逃げるなサイレンススズカ   作:帝都造営

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私の夢は

 

 

 レース業界は、もしかすると焼き肉に似ているかもしれない。

 

 

 賞金や名声という燃料を放り込まれ、燃えさかる炎。

 その上に敷かれた網目(メディア)は、若々しく脈動する若駒(にく)を捉えて放さない。

 

「……変なこと考えてない?」

「いや。別に」

 

 もし、誰の目にも留まらない肉があったらどうなるのだろうか。

 目の前のテーブル、埋め込み式の無煙ロースターなら見逃されることはないだろう。

 しかしレース業界とは、京都レース場の中にある池よりも広い。

 

「変なこと考えてるでしょ」

 

 ひょいと銀色の箸が飛び出し、網目の上で踊る肉が取り皿に飛ぶ。

 生焼けもせず、焦げもしない完璧な焼き肉。

 

「世の中、分からないもんだな」

「そう?」

 

 小首を傾げる鍋奉行ならぬ焼き肉奉行。

 それを目の前の彼女がやっているのだから、本当に世の中分からない。

 

「なぁ」

「あの……あ……」

 

 互いに繰り出した言葉が正面衝突。気まずい空気。

 

「その、先に言っていいわよ?」

 

 嗚呼、どうしてだろう。

 こんな誰でも持ち合わせていそうな配慮を感じるだけで、コイツが酷く遠い存在になってしまったのだと思い知る。

 

「変わったな」

「そうかしら?」

 

 網目に残された肉が炙られている。

 耐えかねたように脂が滴り落ちて、引火。

 

 瞬間ぽっと灯がともる。脂まみれになった網の上を業火が走る。

 

「あっ、いけない」

 

 氷を持ち出してせっせと消化に当たる彼女。

 重力に惹かれるままのストレートヘア、草原と太陽のカチューシャ。

 

「変わったよ。本当に」

 

 口の中で押し殺すように呟いて。あの日、言えなかった言葉を今度こそ口にする。

 

「なあ。お前はどうして――――天皇賞を回避したんだ?」

 

 

 サイレンススズカ。その名前を、呼ぶ。

 

 

「どうして回避した……ええと、そうね。まず事務局にいって、それから」

「そういう話はしてねえ。俺が聞いてるのは理由だ」

 

 その焼き肉屋は、なるほど彼女が連れ込みたがるのも分かる場所ではあった。

 チェーン店とは雰囲気の異なる内装。開けた国道沿い、牛飲バ食とはこのためにあったと言わんばかりの豊富な品揃え。

 

 アスリートでなければ、何度だって行きたくなる……そんな店を彼女が利用しているという事実が、コイツが引退した事実を突きつける。

 

「お前が急に回避と引退を宣言したせいで、こっちは大変だったんだぞ」

「ええ、そうね。でも回避の規定はちゃんと守っているから」

「スジは通したのかよ」

「もちろん。トレーナーさんとは話をしたし、理事長にだって」

 

 ……こういう察しの悪いところは変わってないのな。

 

 きっとコイツは、他人に興味もない。

 だから目の前で食卓を囲む相手が、自分に対して苛立っているとはネギの切れ端ほども考えていない。

 

 もしくは――――分かった上で無視しているか。

 

 店員に交換してもらった焼き網の上に、涼しい顔で新しい肉を並べる彼女を見ながら俺は思う。

 コイツはそれが出来る奴だと俺は知っている。

 そういう図太さが、ブライトやフクキタルのように彼女をG1ウマ娘に押し上げたのだろうと俺は考えている。

 それでも、問い詰めずにはいられない。

 

「で、なんで走るのを辞めたんだ」

「走るのはやめてないわ」

「ああ、それは分かってる」

 

 ゴム製のシューズカバー、公道走行用の反射材、プロテクター、カーボン製の軽量ヘルメット。

 そんな重装備にも関わらず財布すら持ってこない(お陰様で今日は俺の奢りが確定している)彼女が、まさか走ることを辞めたとは思っていない。

 

「じゃあ聞き方を変えればいいのか。なんで逃げたんだ」

 

