「ど、りゃぁっ!」
水没した国の上を進む豪華客船。
そのフロントデッキにて一人奮闘していた三島が、そんな叫びと共に力を入れる。
直後にガチャンと、鎖の落ちる音が響いた。
「クソ、漸く外れた……」
自身を縛っていた鎖の拘束から抜け出した三島が立ち上がってから、すぐに見つけたのは自分のスマホだ。先日の作戦で機種が新しくなっているが、問題は何故デッキの上に置いてあったのかだ。
「寺崎は、何処に行ったんだ……?」
このスマホを自分から奪ってこのパレスへと侵入した少女、寺崎叶。三島を鎖で縛って封じた後、このスマホを残して奥へと消えていったのを思い出していた。
(今の寺崎は絶対におかしい。急がないと、何が起こるか分からない……!)
三島の申し出すらも蹴って一人で明智を生かす為と言っておきながら、危険だからと三島を置いていったあの表情。それこそ断頭台に向かう人間のソレに思えてしまったから、彼も急いで中に入ろうとした。
けれど一歩踏み出した所で、その過ちに気がつく。
(……いや駄目だ。俺だけじゃ寺崎を止められないのは今思い知ったばかりじゃないか。それに一人でパレスの中を進むなんて、それこそ無謀だ)
そう頭で考えた事こそ冷静に見えるが、実際にその足を止めたのは、議事堂を模した入口を前にして起こった震えだった。
寺崎を追いたい気持ちはある。けれど精神暴走事件の黒幕である男のパレスをたった一人で進む事への恐れが、三島の早計さを咎めていた。
(俺じゃあ、やっぱり何も出来ないのか……?)
もしこれが雨宮蓮なら、スタイリッシュに後を追えたのかもしれない。
もしこれが鳴上悠なら、そもそも最初の時点で寺崎を捕まえられたのかもしれない。
助けたかった女子に負けた直後である事も相まって、そんなネガティブな思考が渦巻き始める。
(…………あっ)
戦う力が弱い自分では何も出来ないのではないかと下に向けた視線の先。
そこに取り落としていた狙撃銃を見て、三島の脳裏にこれまでの事が過ぎった。
(——何を勘違いしてんだ。俺に力なんてモノは、最初からなかっただろ?!)
この狙撃銃は桐条グループから貰ったモノで、自分で調達したモノではない。扱い方だってアイギスや直斗から教わらなければ、ここまで上達する事はなかっただろう。
更に自分は寺崎叶や雨宮蓮、鳴上悠のようなペルソナ能力もない。そもそも桐条グループの召喚器がなければ、呼び出す事すら出来ない。
戦う力も、異世界に入る為のナビも、三島の持つモノの殆どが他者から得たモノだった。自力で手に入れたと言えるモノなんて、殆どなかったのだ。
(それでも俺に出来る事はある筈だって思って、ここまでやって来たんだ。なのにじっとなんてしていられるか……!)
そんな三島が手に入れていたモノ、叛逆とも似て非なる意思の力が彼の目を前へと向けさせる。
けれどその方向は、パレスの入口とは反対方向だった。
(俺の力じゃどうにも出来ないのなら、俺以外の人の力を借りればいい。一度現実世界に戻って桐条さん達に……!)
