逃げるなサイレンススズカ   作:帝都造営

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57秒4

 

 レース業界は、焼肉に似ている。

 

 

「――――だからって、なんでいつも焼肉なんだよッ!」

「違いますよステゴさん! 今日はバーベキューです!」

「知るかッ!」

 

 正直なところ、もう肉は勘弁なんだが。

 もちろん聞き入れられるはずもなく、フクキタルは楽しそうにトランクからクーラーボックスを取り出す。

 

 というか、こいつらだって若くはないだろ。

 同期として共に駆け抜けたトゥインクル・シリーズの記憶は、遠い過去の思い出だというのに。

 

「それにしてもスゴいじゃないですか~! ステゴさん、今年もURA賞にノミネートされたとか! いやー、同期としてハナガタカクナルですねっ!」

「アレは誤報だバカ。大方、去年の資料でも使い回したんだろうよ」

 

 引退から20年経ったウマ娘はURA賞のノミネート資格を失う。実際、俺の名前はすぐに撤回されたという。ミスだとしたら本当にずさんな話だ。

 しかしこうも思う。URAは仮にも()()()()()の外郭団体――――そんな凡ミス、本当に起こりうるのだろうか、と。

 

「……みんな、まだ貴女に夢を見ているのね。ステイゴールド」

 

 栗毛が笑う。今日の笑みは、またずいぶんと普通の笑顔じゃないか。

 

「そうかよ」

 

 どいつもこいつも勝手に夢を見る。あの有マ記念の後もそうだった。

 通常営業に戻ったトゥインクル・シリーズで、俺は走り続けた。

 もちろん有マ記念のような酷い走りは二度とごめんだ。相変わらずの重賞常連、勝ちは時々。

 

 観客は勝手に期待して、俺が負けるのを見て、ガッカリする様子も見せずにまた応援する。そしてどうしたことか、学園内でも変な奴らが寄ってきて――――

 

「っと、噂をすればか」

 

 スマホが着信を告げる。なんでか俺を慕うバ鹿共が、無事に空港に着いたらしい。

 

「おや。もう来られますか?」

「だとよ。そろそろ火をおこすか?」

「もう少し、もう少し待って下さいね~。ふぅ~、ふぅ~」

「…………なんで木の棒で火を起こそうとしてんだ。着火剤使えよ」

 

 聞く耳も持たないブライトから棒を取り上げる。あれ~と言われるが知ったことじゃない。素人がこれで火をつけるのは到底無理があるのだ。

 

「あ、はじまるわよ」

 

 そして俺たちの会話をほとんど全部無視して画面を見ているのが、彼女。

 

「お! 見せてください見せてください!」

「いよいよですわね~」

 

 俺たちは別々のゴールに向かって走っている。

 おそらくもう、俺たちのコースは二度と交わらない。

 

『さぁスタートしました! まず2コーナーへ向かって先行争い、先頭は3番……』

 

 だからこそ、この日だけは夢を語る。

 

「なぁ聞いてくれよ。またバ鹿がひとり、欧州に飛ぶらしいぞ」

 

 夢を語ろう。旅の続きを。俺たちならきっと、七つの海だって越えられるから。

 

『ハナを取り切りました向こう正面。2バ身のリード……』

 

 画面の中で夢が走る。時代は常に夢を求める。そして誰かが、夢になる。

 

「なんだか走りたくなってきたわね」

「まーたお前は勝手なことを」

「ですがステイゴールドさま、幸いにも。まだ火はつけておりませんわよ」

「おおっ? これもシラオキ様の導きに違いありませんね!」

 

 どんな小さな偶然も。

 

 どんなに些細な軌跡も。

 

 なにもかも、物語になれるのだ。

 

 

 ああ、だから――――レースは、面白い。

 

 

「ったく、しょうがねぇな。お前らは」

 

 そして同期は、俺たちの青春の1ページは。いつまでも色あせることはない。

 

「あら、ステイゴールドさまも、準備万端だったのですね~」

 

 靴を履き替える。欠かさず磨いてある蹄鉄を取り付ける。

 

『3コーナーカーブ。1000メートル57.4秒でいっています』

 

 さぁ、走ろうか。荒れ地に草が生えた程度の大地を。どこまでも。

 

「はじめるぞ」

「準備はできております~」

「はい!」

「ええ、走りましょう」

 

 

 

 

「「「「位置について――――――よーいっ」」」」

 

 

 

 

 




逃げるなサイレンススズカ
  第一版 令和 五年 八月 一二日発行

ステイゴールドさん発表おめでとうございます。
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