アビドス在住の暁美ほむら……てどういうことよ 作:マドドラも面白いよ!?
『砂に溺れかけている町』
窓から見える風景は、そんな表現がとてもあっているように思えた。
「話を整理します」
眼鏡をかけた少女ーーー奥空アヤネさんがホワイトボードの前に立ちながら話し始めた。
私がベットから起きた後『おやつでも食べながら少し話をしようよ~』とホシノさんが提案。
普段『対策委員会』?用で使っている部屋で話をすることになった。
「暁美さんは元居た……見滝原?という場所から突然このアビドスの砂漠の真ん中に移動していた」
「そうね」
「そこで最近アビドスで悪さをしていたガタガタヘルメット団と鉢合わせてしまい、戦闘になった」
「そうね」
「そこをホシノ先輩に助けてもらって、共闘。無事に撃退したところ、疲れがたまって気絶して、アビドス高校まで運ばれてきたと」
「そうね」
最後は嘘。
この部屋に来る途中、小鳥遊さん(小鳥遊ホシノがフルネームらしい)以外がおやつを取ってくると言って、少しだけ別行動をする瞬間があった。
『あの怪物のことは黙っておいた方がいい?』
二人きりになった瞬間、小鳥遊さんは私にそう質問してきた。
正直願ってもない話だった。
魔女のことを説明するとなると、魔法少女についても説明しなくてはいけない。
ただでさえ訳の分からない状況に陥っているのに、別の問題を起こる可能性を作りたくはない。
『これはおじさんと君との秘密だね~』
「というか見滝原ってどこよ?」
「アビドス……というかキヴォトスの『外』だというのは何となくわかるんですけど」
「なんで砂漠にいたのか暁美さんのほうで心当たりはないですか?」
そう言われて、私は保健室で寝ていた時に見た夢を思い出す。
(あの時、確か……)
そう、盾だ。
私は元々使っていた盾を……。
(だめね。そこから先が思い出せない)
今の状況に何らかのかかわりがあるかもしれない。
しかし、まだ憶測の域を出ないため話さない方がいいだろう。
(それに、魔法少女についての説明もしなくてはいけないかもしれない。それはできるだけ避けたい)
「ごめんなさい。私の方もよく覚えていなくて……」
「そうですか……」
部屋の中が少し静かになる。
皆私をどう扱っていいかが分からないのだろう。
自分のせいで迷惑を掛けていることが申し訳なく感じる。
まるで、魔法少女になる前の教室と一緒だ。
転校生として誰かの期待に応えられなくて、まどか以外のーーー皆に嫌な思いをさせて。
(だから……)
「あの……」
ーーーここから出ていきます。迷惑を掛けてごめんなさい。
そう言おうとした瞬間だった。
「ハイ!! 提案があります!!」
「ノノミちゃんどうぞ~」
「自己紹介と歓迎パーティーを開きましょう!!」
「……は?」
おもわず間の抜けた声が出てしまった。
「保健室から移動してきて軽く名前だけ教えあいましたけど、やっぱりパーティーもした方がもっと覚えやすいと思います!!」
「今から!? というかお菓子とか今なにもないんですけど!?」
「セリカちゃんが今食べているチョコレートでラストだね」
「アヤネそれ早く言って!! 何か置いてあったから全部食べちゃったじゃない!!」
「ん、おいしかった」
「シロコちゃんも食べちゃったんだねー」
「それじゃあお菓子も買って、ご飯も作って今日は皆で学校でお泊りです!!」
「ちょ、ちょっとま……」
展開についていけない。
「あ、皆はパーティの準備しておいてー。おじさんはほむらちゃんと服とか買ってくるー」
「分かりました!!」
「ほむらちゃん後で色々話しましょうね~」
「ちょっと晩御飯てことは家庭科室の準備もしなきゃでしょうが!! ……店長に余ってる材料とかないか聞いてみようかな」
「ん、味見は任せて」
ドタドタドタ、と足音を立てて、ホシノさんを除いた皆が部屋を出ていく。
その様子を、私はただ茫然と見つめるしかなかった。
どうして――あんなにも自然に、私を受け入れようとするの?
なぜパーティーなんて。どうしてそんなに無防備に笑っていられるの?
