私は怪盗団のストーカー   作:棚木 千波

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この辺りから筆が乗ってきました。


#47 あなたは何にも許されない・表

 

「よし、今日はここまでにしておこう」

 

「はい、ありがとうございました!」

 

 十一月も終わりに近付いた日の放課後。

 メメントスにて今日も今日とて戦闘訓練をしていた三島が、教官役を務める悠に頭を下げる。

 それをやんわりと窘めながら、悠は刀を鞘に納めていた。

 

「かなり立ち回りが上手くなってきたな。銃や魔法の狙いどころも悪くない。このまま間合いの保ち方を極めれば、一人でもシャドウ相手に戦えるようになる筈だ」

 

「でも、鳴上さん相手には一本取れる気がしないんですけど」

 

「一応は指導役だからな。そうなったら免許皆伝という事にしておこう」

 

「先は長いってことですか……」

 

 ペルソナ無しの刀一本で銃撃と魔法の両方を捌ききる悠に勝てるビジョンは全く浮かばない。

 けれど三島はそこまでの時間もなければ強さに固執しているわけでもない。だから一つ認められるだけでも前進しているのだと、そう思う事にした。

 

「だが彼ら、怪盗団ももうすぐ予告状を出すはずだ。俺たちと違って三島は関係者としてマークされているかもしれない。警戒はしておいてくれ」

 

「分かりました。じゃあまた、時間があったらお願いします」

 

 最後にそう釘を刺された上で、今日は解散となった。

 現実世界の渋谷へと帰還してから悠と別れ、コンビニでも行こうかと交差点で一人悩む三島。

 

「やっぱり目と頭が疲れてるし、どうするかな……ん?」

 

 その頭上にあるモニターから、何やら男が厳かな口調でうるさく喋っているのが聞こえてきた。

 見上げた先に映っていたのは、まさしく怪盗団が狙っている黒幕こと獅童正義だった。

 

『――希望溢れる未来へ、共に船出しようではありませんか!』

 

「……もうすぐ、雨宮たちがアイツの心を盗みに行く。改心させたら白鐘さんやシャドウワーカーも動き出すし、それで獅童の件は決着がつく筈だ」

 

 初日は来てくれた直斗が最近は姿を見せないのは、本来の探偵業が忙しくなっている為らしい。

 怪盗団の改心後に逮捕するための準備もしているそうで、これだけ専門家が揃っているのだからまず大丈夫だろうと三島は認識していた。そこで自分が出来る事も殆どなさそうだから、それはいい。

 

「問題はその後に起こる何かだ。もっと話を聞いとけばよかったんだけど、それも今は出来ないからな……」

 

 今の三島が備えているもの、それはあの少女が言っていた最後の存在だ。

 怪盗団が最後に対峙する存在であり、その仄めかしだけで美鶴の表情が変わるほどの脅威だと聞いている。けれどその詳細を識っている少女は今も意識が戻っていない。

 

 だから三島は今日も自分に出来る事をするしかない。それが最善だと信じての行動だった。

 

「ん? 通知が来た……って、え?」

 

 そんな心持で日々を過ごしていた三島は、新しくなったスマホがブルリと震えたのを感じた。

 誰かからメッセージでも来たのかと思って、視線を落とした目が丸くなる。

 すぐすまスマホを耳に当てると、未だに背筋の伸びる思いがする声が響いてきた。

 

『――繋がったか。すまないが三島君、緊急事態だ』

 

「桐条さん? 緊急事態って、一体何が――」

 

『寺崎君が目覚めて、病院からいなくなった。捜索を手伝って欲しい』

 

「……は!? 目覚めたって、アイツ重傷だったんじゃ?! なのにいなくなったんですか!?」

 

 唐突に美鶴から来た着信、そしてその内容に外目を気にする事なく驚愕する三島。

 しかしそれは、連絡してきた美鶴としても同じだったらしい。

 

『私たちとしても何が起こっているのかは分からない。だがつい先程、怪盗団や実行犯の彼の方にも動きがあったらしい。それを何かしらの方法で察知したという可能性がある』

 

「……それ、本当に人間技じゃない気がするんですけど」

 

『あくまで可能性だ。しかしこのタイミングでは、私もそうとしか思えない』

 

 少し前まで意識がなかった筈の少女が、異世界の出来事を知る道理はない。

 しかしそんな彼女が急に目覚めた理由としては、確かに三島にもそれしか考えられなかった。

 

