異世界マフィアの次期ボスにTS転生した話   作:AK i

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7話

 

 

 目を開ける。頭がひどくぼんやりとしている。どこにいるのか、何があったのか。曇りがかった思考がゆっくりと働き出す。

 

「、ぁ……」

 

 確か、ロベルトの野郎のパーティーで。従者が駆け込んで来て。それで、ボスが――クソ親父が。

 

「しん、だ……」

 

 死んだ。もうあの人はこの世からいなくなった。ディナーレのボスの座が空白になった。

 望んでいたことのはずだ。覚悟していたことのはずだ。なのに、どうして俺はこんなにも呆然としているんだろう。

 

「……あら、カティアちゃん?起きたの?」

 

 すると、真っ暗だった部屋の扉が開き、ここにいるはずの無いアリアが現れた。

 

「なんで、アリアが」

「クロギリさんが呼んでくれたのよ。倒れたんですって?」

「そう……」

 

 ぼうっとした心地のまま返事をする。うまく、頭が働かない。

 

「アリア……」

「なぁに」

「アイツが、死んだんだって。もう、生きてないんだって」

「ええ」

 

 アリアは優しく頷いた。ディナーレのボスが死んだなんて大ニュースだ、もう広まっているのかもしれない。本当なら、どこまで把握されているのか、誰がどう動き出したのかを考えなければいけない。早く、早く対策を練って根回しをして敵に備えなければいけない。それなのに。

 

「死んだ……もう、あのクソ親父は死んだんだ……ねえアリア、死んだんだって!」

「カティアちゃん……」

「あはっ、どんだけ権力握ってても最後は一人で死んだって!あは、ははは、ばっかみたい!」

 

 これが笑わずにいれようか。クソ親父。最悪だった父親。最後には娘に声を奪われて、無様に死んでいった。何も出来ずに死んでいった。ざまあみろ、と腹の奥から笑いが込み上げる。

 そこでふと気がついた。ねえ、どうしてアリアはそんなに悲しそうな目をしてるの。

 

「もういい……大丈夫よ、カティアちゃん」

「ねえ、言ったっけ?あのクソ親父の前で人を殺す時、笑わないといけないんだ。ナディアはそうだった、って、いっつも!キモすぎ、死ねばいい!って、あは、もう死んだんだっけ」

「……えぇ」

「ジジイの片思いなんてダッサいだけなのにさ!ははっ、逃げられたくせにね」

 

 ころころと笑う。おかしくてたまらない。母さんには逃げられて、娘には裏切られて、マフィアのボスなんてやっておいてこのザマだ。

 

 面白くって、楽しくって、せいせいした。あのクソ親父に抱く感情なんてそれだけだ。それだけのはずだ。

 

「ほんとに、キモい……()()()だって俺になんて言ったか分かるか?『ナディアに似てきた』って、それだけ。それで、それから、」

「カティアちゃん!」

「アリアと知り合ってて良かった、じゃなきゃあの時薬貰えなかったし。父親の子供とか、ほんとに……冗談じゃない」

 

 ぐるぐると胸の中の怨嗟が渦巻いているような気がする。飛び出しそうな憎悪が俺を形作っている。どうしてこのまま破裂してしまわないのか、不思議なくらいだった。

 

「もういない。あの男はもういないのよ、カティアちゃん。だからもう、泣いていいの」

「泣くって……だって、そんなことしたら、」

 

 また殴られる。そう言おうとして、その言葉の奇妙さに気づいた。どうやって死んだ奴から殴られるというのだろう。どうして泣くと殴られるんだろう。

 あぁ、麻痺してたんだな。他人事のようにそう思った。

 

「う゛、ぅっ…………!」

「うん、うん。もう大丈夫よ」

「嫌い、大っ嫌い、あのクソ野郎なんて嫌い、泣きたくなんてない……っ!」

 

 だって、そんなことしたら俺がアイツが死んで悲しんでいるようで。それは俺の今までを否定するようなことで。

 

「や、やっぱり、殺しておけばよかった。病気でなんて、許しちゃダメだったんだ、もっと、俺が」

 

 逃げられた、という思い。殺さずに済んだ、という思い。もっと俺がマフィアに相応しい精神性を持っていたなら、憎い相手を病気で終わらせるなんてしなかっただろうに。あの時、指輪を奪った時に殺さなかったのは、憎しみよりも人を殺したくないという俺の弱さが勝ったからだ。

 

「くそっ……! 」

「泣いちゃいなさい。ここにはクロギリさんもいないから」

「う゛、ひぐ、っ……!」

「私も何も見ていないわ。娼婦はね、部屋の中で起きたことは外に持ち出さないの」

 

 ふわりと抱きしめられた。なんの下心もなく与えられる温かさに泣きそうになる。だから、そう、この涙は悲しみによるものではない。

  

