シドウパレス下部にある、機関室へと続く廊下にて。
シャッターが上がって分断された区画に集ったシャドウを殲滅した筈の私は、その新手に目を丸くした。
「あなた、まだ動けたの……?」
「それはこっちの台詞さ。キミの方が俺なんかよりもよっぽどバケモノじゃないか」
そう言いながらゆらりと立ち上がったのは、明智くんが撃ち倒した筈のもう一人、認知存在の明智くんだ。
私を呆れた目で見ながら苦笑しているが、撃たれた胸の穴はそのままな辺り、戦えるようにはあまり見えない。いや、それは私も同じかもしれないけれど。
「やはりキミは世界の条理を乱す存在のようだ。怪盗団同様、生かしておくわけにはいかないな」
「……まだやるって言うの? なら私も最期まで、出し切るだけだけど?」
「そうだ、その力だ。とっくに生きている筈のない身体で、出せる筈のない力を扱うキミがどれだけ埒外にあるのか、本当に気付いているか?」
重い身体を動かして鎖を回して戦闘態勢をとる私へと、認知明智くんは忌々しそうに尋ねてくる。
口調に違和感こそあるけれど、その姿は以前の本人と同じであり、感覚が薄れてきた私の胸がまた疼く。
「何を言われたって、私は私のやりたいようにやるんだ。望みの為に、最期まで」
「最期まで、ね。そこまで分かっているのなら、さっさと受け入れた方が身の為だろうに」
往生際が悪い私を責めるように言う認知明智くんの姿が、段々と変わっていく。それは怪盗服への変化なんてレベルじゃなく、身体のシルエットからしての変化だ。
そうして私よりもずっと大きくなっていくその形状には、何故か見覚えがあった。
「まぁいい。まだ痛い目を見足りないと言うのなら、それを補うのが今回の仕事だ。その無法には無法を持って処罰するさ。今更卑怯ななんだのとは言わないだろう?」
そうして姿を正しく怪物へと変えたソレは。
私を消すと宣言した、そのシャドウは。
「――は?」
紛うことなき、『
「『お前の存在は認められない』。さぁ、次はお前が塵となる番だ」
黒いズタ袋を被り、その身に鎖を巻きつけた死神は。
その両手に持っていた古式の銃の片方を私へと突きつけて。
「しま――」
その銃口が、火を吹い
「さて、まずは一発だ」
撃ち終わった銃口から煙を出しながら、その死神は不敵に笑う。
そんな彼が見下ろす先は、機関室へと続く薄暗い廊下だ。
そこには胸元を穴を空け、白い修道服を更に赤黒く汚す少女の倒れ伏した姿があった。
素早さで上回っていた死神の弾丸は、正確無比に少女の命を刈り取った。そうして動かなくなった彼女から、されど死神は目を離さない。
――ガチャンと、何かが割れる音がした。
それが少女の下へと落ちてきた何かがぶつかって割れた音だと気付くよりも、早い動きがあった。
「――天啓の、一手っ!」
死んだ筈の少女が地を蹴って、死神の胸へと意趣返しのように構えた鎌を死神は見た。
「やはり、ただでは死なないか」
それを難なく受け止めた死神は、その奇襲を最初から見抜いていた。故に不意打ちとはならず、そのダメージは最小限に抑えられてしまった。
それを距離を取りつつ確認した少女は、その直後に膝をついていた。
「ごほっ、がはっ……!?」
「
「はぁ、はぁ……!」
抑えた口元から手を離し、そこに広がる鮮血を少女は振り払う。そうして立ち上がってもすぐにふらつく姿を見て、死神が抱くのはもはや憐憫だ。
「そこまでして今にしがみつくのか。もう終わりは決まっているだろうに、そんなにも奴らはお前を魅了してやまないと?」
「…………当たり、前でしょ……!」
ザラついた声と共に、金色の左目をギラめかせて少女は言う。まさしくその身を奮い立たせるのは、己の意思の力だと示すように。
「お前を、今の
「やはり、
呆れながらにそう言いつつも、どこか愉しそうに死神は嗤う。
少女からはその黒い袋の下にある顔は見えない。しかしそこにあるのがとある探偵の認知存在だとは既に思っていなかった。
