レース業界は、焼肉に似ている。
「――――だからって、なんでいつも焼肉なんだよッ!」
「違いますよステゴさん! 今日はバーベキューです!」
「知るかッ!」
正直なところ、もう肉は勘弁なんだが。
もちろん聞き入れられるはずもなく、フクキタルは楽しそうにトランクからクーラーボックスを取り出す。
というか、こいつらだって若くはないだろ。
同期として共に駆け抜けたトゥインクル・シリーズの記憶は、遠い過去の思い出だというのに。
「それにしてもスゴいじゃないですか~! ステゴさん、今年もURA賞にノミネートされたとか! いやー、同期としてハナガタカクナルですねっ!」
「アレは誤報だバカ。大方、去年の資料でも使い回したんだろうよ」
引退から20年経ったウマ娘はURA賞のノミネート資格を失う。実際、俺の名前はすぐに撤回されたという。ミスだとしたら本当にずさんな話だ。
しかしこうも思う。URAは仮にも
「……みんな、まだ貴女に夢を見ているのね。ステイゴールド」
栗毛が笑う。今日の笑みは、またずいぶんと普通の笑顔じゃないか。
「そうかよ」
どいつもこいつも勝手に夢を見る。あの有マ記念の後もそうだった。
通常営業に戻ったトゥインクル・シリーズで、俺は走り続けた。
もちろん有マ記念のような酷い走りは二度とごめんだ。相変わらずの重賞常連、勝ちは時々。
観客は勝手に期待して、俺が負けるのを見て、ガッカリする様子も見せずにまた応援する。そしてどうしたことか、学園内でも変な奴らが寄ってきて――――
「っと、噂をすればか」
スマホが着信を告げる。なんでか俺を慕うバ鹿共が、無事に空港に着いたらしい。
「おや。もう来られますか?」
「だとよ。そろそろ火をおこすか?」
「もう少し、もう少し待って下さいね~。ふぅ~、ふぅ~」
「…………なんで木の棒で火を起こそうとしてんだ。着火剤使えよ」
聞く耳も持たないブライトから棒を取り上げる。あれ~と言われるが知ったことじゃない。素人がこれで火をつけるのは到底無理があるのだ。
「あ、はじまるわよ」
そして俺たちの会話をほとんど全部無視して画面を見ているのが、彼女。
「お! 見せてください見せてください!」
「いよいよですわね~」
俺たちは別々のゴールに向かって走っている。
おそらくもう、俺たちのコースは二度と交わらない。
『さぁスタートしました! まず2コーナーへ向かって先行争い、先頭は3番……』
だからこそ、この日だけは夢を語る。
「なぁ聞いてくれよ。またバ鹿がひとり、欧州に飛ぶらしいぞ」
夢を語ろう。旅の続きを。俺たちならきっと、七つの海だって越えられるから。
『ハナを取り切りました向こう正面。2バ身のリード……』
画面の中で夢が走る。時代は常に夢を求める。そして誰かが、夢になる。
「なんだか走りたくなってきたわね」
「まーたお前は勝手なことを」
「ですがステイゴールドさま、幸いにも。まだ火はつけておりませんわよ」
「おおっ? これもシラオキ様の導きに違いありませんね!」
どんな小さな偶然も。
どんなに些細な軌跡も。
なにもかも、物語になれるのだ。
ああ、だから――――レースは、面白い。
「ったく、しょうがねぇな。お前らは」
そして同期は、俺たちの青春の1ページは。いつまでも色あせることはない。
「あら、ステイゴールドさまも、準備万端だったのですね~」
靴を履き替える。欠かさず磨いてある蹄鉄を取り付ける。
『3コーナーカーブ。1000メートル57.4秒でいっています』
さぁ、走ろうか。荒れ地に草が生えた程度の大地を。どこまでも。
「はじめるぞ」
「準備はできております~」
「はい!」
「ええ、走りましょう」
「「「「位置について――――――よーいっ」」」」
逃げるなサイレンススズカ
第一版 令和 五年 八月 一二日発行
ステイゴールドさん発表おめでとうございます。