異世界マフィアの次期ボスにTS転生した話 作:AK i
異世界におけるマフィアの仕事とは何か。それは前世とあまり変わらない。娼館や賭場の元締め、チンピラの統制、武器の売買。まあ他にもあるがそんなところだ。
「でもさあ、俺思うワケよ。わざわざ俺に娼館の管理を任せるってちょっとキモくね?」
「……ボスの言うことは絶対ですから」
「クソ親父の趣味なんかね、これ」
娼館へ行って売り上げ金を巻き上げる……という言い方は良くない。が、実のところその通り。娘に社会経験を積ませるためだとしても娼館経営はねえ、教育に悪いだろうに。
だがそれももう慣れたもので。なんせ俺は八歳から娼館に通うベテランだからな。娼婦のおねーさん達とはもうマブよマブ。ちょっとした愚痴なら
「やっほー来たぞ、アリア」
「あら、カティアちゃん。久しぶりねぇ」
店の扉を開けるとみんな一斉にこちらを向いて、気まずそうに視線を逸らした。そんなにボスの娘が怖いかね、俺だってそうするけど。
カウンターにいたこの娼館のオーナー、アリアに話しかける。彼女は俺が来たばかりの時は現役バリバリの売れっ子娼婦だったが、今は引退してオーナーを行っている。それでもその美貌は健在で、美しい谷間に惹かれる男は後をたたない。
「調子はどうよ?」
「まあ……そこそこってとこね。最近は少し物騒でしょう、客層が悪くなってきたわ」
「あー……」
そもそもこのあたりはディナーレのシマで、元から治安が良いとは言えないのだが……最近はそれに輪をかけて良くないらしい。
理由には心当たりがある。ボスである親父が病気で倒れたからだ。まだ情報の公開はしていないが、噂が広まっているんだろう。
「カティアちゃん……平気?」
「ん?だいじょーぶだいじょぶ。アレももう寿命でしょ」
気遣うように尋ねてきたアリアに平気だと頷いて見せる。そして親父の状態があまり良くないことも告げた。もちろん他の客に親父が倒れたことを知られる訳にはいかないので小声で。アリアは身内だから知っておいた方が対処もしやすいだろうと信頼しての言葉だ。
「……そう。なら上納金の件は奥で」
「りょーかい。クロギリ、そこで待ってろ」
「かしこまりました」
丁寧にお辞儀をしたクロギリをおいて店の奥へ。そこでは待機中の娼婦たちが羽を伸ばしていた。
「あっ、カティアちゃ〜ん!」
「今日の服も可愛いー!クロギリさんに選んでもらったのぉ?」
「ばっか、当たり前でしょ!クロギリさんはカティアにメロメロなんだから!」
「メロメロって古いわよ姐さんー」
ぎゃーぎゃーわーわーと囲まれ、頬を揉まれ、もみくちゃにされた俺は目を回した。だが聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
「って、誰がクロギリに服選んで貰ってるって?!」
「えーだってカティアちゃん服に無頓着じゃない」
「小さい頃着てたやつ、ダサすぎて有名だったわよ」
「それに明らかにその服クロギリさんの色だし……」
ねえ、とばかりに目を合わせる娼婦たち。好き勝手言いやがって。
ふと自分の服に目を向ける。黒をベースとしたワンピース。赤いアクセサリーや赤いワンポイントといったアクセント。い、いやこれは普通に有りえる組み合わせのはず。
「この服は女中に選んでもらったやつだし……」
「へえ?」
「……その女中はクロギリが手配したけど……」
「やっぱり」
ぐうの音も出ねえ。クロギリにそのつもりはないと思うが、一応後で抗議しておこう。
「だーーっ!ディナーレの娘に好き勝手言い過ぎだぞお前ら! 怖がれーー!」
「こーんな小さな頃から入り浸ってた子供を怖がれって、そりゃ無茶よ」
「そーだそーだ」
「ぐう……」
「ディナーレの……娘?」
一人の娼婦がぽつりと溢した。ちらりと見ると見覚えのない顔。おそらく新人だろう。俺はこの娼館にしょっちゅう来るからほとんどと顔見知りだ。
「新人?」
「そうよ。ついこの前来たばかりのミカエラちゃん」
「はじめまーして。俺はカティア・ディナーレ、ここらへんを取り締まるディナーレファミリーの愛娘。まあ、今後ともよろしく、ミカエラ」
へらりと笑って名乗る。怖がる必要はないよー危なくないよー。いやディナーレ自体を怖がることは正しいが俺は例外なのだ。
「あ……たが」
「ん?」
「アンタのせいで、私は!」
突如、ミカエラは声を荒げて俺に飛びつこうとした。そこを驚いた他の娼婦が止める。それでもなお暴れるミカエラは憎しみを込めた視線を俺に送る。
「お、お父さんもお母さんも、アンタらに殺された! 返してよ、私の親を返してよ!」
「…………」
「アンタみたいな小娘がヘラヘラ笑うんじゃないわよ!アンタも同罪だ、人殺しっ!」
「………………」
「わたし、こんなとこ来たくなかった!汚らわしい……!」
ミカエラが側にあった灰皿を投げると、バリンと音を立てて割れた。近くにいた娼婦の一人が「痛っ……」と小さく声を上げる。
