アビドス在住の暁美ほむら……てどういうことよ 作:マドドラも面白いよ!?
ここはどこか、と聞かれても――正確には答えられません。
時間の概念すら存在せず、地面さえも、私の気まぐれで生み出せてしまうから。
そんな場所で、私は今もなお、数多の少女――魔法少女たちの記録を集めています。
――大切な妹の病気を治すため。
――仲間の希望をつなぐため。
――実家のお店を守るため。
――辛い記憶を忘れるため。
――自分という存在をなくすため。
――姉を助けるため。
――親友と恩人を守るため。
そして、大切な親友を助けるため。
それぞれが願いと希望を胸に、少女たちは魔法少女になります。
けれどその先に待っていたのは、世界を呪う「魔女」になるという運命でした。
……そんな結末、あんまりだよ。
魔女になんて、ならなくていい。
絶望になんて、染まらなくていい。
生きてきた軌跡を、絶望で終わらせたくない。
――希望に満ちたままで、終わらせたい。
そのために私は、この場所にいます。
『円環の理(えんかんのことわり)』――私、鹿目まどかは今はそう呼ばれています。
もう人間ではなくなってしまったけれど、力を貸してくれる仲間がいる。
「まどか」
青い騎士のような姿をした女の子――美樹さやかちゃん。
私が人間だったころからの、大切な友達です。
今では、この場所で私の役目を一緒に手伝ってくれています。
「また見てたの?」
さやかちゃんは楽しそうに私の持っているモノーーーレコードを指さします。
レコード……マギア・レコード――魔法少女たちが歩んできた記録。
そのレコードに記されたその物語を、私はここで見ることができます。
「もうすぐ……ううん、少し前に終わっちゃった」
とても綺麗で、優しい物語でした。
私では成しえなかったことを、彼女たちは成し遂げた。
何度見ても、心がほんのり温かくなるような、そんな物語。
「できるだけ干渉は品様にしていたんだっけ? でもその子たちも、もしかしたら『ここ』に来るかもね」
「もし来てくれたら、いっぱいお話したいな」
「色々教えてあげなくちゃね!! まどかの事とか、世界の事とか!!」
私とさやかちゃんは、くすくすと笑い合う。
こうしていると、歳を取らないんだなあって、あらためて思います。
「それで……アンタの“親友”の方は?」
私の、一番の親友。
暁美ほむら――ほむらちゃん。
この場所に来てからも、私はずっと彼女のことを見ていました。
彼女が私を救うために旅した時間よりも、もっと長く。
いつかまた会えるその日を願いながら、そっと見守っていたのです。
――ほんの、数日前までは。
「……大丈夫。できる限りのことは、もうしてあるから」
「アイツ、本当に平気なの?」
「……『あの世界』のことは、まだ私にもよくわからないの」
観測はできているけど、私の力が及びにくい、不思議な世界。
透き通るような青い空が何処までも続いているような世界に、ほむらちゃんは、転移してしまいました。
「まどかの力も、あんまり届かないんだよね」
「……うん。何度も試したんだけど……」
あの世界には、魔法少女も魔女もいない。
そもそも、必要とされていない世界なのかもしれない。
異なる法則が働くせいか、私の力はうまく干渉できない。
こんなこと、今の状態になって初めてのことでした。
「でも――ほんの少しだけなら力を送れたよ」
私が願いを叶え魔法少女になった時、ほむらちゃんには私の力の一部とリボンを送りました。私のことを忘れてほしくなかったのです。
その力のつながりを応用して、あの世界の渡ったほむらちゃんにがもうすぐ獲得しようとしていた『神秘』と呼ばれている力に、ほむらちゃんが昔使っていた力を制限付きで落とし込むことができました。
「それくらいしないと『アレ』と戦えないか……というか、あっちもさらに強くなってるし」
「……うん」
本当は、私が倒すはずの存在。
けれど、私の未熟さ、ほむらちゃんのほんの些細な選択ミス、そして――天文学的な偶然。
それらが重なって、ほむらちゃんはあの世界へ飛ばされてしまいました。
あの魔女と共に。
「……心配してるの?」
さやかちゃんが、優しい声で尋ねてきました。
やっぱり、気づかれてしまったみたい。
「……うん。とっても」
だってあの魔女は――■■■■■■■■■■■■■だから。
ほむらちゃんだけじゃない。
あの世界の人たちだって、危険に晒されてしまうかもしれない。
だけど、それでも私は信じてる。
「……ほむらちゃんなら、大丈夫」
「まどかのことを、助けてくれたから?」
「それもあるけど……」
それだけじゃないんです。
ーーー私を助けることを諦めなかった。
ーーー不器用でも前に進み続けた。
なによりもーーーこんな私を友達と思い続けてくれた。
「そんな頑張り屋なほむらちゃんなら……あの世界の人とも仲良くなって、あの魔女を倒してくれるかな……て」
「まあ、根気はあるのは確実だからね」
「さやかちゃん……」
「いけ好かないところもあるけどさ、ここにきて『記録』を覗けるようになってから……見方が少し変わった部分もあるからさ」
「……うん」
だから、今は信じよう。
ほむらちゃんと、あの世界の可能性を。
