「紫色のアイバイザーが特徴のヘッドギア……この時代における『最新のユナイトギア』にして、あの仲嶋博士が「知覚能力においては他の追随を許さない」と断言した最高傑作」
「あら、この子のことをよく知ってるのね。勉強熱心な子は好きよ、私。けれど残念だわ……私、夫に手を出す相手は不真面目なおバカさんより嫌いなの」
露骨な敵意。敵として相対する以上、当たり前に向けられたその視線に、優芽は思わず萎縮した。
その反応に単純な
「アシストを頼む。今回の事件はどうやら、俺の方が向いてるらしい」
「……既にけっこうな被害が出てるのよ?」
「彼女の決意は本物だ。強引に捕まえたところで、刑期を終えれば再び俺を狙い被害を広げるだろう。なら……彼女を
希繋の基本的なスタンスが『対話による解決』であることは先にも述べた。だがユナイトギアという圧倒的な『力』による解決を臨めるにもかかわらず、なぜ彼は『対話』という手段をとるのか。そして、市民と平和を守るためのレイジングリベンジャーズにおいて、被害拡大の可能性を考慮してなお、悠長ともとれるそれが許されるのか。それは、これまで彼が解決してきた事件の「再犯率の低さ」によるものが大きい。
そもそもレイジングリベンジャーズが対処すべき相手は『国際脅威』かつ『侵略性が高い』と定義された相手に限られる。つまり、レイダーを含む国際規模のテロリストや、国際指名手配された凶悪犯を想定しており、思想を持たないレイダーを除いて、多くの場合「国を敵に回す」と理解した上で敵対意思を持っている人間がほとんど。そのため、威力行使によって捕縛したところで、死あるいは人生を塀の向こうで終えるほどの懲役刑でなければ再犯率が極めて高い。
だが、希繋の身体能力や戦闘スタイル、そして彼が持つエクレールは『回避』『追跡』に極めて特化しており、相手の逃亡を許すことなく延々と対話を続けられる。そこに加えて、相手の心にするりと入りこむコミュニケーション能力や、21歳という年齢に不相応な人生経験から編み出される彼の豊富な語彙によって、単純な説得を超えた「納得」を引き出すことを可能にする。
「人はなぜ罪を犯すのか。悪を悪とわかってなお、どうして人は決して越えてはならない一線を越えてしまうのか。理由は様々だが……共通する部分は必ずある。それは『納得』できないからだ。悪を成さねば『納得』できない理由があるからだ。それが悪とわかっていても、いなくても……そうすることで得られる『納得』がそこにあるから悪事を働く。だったら……それが間違いだと自覚させるためにはそれ以上の『納得』が必要なんだ。その間違いが悪だと認めるにせよ認めないにせよ、それを償うに値するだけの『納得』が必要なんだッ!」
そして――相手を捕えるために、否定するために「暴力」は極めて強い手札のひとつかもしれないが、それは「納得の到達」に最も遠い手札であることも彼は理解していた。
彼の目的は勝利ではない。倒すことでも捕まえることでも、ましてや否定することでもない。彼の目的は、ただ相手を『納得』させること。勝敗にこだわらず、何度倒れても心を折られても臆することなく向き合い、その心を捕まえ寄り添い、人格や思想を否定することなく、正しい手段を提案することで納得へと導く。それが彼の目的であり手段なのだ。
「優芽ちゃん。俺は君を嫌いになんてならないよ。この時代の君とは本当にほんの少しの交流しかないけれど……それでもわかる。君は強くて勇敢な少女だ。自分の命に真摯で、必死で……恐怖と絶望に向き合ってなお決して命を諦めない。そんな君を助けられたことは、俺にとっても本当に誇らしいことだ。だから、君がこうして俺と敵対するのにも相応の理由があるんだろう。そうしなければ納得できない
だけどね、と希繋は重たげな一歩を進む。