悪く言えば他力本願、しかし良く言えば人に頼る事を選択した三島は、取り戻したスマホを操作して現実世界へと帰還しようとする。
確か他の協力者たちも寺崎叶を探していた筈なので、そこに一報を授ければ力を貸してもらえる。そう思いながらスマホに指を置いて、ふと気づく。
「……あれ。そういや俺も桐条さん達に黙って此方に来ちゃってたような——」
そんな彼の呟きなどつゆ知らずにナビが起動し、世界が歪み始める。
豪華客船のデッキから国会議事堂近くの目立たぬ木の下に帰還した三島が、瞬きと共に周囲を確認する。
「——やはり、先にパレスに行っていましたか」
そこには、腕組み姿で安堵した様子の直斗がいた。
「あ、あの、えーっと……」
「どうにか見つかって良かった。ええ、本当に」
「ひっ?! す、すみません!!」
ただしその目は、全く笑っていなかったが。
急に三島と連絡が取れなくなった事で、逆に当たりをつけて国会議事堂の周辺で待機していたらしい。
そんな
「その、出来れば俺も連れて行ってくれませんか?! もう勝手に突っ走ったりしないんで、お願いします!」
戦いに備えて準備を整える三人に三島が頭を下げると、最初に答えたのは悠だった。
「そもそも三島がいないと俺たちもパレスには入れないから、最初から一緒に来てもらうつもりだったぞ?」
「そ、そうなんですか?」
「あなたが熱心に僕たちと修行していた事は知っていますから、彼女を助ける為なのに置いていったりはしませんよ。今回のような独断専行をしないのなら、ですけど」
「は、はい! それは勿論!」
何を言ってるんだと首を傾げる悠に、説教はもう終わったとばかりに告げる直斗。
認められたのかと実感しかねている三島に、今回三人目としてやって来た乾も声をかけていた。
「僕は君たちの事をまだ詳しく知らないけど、自分の気持ちを整理して決断した事は立派だと思う。三島君の話を聞いた限りだと、簡単な事じゃない気がするからさ」
「そう、ですかね……?」
「それに此方の異世界については三島君の方がよっぽど先輩だからね。僕もブランクがあるし、いてくれた方がずっと助かるなって思ってたんだ」
「ブランクがあるようには、全然見えないんですけど……」
乾と顔を合わせるのは今日が初である三島は、乾がシャドウワーカーの協力者という話しか聞いていない。
しかし召喚器を収めた姿に違和感がなく、また実戦を前にしても余計な気負いの一つもない事から、天田乾もまた歴戦のペルソナ使いじゃないかと勘繰っていた。
「最後に戦ったのは中学生の頃だから、久しぶりなのは本当だよ。シャドウワーカーの隊員証を預けた後は最低限のトレーニングしかしてないので、もしもの時はフォローをお願いします」
「あ、はい、わかりました」
雨宮といい鳴上さんといい、ペルソナ使いにはイケメンしかいないんだろうか。
高校三年生の割には童顔寄りの乾が浮かべた爽やかな笑みに、三島は内心そんな感想を零した。
けれどその印象が強ち間違いでもなかった事を、彼はそのすぐ後に知る羽目になった。
「——来い、『イザナギ』!!」
青白い破片が散ると共に、学ランのような造形のペルソナが大太刀で一閃する。
それを受けて怯むのは、頭にズタ袋を被った異形のシャドウ『刈り取るもの』だ。悠の一撃をマトモに食らうのは死神シャドウでもキツいらしい。
『……! ……!』
下のデッキへと突然飛び降りた悠を追って辿りついた戦場。
そこで先に戦っていた悠に合流した三島達と怪盗団で、更なる戦線が築かれていた。
「人数は此方が上回っています! 手数で相手の思い通りにさせないよう立ち回ってください!」
「撃ちまくれって事だよね! 了解!」
弾を込め直す直斗の隙を埋めるように、パンサーがトリガーを引き絞る。発射された弾丸の雨が死神シャドウの動きを阻害するが、それだけではやはり万全とは言えない。
「まだイケるよな、『キャプテン・キッド』ォ!」
だからこそとばかりにスカルが仮面を燃やし、舟に乗った海賊のペルソナが『刈り取るもの』へと突貫する。
悠ほどではないにしても強烈な物理攻撃の束が死神シャドウへと襲いかかり、新たな隙を無理矢理にこじ開ける。
そこに割って入るように、少年はホルスターへと手を掛けた。
