異世界マフィアの次期ボスにTS転生した話 作:AK i
そしてやってきました葬式の時間。安らかに、天国へ行けますように。そんな意味を持つ祈りの言葉が響く。ここにいる奴らなんて皆んな神を信じてなどいないだろうに、そして死人が天国へ行くだなんて思っている奴はいないだろうに、形だけでも祈りを捧げている。
そして、まあ、涙を流す奴もまたいない。当たり前だろう、誰にも心を開かず誰にも寄り添わず誰にも大切にされなかった男の葬式なんだから。裏社会のトップといってもこんなもの、全く寂しいもんだ。
「本日はお集まりいただいてありがとうございます。父も喜ぶでしょう」
「はっはっは、全くカティア様は冗談がお上手だ」
「あら冗談だなんて」
ふふふ、おほほと笑いながら穏やかな時間を過ごす。厳つい如何にも裏社会の人間ですといった風貌の男たちが真っ黒なスーツに身を包み、腹の探り合いをしている様は滑稽だ。こちらに嫌な目線を向けてくることも含めて。
形ばかりの式が終わり、雰囲気が落ち着かなくなってくる。誰が得をするのか、誰が損をするのか、奪い合って押し付けあって、誰もが疑心暗鬼になっていた。
俺自身、表情を動かさないよう顔の筋肉に力を込める。それでも手のひらの汗は隠せない。
白い封筒をゆっくりと開封する。紙を引き抜く音が異様に大きく聞こえた。
「それでは、先代の……父の遺言を読み上げます」
隣にはクロギリ。少し離れた場にはダリオ。幹部らのみを集めた会場は異様な緊張感に包まれる。常に立ち昇っていた煙草の煙すら無くなった。
「……財産の半分を我が娘、カティアに」
誰かがチッと舌打ちをした。だが、ここで止まられては困る。息を吸って、残りの文言を読み上げた。
「――そして、残りの半分を孤児院へ寄付するものとする」
「は、」
皆、息を止めた。
誰もが読み上げられた言葉を理解できなかった。
そして、沈黙を破るように大きな笑い声が起きた。
「フッ、ハハハッ! そーかそーか、あの男は最後まで逃げやがったか!」
「……モーリッツ殿」
「あの野郎のやりそうなこった! 俺らには一銅貨も残さねえってか」
モーリッツ・トッデ。ディナーレにおけるNo.2。六十を越えた老獪な男で、ボスの右腕だった。その男が白くなった髪を掻き上げ、豪快に笑う。だが笑い声のなかには背筋が凍るような冷たさも含まれていて。
そしてようやく、状況が飲み込まれた。
「あ、あり得ん!」
「孤児院に寄付するだと!? ディナーレの財産を!?」
「いくらボスの遺言とはいえこれは……!」
この場に集まるのは手を真っ赤に染めて裏社会を登り詰めてきた、冷酷無比な男たち。まさかそんな彼らに孤児院への慈悲の心などあるはずもない。寄付だとか支援だとか、そんな言葉は彼らの頭の中には存在しない。
顔を真っ赤にして怒りの声を上げるもの。激情を堪えぶるぶると震えるもの。まだ理解が追いついていないもの。皆が皆共通しているのは、この遺言に対して不満しかない、ということだ。
その中でも比較的落ち着いたモーリッツは真っ直ぐと俺の方を見た。
「あの男が遺言を遺すなんぞ思っていなかったが……あぁ、そういうことなら分かる。死ぬのが恐ろしくって、せめて天国へでも行こうとしたんだろ?」
「……そう、かもしれませんね」
「傑作だな、カティア嬢? いくつもの……幾つもの罪を、数えきれないほどの罪を平気な顔で犯してきた男が最後に望んだのは死後の安寧ってか」
そっと目を伏せ、息を吐く。この男が納得したならば、他の幹部らが疑うことはないだろう。
あぁ、そうだ。きっとあのクソ親父は誰にも遺産なんて残さない。長年連れ添った部下だろうと、アイツなりに可愛がってきた娘だろうと関係ない。そんなことをするくらいなら、無関係の他人に……それも、とびっきり哀れで足元にも及ばないような弱者に、天国から見ていた神様が最後の善行を認めてくれるような相手に、施しを与える。
