JOINT TO THE FUTURE   作:永瀬皓哉

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親愛なるもの-ディアー-

「なんだ、この炎……?」

 

 出撃と同時に現場へ到着した希繋(きづな)が見たものは、虹色に燃え盛る街。

 明らかにレイダーの襲撃とは由来を異とする別の脅威が訪れていることを認めずにはいられなかった。

 

(この炎……見た目は間違いなく炎だけど、これだけ周囲に延焼していてなお熱を感じない……。むしろ触れると冷たいとさえ感じるこれは……霧、か?)

 

 レイダーの襲撃によって発生した本物の火災も確かにあるが、それに併せてこの虹色の炎があることで視覚的な火災規模を広げていることに気付いた希繋は、それが何を目的として現れたものなのかに気付いた。

 誘導。おそらくは――レイダー襲撃によるパニックを利用して、実際の炎が発する熱と視覚的に炎と判別された虹色のそれを同じ『炎』と誤認させることで移動経路を限定する狙いがあるのだろう。

 そして、そう判断した上で希繋はその経路を目で追った。

 

(避難シェルターへの安全かつ最短ルート……。この『虹色』の主は敵じゃないのか?)

 

 希繋が導き出した判断は2つ。

 1つは、この『虹色』の主はレイダーの襲撃を受け、市民の安全を守るために独断でこの炎を展開したに留まり、敵対の意思はない。

 そしてもう1つ。この『虹色』の主はレイダー襲撃に関連した人物であり、民間人が邪魔だったため威力行使に合わせて避難経路に誘導することで逸早く目標を達成した。

 

 前者ならば、あとはこれから駆けつけるメンバーと共にレイダーへの対応に当たればいい。場合によってはユナイトギアの違法所持者である可能性もあって話がこじれるかもしれないが、感謝も伝えたい。

 だが、問題は後者だ。もしもその人物が人払いをするためにレイダーとこの炎を使っているのなら、その目的は何か。……答えは単純だ。

 

「……エクレール。後で逢依(あい)に言い訳する内容を考えておいてくれ」

『詳細な報告と誠実な謝罪が最も無難かと思われますが……了解しました』

 

 冷や汗を伝わせながら出た軽口にも付き合ってくれるエクレール(サポートAI)に「ありがとう」と返すと、彼はその身を赤い電光へと換えて駆け出した。

 電気そのものと化した彼の身体は、一切の比喩なく「電光」と同じスピードを発揮する。レイジングリベンジャーズ日本支部が存在する愛知県からこの新宿までの距離はおおよそ260キロ。同時に出撃した超速空戦メカ『リベンジヴァルチャー』1号2号が未だに到着する気配がない中、彼がこの場に先行していることからも、彼の持つ力の根底にその圧倒的な『スピード』が関連していることが窺える。

 だが、この超高速を可能とする彼のユナイトギア『エクレール』であるが、エクレールに適合する装着者であれば誰でもこのスピードを発揮できるというわけでもない。当然だが、超高速で動くことができるというのは、超高速で景色が変化するという意味でもある。通常の何倍もの速度で変化する景色をまともに捉えるだけの動体視力や反射神経、その景色から得た情報をまっとうに伝達・処理する速度も、エクレールのそれについていけなければ、その力を十全には発揮しきれないし、そもそもその速度に耐えられるだけの脚力を有していなければならない。故に、エクレールを装着できる者は数あれど使いこなせる人物は限られる。その一人が……『桐梨希繋』なのだ。

 

「小型レイダーの数が異様に少ない。勢力レベル『集』でこれだけ……? あのデカブツを含めても十数頭しか……」

 

 

 ――お求めとあらば、おかわりを用意しますけど。

 

 

 不意を衝くように聞こえたその澄んだ声に、希繋は慌ててその場を飛び退いた。わずかに遅れて、直前まで彼が立っていた地面に巨大な穴。

 希繋は背筋を伸ばして、その視線をまっすぐにその人物へと向ける。

 

 希繋はその人物を知らない。

 風に靡いて常にその色を変える虹色の長い髪も。

 湖の波紋のように揺らぎ続ける虹色の瞳も。

 

 希繋はその人物を知っている。

 力強さと勇敢さを表すようにぴんと伸びたその背筋。

 生きることから目をそらさずまっすぐに相手を見るその眼差し。

 

 希繋は、問いかけるように彼女の名を呼んだ。

 できることなら、間違っていてほしいと。鼻で嗤ってくれと、祈りながら。

 

優芽(ゆめ)、ちゃん……?」

 

 互いの視線を向け合ってなお、変わることも揺らぐこともない瞳の奥の『決意』が、彼の問いの答えを示していた。

 和泉優芽――昨夜、彼がレイダーから守った天涯孤独の少女。あの僅かな出会いの刻が、彼女の運命を確固たるものへと変えたのだ。

 