「——また力を貸してくれ、『カーラ・ネミ』!」
召喚機を片手で握り、自身のこめかみに当てて乾がそう吠える。
そうして現れたのは、黄道十二宮のマークが描かれた∞型に手足を付けたロボットのようなペルソナだ。
「コウガオン!」
『ッ゙……!』
下から立ち昇る光の柱に焼かれた『刈り取るもの』がその身を捩らせる。その威力は怪盗団メンバーにも比肩しているように見えた。
「っ、なんの!」
「す、すげぇ?!」
「いや、今回は偶々上手くいっただけで、次もイケるとは限らない。油断はしないで!」
そんな乾へと死神シャドウが放ったカウンターを、彼は持ち直した槍を回して弾いてみせた。
あの長い槍でどうやってと驚く三島だが、当の本人も冷や汗を隠せないでいた。
「っと、俺も仕事をしないと! メディラマ!」
「助かる、
「準備はいいな? 合わせろ、ジョーカー!」
続けて発動した回復魔法で体力を戻したジョーカーへと、駆け出す前の悠が声をかける。
瞬時のアイコンタクトで狙いを察知したジョーカーは、装填し終えた拳銃の弾を一気に吐き出した。
「うおおおおっ!!」
「ふっ、ここだ——!」
全弾命中の隙に刀へ雷光を纏わせた悠が、そのまま走る雷槌となって移動する。
すぐさまジョーカーもワイヤーを伸ばし、死神シャドウとの距離を一気に詰めていく。
しかしジョーカーの軌道は真っ直ぐである為、『刈り取るもの』が照準を合わせるのは容易い。
しかし彼らは二人いる。故に着弾までには至らない。
『ッ……?!』
破裂音。金属音。いずれも死神にダメージはない。
けれど真っ直ぐに飛ぶジョーカーの周囲の壁を蹴って移動する悠が、時折前に出て死神の弾丸を斬り落とす。
その驚愕が『刈り取るもの』の最後の隙へと繋がった。
「「ハァァァァッ!!!」」
そんな勢いのまま横を抜けるようにしながら、二つの雷光が交差する。まさしく雷槌が落ちたような音と共に、『刈り取るもの』への決定打が与えられた。
『ァ……ァ……』
「すげぇ、マジであっという間だったな……」
「思ったより苦戦はしなかったですね。何か理由があるのでしょうか」
「気にはなるが……ひとまず追加はいないな。なら考えるのは一旦後にしよう」
塵となって消えゆく『刈り取るもの』を見て違和感を覚える者もいたが、とりあえず悠が確認したのは周囲の安全と、戦闘終了と共に息を吐いた怪盗団の面々だった。
「かなり疲労が溜まっているようだが、大丈夫か?」
「気持ちは有難いが、心配は不要だ。むしろ俺たちよりも治療が必要な奴がいる。詳しい話はこのパレスを出てからで構わないか?」
「分かった。ならそれまでの露払いは任せてもらおう」
「話が早いというか、リーダーってやっぱりどこもこんな感じになるんだ……」
互いの陣営のリーダー同士で素早く決まった方針に、乾がそんな呟きを漏らす。
しかし方針自体には反論の余地がなかった為に、最初のセーフルームへと戻る流れになった。
「にしても雨み……ジョーカーと鳴上さんの連携凄かったな。やっぱり強くなると即席で合わせられるようになるのか?」
その途中で気になった三島が声を掛けると、二人は顔を見合わせる。
「いや、なんというか……」
「不思議な事に、自然と身体が動いたんだ。なんでだろうな……?」
先導するジョーカーが首を傾げ、それを追う悠もまた何かを思い出せないような顔になる。
けれどその答えが出るよりも、セーフルームに到達する方が早かった。
「——皆、戻ったぞ!」
「思ったより早かったな、ジョーカー……って更に人数が増えてるじゃねぇか?!」
「反応的にそうじゃないかと思ってたけど、それでこの撃破スピードだったのな」
半壊したセーフルームに戻ると、その帰還の早さに怪盗団の残った面々が驚きを顕わにしていた。
正確にはスピードだけではないようだったが。
「天田さんと、初めましての女の人と……三島君?!」
「三島がいるのも驚きだが、貴女は一体?」
「僕は
この場で唯一自己紹介を済ませていなかった直斗が尋ねると、皆の視線が辛うじて無事だったソファーへと向かう。
その上で横たわったままの黒仮面と、ソファーの足部分に背を預けて床に座りこんだ白い修道女がそこにいた。
「寺崎! お前、やっぱりまた……!」
