異世界マフィアの次期ボスにTS転生した話 作:AK i
「なんでだよ!いいじゃんか少しくらい!」
「何を言ってるんですか。今外出するのがどれほど危険かお嬢でも理解しているでしょう」
部屋の中に響くやり取り。ひとつはお嬢のモンで、もうひとつはクロギリさんだ。喧嘩っつーか、痴話喧嘩?俺は何を聞かされてんだろうなァという気分になる。これがこの国の裏社会で悪名を轟かせるディナーレファミリーのボスだって言うんだからお笑い種だ。
自由気ままに復讐をしたり、様々なところを渡り歩いていたのは少しだけ前のこと。今じゃ首輪を引っ掛けられて、マフィアの犬なんてやっている。自分より歳下の少女を「お嬢」だなんて呼ぶことになるとは、人生ってのは分からないねェ。
「そんなに外に行きたいなら私が着いて行きますから。何がしたいんですか?」
「はあ?またクロギリに付き纏われるなんてごめんだね。ダリオ連れてくから心配すんな」
首輪を付けられているとはいえ、俺が適当な主を抱くなんてあり得ない。今従っているのはお嬢――カティア・ディナーレという女に見どころがある、と思ったからだ。甘ちゃんなところもあるが頭はそう悪くないし、何よりクロギリさんっつー、化けモンを制御しているところが良い。
クロギリさん――俺が“さん”付けをする日がくるとは夢にも思わなかったぜ――は化けモンだ。俺だって多少は腕っぷしに自信はあったが、そんなものこの人に会った時に砕かれた。それほどクロギリさんは桁外れだ。お嬢はそのことを理解しているのか、していないのか。
が、そんな化けモンとお嬢は絶賛喧嘩中だ。それもすっげえくだらないやつ。
「……ダメです」
「いーや、ダリオを連れてく。お前は着いてくんな。大人しく指咥えて屋敷で待機してろっての」
「その男がどれほど役に立つと?私に土も付けられない貧弱な男です」
「うわ出た自信過剰!過保護すぎだって!」
「過保護?お嬢が我儘を言い出さなければ良いのでは?」
「我儘!?俺がいつ我儘言ったって!?」
「はっ」
「〜〜〜っ!どこに!デートに着いてくる保護者がいるんですかぁ!?」
おい待てや。なんか聞き捨てならないことが聞こえた気がする。
呆れて見ていたが、何やら巻き込まれ始めた。
「……デート」
「俺はダリオとデートしてくるんでぇ!過保護な保護者は引っ込んでてくださぁい!」
待て。待ってくれお嬢。クロギリさんの顔が凄いことになってるから。なんか今にも国滅ぼしそうな雰囲気出してるから……!
背中に冷たい汗が流れる。こんなくだらねェ喧嘩に巻き込まれて回復魔法使うなんてしたくねー。
「おい……痴話喧嘩に巻き込むなっつーの」
「痴話喧嘩じゃない!」
「痴話喧嘩ではありません!」
息ぴったりじゃねーか。もう二人で行ってこい、と思うのだがそうはいかないらしい。
お嬢は過保護なクロギリさんにうんざりしていて、偶には別行動がしたい。貧民街に近いところで行われる祭りに参加し、俺が前に教えた屋台の肉串が食べたいらしい。
一方のクロギリさんは、ディナーレのボスとなったばかりなのだから我慢しろ、もしくは自分が護衛としてつくと譲らない。さらにわざわざ貧乏飯を食いにいく必要はない、とのこと。すげえ馬鹿にされた。
「分かっていますか?ダリオは元々殺人を繰り返していた男ですよ?そんな男とお嬢が一緒にデートなんて、あぁ、考えるのも恐ろしい」
「はあぁ??この前ダリオは信頼しても良いとか言ってたのはそっちだろ。発言に一貫性持てや」
「それとこれとは話が別です。お嬢は甘いんですよ、すぐに人を信頼する」
あー、それはちょっと思ったなァ。俺としてはなんでこんなに側に置かれているのか、イマイチよく分からん。
