JOINT TO THE FUTURE   作:永瀬皓哉

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成すべき使命-ロール-

 群レベルの大規模なレイダー襲撃をなんとか凌いだ翌日。

 事後調査と街の復旧作業に追われる第二・第三部隊の中継役として東奔西走し、ようやくレイジングリベンジャーズ基地に戻った希繋は、ロビーの自販機で購入したペットボトルの蓋を開ける余裕もないまま口から抜けかける魂をどうにか繋ぎとめていた。

 昨日のような大規模襲撃があると、レイジングリベンジャーズの勤務時間が非常時用のシフトに切り替えられるのだ。

 リベンジャーとして、非常時にも短時間の睡眠で体力を回復し眠気を解消できるよう訓練はされているものの、正直なところ希繋にとって痛手なのは眠気や疲労ではなく愛娘である白露との交流時間が減ってしまうことにあり、このシフトは少なくともあと14日も続くのである。

 

「よう、希繋」

「ん? あぁ、悠生か」

 

 そんな希繋に声をかけたのは、兄であり第一部隊で隊長を務める悠生だった。

 

「悠生はこれから昼食?」

「おう。たまには食堂のメシも食いたいからな。逢依には昨夜の内に弁当は作らないように頼んどいた」

「あー……あるよな、無性にジャンクフード食いたくなるやつ。あんな感じ?」

「まァ、ジャンクフードと比べりゃそれなりに食い応えもあるし栄養バランスもそこそこいいってのが食堂の有難ェところさ」

 

 一緒にどうだ、と誘いの言葉をかける悠生に対して、希繋は残念そうに首を横に振った。

 実は希繋の仕事はまだまだ山ほど残っていて、今はその仕事を少し先延ばしにして束の間の休息をとっているに過ぎない。逢依の作ってくれた弁当も、きっと夕食になるだろうと予想しながら、希繋はようやくペットボトルの蓋を開けて喉を潤す。普段ならほとんど舐めた程度にしか減らない中身が、一気に半分もなくなったことに悠生は少し驚いていた。

 

「この後もまた走り回るのか?」

「ああ。まずは指令室に戻って現場状況の口頭説明。逢依が把握してる情報と齟齬がないか擦り合わせをして、資料を作って情報部に提出したら第三部隊と連携して被害状況の再確認。今のところ死者・行方不明者は出てないらしいけど、第三部隊は念のため現場に残された民間人の捜索活動と瓦礫の撤去を行うって言ってるし、第二部隊としてもレイダーの痕跡物を回収して分析に回さなきゃいけないから、互いの動きを阻害しないよう経路と範囲の共有が必要になるから両隊長のミーティングにも同席しなきゃならない。あと避難所からは必要物資の確認と優先順位を……」

「とりあえずメシ食う暇も無ェのはクソほどわかった」

 

 戦いでは電光のリベンジャーと称される通り、その俊足によって光の如く駆け抜ける彼だが、あのスピードは決してエクレールによって齎されたものだけではない。さすがに光にほど近い領域の速度はエクレールあってのものだが、彼自身の脚力のみであっても音を置き去りにするくらいは造作もない。が、だからこそこうして現場を見て判断する作業は彼に任されがちなのである。

 悠生は希繋の頭をぐしゃぐしゃと乱雑に撫でると、白い歯を惜しみなく見せる太陽のような笑みで「ま、がんばれや」と残して去っていった。

 具体的に何をどう頑張れだとか、どこか適度に力を抜く術を与えてくれるわけでもないのに、希繋はその笑みと言葉だけで不思議とさっきまでの疲れを忘れたかのように体が軽くなったような気がした。これが長男の風格というやつか、と思うとその男前ぶりに敗北感すら湧かない。

 

「……悠生にああ言われると、枯れに枯れてたやる気も湧いてくるから不思議だな」

 

