その少女は、
希繋と同じ黒い髪。小さな口と少し低い鼻は逢依によく似ていた。背丈からして、おそらくは10歳になるかならないかと言う頃だろう。
希繋と逢依は互いを見合わせると、ひとまずその少女を宥めるように抱きしめると、彼女に名前を訊ねた。
「ぐすっ……き、桐梨
白露。その名を聞いても未だに実感の湧かない希繋に対して、逢依は何かハッとするように虚空を見上げていた。
そんな彼女に希繋が声をかけると――、
「去年の成人式の夜、希繋からプロポーズされた時に初めて飲んだお酒」
「あー……そういえば今でも家に瓶だけ残してあるな」
希繋と逢依が結婚して、まだ一年と数か月。二人は未だに子供がいない。……というより、逢依の小柄な体格では出産の負担が大きいのではないかと、希繋が躊躇っている。
加えて、
だが自分たちの『娘』を名乗るこの白露という少女の涙に、偽りの濁りなど一切感じられない。つまりは、おそらくこの少女もまた、
「白露。君は……未来から来たんだな?」
こくり、と小さく頷く白露を見て希繋はようやく確信した。
白露はおそらく、優芽がこの時代に来るなんらかの『方法』に巻き込まれる形で時間遡航したのだろう。
逆に言えば、自分たちの娘を預けるほど、未来の桐梨家と優芽たちの関係は親密であったはずだ。それこそ――希繋を救うためなら自分たちの時代さえ捨てるほどに。
「思い出したくないのなら、言いたくないのなら……それでもいい。何も言わなくても、俺たちは君の親として君を愛すると誓うよ」
「希繋……ッ!」
希繋が続ける言葉を察してか、普段の冷静さを欠くような荒い口調で逢依は彼を制止しようとする。
しかし、そんな逢依の言葉を先んじて封じるかのように、白露とまっすぐ見つめ合う彼は片手で逢依の言葉を制して話を続けた。
「だけどね白露。いま、俺には助けたい人がいる。そのためには『未来で俺に何があったのか』を知らなくちゃいけないんだ。……教えてくれるかな?」
「…………」
なんて酷なことか。そう敢えて言う必要がないということは、逢依もわかっていた。希繋ほど他者の感情の機微を聡く捉える者は多くない。
事故的に未来から現代に訪れ、周囲には自分の見知らぬ人や物ばかり。そんな不安の中、両親との再会で号泣するというのはもちろんあるだろう。
しかし、彼女の悲鳴のような泣き声には、決して安堵だけでない悲哀と寂寞の籠った音色が交じっていた。
優芽は希繋を「英雄にはしない」と繰り返していた。
その意味と、今こうして不安と苦しみを真っ赤な瞳に宿す白露を見つめていれば、その涙こそが真実を雄弁に語る。
おそらく未来の希繋は、レイダーあるいはそれ以上の国際脅威との戦いの果てに、民衆を守るためにその命を散らしたのだろう。
あるいは、希繋だけではないのかもしれない。白露のこの慟哭に篭められた意味。それが親を喪う悲しみであるのなら……父と同じように戦場に出たであろう母さえも。
「あれは……『蓬莱事変』は、本当になんの予兆もなく起きました」
どくん、と跳ねるような心臓の鼓動が、希繋の全身に警鐘を鳴らした。
蓬莱事変。未来で起きるその事件の概要を、当然ながら彼は知らない。それでも、その事件がどれほど凄惨で残酷なものであるかを、その警鐘が強く……あまりに強く示している。
「事件の主犯は、
蓬莱寺。
レイダーを代表とする『国際脅威』の中には、国際指名手配を受けたテロリストや凶悪犯もいくつか含まれる。
そんな中でも、危険性・捕縛難易度の観点から「殺害許可」を出されているブラックリスト入りの勢力が7つ。
あらゆる違法薬物の製造・流通を一手に引き受ける薬物商団『
手段を選ばず必要な人材を獲得しそれを売る奴隷商団『
この世のすべてを偽り騙し、他者を出し抜く詐欺集団『