だからこそ確認の意も込めて、少女はその名称を投げかける。
「……
「それほどの存在だと理解しておきながら、尚も歯向かう意志を絶やさぬとはな。流石はかの者に並ぶ程の、いやそれ以上の大罪人よ」
本来であればこの段階で識る者はいない筈でありながら、それを言い当てられた事に死神は不敵な笑みを浮かべたままだ。
そんな余裕のある存在が何をするのか、少女にも想像がついていた。
「だって、私を殺したら、次は怪盗団のみんなを、倒すつもり、なんでしょ? 神様のくせに、干渉が、過ぎるんじゃないの……!?」
「ストーカーである貴様に言われたくはないが、そんな貴様を消す為であればそれも一計だな」
クックックと含み笑いを見せる死神に、少女の憤りも高まっていく。限界を幾つも通り越した身でありながら、そこに対する熱意は別に湧いてくる代物らしかった。
「私が人間に望まれた存在である以上、そうあれとされたようにしか動かない。だからこそ、この人形を媒介にして現れたのだ。確実に、貴様を消す為にな」
「……まるで、私の死が、人々に望まれてる、みたいに言うじゃんか……!」
言葉の裏にあった思惑に気付いた少女が、馬鹿なことを言うなと言い返す。
少女とて行いが認められるだなんて思ってはいないが、統制の神を作り出す程の多数の人間が自分の死を望む道理はないだろうと、そう思っての発言だ。
「むしろ、何故そうならないと思っている?」
「…………え?」
だからこそ、死神は嗤い続けていた。
「何処で仕込まれたかは知らんが、貴様は先を識っている。それこそ
「だ、だからって、私個人を、狙うなんて――」
「そして先を識る貴様は、世界にとっての灯台と同義だ。未明を進む舟を引き寄せ、その眩しさで船頭を惑わせる。そうなれば、舟そのものから拒絶されても仕方あるまい?」
「……世界、そのもの……?」
迂遠な言い方でありながら、少女はその中身を紐解く事に成功する。
統制の神とは、人々の無意識の願いから生まれた存在だ。そして世界もそこに生きる者たち、人間から出来ているという見方も出来るだろう。
そして人々が求めた
人々が望まなくなったという理由で怪盗団の消滅を良しとした存在ならば。
ただそこに在るだけでその運命を覆す方向に流れを定めるだろう少女もまた、排除すべきだと見なすだろう。それが世界の、ひいては人々の意志であると。
――少なくとも、その少女はその認識に辿り着いてしまった。
「…………いやだ。そんなの、認めない……! まだ
それでも少女は下を向こうとはしなかった。
世界が自分を消そうとする事を正しく認識した上で、抗う意思を陰らせる事なく鎖を握った。
「――お前は、ここで、倒す!」
少女の身体はとうに限界を迎えている。
故に短期決戦しかないと決心した少女が、自身の足を更に壊す程の勢いで地を蹴り飛ばした。
最初に三島を封じた時よりも速く駆けた少女が、死神との距離を一瞬でゼロにする。
しかしそのコースは直線という至極単純なモノ。故に待ち受ける側の死神からすれば、合わせるべきはタイミングだけだった。
「貴様の手は見え透いている。全ては無駄足だ」
「っ――!?」
合わされた照準。放たれる弾丸。
鎖を持った右手も、後ろに回したままの左手も、それを凌ぐには間に合わない。
故に響いた再びの銃声と共に、少女の左腹部にゴルフボールほどの紅い花が咲いた。
その衝撃に白目を剥いた少女の身体が後ろへと、僅かに流れる。
――そこで予め投げていた蘇生薬とぶつからなければ、少女は間違いなく終わっていただろう。
「――ペル、ソナ!」
即座に引き戻した意思を踏み台にするように、死に触れた少女が呼び出したのは、白い布を頭から被ったお化けのようなペルソナだ。
一度身を回しながらに、その半身による一撃を死神へと叩き込む。
「言った筈だ。無駄だとな」
けれどその人型の手を受け止めたのは、最初と同じく死神の持っていた銃だった。
