アビドス在住の暁美ほむら……てどういうことよ 作:マドドラも面白いよ!?
その場所は、あらゆる可能性が交差する一瞬だった。
過去、未来、現在。
分岐した世界、平行する世界、まったく異なる世界。
まどかの力は、あらゆる可能性へと広がっていく。
『すべての魔女を消し去る』
それが、まどかの願い。
その願いは、魔法少女が魔女になる前に、その魂を浄化するという奇跡を生んだ。
その光景を、私はほんの一瞬だけ、垣間見た。
――そう。
そこで、見た。
見てしまった。
■■■■■■■■■■■■■■■を。
◇
(……何を、見たんだっけ?)
砂漠の夜は驚くほど冷えるという。
つまり、朝昼はうんざりするほど暑くなる、ということだ。
昨夜の歓迎会のあと、私はみんなと一緒に空き教室で寝てしまっていた。
寝る際はノノミ先輩が学校のジャージを貸してくれた。
(少し、胸がダブついているけれど……ありがたいわ……)
隣で眠るセリカ先輩(名前で呼んでいいと許可をもらった)を起こさないよう、そっと上体を起こす。
教室を見渡すと、冷房は切られているようだった。
壁には『節約!!(交渉はアヤネまでお願いします)』とでかでかと書かれたポスター。
昨晩「節約が好き」と言っていたけれど……なるほど、こういう意味だったのね。
(……でも、何かを忘れている?)
思い出そうとしても、頭の奥がもやに包まれているようで、どうしても思い出せない。
それよりも今は、この暑さをなんとかしたい――。
まるで魔法がかかったみたいに、私は自然と思考を切り替えていた。
昨日の夜は、楽しかった。
本当に、心からそう思える。
ループの中で、まどかや巴マミ、佐倉杏子、美樹さやかと交流を深めた時も、たしかにパーティのような場面はあった。
でもその時はいつも、『このループでまどかを救えるか』『ワルプルギスの夜に勝てるか』といった考えが頭を離れなかった。
よく言えば建設的。悪く言えば打算的。
楽しくないわけじゃなかったけれど、どこか冷めていた。
――それに比べて、昨日の歓迎会は違った。
魔法少女じゃなく、一人の学生として。
損得も打算もなく、笑って、話して、心から楽しめた。
……もしかしたら、あんな時間を過ごしたのは、本当に初めてだったのかもしれない。
魔女の反応もなく、魔獣の瘴気も感じられないこの場所だったからかもしれない。
深夜まで、みんなといろんなことを話していた。
――頭の上の輪っか、『ヘイロー』のこと。
――セリカ先輩やシロコ先輩の耳が飾りじゃなく本物だったこと。
――ギヴォトスの学校生活、流行りのスイーツ、変わった校則の話まで。
そう。
私は女学生らしい……いや、「ただの女の子」としての会話を、久しぶりに――本当に、久しぶりに楽しめた気がした。
それでも、やるべきことを忘れたわけじゃない。
まどかに何が起きたのかを確かめないといけない。
そして、魔女がなぜこの世界に現れているのかも。
(そのためにも……この世界のこと、もっと知らないと)
そんなことを考えていたとき、背後で誰かが起き上がる気配を感じた。
「ん、ほむら、起きてたの?」
「おはようございます。シロコ先輩」
起きてきたのはシロコ先輩――こちらも名前で呼んでいいと言ってくれている。
苗字はたしか、砂狼だったはず。
昨夜の歓迎会では最初あまり話せなかったので、警戒されているのかと思ったけれど……
(ただ、口数が少ないだけだったのね)
ホシノ先輩と一緒に話しかけたら、表情こそあまり変わらなかったけれど、ちゃんと返事をしてくれた。
私自身もあまり話すのが得意な方じゃないから、なんとなく親近感が湧いた。