 俺たちに一言も言わずに。俺たちを焼き網(ターフ)の上に残して。

 

 

「なんで逃げた、サイレンススズカ」

 

 

 彼女は答えない。網の上に乗せられた肉が焼け、茶色に染まりながら縮んでいく。

 

「色々聞かれたぞ。交友関係に問題がなかったかとか」

 

 それこそ、あることないこと。周囲は勝手に(はや)し立てる。

 

 誰もが理由を求めていた。

 なぜサイレンススズカはターフを去ったのか。

 

 その理由を求めて、納得できる説明を探して。

 

「別に、みんなとの仲が悪かったってワケじゃ……ないと思うわよ?」

「その妙な間はなんだ、おい」

 

 まあ大方、仲の良かった友人を思い出そうとして誰も出てこなかったのだろう。

 そもそもコイツは、友達とか同期とか、そういうのを気にするタイプじゃない。

 

「お前、同室にすら挨拶してないらしいじゃねぇか」

「ちゃんと手紙は書いたわよ」

 

 逆だろ。気にしていないから、同室相手にすら手紙ひとつで済ませてしまう。

 

「確かに、あなたに何の挨拶もしなかったことは悪かったと思ってるわ」

「そういう話はしてねぇ。てか、なんで俺の話になるんだ」

「え……だって、挨拶が欲しかったって話じゃないの?」

 

 違う。確かにそうは言ったが、そういう話はしていない。

 

「スジを通せって話だ。俺は別にいい、同期の奴らだって、お前がどんな奴かはよく分かってるから今更どうの言わねえだろうよ。でも、後輩のアイツ(スペシヤルウィーク)は違うだろ」

 

 お前だって、憎からずは思っていたんじゃないのか。

 

 それこそ、唯一の手紙を送る相手に選ぶくらいには。その言葉はちゃんと届いたのか、彼女は少し考える仕草。

 

「えぇと……うーん…………」

 

 真面目に考えるサイレンススズカ、これは結論が出ないタイプの悩み方。

 そして結論が出なくなったコイツが取る行動といえば――――。

 

 

 

「――――――――ごめんなさい。少し走ってきてもいいかしら」

「……いいけど、付き合わせろよ」

 

 会計を済ませて焼き肉屋を後にする。

 片や小食、片や現役アスリート、たいした量を食べなかったこともあり、支払金額はほんの少しだった。

 

「それで、どこまで流すんだ」

 

 そう聞いて、愚問だったかと思い直す。

 コイツは気が済むまで走るのだろう。

 

 それこそ、どこまでも。

 

「あ」

 

 そこでふと、サイレンススズカは忘れ物でもしたかのように立ち止まる。

 彼女が見上げるのは、どこまでも深い宇宙(そら)

 

「ねぇみて。きれいな流れ星よ」

 

 慌てて空を見上げるも、もちろんそこには変哲のない夜空。

 流星が見えたのが事実だとして、とっくに燃え尽きてしまったのだろう。

 

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 

 ゲートが開いた。

 気持ち静かに踏み込んで、身体をゆっくり前に押し出す。

 

 基本的に内枠は有利とされる。これは内側の方が走る距離が短く済むから。

 単純な算数の話だ。円は半径が大きくなるほど大きくなる。最内枠と大外では十数メートルの差があるから、その差はそのまま外枠の不利になる――――理論上は。

 

 だが、内枠も有利というわけではない。

 

『出遅れはありません。ハナを奪いに行ったのはスペシャルウィーク』

 

 視界の端に黒鹿毛が見える。

 早くも脚を使ったのだろう。横一列のバ群から抜きん出て、斜行判定を受けないとされる2バ身の差をつけてゆっくり内側へと詰めていく。

 

 巡航速度に乗りつつある一団は、その様子をじっと眺めていた。

 すでに位置取り争いは始まっている。こちらは最内枠ということもあり何処かの位置を狙うということはないが、誰もが狙う最内枠なので結果として位置取り争いには巻き込まれる。

 