◇
「で、全部話してくれるんですよね?」
「うへぇ……」
「…………」
……ここは、病室。
短期間でこんなに医療関係の部屋に通うのなんて、本当に久しぶり。
体が弱かった頃も、ループしていた間も、病院や保健室にはしょっちゅうお世話になってたけれど、こんなに大人数で一部屋に詰め込まれるのは、さすがに初めてかもしれない。
「ほむら?」
「……はい」
いけない。現実逃避していた。
セリカ先輩の圧に耐えきれず、つい素直に返事をしてしまった。
あのとき、ヘルメット団の団員から出現した魔女を倒し、私たち――アビドス高校のメンバーは無事に結界から解放された。
その後、あらかじめアヤネ先輩が連絡を入れてくれていたおかげで、ヴァルキューレ警察学校の支援と救急車が現場に到着。
幸いにも負傷者は私だけで済み、例の団員の少女も衰弱はしていたが、命に別状はなかった。
……そして今日で、入院から三日目。
「……あの、やっぱり――」
「お腹に穴が開くレベルの事件だったんですからね? それに“魔女”とか不穏な単語も聞こえました。『何も知りません』じゃ通用しませんよ?」
アヤネ先輩のメガネがキラリと光る。
目が見えないのが逆に怖い。いや、本当に怖い。
私はとっさにホシノ先輩の方を見た。助けてください、の念を込めて。
(アヤネちゃんが……爆発寸前……!?)
すると――目が合った。え、もしかして目線で会話できてる?
なら、こっちからも!
(アヤネ先輩って……怒るとやっぱり怖いんですか!?)
(うん、普段感情抑えてる分、超怖いよ……。ほむらちゃん、ここは正直に話したほうが絶対いいって……!)
……通じてる。
すごい、この世界に来てから私、コミュ力が上がってるかもしれない。
ああ……ループ中もこれくらい器用に立ち回れていたら。
「先輩?」
「ほむらちゃん」
セリカ先輩がホシノ先輩の肩に、アヤネ先輩が私の肩にそっと手を置く。
「「話してくれますよ……ね?」」
(ホシノ先輩!! ここで何とか――)
(ほむらちゃん!? まさか先輩を売る気!? 確かに緊張も取れてイイ性格になってきたけど、タイミングは考えてよ!?)
なんてこと。
頼りになるホシノ先輩が、若干怯えている……。
けど――魔女や魔法少女のことを話すなんて、そんな……。
「それとも――」
「じ~っくり、た~っぷり、夜遅くまで質問攻めがお好みですか☆」
……え?
(ノノミ先輩!? あの温厚なノノミ先輩がすっごく怖いんですけど!?)
(ていうかシロコ先輩、なんで銃を構えてるんですか!? ここ病院ですよ!? そして私、ケガ人ですよ!?)
(……多分、脅しだから。多分ね!? ノノミちゃんのあの顔、私も初めて見るし……ほむらちゃん、これは下手に隠すと本当に面倒になるよ……)
「ほむら、ホシノ先輩にも――言ってないこと、あるよね?」
……シロコ先輩、鋭い。
ホシノ先輩、お願いだからそっちの陣営に行かないで。
「あの怪物……魔女って何?」
「なんであの生徒から出てきたの?」
「そしてほむらの、あの姿は何?」
……言うべき、なのだろうか。
いや、きっと言ったほうがいい。
このアビドスを守るために、ホシノ先輩たちは戦っている。
なら、私の知っている情報は必要だ。
でも――魔女のことを話すということは。
(……魔女の生い立ち……私自身が、魔女になるリスクも説明しないといけない)
それは、つまり――アビドスから離れることにつながるかもしれない。
(どうして……まだそんなに時間が経っていないのに)
胸の奥が締め付けられる。
私は、今の生活が本当に好きだと思ってしまっている。
でも、それを失う可能性があると考えるだけで、手足が冷たくなり、呼吸が浅くなる。
こんな風に怖がるなんて、私はまだ……弱いままなのかもしれない。
――もう、こんなにも。
私はこの人たちに、心からの愛着を抱いてしまっている。
学生らしく騒いで。
学生らしく楽しんで。
学生らしく先輩と後輩の関係を築いて。
すこし、硝煙のにおいも混じっているけれど、学生生活ってこんな感じの事を言うのだろう。
ーーそれを、失いたくないと思っている。
普通の生活。
普通の、学生生活。
普通の……友達。
(それを、失いたくない)
「ほむら……」
シロコ先輩が、じっとこちらを見つめている。
「……ん。ほむら、私たちのことを心配してくれているのかと思って」
シロコ先輩の声は柔らかく、それでいて真剣だ。
砂狼の名を持つシロコ先輩らしく、物言いは寡黙だが、その奥には深い思いやりが隠れている。
「……」
「ほむら、魔女や魔法少女で言いにくいことがあるの? 私たちがそれを聞いて何かすると思ってる?」
――シロコ先輩の瞳は、揺らぐことなくまっすぐに私を見つめていた。
「だとすれば……ごめん」
突然シロコ先輩が私に向かって頭を下げてきた。
驚いて、何かを言おうとする前に彼女は言葉を続ける。
「私が……私たちがほむらからの信頼を得ることができていなかった」
沈黙がしばらく続く。
「ちょ、シロコ先輩!! いきなりそれ言います!? 私たちが気にしていることを!!」
突然のことで脳の処理が追い付かなかった。
シロコ先輩達のことを信頼していない?