『だがこのタイミングだからこそ、彼女の行先も絞れる筈だ』

 

「認知世界……メメントスか、獅童のパレスって事ですか!?」

 

『恐らくな。だが一応は病院周辺や彼女の自宅にも人を送っている。三島君も心当たりがあれば教えて欲しい』

 

「心当たりって言われても……あ、でも俺のナビがないとアイツは入れないんじゃ?」

 

『ああ、だからもしかすると君の方に接触してくるかもしれない。その時は私たちにも大至急知らせてくれ。彼女が何のつもりであっても、これ以上の無茶をさせてはならない。いいな?』

 

「……わかり、ました」

 

 まだ事態を完全に飲み込めたわけではないが、それでもあの少女の為に動かなくてはならない事は分かった。そんな混乱した頭のまま、三島は通話を切った。

 

「何をするつもりなんだ、アイツ……?」

 

 目覚めた事は喜ばしい筈なのに、嫌な予感が止まらない。

 けれどもこうしちゃいられないと、駅へと戻ろうとした矢先。

 

「は?」

 

 再び、彼のスマホの画面が点灯した。

 

 

 『国会議事堂に来て。お願い』

 

 

 そうしてポップしたのは、たった今考えていた少女からの懇願だった。

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

「――ありがとう、来てくれて」

 

「寺、崎……?」

 

 夕方と夜の狭間。陽の光も当たらなくなった国会議事堂、その近くにあった木の下に彼女はいた。

 息を切らして辿り着いた三島は、そんな少女の姿に一切の現実味を感じられなかった。

 

「来てくれないかもって、思ってた。それも一人じゃないよねって思ってたから、それも意外かな」

 

 見覚えのある筈の秀尽学園のブレザーは、どうやってここまで来られたのか分からない程にボロボロで。手足に巻かれた包帯が、その痛ましさを強めている。

 桃色の髪はとうに艶を失っており、その上から巻かれた包帯で左目も覆っている為、見えるのはやはり右目だけだ。

 けれどその瞳に宿る光が、三島には妖しく揺れているように思えた。

 

「お願い、三島くん。――私をあっちに連れて行って」

 

「っ……!」

 

 そんな妖しい瞳の少女の頼みに、三島は息を呑まずにはいられなかった。

 

「……あっちって、異世界の事だよな? ここに呼んだって事は、獅童のパレスに用があるんだな?」

 

「うん、出来ればすぐにでも。もう、時間がないの」

 

「いやなんでだよ。あっちで何をするつもりなんだ?」

 

 他にも訊きたい事はある。身体は大丈夫なのかとか、どうして急に目覚めたのかとか、どうやってここまで来たのかとか、他にも色々あった。

 でも何が少女をここまで動かすのか、それをまずは確かめなければと思ったのだ。

 

「助けに行かないと……いや違う。見に行かないといけないの。今すぐに行かないと、きっと間に合わないから」

 

「助けるって、雨宮たちか? でもアイツら今は順調だって聞いたぞ。今の寺崎が行かなくたって――」

 

「違うよ。私は彼の――明智くんの為に行かないといけないんだ」

 

「明智って……は!? あの明智!?」

 

 少女が切羽詰まった様子を漏らしながらに話した名前に、三島は思わず聞き返していた。

 頷く少女がゆらりと一歩を踏み出して、その理由を語っていく。

 

「明智くんは雨宮くんが生きてる事に気付いたんだと思う。だからもうすぐ、彼と怪盗団が接触する筈。それまでに、いかないといけないの……!」

 

「なんでそんなんが分かるんだよ……じゃなくて、行ってどうするんだよ!?」

 

「いかないと彼が死んじゃうから。それは駄目だから、いかないと。だから、お願い……!」

 

「死んじゃうって、何言ってんのか全然分からないんだけど!?」

 

 理由を話している筈なのに、何故か三島の脳裏に疑問が増えていく。

 分からない。少女が何を言っているのか、どうしてそんなに焦っているのか、その全てが全く分からない。けれど話が途切れてはまずい気がしたから、三島は言葉を選ぶ事無く投げつける。

 

「そもそも明智って、雨宮や桐条さん達の敵だろ!? だから死んでいいってわけじゃないけど、お前がわざわざ行かなくたって――」

 

「駄目、私が行かないといけないの。だって誰も死なせないって誓ったんだから、それは果たさなきゃいけないから……!」

 