(……何かの罠? 踏み絵? それとも――)
そんなはずはないと頭ではわかっていても、心が追いつかない。
「ホシノさん……」
すがるように名前を呼んでみる。
「よし、ほむらちゃん、おじさんとデート行こうか~」
……だめだ、本当に分からない。
その笑顔の裏に何があるのかが分からない。
私は、まどか以外の誰かと心を通わせることが、やっぱりできないのかもしれない。
◇
空は夕方から、静かに夜の気配をまとい始めていた。
夜。
見滝原では、魔獣の活動が活性化する危険な時間帯だ。
いつもなら、奴らが集まりやすい場所を巡って戦闘を繰り返している――けれど。
(瘴気が、ほとんどない……)
魔獣が集まり、あるいは通り過ぎた場所には必ずといっていいほど穢れの残滓――瘴気が残る。
それは見滝原で、幾度も見てきた当たり前の現象。だがこの場所――アビドスには、それがまったくなかった。
魔獣という存在自体が、この都市にはいないのだろうか?
だとしたら、あの魔女は――いったい何だったの?
魔獣や魔女の存在を探るため、ソウルジェムで魔力の波動を感知している。けれど、まったく気配がない。
(キヴォトス……学園都市……)
どちらも、聞いたことのない単語だ。
日本どころか、世界のどこにもそんな都市があるなんて聞いたことがない。
(それに……)
「ねえ、この銃どう? 新作!!」
「お、可愛いじゃん!!」
「100円の自販機ない? 弾切れちゃった」
「コンビニで買えば?」
(銃が……一般販売されてる? それを女子学生が普通に買ってる……? なにこの都市、どうなってるの!?)
ここから導き出される結論は――ただひとつ。
非常に信じがたいが……。
(別の世界?)
魔女の結界内、という意味ではない。
もしそうなら、ソウルジェムの反応に引っかかっているはず。
けれど――地球上に、頭の上に妙な輪を浮かべた女子高生が銃を携え、さらには獣人や機械が人間のように生活している都市なんて、存在するはずがない。
だからこそ、ここは私がいた世界とは“別の世界”だと考えた方が自然だ。
(それに、あり得ない話じゃない)
最後に、まどかと話したあの場所――。
時間も、距離も、空間すらも理を超えて書き換わった、あの瞬間。
あの時私は、地球や太陽系だけではなく、ありとあらゆる“可能性”を垣間見た。
(その可能性の中に、この場所のような異世界が含まれていてもおかしくはない……)
けれど――魔女は確かに存在した。
それは、まどかに何かがあったという証拠だ。
(どうにかしないと……あの子に、何かあったら――!)
「ほむらちゃん?」
思考に沈んでいると、横からホシノさんがひょこっと顔をのぞかせてきた。
「その下着、気に入ったの?」
「え、下……」
自分の手元を見ると、無意識のうちに――女子中学生が着るにはちょっと勇気の要りそうな、上下おそろいの派手な下着を握りしめていた。
「ち、違うわ!? これは……その、ちょっと考え事していて!!」
「えっ、やっぱり気に入ってたんだ!? お、おう……大人だね〜……」
「だから違うの!!」
そうだった。私はいま、ホシノさんと一緒にキヴォトスのショッピングセンターに来ていたのだった。
アビドスの服屋さんはすでに閉まっていて、確実に開いているのはこの場所だけだったから。
「すみませーん店員さーん、この下着――」
「ちょっと待って!! 別の!! 別のを!!」
「いやいや、遠慮しないでね。捕まえたガタガタヘルメット団の懸賞金で、今はちょっと懐に余裕あるしさ〜」
「そうじゃなくて……もっと落ち着いた、中学生らしいのを買うから!!」
「……今、なんて?」
「だからもっと落ち着いた……」
「その後」
「……中学生」
……何かまずいこと言ったかしら?