「黒仮面の彼が明智吾郎ですね? どうやら意識はないようですが……」
「一応、二人とも生きてはいる。アケチの方は最低限の応急処置を済ませたから、後はちゃんとした医者に見せるだけだ。それで、そっちのテラサキなんだが……」
モナが直斗へと説明する前にはもう、三島は少女へと駆け寄っていた。
彼が膝を折って顔を見据えようとした所で、その状態に気が付いた。
「寺、崎……? おい、寺崎!?!?」
「大丈夫よ三島君、彼女も気を失っているだけだから。死神シャドウを追ってジョーカーや鳴上さん達が行った後に、限界が来たみたいなの」
「限界か……。あの機関室で見つけた時点で既に満身創痍だったからな、無理もないか」
三島が軽く揺らしても少女が反応を示す事はなく、されるがままだった。
しかしここを出る前ですら立っているのもやっとの状態だったのだから、それをおかしい事だと思う者はいなかった。
「……コイツは明智を死なせないって言ってたんだ。なら、それは達成されたって事なのか?」
「そうだな。結果的にはテラサキが介入したからアケチがここにいる、って事になる筈だ」
「……ならコレが、お前の望んだ結末だって言うのかよ……?」
だからこそ三島だけが、死んだように俯く少女へとそんな言葉を投げる。
けれど少女が言葉を返すことはなかった。
☆☆☆☆☆
全員でパレスを脱出した面々は、意識のない二人を治療するべく車を回した悠と直斗を追って病院を訪れていた。
聞けば桐条グループが運営する病院の一つであり、その伝手を使って営業時間を過ぎているにも関わらずの滞在を行っていた。
その理由は当然、その二人の容態を確かめる為である。
「待たせたな、怪盗団」
病院の廊下にて待っていた怪盗団の面々へと、悠が落ち着いた声で話しかける。
待ち時間の間に彼らも傷を癒していた様だが、疲労まで取れたわけじゃないのだと一目で分かった。それでも関係ないとばかりに、座っていた蓮が立ち上がった。
「……処置は終わったんだな」
「ああ、どうにかな。これ以上引き留めるのも時間的に難しいから、手短に報告しよう」
体力的にも厳しいだろうからなと前置きしてから、悠は担当医から聞いてきた情報を怪盗団と三島、乾といった面々に開示する。
「黒仮面こと明智吾郎だが、どうにか一命は取り留めた。傷が既に塞がっていた事が功を奏したらしい。容態も安定したから、そこは心配しなくても大丈夫だそうだ」
「峠は越えた、という事か。ひとまずは良かったと言うべきなのだろうな」
「そりゃそうだろ。生きてなきゃ、何も始まらねぇしよ」
祐介が気を緩めるようにしながら言い、竜司も続く様に喜びの混じった声を上げる。
他のメンバーも決して大きくはないが、胸をなでおろすような反応をしていた。
しかしそれを見る悠は、難しい顔のままだった。
「だが状態が安定しているだけで、いつ目覚めるかは分からないらしい。その辺りの原因は不明……例のオクムラフーズの社長さんや秀尽学園の校長と同じようにな」
「お父様と同じって、何故意識が戻らないのかも、どうしたら意識が戻るのかも分からないって事ですか?」
「そういう事になる。いわゆる寝たきりという状態だから、一概に良いとも言えないんだ。彼についても引き続き治療は続けていくし、希望すればお見舞いも出来るそうだが、すぐに良くなる保証は出来ないと思ってくれ」
「そう、ですか」
そこまで聞いた所で、蓮は自分の手が握られている事に気が付いた。
けれどあの機関室のようにどこかへぶつけたいという欲求まではそこになかった。
「……明智の事は分かりました。じゃあ寺崎はどうなんですか?」
そこで質問をぶつけてきたのは、蓮の隣の席で座ったままの三島だ。
パレスにいた時からずっと強張ったままの表情で、悠の眼を覗き込んでいた。
「寺崎さんについてだが……彼女もまた、いつ目覚めるか分からない」
「それはやっぱり、それだけ傷が深かったって事ですか?」
「ああそうだ。そもそも彼女は前に捕まった時の傷も癒えてない状態で戦っていた。それと今回のダメージが合わさった事で、更に危険な状態になっていたらしい」
「誰がどう見ても、満身創痍って感じだったものね……」
そう呟く真以外も、きっとあの白い修道女のボロボロっぷりを思い出していた。