先ほどまで騒がしかった部屋が嘘のように、誰もが黙って状況を見守っていた。顔を青くして、俯いて。はやくこの嵐が過ぎ去るようにと。
「アンタみたいなのが一番嫌い! 何も……なんにも知らないくせに。男に組み敷かれる怖さも知らないくせに。甘やかされてきたくせに。なんで、なんでっ、」
「ストップだ、クロギリ」
「……かしこまりました」
灰皿の割れる音を聞いて駆けつけたクロギリは持っていた銃を収めた。いつの間にか腕を押さえつけられていたミカエラは驚いたように今更悲鳴を上げる。音もなく側に立つクロギリはさぞ恐ろしいだろう。
顔を青くしたアリアが俺の側に駆け寄る。そして縋り付くように俺を抱きしめた。豊満な谷間を味わいたいところだが、そんな状況ではない。
「ごめんなさい、ごめんなさい……! もうこんな舐めたこと言わせないわ」
「いいって」
「ちゃんと躾けておく。何も理解していない馬鹿なだけなの、だから、」
「気にしてないってば」
「ご、めんなさい……貴女にそんなことを言わせてしまって」
カタカタと震えるアリアを抱きしめ返す。肩のあたりが湿っぽい。いつも悠々とした態度を崩さないアリアは俺にとって……なんだろうな。友人というには近すぎて、母親というには遠すぎる。そんな彼女に謝られるのは嫌だった。
「大丈夫……大丈夫だよ、アリア」
「お嬢」
「分かってる……アリア、みんなを連れて部屋を出てくれる?ちょっと借りるから」
「ええ……ごめんなさい、カティア」
寛いでいたところを追い出すのは申し訳ないが、やむを得ない。アリアや他の娼婦たちは部屋を後にして、残ったのは俺とクロギリ、そしてミカエラだけになった。
あぁ、嫌だなぁ。
「なあ、ミカエラ……俺はさぁ、別に気にしてないワケよ。ディナーレの奴らがお前の両親を殺したのは本当だろうし、俺がそうやって巻き上げた金で生きてるのもその通り。同罪と言われても何とも思わない」
「っ……!」
「だがなぁ。面子の問題なんだよ、これは。二人きりの時になら、見逃してやっても良かった。だが人前でディナーレを馬鹿にしたならそのままにしておくワケにゃいかねぇんだ」
面倒極まりない、だが何よりも重要なこと。裏社会で舐められないためには、舐めた奴を殺すのが鉄則だ。
「クロギリ、確かこの前押収した禁忌術具があったよな。ほら、つけたら感覚が鋭敏になって狂うやつ」
「はい。こちらですね」
「なんで持ってんだよ、キモッ!うわこれネックレス型か……ま、丁度いいだろ」
クロギリに手渡されたネックレス。ギラギラと輝くそれは美しい見た目とは裏腹に危険極まりない代物だ。
禁忌術具。魔法が使えない奴でも使える魔法術具の中でも、特に危険なもの。違法な品だが裏社会ではよく流通していて、つい先日うちのシマでも押収された。
「この術具は付けたら感覚が何十倍にもなるんだと。肌に服が触れるだけでも、とんでもない激痛が走る。娼婦として客を取るお前が付けたら……どうなるんだろうな」
「ひ……っ!」
「お前は娼婦になりたくなかったんだろうな。でもさ、それをここで言うのは失礼だ。彼女たちも娼婦なんだから」
先ほどまでいた娼婦たち。彼女らだって、最初から娼婦な訳じゃなかった。親に売られた者も、借金を背負わされた者もいる。それでもここで生きているのだ。それを「汚らわしい」と吐き捨てたミカエラのことを、俺は……あまり許せそうにない。
「精々、狂わないようにしてくれよ。もう会うことはないだろうけど」
禁忌術具をつけた娼婦。きっと人気が出るだろう。そういった嗜好を持つ変態は多いから。それを分かった上でこの処置をした俺は同罪どころじゃないんだろう。
ネックレスを震えるミカエラに付け、部屋を出る。店にいた客も娼婦も俺と目を合わせようとはしなかった。当たり前か。
別の娼婦に支えられたアリアは俺を見るなり心配そうな声を出した。
「カティアちゃん……」
「ん。たぶん……私怨も入ってる。ミカエラはさ、親に愛されてたんだろうな」
親を殺されてあんなにも憎しみを抱いたミカエラ。きっと大事にされていたんだろう。きっと愛されていたんだろう。それを引き裂いたのは、俺だ。
「ねえカティアちゃん。無理だけは……しないでね。私は貴女を応援するわ」
「ありがと、アリア。まあ大丈夫、こいつもいるし」
そう笑ってクロギリを指差す。指されたクロギリは目を細めた。この男はきっと、俺がミカエラを処置しなければ裏でもっと酷い始末をしていただろう。そして俺がマフィアに向いていないと見切りをつけていただろう。
「そういう男だもんな〜〜お前」
「さて、何の話でしょう」
「うわムカつく面してる……」
図々しく素知らぬ顔をするクロギリの足を蹴る。だが細くて弱い俺の足が敵うわけもなく、逆に痛いのはこちらだった。最悪だよ。
そして。クロギリのムカつく面に気を取られていた俺は知らなかった。
娼婦たちが後ろで「ねえやっぱり……」「クロギリさんって……」とこそこそ話していたことを。