 

 ほの暗い部屋の中、押し殺した泣き声が響いていた。

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

「は〜〜、なんか騒がしいなァ」

「当然だ。ボスが亡くなったのだから」

「ほーん。言っとくが俺はボスと面識ないぜ、クロギリさんよォ」

「……そうだったな。その方が良い」

「はァ? ……って、お嬢?!」

「や、遅くなった」

 

 何やら話しているクロギリとダリオに向けて俺は声をかけた。腫れぼったかった目はきちんと冷やして、もう普段と変わらない。

 

「いきなりぶっ倒れたからビビったわ」

「そりゃ悪かったな。もう大丈夫だから安心していいぞ〜」

「……本当ですか?」

「うん。だからクロギリ、ありがとな」

 

 アリアを呼んだのはクロギリで、俺の部屋に誰も近づけなかったのもクロギリだ。そして自らも顔を見せにこなかったのは、俺がそれを望まないと分かっていたからだろう。やっぱ持つべきものは理解のある部下だわ。

 

「……いえ」

「コイツ、お嬢が倒れてる間そわそわして鬱陶しかったぞ。ったく、少しは子離れしろっての」

「あっはっは、クロギリは過保護だからな〜」

「…………」

 

 むっつりと黙り込んだクロギリ。可愛いやつめ、そんなに俺が心配だったか。健気な俺の良心が痛み、思わず口が弧を描いた。

 

「もうアリアからのお墨付きも貰ったから大丈夫だって。これからブイブイ言わせてっから」

 

 いやアリアはまだ心配そうな顔してたけど。もう泣かない、って言ったら逆に向こうが泣きそうになってたけど。それは言う必要のないことだ。

 

「本当に、アリア殿がそう言ったならば良いでしょう」

 

 全く信用のない目で見られた。う、これバレてる気がする。

 このまま追求されても困るので、視線を泳がせながらも話題を変える。

 

「ん゛んっ、さーてさてさて。問題はこっからなんだよな」

「あァ、ようやく動き出すってか?」

「おう。まずは葬式だな」

 

 クソ親父の葬式が開かれるのは三日後。それまでにやらなければいけないことはただ一つ。

 

「葬式で、幹部の前で遺言書を読み上げる。その妨害を阻止することだ」

 

 ニヤリと笑う。クロギリは深く頷き、ダリオは何も分かっていない顔でポカンと首を傾げた。

 

「あのクソ親父はな、だぁれも信用していなかった。だから遺言書を遺してないんだが……まあ、普通は遺すからな。架空の遺言書を巡って連中が動き出す」

 

 ロベルトだけではない。ディナーレの財産を狙う者、裏社会の権勢を握ろうとする者、彼らが一斉に動き出す。つまり、遺言書を自分の良いように書き換えようとする。

 だが、まあ。最初から遺言書など存在しない訳で。

 

「取り越し苦労なんだが……その勘違いを利用しない手はない。遺言書が存在するように立ち回って、最終的に俺に都合の良いものを本物として出す」

「ボスが遺言書を預けるならば、お嬢か()だけですから。他の連中はお嬢を狙ってくるでしょうね」

「ほー……ん」

 

 分かってないなぁ、ダリオは。俺とクロギリは慈愛に満ちた笑みを浮かべた。こいつにはまだ早かったらしい。

 

「……つまり、暗殺者やら何やらが俺を狙ってくるってことだ」

「なんだよ、それなら最初からそう言え! 俺とクロギリさんで守りゃあイイんだろ?」

「おう、頼んだ」

 

 頭が少しばかり残念なことが露呈し始めたダリオだが、その実力は本物、らしい。以前ダリオを()()したクロギリがそう保証していた。流石、大の大人の男を殺しまわっていた殺人鬼。

 え?クロギリはどうか? こいつは化け物だから心配はいらない。裏社会……というか、この国でも有数の実力者だから。

 

「ま、俺とクロギリさんが居れば楽勝よォ!どんだけ貧弱でもお嬢に傷一つ付けさせねぇ」

「貧弱は余計だっ!」

 

 確かに俺は貧弱だけど!銃すら満足に撃てない細腕だけど!……くそっ、考えてて悲しくなってくるな。

 

「お嬢は守られるのが仕事ですから。堂々としていれば良いんです」

 

 真面目な顔でクロギリが言う。

 でもお前、内心笑ってるの分かってるからな!お前の性格知ってるんだからな!

 

 

 俺は本当にこの二人を従えてこの先大丈夫なのだろうか。そんなことを心配していたから、先ほどアリアに言われたことなんて頭からすっかり抜けていた。

 

 

『……自分を決して見捨てないでね。貴女は、ほんとうは、』

 

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