クロギリさんの言い分にお嬢はぐっと言葉を詰まらせた。
「経験が足りていないことを自覚していません。危機感を持ってください、だいたいダリオなんて見るからに信用ならないでしょう」
「……確かにダリオは見た目チンピラだけど、悪い奴じゃないだろ」
「殺人鬼が悪くなくて誰が悪いんです?」
そらそうだな、ともっともな言い分に頷く。庇ってくれるのは嬉しいが、お嬢はかなり劣勢だ。
「お嬢は人を見る目がなさすぎます」
ぴしゃり、と告げられた言葉。あーこれはクロギリさんの勝ちか、なんて思った。
「……人を見る目?」
「情に流され、拾った人間を簡単に側に置き、敵を利用するのを躊躇する。違いますか?」
「…………」
「マフィアのボスとしては致命的ですね。もうやめましょうか」
クロギリさん、煽る煽る。どれだけお嬢の世話にストレス溜まってんだ。まるで母親みてぇだな。
と、ここまでは思っていた。
「……へえ、そう。向いてない?」
「向いてませんね。自分でもお分かりでしょう」
「…………、」
お前がそれを言うのか、と。お嬢は小さな声で呟いた。俺の方が近いからクロギリさんには聞こえなかっただろう。
お嬢は天井を見上げ、深く息をついた。
「……クロギリは、そんなに俺が外に出るの、嫌なわけ?」
「ええ。出来れば閉じ込めておきたいくらいです」
「あ、そ」
なにか、嫌なものを感じた。お嬢の声音か、クロギリさんの言い方か。
部屋の中に沈黙が落ちる。これじゃあ、痴話喧嘩じゃなくてただの喧嘩だ。面倒くせェ、と口を開こうとした時。
「……クロギリ、
甘ったるく、強請るように。お嬢が言った。
それを聞いたクロギリさんは少しだけ顔をこわばらせ、すぐに元に戻した。普段から無表情な人だが、それ以上に何も感じられない表情。
「っ、……承知しました」
クロギリさんはそう言って部屋を出て行く。
唐突に喧嘩は終わった。何も分からないままに。
「あー……どういうこった。おいお嬢、なん、」
今のはなんだと尋ねようとした。だがそれが出来なかった。
お嬢はわりかし感情豊かだ。すぐに笑うし、すぐに驚くし、すぐに怒る。表情が出やすく、何を考えているか分かりやすい。だから、マフィアのボスなんてやっていて大丈夫なのか、と心配していたが……杞憂だったらしい。ジャンニを撃った時とはまた違う表情。
俺は今、お嬢を
「……お嬢、オレンジってのは何かの隠語か?」
「いや?俺の好物だけど?」
「……クロギリさんは?」
「ん?んー……新鮮なオレンジを用意しに行ってくれたんじゃない?」
お嬢は笑った。その笑みはいつも通りで、明らかにおかしいやり取りが無かったかのようで。だが。
考えるのは苦手だ。面倒になって頭を掻いた。
「……クソッ、今は聞かねェからな。デートでも何でも付き合ってやる」
「やりぃ!言ってた串焼き屋とー、揚げ菓子、あとやっすい酒飲んでみたい!」
「ハ、不味くても吐き出すなよ」
「そんな行儀悪いことするか。庶民の味ってのを食べたいの」
お嬢は何事もなかったかのように笑っている。
この二人の間になにがあったのか。クロギリさんの過保護と、お嬢の態度。幼少期からの付き合いだと聞いちゃあいたが、それにしては距離が近く、遠い。
「行こう、ダリオ!」
廊下をかけていくお嬢の背中を見て息を吐く。
お嬢も、クロギリさんも、色々と抱えるものがあるんだろう。互いを大事にしいるのは一目瞭然なのに、妙にすれ違っている。……まァ俺には関係ないか。
「ダリオ遅い!置いてくぞ!」
「アー、はいはい。お嬢様の仰せのままに~」
後で面倒な二人に挟まれるのは未来の俺だしな。今は放っておこう。
元殺人鬼、現マフィアの犬。俺、ダリオ・ファールは案外現在の生活を気に入っている。