異世界マフィアの次期ボスにTS転生した話 作:AK i
「カティア嬢、よろしいか?」
「っ、はい。もちろんです、モーリッツ殿。貴方ならばこれ以上ないほどに頼もしい」
俺の言った言葉に嘘はない。古株で、部下からの信頼も厚く、誰もがその腕を認める男。ジャンニとは大違いだ。ただ、それ以上に警戒しているだけ。だってボスの死んだ今ですら絶大な影響力を残す男だ、その男が俺に味方する? なにか裏があると考えるのが自然だろう。
「ふむ、俺としてもディナーレが崩壊するのは望ましくない。それならばカティア嬢に賭けてみるのも悪くはないさ」
「だ、だからといってその小娘にディナーレの全財産を渡すなどと! 到底容認できるものではございませんな!」
「ロベルト、お前なぁ。いくらディナーレが大きかろうが何だろうが、表向きは所詮個人財産だ。ならばそれを娘が受け継ぐことに問題なかろう」
「そ、れは……」
「あの野郎、後続を決めるの渋ってたからな。財産が全て無駄になるよりは良い選択だ」
何を考えているのか読ませない顔でモーリッツは言う。自身が上に立つような欲を一切見せない態度はある意味不気味で、クソ親父から遺産に関係した話を聞いていないのか、娘である俺が相続することに異論はなさそうだった。
「う、うむ、モーリッツ殿ならば……」
「あくまでもカティア様を主としている訳ですな? ならば良いのでは」
あれほど寄付に反発していた幹部たちも、モーリッツが後ろ盾になった俺ならば、と譲歩の様子を見せた。隙あれば直ぐに奪い取る気を隠してもいないが。けっ、仮にでも父親が死んだ娘に対する態度じゃねえっての。
「そりゃ良かった。カティア嬢も納得してくれたようだし……お前もそれで良いな?」
「……っ、ええ」
ひゅ〜っ、流石の貫禄。これにはジャンニも何も言えず悔しげに唇を噛むしかない。
と、思っていたのだが。想像以上に、予想以上に、ジャンニは愚かでディナーレについて知らなかったらしい。
「ぁ、で、ですが……!カティア様のお母上はどうなるのです!も、もちろんモーリッツ殿は宜しい、ですがその方を含め、」
「あー……お前、ジャンニとか言ったか?少しばかり黙ることを覚えるんだな」
「は、い?ですが、ボスの奥方こそ当事者ではございませんか!本日はいらしていないようです、が……?」
沈黙が部屋を満たす。それは探り合うような空気とは異なる、触れてはいけないものに触れた時の、息がつまるような静けさだった。
「な、何か」
馬鹿だなぁ、余計なことを言わなければそれで良かったのに。
「……クロギリ、お願い」
「はっ」
俺が声をかけるとクロギリは何もかも察したように、ジャンニの腕を捕らえその場に膝をつかせる。よく分かっていなさげにダリオもクロギリを手伝う。
するとモーリッツは顔を顰め諌めるように言った。
「……一応言っておく。カティア嬢、ボスは死んだぞ」
「はい、分かっています。ですが、掟ですので」
掟。ボスが、俺のクソ親父が定めた、身勝手で私情塗れの決まりごと。ディナーレにおける絶対。どうでもいい、くだらない、くだらないくだらないくだらない――でも、誰もが縛られたもの。
「確かジャンニ殿はここ一年ほどで幹部になったんでした。だから、まあ、仕方ないといえば仕方ないのですが、知らないのも当然であるのですが。ええ、その。口にしてはダメなんです」
「は……?」
「私の母のこと。ディナーレのボスの、妻のこと。疑問に思われませんでしたか?」
「それは、どういう……」
「あら、鈍いんですね。簡単ですよ、その人のことを口にしたら消されるんです。父の前でその名を口にするのはもちろん、存在に言及するのもダメ。そういうルールなんです」
呆然とするジャンニ。当たり前だな、こんなくっだらないルールがまさか本当に適用されるだなんて誰も思わない。
だが。ここ、ディナーレは、クソ親父の独裁が罷り通っていた訳で。そしてマフィアにおける決まりごとは絶対なのだ。
「ま、待ってください、そんな、」
「で、その処分を担当するのは娘である私の役割でした。……撤廃は、するつもりでしたが。ただ、まだ有効です」
懐から小さな銃を取り出す。護身用に過ぎない、大して遠くも撃てない玩具のようなもの。だが至近距離から撃てば関係ない。鉛玉が貫通せずとも撃つ場所を間違えなければ人は死ぬ。
「ヒッ……!」
銃口を向ければジャンニの顔が恐怖に染まる。咄嗟に逃げ出そうとしてもクロギリによって捕まった身体は動かない。あいつ馬鹿力だからね。
