【夜の王】〜いつか必ず背中を刺される男の軌跡〜 作:カラカラ
ここは超巨大学園都市【キヴォトス】。数百数千の学園が連なって出来た都市であり、その一つ一つの校舎に多種多様な生徒が通い、またそれぞれの青春を謳歌している。
さて、そんな透き通るような世界にも“闇”なる部分は存在している。
そして、今私がいる場所が、まさしくその代表例と言ってもいいだろう。
「ここがブラックマーケットかぁ……」
キヴォトスに来て早数日、私はブラックマーケットに足を踏み入れていた。
いや〜、ブラックマーケットだなんて物騒な名前してるから、てっきりもっと暗くてジメッとした場所で彼方此方に穴が空いているような場所だと思ってたんだけど、意外にも普通の商店街っぽいね。これは嬉しい誤算だ。
まぁ、売ってる物は明らかに違法な、それでいて法外な値段で販売されている銃器とか商品ばかりだけどね……
さて、何故こんな法も節度もギリギリな所にいるのか……これには深い理由があるんです。
そう、始まりは昨日仕事の手伝いに来てくれた当番の子との何気ない会話からだった────
─
───
─────
「ユウカって趣味とかあるの?ユウカのことをもっと知りたいからさ、良かったら是非教えて欲しいな」
「え?趣味ですか?う〜〜ん、そうですね……パッと思いつくのは二つでしょうか。一つは計算です。得意分野だからというのもありますが、計算をしていると何となく落ち着くんですよね」
「うんうん、ユウカらしいね」
「もう一つは
「うんうん、それもユウカらし────ん?」
「ホストに───いいえ、
「え??」
「いつも優しくて、カッコよくて、応援してくれて、愚痴も聞いてくれて、私が欲しい言葉を全部言ってくれて………ほんっと、私と
「は???」
─
───
─────
「が、学生がホスト……」
いや、子どもの選択は尊重したいと思ってるし、応援してあげたいのは山々……だけど、流石に未成年でホストマンをしているというのはどうしても引っ掛かっちゃったっていうか……
あとユウカののめり込み具合が凄まじくてそっちにも驚いちゃったよ。本当に姫*1って感じだった。
さて、そんな衝撃的な会話を経て色々危ないと察した私は、実際にその子と会ってみようと思ったわけだ。
私はこれまでホストみたいな場所に行った事がないから、そういった所の知識は乏しいけど、未成年の身分でホストマンをやっているなんて普通じゃない事ぐらいは理解している。
もしその子が悩んでいたり、何か強要されていたりするならば、どうか話を聞かせて欲しいと願ってしまう。
大きなお世話だと思われるかもしれない。でも、それでも本来在るべき道へと私が導いてあげないと。
───何故なら私は大人であり、先生なのだから。
「……ここかな」
徐々に日は沈み、陰がゆっくりとブラックマーケットに覆っている中で、激しい自己主張をするようにライトがキラキラと───いや、ギラギラと輝いているお店があった。
店名は……【クラブ・ムーン】。うん、ここで合ってるみたいだ。
「ふぅー……よし!」
その外観からも漂う異様な雰囲気に微かに気圧されながらも、頬を叩き、何とか気を強く持って扉を開いた。
───しかし、そんな意気込みも虚しく、外観よりもギラギラしている内観を見て更に萎縮してしまった。
全体的に黒を基調としたゴージャスな空間。その天井には金色のシャンデリア。仄かに照らす照明が非日常感を演出し、店内に流れる華やかなBGMによってより一層この独特な雰囲気に呑み込まれる。
他にも『見たら分かる高いやつやん』思わず内心ツッコミを入れたくなるような花瓶やお皿なども展示されていて……何だか別世界に来たような感覚になっちゃう。こんなの否が応でも浮き足立っちゃうよ。
「いらっしゃいませ。ご予約の方でしょうか?」
受付の子だろうか。おっかなびっくりしている私に明らかに外向き用だと分かる甲高い声で尋ねてくる。
綺麗で華やかなワンピースを着飾っているが、頭部に被っているヘルメットが全てを台無しにしているような気がしてならないが、今はそんな場合じゃない。
「あっ、えっと……予約はしてないんだよね……」
「あっ……大変申し訳ございませんが、本日は予約で満卓でして……また後日お越しいただく事になってしまいます」
「え!?」
まさかの予約でいっぱいだった件。ネットで予約はしなくても大丈夫って書いてあったから油断してたなぁ。
