JOINT TO THE FUTURE   作:永瀬皓哉

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守り人の警鐘-シグナル-

「あなた……そろそろ学習しない?」

「いや、なんかもう本当にごめん……」

 

 未だ少し肌寒い日もあれど、暦の上では夏に向かう5月の半ば。

 愛知県永岑(ながみね)市の住宅街に居を構えるその家は、便宜上の持ち主を彼らの母親としながら、その環境や経緯を知る者たちからは『ファミリィハウス』とも称される。

 そのファミリィハウスのダイニングで朝食を取りながら、苦笑を浮かべて謝る黒髪の青年――桐梨希繋(きりなしきづな)は、この家に住む四人兄弟の末っ子であり次男坊。

 そんな彼を呆れた表情で見る茶髪の小柄な少女は、彼と同い年で次女……そしてさらには彼の妻でもある桐梨逢依(あい)

 互いを姉弟と認め合いながらも合法的に婚姻関係にあるのは、このファミリィハウスの人間だけでなく、母曰くおよそ40人以上いるとされる彼らの兄弟には珍しいことではない。彼らは(みな)、それぞれの理由で血の繋がる親ではなく絆で繋がった親に育てられた『絆の家族(ファミリィ)』だからだ。

 

「昨夜はあなた非番だったはずよね? それがどうして渦中(かちゅう)のど真ん中で大立ち回りしてたの?」

「いや、なんか子供の悲鳴が聞こえたから、もしかしてと思って駆けつけたらやっぱりっていうか……」

「教導部から「君の旦那様が出張るせいで新人の現場教育が滞る」って苦情のメールを朝イチで確認した時の私の心境を100字以内で答えてみてくれる?」

「職場に着いたら始業前に謝罪に行ってきます……」

 

 背丈こそ142センチと非常に小柄ながらも、この家の家事・家計だけでなく職場では希繋の直属の上司も務める逢依に対して、彼が強く出られる理由などひとつもなかった。

 とはいえ、残る兄と姉と比べて共にした時間が特に長いこの二人が今になって仕事の愚痴などで険悪な空気になることもなく、ほとんど同時に食事を終えて、希繋が逢依の分の食器も一緒に流しへ運び、それを洗う。仕事前の朝に限らず、女性の準備というものは時間が掛かる。起きて早々に着替えて寝ぐせだけ直して洗顔と歯磨きをすれば支度完了とできる男性とは、そもそも工程数から異なるとは逢依の談だ。ともなると、少しでも彼女が支度を素早くしっかり済ませられるように食器を洗うくらいは率先しようというのが男に出来る精一杯。

 本当なら朝食を作るのも代わってやりたいというのが希繋の気持ちではあるものの、姉であり妻でもある逢依からすると彼の料理スキルは「ネズミも逃げ出す」との酷評ぶり。

 これの何が酷いかといえば、彼が逢依へプロポーズするに至った経緯が、彼が自分の料理の凶悪さを自覚して「これからもずっと俺のごはんを作ってください」と頭を下げたのだから相当だ。

 

「……ん、終わり。さて……もう少し掛かりそうだから先にガレージで待つか」

 

 この家の者たちは全員が成人済み、免許証ももちろん持っているが、普段から運転する者と、乗る車両にはムラがある。

 希繋と兄は普段からバイクを好んで乗っているし、兄は車もけっこうな頻度で乗っている。姉は車だけ乗っているが、あまり頻度は多くない。そして逢依はというと、身分証明書代わりに取った自動車免許はあるものの、乗ることはない。

 理由は明々白々、小学生にも見紛うほどの彼女の体格では、一般車両には乗れないからだ。免許を取った時も、身体障碍者のための専用車両を使い、免許証にもその旨が記載されている。

 

 業務に必要な最低限の荷物を含めたカバンを手に持つと、ガレージに停めた一台の赤いバイク――『XGS400F』にイグニッションキーを挿し込んで電源を点け、セルを回してエンジンをかける。グォン、と獣が唸るような音がガレージの中に響き、希繋は満足げにマシンへ跨った。今どき、よほど冷え込んだ冬でもないのに暖気が必要なキャブ車などそうそう見かけない。さすがに意味もなくスロットルを回してご近所と騒音トラブルになるのは避けたいので、スタンドを上げ足を地につけて逢依を待つ。

 元よりシートの高いフルカウルの中型車としてもやや高いシートを持つXGSは、緩やかな前傾姿勢を強いられるものの、彼の長い手足のおかげで足付きも含めてたいして問題にならない。どちらかといえば、角度の甘い純正のスクリーンではほとんど風防としての意味を為さないことが唯一の不満だったが、買って早々に今のものに変えたので現時点で困ることなど何もない。

 バイク仲間たちからは「静かすぎないか?」と言われるマフラー音も、彼にとっては気に入っているポイントだった。怒り狂う獣のような低音でもなく、力強い楽器のような高音でもなく、ただでさえ静かな純正マフラーに加え、聴く者によれば電子的な印象さえ受ける心音のような静音加工を施したのは間違いなく彼なりのこだわりに違いない。

 

「ごめんなさい、遅くなったわね」

「大丈夫。カバン頼むよ」

「ええ。じゃあ、安全運転でお願いね」

「もちろん」

 

 クラッチを開けてギアをローに入れ、ゆっくりとスロットルを回す。

 愛する妻と、20分のライディングを楽しみながらの出勤。何にも替え難いこの楽しみが、彼にとって何よりの活力になっているのは敢えて語るまでもない。

 

