「お願いイーリスッ!」
「くっ、エクレールッ!」
-Aqua Pressure-
-ElecTRICK-
希繋の頭上に迫る巨大な水の塊。ただ巨大で広範囲なだけならまだしも、ここは人の通りが無くなり寂れて久しい地下通路。
脆弱化したアスファルトとセメントは先ほどの水矢で無数に砕かれている今、巨大な質量の水塊を落とされれば穴どころか地下通路そのものが水没する。
加えて地下通路の出口までは既に優芽が氷壁で覆っており、逃げ場は水塊が待ち受ける頭上のみ。逃げようとすれば彼女は容赦なくあれを落とすだろう。
(彼女の相棒『イーリス』の
「罠というものはですね。エモノ自身「追い込まれる」とわかっていてもそうせざるを得ないものを指すんですよ」
優芽の言う通り、今ここから逃れるルートがひとつしかないのなら希繋が取るべき択もまたひとつだけ。
希繋の脚に力が籠った瞬間、優芽のアクアプレッシャーが彼の頭上に迫る。おそらくは不純物を含んだ巨大な水塊。電撃体になれば即座に電気が霧散し肉体の再構築が不可能となる。
目視だけで貯水槽ひとつ分以上――およそ10トンを超える水の圧撃に対して、電撃体を封じられた希繋に対抗の手札は無い。
加えて、高機動型のリベンジャーとして身を削るように細く鍛え上げられた希繋の耐久性は僅かほども無く、正面から防御できるパルスシールドも電撃体と同じく霧散させられるだろう。
和泉優芽。電気を支配するも制圧するも自在な水を操り、なおかつ桐梨希繋の手札・戦術・性格の全てを深く理解した「究極の桐梨希繋メタ」とも言える彼女の策に――沈むしかない。
「落ちろぉぉぉぉぉッ!」
迫るアクアプレッシャーに、希繋の体が飲み込まれた。
「やっ……た……? ……やった! は、早くお兄ちゃんを回収しないと……!」
水浸しの地下通路を見つめ、反撃の様子がないことを確認した優芽は
すぐさま希繋を回収しようと地下通路の水へと――、
「おっと、女の子が無暗に体を冷やすものじゃないよ」
「……えっ」
飛び込む直前、彼女の背後から聞こえた聞き馴染んだ声に、優芽の表情が一気に青ざめる。
振り向いた先にいたのは、エクレールを纏ったまま「こういうのも交渉役には必要なんだよね」と申し訳なさそうに笑う希繋。
「そっか……エレクトリックの分身を使って……」
「やっぱり冷静な時の君にはすぐバレるか。そう、エレクトリックは任意の形をした電撃体の分身を作るスキル。君の注意がアレに向いてる間に、俺は電撃体になって通路を塞ぐ瓦礫の隙間から抜け出させてもらった。君が勝負を急いでなければ完敗だったよ」
「……あたしのスキルのほとんどは、あなたのスキルをイーリスで再現したもの……。あたしの手札にも水の分身がある以上、あなたにもそれが出来て当然と考えるべきでした」
「言われてみれば、君の手札のほとんどは俺も真似できるな。なるほど、未来の俺がたいそう君を可愛がっていただろうというのも想像に容易い」
どこか緊張感の抜けた優芽の穏やかな視線に、希繋は未来の自分が彼女をどう思い、そしてどう付き合っていたのかを想像した。
希繋にとっても、自分の持つ技術を余すところなく教えることができ、それをスポンジのように吸収しながら慕ってくる後輩はさぞ可愛かったことだろう。
そしてだからこそ、彼女の存在は紛れもなく「究極の桐梨希繋メタ」として完璧な存在感をもたらした。
「俺の手札のほとんどは君も持ち、君の手札のほとんどは俺も持つ。だが水の性質が電気をほぼ完封し得るものである以上、君は俺の半ば上位互換的存在だ」
「それでも、あたしにはなくてあなただけが持つものもある。それが……相手を納得させる『話術』です」
「そう。話術の基本的なプロセスは「相手を知り、理解し、寄り添い、落としどころを探って、納得させる」という5つ。君の場合は「知ること」「理解すること」に特化しているが、俺は「寄り添うこと」「納得させること」が特に得意だ。言い方を変えれば、相手の心の隙間に入り込んで丸め込む……はは、こう聞くと詐欺師みたい――「そんなことない!」
やや自嘲気味に笑う希繋の言葉を遮るように、優芽が叫ぶ。
「あなたは……桐梨希繋は『交渉人』です! 『詐欺師』なんかじゃない!」
「……ありがとう。その言葉は本当に……素直に嬉しいよ。だからこそ、できることならこのまま投降してほしいんだけど……」
かつて自分を助けるために差し伸べられた手が、今は自分を優しく追い詰める。
ただでさえ、心境的には敵対よりも手を取り合いたい相手を、逆にその手を振り払って戦わなければならない現状が心を抉るのに、まだ効果時間内とはいえ少しずつ
-Azul Smash-
-Travel Hole-
そんな優芽のピンチに、不意に響いたふたつ分のスキルアナウンス。
咄嗟に背後を振り向きパルスシールドを多重展開した希繋が優芽から目を離した一瞬の隙を衝いて、彼女の足元に「穴」のようなものが開き、その姿を消す。
背後から感じ取っていた気配が失われたことでこの攻撃が優芽を回収しようとする彼女の仲間によるものだろうと察した希繋は「やられた」と思いながらも直後の衝撃に驚愕する。
(パルスシールドが抵抗もできずに貫かれて……ッ!?)
