JOINT TO THE FUTURE   作:永瀬皓哉

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英雄を殺すため-タイムトラベラー-

『ディアマスターッ!!』

 

 エクレールの悲鳴のような叫びを聞いて、希繋はようやく自分を貫くディアドロップの特性に気付く。

 肉体ではなく電気そのものである『電撃体』となった自分を貫くもの。それは電気伝導率の極めて低い超純水の刃。それこそがこの七色の剣(ディアドロップ)の正体なのだ。

 

「ッ……!」

 

 痛みを耐えて後退。電撃体でいる以上、体は明確な形を保つわけではなく流動する電気エネルギーが希繋という人物の外観的特徴を再現しているだけに過ぎない。ディアドロップで貫かれた胴部も、それが電撃体から離れれば即座に本来の形へと戻り、肉体へと戻った際にも損傷はなくなっているだろう。だが、それはあくまで傷が残らないというだけであって、痛みは傷が消えても残り続ける。むしろ、通常の肉体のように痛覚神経が明確な道筋を作って「脳」という部分に伝えるのではなく、指先から体の内側に至るまでありとあらゆる部分が「電気」によって形作られている電撃体は、ある一点で感じた痛みと同レベルの痛みを体の内外を問わず端から端までという文字通り「全身」で感じることになる。

 

「超純水……『電撃殺し』の刃か……ッ!」

「その洞察力、やっぱり現代(このころ)からあなたは……いえ、問答はやめましょう。さぁ、イーリスッ!」

『了解。アクアコートを生成します』

 

 苦痛に表情を歪める希繋に対し、仕上げとばかりに周囲の霧を濃くしていく優芽。

 スピードを武器とする希繋は、基本的にあらゆる行動に対して「後出しの対応」を可能にする。相手の手札がわからない状態で先手を打つよりも、相手の手札を把握してから先手を回避し、確実な対処手段を講じるというスタンスだ。特に彼の持つエクレールは「電光」と同等の速度を発揮するため、多くの高速軌道型のリベンジャーが苦手とする広範囲型の手札に対しても基本的に「後手」で間に合う。故に――それを利用された形になるのだろう。

 

「ただ霧を濃くしただけ……?」

『いけませんディアマスター! 走って!』

 

 切羽詰まったエクレールの言葉に、希繋は疑いなくその場を離脱。瞬く間もなく3キロ離れたビルの屋上へと移動したが――遅かった。

 眼下にはおそらくまだあの場に留まっているであろう優芽を中心として、およそ半径100メートル程度であったはずの「虹色の霧の空間」がおそるべき速度でその範囲を広げ、再び彼のいる()()を覆った。おそらく、あのイーリスの【水分操作】によるものだろうが、この霧がどんな役割を持つかがわからない上、根本的な供給源が「水分」である以上おそらく範囲に上限はない。このまま逃げ続ければこの『霧』が世界中を覆いかねないと判断した希繋は、敢えて再び彼女の前に向かうことでこれ以上の範囲拡大を阻止しようと考えた。

 

 ――が、体が動かない。

 

「なんだ? 体が重――こ、これは……ッ!?」

 

 まだ痛みが残っているとはいえ、だいぶコンディションは落ち着いたはず。そう考える彼に反して、重量などほとんど無いはずの電撃体が『重い』と感じた彼は、自らの足元を見て驚愕の声をあげた。エクレールを纏う両足を起点として、虹色の膜のようなものが膝まで迫っていたのだ。そう、エクレールが「走って」と言ったのはあの虹色の空間の拡大を予知したものではない。自分の周囲に展開された『水の膜』に気付いたエクレールは、希繋のスピードでこの膜を振り払えと言っていたのだ。

 だが――それでも彼女が上手だった。この虹色の空間は、彼女の生成した『霧』の役割は、すでに()()()とも役割を果たしていた。

 

「やっと追いつきましたよ、桐梨希繋」

「なんでここが……いや、そうか。この霧は……!」

「そう。イーリスが発生させた水分が障害物に接触した場合、イーリスは常にその位置と温度を把握し、衛星マップとの差異を確認している。つまりはソナーとサーモグラフィーの性質を持つのがこの領域……あたしの切望を彩る『七色の聖域(セブンスサンクチュアリ)』です」

