レイダー。正しくは「有機侵略的感情生命体」と呼ばれるそれは、遡ること180年以上前から主に日本を中心として世界各地で存在が確認されており、感情の豊富な生命……とりわけ人類に対して明確な攻撃的意思を持って襲撃を繰り返した。それらは「
つまりは、人類はこれら「レイダー」に対して一切の攻撃手段を持たなかった。
――18年前までは。
開発者は協力者らと共にレイジングリベンジャーズに入団し、その後も多くのユナイトギアを開発提供したものの、1000機目のそれを最後に突如として組織を退団。行方を眩ませてしまう。既に開発されていた1000機のギアを修復・改造することは残された技術スタッフでも可能であったものの、新たなユナイトギアの開発ができるのは、開発者自身を除けば本人から直接その製造方法を聞いた「たった三人の弟子」だけであった。だがその弟子たちも未だに一人しか見つかっておらず、1001機目以降の「次世代機」の生産はかつてのそれから明らかな遅れを見せている。
これらの限りある力の使い方を間違わないよう、国連が「ユナイトギアは『侵略性生命体』以外に対して使用してはならない」と定めたのが『感情特機取締法』である。
そして――時は2182年。次世代機の開発から6年が経過した今、ユナイトギアの総数は1020機。
この力を振るう1020人の戦士が「正義の人」であることを願いながら、今もこの世界の人類はレイダーの脅威と向き合い続けている。
◆
「はぁっ、はぁっ……!」
恐怖と不安と、ほんのちょっとの苛立ちが白い息と一緒に洩れていく。背後に迫る「死の形」は、イカかタコのような6つの触腕を背に生やしたナメクジのような化け物で、不意に響く嬌声とも断末魔ともとれるような絶叫が耳障りだった。幼く小さな吐息が、少しずつ勢いを失う。
何故あのレイダーはこうも執拗に自分をつけ狙うのか。舌打ちのような思考が脳裏にチラつく。しかし、それを口にする余裕さえなく、少女はただひたすらにその足を動かした。
このまま走り続けた先に、あの化け物を振り切り生き延びる未来が見えるかといえば、冷静な頭なら「ありえない」と答えるだろう。だが、そんな無意味にまともな理性さえ取っ払って駆け抜けた先にしか見えない景色があるとするのなら――それこそが「未来」なのだと信じて、その少女は地を蹴る足に力を入れた。
体力も、筋力も、既にゼロを下回ってマイナスだ。既に枯れ果てた体力を、生命の輝きを前借りしてどうにかこの身体を動かしているということに、幼いながら気付き始めている。
だがそれにも限界はある。少女の体はついに動かなくなった。足を動かすことはおろか、身じろぎひとつできないほど力を使い果たしていた。こんな状況になっても助けてくれない神など、祈る価値などあるものか。そうだ、この世界に神など無い。この理不尽な
「キロ、キロロロ――!」
「いやだ……嫌だ! あたしはまだ死にたくない! まだ……生きていたいッ!」
少女の必死の叫びを嘲笑うかのように振り上げられるレイダーの触手。もはや躱すことはできない。諦めることしか――いや、それだけは違うッ!
少女は既にマイナスに削り続けている命をさらに噴かし、とっくにエンストを起こした身体をどうにか動かした。そうだ……命とはガソリンだが、魂はガソリンではない。この身体が殺戮マシンにさえ怯むことのないレイダーをも脅かす『人間』のそれだとするのなら、マシンと肉体の違いとは魂。魂とは無限のエネルギー! 故に既にガソリンという燃料が底を尽きてなお、魂を宿した人の肉体は動くことが可能なのだ。
そして、魂を宿した人類の雄叫びは、恐怖に打ち勝つ誇り高き精神は……目の前に迫る脅威を貫いた先の『未来』を見つめる瞳を持つ!
「そうだ、生きることから目を背けるな。お前の生を、未来を諦めるな」
瞬間、少女の視界を眩く奪う赤色の中から、そんな声を聞いた気がした。
その赤色は輝きと共にレイダーを吹き飛ばし、その細くしなやかな線を描く肉体からは信じられないほどの「魂の輝き」を放っている。
「あなたは……?」
「
その光の中から現れた青年は自らを「希繋」と名乗ると、その両脚を覆う金属製のブーツから電光を散らしながらレイダーへと向かっていった。
直後の光景を夢想した少女は思わず悲鳴を上げかけるも、現実は彼女の予想を遥かに超える光景を見せつける。
「人間が……レイダーと戦ってる……? あの人、まさか……!」
人類の多くがレイダーに対して無力であることは広く知られている。それこそ、彼女のような幼い子供でさえ。
だがそんな彼女らの希望を支え、未来へと繋ぐべく存在する組織、そしてそこに所属する戦士たちのことも、メディアを通して遠巻きに聞いたことくらいはある。
レイジングリベンジャーズ。人々の平穏と日常を脅かし、輝かしい未来を踏みにじる理不尽に激昂する復讐者たち。そんな彼らを人々は……敢えて『
「リベンジャー……!」
少女のその呟きにどれほどの意味があったか、しかしてその双眸に鮮烈に焼き付く赤色は少女の声を聞いて明らかにその力を増した。
「キロ、ロロロロ……キロロロロロロァァッ!」
「エクレール! 子供が見てる前だ……大人としての責務を果たすぞ!」
『了解、ディアマスター』
レイダーの触手を全てその両脚から放つ蹴り技のみで弾き、千切り、吹き飛ばし……ただの一発たりとも少女には近づけない。彼の前にレイダーがあり、彼の体をすり抜けるものは何ひとつとして存在しない。彼自身が、あの醜くおぞましい理不尽から少女を守り抜く盾。か細く、脆く、弱々しい肉体でありながら、彼は鉄壁としての役割を確かに果たしていた。
猛攻に次ぐ猛攻は青年から体力を奪うが――それよりも早く、レイダーの攻め手が止んだ。ここを逃してなるものかと、青年は最後の一撃を叩き込む。
「エクレール!」
『
上出来だ、と言ってレイダーから一気に距離を開け、そしてその身を電光の如く閃かせると、青年の突き出した左足はレイダーを穿つに余りある力を発揮する。
「ぜあァァァッ!」
――Crimson Impact――
「キロロロロロロロ――!」
少女の視界だけでなく、この夜の暗闇すらも赤く染めるほどの電光は、レイダーの負の感情エネルギーを蒸発させるほどの感情的熱量を放ちながらその身体を穿ち貫き、そして大地を削るように着地する頃、レイダーはその身を爆散させ灰となっていた。
青年はゆっくりと体を起こすと、そのまま少女へと近付き、さっきまで戦っていた『戦士』とは思えないほど細く柔らかい手を差し出した。
「起きられるか、お嬢ちゃん」
「……ごめんなさい、ちょっと、無理かもです……」
「いや、いいんだ。むしろよくやったよ。君があの瞬間、自力であれを躱してくれなかったら助けられなかった。遅くなってごめんな」
青年は優しげな微笑みとともに、少女の体を抱え上げると、近くの壁に凭れかけさせて懐から通信機を取り出し、何処かへと連絡をしている様子だった。
だが少女の意識はそこで途絶え、次に目を覚ました時にはそこは見慣れない病院のベッドの上で、結局のところ少女は青年に礼を言うこともできないまま別れてしまったことを、しばらく悔いることになる。
だが――これは出逢い。
今までの自分を塗り替えるような、苛烈で劇的で、それでいて悲しい運命への始まり。
少女は……自らの