「だったら尚の事、お前じゃなくてもいいだろ!? 今のお前がどんな状態なのか、分かってないのか? 明智よりよっぽど死にそうじゃんか!」

 

 彼女がどんな容態なのか、詳しい所は三島も知らない。

 けれど明らかに彼女が無事じゃないこと位は見れば分かる。そんな少女が誰かを助ける為にと言われても、当然賛成できるわけがなかった。

 

「なんで病院から抜け出したのかは知らないけど、お前を探して桐条さんや白鐘さんとかも動いてる。ていうかここに来る途中で連絡したから、すぐにここに来る筈だ。だから寺崎の代わりに行ってもらえばいいだろ?」

 

「私の、代わりに?」

 

「そもそもお前、こうして動けてるだけで奇跡と言うか、無理してるんだろ絶対。だから、そんな事までしなくていいんだよ。というか俺らが心配になるから大人しくしてくれって!」

 

 自然と語気が強くなるが、それは紛れもなく三島の本心だ。

 これまでの付き合いで、寺崎叶という少女がただならぬ思いを秘めているのは知っている。

 だからこれまでも好き勝手やって来たのだし、だからこそいよいよ重症の身になったのだ。

 

 それで彼が得たモノがないとは言わない。というより言えないが、だからってこれ以上の無茶を見過ごす事だって出来ない。そんな彼の叫びが少女の鼓膜を揺らす。

 

「…………それじゃあ、ダメなんだよ」

 

「え?」

 

 だが、それだけでは。

 

 

「――それじゃあ、()()()()()()()()()()()

 

 その程度の震えでは、少女の心には届かない。

 

 

「な、何を言って……」

 

「死なせないだけじゃ意味ないの。私が行きたいって言ってるの。そうじゃなきゃ、ここまで来た意味がないんだよ」

 

 胸を押さえた状態で、平淡な声で少女は言う。なのにどこか鬼気迫った様子だったから、三島は返す言葉が見つからない。だから少女から零れる言葉を、ただ受け止めるしかなくて。

 

「この先は見逃せなかった。ジッとなんてしていられなかった。だってそれだけが、今の私が生きられる理由なの。だからお願い、三島くん。私をパレスに連れて行ってよ」

 

「な、なんだよ、それ……?」

 

「私に出来ることなら、なんでもするから。私の事は好きにしてくれて構わないから。だからこれだけは、お願いします」

 

「だから待てって?! やっぱり今のお前、なんか変だぞ!?」

 

 かつて何処かで聞いたような懇願でありながら、その中身の熱はまるで別物で。これまでもずっと無茶苦茶やる奴だったけど、今は度を越しておかしい。

 三島が思わず肩を掴んでちゃんと少女の顔を見ようとしてしまったのも、不思議ではない程だった。

 

「私が変なのなんてずっと前からだよ。それで、どうなの? 私のお願いは、聞いてくれるの?」

 

「駄目に決まってんだろ、そんなの?! その頭打ったキズとかでおかしくなってんだってお前! 頼むからもう休んでく……れ……?」

 

 そんな三島の口が止まったのは、少女に上目遣いでお願いされたからではない。

 触れた肩の服越しに伝わる熱が、思いとは裏腹に冷たい一歩手前な気がして。そのまま押しのけてしまえば、花瓶のように割れてしまうのではと思うくらいに、その立ち方は薄弱で。

 

「……そうだよね。やっぱり、認めてもらえないよね」

 

 なのに片方だけ見えるその瞳の奥には、マグマのようなうねりがあった。その温度差や蠢きに、彼は気圧されていた。

 

 

「――なら、なんでもするしかないよね」

 

「ちょっ、なぁっ!??!」

 

 なので急に少女に抱きつかれても、反応なんて出来る筈がなかった。

 

 

 これまでの人生でおおよそなかった気がするイベントに、三島は慌てふためくしかできない。なんで急にだとか、どういうつもりだとか思考しても、上擦った声にしかならなかった。

 

 カウントすれば5秒にも満たない、けれど三島の冷静さを奪うには十分すぎた時間の末に、バッと少女が後ろに下がる。

 

「て、寺崎?! お前、なんの、つもりでっ――?!」

 

「――みつけた」

 

 暴れる胸の高鳴りを抑え、意図を問い詰めようとする三島。そんな彼の頬の熱が、一瞬で引く光景がそこにはあった。

 