ホシノさんがガックリと項垂れる。
「中学生に……身長……負けた……」
「高校生だと思ってたんですか?」
……そんなこともあったけれど、私たちは無事に生活用品一式を買い終え、アビドス高校への帰路についていた。
「……ということは、このキヴォトスでは学生が政治や経済を回してるってことですか?」
「そうそう。学籍がないと、この都市じゃ生きていくのはちょっと厳しいねー」
歩きながら、私はホシノさんにキヴォトスの仕組みについて尋ねていた。
この都市では、“連邦生徒会”という学生の集まりが政治を担っていて、各学校にもそれぞれの生徒会があり、その学校が存在する土地――つまり学区を管理しているらしい。
そして、“学籍”が戸籍のような役割を果たしており、それがないとマンションの契約やアルバイトもできない。警察――この世界では“ヴァルキューレ”と呼ばれているらしい――などの公共サービスさえ、受けるのが難しくなるという。
「だからさ、ウチの学校にほむらちゃんを泊めようってなったのは、そういう理由もあるんだよ。もし一人にしてたら、今頃こわ〜い人たちに捕まってたかもね〜」
ホシノさんは冗談っぽく笑いながら言った。
けれど、私はその言葉の裏に、どうしても拭えない疑問を感じていた。
「……どうして、そこまでしてくれるんですか?」
今日出会ったばかりの、何の関係もない私に。
こんなにも優しくしてくれる理由が、どうしてもわからなかった。
「んーー、今言った通りの意味だよ? 放っておいたらひどいことになりそうだったし」
ホシノさんは、あっけらかんとした表情でそう答える。
「それに……」
「……あの怪物のこと、ですか?」
私が口を挟むと、彼女はポケットから何かを取り出して見せた。
「グリーフシード!!」
魔女を倒したときに得られる、魔法少女にとっての命綱。
穢れを取り除き、ソウルジェムを浄化する――それがグリーフシードだ。
「やっぱり、君のだったんだね」
『はい、返すよ』
ホシノさんはそう言って、グリーフシードを私に渡してくれた。
お互い、しばし無言になる。
私は少し警戒を含んだ視線を、ホシノさんは変わらずニコニコとした笑顔を浮かべたまま。
「……何も、聞かないんですか?」
「聞いてほしいの?」
「……」
言葉に、詰まった。
言わなきゃいけないことがあるのは、わかっている。
けれど、何から話せばいいのか。どこまで話せば、どこまで信じてもらえるのか。
考えれば考えるほど、頭がぐちゃぐちゃになる。
言ったところで、どうせ信じてもらえない――そんな思いが、胸に巣食っている。
似たようなことが、あった。
同じ世界を繰り返していた時も。
何度、真実を告げても誰にも信じてもらえず、警戒だけが積み重なっていった。
そして、最後にはいつも――最悪の結果になってしまった。
わからない。
自分のような異邦人にここまで優しくする理由が分からない。
「ウチ、アビドスはさ、私含めて何人か訳アリの子がいるんだー」
ホシノさんはそう言って、空を見上げた。夕日がキヴォトスのビルの谷間を赤く染めている。
「私も一時期荒れてた時期があってさー」
その横顔は、いつものゆるい笑顔を浮かべているのに、どこか遠くを見ていた。
私は黙って、その言葉の続きを待った。
「でもさ、そんなとき、気に掛けたくれた人がいたんだ」
ーーちょっとおっちょこちょいだけど
そこで少し笑って、肩をすくめる。
「だから放っておけなかったんだよね。ほむらちゃん見てたら、昔の自分みたいでさ。……まあ、あの頃の私は下着売り場でボーっとしてなかったけどね?」
「その話は忘れてください!!」
私は慌てて声を上げる。
ホシノさんは声を立てて笑った。すごく自然で、楽しそうで――なのに、なんだか少し胸が温かくなる。
優しさって、こんなに静かで、あたたかいんだっけ。
私はまどかのことを思い出していた。あの子も、こんなふうに誰かを信じて、手を伸ばしてくれていた。
……私は、ちゃんとその手を握り返せていたんだろうか。
アビドスに戻った頃には、空はもう夜の色になっていた。
けれど、校舎の中からはまぶしい光と――騒がしい声が聞こえてきた。
「ほむらちゃーん! こっちこっちー!」
「ようこそアビドスへ!」
教室の扉を開けると、そこには紙吹雪が舞い、天井からは手作りの横断幕がぶら下がっていた。
《歓迎! ようこそアビドス高等学校へ!》――文字はちょっと曲がっていて、テープがはがれかけてるけど、それが逆にあたたかい。
「パーティーって言っても、たいしたものはないよー。ポテチとコーラと……あと、クッキー焼いた!」
制服姿の少女たちが、本当に楽しそうに騒いでいる。
まるで、私がまどかと送りたかった光景みたいで……。
「……ありがとう」
少しだけ、心が軽くなった気がした。
少なくとも、警戒はしなくても良い。
今は、それだけでも良い。
この世界がどんな場所なのかはまだ分からない。
なぜ魔女がいるのか? まどかの身に何が起こったのか?
確かめなくちゃいけないことは沢山ある。
けれども今はこの時間をしっかりと送ろう。
今は穏やかな気持ちに浸っていたい。
ただ、訂正したいことが一つある。
「私、まだ中学二年生なんですよ?」
「「ヴぇッ!?」」
「あら~」
「ん、身長は私と同じくらい」
「あははは、やっぱりびっくりするよね」
老けて……見えるのだろうか……。