 

 希繋の洞察力の高さを知ってか、敢えて秘匿する様子もなく手の内を晒す優芽。しかしその瞳に慢心はなく、むしろ開示した情報に対して希繋がどこまで信用するのかを試しているかのようだった。だが、その意図を感じ取った上でも希繋はブレなかった。彼はまだ街にレイダーが残っている可能性を考慮して、エクレールから本部へと音声通信を接続。街の防衛にあたれない状況であることを知らせると同時に、彼以外の人物がこの場に介入することで彼女を刺激しないよう計らった。

 

「こちらリベンジャー05から本部へ。イレギュラー発生、リベンジヴァルチャーはレイダーへの対応を求む。送れ」

『こちらリベンジャー06、要求を承認。イレギュラーの対処は任せるわ』

実行(キャリア)

 

 隙が多いわけではないが、動きが止まっているこの時間をただ眺めるばかりの優芽に対して、希繋の警戒心は増していく。

 ここまでの会話だけでも、既に希繋の中では彼女の正体にある程度のアタリがついていた。

 

(少なくとも俺の手札はすべて知られているものと考えて動いた方がよさそうだな……!)

 

 希繋の立てた仮説はこうだ。彼女は昨夜レイダーに追われていた少女『和泉優芽』の未来同位体。つまり未来から来た優芽である、ということだ。

 現代に生きる和泉優芽とのファーストコンタクトは紛れもなく数時間前。まだ一日も経っていない。にも拘わらず、彼女は既に希繋と幾度かのコミュニケーションをとっているかのような言動を繰り返しており、それが虚言妄言の類でなく希繋自身の記憶違いでないとするなら、それは「過去」ではなく「未来」で起きたやりとりだと考えるべきだろう。

 だが、だとすれば問題は動機だ。少なくとも希繋の思いつく限り、昨夜の少ないやりとりの中で彼女に命を狙われるほど恨まれるようなことをした覚えはない。彼の善意が彼女の中に隠れた地雷のような部分に触れていなければ、おそらくその動機も「未来」であったことなのだろう。そうなると、彼にできることは限られてくる。

 

 希繋の対人事件における基本的なスタンスは「対話による解決」である。もちろん、レイジングリベンジャーズが対応しなければならない時点で国際脅威として認定された凶悪犯ばかりが相手であるため、戦闘を避けて解決まで導けたケースは極めて少ないが、それでも彼の驚異的なスピードは相手を『納得』に導くまでの対話を成立させられる程度の時間を作るには十分なほどに意味を持っていた。今回も、希繋にとっては「戦いに勝つ」ということは選択肢にない。そもそも、勝ち負けが彼の目指すところではないのだから、必要もないのだ。

 しかしそれだけに、彼女の「動機」がわからないというのは希繋にとって痛手であった。根幹となる出来事が未来で起きているなら、それを調べる術すらないのだから。

 

「優芽ちゃん……。君の言う「英雄」とは誰の……いや、なんのことだ? 君は俺を「英雄にさせない」と言った……そして君はおそらく、()()()()()()()()()から来たんだろう? だとすれば、俺はいったい未来で何をしてしまったんだ? 俺が、君や未来で生きる人々を困らせ――」

「違うッ!!」

 

 それは、ここまで淡々と希繋の手札を潰す冷静さを見せてきた優芽の印象からはかけ離れた絶叫だった。

 

「あなたじゃない……あなたじゃないんですッ! 英雄になるべきなのは……あなたじゃない……! だから、させない……あなたを英雄にはさせない! そのためにわたしはこの時代にやってきたんですから……!!」

 

 英雄になるべきなのは希繋(あなた)じゃない。

 その言葉から考えられる可能性はふたつ。しかし――彼女の態度や雰囲気からして、選択肢はひとつに絞られた。

 