それにしても運がない。いや、ここの人気を侮っていた私にも落ち度はあるか……
「うぅ、一目でもいいから会ってみたかったな……」
「ふふっ、それは嬉しいお言葉ですね。ところでもうお帰りになられるのですか?」
「うん、そうだね。予約がいっぱいなら忙しくて会えないだろうし…………あれ?」
ここでふと気づく。私は今、誰と話しているのか、と。
さっきの受付の子とはまた違った、異質で芯のある低音ボイス。しかし、その声はまさに魔性とも称せる程に蠱惑的で、自然と脳内に沁み渡るような声だった。
導かれるままに、ほぼ脊髄反射で、その声の発生元に目を向けると────
「ッ」
───その美しさに息を呑んだ。
背丈は私のそれを優に超えている。目則で大体180以上は堅い。そして、その魅惑的な肢体を覆い隠すようにアメジストを想起させる暗めの紫色のスーツを身に付けている。
髪型はアップバングで、その色は全体的に薄紫色でありながら、ところどころで青や赤、濃い紫が入り混じったものもあり、それがより一層彼の妖艶さを醸し出す要素として一助けしている。
しかし、何より凄まじいのは、その儚くも力強い圧倒的な顔面。子どもたちがこんな顔の持ち主と出会ってしまったら、これから出会っていくであろう男性に求める
まさしく“美”に愛され、“美”として完成された
明らかにこれまで出会ってきた人たちの中でも一段どころか三段四段とレベルの違う存在が、私の姿をそのサファイア色の瞳に写し、微笑んでいた。
「ボ、ボス!!いつからそこに!?」
「ついさっきだよ。何やら聞き慣れない声が聞こえたから来てみたんだ。それと営業時間中はボスじゃなくて源氏名*2で呼んでね」
「す、すみませんでした!【ヨル】さん!」
受付の子は軍隊もビックリな敬礼をかます。上下関係が厳しいのかと、一瞬そんな無粋な考えが頭を過ったが、どうやらそうではないらしい。
だって、雰囲気やその態度から、この子はヨルくんに純粋な敬愛と尊敬の念を抱いている事が目に見えて分かったから。まぁ、顔が見れないから全部憶測だけどね。
「さぁ、ここで立ち話もなんですし、彼方で僕とお話でもしていきませんか?」
「えっ、で、でも、予約がいっぱいだって……」
「えぇ、それが先ほど僕の方にキャンセルの連絡がきまして……」
『ですからお気になさらず』と微笑む彼の顔が何とも眩しい。
あれ、可笑しいな。人間の顔って光る機能なんか持ち合わせていないと思うんだけど……
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
そうして誘われるように、私は未知の世界へと足を踏み入れた。
☆★
「何かお飲みになりますか?」
席に案内されて、さっきよりもゴージャスで絢爛な場所に来て更に萎縮してしまったが、それも自己紹介を通じて少しは解れてきた頃。
ヨルくんは私から見て左側に座り、凡そ拳三つ分の距離を保って私にメニュー表を渡してくれた。
「そ、そのっ、私、お酒はあんまりダメで……」
「大丈夫ですよ。当店では学生の姫様もお越しになりますし、そもそも僕も未成年ですので、お酒は一切取り扱えないんです。ですので、当店は完全なホストクラブというよりは、ちょっとしたミニバーに近い場所なんですよね」
「な、なるほど……」
……じゃあジュースでこの料金なんだ。
一番安いので二千円以上だし、最高で数万……いや、数十万の物もある。
「えっと……よく分からないのでこのお店のオススメがいいな……」
「分かりました。なら………此方の飲み物をオススメしたいのですが、どうでしょう」
彼が指差す物は『ニュートン』という飲み物。
比較的に安めの料金に設定されているし、これならいいかな……
「じゃあそれで」
「承知致しました」
やがてやって来たのは混濁果汁の白濁した色の飲み物。色や名前からして恐らくりんごジュースの類なんだろうけど、豪華なボトルやグラスが相まってか、とてつもなく高級なお酒に見えてしまう。
ヨルくんに注いでもらい、乾杯して一杯。…………すごく美味しい。
「ティーチャーさんはこういったお店に来られるのは初めてですか?」
緊張と緩和で気持ちがふわふわしてきた頃、魔性の声が耳朶を打つ。
ちなみに【ティーチャー】という名前は私が付けたあだ名だ。先生と名乗るのは躊躇われたから、ちょっと弄ってティーチャーを名乗っている。
「う、うん。だからちょっと緊張しちゃって……」