引き金に指をかけた。殺したくない、と頭の中で誰かが悲鳴をあげた。気のせい。その声を無視して引き金を引く。パァン、と乾いた音がして、ドサリと倒れる身体がひとつ。
何回めだろうな。少なくとも両手の数は超えていたはず。ただそれでも久々に撃った銃の感触には寒気がする。簡単に命が奪えてしまうものに寒気がする。そして何より――ジャンニを殺せたことに安堵する自分に、寒気がした。
彼は一度誘拐を成功させていたし、この葬式の茶番を察するだけの情報を持っていた。他の幹部に漏れれば悪用されるであろう情報。たとえそれを使う能力が無くとも、知っているだけで脅威になり得る。
そんなジャンニを殺せたことに。何も情報を漏らさない状態に出来たことに。俺は喜んでいる。ほっとしている。
「……」
ヒュウ、とダリオが口笛を吹いた。愉快そうにこちらを見ている。なんか余計なこと言ったら後でしばくからな。
窓のない部屋に沈黙が落ちた。
血の臭いがする。
「クロギリ、片付けておいて」
流石に葬儀の日に血臭は趣味が悪いか、と現実逃避のように考える。床も張り替えた方がいいかな。あまり使わない部屋とはいえ、染みがついたままというのもアレだし。
淡々と指示を出す。声に怯えが入らないように。震える手が見えないように固く握りしめて、机の下に隠す。にこりと口角を上げて周りを見れば、大の大人が恐れを抱いたかのようにこちらを睨んだ。
これで少しは認められただろうか。舐められないように、冷徹なボスとしての姿を見せることができただろうか。
俺としてはべーっと舌を出してやりたいよ。しないけどな。
パチ、パチ、パチ。
乾いた音が三度、部屋に響いた。
「見事だな」
手を叩いたのはモーリッツだった。先ほどまで顔を顰めていたのが嘘のように感心した様子で、芝居でも見ていたかのように悠々と椅子へ腰掛けている。死体の転がる床など気にも留めず俺を見た。
「先代に似たか?」
ひっどい侮辱だ。俺はあんな風にはならない……と言いたいところだが、実際今やったことはクソ親父の焼き直しなので何も言えない。それでも嫌そうな顔は隠しきれなかった。
「ハハ、そんな顔をするな。……少し、思い出しただけだ」
「そうですか」
「ふむ、だが想像以上だった。どうだお前らは。彼女にならば一時ディナーレを預けても良いと思うか?」
モーリッツはやたら挑戦的な物言いをした。
そこで、奇妙なことに気づく。幹部らの中でも新しい者たちやロベルト派が嫌な顔をするのは予想していたが、古参連中はそれほど反発していない。俺が小さい頃からディナーレの中核を担ってきた者たち。彼らは何の感情も読み取れない無表情のまま、ただ沈黙を保っている。
モーリッツが何かした、か?まだ読めないから微妙だな。多少の不気味さを残しながらも老獪な男は続けた。
「ではカティア嬢。掟に従い処罰されたジャンニの縄張りはどうする?」
「そう、ですね……」
試すようにモーリッツは言った。もし掟通りなら、破った者を摘発した者がその権益を得ることができる。だが今の俺がそれをやるのは少し角が立つな。
「……縄張りは三分割で。北通りをロベルト殿、西の港をモーリッツ殿、南の市場は一旦本部預かりにします」
「なっ……!」
真っ先に声を上げたのはロベルトだった。
「市場まで貴女が握るつもりか!」
「いいえ。市場は金が動きますから。誰か一人に渡せば争いになるでしょう?それなら本部の方で預かって、少しは父の遺言通りにしようかと」
孤児院への寄付。偽善だが、遺言故に強くは反発できないだろう。わざとらしく首を傾げると、ロベルトの顔が赤く染まる。
「それに」
俺は続けた。
「三者で監視し合っていただければ助かります。皆様ほど頼もしい方々なら、不正などなさらないでしょうし」
皮肉に気づいた者は何人いたか。ロベルトの持つ縄張りでは不正が蔓延っているのは風の噂で聞いていた。少なくともモーリッツは肩を揺らして笑っていた。
「はっ、やるじゃないか」
「……っ」
ロベルトは苦虫を噛み潰したような顔で黙る。欲しいものは得た。だが俺の掌の上で、という形が気に入らないのだろう。面倒な奴だ。
この後の会議は問題なく進んだ。まあ形式的なものばっかりだったしな。
終わり際にふうと息を吐いた。あと少し。
「では皆さま、私は失礼致します。一応父を亡くしたばかりですので、ね」
優雅にお辞儀をしてみせる。これでも淑女教育の一貫で習ったことがあるのだ。マフィアに淑女も何も無いと思うが。
幹部らに背を向ける。部屋から出ると、まだ微かに血の臭いが残っていた。
1年……1年……!?