異世界マフィアの次期ボスにTS転生した話 作:AK i
「ひ、ひぃ……!申し訳ございません申し訳ございません、これ以上はっ!」
「ごめんで済んだら騎士団はいらねぇんだよなァ! 聞こえてんのかジジイ!」
「イ、ァ゛……!」
目の前で行われる惨劇。殴られ蹴られ、血で顔を真っ赤に染めた男は恐怖のあまり失禁し意識を失った。それを笑いながら見る男たち。なんとも醜い光景に顔を顰めると、隣で静かに控えていた男が暴行を止める指示を出した。
「は……あ、いや、こいつが」
「黙れ。ボスの顔が見えねえのか」
「ひっ!す、すみません!」
言い訳をしようとしていた男の口が、こちらを見た瞬間に止まる。そんなに恐ろしい顔をしていたか? 少し眉を顰めただけなんだけど。まあそれでこの暴行が終わるならそれで良い。
「……汚ったな」
「すみません、ボス。すぐに片づけさせます」
隣の男が気遣うようにハンカチを差し出してくる。真っ白なハンカチは血やらゲロやらで汚れたこの場所とは違って綺麗なままだ。そしてその男の顔も嫌味なほどに整っている。黒髪赤目のこの男――クロギリはテキパキと部下へ指示を出している。劇団の主役だって張れる美しい顔は鉄仮面のような無表情。他の奴らもたぶんこいつを怖がっているんだろう。そりゃ、この顔で凄まれたら迫力がある。俺はもう慣れたが。
「禁忌術具を裏で売ってた奴らはコレで最後です。どうしますか?」
「あ~……もういい。バラして沈めろ」
「はい。……お前ら聞いてたな?始末しとけ」
「うっす!」
血なまぐさい場所から一刻も早く出たい。いつまで経ってもこういった匂いに慣れることができないのは良いことなのか、悪いことなのか。後者だろうな、なんて思いながら現場を後にする。はあ、どうしてこうなったんだ。
部下共の姿が見えなくなると、クロギリはふうと息を吐いた。そしてその鉄仮面を崩し、俺に向かって呆れた顔をする。
「いい加減慣れてください――お嬢」
ほんとうに、どうしてこうなった。
♢ ♢ ♢
転生したら、マフィアのボスの娘だった。ついでに何故か女になってた。
おっかしーな、普通こういうのってTSしてんなら貴族の娘とかお姫様になるもんじゃねえの? 勇者とは言わないまでも、その仲間くらいにはなるもんじゃねえの?
なお今のところ俺に勇者の仲間になるフラグは微塵もない。魔法はあるし魔物だっているのだが、俺にはまっったく関わりがない。異世界転生したくせに一番面白いとこ無くすのはナシだろ、普通に。
「やだ〜〜!!俺だって冒険してぇし、魔法使いてぇし、カワイイ女の子と恋愛してぇのに!」
一人、部屋でジタバタと足を暴れさせる。虚しい。心に虚無感が生まれる。だってさ、この国には騎士とか冒険者とか魔法使いとかがいるワケよ。なのに俺はマフィア。なんやねんマフィアて。キラキラ冒険譚ではなくドロドロスプラッタをなんでわざわざ異世界でやらなきゃいけないのか。
しかもこちとら女である。黒社会のドンになってハードボイルドしようにもまだ二十歳にもなっていない女である。ただ偉い男の娘として生きているだけである。いやいやいやなんかこうもっとあっただろ! と言いたくなってしまう。
「せめて魔法が、なぁ……」
魔法。夢のような言葉だ。もし使えたら、と妄想したことだって一度や二度ではない。だがしかしこの世界の魔法は完全才能由来。生まれ持った才能がなければ魔法を使うことなんて夢のまた夢。しかも魔法を使える奴は大体貴族で血筋によってガチガチに固められたものだから、いくら力を持ったマフィアとはいえただの平民である俺には使えない。まあ、稀に平民でも使える奴がいるらしいが……そんな奴はすぐにとっ捕まって良くて貴族の養子、悪くて人身売買行きだ。世知辛いね。
「……はあ……」
豪華な部屋でため息を吐く。一人娘である俺に与えられた部屋はそんじょそこらの貴族よりもデカい。それはすなわち俺の父親――ディナーレファミリーのボスが下手な貴族よりも大きな権力を持つことを示している。
カティア・ディナーレ。この国の裏社会で最も強い権勢を誇るディナーレファミリーの一人娘。それが俺だ。冗談にしちゃあ笑えないが、現実なのだからもっと笑えない。
生まれた時から驚きの連続だった。周りの奴らはやたらゴツくて強面だし、父親と見られる男は滅多に会いにこないし。まあ、あのクソ親父が赤子に興味を示したらそっちの方が驚きだと今なら分かる。母親もいなかったし。
まさか周りの奴らも可愛い可愛い一人娘の中身が元男なんて誰も思わないだろう。そこだけは謝罪しても良いかもしれん。初めて発した言葉が「おいおまえ!」だったからめちゃくちゃ泣かれた。いや……だって周りがみんなそう言ってたし……。
それから俺は蝶よ花よと育てられたのだが、マフィアの娘としてはあまり適性がなかったと言えよう。なにしろ俺はグロいのが駄目なのだ。前世から友人にホラー映画を見ようと誘われても全力で断っていたし、スプラッタ系なんて特に無理。なんであんな血が出るやつが面白いんだろね? 俺には分からん感覚だわ。
とまあ、そんな感じだからそこそこ苦労した人生を送っているワケ。分かるか?