「それでもたったひとつ、これだけは絶対に否定しなきゃいけない。君が俺に見せてくれた強さと勇気を嘘にしないために、君の想いと向き合うために……これだけは君に言わなきゃいけない」
「…………ってます」
「君は俺のために
「……わかってます。わかってましたよ……あなたなら、そう言うだろうなんてことは……!」
だって! と叫んで振り上げた左手に巨大な水の球体を作った優芽は、その虹色の瞳を切なげに細める。
「そう言ってしまうあなたに、憧れたんですから……ッ!」
振り下ろされた手に従って、巨大な水塊が巨人の鉄槌のごとく希繋へと迫る。
少なくとも希繋の持つ
「クリュスタルス」
『了解。【瞬間凍結】します』
手札なら既に
クリュスタルスの持つ
液体から固体へと変化したことで、凍り付いていた希繋の持つ手札が一気に有効化する。
「エクレールッ!」
『
――Electro Shock――
全身から強烈な電撃を放ち氷結した膜を爆散させた希繋に、逢依は即座に指示を出す。
「蹴り上げて」
「
氷塊が目前2メートルにまで迫りながらも淡々と交わされたやりとりに伴い、希繋の振り上げた健脚は直径7メートルの氷塊を見事に蹴り上げ、それは大気圏を越えて遥か宇宙へと放り出された。
希繋の周囲に留まる一部の大気の分子運動量をゼロにすることで冷却凍結した水の膜とは異なり、水塊にはその質量に対して冷却凍結では間に合わないと判断し、それそのもののあらゆる運動量をゼロにしているため、どんな熱や衝撃を受けても破壊できなくなっている。そこで逢依が下した判断は、大気圏外への破棄であった。
「優芽ちゃん……君は賢い子だ。俺のこともよく理解してくれている。だからわかるはずだ。俺は英雄になりたいわけじゃないが、無意味に死にたいわけでもない。何より、俺なんかのために君を犯罪者になんかさせたくない! 頼む、ギアを解除して司法に身を委ねてくれ。君には俺が信用する最高の弁護士をつけるし、もし君が未来に戻れないのなら居場所だって用意する。君が社会復帰できるよう取り計らうこともできる! だから……!」
「だから……じゃないんです。
そう叫んで再びティアーズレインを展開する優芽。しかし、発射の瞬間に彼女を襲う
優芽は戦闘の直前にも口にしていた小瓶の錠剤を再び呑み込むと、その場に片膝をつきながら希繋たちへと視線を向ける。
「やはり時限式では……。今日のところはここまでにしましょう、桐梨希繋。幸い、この時代にいれば機会はまだあります……。次こそは、必ず
「優芽ちゃん!」
そう言ってティアーズレインを足元に放ち、抜けた屋上の床から落下しつつ撤退。希繋もすぐさまそれを追おうとするも、逢依の声がそれを阻む。
「希繋。あの少女がレイダーの原因でないのなら、今はレイダーの処理が優先よ」
レイダーの発生そのものは、優芽が火災を装う直前。レイダー出現に乗じて希繋を待ち受けてはいたが、少なくとも民間人に対しては避難誘導を行ったに過ぎない。
接触した際にレイダーの増援を示唆する発言をしたのも、あくまで火災による混乱や恐慌状態を霧の幻で煽ることで、負の感情を糧とするレイダーの出現を促せる、という程度の話だろう。
確かに近年のレイダー出現は増加傾向にあるものの、あくまで彼らが好むのは人類の本能的恐怖や生命の危機に直結するほどの不安や恐慌状態である。人の本能は、個人の知能とは隔絶したものだ。それが幻や作り物であるとわかっていれば、本人の得手不得手に関係なく「本能」は揺るがない。そうでなければ、今頃ホラー映画やお化け屋敷を取り締まる法律がなければならないはずなのだ。
つまり、少なくともレイダーの出現自体には関係のない退却済みの敵を追うよりも、今この街で暴れる自然発生したレイダーに対して、レイジングリベンジャーズである希繋は対処しなければならない。
「……悪い、冷静さを欠いてた」
「いいから、行きなさい」
「