 自分がポケットに入れていた筈のスマホが、少女の手の中にあったからだ。

 

「借りるよ、三島くん」

 

『――ナビゲーションを 開始します』

 

「馬鹿、お前――!」

 

 いつの間にかロックも解除されていたスマホの画面に、赤黒い瞳のアイコンが広がり始める。そうして起こるのは、もはや馴染み深さすらある現象だ。

 

 対象を認知世界へと誘う空間の歪みが、歪んだ瞳の少女を中心として始まっていく。

 だから彼も、がむしゃらに少女へと駆け寄った。

 

「やめろぉぉぉぉぉーー!」

 

 そんな三島の叫びと共に伸ばされた手が、少女との距離を詰めていく。しかし少女が更に一歩下がろうとした為に届く事はなく、頭部に巻かれた包帯を掴むのが精々だ。

 

「えっ?」

 

 そして掴んだ包帯を引っ張ってしまった事で、少女の頭部に巻かれていた部分が顕わになる。

 傷口を露出させてしまったかと焦りかけた三島は、それと目が合った事で再び息を呑んだ。

 

「――あーあ、見られちゃった」

 

 そう呟く少女の左目は、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ――そこで、二人の立つ世界は変容した。

 

 

 

「……ここ、は……船の上、なのか?」

 

 息を整えながらに見上げた先で、三島は今までいた所とは違う場所に来た事を認識する。話には聞いていたシドウパレスだろうと当たりをつけた上で、彼は目の前の少女へと意識を向けた。

 

「……………………」

 

 少女は何も言わない。

 それでいて三島と向かい合っており、その間には距離があった。偶然にもそれは、ちょうど三島が保つべきと教わった敵との間合いと合致していた。

 

「お前、本当に寺崎なんだよな? それ、桐条さんが言ってた異世界の影響って奴じゃないよな……?」

 

 思わず尋ねてしまったのは、今の彼女があまりにもズレていたからだ。

 明らかになった左目の色彩だけではない。これまでにない位に切羽詰まった様子で、自分のスマホを奪ってまで強行しようとするその姿勢。

 

 ストーカーと名乗りながらも越えなかった一線。

 それを軽々と踏み越えてしまったような印象を、今の少女には抱いてしまったからだ。

 

「おかしな事、言うんだね」

 

 対する少女の返答は、ゆらりと持ち上がった頭と共に告げられる。何度見てもその左目は、普通ではない金色の輝きを保ったままで。

 

「――私は私だよ。変わってなんていないし、変わった事でもないでしょう?」

 

 そして、彼の僅かな希望を打ち砕くモノだった。

 

「……ならお前は、自分の意思で病院から抜け出して、俺からスマホを奪って、明智の奴を助けに行くつもりなのか?」

 

「そうだよ。別の何かに操られてるとか、そういう話じゃない。私は、私自身の欲に従ってここに来た。だからこの誤りを謝ったりはしない。もう、覚悟は決めてきたからさ」

 

「っ……! だからなんでだよ!? 何が寺崎をそこまでさせてんだよ?!」

 

 この少女は自分が何をしたのかを理解している。

 勝手に病院を抜け出し、不意打ちの盗みをするという悪事に手を染めた事を認めた上でそう言ったのだ。

 それが分かってしまったからこそ、三島には少女が分からない。

 

「見たいの。見なきゃいけないの。怪盗団と明智くんの戦いを、彼らの本心からのぶつかり合いをこの目で見たいの。だってここなら、この世界で生きている私ならそれが出来るんだから、しないわけにはいかないじゃん!」

 

 そう語る少女の顔に、次第に熱が乗り始める。

 それは恍惚とした表情で、餌を前にした犬のような昂ぶりで、顔に当てた手の指の隙間から、金色の瞳が更にギラめいていた。

 

「その上で彼を死なせる事もしない、絶対に生かしてみせるから。だから見る位はしてもいいよね? 前の怪盗団とシャドウワーカーのドリームマッチだってちゃんと見られなかったんだから、せめてこっちは見せてくれてもいいよね……?」

 

「お前……」

 

「今の私はその為に生きてるんだから。そうじゃないともう動けないの。この希望が身体を動かす限りは、止まるわけにはいかないんだよ……!」

 

「なら、どうするつもりだよ。これからココで、何をするって言うんだ?」

 