『クールビューティー』というのだろうか。
ループの中で、まどかたちに私がそう呼ばれたこともあったけれど、こんな感じだったのかしら。
「おはよう。みんなを起こすの、任せてもいい? ちょっと外に行ってくる」
「……どこに行くのですか? こんな朝早くに」
「ん、日課」
そういえば、毎朝自転車に乗っているって言っていた。
運動全般が好きらしくて、冗談で「200km走れる」なんて言っていたような……。
「ちょっとそこ(の銀行)まで。……一緒に来る?」
「自転車がないですよ?」
「大丈夫、ほむらは私の後ろに立って乗ればいいよ」
……二人乗りは危険な気がするのですが!? しかも、ロードバイクだったような気が……。
でも……。
(いい、機会かもしれない)
昨日はアビドス高等学校の周辺しか見ていない。
自転車に乗って移動するなら、もう少し遠くまで行けるだろう。
さすがに200kmは冗談だと思うし、ちょうどいい範囲かもしれない。
(朝のうちに、魔女の結界がないか見ておくのも悪くない)
こんなとき、時間停止の魔法があれば便利だったのだけれど――まあ、ないものねだりね。
「ご一緒しても、よいですか?」
乗ろう。シロコ先輩の誘いに。
……この選択を、後に後悔するとも知らずに。
◇
「ほむら、聞こえてる?」
――結果から言えば、魔女や魔獣の反応はなかった。
それはつまり、まどかへの手がかりが得られなかったということ。そして、ソウルジェムを浄化するグリーフシードの補充も叶わなかったということ。
けれど、魔女との連戦から解放されたという点では、悪くない。
「大丈夫? ほむら?」
ソウルジェムの穢れも、ホシノ先輩から返してもらったグリーフシードでまだ何とか保てている。それに、どういうわけか体の調子がいい。
元々、私は体が弱かった。病を克服し、魔法少女になっても、体力が急に付くわけじゃなかった。
「あと100kmちょいだから、少し飛ばすよ? ほむら?」
ーー100……?
魔力でカバーしてはいたけれど、この世界に来てから、なぜだかほんの少しだけ体が軽い。
何処までも続く澄み切った空。透き通った風。頬に当たる熱気すら、今は心地よく感じる。
(あぁ……体が軽い)
もう二度と会えないかもしれない親友の顔が頭に浮かぶ、というか目に見えてきたような気がする。
(まどか……私もう、何も怖くない)
「ん、いい笑顔。元気そうでよかった。じゃあ、次はあの銀行まで……」
「おおおおおおおおおおおおおおお願いいいいいいいいいシロコ先輩~~っ!! ちょっとだけえええええええスピード落としましょう!? そうしましょう!? 私このままじゃああああああああああまどかのところに行く前に~~~別のところに行っちゃいまああああああああああすうううううう~~!!」
きっとこれは、走馬灯というもので――。
◇
「ほむら、体力なさすぎ」
「いやいやいや! シロコ先輩の体力が異次元なんですってば!!」
「んー……おじさんも、今回ばかりはそう思うかな~」
時は流れて、アビドス高等学校。
シロコ先輩の爆速自転車ドライブで、本気で意識が飛びかけたけど……どうにか帰ってこられた。
途中、先輩が「偵察に行ってくる」と言ってくれたおかげで、小休憩が挟まったのが救いだった。
何を偵察していたのかは謎だけど、もしあれがなかったら……正直、危なかった。
(……おかしいわ。一応、魔力で体力は補ってるはずなのに……)
肩で息をしながらふらつく私を支えてくれるのは、セリカ先輩とアヤネ先輩。
汗まみれになっているのに……ごめんなさい。
(それにしても……シロコ先輩の体力って、ギヴォトス人にとっては普通なの?)