小さくはないだけのダメージが死神に与えられるが、やはりダウンにすら至らない。
そして死神の持つ銃は二丁ある。故にもう一丁を少女へとゼロ距離で発砲する事には、まるで支障がなかった。
「――がっ」
着弾位置は少女の右眼。
今度は紅い花なんて表現が出来ない程の惨状が顔の半分を覆っていく。
更に頭部を強く揺さぶられた事で空中での姿勢を保てず、突き落とされたような形で少女の身体が
「む……」
しかしまだ残心していた死神は、その微かな音に気付いてやや首を持ち上げる。その先で少女目掛けて落ちようとしている何かを目視した為に、二丁の銃を持ち上げた。
「同じ手は食わんよ」
発砲は二度。そして割れる音もまた二度。
恐らくは少女が死からの回帰用に投げていたのだろうアイテムが撃ち抜かれ、その残骸がばらばらと墜ちていく。
その光景を見て、少女の復活を阻止する事に成功したと死神は嗤う。
――勝ちを確信した探偵がそれでもひっくり返されたのを、見ていた筈なのに。
「――天啓の、一手」
だからこそ刺さった一撃が、死神の体力の殆どを削り取った。
「……馬鹿な。まだ、生きて――」
「あああああっっっ!!」
持ち上げてしまった両腕をくぐり、そのローブの下から仰向けに身を捻りながらの、辻斬りのような『シャルロット』の一撃。
しかし互いにまだ致命には至っていない。
故にそこからもう一度立ち上がろうとする少女へと、即座に死神は銃を向ける。
その早撃ちはまさに神速。元より距離がないのもあって、刹那すら許されない内に弾丸が発射された。
「――――っ」
「なに!?」
けれど少女に残った金色の左眼は、撃鉄が落ちて弾丸が放たれ、そしてどんな弾道を描くかの全てを見ていた。
故に見切って躱した弾丸から死神へと視線を戻すと、そこに狙いを合わせたままに全身を回す。
それは遠心力を利用した鎖の渦。その先端にある鎌にしならせた威力を込めた上で、死神の首を刈り取るべく斜め上から精一杯に振り下ろす。
それはギロチンとまではいかずとも、死神擬きの首を落とすには十分な威力と速度を持っていた。
「コレで――終わりだぁあああああっ!!」
戦闘開始から132秒。それが少女による鏖殺が完了するのに必要な時間だった。
「……なるほど。備えは上だけではなかったという訳か」
身体の崩れ始める死神が私のした事に気付いた様子で語るが、もはやそんな事に構っていられる余裕はなかった。
「 はっ はぁっ はっ はぁっ 」
最後の一撃を放った後、私も立つどころか息をする事すらままならずに倒れ伏していたからだ。
最後の備えとして持っていたアイテムの半分は宙へ、残り半分は地に落とした上で突貫し、そのどちらかで蘇生しての特攻。死神擬きの不意を突くにはそれしかないと思い、見事にそれは果たされた。
背中から倒れた事でそこに落としていたアイテムとぶつかり、地返しの玉と魔石で最後の一撃に必要な体力を用意する。そこからは以前メメントスで戦った時の反省を踏まえての行動となった。
あの弾丸を見切れなければ結局は勝てないと思っていたから、そこはいい。
問題は、そこに至るまでに身体を酷使しすぎた事だ。
最初に胸を撃ち抜かれ、次は左腹部に穴が空き、最後は右目を喪失した。
その全てが致命傷であり、事実その度に死んでいた。例え
だから身体の感覚は既にない。痛みも重みも感じられず、熱の一切も分からない。反応の悪いコントローラーで画面越しにキャラを動かしていると言えば、一番近いだろうか。
その視界も右半分はもう見えないし、左目からの視界もぼやけてしまって、鮮明にはもう分からない。着ている修道服が真っ赤に染まっている事位が精々だ。
なので息をする事を放棄すれば、そのままこの身体は動かなくなるだろう。
むしろそれを認識できる意識がここまで残っている事の方が不思議だった。けれどこの思考が途切れた時こそ終わりだという妙な確信もあった。