「今ならまだ間に合うだろうから、怪盗団と明智くんが戦う場所に先回りして『潜伏』するよ。それで彼らの戦いを見届けたら、明智くんのピンチに割り込んで彼を生かす。邪魔するなら、三島くんでも容赦しないから」

 

「っ……!」

 

 三島には少女の言う事が分からない。

 彼女が転生者である事は知っていても、その熱意までは分かっていない。だから少女に座った目を向けられても、僅かに拳を握って歯噛みするばかりだ。

 

「……寺崎の言ってる事、全然分かんないけどさ。全部本気で言ってるのは分かったよ」

 

 けれど、彼もそれだけで終わるつもりはなかった。

 

「なら、俺も付き合ってやる! 止まる気がないなら、それでいいだろ?!」

 

「……三島くん?」

 

「お前が寝てる間も修行はしてたんだ。雨宮や鳴上さん達ほどにはなれてないけど、もう足手まといにはならない!」

 

 そう言って背負っていたカバンから取り出した狙撃銃は、もはや新品とは言えない程に使い込まれており、腰のホルスターに納められた召喚器もそれは同様だった。

 そしてこれまでの手合わせによって培われた戦闘での自負が、三島の口調を力強くする。

 

「また無理した姿を見せられる位なら、一緒に行ってそうならないように俺が寺崎を見ておくから。それがお前を許す条件、どうよ?」

 

 本音を言えば、彼だって許してはいない。

 スマホを奪われた事はショックだし、今すぐ彼女を病院に放り込みたい衝動にかられているのも本当だ。

 

 けれどそれらを飲み込んだ上で、彼なりに自信のある提案へと踏み切っていた。これまでの付き合いでまず少女が止まるわけないだろうという、負の信頼から来ているモノでもあった。

 だからこそ他の協力者たちを待つ事なく、少女へと接触していた。それがある意味での共犯者となる宣言である事も、承知の上でだ。

 

「…………よ……」

 

 僅かに口角すら上げてみせた彼の案に、少女は俯いたまま動かない。少女としてもこの展開は予想外だったのだろうと、三島が安堵にも似た想像を膨らませて返事を待った末に。

 

 

「……駄目だよ、そんなの」

 

 

 漸く聞こえたその言葉が、三島の思考を再びクラッシュさせかけた。

 

「駄目って、何が……」

 

「この先は私一人じゃなきゃいけないの。それは三島くんが強くないからとかじゃなくて、純粋に来て欲しくないからなんだよ」

 

「はぁ?!」

 

 少女のあんまりな言い分に憤る三島だが、少女は俯いたままでその表情も分からない。けれど平淡な声に再び熱が乗せ始めながら、その続きが紡がれていく。

 

「正確に言えばね、私は明智くんを助けに行くんじゃない。彼の死を、思いを踏み躙りに行くんだ。ただ私が彼に生きていて欲しいから、彼の決死の覚悟を覆しに行く。これはそういう話なんだ」

 

「そ、それが俺に来て欲しくない事とどう繋がるんだよ?!」

 

「そんな事をされた上で生き残ったら、多分明智くんもまた怒ると思うんだ。恨み辛みをぶつけてきて、それこそまた殺しに来るかもしれない。そんな事に、三島くんを巻き込めない」

 

「だから、それでもいいって言ってるだろ!? その為に俺はこれまで――!」

 

「誰かの死ぬ覚悟を踏み躙るのなら、私だってその覚悟をしなきゃダメなの。そんなモノを三島くんにはして欲しくない。三島くんだって、私は死なせたくないんだよ」

 

「っ……! それはお前だってそうだろ?! 俺たちだってお前を死なせたくないって思ってるのが、なんで分からないんだよ……!?」

 

 怒髪天を衝くとはこの事だとばかりに三島は叫ぶ。

 自分は死んでもいいと言っている様にしか聞こえなくて。それを諦めたような、受け入れたような口調で話している事が気にくわない。

 

 そして、何よりも許せなかったのは。

 

「無茶しないって約束は、どうしたんだよ……!」

 

 かつて少女と交わした幾つかの約束。それを守ろうと彼女なりに努めたこれまでの日々。

 その全てを正しく踏み倒すような所業だと、彼は弾劾した。

 

「――そんな約束自体が、間違いだったんだよ」

 

 けれど少女は、それを否定しなかった。

 

「……は?」

 