「あの、そんなことは……」
「いや、それはおじさんも思っていたことかな」
ホシノ先輩まで……。
「いつでも、話せるときに話してくれるかな、とは思っていたんだけど……」
「やっぱり先輩は知っていたんですね……」
全部は教えてもらってないけどねー、とホシノ先輩は続ける。
そして私に向き直り、目を見つめてくる。
この目が、私は少し苦手だ。
正確に言うと、感情をも真っすぐに向けられることが苦手だ。
侮蔑、怒り、軽蔑、絶望。
それらを何度も受けてきた私にとって、優しさや真剣さまでもが怖いと感じてしまう。
その優しさに、すがりつきたいと思ってしまう自分が、怖い。
それに、内容が内容だ。魔女のことを、私のような魔法少女のことを説明して、一体どんな反応をされるのか。
だから、必然的に目をそらそうとして……。
「不安にさせてごめん」
分からなかった。どうして謝るのか。
「おじさん達、これでも結構強い方だからさ、勝手にほむらちゃんも私たちの事信頼してくれると思っててさ」
「ん」
「……まあ」
「私たちのこと……信頼できていないとは思うけ「信頼しています!!」」
気づいたらホシノ先輩の声を遮っていた。
こんなに大きな声を出したのはいつぶりだろう。喉が少し震えている。
それでも、ちゃんと、これだけは言わないといけない。
「み、皆……すごく優しくしてくれて……こんな怪しい私なのに、受け入れてくれて。すごくうれしくて……」
急いで話そうとして言葉がつっかえてしまう。
馬鹿だな。眼鏡をかけていたころから根本的な部分は何も変わっていない。
弱虫のまま。
まどかから力を分けてもらっても、思いを継いだとしても、寂しさが募ってばかりで。
それでも……。
「でも……このことを言ったらアビドスを守るために……追い出されると思って」
ちゃんと、言おう。
言葉で、紡ごう。
それができなくて、どれだけ酷いことになったのか、私は身をもって知っているはずだ。
怒られるかもしれない。怒鳴られるかもしれない。追い出されるかもしれない。
それでも――こんなに優しい人たちの側から逃げたくない。
「だから……」
「ほむらちゃんもアビドスの一員ですよ?」
ノノミ先輩が不思議そうな顔で発言をした。
その言葉に私は顔をあげる。
「……なんとなく、なんでアンタが相談してくれないのかがよく分かった」
「ほむらちゃん……」
「私たちに嫌われたくなかったんだね」
そう言われて、何故か目が熱くなる。
「あのね、ほむらちゃん。まだ数日くらいしか付き合いがないけど、あなたが友達思いのすごく優しい子だっていうことはよくわかってるつもり」
「私たちはね、その助けになってあげたいだけなんです」
「同じアビドスの一員としてね」
「年上には素直に甘えなさい!!」
そうセリカ先輩が言ってくれた。
『年上に頼る』、か。
(確実に頼れる人がいるなんて……久々かもしれない)
優しさが、胸に染み込んでいく感覚がする。
この人たちを守るためにも。
この世界を、生きていくためにも。
ループをしていた時とは違う。もうやり直しはできない。
怖がられるかもしれない。
確証もない。
けれども、前と同じままじゃまた同じ結果になってしまう。
過去を……過去できなかった事をしてみよう。
今までとは違うことをしてみよう。
そのための、最初の一歩を踏み出そう。
あの子も、まどかも、きっとそうする。
「……話し、ます」
ーーー私の事
ーーー私の世界の事
ーーー私の、大切な友達の事