「いや知りませんが」
「は〜〜幼馴染が分かってくれなくてつら」
「幼馴染ってか護衛ですけどね」
そう生意気に言ったのはクロギリである。相変わらずムカつく整った顔でいつの間にか部屋の中にいた。怖、ストーカーかよ。
「俺もまさか自分が五歳児の護衛になるとは思ってませんでしたよ。おかげで幹部としてのキャリアは無くなりました」
「いやあ、あの時の俺って英断じゃね?『こいつがいいの〜!』って幼女に言われたら誰も断れないだろ」
「過去の自分を幼女呼びするのやめてください」
クロギリの正確な年齢は知らないが、たぶん十五くらいは上だろう。当時五歳だった俺は強面のオッサン共だけの空間に耐えきれずせめてもうちょい若い奴を所望していたのだ。あの時の周りの顔は傑作だった。イケメンで将来有望なムカつく若造が幼女の護衛に任命されたのだから、嘲笑と困惑と焦りでぐちゃぐちゃな表情ばかり。まあ確かにボスの一人娘の護衛はある意味出世ルートではあるからな。
ニヤニヤと笑っていると、クロギリは一際大きなため息を吐いた。
「はぁ……可愛らしかったお嬢がこんなになって……」
「元々こんなんだっただろ。大して変わらんて」
「初めて死体を見た時は『くろぎりっ、これイヤ!』って服を握りしめてくれたんですけどね」
「うおおお黒歴史!それ言うなって反則だろ!」
死ぬほど恥ずかしい黒歴史を口にしたクロギリ。そりゃあ前世はのほほんと暮らす一般人でしたし? 初めて見る死体はグロいしキモいし汚いし臭いしで最悪で、
誤魔化すようにきゅるるんとポーズを決めてみせる。あざといくらいが丁度良い、俺の前世からの教訓である。
「俺は今も可愛いだろ?な?」
「…………まあ」
そうだ、いくらクロギリが生意気でも俺の可愛さは本物なのだ。可愛いっつーか、綺麗系? 黒髪美人とは俺のことよ。初めて鏡を見た時の衝撃といったら、目の前に天使でもいるのかと思った。
顔の良さ、ディナーレの血筋、そして幼少期からみせた利発さ。俺が有象無象からモテるのは必然と言えよう。まあ男からばっかりだから嬉しくもなんともないが。そういや最近もまた婚姻の申し入れがあったんだよな……クソ親父が病床にいると知っての行動なら抜け目がない。俺を手に入れればディナーレの全てを得ることができるとでも思っているのだろうか。それがあながち間違いではないのは、悲劇かもしれない。
「こんな可愛い俺がさー誰かの嫁になるとかありえんよな。もう俺がボスになっちゃおうかなー」
「……いいんじゃないですか?」
「え?」
「というか、お嬢はそのつもりかと。大人しく結婚して誰かの下につく予定だったんですか?」
…………へえ。
クロギリもなかなか攻めたことを言うじゃん。この組織において親父は絶対。次代の話なんて出したら粛清待ったナシの超独裁組織。だからまあ、クソ親父が病気の今、次期ボスについて言及するのは結構リスキーな行為だ。それを、こいつは口にした。
「ふぅん。クロギリはそのつもりだったワケ?」
「ま、貴女になる気が無いなら俺が奪ってやろうとは思っていましたが……必要なさそうですね」
クロギリは笑う。俺も笑う。相手の目に映るのは猟犬のような目をした自分。
女の身で、魔法も使えず、あるのはただ血筋のみ。そんな自分がボスになるのがどれだけ厳しいか。何も知らない下っ端も、敵組織も、それから俺の味方ではあっても認めてはくれないだろう幹部たちも。全てを納得させなければディナーレファミリーのボスは務まらない。この国の裏社会を支配する力は手に入らない。
そして。そうしなければ俺は自分のことを自分で決める権利を持てない。ただの駒として、ただの人形としてこの生を終えることになる。
「手伝ってくれる?クロギリ」
「もちろん。お嬢がそれを望むなら」
その日、俺は――マフィアのボスになることを決意した。