だから息を吸って吐くという単純な動作だけを繰り返す。
その度に詰まるような、或いは裂けるような寒気を抱きながら、ただひたすらに。
「 …… でも これ で 」
今度こそ邪魔をするシャドウはいなくなった。
これで怪盗団がシャッターを開けても危険はない。
だから後は、彼を連れてこのパレスから帰還すれば――
「まずは見事、と言っておこうか」
そう思っていた矢先に、身を崩しながらの死神擬きが声をかけてきた。
身と共に戦意も薄れている為、そういう意味での危険はない。けれどそれ以外の意図があるとしか思えないから、私は動かない事を承知で身構えるしかない。
「そうして生き残った以上、この先も貴様の識る流れの通りになるだろう。誰も望まない、不本意な形でな」
「 また その 話…… ? 」
そんな状態で彼が持ち出したのは、途中で言っていた私の存在がもたらす影響についてだった。
明智くんも以前から口にしていた論説だけど、こちとらただ記憶を思い出しただけの女子高生なんだ。
だから私にパレスはあっても、丸喜先生みたいに世界に影響を及ぼすまでの影響力はきっとない。
原作を識っているだけで世界を誘導しているだなんて、それで人々から疎まれているだなんて、それこそ荒唐無稽だろう。
だってそれが本当なら、私という悪党は、一体どれだけの――
「先程、私の言う事は認めないと言っていたな。では訊くが、何故そこの者は蘇らないのだ?」
「 …… …… え? 」
そんな理論武装をしていた私へと、死神擬きは単純な疑問を提示してきた。
唐突ではあるけれど、誰のことを言っているのかは明確だった。
「 …… …… 」
私が目を向けた先、死神擬きが示した先に彼はいた。
私が見届けたいと思っていた明智くん。けれどずっと倒れ伏した状態で、動く気配はまるでない。
戦闘が始まってからずっと背けてきた光景を見て無言になった私へと、首だけになりつつある死神が尋ねてくる。
「貴様がここに来た時、蘇生の術を使った筈。なのに何故目覚めないのか、その意味が分かるか?」
「 …… …… 」
「いいや、言い換えよう。貴様だけが、その理由を識っているのではないか?」
「 …… …… 」
思い当たる節は、ある。
原作では、シャッターの向こうで明智くんがどうなったのかは定かになっていない。ロイヤルの最後を含めて、プレイヤーの想像に任せる形となっている。
それを踏まえて、考えられるのは。
もし本当に私の認知が、原作の流れを作っているというのなら。
彼が目覚めない原因は、もしかして――
「 …… …… 違う そんな事 あるわけ が…… 」
そんな筈はない。そんな事はあり得ない。
だって私がここまで来たのだって、ここまで戦ったのだって、明智くんを助ける為、で……
『正確に言えばね、私は明智くんを助けに行くんじゃない。彼の死を、思いを踏み躙りに行くんだ。ただ私が彼に生きていて欲しいから、彼の決死の覚悟を覆しに行く。これはそういう話なんだ』
そんな筈はない。そんな事はあり得ない。
私がここにきたのは見る為だった。ここまで戦ったのは、統制神なんかに展開を邪魔されない為だった。
全ては原作の流れを見るために。
全てを振り切ったのは、その為だった筈だ。
なら、その為だけに動いている今の私は。
原作の流れを呼んでいるのは。そうなるように整えている存在は、やはり――
「 ……なら 私が 認知を 変えれば …… 」
「ほう、貴様に今更そんな事が出来るのか? 貴様が見ようとしてきた流れに、この期に及んで逆らうと?」
「 …… それ は…… 」
そんな私の悪足搔きを死神擬き――統制神は一笑に付してみせる。
まるで、私の所業の全てを識っているかのように。
……でも、ああ、確かにそうかもしれない。
もし明智くんが生き延びるとしても、その在り方として私が望んでいたのはこのタイミングでの蘇生じゃなくって。あの三学期の先で生きていて欲しいというモノだったんじゃないの?
