

 

 そこまで考えが至れば、何処かの前提が間違っている事にも彼は気付く。

 しかし混乱と驚愕の坩堝で真実に辿り着きかけた彼へと水を差すように、美鶴が言葉を発した。

 

『――私としましては、あなたにもご協力いただきたい所ですがね』

 

「……協力、だと?」

 

『今回の精神暴走事件を()()()解決する為には明智探偵、あなたの証言も必要になってくるだろうという現時点での見解からですよ。あなたの狙い(考え)が何処にあるのかは分かりませんが、その余地はないのですか?』

 

「…………」

 

 その発言は、混沌を極めつつある明智の思考を漂白するという役目は十全に果たしていた。

 ただしそれも一瞬の事。正しくその言葉の裏を読み取り終えた明智が抱いたのは――

 

「――まさか、もう勝ったつもりでいるのか? 粋がるのも大概にしろよ……!」

 

 驕っているようにしか思えなかったシャドウワーカーのリーダーに、そして策を破ったと油断してこの状況を招いてしまった己に対する、憤怒だった。

 

「一本取られた事は認めよう。だがまだ取り返せる! ここからお前たち全員の首を取ればな!」

 

 荒れた様子で答える明智の方針も間違ってはいない。

 シャドウワーカーを完全に叩き出し、シドウパレスに潜入しているだろう連中を一網打尽にすれば、再び形勢は逆転するだろう。それが逆転の目としてはかなりか細い線である事くらい、本人も分かっている。

 それでもたった一人でやろうとしている少年へ、美鶴は確かめるように言った。

 

『つまり、退く気はないと?』

 

「愚問だよ。僕たちの――いや俺の計画は誰にも邪魔させはしない! まずはアンタ達シャドウワーカーだ。あの女の口車に乗せられなければ気付きもしなかった能天気な連中が、いい気になるなよ……!」

 

 もう容赦はしないとばかりに、明智が自身の所感を罵詈雑言としてぶつける。

 証拠なんてないただの直感だが、シャドウワーカーが急に動いた理由なんてそれ位しか思いつかない。だから返ってくるのは否定か強がりかのどちらかだと思っていた。

 

 

『……そうあれたら、どんなに楽だっただろうな』

 

「あ?」

 

 

 けれど通話越しに聞こえてきたのは、そんな自嘲の籠もった呟きだった。

 

『君の言う通りだ。彼女がいなければ私たちはこの事件に関わる事すら出来なかっただろう。しかしこうして事件の末席を汚す身となった以上、やるべき事はやらせてもらうぞ』

 

「それがあの女の言いなりになる事だと? 随分と従順な態度を見せるんだな。そんなに先を知れたのが良かったのか?」

 

『我々が先を知っていたとして、彼女がああなる事を良しとしたと思うのか?』

 

 返す刀として出てきた問いかけに、明智の眉がピクリと動く。その中身から、彼にとってある種の希望となり得る情報が推察出来たからだ。

 

『彼女は我々にとってもイレギュラーだが、そんな彼女がああまでしたんだ。なら我々も相応に身を張るのが道理だろう?』

 

「利用されているだけの身を張ってどうすると……!」

 

『元より我々は影で動く者(シャドウワーカー)だ。真にこの事件を解決する者たちの為ならば、この程度の逆境くらい幾らでも抗ってやるまでさ』

 

「っ……!」

 

 言葉もないとはこの事だった。

 既に徹底抗戦の構えを取っている彼らに降伏の文字はない。完全に息の根が止まるまで戦い続けると言うのなら、明智としてもやる事はとてもシンプルだ。

 

「ならお望み通り潰してやるよ。お前ら含めた全てな……!」

 

『であればその全てに立ち向かうだけだ。諦めない事には、慣れているからな』

 

 互いに火蓋を切るように、その通話は打ち切られた。

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

「想定よりもかなり早いが、やるべき事は変わらないか」

 

 明智からの通話が切られた後。

 車で移動中だった美鶴は、やや影の差した表情で顎に手を当てる。そのまま深く座り込んで考えるのは、今後の動き方についてだ。

 

 ああして明智に啖呵を切ったものの、現状が危ういモノである事に変わりはない。捜査方針や彼らの保護理由を正当化し、上手にその権利を主張しなければ、今のシャドウワーカーの立場ごと全てを奪われるだろう。

 

 そうなれば事件解決への一歩が遠ざかる。怪盗団や八十稲羽の面々が奮闘している影で、そんな失態を演じるわけにはいかなかった。

 

「まさに裏方というわけだが、負けるわけにはいかない。こうなったのも恐らく、彼らの尽力の賜物なのだろうしな」

 

 本来なら一週間から十日は取れると見ていた所から、その半分の日数で彼に気付かれたのは何故か。それは怪盗団が獅童の認知世界の攻略を順調に進めているからだと美鶴は認識していた。

 

 自白まではいかずとも、既に明智が違和感に気付くレベルで獅童の心の奥底にまで潜入出来ている。だからこそ彼に気付かれたとしてもあと数日、十二月の頭には決着がつくという予感があったのだ。

 

「彼の説得は叶わなかったが、諦めるにはまだ早い。三島君を通じて彼らに伝えれば、まだ道はある筈だ」

 

 通話を終えた明智が次にする事と言えば、今頃認知世界にいるだろう怪盗団の排除以外にない。彼らが負けるとは思わないが、それが手をこまねいていい理由にはならないだろう。

 

 ナビを持つあの少年に連絡すれば、情報伝達なり助太刀なりが出来る。そうすれば、聞く限りではただの凶悪犯とも言えないかもしれない彼を救う事だって出来るかもしれない。

 

 少なくとも、あの少女のような事はもう二度と――

 

「ん? 着信……それも白鐘君からだと?」

 

 そんな決意と共に通話を掛けようとした所で、またも着信する側になってしまった美鶴。しかもその相手の名を見て、訝しむ事を抑えられなかった。

 

 シャドウワーカーが自由に動けなくなってから、事件の捜査をしてもらっているのが直斗とその仲間達だ。なので連絡が来る事自体はおかしくないが、タイミングからして嫌な予感がしてならなかった。

 

「私だ。何かあったのか?」

 

『――急な連絡ですみません。緊急事態だったので』

 

 スマホに耳を当てて聞いたのは、知り合ってからそれなりに経つ探偵の声だ。

 しかしやや早口だった為に、ただの報告ではないと察する事が出来てしまった。

 

「明智吾郎が此方の動きに気付いた。そちらは?」

 

『! やはり、このタイミングは……いえ、報告が先ですね』

 

 美鶴の話した情報に反応するが、思考に沈む前に直斗が用件を口にする。

 

 

『病院からの連絡です。――彼女が失踪して、行方不明になりました』

 

「なんだと?」

 

 

 端的に告げられたその情報に、美鶴はただ目を見開くしかなかった。





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