「桐梨希繋。あたしは……英雄を殺す……。あなたを『英雄』になんかさせない……ッ!」

 

 彼女の口から出た言葉は、希繋にとっては違和感の塊だった。

 彼は電光となった体を通常の肉体へと再変換し、改めて彼女と真っ向から向き合う。

 彼女の背には、おそらくそれがこの『虹色』を生み出している本体であろう七色の羽を持つ光翼が展開されていて、間違いなく彼女が『ユナイトギア』の違法所持者であることがわかった。

 

「英雄……? なんのことだ。俺は英雄なんかじゃない、三年前のレイダー大戦のことか……? 大戦の英雄なら、俺じゃなくて兄貴の――」

「違うッ! 英雄は……本当の『英雄』はあなただッ! だから……今ここで、あたしは英雄を殺さなきゃいけないんだッ!」

 

 そう言う彼女の瞳には、乱暴な言葉選びとは裏腹に一切の「憎悪」や「怒り」といった感情が感じられなかった。

 当然といえば当然だろう。ユナイトギアは人の持つ「正の感情」に反応してその力を発揮する。人を恨んだり憎んだりといった「負の感情」ではその力は発揮されないばかりか、場合によっては機能が反転し「レイダー化」の一因にもなりかねない。だが……こうして向き合っている彼女の背に煌々と輝くその翼に淀みはなく、彼女が紛れもなく「正しい心」でその力を行使していることがわかる。

 だが――だからこそ。彼女が「正しい心」の持ち主だと察せられるからこそ、希繋の困惑と動揺は大きくなっていく。なぜ――彼女は自分を殺そうとしているのか、と。

 

「なぜだ。君とは昨日出会ったばかり。少なくとも、命を狙われなければならないほど君に恨まれるような覚えは……」

「そうですね……そうでしょう。少なくとも今のあなたから見れば……そう思うはずです。けど……『今』がそうだとしても、『未来』がどうかはわかりませんよね」

 

 彼女は懐から錠剤のようなものが入った小瓶を取り出すと、それを一錠口に含んで、呑み込んだ。

 

「このユナイトギア……いえ、この子はイーリス。あなたがあたしに託し、あたしが英雄(あなた)殺す(たすける)ための翼! 『虹の光翼(イーリス)』ですッ!!」

「俺が託した翼……!? いったい何を――」

 

 彼が全てを言い終えるよりも早く、先手を取ったのは優芽だった。

 

「イーリス、この手に剣を」

『了解。ディアドロップを生成します』

 

 素手のままに構えた優芽の手に、七色に輝く水の大剣『零れ落ちる親愛(ディアドロップ)』が展開されたことで、彼女の戦意が確かなものだと判断した希繋は、即座に思考を対話から戦闘へと切り替える。

 大きく横袈裟に振るわれたディアドロップを後退で回避。その強力な脚力によって、本来キック以外の攻撃手段を持たない希繋ではあるが、10メートル以上離れたこの間合いでも、彼にとってはほとんど至近距離と大差がない。相手が剣を使う以上、インファイトに臨めば蹴りが入る間合いより先に剣の届く間合いに進入する。相手の技量がわからない以上、まずは距離を置きながら対処を考えるべきだと後退を選んだ希繋だったが、優芽はそんな彼の選択を始めから知っていたかのように、彼の後退とまったく同じタイミングで前進。後退してから距離を詰めるよりも、コンマ数秒の差とはいえ後退と同時に詰めた距離は、明確に彼の想定を超えて追撃の刃を入れる。

 だが、希繋もまた歴戦を潜り抜けた戦士である。一撃目から二撃目までの躊躇いのなさからして、ここまでの流れを全て想定した動きを貫く優芽に対し、彼は自前の動体視力と反射神経で「相手の動きを視てから後出しを間に合わせる」という極めて強引な手段をもって、追撃のディアドロップを蹴り飛ばし、今度は彼の方から一気に距離を詰め、互いに攻撃不可能なほぼゼロ距離での放電によって、彼女を一時的に行動不能にしようと試みたが、接近の直前……つまりディアドロップを弾かれて一切の間も置かないまま、今度は両手に2本のディアドロップを展開。左手のディアドロップを盾のようにして接近を妨害し、右手のディアドロップで迎撃の刺突を放つ。

 

「エクレールッ!」

『了解。【電気変換】します』

 

 この刺突は避けきれないと判断してか、希繋は自らの肉体を電気に変換することで物理攻撃を無効にしようとするが、これを見てなお優芽はディアドロップを止めることなく突き出した。

 

「……な、んで……」

『ディアマスター?』

 

 突き出された刃は真っ直ぐに、電気となったはずの希繋の胴を貫き――彼はあるはずのない痛みに悶える。

 

『……ディアマスターッ!!』

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