今の明智くんはとある世界線の荒垣さんの様に、死んではおらず生かされている状態だ。
それこそが私が望んだ光景であると、私だけは否定が出来ない。
ならば統制神が言っている事も、合っている気がした。
私が存在するだけで原作の流れを汲むようになっていると、認めてしまえるような心境に陥った。
――ストンと、その認知が定まった。
「漸く認めたか。そうだ、貴様はそういう存在だ。故にこそ、私は貴様を消そうとしたのだが……それでも生き永らえたいというのなら、対策を変えるとしよう」
「 対策 …… ? 」
少し前から何も感じない。
なのに落ちていくような浮遊感を感じ始めた私へと、統制神は告げてくる。
「貴様がいる限り、世界は一つの流れへと収束する。そんな貴様を殺さずに封じる事で、その流れ自体を封じる事にしよう」
「 流れを 封じる …… 」
「貴様の奉じる怪盗団が勝ち、人々の真なる願いが叶わなくなる世界。そのような不条理を、私は神として否定しよう。
「 …… なん …… え ……? 」
ぎこちない思考が悲鳴をあげる中、統制神が言った事を噛み砕く。コイツは今、何と言った?
私が生きているなら、それを利用して怪盗団を潰すと、そんな事を言わなかった?
「無論、それを拒んで自死を選んでも私としては構わない。その時は流れなど関係なく、真正面から奴らとぶつかるだけだ。そうなれば神である私が負ける道理はないからな」
何かがおかしいという、違和感はあった。
けれど怪盗団と統制神の戦いになれば、勝つのは怪盗団だろうという認識が邪魔をした。
なら 私がすべき事って もしかして
「故に選ばせてやろう、愚かな人の子よ。貴様自身の業が招いた、その末路をな」
あと少しで統制神はこの場からは完全に消える。
だからその前に精一杯の呪いを私に刻みつけようとするかの如く、彼は言葉を紡ぎ続ける。
「我は啓示する。身勝手極まりない『傲慢』の大罪を」
「人間よ、お前に逃れる術はない」
「抑圧できなかったその『強欲』が、その破滅を招いたのだ」
「 …… …… 」
そして完全に塵となって消えた事で、私だけが場に残された。
動かない身体にぐちゃぐちゃの思考を詰め込まれた、私だけがそこにいた。
「 …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… 」
そんな筈はないと、冷静な自分がいる。そんな筈はないと、冷徹な自分がいる。
原作を識る私がいるから世界が原作の流れに沿っている? 馬鹿馬鹿しい。私はそんなカミサマなんかじゃない。私がいなくても世界は回っていく。そんな事は誰だって知っているだろう。だからあの統制神が行っていた事は全てデタラメで、何も認める必要なんてない。だから私はこのままでいい。私はこのまま、怪盗団と他のペルソナ使いの活躍を見ていればいい。
周囲に敵はいない。味方はいない。明智くんも動かなくて、私も動けなくて。
けれど万が一それが本当だったら? 統制神がどんな手段を使うのかは識らないけど、あの宣言通りに私を使って怪盗団の勝つ流れを封じたら? その敗北は私の所為になるの? そんなのありえない。そもそも怪盗団が負けるはずはない。だってこれはそういう物語で、そういうお話で、そういう流れなんだから。私は、それを、識っているから。
危機は去った筈なのに。
後は誰も死ななくて、彼らの最後の戦いを見るだけって、そう思っていた筈なのに。
だから私に出来る事は何もない。後は何もせずに怪盗団の勝利を信じるだけでいい。もしその前に封じられたとしても、彼らが勝つのなら問題はない。……いやそれだと私はあの最終決戦を見れないの? 三学期に辿り着けないの? ここまで来てこれだけ頑張ってこんなにも失って手放して痛くて悲しくて辛かったのに、最後まで見せてくれないの?