むしろそんな状態でもギリギリまで意識を保っていた事に驚くべきだろうという認識だった。
「だが君たちも聞いたと思うが、今の彼女の身体には異変が起こっている。そのおかげと言っていいのかは分からないが、今も命を繋いでいるのはその影響が大きいそうだ」
「あの金色の瞳……つまりシャドウやペルソナに関する何かだな」
「その何かの正体は、俺たちや桐条グループも正確には分かっていない。ただそんな状態で目覚めた以上、彼女自身がそれに気づいていないとも思えないんだ。三島は何か、本人から聞いてないか?」
意識を失う前の彼女がシャドウと同じ眼をしていた事は全員が目撃している。
しかしそんな彼女としっかり話せただろう人物は、満身創痍になる前に少女と対峙した彼しかいないと、悠は三島の眼を見つめ返した。
「……アイツの様子はどう見てもおかしかったけど、結局何も話してくれなかった」
そして三島が思い出すのは、あの甲板でのやり取りだ。
彼にとってまだ鮮明に思い出せてしまう、あまりに苦い敗北の記憶。
目を逸らしたくなる気持ちを押さえつけて、それでも所感を語るのなら。
「でもやっぱり、あの時のアイツはおかしかった。それこそ
「……やはり、そうなるのか」
表現を選ばずに答えた三島に、悠が示したのは同感だった。
なんせ悠も乾を経由して美鶴から『寺崎叶は認知世界で別の存在と一体化している』事を聞いている。そして三島から寺崎叶にはパレスがある事も聞いている。
なら今の少女が生きているのは。今の少女を生かしているのは、きっと——
「なら私からも一つだけ、訊いていいか?」
「なんだ?」
そんな折に尋ねてきたのは、廊下の壁に背を預けて座っていた双葉だ。
これがほぼ初めての会話になるだろう二人の間に、何とも言えない緊張感が漂った。
「その、あまり踏み込みたくないから、変な言い方になるけどいいか?」
「構わない。俺が答えられる範囲で何でも答えよう」
「じゃあ訊くけど……
「三つ……?」
事前に言った通りのぼんやりとした問いに、真や蓮も首を傾げる。
けれどそれを見た悠の眼は、確かに一瞬見開かれていた。
「……ああ。確かに三つだったそうだが、
「……そっか、ならいい」
「だが彼女も明智吾郎と同じで、意識不明の重体である事はここで明言しておく。それで、怪盗団としてはこれからどうするつもりだ?」
二人に関する説明は済んだとばかりに、悠が蓮へと視線を向ける。
僅かに考えこそした蓮だが、彼の中では既に結論は出ていた。
「今日でルートは確保できた。少し休んで万全の状態にしてから、
パレスを抜ける前にカードキーを揃えてオタカラのある本会議場へのルートも開通させた以上、もはや作戦決行に支障はない。元々の期限の事も踏まえれば、早くて明後日には決行しようという腹積もりだった。
「理想を言えば明智と共に決着をつけたかったが、流石に高望みだったか」
「あの偽物ヤローがいなけりゃ、それも出来たかもしれねぇけどな」
「あと二日で目覚める、なんて事が起こるわけないもんね」
「つまり獅童については最初に決めた通り、任せていいというわけだな」
怪盗団とシャドウワーカーの取り決めについては悠も知っているから、ここで自分も参戦するような旨を提案するつもりはない。ひとまずは戦意も衰えていない様に見えた為に、精神暴走事件の黒幕については問題ないと悠も思っていた。
「——だが、もうそれだけじゃないんだろう?」
「…………」
だから彼らにとっての本題も、その後の話。
今も意識のない少女の介入がまた、少しずつ歪みを生み出し始めていた。
「鳴上先輩、怪盗団の皆さんは?」
「先に帰ったよ。今後についての話も出来たし、とても有意義だった」
ドアを開けて入って来た銀髪の青年に、椅子に座っていた青髪の女性——直斗が話しかけた。それによって少しだけ悠の表情が緩んだが、この部屋を真に使っている人物の顔を見てまた引き締めた。
直斗と悠がいるのは病室だ。元より寺崎叶が使っている病室であり、一度はこの部屋から抜け出した少女だが、今はベッドで静かに目を閉じていた。
「寺崎さん、あの異世界で自分の事については怪盗団に話していたようですね。もっとも全てではないみたいですが」