 そう言った希繋は、手元のペットボトルの中身を一気に呷って、空っぽになったそれを自販機横のゴミ箱に片づけた。

 指令室には報告待ちの逢依が険しい顔をしている頃だろう。あるいは、少し神経質な諸星あたりも貧乏ゆすりを始めているかもしれない。

 とはいえ、二人の機嫌取りと報告を済ませなければ次の仕事にさえ移れない。通行人との衝突に気を遣いながら、彼は指令室までの経路を駆け抜けた。

 

 

 

 

「くくっ……! そうか、そりゃあ災難だったな桐梨隊員!」

「いえ、俺ならもっとスムーズにこなせるはずと期待してもらった上でのお小言ですから」

 

 逢依への報告と情報交換を行ったのち、彼女の想定していた時間を超過した到着について小言をもらった希繋は、やや落ち込んだ雰囲気を他者に悟られることのないよう気を引き締めながら第三前線部隊指令室へと向かったのだが、彼を待っていた第三隊長・犬飼託夢(いぬかいたくむ)の看破はあまりにも早かった。

 元第三部隊所属だった希繋と託夢の付き合いは、かれこれ6年ほどにもなる。仕事でも、夫婦としても先輩となる彼には幾度となくアドバイスを貰った。

 第二部隊の行動指針を判断する第一の槍として『対話による解決』を使命とする希繋は、基本的に自分の不満(ストレス)を他者に悟られないよう振る舞っている。それは敵だけでなく、組織の仲間(リベンジャー)はもちろん、大切な兄や愛する妻にもだ。もっとも、最後の二人については時折バレていることも少なくない……が、多くもない。

 そんな中、託夢は彼が第三部隊から第二部隊に引き抜かれる直前という、同じ部隊の仲間としてはかなり遅いタイミングとはいえ、たったの2年で希繋の欺瞞を暴くほどの観察眼は紛れもなく天性のものだろう。

 

「その心構えは立派だが、まぁあんまり溜め込むなよ。第三前線部隊(ウチ)としちゃ桐梨隊員の仕事ぶりにはだいぶ助けられてるんだ、愚痴くらい付き合うぞ?」

「お気遣いありがとうございます。その時はお世話になろうと思います」

「ん、ならまぁ……そういう話はまた今度、暇な時にメシでもしながら喋るか。さて、本題は現時点での被害状況だったな。昨日時点でわかってる分には目を通したと思うが――」

 

 託夢の視線が手元のタブレットに移ると、先ほどまでの穏やかさと豪放さを兼ね備えた雰囲気が一気に引き締まった。

 直前の軽い雑談とも、その前の業務連絡ともまた違う。彼の『本業』に臨む使命感のようなものが、空気を伝って希繋の心持ちにも適度な緊張感をもたらしている。

 

「――と、今のところはこうだな。警察にも協力してもらったし、間違いはないはずだ」

「探し物は警察(むこう)の本領ですからね」

「ああ。もちろん俺たちもだが……やはり一日の長というものは侮れないな。設備・人員・経験……どれも同等以上と自負していたが、彼ら特有の『嗅覚』のようなものは、さすがに俺達には無い」

 

 嗅覚、と託夢が仮称するのは彼らが持つ言葉にしづらい()()のようなものだろう。

 警察犬、ドローン、人海戦術……必死に助けを求める要救助者であれ、救いの手が間に合わなかった者であれ、彼らと同じ手段・技術そのものはレイジングリベンジャーズにも存在する。

 しかし、その手段・技術をどこに配置し、どのように動かすか。ただの理論と経験則だけではない。何かを『探す』ことに関して、警察(かれら)の嗅覚はあらゆる追随を許さない。

 

「ま、それでもできる限りの捜索はした。その上で、最新の判断は『死者・行方不明者なし』だ。……どう思う?」

「……負傷者は居るが、大半が転んだりどこかにぶつけたりといった事故的な要因で、避難がやたらスムーズだったのもおかしいと言えばおかしいな」

「そうだな。第三部隊(ウチ)も警察もまずはそこに目が行った。次は?」

 

