異世界マフィアの次期ボスにTS転生した話 作:AK i
目を開ける。頭がひどくぼんやりとしている。どこにいるのか、何があったのか。曇りがかった思考がゆっくりと働き出す。
「、ぁ……」
確か、ロベルトの野郎のパーティーで。従者が駆け込んで来て。それで、ボスが――クソ親父が。
「しん、だ……」
死んだ。もうあの人はこの世からいなくなった。ディナーレのボスの座が空白になった。
望んでいたことのはずだ。覚悟していたことのはずだ。なのに、どうして俺はこんなにも呆然としているんだろう。
「……あら、カティアちゃん?起きたの?」
すると、真っ暗だった部屋の扉が開き、ここにいるはずの無いアリアが現れた。
「なんで、アリアが」
「クロギリさんが呼んでくれたのよ。倒れたんですって?」
「そう……」
ぼうっとした心地のまま返事をする。うまく、頭が働かない。
「アリア……」
「なぁに」
「アイツが、死んだんだって。もう、生きてないんだって」
「ええ」
アリアは優しく頷いた。ディナーレのボスが死んだなんて大ニュースだ、もう広まっているのかもしれない。本当なら、どこまで把握されているのか、誰がどう動き出したのかを考えなければいけない。早く、早く対策を練って根回しをして敵に備えなければいけない。それなのに。
「死んだ……もう、あのクソ親父は死んだんだ……ねえアリア、死んだんだって!」
「カティアちゃん……」
「あはっ、どんだけ権力握ってても最後は一人で死んだって!あは、ははは、ばっかみたい!」
これが笑わずにいれようか。クソ親父。最悪だった父親。最後には娘に声を奪われて、無様に死んでいった。何も出来ずに死んでいった。ざまあみろ、と腹の奥から笑いが込み上げる。
そこでふと気がついた。ねえ、どうしてアリアはそんなに悲しそうな目をしてるの。
「もういい……大丈夫よ、カティアちゃん」
「ねえ、言ったっけ?あのクソ親父の前で人を殺す時、笑わないといけないんだ。ナディアはそうだった、って、いっつも!キモすぎ、死ねばいい!って、あは、もう死んだんだっけ」
「……えぇ」
「ジジイの片思いなんてダッサいだけなのにさ!ははっ、逃げられたくせにね」
ころころと笑う。おかしくてたまらない。母さんには逃げられて、娘には裏切られて、マフィアのボスなんてやっておいてこのザマだ。
面白くって、楽しくって、せいせいした。あのクソ親父に抱く感情なんてそれだけだ。それだけのはずだ。
「ほんとに、キモい……
「カティアちゃん!」
「アリアと知り合ってて良かった、じゃなきゃあの時薬貰えなかったし。父親の子供とか、ほんとに……冗談じゃない」
ぐるぐると胸の中の怨嗟が渦巻いているような気がする。飛び出しそうな憎悪が俺を形作っている。どうしてこのまま破裂してしまわないのか、不思議なくらいだった。
「もういない。あの男はもういないのよ、カティアちゃん。だからもう、泣いていいの」
「泣くって……だって、そんなことしたら、」
また殴られる。そう言おうとして、その言葉の奇妙さに気づいた。どうやって死んだ奴から殴られるというのだろう。どうして泣くと殴られるんだろう。
あぁ、麻痺してたんだな。他人事のようにそう思った。
「う゛、ぅっ…………!」
「うん、うん。もう大丈夫よ」
「嫌い、大っ嫌い、あのクソ野郎なんて嫌い、泣きたくなんてない……っ!」
だって、そんなことしたら俺がアイツが死んで悲しんでいるようで。それは俺の今までを否定するようなことで。
「や、やっぱり、殺しておけばよかった。病気でなんて、許しちゃダメだったんだ、もっと、俺が」
逃げられた、という思い。殺さずに済んだ、という思い。もっと俺がマフィアに相応しい精神性を持っていたなら、憎い相手を病気で終わらせるなんてしなかっただろうに。あの時、指輪を奪った時に殺さなかったのは、憎しみよりも人を殺したくないという俺の弱さが勝ったからだ。
「くそっ……! 」
「泣いちゃいなさい。ここにはクロギリさんもいないから」
「う゛、ひぐ、っ……!」
「私も何も見ていないわ。娼婦はね、部屋の中で起きたことは外に持ち出さないの」