「本当なら全てを明かすつもりだったのかもしれないが、それが出来なくなってしまったんだろう。そうじゃないと、あの死神シャドウが来た意味に説明がつかないからな」
悠たちも途中参戦であるが、今日のパレスで何があったかはある程度把握している。
正確には例のシャッターの向こうで少女が何をしていたのか以外だが、そこに関しても予想が立てられる位の情報は掴んでいた。もっとも、それを話してくれた怪盗団のリーダーも同程度に理解していそうではあるが。
「彼女が狙われたのは先の事を識っているから。そしてその事を彼ら怪盗団に伝えようとしたからでしょう」
「正確には彼らが最後に戦う事になる敵……俺たちが戦ったイザナミのような上位存在がそれを嫌った形だな」
二人もシャドウワーカーの面々と同様に『マジでヤバい神』としか聞かされていないが、そもそも人間の認知が具現化した世界なんてモノがある時点でそういった存在が裏にいるだろう事は予想がついていた。
その存在が何故怪盗団に知られたくないのかは分からないが、そこがトリガーとなった事くらいは誰から見ても明らかだった。
「そしてそれが分かったから彼女は意識を手放した、というわけか」
「細かい事は聞けずじまいになってしまいましたが、あれ以上の襲撃をなくすという意味では決して間違っていません。ただそれが今も続いているとなれば、話は少し変わってきますが」
そうして視線を送る直斗だが、その先にいる少女はやはり目覚めない。
そもそも
「この現実世界にまで干渉してくるとは考えづらいが、そもそもがあり得ない事だらけだ。甘く見るべきじゃないだろうな」
「ではやはり、彼女がその戦い当日までに起きる可能性は低いと見た方がいいでしょうね」
「下手をすれば、黒仮面の彼の目覚めの方が早い可能性まであるだろう」
悠があげた彼とは当然、こことは別の病室で今も寝ているだろう明智吾郎の事だ。
そちらには何か思う所のあったらしい乾がついていて、ここへ来る前に悠もその様子を確認していた。その上で比べれば、やはり容態が酷かったのは少女の方だった。
「彼の胸を撃たれた傷は塞がっていましたからまだ何とかなりましたが、彼女が負っていた
「そんな状態で動いていた以上はもう否定できない。彼女はもう、
もはや少女に起きている事は奇跡なんて範疇にはない。何故ならそれは生きている人間として見た時の物差しを使った上での評価だからだ。
しかし今の少女にその尺度は当て嵌まらない。
その身体の自浄治癒力は働かず、血の巡りすらも曖昧な状態で、それでも彼女は『死んでいない』。
『生きている』とはとても言えない筈なのにそう見えてしまう現状こそが、この二人を含めた関係者を悩ませる種となっていた。
「怪盗団の情報支援役の子も気付いた様子だった。恐らくりせや山岸さんと同じで、
潜伏のスキルを持つ少女は任意で気配を消す事が出来るが、この満身創痍になってからはそんなモノを使う余裕はなかった筈。なのに何故双葉がその殆どを何も感じ取れなかったのか、その理由がコレだった。
「なら彼らに伝わるのも時間の問題というわけですか。本当に、何故こんな事に……」
「彼女の執念を、甘く見ていたのかもしれないな」
この結果は少女の暴走が招いたモノである為、少なくとも八十稲羽組の二人に責任はない。しかし少女の惨状を目の当たりにして、心が動かない彼らでもないのだ。
そしてその事は、少女も識っている筈なのに。
「三島くんの話を聞く限りでは、彼女の意思とは関係なしで動かざるを得なかったような印象もあります。ならば彼女の動機は、ひょっとすると——先輩」
「ああ、分かってる。——いるんだろう? 入って来ていいぞ」
言葉の途中で直斗が顔を上げると、悠もまた頷いてドアの方向を見る。
少し間があったものの、スライド式のドアが動く事に変わりはなかった。
「……すみません。盗み聞きみたいな事をして」
「そうですね、あまり褒められた行いではありませんが……今は聞きたい事があるので丁度いいです、三島君」
入ってきたのは、浮かない顔のままに謝罪をした三島だった。
狙撃銃が入っているだろう黒色の細長いバッグを担いでいるその姿には、まるで狙撃手が本職になったかのような暗い雰囲気が纏わりつき始めていた。