5枚目のパルスシールドが破られた時点で「シールドに意味がない」と気付いた希繋はすぐさま後退。
すべてのシールドを貫通して地面に突き刺さった巨大な円錐状の
「マント型のユナイトギア……!? バカな! あれほどの貫通力を秘めた一撃が、ただ高速回転するマントを纏ったキックだっていうのか!?」
「さすがは優芽が憧れたリベンジャー……俺のアズールスマッシュを一瞬で見極めて躱すとは……お前は紛れもなく「いずれ英雄となってしまう者」というわけだ」
希繋の視線の先に現れた群青のマントを纏う男。そして、優芽を大事そうに抱える長身の女性。
「
「よく頑張りました、優芽。しばらく休んでいて結構ですよ。少々、予想外に想満さんがやる気ですから」
「想満さんが……? 待って、想満さんッ!」
「わかっている。あちらも職務を全うしただけ。とはいえ俺も部下をこれだけいいようにあしらわれて何も思わないわけじゃない」
だから、と想満は希繋へと視線を戻し、
「これは俺の勝手な憂さ晴らしだ。悪いのはただなんの利益にもならない逆恨みをしている俺の方で間違いないだろう。だがそれでもいい。今は……俺の我儘に付き合ってもらうぞ、桐梨希繋!」
「優芽ちゃんの仲間か……いいだろう、君らが優芽ちゃんを唆しているのか、それとも本当に心から信頼し合っているのか。それを見極めさせてもらう」
そうしてぶつかり合う希繋と想満の鋭い視線。先んじて動くのは――やはり想満からであった。
(桐梨希繋の圧倒的なスピードは、相手の先手を許してなお後手からの回避・迎撃を可能とする。だが……こういうのは想定済みか?)
-Dead End Bullets-
面状に展開される無数の弾丸。視野内の攻撃が全て同時かつ高速で発射されるも、希繋は冷静に肉体を電気に変換することで弾丸を透過させる。
しかし電気に変換する一瞬、自らの肉体が赤い電気として発光する僅かな隙を衝いて接近した想満は自らのマントを翳し、直感的にまずいと感じた希繋は即座に電撃体を肉体に戻す。
「……な、なんだ今のは……! そのマントは……!?」
「……こちらの
「ッ……エクレール!」
-Spark Stinger-
感じ取った本能的な危機感をどこまで信じるべきかと悩む暇はおそらく無い。
希繋はその直感を「電撃体であのマントに触れてはいけない」と仮定してスパークスティンガーを放ち、マントで防ぐ様子の想満を観察しつつ距離を取る。
(パルスシールドを貫いたことといい、スパークスティンガーを「受け止めて防いでいる」わけではないのか……?)
加えて、希繋はもうひとつの可能性をも懸念していた。
(そもそも、彼のあのマントは本当にユナイトギアなのか? 形状的に
情報アドバンテージは圧倒的に想満が上。
未来人である優芽と行動を共にしているということは、彼もまた同じく未来人である可能性が極めて高い。
ならば、希繋の手札と戦術は全て優芽によって共有されているだろう。
「このままじゃ勝ち目どころか碌な対処もできないぞ……!」
「……千日手か。俺の攻撃ではお前を捉えきれず、お前の攻撃も俺には通らない。さっきの攻撃を躱した時、貴様が見せた表情で憂さも多少は晴れた……ここは退かせてもら――」
-OVER DESTRUCT-
唐突なスキルアナウンス。
誰もが聞き馴染んだ
ありとあらゆるものを拳圧と業火で破壊するそのスキルは――彼らの居た鉄骨とコンクリートに囲われた廃ビルを『焼滅』させた。
「バ……ッ、殺す気かッ!」
「お前がこんだけ手ぇ焼いてんだ、このくらいはなんとかするだろ」
「やっぱ大丈夫じゃねーか」
ニヤリと笑みを浮かべる彼の呟きに、希繋もまた彼の視線を辿る。
「俺の
「おうよ。とはいえ、お前たち特機犯に対しては本来、オレのやり方のがメジャーだ。こいつが甘すぎるだけでな」