JOINT TO THE FUTURE   作:永瀬皓哉

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襲撃者-レイダー-

 小転に手を引かれてファミリィハウスに導かれた白露は、慣れたように「ただいま帰りました」と白いマウンテンブーツを脱いだ。

 玄関を入って左側の壁掛け式の靴箱は、その下に普段使い用の靴が置かれていて、白露は一瞬ブーツを持った手を止めた。

 

「あっ……」

 

 小転が彼女の視線を辿れば、彼女は靴箱の下、最も家の廊下に近い位置を見ているようだった。

 そこには、希繋がプライベートで愛用するコンバットブーツが置かれている。

 小転は少し思考を巡らせて、希繋のコンバットブーツをほんの少し、靴ひとつ分ほど横に移動させた。

 

「……どうぞ。ここが……あなたの場所、でしょう……?」

 

 はっと小転の方に視線を向けた白露は、よく言えば穏やかな……誤解を招く言い方をすれば無感情な瞳が自分に向けられているのを見て、嬉しそうに微笑んだ。

 ありがとうございます、と子供らしくない丁寧な言葉遣いで礼を言うと、小転は少しだけ寂しげに目を細める。

 

「……ちゃんと、お礼が言えて……えらい、ね。……でも、ここは君のおうち……でもあるから、よそよそしく……しないでくれると、うれしいな……」

「でも……わたしは、まだこの時代のお父さまとお母さまにとって、身に覚えのない未来人です。血の繋がった、他人のようなもの……」

「……そう思ってるのは、白露ちゃんだけ、だよ……。心の準備がしたいなら、お生憎さま……。あの子たちはもう、とっくに……白露ちゃんの、親のつもりだよ……」

 

 どうしても心配なら、今ここで二人に「寂しい」って電話してみなよ。そう小転が通信端末を渡すと、白露は困ったように彼女の穏やかな目を見つめ返す。

 

「きっと、大慌てで帰ってくるよ……」

 

 相変わらず無表情で無感情で無感動にも見えるその面持ちに、少しばかり悪戯っぽい雰囲気が漂う。

 白露は少し考えて、通信端末の通話履歴から逢依のナンバーを選択。通話ボタンにタップするか否かをやや悩むようにすると……その画面を静かに閉じた。

 

「……ごめんなさい、小転さま。自分でも、わかっているんです。お父さまとお母さまが、わたしのことを疎んだりしないということなど……。けれど、それでも不安が拭えない……。お父さまとお母さまがお優しいのも事実。でもこの時代における桐梨白露(わたし)は他人どころか存在しない人間であることも事実……! それが、陽炎のように薄ぼんやりとしたものをわたしの胸に燻ぶらせるのです……」

「……そっか。うん……よく、言えたね。えらいよ。それが白露ちゃんの……本当の心の内、なんだね……」

 

 立ちすくみ、俯いたまま潤む瞳に映るように、小転は白露が返した自らの端末を映した。

 そこに映るのは――「通話中」の表示。

 

『隊長! さすがに業務ほっぽって帰るのはまずいです! これ隊長しかハンコ押せないんですから!』

『希繋さんもしれっと帰ろうとしない! 二人が抜けたらこの部隊の指揮系統がお陀仏なんだから我慢して!』

『僕らも出来るだけ手伝うんで業務放棄だけはホントにやめて!! 第二前線部隊が壊滅したら第一部隊と第三部隊の仕事にも影響出ちゃう!』

 

 スピーカーの向こうに繰り広げられる阿鼻叫喚は、まだ幼い白露にも容易に想像ができた。

 けれど、その阿鼻叫喚の元が自分であることが――自分を想うあまりに普段なら絶対にしないような取り乱し方をする両親を想うと、彼女の胸にきゅっと切なく温かい思いが宿る。

 

「……白露ちゃん、もう大丈夫そうだから。希繋も、逢依ちゃんも……ちゃんとお仕事をがんばってね。白露ちゃんも、ちゃんとお仕事頑張る二人の方が、好きだよね……?」

「は、はい! わたし、街のみんなを守るために一生懸命がんばってるお父さまとお母さまが大好きです! 寂しいのは本当ですけど……それは、帰ってきた時にいっぱいぎゅーってしてくれたら、たくさん幸せになれますから……だから、わたしが大好きなお二人のかっこいいお仕事ぶりを、おうちから応援しております!」

 

 

 

 

『わたしが大好きなお二人のかっこいいお仕事ぶりを、おうちから応援しております!』

 

 1時間前、娘と共に家の留守番を任せた姉から届いた通信。第一声、娘の寂しげな独白を聞いて居ても立ってもいられなくなった希繋と逢依が思わず仕事を放り出して自宅へと駆け出そうとする直前、その通信内容を共に聞いて居た同僚たちの手によってそれは未遂に終わった。特に、ギアを用いずとも音の早さで駆け抜ける希繋を捉え、全身を鎖で雁字搦めにすることで脱走不能にした望月隊員の手腕は、このチームの最大個人戦力と呼ぶに値するものであった。

 しかし、その後もしばし暴れ、愛娘の下へと駆けつけようとする二人。元々、逢依の小柄な体格からか希繋は彼女との間に子を儲けることはできないだろうとほとんど諦めていたし、逢依もまたそんな自分を慮る希繋の精神的負担を考え、子供への憧れは抱きつつもそれを燻ぶらせ続けた中――白露という未来から訪れた娘は、二人の脳をこんがり焼いた。