達成感がない。満足感がない。あと少しで、見たいものずくしのクライマックスだというのに。
ならその前に統制神を倒す? そんな事は不可能だし、そもそもアイツを倒すのは怪盗団の役目だ。だから私にそんな事は出来ない。流れを変えるわけにはいかない。ならやっぱり原作の流れに私が誘導しているの? だから校長も奥村社長もまだ目覚めないの? 原作では生きていない筈の人物だから、その流れが終わるまでは目覚めないって事?
何も見えなくなっていく。何も聞こえなくなっていく。何も、感じなくなっていく。
人々の認知から消えた事を利用して怪盗団を消せたのなら、私ごと原作の流れを消せるって事? あの統制神が出来ない事を言い出す筈はない。それが封じるって事なら、防ぐにはどうしたらいいの? 私が生きたままだとそうなるのなら、怪盗団の勝利を真に信じるのなら、私がやらないといけない事は、やっぱり、そういう事なの?
代わりに浮かび上がったのは、私がこれからすべき事。その選択肢は二つ。
こんな状態になっても現状にしがみつくのか。
生命あるものがいつかは辿り着く終わりか。
けれど私には、どちらも選べないモノだった。
「 私 まだ 死にたく ない …… 」
もう身体はとっくに限界で、現実世界に戻ったらどうなるかは分からない。けれど頭と目さえ動けばいい。12/24の渋谷にさえ居合わせれば、私はきっと戦いの顛末を見届けられるだろう。
けれど生きてその日を迎えれば、私は統制神にこの存在を利用される。それで怪盗団が負けるとは思わないけど、万が一がないとは言えないし、何かしらのデバフがかかるかもしれない。コンティニューがないこの現実世界で、そんな一度きりを起こしていい筈がない。
「 でも 死ななきゃ いけない …… ? 」
だから穏便に済ませるのなら、今すぐこの命を絶つべきだ。統制神に利用される前にデリートして、私のいない元の世界に戻すべきだ。そうすれば怪盗団の戦いに横槍は入らず、きっと原作通りのハッピーエンドを迎えられるだろう。
けれど私がそれを見る事が出来ない。統制神との決戦も、その先にあるであろう三学期の戦いも、一切を諦める事になる。それを見る為にここまでやってきた筈なのに。その為にあらゆるモノを手放してきたのに。
「 あと 少し なのに …… ? 」
呼吸を忘れる。この身を動かす希望を諦める。今の私なら、きっとどんな方法でも事切れる事が出来るだろう。けれどこれまでの付き合いが、それを許してくれるとは思えない。
それにこの場で死ねば怪盗団に余計な混乱を与えるだけだし、三島くんやシャドウワーカー、鳴上さん達にも同様だ。現状で既に合わせる顔がないのに、更に口無し状態まで上乗せするっていうの?
「 私は 生きてちゃ いけないの …… ? 」
思い出すのは統制神と明智くんの言葉。その両者に繋がりがあったから、明智くんもああ言っていたのかもしれない。ならば明智くんの殺意はやはり正しいものだった事になる。間違っていたのは私の存在の方になる。
やっぱり私がこんな形を取らなれけば、もっといい未来が来ていたのかもしれない。これまでの被害者も死ぬことなく、校長や奥村社長や明智くんも目を覚ましていたかもしれない。そもそも事件すらも、被害者すらも、そうならなかったかもしれない。
「 私が 誤った から …… ? 」
明智くんが零した言葉がずっと刺さったまま抜けない。こんな事になってしまった、そもそもの原因にまで思考が回帰する。
私がストーカーにならなければ、見たいという欲望を抑えて別の形で怪盗団や他の人たちと関わっていれば、こうはならなかったの?
ならなんで私はあの時、原作の知識を思い出してしまったの?