 まるで何かを試すような視線を感じつつも、希繋はいくつかの疑問を続けて挙げていく。

 

「あと、主戦場の位置がおかしい。今回、R4Dが出現したのは『スピカ』の中だった。なのにレイダー出現から僅か7分で、主戦場はそこから2キロ南下し市街地を抜けている」

「確かあの時、現着した順番は……」

「警報から出撃命令、ギアの装身、スピカに到着まで約20秒弱。既に現地の消防隊と警察が動き始めており、第一陸上隊の機動力ならばレイダーが再度北上しても到着前に対処可能だと判断し、建物内に残っていた民間人の避難誘導を優先。同時にエクレールを用いて避難が遅れている、あるいは避難行動がとれていない要救助者の数と位置を把握。第三部隊の到着を待ちました」

「なるほど。第三部隊(ウチ)に居た時ならよくやったと花丸をやったが……今じゃ赤点だな。もし第一陸上隊の到着までに何かしらの妨害やトラブルがあったらどうするつもりだった? 今回の襲撃に際し、通常のレイダーと異なる違和感はあの警報時点で誰もが感じていた。まぁ、その違和感の正体は今をもってなお不明だが……万が一を万通り予測しても足りないくらいだった。その上で……『いつも通りの機動力なら』問題ないだろうってのは、少し楽観的だと思わないか?」

 

 託夢の鋭い眼光が、希繋の背筋に一筋の冷たい雫を落とす。

 しかし、低く重みのある声色はともかくとして、言葉や考えそのものに間違いはない。

 確かに、レイダーの襲撃が判明した時点で既に何かがおかしかった、というのはあの場の誰もが気付いていた。

 

 不気味なほど合理的に編成されたレイダー勢力と、戦術的な戦力配置。

 そして今思えば、希繋が対峙したあの少数戦力。あの時、あのレイダーたちは明らかにあの民間人を「逃げ遅れた民間人」ではなく「明確なターゲット」として派遣されていた。

 つまり近くにいた誰かではなく……目的としていたはずのターゲットが素早く動けない状態だったということはレイダーにとっても「想定外の幸運」に過ぎなかったということ。

 

「……仰る通りです。浅慮な判断でした」

「なら、改めてあの時どうすべきだったか言ってみろ」

「……まず、避難誘導は警察と消防に任せるべきだったように思います」

「そうだな。ああいうのは数と声と慣れだ。一定以上一定以下の人数で、デカい声出して場数を踏んでりゃ誰がやってもいい。一人増えて変わらん状況なら、一人減っても変わらん」

 

 つまり、避難誘導によって自分の行動範囲を狭めたことが、真っ先に改めるべき点だと託夢は言う。

 そして、同時にそれを改めれば得られる手段も増えたということも、希繋は自覚していた。

 

「とはいえ、マッピングは必要です。あの場を離れようが離れまいが、マッピングを済ませておけば第三のみなさんに提供できます」

「ああ。今回に限らずどの現場でもそうだが、人命救助で大事なのは救助対象の状況把握だ。数、位置はもちろんのこと、意識・出血・呼吸・脈拍……本来は戦闘用に開発されたユナイトギアの単一機能(オンリーワン)の拡張性は、使用する装着者の想像力(イメージ)に大きく依存する。こういう活かし方ができるのはいいことだ。……で?」

「次に、第一陸上隊のトラブルに備えて(たい)……いえ、再度レイダーが北上してくることを想定し、迎撃に向かうべきでした」

「そうだな。何もお前にあの全軍を相手取れと言いたいわけじゃない。だが一対多の戦闘はお前の得意分野でもあるだろう。だから第一陸上隊、あるいは第一・第二航空隊が間に合うまで向こうの勢力をその場に縫い付ける必要があったはずだ。救助は第三部隊(おれたち)の仕事で――第二部隊(おまえ)の仕事は違うだろ?」

 

 己の使命を履き違えるな、と声にならない言葉が希繋の背を力強く叩いていた。

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