「怪盗団と一緒に帰らなかったんだな」
「その前に寺崎をもう一度見ておきたかったのと、俺も話しておきたい事がありましたから」
そう言って少女を見る目には、悠から見ても危ないと思わせる光が宿っていた。やるせなさや怒りといった負の感情が混じり合わさったモノであり、ちょうど悠もあの一年のこの頃に見た覚えがある瞳だ。
しかしそういう意味では自分たちがいる時に来てくれて良かったと、悠と直斗の二人は視線を交わした。
「途中で一度聞きましたが、もう一度だけ話してください。あの時の彼女について」
「……何度思い出しても同じです。あの時のアイツは明らかにおかしかった。雨宮たちの戦いを見たいと言ったのも本当だと思うけど、その場に行く事自体にアイツは必死になってた。
あの時は勢いに流されて聞き返せなかったが、今の惨状を見れば嘘でも誇張でもなかったのだとしか思えない。それを思えば思う程、三島は自身の不甲斐なさに胸が痛くて。
「……ありがとうございます。ならやはり今回の彼女の凶行には、まだ裏があると見ていいでしょう」
「それが分からない限りは、ただ責めるのもお門違いか」
聞けば悠が来るまでも、立ち上がる事すら困難な状態で尚も戦おうとしていたらしい。その時に何をしようとしていたのかは定かではないが、それでも尋常ではない何かに駆られての行動だった事は容易に想像がついた。
だから三島たちは知らなければならないと考えている。
それが真に少女と向き合う事だと分かっているが故に。
「……でも、今の寺崎って本当に生きてるんですか?」
けれど三島から出てきたのはその根本を揺らすような、それでいて当然の問いだった。
「当たり前だろう。そうでなかったらここで寝ているわけがないしな」
ノータイムで返す悠だが、その言葉は本音と建前が半々だった。
致命傷云々を抜いても、今の少女が生きているとは中々言いづらい。それでも悠としては死んでいる等と言うつもりは更々なかった。
しかし三島だって、根拠もなしに言った訳ではない。
「此方に戻ってから気付いたんですけど、寺崎にもパレスがあるって話は覚えてますか?」
「今日入ったような異世界が、寺崎さんにもあるという話だったな。それが、どうかしたのか?」
認知訶学についての情報は、今もベッドで寝ている少女からもたらされたのが殆どだ。そんな彼女に関する驚きの事実を、悠と直斗が忘れる筈はない。
しかし何故三島は急にその事を言い出したのか。聡明な二人はすぐにその中身を理解してしまった。その上で全てをポーカーフェイスに閉じ込めて、三島の言葉を待つ。
「——ないんです。アイツのパレスが何処にも。いつの間にか、ナビに『該当しない』って言われて……!」
「なに?」
三島が震える手で持ったスマホには、赤と黒で彩られたイセカイナビの画面が表示されている。
そこに『寺崎叶』という文字が入力されても、すぐに『該当しません』という無機質な声とポップアップが出るだけだ。
普通の人間なら無くて当然の表示が無い事に、二人も驚きを隠せなかった。
「三島君、これは何時からですか?」
「その、今日パレスから戻ってきた時にはこうなってました。前に寺崎の名前を入れたのは結構前なんで、正確に何時からかって言われると、ちょっと……」
ならどうしてこのタイミングで入れたのか、という問いを悠は捨て置いた。何となく予想はついたし、そこは今重要ではない。
問題は、何が起こればパレスがなくなるかという点だ。
まず思いつくのは心の怪盗団がやっていたようにパレスの核である『オタカラ』を奪取する事、いわゆる『改心』によるモノだ。しかし怪盗団がそんな事をしていたという話は聞いてないし、明智も今回戦うまで少女は死んだと認識していた以上はその線も薄い。
だからあり得るのはもう一つの可能性。その認知世界を持つ人物そのものに何かがあった場合。
すなわちその人物が現実世界で死亡すれば、その人物から派生する世界はなくなる。
そんな当然の話が、三島の考えてしまった可能性だった。
「……なるほどな。それは確かに不安になるのも無理はないだろう」
「鳴上さん、じゃあ本当に、寺崎は……」
「まずは落ち着くんだ三島。深呼吸だ、いいな?」
「えっ。……すーっ、はあー……」