 先行脚質に頭を塞がれ、追込脚質に背後を詰められ、同業の差しウマには脇から圧力をかけられる――――だがそれは、平常運転。当たり前の、静かな展開だ。

 

 そう。ここまではセオリー通り、だからこそ彼女が浮く。

 

『内にするっと入ってスペシャルウィーク。スペシャルウィーク先頭です』

 

 宝塚記念――――阪神2200は最初にスタンド前を通過する。12名のウマ娘、24本の脚が大地を震わせ、動揺の混じった歓声が空気を掻き回す。

 

 当然だろう。

 差しウマ娘として知られているスペシャルウィークが逃げ戦術を採用した。

 そしてパドックアピールでの発言を考えれば、彼女の目的は明らか。

 

『夢の続きをお見せします』

 

 再現するつもりなのだ。去年の宝塚記念、サイレンススズカの走りを。

 

「よくやるよ」

 

 思わず漏れた声は、表裏のない賞賛。

 スペシャルウィークの脚質は差し、よくて先行。

 自らの脚質を無視してでも逃げを打つ。彼女はそれだけの目的意識を持っているのだ。

 

 だから、掛かった訳でもなく、丁寧に先頭(ハナ)を奪える――――

 

 これを賞賛せずして、どうするというのか。

 

 

「許しません」

 

 にも関わらず、彼女を許さない(やから)がいる。誰なのかは確認するまでもないが。

 

「許しませんよ、スペちゃん……!」

 

 空気が冷える。時速50キロを超える暴風が身体から熱を奪ったのではない。

 蒼く燃えたぎる焔が傍目には涼しく見えるかのような、灼熱の絶対零度。

 

『……2番人気グラスワンダーは中団後ろに控えています』

『スペシャルウィークの逃げには付き合わない。差し切る自信があるようです』

 

 実況と解説が当たり前のことを言う。

 はっきり言って今のスペシャルウィークは「異常」だ。付き合うだけ無駄、無意味である。

 

 宝塚記念はG1クラスの優駿が集う舞台。1人のウマ娘がレースをぶち壊すなんてあり得ない。

 

 ――――正直、グラスワンダーに関しては掛かってくれないかと期待していたのだが、相手のミスに頼る考えは邪道。

 ここはレースの王道、最終直線の()()()()()に賭けるしかない。ガッチリ閉じ込められた中団でとにかく息を潜める。

 

「うおぉおぉぉぉぉ! シラオキ様ぁ、道をお見せくださいぃぃッ!」

「うるせえ黙れ、気が散るだろうが」

 

 

 本当に、どうして内枠なんて引いてしまったんだか。

 

 逃げでもなければ内枠は位置取りもペースも他人任せになるだけでロクな事はない。運も実力のうちとはいうが、アレは運を覆す実力のないヤツに贈られる言葉だと俺は考えている。

 

「(楽しんできてね、か……バカにしやがって)」

 

 実力がないことなんて、とうの昔に分かっている。

 ジュニア、クラシック、シニア。G1を初めとする重賞で2着3着は数知れず(ブロンズ・シルバーコレクター)。勝ちはゼロ、主な勝鞍・阿寒湖特別。これが実力の限界点。

 

 それでも俺は走り続ける。

 

「(賞金目当てだって言ったら、来週の週刊誌は酷く荒れるんだろうな)」

 

 記者連中を喜ばせてやる趣味もないので、まさか口を滑らせるつもりはないが。

 ――――閑話休題、意識をレースに戻す。すでに第1第2コーナーを回って向こう正面、先頭は変わらずスペシャルウィーク。

 

 ペースに乱れはない。

 ただ前を行くだけの、捻りのない逃げ。

 

 

「そう、なのですねスペちゃん! 逃げが、その走りが貴女の答えなんですね?」

 

 グラスワンダーが絞り出すように言う。驚嘆と悲哀に満ちた声。

 

「どうしてそうなるのですか。貴女は、貴女には貴女の(はしり)があるのにッ!」

 

 レース中にお喋りとは、おごり高ぶる様を見せてくれるではないか。

 序盤とは打って変わり、レースはスペシャルウィークに支配されている。落ちる気配も見せないスペシャルウィークに、今や全員が()()()()()()()恐怖に怯えている。

 

 差し切るのに何バ身まで詰めればよい?