 

 

 

 駐輪場にXGSを停めて、改めて自分の勤める職場を見上げると、球場よりも巨大なその威容に気圧される。

 国連がレイダーだけでなく世界各国に蔓延る無数の犯罪組織も含む『国際脅威』へのカウンターとして設置した『国際脅威的侵略性生命体対策自衛集団』――通称レイジングリベンジャーズの日本基地。東西に対応可能な中部地方の中で、比較的栄えている愛知県に設置された日本支部であるが、場所の選定から着工に至るまでには「さすがに敵対する『国際脅威』からの襲撃も考慮すると県庁所在地に置くわけにいかないので、そこから少し離れはするもののアクセスのよい永岑市がいいだろう」と、地元民からすればたまったものではない経緯があったりする。

 

「希繋、今日の予定は?」

「8時に朝礼。9時から第二会議室で前々回のレイダー襲撃事件の対応時に問題になった隊員の処置と今後のマニュアルの見直し・改定についての話し合いがあるから、それまで提出された書類の確認とサインをしてもらう」

「会議の時間は?」

「9時から11時までの2時間らしいが……多めに見積もっておいた方がいいだろう。午後は薪木(まきぎ)防衛大臣が総司令との会談で日本基地(ウチ)に来るから、護衛と補佐を兼ねて望月と一緒に同行。そっちが片付き次第、残りの書類と睨めっこを再開してもらう感じだな」

「……まぁ、先週よりはマシね」

 

 先週はひどかった、と苦笑する二人の言う通り、先週のスケジュールは殺人的に過密だった。世はゴールデンウィークで活気づく中、人々の平和を守るリベンジャーズにそんなものがあるはずもなく、人口の密集したアミューズメント施設を狙った無差別テロ事件が発生。当然ながら当初は警察の管轄であったものの、恐慌状態に陥った人々の「負の感情」に誘き寄せられたレイダーの大量発生で、とうとうレイジングリベンジャーズに出動要請が出てしまった。

 ――が、ちょうどその時期のレイジングリベンジャーズは技術開発部が新型ユナイトギアの開発報告と正規適合者の選定申請をした直後。全部署の適合判定の出ていないリベンジャーに対して適合テストを受けさせており、各部署のリーダーはそれらのデータに人格評価・戦力評価を加えた資料を急遽作る破目になっていた時だった。

 日本支部の前線部隊の内、有事に際して斥候・調査・対応を行う第二前線部隊の隊長(リーダー)を務める彼女は、当然ながら通常業務に加えて資料作成に追われる中、大量のレイダーへの対処をすべく本営からの指揮を行う必要があり、解決後しばらく荒れに荒れていた。

 

 とにもかくにも、そんな先週と比較してみれば今日からはまた平和な日常業務が再開。

 二人が第二前線部隊の指令室に入ると、数名のオペレーターを含むすべての隊員がこちらに視線を向けた。

 

「おはようございます、香坂(こうさか)隊長」

「隊長も希繋さんもおはよー!」

「お二人ともおはようございます!」

「……はざっす」

 

 香坂、というのは逢依の旧姓だ。同じ部隊では有事の際に「桐梨」ではややこしいだろうと、彼女自身が部下たちにそう呼ばせている。

 それぞれに「おはよう」と返しながら、逢依が隊長席に座る。希繋を含め、オペレーター以外の隊員たちは彼女の席の前へ整列し指示を静かに待つ。

 

「朝礼まで各自のデスクで待機。朝礼後、午前中は第二訓練室で建物火災及びレイダー戦を想定したレスキュー訓練を行うわ。望月隊員は午後から私と一緒に護衛任務。土中(つちなか)隊員は技術開発部の仲嶋(なかしま)博士に先日のレイダー戦で得たデータを提出。16時までは彼女の指示を仰ぎなさい。桐梨隊員・諸星隊員・古谷(ふるや)隊員はデスクワークを片付けつつ待機。私が不在中の本営指揮権は諸星隊員に、前線指揮権は桐梨隊員に預けるから、非常時の際、各隊員は彼らの指示に――」

 

 突如、施設内全域に鳴り響くアラート。

 

「天野通信官!」

「東京都新宿区でレイダー出現! 勢力レベル『集』……およそ80体。その内2体が30メートル級の大型レイダーです!」

「警察・消防と協力し、安全区域を選定・ナビゲーションを行いながら地域住民の避難誘導に当たっています。大型レイダーの進撃速度を考慮しても、周囲2キロ圏内の避難が完了するまで40分以上かかります」

 

 レイダーは基本的に人間の悪感情を糧として得ようとするため、なんの対策も無い人口密集地に突如として出現する。

 そのためどうしても民間人の避難が遅れてしまうのがレイダーが『凶悪な襲撃者』である所以だ。この急事に、逢依は即座に対応した。

 

「桐梨隊員はユナイトギアを装着して現場へ急行。望月隊員と古谷隊員はリベンジバルチャー1号で出撃し桐梨隊員と合流、地上の小型レイダーを殲滅。諸星隊員は2号で大型レイダーを攻撃、避難が完了するまでレイダーの侵攻を食い止めて。土中隊員も諸星隊員と同行し、大型レイダーを分析、対策を練って。天雨通信官はこのままレイダーの行動を追い、空宮(そらみや)通信官は避難経路を適宜 最適化。絶対に市民を守り切って!」

「「「実行(キャリア)!」」」

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