「 …… 私の 所為 なんだ 」
けれどもコレは自業自得。因果応報。全てはカミサマの言う通り。
他の道があったとしても、今を選んだのは紛うことなき私自身。
だから責めるべきは、苦しむべきは私一人。
結局は誰かに頼る事を選ばなかった私の、当然の末路なんだろう。
いずれ死ぬことは、怖いなりに覚悟していた。
けれど死を望まれる事の恐怖なんて、想像すらした事がなかった。
過ちの代償が命だと言われたみたいで、その重さを余計に感じてしまって。
その苦痛がこんなにも耐えがたいモノだとは、知らなかったというだけの話だった。
「 …… …… …… …… 」
いつの間にか修道服は消えかけていた。
叛逆の意思も鎮火し始めていた。
それが死に近付く事だと分かっていても、止められなかった。
何もしないという賢い選択をするには遅すぎた。
被害者面をするには間違いを犯しすぎた。
だから生きる事も死ぬ事も、私には許されない。
けれどこうして絶望したままでいる事もまた、許されていなかった。
「 …… 動か なきゃ 」
倒れて下を向いた状態から、ゆっくりと身を起こす。
身体に余剰な水分もないから、目が熱くなった気がしてもそれだけだ。そもそも感覚がない以上、そうなっても分からないだろうけど。
力を入れて、入れて、入れて、立ち上がる。
この場にはまだ明智くんがいる。私が手を下したと言ってもいい彼がいる。
なら今は私よりも明智くんだと思って、彼を外へ運ぼうとして。
その為の一歩目すら踏み出せずに、膝が折れていた。
「 …… あれ …… ? 」
そのまま膝をついて座り込み、それ以上動く事が出来なくなる。
まるで立ち上がっただけで全ての力を使い果たしてしまったような、そんな姿を晒していた。
「 …… まだ …… だめ なのに …… 」
身体が言うことを聞いてくれない。まるで折れてしまったのは膝じゃなくて、もっと別のモノだとでも言いたげだ。それを認めたくないのに、抜けていく力が脱力感となって襲ってくる。
「 …… もう だめ なの …… ? 」
立ち上がる事すら出来なくなった私は、そんな最悪に思い当たる。
自分の終わりは覚悟していたつもりだった。だけどこんな形になるなんて認めたくない。終わり方を選ぶ事すら許されないなんて、そんなの嫌にきまってるのに。
もはや息を吸う事もままならない。
身体を動かす希望が、望みの火が消えかけて行くような錯覚を覚える。手足の先から冷たくなっていくような、寒気が走り出す。
「 …… …… …… …… 」
「――終わったぞジョーカー! 今シャッターを開けるから下がって!」
けど、声が聞こえた。
時間切れを示す、あの人達の声がした。
だからそれを、無理矢理トリガーにするしかなかった。
「 …… …… …… ! 」
尽きた筈の力を掻き集めても、立ち上がる事は出来なかった。
だからせめてハリボテの意思でいいからと、修道服と目隠しをこの身に現出させる。キズを隠すように、表情を見られないようにする為の仮面を貼り付けるように、必死に。
そうして現れたシスターベールと目隠しの重みで首を動かして、振り返った先にぼやけた視界を開く。
「――かいとう、だん?」
一気に落ちたシャッターはそれこそギロチンの刃のように。
ぼやけて黒いシルエットしか分からないのが、逆光になっているようにも見えてしまって。
その眩しさに、私は目隠しの下で微かに目を細めた気がした。
☆死神擬き
『刈り取るもの』を形を取って騙る何者か。さて、その真意は?
☆少女の正しい過ち
・寺崎叶と三島由輝のパーティだった場合は二人とも死にます。
・寺崎叶と他の協力者のパーティだった場合は少女だけが死にます。
・寺崎叶が参加できなかった場合、その時点で死にます。
・寺崎叶が一人で戦った場合のみ、その先の道が開かれます。
閲覧、感想、評価、誠にありがとうございます。
ちょうど一年前にこの物語が始まり、そこから多くの方に見ていただけた事でここまで続ける事が出来ました。本当に感謝の言葉しかありません。
気づいちゃったからには仕方ないと走り出した少女が、どんな末路を迎えるのか。
この先もお付き合いいただければ幸いです。