「ふふっ、初めては誰だってそうですよ。実際幾つか場数を踏んでいる筈の僕ですら緊張で今も胸が痛いんですから」
温和な笑みをしながらも困ったような苦笑いをする彼に驚愕と懐疑の視線を向けてしまう。
明らかに慣れていそうな態度だったけど、実際は違ったという事実が面白く、より一層この子に対する興味が湧き立つ。
「そうなの?ちょっと意外かも……」
「……気付いてないんですね。僕がこうも緊張しているのは、ある意味ティーチャーさんのせいでもあるんですよ?」
「えっ!?わ、私のせい!?」
まさかの告白に電流が奔る。
わ、私、何かやっちゃったのかな……?そういった不安が駆け巡る───が。
「貴女のような綺麗な人とお話しているんですから、緊張の一つや二つしますよ」
────まさかの渾身右ストレートによって心臓を撃ち抜かれた。
そして思い出す。ジュースの話を聞いて少し油断していたが、ここはあのユウカを沼らせた正真正銘のホストなのだという事を。
しかし、そう理解してもなお────
「ッ……〜〜ッッ……!!」
………やばい。演技だって、お世辞だって理解しているのに、幸福感が半端ない。
「……少しストレートに伝えすぎたかな。ご気分を害されたのなら謝ります」
「う、ううん!大丈夫だよ!むしろヨルくんみたいなカッコいい子に褒められて、すごく嬉しかったっていうか……!」
あれ……何を言ってるんだろう、私……
普通なら恥ずかしくて言えないような言葉が、今だけは言い訳のようにスラスラと出てくる。
そんな醜態を晒す私を見る彼の眼差しはとても優しく、しかしその表情は何処か小悪魔的な物で。
「男にそう気軽くカッコいいだなんて言わない方がいいですよ────本気で好きになっちゃうからさ」
「─────」
脳を蕩けさせる、甘露的な毒を帯びた囁きが全身に奔る。しかし、それらをもってしても隠しきれないほどに勇ましい雄の雰囲気に呑み込まれてしまった。
彼の刺激的な吐露、情欲を燻る甘い香り、宝石のように綺麗でつぶらな瞳。それらが私を決して逃さないと言わんばかり囲み込んで────
『ヨルさん、VIP席にてキラーコールが入りました!』
「……ん〜、了解。じゃあティーチャーさん、僕行ってくるね」
「えっ、あ……」
彼の甘い香りが少しずつ離れていく事で徐々に意識が戻ってくる。
色々危なかった筈なのに、彼が背中を見せて離れていく姿を見ていると胸を締め付けられる。
もっと一緒にいたかったと、そう思っていれば───
「そんな顔しないで」
「大丈夫、また後で来るよ」
一瞬だけ振り向いて、片目を閉じながらそう告げた彼は、部屋の奥へと消えていった。
……………心臓が痛い。
「えっと、送り迎えありがとうね?」
入店してから約2時間後、ヨルくんに見送られる形でクラブの出入り口まで付き添ってもらった。
あまり詳しくないけど、どうやらそういうサービスもあるらしい。勉強になるなぁ……
「いえいえ、それよりも初めてのホストクラブはどうでしたか?」
う〜〜ん……そうだなぁ。
「色々と……本当に色々と刺激的な一日だったよ……」
「ふふっ、それなら良かったです。
ここに来てようやく歳相応の笑顔を見せてくれたような気がした。
これが彼の本当の笑顔なのか、はたまたサービスの一環としての営業スマイルなのかは分からないけど……
「では夜道にはお気を付けて下さいね」
「うん、ありがとう。またね」
「はい、またのご来店お待ちしています」
そうして完全に真っ暗となったブラックマーケットの道を戻るように歩き始める。
その暗い夜道とさっきまでいた筈の世界を自然と比較してしまい、まるでファンタジーから現実に引き戻されたような感覚がして、思わず頭を振るう。
……それにしてもすごかったなぁ。うん、今日は本当に色々とすごかった。
あんな劇物な男の子がいたら、そりゃあお財布大臣のユウカさんも紐を緩ませるものよ。
………
……………
…………………ところで今日は何しに来たんだっけ。
「あっ!ヨルくんの身の内話全然聞けてないじゃん!?」
いや、忘れていたわけじゃないんだよ?
ただ、さりげなく聞こうとしても上手く逸らされていたような気がする……自信を持って言えないのはあの時の私はものすごくフワフワしていたからなんだけど。
「…………、……………また行くか」
次のリベンジを心に誓い、少し薄寒い帰り道を歩いて行った。
よろしければ評価・お気に入り登録・感想等よろしくお願いします。