それが否定されなかった事に三島が動揺しかけるが、悠は泰然としたままでそう言葉をかける。
その真剣な眼差しに大人しく従ったのを見た悠が、次に視線を向けたのはベッドの少女だ。
「そして彼女に触れてみろ。ちゃんとここにいる、現実の寺崎さんをだ」
「は、はい……」
気圧されるままに三島が一歩踏み出すと、当然少女との距離が縮まる。
そうしてベッドの傍まで移動すると、少女の顔が改めて視界に入った。
「…………」
とても静かだった。胸が上下しているのか、呼吸しているかも分かりづらい程に静止していた。
そんな彼女へと三島は手を伸ばした。動かない少女の肩に触れた。
パレスから脱出する為に担いだ時と同じだった。
温かくはない。けれど、冷たくもない温度がそこにあった。
「怪盗団のリーダーである彼が言っていました。明智吾郎を助けたいと思うなら、寺崎叶も生きていなければ駄目だと。そう言われて彼女は確かに頷いたそうです。その約束……いえ『取引』が続いているのなら、彼女もまだ死ぬつもりはないのではないでしょうか」
「……お前、は」
それは三島がまだ聞いていない話だった。
それでも、コイツならそれだけで生きるだろうと思ってしまうような話だった。
「そもそもの事件がまだ終わってないんだ。獅童との決戦もそうだが、その先の戦いだって控えている。それを前にして彼女がもう何もしないと、三島はそう思うのか?」
「……確かに、そんなわけないか」
いつしか三島は苦笑していた。
こんなにも目の前の少女は何か引き取っているように見えるのに、そんな引き際の良い奴じゃなかった事を思い出した。そもそもが殺しても死ななそうな奴だったと、三島は思い直す事が出来る状態にまで回帰していた。
「パレスが見つからなくなっている事は事実かもしれない。だがこれまでもあり得ない事だらけだったんだ。ならそれでも生きている可能性だって、あっても不思議じゃないだろう?」
「……そうですよね。こんな無茶苦茶な奴なんだから、何かの拍子に改心してたなんて展開でもいい気がしてきました」
「少なくとも僕たちは、彼女の事をそう信じると決めています。だから三島くんも、信じてあげてください。それで彼女が元気になった後で、思いっきり怒ってください」
「分かりました。絶対にそうします」
つい最近見覚えがある気もする直斗の笑みだが、三島は素直に頷いた。
慰められている自覚はある。きっと少女の状態は、そんな明るい展望のあるものじゃない。
それでも悠と直斗の気遣いを無下にはできないと思えるほどには、三島も持ち直していたのだ。
「さて、獅童に関しては怪盗団に任せているが、その先についてはまた三島の力を借りるかもしれない。それに備えてもらう為にも、今日はもう帰るんだ。明日以降もお見舞いが出来るように、手配はしておこう」
「ありがとうございます、なら今日はこれで。……鳴上さんと白鐘さんはどうするんですか?」
落ち着いた三島がお礼を言って立ち去ろうとした所で、ふと気になったのでそう尋ねた。
二人も顔を見合わせながらも立ち上がって、その質問に回答する。
「俺たちもひとまずはこれで帰るつもりだ。最後に天田が見ている病室に行って、病院の人と話をしてからだけどな」
「ここは桐条グループの管轄ですから、心配は要りませんよ。彼らが目覚めるまで、万全の体制を保ってくれるそうですから」
「……このデカい病院も、そういやそうだっけ。なら、大丈夫そうですね」
今更だけどバックがデカすぎて怖いな……となる三島だった。
当然だが二人にも生活はある。だから付きっきりになれるわけではないと思っていたが、看病については問題ないのだと分かって三島は安心した。
「——
「はい、そういう事なら…………ん?」
だからその事実に、すぐには気付けなかった。
☆三島くん
お労しい少女を見て錯乱しかけたが、悠と直斗のおかげで持ち直した。持ち直した筈だったのに。
☆寺崎叶
ストーカーの少女。
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こんなに11月編が長くなるとは思いませんでしたが、ようやく次回からは12月編です。この先も戦闘続きの予定なので頑張ります。