ふわりと抱きしめられた。なんの下心もなく与えられる温かさに泣きそうになる。だから、そう、この涙は悲しみによるものではない。
ほの暗い部屋の中、押し殺した泣き声が響いていた。
♢ ♢ ♢
「は〜〜、なんか騒がしいなァ」
「当然だ。ボスが亡くなったのだから」
「ほーん。言っとくが俺はボスと面識ないぜ、クロギリさんよォ」
「……そうだったな。その方が良い」
「はァ? ……って、お嬢?!」
「や、遅くなった」
何やら話しているクロギリとダリオに向けて俺は声をかけた。腫れぼったかった目はきちんと冷やして、もう普段と変わらない。
「いきなりぶっ倒れたからビビったわ」
「そりゃ悪かったな。もう大丈夫だから安心していいぞ〜」
「……本当ですか?」
「うん。だからクロギリ、ありがとな」
アリアを呼んだのはクロギリで、俺の部屋に誰も近づけなかったのもクロギリだ。そして自らも顔を見せにこなかったのは、俺がそれを望まないと分かっていたからだろう。やっぱ持つべきものは理解のある部下だわ。
「……いえ」
「コイツ、お嬢が倒れてる間そわそわして鬱陶しかったぞ。ったく、少しは子離れしろっての」
「あっはっは、クロギリは過保護だからな〜」
「…………」
むっつりと黙り込んだクロギリ。可愛いやつめ、そんなに俺が心配だったか。健気な俺の良心が痛み、思わず口が弧を描いた。
「もうアリアからのお墨付きも貰ったから大丈夫だって。これからブイブイ言わせてっから」
いやアリアはまだ心配そうな顔してたけど。もう泣かない、って言ったら逆に向こうが泣きそうになってたけど。それは言う必要のないことだ。
「本当に、アリア殿がそう言ったならば良いでしょう」
全く信用のない目で見られた。う、これバレてる気がする。
このまま追求されても困るので、視線を泳がせながらも話題を変える。
「ん゛んっ、さーてさてさて。問題はこっからなんだよな」
「あァ、ようやく動き出すってか?」
「おう。まずは葬式だな」
クソ親父の葬式が開かれるのは三日後。それまでにやらなければいけないことはただ一つ。
「葬式で、幹部の前で遺言書を読み上げる。その妨害を阻止することだ」
ニヤリと笑う。クロギリは深く頷き、ダリオは何も分かっていない顔でポカンと首を傾げた。
「あのクソ親父はな、だぁれも信用していなかった。だから遺言書を遺してないんだが……まあ、普通は遺すからな。架空の遺言書を巡って連中が動き出す」
ロベルトだけではない。ディナーレの財産を狙う者、裏社会の権勢を握ろうとする者、彼らが一斉に動き出す。つまり、遺言書を自分の良いように書き換えようとする。
だが、まあ。最初から遺言書など存在しない訳で。
「取り越し苦労なんだが……その勘違いを利用しない手はない。遺言書が存在するように立ち回って、最終的に俺に都合の良いものを本物として出す」
「ボスが遺言書を預けるならば、お嬢か
「ほー……ん」
分かってないなぁ、ダリオは。俺とクロギリは慈愛に満ちた笑みを浮かべた。こいつにはまだ早かったらしい。
「……つまり、暗殺者やら何やらが俺を狙ってくるってことだ」
「なんだよ、それなら最初からそう言え! 俺とクロギリさんで守りゃあイイんだろ?」
「おう、頼んだ」
頭が少しばかり残念なことが露呈し始めたダリオだが、その実力は本物、らしい。以前ダリオを
え?クロギリはどうか? こいつは化け物だから心配はいらない。裏社会……というか、この国でも有数の実力者だから。
「ま、俺とクロギリさんが居れば楽勝よォ!どんだけ貧弱でもお嬢に傷一つ付けさせねぇ」
「貧弱は余計だっ!」
確かに俺は貧弱だけど!銃すら満足に撃てない細腕だけど!……くそっ、考えてて悲しくなってくるな。
「お嬢は守られるのが仕事ですから。堂々としていれば良いんです」
真面目な顔でクロギリが言う。
でもお前、内心笑ってるの分かってるからな!お前の性格知ってるんだからな!
俺は本当にこの二人を従えてこの先大丈夫なのだろうか。そんなことを心配していたから、先ほどアリアに言われたことなんて頭からすっかり抜けていた。
『……自分を決して見捨てないでね。貴女は、ほんとうは、』