蜘蛛の糸を狙って意図的に行った慈悲。そんなもので天国に行けるワケないのにな? だがあのクソ親父はそういったことを信じる。そういう性格だと、近くにいればいるほど知っている。
モーリッツも同じように考えていたのか、鼻で笑った。
「ハッ、悪逆非道なあの男が最後に望んだ願いがそれとは笑えるが……意味のない偽善でディナーレをボロボロにされちゃあたまったもんじゃない」
「そ、そうですぞ! 孤児院に寄付ぅ? そのような施し何の意味があるというのか!」
モーリッツの言葉に続くように抗議の声をあげたのはロベルトだ。そしてロベルトの啖呵にも同意の声が集まる。
……ここで、本当に孤児院に寄付するような大人しい奴らなら苦労はしないんだけど。裏社会で巻き上げた汚ったねえ金を孤児院の運営に当てられるような善性が残っていたなら、それはそれで良かったんだけど、な。まあディナーレというマフィアで幹部まで登り詰めた奴らがそんなモノ、持っているはずもない。
これが普通の金持ちだったなら、孤児院への寄付という善行を真っ向から否定するのは難しかっただろう。建前というものがあるからな。だがここはマフィアの巣窟。偽善なんてクソ喰らえ、な最低野郎共しかいない場だ。せっかくの金を、権利を、何故孤児などにくれてやらねばならないと声高に主張する。
「……ですので、皆様に提案がございます」
口を開くと、それまで騒々しかった会場が静まり返る。疑心の目、期待の目、軽蔑の目。様々な視線が突き刺さり、それを何でもないフリをして受け止める。
「確かに、いきなり孤児院へ寄付するなど到底納得できることではございません。ですがディナーレは父のものであったこともまた事実」
「カティア様、それは!」
「私とて父の遺言を完全に無視するのはいかがなものかと思いますし……ですから父の遺したものを、ディナーレを、私に預けてくださいませんか?」
小首を傾げて、眉を下げて、如何にも他意はありませんといった様子で。その言葉を口にした。
「いやそれは……」
「だが寄付などより……」
「…………」
皆どちらがマシかを思案している。孤児院に寄付したところで奪い合いになることは間違いない。むしろ残った権利をライバルに与えない方が良いのではないか。自分に利益が無いのなら他の誰にも与えられない方が……それに
うんうん、舐められてるな。ここで下手にロベルトなんかが力を持てば他の権利を要求することも難しくなる。それくらいなら俺に一旦渡しても構わない、なんて思って貰わないと。
あと一押しあれば、流れができる。
ダリオに目配せをすると、納得といった表情で近くにいたジャンニを小突いた。ジャンニもまた呆然としていたが、ようやく意を汲んで立ち上がる。
「わ、私はカティア様のご意見に賛成です!」
「誰だ?」
「確か新参の……ジャンニだったか?」
「先代のご意向に沿えないことは心苦しいですが、ええ、カティア様ならば良いのでは? なんといっても先代の御息女なのですから!」
一番鶏はよく鳴いた。新参者によって言われたことに若干の苛立ちを滲ませながらも、幹部たちは納得した様子を見せる。
やるやん、ジャンニ。いい仕事をしてくれた。先日誘拐されたことは約束通り水に流してやろう。
ほくそ笑んでいると、周りが同調し始めたことに気づいたジャンニがほっと息を吐く様が見えた。
「あぁそうです、なんなら私がカティア様の後見人になりましょう! まだお若いことですし心配になる方もいらっしゃるでしょう」
ちょっ、そこまでは頼んでないんだが!
余計なお世話を焼こうとしてくるジャンニに焦る。そもそもジャンニの後ろ盾を得たところで大したメリットもない。
「どうです? どなたもいらっしゃらないなら……」
「ならば俺がなろう」
そう言い出したのはモーリッツ。まさか、と思って目を見開く。どうしてこの男がそんなことを言い出したのか全く分からなかった。