形あるものならばなんでも壊し原型を失わせる破壊集団『
あらゆるセキュリティを突破して求めるものを手に入れる窃盗集団『
自分たちの定めた勝利のために戦い必ずそれを得る戦闘集団『
そしてこの中で最も国連が危険視しているのが――国際脅威度ナンバーワンの『蓬莱寺家』である。
単純な被害規模だけで言うなら、破壊集団である九重城の方が危険視されて然るべきであるし、定めた目標の達成率という点では金峰院の方が恐ろしい。
しかし、蓬莱寺家の恐ろしさは、圧倒的な殉職率である。破壊や勝利が目的なのではなく、ただ人を殺めることに特化した蓬莱寺は、あらゆる戦闘で必ず夥しい数の死者を出す。
人を殺すために自らの死をも厭わない彼らの狂気的とも言える『殺人衝動』は、まさしく現代に留まる『鬼』と言えるだろう。
「お父さまも、お母さまも……人々を守るために戦い、そして立派に散ったのだと、誰もが讃えます。立派な死だと、名誉の死だと……わたしのお父さまとお母さまの、死を……っ!」
湧き上がる感情は涙となって、ついに堪えきれなくなったそれがぼろぼろと零れた。
ごめん、と謝って背中を優しくたたき、その頭をゆっくりと撫でる希繋は、そんな様子を見守り怒りとも非難ともとれる視線を向ける逢依に謝意を込めて頷いた。
「ぃや……嫌です……っ! 立派じゃなくていいっ! すごくなくていいですっ! お父さまとお母さまが生きていてくれれば、わたしはそれでよかった……っ!」
「うん、ごめん……。ごめんな、白露……」
父の
未来の自分たちが手放したそれを、希繋も逢依も今度こそはと抱きしめた。
「ありがとう、白露。よく教えてくれた。お陰で……果てのない暗闇の中に希望が見えたよ」
「き、ぼう……?」
「ああ。さすが俺の娘だ。白露がくれた希望は……俺が必ず繋いでみせる」
◆
連絡を受けてグレンコートに急行した希繋たちであったが、到着したのは夜23時を回った頃。白露との話し合いのほか、グレンコートとの様々な手続きを経て現在深夜0時半。
今から帰っても3時半を回ってしまうし、帰りのためにサイドカーを装着してきたとはいえ子供に3時間も夜風を浴びせるのは虐待と呼ぶほかない。
結果、3人は近場のホテルに入って早々に床に就いた。
夜が明けて、食事は家に就いてからと早々にバイクに乗った三人であったが、そんな彼らの前に一機のリベンジヴァルチャーが現れた。
『たいちょー! 希繋さーん! お迎えにあがりましたよーっ!』
「望月隊員……」
「こ、今回に限っては有難いってことにしよう、な?」
レイジングリベンジャーズの誇る空戦主力機リベンジヴァルチャーは、当然であるが出撃許可なしに使用してよいものではないし、まして前日に遅刻の旨を伝えつつも問題なく出勤するつもりであったプライベートタイムの隊長および隊員の送迎にタクシーさながら使ってよいものではない。加えて、もちろん逢依は出撃許可を出していないので無許可である。
逢依はひとまず説教を飲み込み、希繋と白露、そしてXGS400Fを格納したリベンジヴァルチャーのおかげで10分と経たず三河湾日本基地へと繋がる海中トンネル前へ到着。白露を迎えにその場で待っていた
――が、それはそれとして望月隊員には厳重注意と無断出撃の報告書、基地内の清掃活動が言い渡された。
「なぁーんでぇぇぇぇぇぇ!!」
「いや、あれ逢依が庇ってなかったら謹慎でも甘い処置だからさ……」
「普段パーフェクトな隊長が珍しく遅刻って言うからめっちゃ頑張って早起きして迎えに行ったのにぃぃぃ!」
なお、この望月
そういった経緯もあって、逢依とは親友と呼んで差し支えない仲でもあるのだが、やや幼さの残る言動のためかムードメイカーとトラブルメイカーを兼ねている人物でもあるのだ。