 

 大外を回るロスを覚悟で集団から飛び出すか?

 

 それとも、末脚自慢のスペシャルウィークとハンデありの直線勝負(よーいドン)に挑む?

 

 それら全ての選択肢を、彼女は無邪気に逃げることで潰そうとしている。

 置いていかれる恐怖で誰も息を入れられない。脚を緩めることを許されない。

 第3コーナーにさしかかる。

 

「スペちゃん!」

 

 瞬間、先頭の黒鹿毛は僅かに振り返る。

 

 

 ――――ごめんね。

 

 

 そんな声が、聞こえた気がした。遅れて口が言葉を紡ぐように動く。

 

「ごめんね、だと?」

 

 確かに、間違いなくスペシャルウィークはそう言った。何に対して。誰に対して。

 その答えを知っているのであろうグラスワンダーが、吼える。

 

「あなたと、いうヒトは……ッ!」

『信じられません。第4コーナーに差し掛かってスペシャルウィーク未だ先頭。まだグラスワンダーは仕掛けないか。スペシャルウィーク先頭、直線へと向かう!』

 

 熱気が、歓声が、あの夢の続きを求める群衆の叫びが。

 

『スペシャルだスペシャル! スペシャルウィークこのまま決めるか!』

 

 サイレンススズカの続き(ゆめ)を求める全てが、先頭のウマ娘を迎える。

 

「貴女は、それでいいんですかッ?」

 

 グラスワンダーが叫ぶ。

 

 その先頭に、その栄光の先に「スペシャルウィーク」がいないから。

 

 彼女が「夢の続き」と口にして、その脚で示してしまったならば――――その勝利は、もはや彼女のモノではないから。

 

「認めない。認めない認められない……ッ!」

 

 次の瞬間、バ群が割れる。

 何処かの誰かのような神頼みではなく、怪物二世がターフを叩き割ったのだ。

 

「ならば私は、貴女の走り(そのこたえ)を――――!」

 

 

 そしてターフが、燃える。

 

 

『内からグラスワンダー強襲、先頭スペシャルウィークに追いすがる!』

 

 グラスワンダーの怒りが、阪神レース場の直線を燃やし尽くす。

 

『グラスワンダー追ってくる。追ってくる!』

 

 スペシャルウィークが己の脚を削ってまで描く宝塚記念を、燃やし尽くす。

 

『外からグラスワンダーが迫る! スペシャルウィークにならんだっ、かわすッ!』

 

 なんにせよ、()()()()だ。目の前のバ群はもう割れている。

 

『グラスワンダー先頭だっ、グラスワンダー先頭! あとは千切(ちぎ)れた!』

「ぬぉッ! ステゴさんずるいですよぉ?」

「ズルもクソもあるかってんだ」

 

 グラスワンダーに割られたクセにほざく同期を無視して進出。グラスワンダーにスペシャルウィーク、先頭の2人までの距離はざっと5、6バ身。

 

『後ろにステイゴールド、ステイゴールド。グラスワンダー先頭だ、次にスペシャルウィーク、千切れてステイゴールド――――……』

 

 届かない? そりゃそうだろう。

 

 宝塚記念はG1、3位入着でも上等な結果だ。

 

 

 

 

 

 †

 

 

 

 

 

 

 腰まで伸びる栗毛の髪が、レース場を吹き抜ける風に揺れていた。

 

「……どうして、そうなってしまったのですか?」

 

 2200メートルの激闘を走りきったウマ娘たちが息を整える中、最初に口を開いたのは、レースの勝者であるグラスワンダー。

 それを認めた黒鹿毛のウマ娘は、不気味に大人びた顔を微笑みに替える。

 にへら、と。穏やかで温もりのない表情が彼女へ向けられた。

 

「ごめんねぇ、グラスちゃん」

「いいえ。謝る必要なんてありません……謝らせなんて、しません」

 

 そのまま詰め寄り、手が届く場所まで近づくグラスワンダー。

 