 まして、その娘は未来で起きた事件のせいで自分たちに負い目を感じているということもあるのだろうが、とても素直で好意をまっすぐ伝える子であったからこそ、二人はそんな白露が可愛くて可愛くて仕方がなかった。特に、自分の身体のせいで憧れを捨てることも已む無しとしていた逢依の溺愛ぶりは長年連れ添った希繋でさえ驚くほどに。

 

「望月隊員。これとこれとこれ、司令部に提出してきて。あと、帰りにこのファイルまるごと技術開発部に投げてきてもらえる?」

「がってーん! 隊長のお願いとあらばよろこんで!」

「諸星。さっき送ったデータ、出来上がったら司令部と資料部に送って、資料部からは20分以内に関連資料が送られてくるはずだからそれこっちに回してくれ」

「了解。第三部隊から先日の虹色の少女との戦闘記録を送ってこいと催促が来てるが?」

「エクレール、優芽の素性は隠しつつ第三の隊長さんのPCに戦闘記録を送り付けておけ」

実行(キャリア)

 

 そして、そんな娘に「お仕事をがんばっておられるお二人がかっこよくて大好きです」などと言われた親がどうなるかなど火を見るよりも明瞭。

 元々、現場・デスクワークともに極端な得手不得手があるわけでもないが、今日の二人の仕事ぶりは普段からそれを見慣れている同僚の隊員やオペレーターたちから見ても並外れた成果をもたらしていると言えた。それは単純な作業速度だけではなく、普段ならレポートや資料の誤字脱字・文法・言葉選びにやたらと粗を探そうとする嫌味な上司が何もケチをつけられず舌打ちをしながら二人の退室を見送り、同僚たちが編集するデータのミスを早期に発見・修正させることで全体の遅延に繋がりかねない事態を初期段階で解決。

 デスクワークに限れば明日の午前中まで多少の余裕ができるほど進み、このまま何もなければ間違いなく残業など起きるはずも――。

 

「愛知県永岑市、大型ショッピングモール『スピカ』周辺でレイダーが出現! 勢力レベル『群』です!」

「多くない!? 国内で群レベルのレイダー出現なんてもう3年くらい聞いてなかったのに!」

 

 勢力レベル。レイダーが現れた際、その規模がどの程度かを表す指標として設けられたもので、規模の大きなものから「軍」「群」「集」「合」「個」の5つ。

 最も規模の小さい「個」は1~5体。レイジングリベンジャーズのレイダー研究班による調査によれば、これら「個」のレイダーのほとんどは「はぐれレイダー」と呼ぶべきもので、あちらとしても想定外の出現であり、同時にそれが相手の意図しない事故的なR4D崩壊が存在していることの証拠になっているという。

 続く「合」は5~50体。新人リベンジャーが初陣に駆り出されるのはこの「合」レベルのみで、「個」では実力を量り切れないし、それ以上の勢力レベルでは殉職率が高すぎる。

 よって50~100体という「集」レベル以上の規模からが、各支部の第二前線部隊の出番であり、状況に合わせて第一・第三部隊の追加が行われる。

 そして今回こうして現れた100~500体の「群」レベル、そして500体を超える「軍」レベルの勢力規模には、最初からすべての前線部隊が対処に当たらなければならない。

 

「具体的なレイダーの数を出して」

「数は……衛星航空映像と現地観測ドローンで判明している限りでは約290体! しかもこれは……飛行型レイダーが全体の20パーセントを占めています!」

「第一前線部隊から通達。陸上のレイダーは第一部隊が処理するため、第二部隊は飛行型レイダーの対処および人命救助を優先せよ、とのことです」

 

 今までにない航空戦力に重きを置いたレイダーの大規模襲撃。

 本来ただ「襲い、喰らう」という目的のために機械的なほど本能的な動きを繰り返すレイダーにしては、明らかに統率のある戦力配置に、隊員たちの不安と違和感が加速する。

 しかし第一部隊が既に動き始めている今、本来どの部隊よりも先に現場へ急行し、交戦記録と対策を持ち帰るはずの第二前線部隊が後れを取るわけにはいかない。

  

「では望月隊員はリベンジヴァルチャー2号で出撃。諸星隊員と共に飛行型レイダーを優先的に対処。古谷隊員、あなたも同乗して分析と対策を行って」

「「「実行(キャリア)!」」」

「桐梨隊員は今すぐ現場に向かい、第三部隊と連携を取り救助活動を行う彼らの護衛。もし通信が不安定な場合は現場の第三部隊員に従いなさい」

実行(キャリア)!」

 

 希繋と逢依はこの明らかにおかしいレイダー襲撃も優芽の差し金なのだろうかと僅かに脳裏を過ったものの、その思考はあまりにも短絡的だと自ら否定した。

 確かにタイミング的には、優芽を疑うこともできるだろう。しかし、彼女の性格や目的を加味しても、今回のこれはあまりにも規模が大きすぎる。

 もしも彼女が引き起こしたものだとすれば、その狙いが読み取れない。

 

「……じゃあ、なおさら誰が……?」

 

 隊員たちの去った第二部隊指令室で、逢依はその疑問を追い続けた。

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