 ひとつ。優芽は希繋が英雄となった未来から、それを阻止するためやってきた。

 ふたつ。優芽の言動からして彼女と希繋は未来でそれなりの交流があった。

 みっつ。希繋の考える「英雄」像は――『大義と民衆のための犠牲者』と言い換えられる。

 

「……優芽ちゃん。俺は英雄になんてならない……なれないよ」

「――――!」

 

 はっとしたように、優芽は俯く顔を上げた。

 

「君が思うほど、俺は清廉潔白な人間じゃない。たとえなんのために命を落としても、君が自らの時代を捨ててまで救う価値があるような人間じゃないんだ」

「そんなわけないッ! あたしは知ってる……あなたを、あなた以上に……! あたしはやり遂げるんだ……あなたを英雄にしないためなら、たとえ未来に帰れなくてもいい。この命を使い果たしてもいい。あなたに嫌われても、いい……ッ! それでもッ!! 大好きなあなたを、英雄になんかさせるわけにいかないんですッ!!」

 

 ――Tears Rain――

 

 まるで嗚咽のような、悲鳴のような……悲しげに天を衝く絶叫が、降りしきる雨のように迫る虹色の矢を「涙」と錯覚させた。

 

「エクレール」

充填完了しています(コンプリーテッド)

 

 ――Spark Stinger――

 

 既に腰より上までせりあがってきている水の膜のせいで体が重く思うように動けない希繋は、分が悪いとわかっていながら「回避」ではなく「迎撃」あるいは「防御」を強いられる。

 致し方なしと判断した彼は迎え撃つように、12個の光球(スフィア)を周囲に展開。そこから小型の電撃槍を連続で発射する。誘導性はないが、その弾速と速射性能は彼の使えるスキルの中でも随一だろう。

 しかし、それでも――。

 

「焼き切れない……ッ!」

「電気熱で蒸発させるのが狙いですよね? わかりますよ。何度も何度もお手合わせをお願いして、何度も何度も一緒に戦って、何度も何度も助けてもらいましたから。あたしのティアーズレイン1本を蒸発させるために、3発以上のスパークスティンガーをぶつけなきゃ蒸発させられないことも。でもそれは未来のあなたの話。今のあなたは……ティアーズレイン1本にどれだけのスパークスティンガーを使う必要があるんですか? それで……迎撃は間に合いますか?」

 

 ティアーズレインの弾速はスパークスティンガーほどではない。そしておそらくは、あの矢も誘導性のない直射型。だが問題は、あの矢ひとつひとつがおよそ200ミリリットル程度の水の集合体。あれだけの水を蒸発させるために必要な熱を用意するために、希繋は4発のスパークスティンガーをぶつけなければならなかった。

 優芽の発言を信じるなら、未来の希繋はこれを3発で迎撃していたようだが、それを聞いた希繋としては「未来の俺すごいな」と乾いた笑いしか出なかった。

 単純計算、スパークスティンガーが持つ熱はティアーズレインを処理する力の4分の1程度ということになる。ではもしこの分子が2になれば? 3になれば? 分母もそれに比例して増えなければならない。2本のために8発。3本のために12発。分子の数が増せば増すほどに、3分の1と4分の1の差は開いていく。

 

「迎撃処理が間に合わない……エクレールッ!」

「させませんよ。イーリス、妨害を」

『アクアコートから簡易ウィルスプログラムを解放します』

『この水の膜からスキル発動コードを阻害するウィルスプログラムが! 充填(チャージ)が間に合いません!』

 

 撃ち漏らしから身を守るため電磁シールドを展開しようとする希繋だったが、エクレールから返ってきたのは無慈悲な「不可」であった。

 電光速でも景色を捉える希繋の動体視力は、迫る無数の矢を確かに捕捉していた。だが……それに対抗する手札が、今に限って何ひとつ無い。完全な手詰まりだ。

 

「ここまでなのか……!」

 

 痛みと衝撃に備えるように防御態勢をとる希繋。

 だが……、

 

 

 ――悪いわね。私、まだ未亡人になる気はないの。

 

 

 凍り付くような世界の中、彼女の冷えた声は確かな熱を持って()を見つめていた。

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