「ですが、理由は聞かせて頂きます」

 

 その言葉を受けて、スペシャルウィークはそっと耳元に手を伸ばす。

 パチン、と。芝と太陽の耳飾りが外された。

 

「夢が見たかったの。夢の、続きが」

 

 ぽつりと、彼女が言葉を漏らす。

 

「スズカさんはすっごく格好よくて、早くて。私もそんなウマ娘になりたいって」

 

 見下ろす耳飾りは、彼女の残していった夢。

 

「あぁでも。間違ってたのかな、わたし。負けちゃいましたよ、スズカさん」

 

 その夢が雨に濡れてしまう前に、グラスワンダーは夢を両手で包んだ。

 

「間違ってませんよ、間違ってないから。許せないんです」

 

 そう言いながら、栗毛のウマ娘は黒鹿毛のウマ娘にそっと寄り添う。

 

「お願いします、スペちゃん。あなたは、あなたの(みち)を走ってください」

 

 

 

 ――――お願いだから、スズカ先輩についていかないで。

 

 

 

「でも、でもっ。そしたら、誰がスズカさんを覚えていてくれるの?」

 

 

 黒鹿毛のウマ娘は訴える。

 グラスちゃんだって見たでしょ? と。

 

「みんな、今日はスズカさんのことを思い出してくれた。スズカさんの走りを」

「そうですか……」

 

 グラスワンダーの声が、落ちる。

 

「あなたは、レースに負けても尚、私のことを見てくれないのですね」

「ッ! それは……っ!」

「いいえ、いいんですよ。スペちゃん。私だって、毎日王冠では彼女の影を踏むことすらままならなかった。だからそのお気持ちは、よーく分かります……でも」

 

 酷いじゃないですか。

 私から勝利どころか、スペちゃんまで奪うなんて。

 

 バ耳東風。耳を塞げないウマ娘の悲哀を示す四字熟語の通り、痛々しいグラスワンダーの叫びは嫌でも耳に入ってくる。

 

「嗚呼、私は私のことが恨めしい。あなたに『私を見ろ』などと言った私が、私こそ貴女の背中にスズカ先輩を幻視()てしまった……!」

「グラス、ちゃん……」

「お笑いください、貴女をみることが出来なかった私を。お笑いください、スズカ先輩に()()こともままならない私を」

「そんなことないよ、グラスちゃん。ごめんね、でも。こうするしかなかったの……ああ、でも。負けちゃったなぁ。つよいね、グラスちゃんは。弱いね、私は」

 

 スペシャルウィークの顔に陰が落ちる。グラスワンダーは、ならばと漏らす。

 

「もう二度と、こんなことはしないと約束してください。お願いですから、貴女は貴女の夢を追いかけてください……ッ!」

 

 もう殆ど泣き崩れるようになったグラスワンダー。とっさに支えに入るスペシャルウィーク。背中に腕を回して、手で後ろ髪を撫でて。それから。

 

「ごめんね、ほんとうに。ごめんね」

「――――ッ! あなたと、いうひとはッ……!」

 

 

 なんだ、これは。

 

 なにひとつ解決していないではないか。

 

 スペシャルウィークはサイレンススズカに囚われたままで。

 

 グラスワンダーもスペシャルウィークの背中は見ていなくて。

 

 そんな現実から眼をそらそうと、ふいに向けた視線の先。

 確定マークが光る着順掲示板の横、大型ターフビジョンが視界に入る。

 

 そしてソレを、見てしまった。

 

 

 それは――――大写しにされた2人のウマ娘。

 身を寄せる栗毛と黒鹿毛の姿。

 

 

「な……ッ!」

 

 スタンドを睨んだのは反射のようなものだった。

 何処かに設置された高性能カメラ、それを指示してビジョンに写すよう指示した制御室。

 

 URAは興業団体。

 宝塚記念はグランプリレース。

 

 分かってる、分かっている。

 

「ふざけんなよ」

 

 だがそれは、2人の会話を全て無視した。

 あまりにも空虚な幻想(ドラマ)ではないか。

 

 

「――――ふざけんなッ!」

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