「自分の欲を抑えられくて、全部裏切る事にした私が、そんな約束を守らないといけない理由はない。それよりも、私の望みを優先するって決めたんだ」

 

 吐き出すようにそう言う少女を、三島は呆気にとられて見つめてしまう。漸く上がったその顔は、金色の瞳を携えていながらも無表情で。

 

 だからこそ三島には、それが貼り付けられた仮面のように思えて仕方がなかった。

 

「……結局、何も言ってくれないのか」

 

「…………」

 

「これから起こる事は話せても、寺崎自身の事は何も、教えてくれないのかよ……!」

 

 彼は少女のキズの事を知らない。こうして動けているのだから、まさか頭部に銃弾を受けている等とは夢にも思っていない。

 けれど怪盗団を追う事に関しては、誰よりも精力的な少女である事を知っている。しかし途中から、そんな己を見つめ直そうとしていた姿を三島は見てきたのだ。成果が出ていたかはさておくとして。

 

 だからこそ確かめたかった。

 そんな彼女が病院を抜け出してまで、今日の潜入に固執する理由を。怪盗団や彼を見たいという理由だけでは説明がつかないと直感していたからこそ、聞きたかったのに。

 

 だから少女の答えないという答えは、少年にその思いを抱かせるには十分だった。

 

「……なら、どうするの?」

 

「決まってるだろ。これ以上、寺崎の好きにはさせない」

 

 額に汗を滲ませながら、それでも視線を鋭くした三島がそう呟く。狙撃銃をピタリと構えてから、その引き金に当てる人差し指をピンと伸ばした。

 

「分からず屋のお前をその先には行かせない。ちょっとくらいぶっ飛ばしてでも、寺崎を止める……!」

 

 位置取りとしては少女の方が舟の中央、すなわちパレスの入口には近い。だから少女が中に逃げるように背中を向ければ、迷いなく撃つという意思表示だ。

 

「……私としても、そんな経験は一度で十分なんだよね」

 

 味方だった筈の三島から銃を向けられても、少女は動揺を見せなかった。

 そもそも姿も制服のままで、三島のような武器を持っている漢字もない。それでも万が一はあると彼も思っていたから、目を離す事はしなかった。

 

 

「――だから、全力でいくよ」

 

 

 けれど、その動きを捉える事は出来なかった。

 

「は――?」

 

 目の前にいた筈の少女が消えた。

 そして背後に移動していた。

 最初にそこまで認識した時点で、その身の自由は既に奪われていた。

 

 構えていた筈の狙撃銃ごと重い鎖が身体中に巻き付いており、後方に引っ張られた事で漸くその事実に気付かされた。その時点で手遅れな事だけは、残酷なまでに明らかだった。

 

「な、何が起こっ――ぐふっ?!」

 

 訳も分からないままに甲板の上に転がされた三島が、その衝撃に堪らず声を漏らす。後ろ手にされた事で身動きも取れず、イモムシのように悶えるしか彼には許されなくなってしまっていた。

 

「ここならシャドウは来ない筈。見てくれる人もいる気がするし、多分大丈夫だと思う」

 

「寺、崎……!」

 

 その状態で首だけを持ち上げて見上げた先には、たった一瞬でそれを為した少女が背を向けて立っている。

 

 ノイズが走る。――姿が、白い修道服へと変わる。

 ノイズが走る。――金色の瞳が()()、少年へと向いた。

 

「ここまでしてるんだから、必ず明智くんは連れて帰るよ。例え、私が何度死んだとしてもね」

 

「……やっぱりお前、またそんな事を……!」

 

 振り返ってそう告げる少女が何をどうしたのかは分からない。でもつい先程まで重症で意識のなかった身体でやっていい事じゃない。というより完全に人間を辞めているとしか思えない。

 

 そうして色んな意味で人の道を踏み外した果てに、マトモな終わり(ハッピーエンド)があるとも思えない。だから止めないと、止めたいと思った筈なのに。

 

「待てよ……待ってくれ……!!」

 

「…………」

 

 三島の手も声も、もはや少女に追いつく事はない。

 小さくなっていく彼女の背を、ただ見送るしか出来なくて。

 

 まるで自分の方が舟で流されていくような感覚が、彼の全身を支配した。

 




閲覧、感想、評価などありがとうございます!

筆が乗りすぎた結果、元々一話にするつもりが長くなったので分割しています。
つまり1MOREです。まだ終わりじゃないぞ!
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