もしそうなら、素の身体能力で魔法少女を超えてることになる。
(……ギヴォトス人、強すぎじゃないかしら)
銃弾が直撃しても「痛っ!」で済ませる耐久力に、無尽蔵のスタミナ。
昨日ホシノ先輩が言っていた“ヘイロー”の影響かもしれない。
魔法少女で言えば、ソウルジェムに近い役割を持ってるのかも。
「お待たせしましたっ! 例のモノ、持ってきましたよー!」
教室のドアが開き、ノノミ先輩が満面の笑みで何かを抱えて入ってきた。
明るくて、優しくて、社交的で……まさに理想的なお姉さんタイプの人。しかも二年生。
(……ホシノ先輩の一つ下、よね)
二人をちらっと見比べてしまう。
「? どうしたの、ほむらちゃん?」
「……私の顔に何かついてます?」
……言わないけど、世界は残酷だ。
少なくとも――マミさんクラスはある。
(いや、マミさんはよく勘違いされがちだけど『まだギリギリ』中学生なのよね。下手すると今のノノミ先輩を超えてるかも……?)
「ノノミ先輩、手続きは昨日のうちにこちらで済ませておきましたよ」
「さっすがアヤネちゃんっ!」
アヤネ先輩。セリカ先輩と同じ一年生なのに、アビドスの事務仕事を一手に担っている。
「困ったことがあればいつでも頼ってね」と言ってくれたっけ。
――なぜかしら。私も眼鏡をかけているせいか、妙にシンパシーを感じる……。
そして。
「何を持ってきたんですか?」
そう尋ねると、みんなが一斉に笑顔でこちらを見た。
「ほむらちゃんが着てた服と!」
「アビドス高校の制服!!」
「それと、学生証ですっ!! 年齢はちょっとズルして高校一年生にしておきました!!」
思わず視線が手元に向く。
ノノミ先輩が抱えているのは――私の見滝原の制服と、アビドス高等学校の制服。そして……。
「学生証まで? 本当にいいんですか?」
アビドス在住の暁美ほむら……てどういうことよ。
いや、そういえばホシノ先輩が昨日、言っていた。
ここギヴォトスでは、学籍がないと生きていくのが難しい、と。
だからこそ、学籍を得られるのは本当にありがたいのだけど……。
「おじさん、昨日も言ったでしょー? あると何かと便利だって」
「でも……」
私が口を開こうとした瞬間、ホシノ先輩がそっと耳打ちしてきた。
「怪物のこと……探すんでしょ?」
「ッ……!」
「交通機関の定期、情報収集用のスマホ。そういうのを手に入れるためにも、学生証があった方が便利でしょ? おじさんはそう思うなー」
それに、と続けるホシノ先輩。
「おじさんも当事者だし、あんな怪物がまだアビドスにいると思うと……正直、心配なんだよねー」
そうか。アビドス高等学校は、この土地を守る立場にある。
だから魔女のような存在を放置できない。だから私にも残ってほしいと思ってくれている……。
「て、考えてるでしょー?」
「ッ!! ……分かるんですか?」
「昨日も言ったでしょー? 『放っておけない』って。一緒に戦った仲間じゃん。というか、そんなドライな考えでほむらちゃんをアビドスに誘ったと思ってたの? 歓迎会でご飯も一緒に食べたのに、ちょっとショックだなー」
「あっ、違ッ!! そういうつもりじゃなくて……!!」
ホシノ先輩は顔を手で覆った。
どうしよう、またやってしまった。
ループ中での会話の失敗が、フラッシュバックのように蘇る。
息が苦しくなって、鼻の奥から頭にかけて、血が一気に巡るあの感覚。
――でも。
「……嘘嘘。冗談冗談。ほむらちゃん、真面目でイジりがいあるなー」
「ホシノ先輩、ほむらちゃんいじめたらダメですよ!! ……まあ、慌ててる顔は可愛かったですけど~」
「そうです!! せっかく年下の、実質後輩で、なぜか妙にシンパシー感じる子ができたんですからッ!!」
「アヤネ、落ち着いて! ホシノ先輩のはいつものジョークだから!」
楽しげな声が飛び交う。
正直まだ完全に信じても良いのかは分からない。
けれども……
(……アビドスで良かった)
きっと、まどかもそう思う。きっと、あの優しい子なら。
まどかの様に上手くではないけれど――それでも、シロコ先輩も、セリカ先輩も、アヤネ先輩も、ノノミ先輩も。そして……ホシノ先輩も。
それぞれが、自分のやり方で私のことを考えてくれている。
打算じゃない。ただ、困っている誰かがいたから、手を伸ばした。
……初めて、私がまどかから助けてもらった時のように。
だから私もあの子がするであろう行動をしよう。
「……ありがとう、ございます」
思わず声に出た感謝の言葉に、アビドスの皆は「えっ?」「どうしたの?」と首をかしげながらも、ふふっと笑ってくれる。
その笑顔がとてもまぶしく感じて、顔を背けそうになる。
けれども、顔お背けちゃダメだ。
時間操作はもうできない。だから、しっかりと向き合おう。
この世界にはまだ、魔女がいる。私が追ってきたものは、きっとこの地にも影を落としている。
私はその魔女を探すことも、戦うこともできる。
だから――
「……こんな私で良ければ、皆さんの力になりたいです」
そう言った私に、ホシノ先輩がふにゃりと笑う。
「よっし! それじゃあ“転入生ほむらちゃん”の歓迎会、第二ラウンドいきますかー!」
「わー! ほむらちゃんのために買っておいたお菓子、今こそ出番ですねっ!」
「私、紅茶淹れますね! ほむらちゃん、ミルクと砂糖はどうします?」
「ちょ、ちょっと皆、急に動かないで! 机の上まだ片付けてな――あーっ、こぼれてる!!」
ドタバタと騒がしいけれど、不思議と心地いい。
私は、もう一度深く息を吸い込んで、机のそばに立った。
不安なことはまだたくさんある。
けれど……。
ーーー頑張って
(ここから、また始めよう。あの子なら絶対にそうする)
まどかにまた会えるまで。
胸を張って、あの子が守った世界を守り続ける。
アビドス在住の暁美ほむらとして。
「ん、いい感じの雰囲気のところごめん。ところでほむらの武器はどうするの?」
「「あッ!!」」
「完全に忘れてましたね~」
「武器?」
「そうそう、ギヴォトスの生徒は皆武器を持ってるのー。昨日のヘルメット団や私も銃持ってたでしょ?」
「言われてみれば……だったら……」
「銃がメジャーだからそっちの方がいいよ? それに早めに用意しないと」
暗に魔法少女……弓は出さない方がいいと言っているわね。
「銃を持ってない生徒より、裸で歩いてる生徒の方が多いくらいですからね!! 統計的にも実際にも!!」
―――銃を持ってない生徒より、裸で歩いてる生徒の方が多い?
―――『裸』で?
「私、裸の人より非常識な行動してたの……!?
◇
同時刻、アビドス某所。
その物はギヴォトスでは珍しい『大人』だった。
いや、凡そ人の顔をしていなかった。
顔全体に亀裂が走り、その亀裂から白い靄のようなものが発生している。
とあるアビドスの守護者がつけた仮称、そして彼の仲間からはこう呼ばれている。
黒服、と。
黒服は手でケースに収められたあるものを見つめながらとある生徒達の映像データを見ていた。
それは黒服と関わりのあるカイザーPMCがこっそりと支援している不良集団『ガタガタヘルメット団』の構成員が持っていたカメラに記録されたデータだった。
彼が探求のターゲットとして定める小鳥遊ホシノのデータが手に入るかもしれないと思い、カイザーPMCが回収していたカメラを譲ってもらったのだ。
その映像は荒いながらも、さすがわギヴォトスの最新の技術が使われているおかげというべきか映像は確かに破損せず記録されていた。
小鳥遊ホシノの戦闘データ。
そして、暁美ほむらの戦闘が。
『あの魔女は私が倒す。あなたは使い魔の相手をお願い!!』
「魔女……ですか」
手元のケースに目を落とす。
そのケースにはあるものが収められていた。
知るものが見れこう呼ぶだろう。
『グリーフシード』と。
「そしてこの黒い物体……」
「……暁美ほむら」
「非常に、興味深い」
それは悪意か……それとも……。